うちの子の話   作:ポチっとな

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主観 銀崎黄金(ぎんざき こがね) 32歳女性。
お金が大好きな事務員。新のマネージャーを最近始めた。

音崎翠(おとざき みどり) 26歳女性。
音を愛し、音に愛された作曲家。調と結婚している。

文崎調 文崎新
1作目参考


掃除は残業に入りますか?

「おぉ~やおやおや! これは面白いことになったねぇ!」

「うるさい……」

 

玄関を開けた瞬間、耳に飛び込んできたのはそんな声だった。

珍しく喧嘩でもしているのだろうか。私――黄金(こがね)と調が声のするキッチンへと急げば、そこには文字通りの「地獄」が広がっていた。

 

「あれぇ? 逃げるのは駄目だろう、新。大人しく一緒に怒られようじゃないか」

「煩い……。元々は翠がやったこと。私は関係ない」

「仕方ないだろう。菓子作りは初めてなんだからねぇ」

 

音崎翠は歓喜に震え、文崎新は煩わしそうに頭を抱えている。

目の前に広がる惨劇から目を逸らすべく、新が部屋を出ていこうとするのを、翠がにやにやと笑いながら引き留めていた。

 

キッチンは、言葉を失うほどの有様だった。

床や壁には小麦粉らしき白い粉が盛大に撒き散らされ、おまけにボウルが転がっている。その周辺は、ぶちまけられた卵液でべたべただ。

そんな惨劇の中央で、翠と新は頭から粉を被り、揃って真っ白になりながら騒いでいる。

 

「ハハッ、これはこれは。我が愛しの妻と妹は、何故こうも汚れているんだい?」

 

調が緊張感のない声をあげて笑った。同調するように、翠も悪びれず笑う。

 

「あぁ! おかえり調。これはぁあれだ、菓子作りに失敗したのだよ」

「そうかい。通りで部屋中が甘い匂いであふれている訳だ。ふむ……バニラエッセンスだね?」

「菓子作りではそれ以外ありえないだろう!」

「ブランデーかもしれないだろうに!」

 

アッハッハと楽しげに笑い合う2人をよそに、私は新へと歩み寄る。彼女は手元にあった本についた粉を落とすべく、べしべしと不機嫌そうに表紙を叩いていた。

 

「新……何があったのか、詳しく教えてくれませんか?」

「……翠が卵を爆発させて。びっくりした私が、小麦粉の袋を落とした」

「では、この部屋中に充満している甘ったるいバニラは?」

「眼鏡が汚れて、拭く布を探してたら……瓶を引っ掛けて割った」

 

まったく、子供じゃないんだから落ち着いて行動してほしいものだ。

新はひたすらに「不快だ」と言わんばかりの顔で本を叩き続けている。私が服の裾で彼女の顔をそっと拭ってやると、ほんのわずかに、申し訳なさそうな視線をこちらにむけてきた。

 

「……怪我はありませんね?」

「うん」

「なら良いです。ほら、翠。貴女はとっとと順番にお風呂に入ってきてください。調は、私と一緒にここを掃除しますよ」

「ええ~、私がかい?」

 

調が「置いていくのかい?」と視線を送れば、翠は「お先に失礼」とばかりに肩をすくめて笑った。

そして、逃げるようにキッチンから出ていく。……小麦粉の白い足跡を、律儀に廊下へと点々と残しながら。

 

「はぁ……これ以上、私の仕事を増やさないでください」

溜め息混じりに溢した私に、調が隣で雑巾を絞りながら、おかしそうに微笑む。

 

「そう言いながら、君はこういうの、嫌いじゃないくせに」

「……残業代が出れば、の話ですよ」

「なら、後で払う。ここ、お願いね」

 

そう言うと、調はちゃっかり手元の掃除を私に託してきた。

 

「ええ、しっかり請求させていただきます。もちろん翠にもですけど」

「うん、それが良いと思う」

「黄金~、私には何かないのかい?」

 

背後から調の恨めしそうな声が聞こえる。文句を言いつつも、調は楽しそうに小麦粉を掃除機で吸い取り始めた。

私がようやく床の卵液を布巾で拭い取りきった頃、さっぱりした顔の翠が戻ってきた。つかつかとこちらに歩み寄ってくる。

 

「戻りましたか。では、これで廊下を拭いてください」

「ええ~。雑巾で? クイックルワイパーはないのかい?」

「我儘言わないでください。……新、貴女も早くシャワーを浴びてきなさい」

「本がまだ汚れてる……」

「私が後で綺麗に対応しますので。ほら、早く」

 

促された新は、大事そうに本を抱え、足元をぺたぺたと言わせながら風呂場に向かった。当然、彼女の足裏についた粉のせいで、新たな足跡が床に増えていく。そのせいで、目の前で翠の掃除場所がリアルタイムに増えていったのは最早ご愛嬌だろう。

 

「あぁ~新、待ってくれ! 私の仕事が増えてしまうではないか!」

「フローリングに小麦粉、嫌な感じ」

「普段聞かない新感覚の足音がして、私はアリだがねぇ」

「わかんない」

 

そんな2人のやり取りを遠くに聞きながら、私は息をつく。

いつの間にか、キッチンはすっかり綺麗になっていた。見れば、調はいつの間にか椅子に腰かけ、手際よく淹れたお茶をのんびりと飲んでいる。メモ帳を開き、楽しそうにペンを走らせていた。

 

「……いつの間にお茶なんて淹れたんですか」

「君が翠に雑巾を渡した、あの鮮やかな隙にね。飲むかい?」

「いただきます」

「では、一杯500円だ」

「翠のツケにしてください」

 

「えぇーーっ!?」

 

遠くの廊下から、理不尽に金額を上乗せされた翠の叫び声が響き渡る。

どうやら私たちが一息つけるのは、もう少し先になりそうだった。

 

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