いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第105話 魔王は死んだか

(ムッ!? あやつが今いるのは……)

 

 ザガートが現在立っている場所を、ザムザが思わず二度見する。想定通りに事が運んだのを喜んだようにニヤリとほくそ笑む。

 魔王が後ろにジャンプして降り立った地点は、人斬りにとって戦略上都合が良い場所のようだ。

 

 魔王から二メートル離れた先にある地面をザムザがじっと見る。何も無いはずのただの土を、何か隠してあるように注意深く凝視する。魔王は男の視線に全く気付かない。

 

 魔王が正面に向かってズカズカと歩く。人斬りが見ている地面に向かって一歩、また一歩と近付く。人斬りはそれを心の中で「三……二……一……」とカウントダウンする。

 

「……()ッ!!」

 

 目的の場所に男が立った瞬間、ザムザが両手を組んで人差し指を垂直に立てて、大きな声で叫ぶ。それが発動のスイッチだったのか、ザガートが立っていた地面にトラバサミの罠が出現して、男の左足を(サメ)のようにガブリと噛む。

 

 トラップは砂の下から出てきた訳ではない。透明化を解除したように、突然『そこ』に現れたのだ。

 

(これは……ザムザという男の魔力で隠していたのか!? だとしても、罠が発動するまで俺が存在に気付けないとは……なんて事だ! 完全にしてやられた!!)

 

 敵のトラップに()められたザガートが自身の失態を嘆く。相手が罠を隠していたのに気付けず、まんまとそれに乗せられる形となった事を深く悔しがる。足はトラバサミに挟まれていて動かせないので、心の中で()(だん)()を踏む。

 

 並みの使い手がやったのであれば、ザガートは罠の存在を瞬時に知覚しただろう。だがザムザはそれをさせなかった。彼が罠の存在を隠蔽(いんぺい)させた魔力は、魔王ほどの使い手ですら発動するまで気付けないほど巧妙だったのだ。

 

 ザガートは左足をギチギチと動かして力ずくで外そうとしたが、トラバサミは並みの材質ではないようで、簡単には外せない。地面にビッタリと固定されており、足を挟まれたまま移動するという事も(かな)わない。

 

(魔界のデーモンを捕獲するためにあつらえた特注品という訳か……両手でこじ開けるしか無さそうだ)

 

 魔王がこのままではどうにもならず、罠をこじ開けるためにしゃがもうと思い立った瞬間……。

 

「聖なる(いかずち)よ、悪しき者を穿(うが)て……雷電撃(ライディーン)ッ!!」

 

 アランが右手に握った剣を天高く掲げて攻撃魔法を唱える。

 ザガートの頭上にある黒い雲がゴロゴロと大きな音を鳴らし、ひんやりと冷たい風が吹き抜けた瞬間、真下にいる魔王めがけて青く光る一筋の雷が放たれた。

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

 落雷に打たれた魔王が大きな声で叫ぶ。トラバサミのせいですぐには動けず、なす(すべ)なく高圧電流に身を焼かれる。魔王を(つらぬ)いた電撃魔法は雷撃龍嵐(サンダー・ストーム)より(はる)かに威力が高いものであり、さしもの彼も無傷ではいられない。

 

「紅魔の力よ、一点に収束して爆裂せよ……核爆熱閃光(エクス・プロージョン)ッ!!」

 

 間髪入れずツェデックが杖の先端を魔王に向けて極大魔法を唱える。

 魔王が立っていた場所に赤い光が集まっていって、凝縮されて一つの(かたまり)になった後、彼の足元が地雷を踏んだように大きな音を立てて爆発する。爆発は山を吹き飛ばすダイナマイトに匹敵する威力があり、一発だけでもグレーターデーモンを粉々に吹き飛ばす。

 

 爆発はドミノ倒しのように魔王の周囲でボンボンボンッとリズミカルに鳴り、そのたびに巨大な炎が噴き上がる。大量の土砂が空へと巻き上げられて、パラパラと雨のように降り注ぐ。

 爆発は五十回ほど鳴った後、ピタリと()む。男が立っていた場所にモクモクと黒煙が立ち(のぼ)っており、彼がどうなったのかは分からない。

 

「やったか?」

 

 凄まじい規模の爆発に呑まれた敵の姿を見て、バルザックは魔王が死んだのではないかと、そう考えた。

 

「ギエーーーーッ!! ギエーーーーッ!!」

 

 空を飛んでいた(タカ)が、何かを訴えようとするようにけたたましい声で鳴く。バルザックに油断するなと忠告を発しているようだ。

 

「……(いな)ッ! あやつはまだ生きている!!」

 

 鷹からの伝言を受け取ったように、ザムザが魔王の生存を他の仲間に伝える。あれだけの猛攻を食らったにも関わらず男が生きていた事に戦慄したようにジリジリと後ずさる。

 

 ザムザ以外の四人が一瞬遅れてサッと身構えた瞬間、黒煙の中からガァンッ! と分厚い鉄板を蹴ったような音が鳴り、ダチョウの卵くらいの大きさの、ゴミのような金属の塊が飛んでくる。

 五人が左右に散開してかわすと、それはガランッガランと音を立てて地面を転がり、勇者達から数メートル離れた後ろにある大地に突き刺さる。

 

 黒煙の中から飛んできたもの……それは熱で溶けてひしゃげたトラバサミだった。爆炎魔法の衝撃で罠が外れたため、魔王が足で蹴飛ばしたようだ。

 

 トラバサミが飛んできた方角から、一人の男がよろよろと歩いてくる。老人のように背筋が曲がっており、足元はおぼつかない。杖が無ければまっすぐ歩けないような雰囲気すらあった。

 よろよろと歩く人物は他ならぬザガート本人であったが、衣服はボロボロになっており、皮膚のあちこちが黒く焦げていて、ブスブスと白煙を立ち(のぼ)らせた。五体満足でいられていない状況が一目で分かる。

 

 数秒後、衣服は時間を巻き戻したように再生されていき、皮膚の焦げ跡がスゥーーッと消えていく。背筋をシャキッと伸ばして姿勢を正す。

 だがそれでも表情には疲労の色が浮かび、(ひたい)からは一筋の汗が流れ落ちる。フゥーーッ、フゥーーッと呼吸が荒くなる。体力が完全に回復していないのは誰の目から見ても明らかだ。

 

(今ので体力を五分の一ほど消耗した……まさか俺がここまで追い詰められるとはな。第八世界を救った勇者パーティ……その実力は本物だった。五対一で勝てる相手などでは到底なかった)

 

 ザガートが、勇者パーティの連携で深手を負ったと語る。致命傷には達しなかったものの、それでもかなり大ダメージを受けており、その事に深く驚嘆する。

 彼らの実力を目の当たりにして、敗北は必然だったと(さと)る。彼我(ひが)の戦力差を冷静に分析した結果、勝ち目が全く無いという結論に行き着く。

 

(……やはり俺はここで一度、死ぬ運命にあったのかもしれない)

 

 もはや自分の死が逃れられないものだったと、悲壮な覚悟を決めるのだった。

 

(だがこのまま大人しくやられる気は無い……命を失うついでに腕の一本くらいは持っていかせてもらう!!)

 

 それでも魔王は勝負を完全には捨てておらず、命ある限り戦い抜く決意を固める。最後まで死の運命に(あらが)い、相手の戦力を少しでも削る事……それこそが次なる勝利へと繋がると確信を抱く。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれッ! 火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 正面に右手をかざして攻撃魔法を唱える。魔王の手のひらに大量の炎が集まっていって、凝縮されて一つの(かたまり)になると、相手めがけて一直線に撃ち出された。煌々(こうこう)と燃えさかる(なし)くらいの大きさの火球が勇者に向かって飛んでいく。直撃すればさしもの彼でも無傷ではいられない。

 

「フンッ!!」

 

 ツェデックが魔王を侮辱するように鼻息を吹かせながら、勇者の前に立つ。左の手のひらを正面に向けると、火球は小さくなっていって手のひらへと吸い込まれた。

 相手の魔法を吸収すると、ツェデックの全身が一瞬だけ赤く光る。やはり火炎光弾(ファイヤー・ボルト)の分の魔力を取り込んだようだ。

 

「フフフッ……何度やっても同じじゃよ。ワシに魔法は効かぬ」

 

 老魔道士が勝利の確信に満ちた(ふく)み笑いをする。二度も攻撃魔法を吸収される失態を犯した魔王を、学習能力の無い男だと心底から(あざけ)る。

 

(確かに攻撃魔法は全く効かないようだ……ならばやはり、物理攻撃で致命傷を与えるしかない)

 

 ツェデックに魔法を吸収された光景を見て、ザガートが魔法で深手を負わせるのは諦めるしかないと冷静に思い直す。雷属性以外の魔法なら通用するかもしれないと(いち)()の望みを抱いたものの、()(ろう)に終わる。

 

(とき)よ、加速せよ……速度強化(スピード・ブースト)ッ!!」

 

 両手で(いん)を結んで魔法の言葉を唱える。全身がオーラのような青い光に包まれると、十倍に跳ね上がったスピードでビュンッと猛ダッシュする。

 残像を残しながら凄まじい速さで大地を駆け抜ける。常人の視点では、青い影のような物体が銃弾を超える速さで高速移動しているようにしか見えない。

 

「お前達に能力低下の魔法は効かない……だが、俺が自らを強化する魔法を邪魔も出来まい!!」

 

 ザガートが思い付いた戦術を声高に叫ぶ。相手を弱体化させるのではなく、自らの身体能力を底上げして優位に立とうという算段だ。

 

 魔王は相手を翻弄(ほんろう)するようにジグザグに動いた後、五人の周りを円を描くようにグルグルと走る。相手に攻撃する(すき)が生まれるのを待つ。

 

 このまま走り続けていれば、連中は(しび)れを切らすだろう……そう男が確信した瞬間。

 

「……!?」

 

 我が目を疑うような光景が視界に飛び込んでくる。

 

 これまで沈黙を(つらぬ)いていた僧侶クリムトが、突如として走り出したのだ。だがそれだけではない。魔王と全く同じスピードで忍者のように大地を走っていた。

 高位の聖職者らしき法衣を(まと)った、見るからに動きが遅そうな老人が、残像を残しながらシュタタタッと高速で大地を駆ける姿はシュールと呼ぶ他ない。

 魔王は一瞬、この老人が忍者だったのではないかと錯覚した。

 

「ワシは(ころも)の内側に神速の腕輪を装備しておる! しかるに魔王よッ! 貴様がどれだけ速くなろうと、ワシはその貴様と同じ速さで動ける!!」

 

 クリムトが自身の能力の秘密を打ち明ける。かつてデスナイトとなったアドニスが装備していたのと同じ宝具を装備していたと教える。

 

 老人は目にも止まらぬ速さで魔王に追い付いて、両手でガッとしがみ付く。凄まじい握力で(つか)んでいて、決して離そうとしない。

 この老人の何処にそんな力があるのかと、魔王は心底驚かされた。

 

「Go to hell with me!! ……僧自爆(メガ・グランテ)ッ!!」

 

 クリムトが呪文の詠唱らしき言葉を叫ぶ。他の四人が何が起こるかを察したように慌ててその場から離れる。

 カッと(まばゆ)い光を放った瞬間、老人の体が体内に爆弾を仕込んであったように爆発する。耳を裂くような爆音が鳴り、辺りが一瞬にして巨大な炎に包まれた。

 

「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーッッ!!」

 

 爆発に呑まれたザガートが大きな声で叫ぶ。至近距離で自爆されたため逃れる(すべ)がなく、爆風を百パーセントの威力で喰らう。超高熱の嵐に全身の皮膚を焼かれるような痛みを覚えて、凄まじい破壊力の衝撃波を受けて、四肢がバラバラに千切(ちぎ)れそうな感覚に襲われる。

 

 爆発の威力は核爆熱閃光(エクス・プロージョン)どころの比ではなく、まともに喰らえばバハムートでも(チリ)も残らず蒸発する、超高威力の爆発だ。それをザガートはその身に受けた形となる。

 

 ……数分が経過し、辺りに吹き抜けていた爆風が()む。天高くまで噴き上がっていた炎が消えて無くなり、モクモクと黒煙が立ち(のぼ)る。そこから一人の男が歩いてくる。

 

「メガ……ンテ……だとぉ!?」

 

 爆風をまともに受けたザガートが驚きの言葉を発する。元いた世界の神話で知られた魔法だったらしく、それを喰らった事に心底驚嘆する。

 

 衣服はボロボロで、全身の皮膚は黒焦げだ。足元は老人のようにふらついている。核爆熱閃光(エクス・プロージョン)を受けたのと同じ状態になる。

 だがさっきと違って、いくら時間が経過しても自己修復機能が全く働かない。もはや受けたダメージは五分の一どころでは無くなり、まともに戦える状態ではない。

 

 ……爆風を(まぬが)れるために戦場から離れていた四人が戻ってくる。ボロ雑巾(ぞうきん)のような姿になった魔王を見て、思わずガッツポーズを決める。

 

「チャンスだ……あれをやるなら今しかない!!」

 

 千載一遇の好機とみなし、アランが他の仲間に作戦の指示を出す。

 アランの指示を受けて他の三人がコクンと(うなず)く。すぐさま魔王の周囲に散らばると、互いに五メートルの間隔を開けながら正三角形を描くように配置する。三角形の真ん中に魔王がいる形となる。

 

「トライアングル・フォーメーション……絶対幽閉監獄(アブソリュート・プリズン)ッ!!」

 

 三人がそれぞれ右手に持っていた武器を空に向かって掲げながら、呪文の詠唱を口ずさむ。すると三人が立っていた場所に、点と点を結ぶように白い線が引かれていき、正三角の図形が出来上がる。(さら)にその上に金色に輝く障壁が張り巡らされて、ピラミッドのようなバリアが完成する。

 

(これは……ッ!!)

 

 結界の内部に幽閉されたザガートがその威力に驚嘆する。慌ててバリアから逃れようとしたものの、足の指一本、手の指先すらまともに動かせず、いくら体を踏ん張らせてもピクリとも動かない。金縛りに()ったように全身が固まっている。

 

(俺を閉じ込めるために作られたバリアか……だが、ただのバリアではない!! 障壁の内部に凄まじい魔力が渦巻いており、俺の動きを封じている!!)

 

 バリアの性質について瞬時に分析する。単に物理的に閉じ込めるだけでなく、麻痺(パラライズ)のような魔法によって相手の動きを束縛しているようだ。

 

(万全の状態なら、こんなバリア一瞬で破れる。だが消耗しきった今の俺では、破るのに最低十秒は掛かる……)

 

 バリアを破る事は可能だが、それには時間が掛かると口にする。

 十秒という時間は、格下の相手なら問題にならない。だが同格の相手では十分に命取りになる。

 

「魔王、その首もらった!!」

 

 アランが死を宣告する言葉を発しながら魔王めがけて駆け出す。両手で握った剣を正面に突き出したまま、心臓を狙って一直線に走る。バリアの影響を受けずに素通りする。

 

 そして二つの影が重なり合って一つになる――――。

 

 

 

 ドシュッと分厚い肉に刃物が突き刺さったような鈍い音が鳴り、トマトジュースのような赤い液体がボタッ……ボタッ……と大地に垂れ()ちる。辺りにプーーンと鉄臭いニオイが立ち込める。

 二つの影は重なり合ったまま微動だにしない。ビデオを一時停止したように固まっており、血のような液体だけが水滴となって流れる。

 

 エクスカリバーは魔王の心臓を正確に(つらぬ)いており、傷口から真っ赤な血がとめどなく(あふ)れていた。それは誰の目から見ても致命傷だと確信できるものだ。

 

(やった……(つい)に……遂に魔王を仕留めたぞ!!)

 

 魔王に致命傷を与えたアランが心の底から歓喜する。宿敵を討ち果たせた喜びは大きく、感動で胸を打ち震わせた。嬉しさのあまり表情がニヤケ顔になる。

 

「……クククッ」

 

 勝利の喜びに(ひた)る勇者を(あざけ)るように魔王が不敵な笑みを浮かべる。致命傷を負わされたというのに痛がる素振りを一ミリたりとも見せはしない。

 

 剣は間違いなく魔王の体を貫いており、確実に命を奪うものだ。にも関わらず、その事を全く気にかけていない。まるで命が二つか三つあるようだ。

 

「何がおかしい!!」

 

 アランが思わず声を荒らげて真意を問い(ただ)す。彼からすれば魔王の態度は到底納得の行くものではなく、相手を困らせるためにわざと痛みを()せ我慢したのではないかと(かん)()る。

 

 アランの言葉を聞いて魔王がニヤリと笑う。表情に余裕の笑みを浮かばせており、これから死にゆく者の悲壮感は少しも感じられない。

 

「よくぞ……よくぞ俺を倒した。異世界の勇者よ……!!」

 

 相手の健闘を(たた)える言葉を吐くと、フッと目を閉じて安らかな死に顔になり、糸が切れた人形のように動かなくなる。そのまま数秒が経過すると、全身がサーーッと炭化したような黒一色に染まっていき、手の指先から砂となって崩れ落ちる。地面に積もった灰の山になると、一陣の突風が吹き抜けて、風に飛ばされて空へと散っていった。

 

 死体は影も形も残らなくなり、地面にこびり付いた血痕だけが、彼が死んだ事実を伝える。

 

(倒した……俺は魔王を倒したのか? だとしたら何だ、この違和感はッ! 宿敵を倒した達成感と呼べるものが、まるで無い!!)

 

 魔王の死を目の当たりにして、アランが(ぬぐ)いきれない違和感に(さいな)まれる。健闘ぶりを讃えられた事に、逆に一杯食わされた敗北感すら漂う。格上の師匠にいつまで()っても本気を出されなかった弟子のような感覚があった。

 

 魔王が必死に痛がる素振りを見せたり、()(だん)()を踏んで悔しがったりしたら、アランは心の底から喜んだだろう。だが魔王はそれをしなかった。相手に一切満足感を与えず、笑顔のまま散っていったさまは、敗者でありながら勝ち逃げした勝者の風格があった。

 

(魔王は……本当に死んだのか? 実は死んだフリしただけなんじゃ……)

 

 恐ろしい憶測が頭の中に湧き上がる。そんな馬鹿なと思いながらも、そうかもしれないと考えてしまう葛藤が胸を突き刺して、うまく言い表せないモヤモヤ感が(つの)りだす。

 

 胸の内に湧き上がった違和感を拭い去れず、アランが呆気(あっけ)に取られた棒立ちになっていると……。

 

「おーーーーーいっ!!」

 

 バルザックが大声で叫びながら勇者の元へと駆け出す。表情に満面の笑みを浮かばせており、宿敵を討ち果たせた達成感に包まれている。

 他の二人も数秒遅れてアランの元に集まる。四人が一箇所に集った形となったが、自爆したクリムトの姿は無い。

 

「やったな、アラン! 最強と呼ばれた魔王を、俺達の手で倒したんだぜ!!」

 

 バルザックが歓喜の言葉を漏らしながらアランの肩をバシバシ叩く。完全に魔王は死んだと考えており、彼の死を疑う余地は一ミリも無い。

 

「クワーーーーッ、カッカッカッ!!」

 

 空を飛んでいた(タカ)が、勝ち誇ったように笑いながら地上へと降り立つ。ザムザが右手を正面に差し出すと、彼の手にフクロウのように()まる。状況監視係であると思われた鳥も、魔王は死んだと確信したようだ。

 

「……アイツの形見じゃ」

 

 ツェデックがそう言いながら、手に持っていた何かをアランの前に差し出す。

 アランが受け取ると、それはクリムトが装備していた神速の腕輪だった。表面が(ひそ)かに焦げていただけで、しっかりと原型を(とど)めている。僧侶が跡形もなく吹き飛んでも、これだけは残っていたようだ。

 

 アランは(こころざし)を継ぐようにコクンと(うなず)いて、腕輪を左の二の腕に装備する。装備品の効果が発動したように腕輪が一瞬だけ赤く光る。

 

 魔王の死に疑いを抱いたのは勇者一人だけだ。他の三人は彼が死んだと確信している。

 アランは自分の中に湧き上がった違和感を他の仲間に言うべきかどうか迷ったが、違和感に何の根拠も無い事、もし魔王が死んだフリをしたなら他の仲間が気付くだろうと考えた事、戦勝ムードを壊したくない思いから、胸の内にしまっておく事にした。

 

 剣をサッと横に振って刃に付着した血を払って()(れい)にすると、(さや)へと納める。

 

「では帰るとしようかの」

 

 戦いの終わりを確信したツェデックが神殿への帰還を提案する。

 

「……ああ」

 

 アランが(もの)()げな表情を浮かべて言葉少なげに(うなず)く。

 ツェデック、バルザック、ザムザの三人は神殿のある方角へと徒歩で歩き出し、アランは彼らに数秒遅れる形となって、パーティの最後列を歩く。

 

「……」

 

 魔王の死を確かめるようにチラッと後ろを振り返る。血痕が付着した地面を数秒間眺めたが、何かが起こる気配は感じられない。魔力が動いた形跡も無い。ただ地面がそこにあるだけだ。

 

(……取り()し苦労だったのか?)

 

 魔王が姿を現す気配が無いのを見て、アランは余計な不安を抱き過ぎたのではないかと考えるようになる。相手の思わせぶりな態度に乗せられて、する必要の無い心配をしたのではないか……そう自分に言い聞かせる。

 

 またも足を止めたため、三人との距離が大きく開いていた。このままでは置いてけぼりにされると考えて、違和感を胸の内にしまっておいて、仲間の後を追いかける。

 

 そうして一人の仲間を失いながらも魔王を討ち果たした勇者一行は、戦場を後にするのだった。

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