能力は使わないと退化し、消え去る。
ティリー・ウリセン(1917~2007)
リンたち一行がホロウに潜入してクソミソなことになっているころ。
「ここかぁ^~ここが里かぁ…。」
孤島に建てられたハルトマンの屋敷に、一人の男が潜入していた。
訓練された足音ひとつ立てない足さばきで、屋敷の人間に気取られることなく内部に入り込む。
「探すぞぉ…。」
男の名は氷崎。モッキンバードの一員がひとりであり、今は臨時のリーダーとして動いている男である。
そう、臨時である。
モッキンバードのリーダーたる男、ヒューゴは死んではいない。
彼は自らの死を演出することでレイヴンロック家や参照会からの追跡を欺くべく、一計を案じたのだ。
しかし、その計画は非常に危険を伴うものであり、ともすれば本当に命を落としかねないものであった。
ヒューゴが裏切る前後に見せた僅かな符丁を見抜いたライカンと氷崎が、その一計に気づいて彼の偽装死を幇助したのである。
そうして示し合わせたバレエツインズ近くの広場で集まり、今後の作戦を密かに決めたのだ。
ライカンとヒューゴは、讃頌会の薬の調査。
氷崎は密かにレイヴンロック家の別邸に忍び込み、疑惑を決定づける証拠を盗み出すこととなった。
「全くヒューゴも人が悪い。すべてが明らかになったとき、ビビアンが何と言うか…。
これもある種の親心、…いや兄心なのでしょうが。」
ぷんすかと音を立てて問い詰めてくるビビアンが目に浮かぶ。
苦笑交じりにレイヴンロック邸を物色しているとアンティークのクローゼットが目に付いた氷崎は、その扉を開ける。
中には高価そうなオーダーメイドのテーラードジャケットやスーツが納められていたが、氷崎が気になったのは中身ではなくクローゼットそのものだった。
「……」
正面に立ってクローゼットが置かれた壁に手をつけ、外寸の長さを測る。
ピンと腕を伸ばすと、壁からクローゼットの扉までの距離は手のひらから肩の付け根ほどの長さであることが分かった。
次に、クローゼットの内寸を測るため、奥行の板に手を置き同じようにピンと腕を伸ばす。
「こ・れ・は なんですかぁ~?おかしいですねぇ。」
クツクツと面白そうに笑う氷崎。
クローゼットの内寸は、氷崎の二の腕半ばまでの長さしかなかった。
板の厚みを加味したとしても、あまりに不自然である。
「これはひょっとして…ひょっとするかもしれませんよ?」
暗闇に包まれたクローゼットの中身を手探りでまさぐっていると、端の部分に明らかに後から増設されたスイッチが指先に触れた。
それを躊躇いなく押すと、クローゼットの中から駆動音が響き、ゆっくりと横にスライドしていく。
「アッハッハッハ。なんか芸術的。」
現れたのは、秘密の地下室へと続く隠し扉だった。
躊躇なくその中に飛び込み、地下へと降りていく。
地上からの距離と島の外周を考えれば、海中にまで届かんかという深さまで階段を降ると、地面が平たくなる。
ひんやりとした冷たさと不気味な静寂に満たされた回廊を抜けると、その先に現れたのは巨大なプールだった。
薄緑色の照明に照らされた水面は、エメラルドのように煌めいてる。
「屋敷から出ればすぐに海で泳げるでしょうに。全く奇特な金の使い方だ。」
「理解できなくて当然です。あのお方の崇高な理念を、お前のようなコソ泥に計れるはずもない。」
「!!」
独り言に思わぬ返答が返され、氷崎は即座に戦闘態勢に入る。
ジャケットの裾から数基のドローンが飛び立ち、まさに蜂の如く周りを旋回する。
ざぶざぶとプールの水面が波打ち、泡立つ。
何者かが、プールを凄まじい速さで遊泳していた。
「これほどの遊泳速度!…貴方、シリオンですね?
鮫…いや、これは!」
白い弧を引く先頭には、まるでヨットの帆のように三角のヒレが走っていた。
それはどんどん加速しながら氷崎に近づき、あわやプールサイドに激突かと思うほど縁に迫った瞬間、高々と水しぶきをあげる。
大雨が如く氷崎に水が降り注ぐ。
「貧乏人。マスコミ。企業スパイ。…ハルトマン様を嗅ぎまわる野良犬は多い。」
氷崎の前に現れたのは、一人の海洋生物のシリオンだった。
鍛え抜かれた見事な肉体は鈍色に輝き、その身に刻まれた幾つもの傷跡は彼がアスリートではなく戦いに身を置く者であることを如実に表していた。
白目のほとんど見えない大きな丸い漆黒の眼に、鋸のように並ぶ鋭い歯。
水かきの残る大きな四肢。
同じ海洋生物のシリオンでも、その様は美少女JKサメメイドという性癖てんこ盛りのエレンとは似ても似つかない容姿である。
ぶっちゃけすっげえキモいデザインであった。
「なるほど。ホモイルカのシリオン、ですか。
さしずめ貴方は知ってはいけない秘密を知ったものを始末する掃除屋といったところですか?」
「その通り。私はあの方の忠実なる僕。
この場に踏み入れた者は誰一人生きて返したことはない。
貴方も、彼らの一員にしてあげましょう。」
ホモイルカが鋸歯の並ぶ出っ張った口をニイィと歪ませて残忍な笑みを浮かべて親指を立て、指さす。
その先には、かつてこの場に踏み入ったであろう者たちの血に塗れた遺品と、彼らが辿った経緯を克明に記した写真が生々しく貼り付けられていた。
「…なるほど。結構な趣味をお持ちだ。
ですがそれは叶いませんよォ…。
私は怪盗ですからね。
捕まるなんてあり得ないし、狙った獲物は必ず手に入れる。
そう、貴方のご主人様の大事な秘密。___それと、」
氷崎はニヒルな笑みを浮かべて楽団の指揮者のように手を振ってドローンを従え、ホモイルカに向き合う。
一見してクールな表情を崩さない。
「薄汚ェ害獣の剥製をなぁ!」
しかしてその眼光は突き刺すような冷たい怒りを纏っていた。
しかしホモイルカはそんな氷崎を嘲笑うかのように「ヒャアッ!」と奇声をあげながら宙返りしてプールに飛び込み、距離を取る。
「ちょっと待てやぁ!!!」
すかさず追跡する氷崎。
当然、その先には巨大な水面が広がる。
そこに氷崎は迷うことなく身を投げる。
挑発にまんまと引っかかって己のテリトリーに足を踏み入れる氷崎を、ホモイルカは水面を疾走しながらあざ笑う。
ただの人間が水中でとれる動きなどたかが知れている。
飛び込んだら最後、刻むも溺れさせるも自由自在。
「生殺与奪権は常に我に在り!」
勢いよく水中から飛び出し、空中の氷崎の足を掴まんと手を伸ばす。
「獲った!!・・・・ッッッッ!!!!?」
しかし、ホモイルカが掴んだのは、ただの空。
そこにあるはずの氷崎の身体が無かった。
「馬鹿な!あの体勢!しかも空中!身動きが取れるハズ・・・!」
「関係ねぇんだよそんなの!」
困惑するホモイルカの側頭に、容赦なく氷崎の蹴りが一撃、二撃と叩き込まれる。
空中で取っ掛かりもなくバタ足した程度では到底得られない威力。
あまりにも不可解な現象だが、脳を揺らされながらも必死で目を見開いたホモイルカはその理由を即座に理解した。
「ドローンを、足場に!
いや、まるでロッククライマーの如くドローンを掴んだ手を起点に!」
この地下空間に、確かに氷崎が身動きを取れるような場所はなかった。
だが、無いのなら作ればいい。
氷崎は空中で停止させたドローンを掴んで雲梯をするかのように宙に浮き、水面から顔を出したホモイルカの横面を蹴り上げたのだ。
たまらず体を引かせて距離をとるホモイルカだが、死角から飛来した別のドローンが容赦なくその背中を打ち据える。
「こ、小癪なぁ!!!?」
振り向いて向かってきたドローンを殴り飛ばし、ならばと再び水面に潜り機を伺うホモイルカ。
しかし、氷崎の追撃は終わらない。
「ん~↑?ホラ!
どこ行くんです?ちょっと待ってくださいあなた。
よく見て、この塊!」
足を器用にドローンの上に載せて宙に立ちながら、水面に他のドローンを打ち込んでいく。
砲丸の如く撃ち込まれたドローンは攻撃と同時に水中を走査してホモイルカの位置を捕捉・送信し、その情報をもとに別のドローンが演算された角度から襲い掛かり、また位置を捕捉する。
まるで詰め将棋のように容赦なく進路を潰しながら、砲弾の雨は止まない。
「
そして遂にドローンの一撃が水中のホモイルカを捕らえ、打ち抜く。
水面の波紋が止むと、プカプカと沈黙したホモイルカが仰向けで浮上した。
それを見届けた氷崎はプールサイドの縁に降り立ち、その先の通路に足を運ぶ。
「さて、少々手間取らされましたがこれで邪魔者は消えた。
これだけの手練れを置いているからには、この先にそれなりの秘密が、
____ガフッ!!?」
しかし、その歩みは阻まれ、氷崎は壁に吹き飛ばされる。
肩からボキリと異音が響き、激痛が走った。
痛みをこらえつつ「凶器はなんだ」と振り向いた氷崎は目を見開いた。
「ば、馬鹿な!!わ、私のドローンが、なぜ私を攻撃…する!!?」
氷崎のドローン。自らが開発した最も信頼する武器が主に牙を剥いて襲い掛かったのだ。
「
油断しましたね。一か八かですが、成功しましたか。」
力無く浮かんでいたホモイルカが、ゆっくりと、咳き込むながらも水中で起き上がる。
「ドローンが撃ち込まれた瞬間、その制御権を奪わせてもらいましたよ。
私にトドメを刺さなかった貴方の落ち度です。流石の私も死んでしまっては奪っても使えなかった!」
「っっっっ!!
ホモイルカ特有の!『奪う』能力!!
眉唾モノだと一笑に付してたのですが、まさか…事実…だったとは!」
「奥の手は最後まで取っておくもの。いい教訓になったでしょう?
ま、貴方にも、貴方のお仲間にも次などありませんがねェ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
儀玄の助けもあって無事ホロウから生還したリン・ビビアン・迫真空手部。
当初の目的であったサクリファイスのコア奪還は果たしたが、サクリファイスを利用したテロという新たな、そしてより大きな問題の対処に迫られていた。
そこのことについて進捗があったため、ライカンがRandamPlayを訪れていた。
因みに非常に新鮮で、非常に汚いことになったサクリファイスのコアは木村を病院にブチ込んだあと馬鹿二人にめったに人が来ない川の土手で100回近く洗剤で洗わせたが、人より鼻の効くであろうライカンに渡すのは万が一のことがあってはならないので却下。また他のヴィクトリア家政は全員女性ということでこれも論外。
泣く泣く消去法でヴィクトリア家政のボンプであるバトラーに渡すことになった。
消臭剤を詰め込んでジップロックとガムテープで厳重に封印したそれを、そうなった経緯とともにバトラーに託すと、「ンナ…(困惑)」という返事が返ってきたため、兄妹は「今度イアスに詫びの品を託そう。」と誓った。
「プロキシ様。突然のご連絡、まことに申し訳ありません。
しかしながら、私共のほうに情報が入りましてございます。
今夜、レイヴンロック家が晩餐会を主催するとのこと。
更に此度の晩餐会は、特別に一族の人間が同好の士を招くことを許された、またとない機会でございます。
近頃ハルトマンが世間の注目を浴びている一方で、レイヴンロック家の中には、この機を利用して彼に成り代らんとする者もいるようです。
かねてより市長閣下は、少なくない遺産を継承した若き富豪が名門一族の協力者を探している…という偽の情報を流されておりました。
そしてこの情報が、折よくレイヴンロック家のバートンという若者の関心を引いたのでございます。」
「つまり、こういうことなのですか?わたしはうら若き富豪を装って晩餐会に潜入し、そのバートンとやらに接触しなければならないと?」
ビビアンの言葉にライカンが頷いた。
「まさしく。
そして、レイヴンロック家の邸宅に入ることができれば、そこにはハルトマンの書斎もございます。
___ただ、一点だけ問題がございまして。」
そういって、ライカンが表情を曇らせる。
「晩餐会を開く理由が、その…ハルトマンのライフワークであるM奴隷愛好家によるコレクションを披露を目的としているようでして…。」
「ええ…(困惑)」「アホ なのです。」
あまりにもあんまりな開催理由に、底を割っていたレイヴンロック家の評価がさらに下落する。
「まさしく。
しかし、タイミングとしては今しかないというのも事実。
事態は一刻を争います。これを逃せば次に彼奴の懐に潜り込めるのはいつになるかわかりません。」
しかし、肝心要のM奴隷が彼等の手元にいないのだ。むしろいてたまるか。
「残念ですが、私には人権を売り渡した可哀想な人間の伝手など…。」
「申し訳ございません。我々ヴィクトリア家政もそのようなつながりは持ち合わせておりません。
…しかしご安心ください、プロキシ様。
必要とあらばこのライカンめが身命を賭して遂行させていただく所存でございます。」
「い、いえ!!寧ろ私ビビアンがパエトーン様のためならひと肌でもふた肌でも!
というか全部でもパエトーン様の前でだけなら…!!」
「そんなことしなくていいから(良心)。
プレイアブルキャラをヨツンヴァインにして剥いたらアンチ・ヘイト×R-18で済まないよ。」
万策尽きたと思われたが、リンはここ数日にあった出来事を思い出し、「あ…(察し)」と声をあげる。
「いやいるわ、人権どころか肖像権すら怪しい奴。それも三人くらい。」
そう言って、リンはスマホの連絡欄から目当ての人物に電話をかける。
つい先日、自分が三人セット10ディニーで購入したM奴隷に。
「もしもし空手部?指名が入っています。すぐ来れますか。」