「大胆であれ、さらに大胆であれ、常に大胆であれ」
ジョルジュ・ダンコン(1759〜1794)
ライカンが指定した場所に待機していると、エンジンを吹かせて黒塗りの高級車が姿を現す。
後部座席から現れたのは件のレイヴンロック家が一人、バートンであった。
バートンはビビアンとの挨拶もそこそこに横に立つリンに目線を向ける。
「バンシー嬢、こちらのお方は…」
「彼女はわたくしのパートナーです。レイヴンロック家の晩餐会は各界の著名人が集まるとお聞きしまして、新しい友人を作りたいとお考えですの。
まさかあなたがたは、たった一人をお連れすることも許さないほどのケチでして?」
事前に打ち合わせていたビビアンの返答に、バートンは微かに微笑む。
「もちろんそんなことはありませんとも。
…いや寧ろ逆ですよ。
今宵の催しにこの方をパートナーに選ばれたバンシー嬢の慧眼に対し、このバートン、感服いたしました。」
「!!?
貴方こそ、随分と人を見る目がおありですわね!!!
わたくし、同担は大歓迎ですわ!」
「ふふふふ」「ふふんなのです。」
「いや、なにこの空気?」
ピシガシグッグと意気投合するビビアンとバートンにリンは困惑を隠せない。
初対面のはずなのに妙に尊敬のこもった眼差しを自分に投げかけるバートンに、リンはもしや「レイヴンロック家全体に自分がパエトーンであることが知れ渡っているのでは?」と邪推したが、どうもそういう様子ではなさそうである。
「ところで、今夜の晩餐会で披露なさるM奴隷たちはコレですか。」
「ア、ハイ。」
「痛いですね、これは痛い。」「ポッチャマ…。」「ナオキです。」
急遽呼びつけられた挙句首輪をつけられてヨツンヴァインにされた迫真空手部をみて「おお」と歓声をあげるバートンに「おおじゃないよ」と叫びたいのをグッと堪え、リンは彼の用意した船に乗り込んだ。
1時間ほど海洋を航海すると、眼前に豪奢な明かりに照らされた離れ小島が見えてきた。
「皆さま、お待たせいたしました。こちらが我が家が所有する島の一つにして、今宵の晩餐会の会場にございます。」
バートンの案内で、厳重なセキュリティチェックをいくつも通過した後、ようやく屋敷までたどり着いた。
屋敷のホールでは、そこに招かれた老若男女が用意したM奴隷を陳列し品評しあう、この世の終わりみたいな催しが開かれていた。
「はぁ〜…ひじょ〜〜〜〜〜に反抗的な態度素晴らしいですね」
「自由を奪われる、拘束される、表現を獲られる、言葉を盗られる。それでこそ奴隷の第一歩が始まるわけだ。恥ずかしい思いしてみよう(自己啓発本)」
景気づけとばかりに髭の生えた熊のシリオンが実演を始めたのを皮切りに、来場客もどんどんヒートアップしていく。
気になるのは、主賓であるハルトマンが体調不良により欠席していたことである。何か悪いものでも食べたのだろうか。
「今宵も大盛況ですね。」
満足げに微笑むバートンに「コイツマジかよ…」という引き攣った笑みで返すビビアンとリンは、額を突き合って小声で話し合う。
「(ど、どど、どうしようビビアン…)」
「(わ、わたくしもマトモよりの晩餐会しか来たことがありませんので、こういった舞台の知識はサッパリなのです…)」
このままマトモに振舞っていては、この異常な空間では逆に確実に浮いてしまう。
どうすべきか思案していると、耳飾りに偽装したインカムから聞きなれたAI音声が届いた。
『マスター、お困りですか。』
「(フ、Fairy!?私たちいまこの変態集団に溶け込まなきゃいけないんだけど、なにか案があるの?)」
『はい。市販のマナー講座映像から郊外が流通させている裏物まで網羅した私に死角はありません。バッチェお任せください。』
確実にAIにはいらないであろう知識を大量に学習させてしまい、「これ絶対Fairyの関係者にバレたらブチ切れられるな」と内心謝りながら、リンはその案を聞き入れた。
「パエトーン様。ほ、ほんとにこれでいくのですか!?」
「なんでかわかんないけど、さっきからチラチラ私を見てくる人たちがいるんだよね。とりあえず周りの空気に合わるフリして、隙を見て隠れてから探索しよ。」
Fairyの助言をもとにした、若干、否、かなり不安しかない作戦をリンとビビアンは決行した。
「さぁ!というわけで行きなさい、無敵奴隷!とっとと歩くアマス!」「なのです。」
地面に這いつくばらせた三馬鹿の首輪を持ち、その上に乗ってリンたちは会場を突き進む。
「ポッチャマ…。これはセレブというより天竜人だゾ…。」
「いくらなんでも金持ちの解像度が低すぎます!!」
「どんどんとっと♪」
「うるさいえ!」
勝手がわからないんだから仕方がないでしょうと内心思いながら会場を回っていると、来場客の一人がリンに気づいて驚きの声をあげる。
「お、おいみろよ!」
「あ、あいつはまさか!」
「あの顔、間違いねぇ!」
バートンと同じく初対面の晩餐客のはずの過敏な反応に、リンも戸惑う。
「え、なに!なんなの!?怖い怖い怖い…。」
「伝説の
「何処の誰が何って!?!?!?!?!?」
聞こえてきたのは、聞き捨てならない異名だった。
「あらゆる人権を剥奪して二束三文で買い叩くって噂のあの!?」
「しかもシャコタンに八の字タイヤのヤン車でH.A.N.D.Sの本部に乗り付けて、すげえマナーの悪い停め方するって噂だぜ。」
「国家権力も恐れねぇってか。恐ろしい女だぜ。」
「狂いそう…!(静かなる怒り)」
バートンが自分に向けていた尊敬の眼差しに合点がいくと同時に、尾鰭のつきまくった絶望的にいらない名声がついてしまったことにリンは頭を抱えた。あと、あのとき空手部を助けたのも後悔した。
M奴隷を繋いだ首輪を片手に、我先にと来賓客がリンに握手を求めてくる。
群がる握手の列を捌くべく、ビビアンが『最後尾』のプラカードを持って群衆を整備すること15分。
やっとのことでリンは解放された。
冨・名声・力。かつてこの世を全てを手に入れた女。伝説のプロキシ・リン。
「走ってるのは虫唾なんだよなぁ...」「眩しすぎたGO」「『美学』、感じるんでしたよね?」「アツゥイ!」「ありふれた日常よりもAチャンネル(至言)」「メインマストをガン掘りしている屑がいますねぇ」
「いらない....。こんな名声、いらない。」
ゲンナリした気分を抱えたまま、リンは仲間たちと
世はまさに大奴隷時代。
「「「ONE PIECE!!」」」
「喧しいわ。」
しかし、暫くするとコツコツと足音が聞こえてきた。
「おやおや、迷ってしまわれたのかな?」
続いてガチリと撃鉄が起きる音が静寂な室内に響く。
「あ、ハルトマンじゃん。」
「いい加減にしろ!何度間違える気だ!私はホワイトマンだ!」「逆ゥ!」
「このおじさま、悪の金持ちよりお笑い芸人の方が適性がありそうなのです。」
現れたのは、レイヴンロック家の当主・ハルトマンだった。
「我が屋敷は広い。初めて訪れたのなら迷うのも仕方ないこと。
まさに、『羅針盤なんて渋滞のもと』といったところか。」
「こいつ敵のくせにこっちのボケに乗っかってきたゾ。」
「こんなところでオダセン聖のノリをリスペクトしなくていいから。」
「お二人とも…レイヴンロック家のもてなしはお気に召さなかったかな?
それとも何か…満たされぬあまり、こんなところまで食い物を探しに来たのかね?
そう、食い物。
非常に新鮮で、非常に美味しい.....料理。
料理…?
ううっ!!?」
なぜか突然吐き気を催し、ハルトマンは口をおさえてうずくまった。
「勝手に話振って勝手に自爆すんのやめてくれない?」
よろよろと立ち上がりながら「スパゲッティが一番キツかった...」という妙に実感のこもった独白をこぼすハルトマンに、なぜか敵であるはずのリンやビビアンすら若干同情の眼差しを向ける。
「…ていうか、なんかあの人めちゃくちゃ痩せてない?」
もともと痩せぎすの男ではあったが、今のハルトマンはそれに輪をかけてげっそりと痩せ細っていた。
「おえっぷ…私の屋敷に忍び込むとはいい度胸だな、ビビアン嬢。
それにパエトーン…いや、
「ねぇ、ほんとそのあだ名やめて?」
「お前たちのほうから俺の縄張りに転がり込んできてくれるとはな…。
これは予想外だったぞ。バートンのやつには、感謝しなければならないかもな。お前たちを始末する方法を、わざわざ考えずに済んだのだから。
ビビアン嬢、それに値切りクイーンよ。
あの世でヒューゴによろしく言っておいてくれ。
そうそう、これも頼む―。
レイヴンロック家の財産も、権力も、すべてこの俺が頂くとな!」
ハルトマンは銃を構え、机に狙いを定める――。
しかし、銃声は鳴らなかった。
薬莢の軽やかな音とともに、聞き覚えのある声が響いた。
「た、弾が…なぜだ…?」
「まったく…親愛なる叔父上、俺と貴公の仲ではないか。
言伝などする必要はない、直接俺に言えばいいだろう。」
「ヒューゴ!?ばばば、バカな…!お…お前はたしか…」
「叔父上。レイヴンロック家の者は、目的を達成するまで決して諦めない。
まだ、貴公を高みから引きずり降ろす道半ばなのだ。どうして俺が早々にこのゲームを降りれようか。」
「薄汚い雑種め…!こんな小細工を弄することしか貴様には能がないのか!
「小細工?ハハハハッ…!聞きたいかね?死さえも欺く小細工を以て、俺が何を成し遂げたのか…。
我が親愛なる、叔父上。」
間一髪でリンとビビアンを救ったのは、己の死を偽装して潜んでいたヒューゴだった。
ライカンと共にレイヴンロックの陰謀を暴いたヒューゴは、ハルトマンを断罪すべく。そして潜入していたリンやビビアンを救うべく駆けつけたのだ。
「おやおや。
どうやら舞台は大詰めのようですねえ。
なんとか間に合いましたか。
これで役者は揃いましたねえ。」
「なんだ、生きていたか。
連絡が来ないからてっきりくたばったのかと心配したぞ?」
彼に続いて音もなく部屋に現れたのは、片腕を三角巾で吊り下げたモッキンバードの氷崎だった。
「ええまあ、多少ピンチにはなりましたが、何とか切り抜けられましたよ。
『奥の手は最後まで取っておく』
彼のアドバイスは実に参考になりましたとも。」
「馬鹿な!敗れたというのか、あのホモイルカが!?」
己の懐刀が敗れたことに、ハルトマンは驚愕する。
「ええ、今頃彼は地下のプールできれいな氷漬けのオブジェになっていますよ。
ご覧になられますか?」
びしょびしょに濡れた氷崎の肩には、微かに霜が降りていた。
その手に握られた真新しいポロライド写真には、氷漬けになって壁に磔にされた気持ち悪いビジュアルのイルカのシリオンが写っていた。
「大変な目にあいましたが、それに見合う収穫はありましたとも。
俺知ってるんですよぉ↑貴方の正体。」
そういって、氷崎は次に地下から持ち出した写真やファイルをパラパラと床に落として見せつける。
「いやあ、驚きましたよ。ハルトマン殿。
まさか貴方がかの有名な『水没紳士マサヒコ』、その人だったとはね。」
「水没紳士マサヒコ!?」
「あの!?」
「誰?その界隈だと持ち上げられてるけど、その界隈 が狭すぎて世間に通用しない感じの人?」
「馬鹿馬鹿しい!私が水中ブリッジ3分も強要するような変態だと!?証拠はあるのか!?」
突然のアウティングに、ハルトマンが憤慨する。
「誰もプレイ内容の話なんてしてないんですがそれは。」
「語るに落ちてるよコイツ。」
しかし、氷崎は余裕を崩さない。
「成程、あくまでしらを切るおつもりですか。
いいでしょう。
ではいまから証拠をお見せします。
決定的な証拠を、ね。」
氷崎が指を鳴らすとドローンが発光し、集まり、文字を形成していく。
そうして浮かび上がる文字に、ハルトマンは困惑を隠せない。
「わ、私の名前…?」
「ハルトマン氏はTOPSに取り入ろうとしていましたが、結局自分のことしか考えていない愚物なので、TOPSのTを
氷崎の指示に従って、ドローンが形成する文字も変換されていく。
「次に、ハルトマン氏はレイヴンロック家において
「そして最後。ハルトマン氏は讃照会・ヒューゴと交わした二つの約束を反故にして掌を返してきたので、こちらもRとNの二文字の掌を返して次の文字であるSとOに変換する。」
「これだけではなんの意味もありません。
...しかし、これをとある法則に従って並び替えるとどうでしょう。」
氷崎の言葉に従ってドローンが作った文字列も並び変えられ、全く別の言葉を示す。
「こ、これは!!」
「そんな、まさか!」
その結果、浮かび上がった文字とは。
「う、うそやろ!こ…こんなことが…こんなことが許されていいのか!?」
「全ては因果の流れの中に...!」
「ば、馬鹿な....!ありえない...!」
真実を暴かれ愕然とした表情のハルトマン、否、水没紳士マサヒコは、ついに観念したのかガックリと膝をつく。
「ねえ馬鹿なの?こいつら全員馬鹿なの?」
「これではレイヴンロック家の凋落もやむなしですねえ。」
「水没紳士。人々を陵辱した貴方を人間は決して許さないのです。いかなる理由があろうとも一方的に貴方は裁かれるのです。悔しいだろうが仕方ないのです。」
「汚らわしい落とし子風情め…俺がくたばれば、貴様が後釜になれると?バカな!
この程度は些細な汚点だ。レイヴンロック家さえ揺らがなければ、俺はいつでも再起できる。」
「汚らわしさでハルトマンはんに勝てる奴はこの場にいないと思うんですがそれは。」
しかし、ヒューゴは余裕を崩さない。
部屋の半数に馬鹿しかいないこの空間がシリアスを保っていられるかどうかは、この稀代の大怪盗の双肩にかかっているのだ。
「この期に及んで、まだ理解できていないとみえる。
俺は父の仇を討つつもりもなければ、くだらん椅子の取り合いにも興味はない。
俺もまだ、貴公から命を取るほど落ちぶれてはいないのでね。
ちょうどいい時間だ。こちらを見たまえ、叔父上。」
そういってヒューゴはハルトマンの私室のテレビをつける。
画面では、TOPSの代表たるエドモンドが会見を開いている真っ最中だった。
「…TOPS財政ユニオンを代表して表明する。
レイヴンロック家の行いについて、我々は一切を関知していない。
ユニオンは既にレイヴンロック家とのあらゆる協力関係を打ち切った。
今後も関わることはないだろう。
・・・ん?続報?
これは・・・。
水没プレイ!?2回も!?
うわあ・・・・、これは
これは
なんだこれは・・・・・・・・。たまげたなあ。」
これこそが、ヒューゴの最後の一手。
違法な人体実験・讃照会との癒着・テロの画策計画・レイヴンロック家のあらゆる恥部。
それらすべてをヒューゴはTOPs上層部にリークしていたのだ。
「最後のはただの恥の上塗りじゃね?」とリンと空手部は思ったが口には出さなかった。
「き、気でも触れたか!レイヴンロック家を潰して貴様になんの得がある!このまま一生、コソ泥でいるつもりか!?」
狼狽するハルトマンを、ヒューゴは鼻で笑い飛ばす。
「コソ泥?フン…叔父上、今一度自己紹介が要るようだな?――人々は口を揃えて言う。
『富めるものから盗み、貧しきものに与える怪人』『何人をも騙しおおせる稀代のペテン師』
それこそがモッキンバードのリーダー…新聞の一面を飾り、新エリー都を魅了してやまない大怪盗だ。
俺には、深淵に足を踏み外すことを許さぬ親友がいる。涙を流してくれる相棒がいる。手を差し伸べてくれる『伝説』がいる。
凄惨な悲劇をお下劣な喜劇に変える馬鹿共も…まあ一応端においてやる。
俺の名はヒューゴ・ヴラド。
貴公のように、レイヴンロックなどという姓に拘泥はしない。」
「雑種風情が…生まれてくるべきではなかったな!」
「過分なお言葉だ、お互い様だがね。
・・・では、役目を終えた三流の端役殿にはご退場願おうか。」
ヒューゴがそう言い終わるや否や、ハルトマンの私室に大量の男たちがなだれ込んできた。
「ン何だお前?!(驚愕)」
ハルトマンの疑問を無視して彼らは襲い掛かる。
「
あっという間にハルトマンは謎の男たちに拉致されていった。
それを見届けると、ヒューゴは通信機を手に取った。
「ああ、今しがた叔父上の身柄はそちらの手に落ちた。
一応、協力に感謝を、と言っておこうか。」
「別にそんなのいらないよお?
今回はリスク管理のできないTOPSのお馬鹿さんが何人か君んちの実家に粉かけてたからお互い手を組めただけだし。
内部監査といっても照ちゃんたちはあくまでTOPSの側。君たちとは根本的に相容れないってことは忘れないでね。」
そういって、通信は一方的に切られた。
通信が切れる直前、向こうで「照ちゃん先輩!?この内容と量がエゲつないレイヴンロック家印の変態スナッフビデオ、私がチェックするんですか!?クレーム担当にはクレームを入れる権利がないんですか!?」という悲痛な声が聞こえたがヒューゴは無視した。
一行がボートが停泊していた波止場に戻ると、氷漬けにされたホモイルカが台車に乗せられてここまで運び込まれていた。
そして、ハルトマンを含めてあの変態的催しの参加者が、枝のようなマークが刻まれた黒塗りの高級クルーザーに
「「「ウィーアー!!!」」」
「それはもういいから。」
【Tips】
この第52話を、アニサキス兄貴に捧ぐ。ホワイトスター学会追放も覚悟の上です。
好きなアニサキス兄貴の新説はアグネスタキオン=サムソン高木説です。
ヒューゴとライカンのパートはヒューゴがお尻の穴に腕を入れるシリーズになりそうだったのでシナリオの都合で泣く泣くカットしました。許し亭許して。
今日は8/10だけど、関東在住のホモは野獣邸なんかいっちゃダメだゾ。
確実に晒されるし、そもそも人として恥ずかしいってそれ一番言われてるから。
警察だ!(インパルス板倉)のお兄さんに迷惑なんてかけちゃ、ダメだろ!(真面目)