Sie・Brechen・Online〜恋に初心なふたりと紡ぐフラグ回収〜   作:海澪

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16.僕は愛されているみたいだった

 

「なんの因果だろうね」

 

 スーツから作務衣に着替えた詩能さんのお父さん、能美(あたみ)さんは腕を組みながら、右手で無精髭を撫ぜた。

 

「理和くん。まずは、ソロモンの撃破おめでとう」

 

「えっ……あ、いえ。それは」

 

「詩能から聞いたよ。あの壁画、見つけたんだってね」

 

「……はい」

 

 詩能さんに目を向けると、詩能さんは少しバツが悪そうだった。何か言ったようだ。

 

「詩能にね、責められたものさ。あんな設定はあんまりだ! とね」

 

 その時の様子を思い出しているのだろう。それでも楽しげに話してくれた。

 

「でもね。当初は私も悩んだものさ。けれどね、きみのご両親とは高校からの付き合いでね。ご助力いただいたんだよ」

 

「──────……え?」

 

「このゲームはね、君のために作ったんだ。理和くん」

 

「────、っ!? ……そだ」

 

「嘘ではないさ。そうだね。確かにその時のあの2人はとても辛そうな顔だったよ」

 

「嘘……ですよ。そんなの」

 

「理和……」

 

 いつの間にか強く握りしめていた拳を詩能さんがそっと手を置いてくれた。ハッとして荒ぶりかけた心を落ち着かせる。

 

「あの2人は僕を、妹を捨てたはずです。だって、現に連絡の一つも寄越さないじゃないですか」

 

「やはりそうだったか」

 

 能美さんはやはりと言った。

 

悠希(ゆき)にも総真(そうま)にも言ったんだよ。君たち兄妹に連絡しろってね。それでもどこか申し訳なさそうだったんだ。『自分たちにはそんな資格ない』ってね」

 

「何を言って……」

 

「こればかりは本人たちから語ってもらうしかないかもしれないね」

 

「…………」

 

 スッと襖が開いた。そこにいたのは、子供の頃で止まっていたままの両親の顔だった。数年経ったからか、ほんの少しだけシワが増えた顔をしていたその2人が目の前にいた。

 

「────────────、っ」

 

「……久しぶり、ね。理和」

 

「久しぶりだな……理和」

 

──────

────

──

 

 場所をうつして人は優に10人以上は寝泊まり出来るくらい広い広間に両親と長いテーブルを囲み、対面で向かい合う。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 気まずい空気が先ほどから立ちこめる。何度茶を飲み込んだことか。このままじゃあ埒があかない。僕は大きく溜め息を吐く。

 

「ねぇ。なんでSBOなんて作ろうと思ったの?」

 

「あ、……能美くんから相談を受けたの。新しいゲームを作るために協力してほしい、って」

 

「最初は断った。しかし……彼の熱意に絆されてしまった」

 

「………………」

 

 どこか引っかかった物言いだった。結局のところ変わらないんだ。父さんは。

 

「……じゃあ、何のために僕に会いに来たの? そんな顔をするなら会わない方が良かったよね」

 

「それは……」

 

「……ごめんなさい理和」

 

「どうして謝るの? 母さん。謝る意味、無いよね」

 

「それは……」

 

 煮え切らない2人に僕は耐えきれない。耐えられそうもない。

 

「2人は……保身に走るんだね」

 

 ──────バンッ!

 

 テーブルを強く平手で叩く。両親は驚いたように肩をびくつかせた。

 

「僕は……僕は父さんと母さんのこと、嫌いになりたくない。なんで離れていったの? とかなんで今更とかさっきから頭の中で煩いくらい思い浮かぶ。でも。でも!

 そんな勝手に辛い顔するなら! 来なかったら良かったじゃん! ……僕は、ただ話がしたかっただけなのに……!」

 

 今はここにいたくない。そう思いながら立ち上がって広間を駆け足で出る。

 

「きゃっ」

 

「っ……す、すみません」

 

 詩織さんが偶然いた。ぶつかりかけ、謝罪してこの家のどこでもいいから、離れたかった。適当に廊下を曲がった先、いつも見る背中があった。僕の足音に詩能さんは振り向いた。

 

「り、理和……?」

 

「………………」

 

「ど、どうしたんだ理和?」

 

 ぎゅぅっと詩能さんを強く抱き締める。きょとんとした顔でも詩能さんは可愛い。あぁ、今だけは彼女の温もりだけが救いだ。

 詩能さんは僕の様子に気づいたようで優しい声で言ってくれた。

 

「……少し、外の空気を吸いに行こう。理和」

 

「…………うん」

 

 抱擁を解いて、詩能さんに手を引かれて外に出る。

 

「ここは中庭だ。そこの椅子に座ろう」

 

 綺麗な中庭だった。切り揃えられた草花には色とりどりの花があり、香りも良かった。

 隣り合って座った詩能さんはぽふと肩に頭を預けさせてくれる。

 

「……言いたいことが、たくさんあった」

 

「うん」

 

「でも、どれもこれもが出る前につっかえて、気まずかった」

 

「うん」

 

 ポツポツと僕は話す。詩能さんは静かに相槌を打って聞いてくれた。

 

「聞きたいこともあった」

 

 

「なんで離れたとかなんでそんな顔してるのとか」

 

 

「また昔みたいに戻りたいとか」

 

 

「でも……無理だ。怖いんだ。2人が」

 

 

「あの時に向けられたあの目が怖い」

 

 

「謝らないといけない。あんなこと言ったこと」

 

 

「もう、僕を愛してくれなくてもいい。それでもあの2人に……」

 

 けれど飛び出した手前、どんな顔して会えばいいというのだろう。それはきっとあの2人も一緒だ。

 

「理和は大好きなんだなあの方たちが」

 

「……うん。僕の、自慢の家族だから。家族を嫌いになんて……到底出来ないよ」

 

「理和は優しいからな」

 

「僕は優しくなんて……」

 

「優しいさ。今までだって誰かを傷付けないようにしたり、困った人には手を差し伸べたりしただろう? 学校内外で」

 

「だ、だってそれは」

 

()()()()()()()、だからだろう? ふふっ。お前の言うことはもう私は分かるんだぞ〜? お前の感じることは誰にでもある普通のことなんだから」

 

 詩能さんの声はどこまでも優しかった。それでも力強くて、消えかけた僕の心の火を灯してくれる。冷たくなりかけた苦しい心を温めてくれる。僕は胸をぐっとおさえる。

 

「────……あぁ、なんだ。そんなこと、だったんだ」

 

「ふん?」

 

「僕の悩んでることも、全部当たり前のことなんだ」

 

「ふふ。あぁ。誰にだってある悩みだよ」

 

「詩能さんにも?」

 

「勿論。私にも時々どう接したら良いだろうとか思うことだってある。でも結局は変わらないんだ。子が子である限り、きっと親との距離は」

 

「そっか……うん。そっか」

 

「気は晴れたか?」

 

「うん。大丈夫」

 

 深呼吸を二度行い、顔を上げる。

 

「ありがと詩能さん」

 

「いつものお前に戻ったな」

 

「あはは、ごめんね詩能さん。弱いとこ見せて」

 

「私としてはもっと見せて欲しいんだが〜?」

 

「そ、それは……」

 

「ぷふっ。じょーだんだ」

 

「じ、冗談には聞こえなかったんだけどなぁ……でもうん。善処するよ」

 

 互いに笑い合いながら立ち上がる。

 

「戻ろう理和」

 

「うん」

 

 手を握ったまま屋内に戻る。まだ少し戻るのは怖い。目を伏せ、何度か深呼吸を繰り返す。

 

「……良し。行ってくるよ」

 

「うん。がんばれ、理和」

 

 彼女の言葉はどんな時も僕に勇気をくれるなぁ。

 

「父さん、母さん」

 

「り、理和っ?」

 

 2人の驚いた顔を見つめて、重くのしかかるプレッシャーに口が開かない。怖い。けれど言わなきゃならない。

 

「──────、っ。僕、は……僕は、父さんたちともう一度過ごしたい。忙しいのも分かる。僕が嫌いなんじゃないかってのも。でも……僕は2人が好きなんだ。愛してるんだ。

 急にいなくなったりしないでよ。これからも家族としていさせてよ。僕も杏香も2人のこと嫌いになんかなりたくないんだよ……だから、お願い……だから……く、ぅ……」

 

 胸が苦しい。言いたいこともちゃんと言えたか分からない。それでも、伝わってて欲しい。そう願いながら僕は両手で胸をおさえながら床に両膝をついて蹲る。蹲って、嗚咽を漏らす。

 あぁ、僕は泣いてるんだ。そう理解するのは難くなかった。それと同時に久しぶりに感じる温もりが僕を覆った。

 

「ごめん……っ! ごめんな……!」

 

「お母さんもごめんね……っ!」

 

 あぁ、なんだ。2人も同じなんだ。2人の声に嗚咽に僕の心は軽くなった気がした。

 

 

 

「ほんとはね理和。あなたのことを嫌いになんてなってないの」

 

「僕たちが出来なかったことを出来てしまう理和が誇らしいと思うのと同時に嫉妬をする自分たちに嫌悪したんだ」

 

 あの後に聞かされたことだった。鼻をかみながら2人の言葉を聞いていた。

 

「本当に申し訳なかったわ。でも、あのままいたらきっと理和や杏香をダメな道に行かせてしまうところだったの。それで……」

 

「距離を取ったんだね。うん。嘘がないのは分かった。それならどうして……声を聞かせてくれなかったの?」

 

 2人は互いに見合わせてバツが悪そうな顔をした。

 

「だって勝手にいなくなったのよ? 合わせる顔が……無かったのよ」

 

「幸い、お前たちが通っていた中学、高校には顔見知りがいたから近況は知れた。置いていって本当に申し訳ない」

 

「あはは……謝ってばっかりだね僕たち」

 

「能美くんからの提案には最初は断ろうと思ったけど、あなたと杏香のことが思い浮かんで、少しでも償いをしなきゃいけないと思ったの。理和。ゲーム、楽しい……?」

 

「うん。詩能さんに会えて、友達も出来て……忘れてた思いを思い出せて、僕は……とても楽しいと思ってる。でも、流石にあの設定はやりすぎだと思う」

 

「そ、そう……か。お前や杏香はそういった話が好きだったと思うからしたんだが……やりすぎ、だったか」

 

 世界の設定はなんというか、重かった。いや、探せばこれ以上に重いのもあるんだろう。

 

「初めて触れたゲームがSBOで良かったよ。杏香経由で始めたんだ」

 

「そうだったのね。そういえば杏香の方は最近どうなの?」

 

「僕と杏香の共通の友達と付き合い始めたよ」

 

「な、なんだって!?」

 

「あらっ」

 

 別に隠すほどのことでも無いだろう。あとで杏香には詰められそうだけど。

 

(はじめ)っていう友達なんだけどね。とっても優しい人なんだ。僕と同い年で同じクラスでさ、僕の親友なんだ」

 

 父さんと母さんと少なくとも昔に近い雰囲気に慣れたと思う。それくらい今の空気はさっきよりも居やすかった。

 

 

 

「ほんとうに泊まって行っても良かったんだぞ?」

 

「何言ってんのさ。初訪問で泊まるなんてダメだと思うよ」

 

「むぅ……私はお前といたいのに」

 

「そんな顔してもだーめ。………今度なら良いけど」

 

「ほんとかっ? 約束だぞ?」

 

「うっ……。っはぁ〜……なんだか詩能さんのその顔見るとついこっちが折れちゃうんだよなぁ」

 

 しょんぼりする顔は可愛いけれど結局、お願いを聞いてしまう甘さがある自分に笑ってしまう。

 

「ふふ、私に甘々な理和も好きだぞ」

 

「はいはい。それじゃあ僕は帰るよ」

 

「……分かった。またね」

 

「ん。またね。おやすみ」

 

 詩能さんは名残惜しそうに裾を掴んで数秒離さなかった。そして爪先立ちになって、ソフトキスをする。

 

「おやすみ、理和」

 

 ふわりと微笑む顔をしっかりと網膜に焼き付ける。今一度抱き合ってから離れて踵を返す。その間もずっと背中に視線がささった。あ、そういえば。

 

「詩能さん。詩織さんに伝えといて。ご飯とても美味しかったですって」

 

「わかった!」

 

 あのあと結局、詩織さんのご飯にご馳走になった。とても美味しくて、父さんも母さんも勿論僕も一杯おかわりしたくらい美味しかった。お店出せるのでは? と思いながら僕は帰路についた。

 

──────

────

──

 

「おかえり〜お兄ちゃん」

 

「うん。ただいま杏香。ねぇ杏香」

 

「どうしたのー?」

 

「父さんと母さんに会って来たよ」

 

「えっ……?」

 

 部屋に行こうとする杏香を呼び止めて伝える。

 うそっ……みたいな顔をする杏香に僕は嬉しいと思った感情をそのまま伝える。

 

「僕は、2人に愛されてるみたいだった」

 

「…………そっか。良かったじゃん」

 

「うん。だから近いうちに2人とも帰ってくるよ」

 

「また一緒になれるんだね」

 

「うん。僕はそれが嬉しいよ」

 

「わたしも。お兄ちゃんがそんな顔してくれてうれし〜よっ」

 

「あ、こら。急に抱き付かないの」

 

「え〜いーじゃーん」

 

「だーめーでーすー。前、詩能さんに他の女の子に抱き付かれたのかって悲しまれたんだから」

 

「えへっ。それはごめんだね」

 

 頭を撫でてあげつつ引き剥がす。

 

「それにそういうのは創にしてあげなさい」

 

「創くんけっこーうぶうぶでね、すんごーく照れるんだ〜」

 

「イメージつかないやそれ」

 

「へへ、でしょ? でもそれがかわいいの!」

 

「ふーん……あしたイジってやろ」

 

「お兄ちゃんってけっこ〜イジワルだよねぇ〜」

 

「気のせいだよ」

 

「ほんとかなぁ〜?」

 

 杏香とそんなふうに他愛のない話をしたあと、互いにおやすみを言ってわかれる。部屋に入り、部屋着に着替えたあとベッドに横になる。天井を眺めながら思い出す。

 

 ────父さんと母さん元気そうで良かった。

 

 そう思うくらいに僕の心はもう全部溶けてきた。それもこれも詩能さんのおかげだ。心の中で感謝を伝えながら目を閉じて、眠りについた。

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