いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。 作:大月秋野
神殿内にある寝室のベッドで安らかに眠る勇者アラン……これは彼が夢の中で見た過去の記憶。
まだ崩壊してなかった頃の第八世界……その大陸の中央にある大きな町。
太陽が昇った昼下がり、商店街の表通りの一角で、二人の男女が立ったまま向き合っていた。
二人のうち一人は勇者アランだ。魔王と戦った時と同じ服装をしている。
もう一人は勇者と同年代の二十二歳に見える若い女性だ。マイクロビキニのような露出度の高い布を肌に
長めの髪はピンク色でウェーブが掛かっていて、肌は東洋人のような肌色をしている。容貌は整っていて美しく、体付きはムチムチしていて色気がある。
二人は下を向いたまま黙っており、一言も喋らない。互いに顔を合わせた事に気まずさを感じたように何とも言えない表情をしている。旧知の仲が再会を喜んだ雰囲気とはとても思えず、あまり良くない出来事があったのは一目瞭然だ。
人通りの多い街中は大きく
「聞いたよ、ナターシャ……リックと婚約したんだってな」
アランが沈黙の空気に耐え切れず口を開く。目の前にいる女性が、自分以外の男性と婚約した話をする。よく見ると女性の左手の薬指に結婚指輪があった。
「うん……私、おなかに赤ちゃんがいるの。あの人との間に出来た赤ちゃん……」
ナターシャと呼ばれた女性が、顔をうつむかせたまま返事をする。大事そうにお腹を手で
「ああ……アイツから聞いたよ」
アランが女の言葉に答える。
「……」
二人はまたも下を向いたまま黙り込む。お互いに何を話せばいいか、話したい事があったとしても、どう気持ちを伝えればいいか……それが分からないように口をつぐむ。口の中が急に
この場から一分一秒でも早く離れたい気持ちが彼らの中にあった。こんな心情になるなら、会わない方がマシだったんじゃないか……そんな考えが一瞬頭をよぎりかけた。
「それじゃ俺、行くから。会うのはたぶんこれが最後になる……魔王城に行く前にもう一度だけ顔が見られて、本当に良かった」
アランは顔を上げてニッコリ笑うと、別れの言葉を口にする。最後の決戦の場へと
無理に作ったように見えた笑顔は何とも
「……お幸せに」
最後にそう一言だけ告げると、女に背を向けてズカズカと歩き出す。一度も後ろを振り返らず
「あっ……」
女は一瞬彼を呼び止めようと何かを言いかけたが、何も言い出せず押し黙る。そのまま男が去っていく姿を見送る事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
時間は一気に飛んで魔竜王を討伐した後……町から遠く離れた場所にある、中世ヨーロッパ風の巨大な王城。その玉座の間での出来事。
五十代半ばに見える国王らしき服を着た男性が
国王から数メートル離れた床に勇者とその仲間達、五人の男性がいた。
「勇者アランよ! 魔竜王ヴェルザハークを、よくぞ討ち滅ぼしてくれた! このヴィタール国王ハーバイン、心から礼を言う! そなたの
王が勇者に対する感謝の言葉を述べる。彼が成し遂げた偉業を
「私は聖剣に選ばれた者として、使命を果たしたまでにございます」
アランが王の言葉に恐縮するように頭を下げる。褒められても舞い上がった表情にならず、当然の事をしたまでだと
「何を謙遜する事があろうか! アランよ、そなたはこの国のみならず、世界全てを竜王の魔の手から救ったのだ! 醜悪なドラゴンが野山を荒らし、
王が謙遜する必要は無い
勇者の活躍について王が語る口ぶりはとても嬉しそうだ。世界が魔物の脅威から解放された事を心底喜んでいる雰囲気が非常に明快に伝わる。
「アランよ、欲しいものがあれば何でも申して見よ。今の我に出来る事なら、どんな望みも
王は最後に望みの
「……!!」
アランは王の提案を聞いて一瞬言葉を詰まらせた。あるよこしまな考えが頭をよぎったものの、とてもそんな事は出来る訳がないと考え直して、慌てて打ち消す。
「欲しいものなど……特にございませぬ」
今の自分に欲しいものなど無いと王の提案を断る。
「おお、勇者アラン! 欲の無い者よ!!」
一連のやり取りを聞いていた兵士達が思わず歓声を上げた。世界を救う偉業を成し遂げた勇者が見返りを求めなかった事に、なんて清廉潔白な人物なんだろうと深く感動する。
大きな力を持つ者なら、美女をはべらせて、大国の王となり、悪政を働いたとしても不思議ではない。それをしない勇者を真に気高き者だと感嘆する。
「フム……そなたの気持ちは分かった。だが本当に何も褒美を与えぬのでは、
王は若干不満そうな顔をすると、勇者の意思を尊重するとしながらも、金だけは贈りたい
「はっ! 陛下のご厚意に感謝いたします!!」
アランは王の厚意に甘える意思を伝えると、深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
時計の針が『五』を指した頃……太陽が沈んで外の景色が暗くなり始めた夕方の時間帯。
城から数キロ離れた場所にある見晴らしの良い平原に、五人の男がいた。それは言うまでもなくアランとその仲間達だ。
周囲に人の気配はなく、辺りはひっそりと静まり返る。
上空ではザムザのペットの
アランは中身がぎっしり詰まった皮の袋を、それぞれの手に合計五つ持っていた。
「これは国王からもらった
袋の中身について教えると、四人の仲間に袋を一つずつ手渡す。
バルザックが袋の中を覗いてみると、ダイヤやルビーなどの宝石、値段の高そうな首飾りや指輪、そして金貨などがたくさん入っていた。
「やれやれ……俺は金なんて必要ねえんだがなぁ。だがまぁ、せっかくだからもらっとくぜ」
バルザックが少し困った顔しながら皮の袋を受け取る。彼にとってお金の価値はそれほど重要では無いようだ。
「じゃあな、アラン……お前と一緒に冒険の旅がやれて楽しかったぜ。街を出なかったら体験できなかった、いろんなおもしれえモンが見られた。それが俺にとって一番の報酬だ。また何かあったらいつでも呼んでくれ。つええ敵と戦えんなら、世界のどっからだってすっ飛んでいって、駆け付けてやる」
刺激的な体験をさせてくれた感謝の気持ちを伝える。この旅で得られたものにお金以上の価値があったと教えて、また戦いがあったら呼んで欲しい
別れの
ザムザは袋の中身を確認すると、無言のままペコリと頭を下げる。別れに
「クワーーーッ、クワーーーッ」
空を飛んでいた鷹が地上に降りてきて主人の右手に留まり、彼の言葉を代弁するように二言だけ鳴く。詳細は分からないが、良い事を言ったようだ。
ザムザは反対の方角を向くと、静かに歩いて勇者の前から去っていく。バルザックと違って後ろを振り返らない。その去りゆく姿は、さながら修行僧のようだ。
狂戦士と人斬りが去ると、後ろに控えていたクリムトとツェデックが前に出る。二人は金銀財宝が詰まった袋を受け取ると、まず真っ先にツェデックが口を開く。
「ナターシャの事は残念じゃったな……」
アランが想い人と結ばれなかった事を同情するように残念がる。
勇者と女の間にあった出来事は仲間内に知れ渡っていたらしく、勇者の心情を思い
「じゃがまぁ、気にする事などない。この世に女は星の数ほどおる。もしワシが知ってるスケベでイイ
声をかければ自分の知ってる女を紹介すると伝えて、
アランは老魔道士の提案を聞いて、ただ苦笑いするしかない。お願いするともお断りするとも言えず、どう答えれば良いか分からないように困った表情になる。
「たわけめ! ふしだらな女を紹介して勇者を堕落させようとは、何たるサタンの
クリムトは前に一歩出てツェデックをグイッと押しのけると、アランの意思を代弁するようにツッコミの言葉を吐く。
「勇者よ……人生は良い事ばかりあるのではない。まことの義人なら
アランの人生が決して順風満帆にならない事を予言する。善人だからこそ多くの災難に見舞われる事、しかし高潔さを保ち続ければ、いずれ救いがもたらされる事……それらの宗教哲学を
「……主の導きがあらん事を」
右手の人差し指で五芒星を描く仕草をすると、両手を組んで祈りを捧げる。
話が終わるとクリムトとツェデックは同じ方角へと歩き出す。バルザックとザムザはそれぞれ別の方角へと帰っていったが、二人は歩く方向が一緒だ。
「さて大金も手に入った事じゃし、また二人で飲みに行くとしようかの。ちょうどカワイイ姉ちゃんがいる、イイ店を見つけたんじゃよ」
「だまれ、
彼らは付き合いの長い腐れ縁のように
アランは二人が去りゆく姿を微笑ましく眺めていたが、彼らの姿が地平に消えて完全に見えなくなると、原っぱに一人だけになる。だだっぴろい平原に一人残されたまま、ただポツンとたたずむ。
(さて、これからどうしたものか……)
しばらくその場に立ったまま今後についてあれこれ考える。
今後の生き方について思い悩んだ時、二人の顔が頭の中に浮かぶ。それは勇者にとっては好ましくない記憶……ナターシャとリックだ。
(故郷の町に帰っても、彼らと顔を合わせたら辛い思いをする……だったらいっそ、町に戻るのはやめよう)
二人に会いたくない気持ちから、故郷への
(遠く……ここからずっと遠く離れた場所へ行って、そこで静かに暮らそう……)
答えが決まると、町があるのと逆方向に向かってゆっくりと歩き出す。
空がオレンジ色に染まり、辺りが暗くなり始めた夕暮れの景色を、一人の男がトボトボ歩いていく姿は何とも