サラに交渉を打ち切られ、野獣と木村は動揺を隠せなかった。
「ど、どういうことですか?パールマン抜きでも爆破するって。
計画はこいつが考えたんじゃないのか?」
「やばいじゃんアゼルバイジャン。
あいつら俺らごと爆殺するって言ってたぜ!俺まだ遠野に告白してないのに!」
「さっきFairyが言ってました。本部とここを繋ぐ唯一の線路が爆破されたって。
パールマンごと爆破する気だ!奴ら本気です。
やめてくれよ(絶望)」
「ヤメロー、シニタクナーイ!シニタクナーイ!!」
「いやだ、ひぎぃー」
「やめんかぁ!!」
「!?」「!?」
しかし、それを一喝する三浦。
その顔は、別人のように凛々しかった。
「確かに俺たちの作戦は失敗した。
しかし、得たものがあるのも事実だ。
電車・パールマン・エーテル爆薬・サラという黒幕の存在。
そして、この場には俺たちより余程智略に優れた者がいる。
そうだろう、パエトーン。」
その声に、小さなボンプが立ち上がる。
「ふふ、迫真空手部の智将にそこまで言われて諦めるわけにはいかないよね。」
「その顔、既に策があるようだな。」
「あぁ、あるとも。生命の危険が伴うけれど、僕らに命を預けてくれるかい?」
ボンプから、新しく線の細そうな青年の声が聞こえる。
リンの兄、アキラの通信だ。
「構わん。話してくれ。」
カンバス区と新エリー都。この二つは、直線距離で結ぶにはそれほど遠くない。
電車を走らせ、新エリー都に最も近づくポイントまで降ろせられれば、あとは老人や子供の体力でも十分に走破できる距離だった。
そうしなかったのは、それらのポイント及び線路が完全にホロウに呑まれており、安全の確保が困難だったからだ。
しかし、もし爆薬もミサイルも効かないホロウを物理的に縮小させることができれば。
そのホロウの主ともいえる強大なエーテリアスを倒すことができれば、ホロウの活性と規模は大きく減衰する。
「デッドエンド・ブッチャーだ。奴を仕留め、ホロウを縮める。」
「成る程、あのデカブツを屠るのが先か。
それとも奴らに爆弾で吹き飛ばされるのが先か。
爆破予定時刻まで時間は....あまり無い。賭けだな。」
「その賭け、邪兎屋も乗るわ。
ニコたちも異論はなかった。
「僕ら空手部3人、邪兎屋、猫又、パエトーン!電車にはヴィジョンの買った大量のエーテル爆薬。
こ、これだけの手札が揃えばあるいは…。」
「イケますよ。イクイク。」
「お前ら、腹決まったみたいだな。」
谷岡が、立ち上がる。死んだような乾いた目ではなかった。
かつて猫又があこがれた、ギラついた任侠の目だった。
「谷岡、あんたには…。」
「わかってる。住民の避難は任せろ。
誰一人死なせやしねえ。だから、おめえらはさっさとあのデカブツを殺してこい。あくしろよ。」
悪態をつきながらも、谷岡の手には手書きの避難民全員のリストが握られていた。
それら一人一人を照合し、電車に乗せていく。
最後に空手部らホロウレイダーが乗り込み発車した。
前半の車両には避難民、後方の車両にはホロウレイダーとエーテル爆薬が乗せられている。
然るべきポイントで連結を切り離し、前方車はホロウ内で待機する手筈だ。
電車の最後尾を警戒する形で、谷岡の黒塗りの高級車が追随する。
がたがたと揺れる車内。雑談はない。迫真空手部は床で座禅を組んで集中している。
ビリーとアンビーは武器の点検をしている。
猫又とニコとパエトーンは、作戦の最終調整を行っていた。
後方から車のクラクションが鳴り、電車が止まる。
「着いたな。」
瞑想していた三浦が目を開いた。後輩たちもそれに続く。
コンコンとガラスを叩く音。ドアの向こうには、あのとき空手部たちが助けた少女とその祖母。
生憎ガラスは防弾・防音加工のため、何と言っているのかは聞き取れなかったが、何を言っているのかは皆わかっていた。
彼女に笑顔を見せ、頷いて電車を降りた。
クラクションがなり、谷岡が車の窓ガラスから顔を出す。
「おい、馬鹿ども。死ぬんじゃねえぞ。誰も死なせねえっつっただろ。
俺を約束も守れねえつまらん男にしてくれるな。」
「谷岡はん、心配してくれるんスかあ?Foo↑」
「おまえは死んどけステハゲ。さっさと行け。あくしろよ。」
デッドエンドホロウの最深部。
嵐が過ぎ去った跡のような圧倒的破壊痕。
稲妻のような地響き。
デッドエンド・ブッチャーのねぐらに間違いなかった。
「安心しな!俺はスターライトナイトに必勝法を教わった!
悪役相手にはルール無用!!」
ビリーが軽快なリズムで2丁拳銃を構える。
「ん。そうですね開幕昏睡レイプ。この手に限る。」
「あの特撮、R指定ついてたっけ?…後ろ!ビリー、ステハゲ!」
アンビーが駆け出し、鉈を抜きながら野獣を蹴り飛ばす。
轟音とともに何かが飛来した。
それは、根元から基礎ごと引きずりだされた信号機。鉄板部分は幾重にも肉を屠り、骨を砕いて研磨され、刃のごとく尖り血にまみれていた。
それが、先ほどまでビリーと野獣が馬鹿騒ぎしていた場所に大穴を作っていた。
「お、俺の予想を読まれた…?」
「ねえいま蹴る必要あった?なくない?」
尻もちをつくビリーと、たんこぶを作って涙を流す汚物。
その場の全員が自業自得と判断してその抗議をスルーし、臨戦態勢に入る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
それは習性か、以前取り逃がした獲物を見つけた歓喜か、はたまた手痛い一撃を与えた者への憎悪か。
デッドエンド・ブッチャーが咆哮した。
初手に動いたのは彼の怪物だった。
地面を得物で抉り、大量の礫の塊をまき散らす。
「ナ、ナオキ!」
慌てて弾丸滑りで受ける木村だが、これほど大量かつ不規則な時間差で飛ぶ礫では、弾丸滑りは流し損ねる可能性が大きかった。
そもそも、あの技は広範囲な無差別攻撃には不向きなのである。
「喰らいなさい!!あの日のお返しよ!」
その初撃をしのいだのはニコ。圧縮されたエーテル弾は、大質量の宇宙の欠片を産みだす。
すなわち、超小規模のブラックホールを発生させた。
大量の礫はブラックホールに引き寄せられて一転攻勢し、主人に牙を剝く。
エーテル弾を防ぐのに気を取られたブッチャーは、その反抗をモロに受けた。
「(成程、これがニコの切り札!超重量のブラックホールは僕も受け流せない。あのときこれを撃たれていたら危なかったですね。)」
冷や汗とともに、頼もしい味方に感謝する。
礫をいくら被ったところで、ブッチャーにダメージはない。しかし、視界を塞ぐには十分だった。
「サンダー!」「双打よ!」
ニコの返し札に便乗し、邪兎屋・迫真空手の二枚看板が誇る切り込み隊長たちがその肉を抉る。
雷撃と剛拳。
2重の衝撃に、たまらずブッチャーはのけぞる。
そしてその一瞬の硬直は、
「やっぱ隙なんすねえ。」
「悪いけど急ぐんだ。悪役のターンは来ないにゃ。」
「演出ご苦労さん。支払い、鉛玉でいいか?」
この3人を相手に、あまりに致命的だった。
「やった!?」
ボンプに憑依したパエトーンが物陰から伺うが___。
「プロキシ、それあまりにフラグすぎてナオキです…。」
ビリーが無言でリロードを行う。
それは未だ戦いが終わっていないことを表していた。
「覚醒です。」
刀を構え、土煙の先を野獣の眼光が睨め付ける。
「覚醒?あっ(察し)__。」
沈黙するデッドエンドブッチャーの背中が発光し、大きく盛り上がる。
膨張した巨体は、かろうじて止まっていた人のカタチの範疇を大きく逸脱していく。
異形。怪物。
それ以外に形容のしようがなかった。
背中から生えるもう一対の剛腕。
それが生む圧倒的膂力は、この巨体に似つかわしくない瞬発力を与える。
「早スギイ!?」「それに・・・重い!!」
得物を持ち近距離戦闘に優れるアンビーと野獣が、その剛腕のラッシュを受け止める。
卓越した技術で猛攻をしのぐが、長くは続かない。
集中力・腕力・武器の耐久。
いずれか一つでも欠ければ、即死は免れない。
「そろそろ俺もアンビーも腕がイキますよー、イキますよーイクイク・・・」
「くっ!プロキシ先生、無人在来線爆弾はまだなの!?」
「アンビーはん映画ネタ呟けるとか割と余裕っすね。(戦慄)
俺なんかもうなんか溜まっちゃってさー(乳酸)」
「空元気よ。私も正直限界。」
「ファ!?クゥーン・・・」
「Fairy!電車どうなっちゃったの?」
到着予定時刻はとうに過ぎていた。
「マスター、先程の瓦礫の一部が飛散し、線路を破損させたようです。
電車は走行不能です。」
「なんだって!?それじゃあ、あいつを倒せないじゃないか!!」
「助手2号、落ち着きなさい。電車は来ませんが、爆弾は来ます。」
「それはどういう…。」
次の瞬間、けたたましいエンジン音が響く。
「まったく。こんな鉄火場に呼び出しやがって。おれの
谷岡だった。後部座席も助手席も外された黒塗りの高級車には、エーテル爆薬が満載に詰め込まれている。
「谷岡さん!しかもエーテル爆弾まで!」
「よし、カードは揃ったわ!
あとはあの二人とブッチャーを引きがさないと!」
徒手であの怪物とやりあうのはあまりに無策。二人がかりで拮抗する猛攻は、猫又一人では荷が重い。
ビリーとニコの豆鉄砲では牽制にもならないだろう。
しかし、リンは秘策を思いつく。
「そうだ!ポッチャマ!」
「ポチャ!?」
「このボンプ、高出力放水銃を内蔵してるんだよ。丁度近くに消火栓がある!」
「え?これボンプなの?いい歳こいてぬいぐるみ持ち歩く痛い大人だと思ってた…。」
「ニコの親分、スターライトナイトのアクスタ買い漁ってる俺には耳が痛いぜ。」
「そ、それはさておき!これでアンビーと野獣を押し流せれば・・。」
「店長。放水銃って、結構威力あんだぜ?無防備で受けたら死にかねねえぞ。」
「僕たちが二人を受け止めます。」
「ああ、任せてくれ。」
「空手部!」
「谷岡さん、ポッチャマをボンネットに乗せてやってくれ。
俺たちとブッチャーと車を直線距離で結ぶんだゾ。」
「成程。放水銃でアンビーと野獣さんをブッチャーから引きはがし、真後ろで空手部の二人が受け止める。
同時に急発進させた車をぶつけて爆弾を起動させる!でもかなり危険だ。」
「野獣も迫真空手部。万が一死んでも文句は言わないゾ。けどアンビーちゃんは…。」
「ニコさん、ビリーさん。それでも、あなたたちの大事な仲間の命を僕らに預けてくれますか?」
いままで見たことのないほどに真剣な空手部のまなざし。
「ほかに手はない。そうでしょう?代われるなら、…代わってあげたいわ!
家族なんだから…!あんたち、マジで失敗したら許さないわよ…。」
「親分…。」
震えるニコの肩に手を置くビリー。
「警告。この車には自動運転機能が搭載されていないため、私が運転することはできません。」
「はあ!?」
「たりめーだ。俺様の
「あるに決まってるだろ!爆弾もってエーテリアスに突っ込むんだ!死ぬんだぞ!?」
「そんなこと、だ。もっと大事なモンのために俺はここに来た。お前もそうだろ、猫又?」
なおも食い下がる猫又を止めたのは、ビリーだった。
「ビリー!!なんで!?止めるならあたしじゃなくてあいつを!」
「無駄だぜ猫又。
男にゃ退いちゃならねえ時ってのがあんだ。
たとえ死んだってな。
だろ、副組長。」
谷岡はニヤリと嗤う。
「ブリキ野郎のくせに、中々骨のある男じゃねえか。」
「だはは、当然!伊達に全身強化外骨格で出来てねえよ。
___いけよ。見届けてやる。」
「ああ!」
車に乗り込み、エンジンを吹かせる谷岡。
ボンネットでは、消火栓と接続したポッチャマがブッチャーに照準をロックした。
「谷岡さん、迫真空手部として貴方に最大の感謝と敬意を。」
三浦は大きく頭を下げた。木村もそれに倣う。
「馬鹿じゃねえの。そんな暇ねえだろ。あくしろよ。」
谷岡が車を発進させる。
即座に空手部も動く。
腕を振り上げて暴れまわるブッチャーの側面に回り、気をうかがう空手部と黒塗りの高級車。
それを祈るように見つめるニコと、泣き叫ぶ猫又。
アンビーの腕に鈍い痛みが走り、鉈に亀裂が走る。
好機。そう判断したのだろう。
デッドエンド・ブッチャーは大きく4本の拳を振り上げ、二人を叩き潰せんとする。
それは死中。
すなわち活路。
「ポッチャマ!!ハイドロポンプだ!!」
三浦の命令で放たれる大出力の放水銃。谷岡はサイドブレーキを引き、車を固定して後退を防ぐ。
突然の放水だが、野獣とアンビーは瞬時に武器を手放し、腕を交差させて全力で防御する。
勢いよく流される二人を、迫真空手部は衝撃を受け流しつつ受け止めた。
直後、放水が止み、水圧から解き放たれた黒塗りの高級車は、ポッチャマを加速で地面に置き去りにしながらエーテリアスに激突した。
苦悶の咆哮とともに突き立てたブッチャーの爪が、谷岡の腹を抉る。
しかし、その程度で彼は止まらない。
車自体を引きはがそうと残った腕で掴みにかかるが。
「遅すぎんだよ。」
それをビリーの早撃ちが許すはずもない。
放たれた弾丸は正確に燃料タンクを穿ち、誘爆させる。
谷岡はもはや聴覚も触覚も失っていた。
すべてが炎に包まれ、薄らぐ意識の刹那、振り返る。
かすれた視界がとらえたのは、泣き叫ぶ少女。
人知れず、笑みがこぼれる。
「(
…勝ったんだぜ。
なに泣いてんだよ
馬鹿じゃねぇの。)」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ヴィジョンの陰棒は、すべて白日の下に晒された。
事前に邪兎屋がヴィジョンの商売敵である白祇重工に情報を提供し、治安官を出動させたのだ。
810人にも上る偽治安官。谷岡の仇を取らんと一丸となるカンバス区の住民たち。パールマンの身柄。
サラの身柄だけは押さえることができなかったが、これだけの証拠があれば訴訟にいたるには十分だった。
すべての住民から委任状を託されたニコは、ヴィジョンを相手取り骨の髄までしゃぶり尽くさんと息巻く。
そんな喧噪から離れた場所で、迫真空手部と猫又、パエトーンの兄妹は町はずれの墓所を訪れていた。
経過報告を谷岡にするために。
「まあ、裁判は長引きそうだけど、住民はあんたのおかげで無事だよ。」
「白祇重工の社長は若いですがしっかりした方だそうですから。
ヴィジョンみたいなガバガバ計画を企む可能性はナオキです。」
「あれより酷い計画なんてそうそうないってそれ一番言われてるから。」
「安心してくれよなぁ。谷岡さん。」
谷岡の墓前には花やお菓子やジュースにビール、エロ本、教員の免許、タバコ、人間ペンギンマスク等、カンバス区の住民やプロキシ兄妹、空手部が持ち寄った様々な品であふれかえっていた。
「あ!あんたたち、いたいた。」
邪兎屋も駆けつけ、追加の供え物を置く。
ついでにクッソ不謹慎な品物は回収し、供えた空手部は血祭りにあげた。
「いまから打ち上げにいくの。あんたたちも来るでしょ?」
「Foo↑ニコ姉貴太っ腹スギイ!!」
「いや割り勘だけどね。奢るわけないでしょ。」
「ポッチャマ…。」
「ナオキです。」
「ほら、猫又も。」
「え?あたしも?」
「何言ってんのよ。あんたが来なきゃ始まらないでしょ。」
「当たり前だよなあ?」
「なんだよ猫又よお。まだ騙してたこと気にしてるじゃんアゼルバイジャン。」
「猫又。あたしたちと一緒にご飯にいく?」
アンビーの差し出す手。
後ろで微笑むニコとビリーとプロキシ兄妹。
空手部は墓前の酒で酒盛りを始めた。
それは、もうなくしたと思っていたはずのもの。
彼が繋いでくれたもの。
「お、おう!考えてやるよ!」
猫の落し物は、やっと見つかったのだ。