A.お前それ せいぜい3~4日くらいしか過ごしてないのに絆されたゾルディック家三男の前で言えんの?
今まさにアストラのライブが始まろうとしているそのとき。
ライブ会場となるホールの近くのアトリウムで二人の男女が話し込んでいた。
女は男に、フーガがアストラに危害を加えようとしている兆候をつかみ、情報共有をしているところだった。
しかし、被害を未然に防いだ功労者に対し、男が向ける顔色は芳しくない。
「イヴリン・シェヴァリエ。めいさくクレイアニメ『ケツデカピングー』のプロデューサーを務め、その後COAT・アニメーションに3年間、助監督として在籍。2年前、漂白剤兄貴の推薦を受けて、我が社でのキャリアを始めた…まったく素晴らしい経歴だな!本当の経歴ならどれだけよかったことか…なぁ『シェーレ・グリーン』?」
「……。」
帝高エンターテインメントのCEOホブソンが淡々と告げる、イヴリン…否シェーレ・グリーンの経歴。
それは、彼女の正体がいままさに露見したことを意味していた。
「諜報組織きっての精鋭が、我が社の最も重要な資産のそばに潜んでいようとはな。まったく憂慮すべき事態だ。フーガの連中が打ち込んできた釘なんぞはとっとと抜いてしまうに限る。そうは思わんかね?」
「…それは、アストラお嬢様のご意思でしょうか?」
言葉を発して初めて、イヴリンは自分の声が上ずらないよう注意して発声していることに気づいた。そして、そうしなければならないほど冷静さを欠いている自分にも。
「おやおや、彼女に『意向』を表明できるような権利があると本当に思っているのかね?言っただろう。彼女は我が社の重要な『資産』だ。あいにく、グループの決定に介入できるような資格はない」
「……そうか。資格がないのは、私のほうだったな。」
彼女がそんなことをするはずがないのは明らかだったのにと安堵する一方で、もはや彼女との関係を終わりにしなければならないという事実に自分の想定以上の痛みを感じていた。
「たとえ陽の光のもとにいようとも、影から這い出たものは影以外になれはしない―――。
その通りだ。私は確かに、フーガからお嬢様のもとに送り込まれてきた。」
「ふん、どんな言い訳を聞けるのかと思っていたが…まぁ、面倒を省いてくれるぶんには大歓迎だ。」
「だが、お前の敵というわけでもないんだ。フーガはあくまで組織に金を払っているに過ぎない。ゆえに私個人とフーガの間には、いかなる『忠誠』も存在しない…。
聞け。奴らが帝高に送り込んでいるスパイは、私一人ではない。」
「な、なんだと!?」
予想外の情報に、ホブソンは驚きを隠せない。
「お前も知っての通り、帝高とフーガの間に横たわる宿怨は今に始まったことではない。打倒帝高の悲願を、私一人の肩に担わせると思うか?
やつらの計画は、私もついさっき知ったところだ。
それでも全貌とは程遠いがな。いいか、私たちが今すべきは――」
「『私たち』?お前が靴替えしたのか、降参するふりをしているのか分からんが、私に推理ごっこの趣味はないのでな。それが罠でないとどうしてわかる?」
ホブソンの指摘は尤もである。『裏切ったふりをして近づいてきた者は、実は裏切ったフリをしていただけ。』
TOPSという伏魔殿において、その程度の詐称は日常茶飯事である。
「私はただ、アストラお嬢様の安全を…。」
情に訴えかけたところで無駄であることは重々承知していながらも、彼女には他に切れる手札などないのだ。
当然それは一笑に付される。
「心配には及ばない!帝高の資産は、もちろん帝高が守ってみせる。よそ者の手を借りずともな。君のもたらした『情報』については調査させるとしよう。」
そういって、ホブソンの背後にぞろぞろと現れた屈強そうな男たちが殺気を放つ。
「2年に渡る我が社への貢献に、感謝するよ―――やれ。」
ホブソンが合図をだそうとした直前だった。
ホブソンが一瞬、瞬きをした。
指の鳴る音。
そのわずかな間に、背後の男たちは鋭い弦で全員首を切り落とされた。
「ヒッ!ヒイイイイイイ!!!?」
あまりに一瞬の出来事に、首を斬られた男たちは困惑や痛みを顔に出す間もなく、立ったまま絶命した。
首の無い死体が噴水のように吹き出す血しぶきに塗れ、ホブソンは狂乱して小便を漏らしながら情けなく走り去る。
イヴリンの使う縄鏢に酷似した手口。
しかし、殺したのはイヴリンではない。
逃げるホブソンを興味を無くした玩具を見るような冷たい目で見送りながら、柱の陰から長身痩躯の男が現れる。
「お、お前は…!」
男の興味はすでにイヴリンへと移っていた。
「やれやれ。君は素晴らしい弟子だったのに…。
私の跡を継ぐのは君だと思っていたのだが、あんな水商売の女に絆されるとはけしからん。私が喝を入れてやる。」
「お前が…アストラお嬢様を語るな!」
唇を嚙みながら、男に躊躇なく弦を放つ。
例え弦を防ごうと、それを発火させることで業火に焼かれる二段構え。
しかし、イヴリンの弦は男を引き裂く寸前に別の弦に絡め取られて空中で停止し、発火をする暇もなく凍結した。
「!!?」
「弦の操作が杓子定規だぞ。感情的になるな!…それは暗殺者には不要だ。私が一番最初に教えたはずだ。
田舎少女はスケベなことしか考えないのか(偏見)。」
「くっ!」
一時撤退のため、背後の関係者以外立ち入り禁止エリアへの扉を開こうとするが、『イヴリン』のIDをかざしても反応しない。
「無駄だよ。セキュリティは既に改竄させてもらった。その扉は私の「どうぞ」という声にしか反応しないのだ。」
悪寒を感じ、とっさに頭を下げるイヴリン。
次の瞬間、壁面に猛獣が爪で引っ搔いたかのような斬跡が走る。
イヴリンの斬られた金色の髪の毛が宙に舞い、地に落ちる前に凍結していく。
「防戦一方。
そんなザマで勝てるかね?この『禁縛師・平野』に。」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
新エリー都ドバーランドの象徴たる糞土方像。
その大木より太い足には入口が併設されており、その内部にはエレベーターがある。
昇った先には長い回廊があり、その道は糞土方の右手に繋がっている。
糞土方像の右手に載せられた巨大なトグロをまいたオブジェクト。回廊を通じてそこに入れば、その内部に作られた巨大なホールが出向かえてくれる。
「こんばんは、新エリー都!」
豪奢な衣装に身を包んだアストラが、梯子に乗ってホールの天蓋から降り立った。
そう、アストラのライブ会場は文字通り糞土方像の手の平の上なのだ。狂気の沙汰である。
生前、ヨラン・デウィンターは毎年のようにここドバーランドでライブを行っていた。
自身の主演映画を盛大にネタにした喧嘩を売っているとしか思えない遊園地のポスター制作にも毎回快く応じ、【ドカパー兄さん】の愛称で広く親しまれていた。
いま、その系譜をアストラが受け継ごうとしている。
二代目ドカパー兄さん、否ドカパー姉さんの誕生である。
「用意はいいかしら?…それじゃあ皆に魔法をかけてあげるわ!」
会場をぐるりと見渡し、アストラが歌う。
会場が震える。
観客の熱狂などという比喩ではなく、本当に振動していた。
観客が、エレベーターの終点のような浮遊感を感じ始める。
運悪くライブ抽選にもれ、せめて雰囲気と漏れる歌声だけでも楽しもうとドバーランドで糞土方像を眺めていたアストラファンたちが、像を指さして驚きの声をあげた。
なんと、糞土方像の右手から、凄まじいロケット噴射がドバーっと吹き出したのだ。
アストラが歌うたび、彼女の声の持つ特殊な波長で発生したエーテルを原料としたロケット燃料が精製・供給されていく。
出口を求めてタンクの中でぐるぐるしていた燃料が、アストラの合図でホールの下部に設置されたエンジンに点火されたのだ。
右手に設置された糞を模したホールは像と分離し、重力に逆らって天に昇っていく。絵面としては最悪である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
湧きたつ会場の喧騒から離れた場所で、イヴリンは血の海に沈んでいた。
「無駄ですよ、シェーレ・グリーン。
君の技は手に取るように
君が5本の弦を張る隙に、私は10本の弦を張ることが
君に殺しを教えたのは誰だと思っているのですか?」
平野の言葉通りだった。実力差は圧倒的である。
それでも、うずくまるイヴリンから漏れるのは苦悶の声ではなかった。
「フ…フフフフ。」
「気に入りませんね、その笑い。
諦めですか?それともここから逆転の一手があるとでも?」
立ち上がろうとするイヴリンだが、体勢を崩して壁に身を預ける。壁面がべっとりと赤く線を引いた。
それでも、イヴリンの笑みは消えない。
「…不正解だ。どちらも不正解だよ、平野。
これは『憐れみ』だ。
貴様のような人間には
私やお前のような闇が、光に照らされることでどれほど救われるかなど。
そんな
「ええ、理解できませんね。」
平野の弦が無慈悲にイヴリンに迫る。
その並の刃を凌駕する弦が首のない死体を作るところを、イヴリンは何度も何度も見てきた。
イヴリンの細い首など一瞬で落とすだろう。
「(嗚呼、これが死というやつか。…なんだ、思っていたより随分静かで、寂しいものなんだな。)」
血を流しすぎた。もう指一本動かせそうにない。
それなのに、眼前に迫る弦がスローモーションのように妙にくっきりと見える。
ゆっくりと目を閉じた。今は無性にアストラの歌が聴きたかった。
ふわりと風が吹き、冷気が走る。
しかし、聞こえてきたのは弦が骨肉を裂く音ではなく、硬質の不協和音だった。
「・・・!?」
「…誰ですかあなたは?」
「『名乗るほどのものではない』と言いたいところですが、せっかくなので名乗らせていただきましょう。
ある時はソムリエ。
ある時は
そして、今はただの歌姫のファンですよ。」
「お前は...!」
イヴリンが口を開こうとするのを、仮面をした黒髪の美男子は片手で制した。
「おっと!今は無駄口を叩いている暇などないでしょう。
お行きなさい。『お前の光は今どこにある?』」
「…!」
この男を信用していいのか。その考えがよぎらないわけではなかった。
それでも、ほかに手はない。イヴリンはなけなしの力を振り絞り、弦を天井に絡めて上昇する。見取り図は頭に叩き込んである。上のダクトが今とれる最短ルートだ。
そうはさせまいと平野が再度弦を放つが、それを氷崎の操る冷気を発する野球ボールサイズのドローンが防いだ。
忌々しそうに舌打ちしながら、平野が氷崎に向き直る。
「…リア王 第三幕第七場、ですか。
酷な引用ですねぇ?グロスター伯が両目を抉られても尚忠誠を誓った王が、どのような末路を迎えたか知らないわけではありますまい?」
「確かに、彼の最期は悲劇という他ありません。
あの哀れな王の最初の悲劇は、愛娘の諫言すら聞き入れない狭量な心。しかし、彼の歌姫に限ってその様なことはないでしょう。なにせ己に迫る刺客すら絆されてしまうのですから。
貴方も、離しておやりなさい。彼女はもはや
ダクトを通じて、ホールの向こうから微かにアストラの歌が聞こえた。不思議と、それだけで力が湧いてくる気がした。
廊下に降り立ち、足に力を入れ、駆け出す。幸いにも、頼れる人間には心当たりがある。新エリー都最高のプロキシが。
イヴリンが血塗れでVIP席でライブを楽しむ兄妹と迫真空手部の前に現れたとき、彼らは驚きつつも的確に応急手当をしてくれた。
治療を受けつつ、イヴリンは彼らに己の正体と状況を説明した。
「___私はお嬢様を裏切った。
正確には、彼女と会ったその瞬間から、すでに裏切っていたわけだが…。
決断すべき時にしないまま、一歩、また一歩と進んでしまった結果がいまだ。
これでアストラお嬢様に何があったら……私は自分を許すことはできない。」
「あ~もう一回言ってくれ」「んまぁ、そう、よくわかんなかったですね。」
「なんでわかんないのよ…。」
超シリアスな空気なのに、この空気の読めない馬鹿は相変わらずである。
「先輩。TSしたスネイプ先生みたいなものです。」
「あっ!そっかぁ!イヴリンさんはアストラさんを何と引き換えにしてでも守りたいんだなゾ…。」「愛に殉ずる姿に涙がで、でますよ。」
「逆になんでそれでわかるのよ…。」
「大丈夫かい?それ最終的にアストラさんもイヴリンさんも死ぬやつじゃないか?」
脇でイヴリンが顰めっ面を隠そうともしない。作中貢献度は兎も角教育者としてはゴミゴミ&ゴミの子持ち人妻横恋慕蝙蝠と一緒にされてはたまらないといった顔だ。さもありなん。
何も言わずに治療してくれた恩人に対してここまでノータイムで好感度が下がるのかと自分の心境に驚きつつ、イヴリンは彼らと今後の作戦を打ち合わせる。
しかし、その協議はすぐに中断することとなった。
凄まじい轟音とともに、足元が大きく揺れた。
「なっなにが…!!?」
宙に浮いたホールが地震に見舞われることはありえない。
「おい、外を見ろよ見ろよ!」
三浦が指さす外壁のガラス窓から、黒々とした噴煙が見える。
「爆発だって!!?」「や っ た ぜ とか言ってる場合じゃないですよクオレハ…。」
「フーガの連中、正気か!?ホールは巡航中だぞ。爆破しようものなら、彼らの人間も巻き添えだ!
…まさかフーガもまた、誰かにハメられた…?本当の首謀者は別にいることになる!」
【TIPS】
原作レイプ!ひ〇パー兄さんと化したヨラン