いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第110話 アランの過去(後編)

 勇者パーティが解散して数週間が()った頃……大陸辺境にある大きな山脈。その山脈の(さら)に深き場所に、迷宮のように巨大な森があった。

 木は非常に高い背丈まで育っており、(みき)は力士の腹回りに匹敵する太さだ。そのような大木が無数に生えて、広大な森を形成していた。

 

「ふんっ! ふんっ!」

 

 森の中に若い男の声が響き渡る。それと共にガッガッと木に刃物を打ち付ける音が鳴る。

 声が発せられた場所に一人の男性がいた。木を切るための斧を両手で握って、横にスイングして大木に突き立てる。

 

 木を切っていたのは他ならぬ勇者アランだ。黒のタンクトップに(こん)のジーンズ、登山用のブーツを履いて、首にタオルを巻いたラフな格好で伐採(ばっさい)作業に励む。(ひたい)から大量の汗が流れて、日の光を反射してキラキラ輝く。

 木がバキバキと音を立てて倒れると、「フーーッ」と一息ついて作業を休める。木を切った後の切り株に腰かけて、持参した水筒の水をゴクゴクと飲む。

 

 この世界を救った元勇者であった青年は、生まれ育った町から遠く離れた山の中で木こりとして暮らしているようだ。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 山の(ふもと)にある開けた平原……馬車が通れる街道からそう遠く離れていない場所に、三階建ての大きな木造家屋があった。建物の(となり)にあるスペースに、大量の丸太が積み上げられている。

 

 建物の一室で、二人の男がテーブルを挟んで向かい合ったまま椅子(いす)に座る。片方は勇者アランで、もう片方は頭にターバンを巻いたアラブの商人風の身なりをした中年男性だ。

 テーブルの上には金貨が十枚ほど入った袋が置かれており、丸太の報酬と思われた。

 

「いやぁ、助かります……ここにある木は今まで誰も切ろうとしなかったんですよ。これだけの太さでしょ? 熟練の冒険者でも簡単には手が出せない。それでこれまでずっと手付かずだったんですが、貴方様のおかげで資源として有効活用できそうです」

 

 商人の格好をした男が満面の笑みを浮かべて頭を下げる。ごまをするように両手を(こす)り合わせる仕草しながら、木を切ってくれた事に深く感謝する。

 男は木材を売買する商人らしく、勇者が切った木の買い取りの商談をしていたようだ。

 

「でも貴方様のお力なら、こんな事をなさるよりもっと良いお金を稼ぐ方法がおありではございませんか?」

 

 勇者が木こりに転職した事を不思議がる。彼の能力に釣り合わない収入の仕事ではないかと首を(かし)げた。

 

「……平和な時代に勇者の力なんて必要ない」

 

 アランが暗い表情を浮かべて顔をうつむかせた。戦争が無くなれば自分は用済みだとでも言いたげに、自嘲気味に口の(はし)が笑っている。

 

「それがそうでも無いんですよ。存じ上げておりませんか?」

 

 商人の男が意味深な言葉を吐く。何らかの事情を知っていたらしく、下界の世情に(うと)いアランに驚いた言い回しをする。

 

「どういう事だ?」

 

 アランがテーブルに身を乗り出して男の真意を問い(ただ)す。平和では無くなったと思わせる言動が気になり、聞いて確かめずにいられない。

 

「実はですね……数日前にザルニア帝国がヴィタール王国に宣戦布告を行ったんですよ。元々両国は緊張状態にあったんですが、魔物の襲来に備えるために休戦協定を結んだ。それが、魔物の襲来が()んだために再開しようとなった訳です」

 

 商人の男がひそひそと小声で耳打ちする。二つの国が戦争を行っていた事、魔物が現れたために中断していた事、魔竜王が討伐されたために戦争を再開した事……それらの事情を話す。

 

「近々、人間同士の大きな戦争があるでしょう。そう遠くないうちに、国王陛下から貴方に救援を求める使者が送られると思いますよ」

 

 王からお呼びが掛かるだろうと推測を伝えて話を終わらせた。勇者の力が必要とされる時代になった喜びでニッコリ笑う。悪気があっての発言ではない。

 商人の言う国王陛下とは、アランに褒美(ほうび)を与えたハーバイン王の事を指す。

 

「……」

 

 商人の話を聞かされて、勇者はあまり嬉しそうではない。むしろかえって浮かない顔をする。

 自分のせいで平和が破られた事を喜べるはずもなく、何とも言えないモヤモヤ感が胸に(つの)り出す。商人はそんな勇者の心情など知る(よし)もない。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 大きな山脈の中腹……伐採作業を行った森からそう遠く離れてない場所に勇者の家はあった。

 そこだけくり抜かれたように木が生えてないスペースがポッカリ()いており、木造家屋の小さな一軒家がある。家の周囲には(さく)で囲まれた庭があり、背もたれのあるベンチが置かれている。他に民家は見当たらない。

 

 金貨を受け取ったアランが家の近くまで来た時、ドアの前に二人の男が立っているのが見えた。

 二人は鎧を着てマントを羽織(はお)った騎士の格好をしており、左胸にはヴィタール王国騎士団である事を示す紋章が刻まれている。

 

「おお勇者よ、外出しておられましたか! ドアチャイムを鳴らしても返事が無いので、途方に暮れておりましたぞ!!」

 

 一人の男が勇者の姿を見かけて慌てて走ってくる。もう一人が彼の後に続く。

 

「我ら二人、王国騎士団を代表する使者として参りました! (すで)に聞いておられるでしょうが、ザルニア帝国が我が国に攻め入ろうと良からぬ(たくら)みをしています! 貴方様には王国の平和のため、何卒(なにとぞ)我らにお力を貸して頂きたく、こうしてお迎えに上がった次第にございます!!」

 

 二人は勇者の前に(ひざまず)くと、最初の一人が家を訪れた用件を伝える。敵国が自国に攻め入ろうとしている事、それに対抗するために勇者の力を必要とした事を明かす。

 

「……それは陛下のご意思なのか?」

 

 アランは一瞬黙り込んだ後、一呼吸おいてから口を開く。救援要請が国王の命によるものなのか聞いて確かめる。

 勇者の表情は暗く、口調は重苦しい。騎士団の要請に前向きではない心情が一目で伝わる。

 

「いえ……陛下ご自身は人間同士の争いに勇者を巻き込みたくないと(おお)せられたのですが、大臣閣下が陛下の苦悩を思い(はか)られて、こうして我らを向かわせたのです」

 

 二人目の男が質問に答える。救援要請は王の意思によるものではない事、大臣が王に気を(つか)って勇者を呼びに行かせた事……それらの事実を明かす。

 

「そうか……」

 

 男の言葉を聞いてアランが少しだけホッとした表情になる。国王が自分を戦争に巻き込みたくない心情を抱いていたと知り、何処か安心した気持ちになる。

 

「悪いが戦争には協力できない……王国の(ため)に尽力したいのは山々だが、国家間の争いに加担してはならないと、聖剣に選ばれた時にそう契約を結ばされた」

 

 一瞬間を置いた後、救援要請には応じられないと答える。切羽(せっぱ)詰まった状況である事は理解しつつも、聖剣と交わした契約により、人間同士の争いには勇者の力を振るえない事情を明かす。

 

「ですが、帝国の兵力は今や王国の十倍……帝国軍がなだれ込めば我ら王国騎士など苦もなく蹴散らされて、街は焼かれ、金目のものは奪われて、女子供は彼らに(はずかし)めを受けるでしょう! それでもよろしいのですか!?」

 

 二人目の男が(なお)も食い下がる。王国には侵略に立ち向かえるだけの力が残っておらず、勇者の助力が得られなければ多数の犠牲者が出る現実を生々しく語る。

 

「貴方の故郷の町が滅ぼされれば、ナターシャとリックも無事ではおりますまい」

 

 勇者の二人の友人にも危害が及ぶかもしれないと付け加えて話を終わらせた。

 

「……ッ!!」

 

 男の言葉を聞いてアランの表情が一変する。それまで元気なさげだったのが一転して怒りに火が()いた阿修羅のような顔になる。

 

「……帰ってくれ」

 

 しばし黙り込んだ後、ボソッと小声で(つぶや)く。下を向いたまま両肩をわなわな震わせた。全身の細胞がマグマのように沸き立っており、脳の血管がドクンドクンと激しく鼓動する。

 声の調子は静かではあったが明らかな怒気を(ふく)んでおり、今にもブチ切れそうな心情が(はた)から見ても伝わる。

 

「……()()の言わず、さっさと帰ってくれ!! なんと言われようと、俺は山を下りる気は無い!! アンタ達の力にはなれない!! 分かったらさっさと城に戻って、大臣にこの言葉を伝えろ!! もう二度と俺に使者を送るなと!!」

 

 やがて顔を上げて口を開くと、(せき)を切ったように(わめ)き散らす。自分を誘った大臣と騎士達に対する怒りの感情は凄まじく、あまりに大きな声で喋るので山全体が地震のように激しく揺れた。周囲にいた森の動物達が危険を察知して、慌てて逃げ出す。

 騎士達の要請に応じる意思が無い事を、非常に強い口調で伝えた。

 

「……」

 

 勇者が激しく怒ったのを見て、騎士達は顔をうつむかせたまま押し黙る。もはやどんな調子の良い言葉を吐いても、勇者を説得するのは不可能だという諦めの感情が広がる。

 

「……貴重なお時間を取らせました」

 

 そう一言謝ると、勇者に背を向けてトボトボと歩き出す。任務が失敗した事に落胆したようにガックリと肩を落とす。無力感に包まれた騎士の去りゆく姿は何とも(さび)しげだ。

 

「お前がナターシャの話をしたせいで、勇者が怒ったんだぞ!!」

「なんだと! 俺のせいだってのか、このハゲが!!」

 

 やがて二人の男は失態の責任を互いに押し付け合う。勇者を説得できなかったのはお前のせいだ、自分のせいじゃないと、恨み(ごと)を吐いて相方を(ののし)る。最後は単なる子供じみた悪口合戦になる。

 ちなみにハゲと言われた男は別にハゲてなどいない。

 

 彼らはそうして(くち)喧嘩(げんか)しながら山を下りていった。

 

「……」

 

 アランは自分の前から立ち去る二人の背中を、憎むでも(あわ)れむでもなく、何とも言えない表情で見送った。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 アランは昼間の数時間に木こりの仕事をして、それ以外の時間は山で狩りを行って鹿や猪などの動物を捕まえたり、キノコや山菜を()ったりする。自分で食べる事もあれば、山の(ふもと)にいる商人に売ったりもする。

 商人からは生活必需品を市場価格より高値で買い取る。商人は勇者が注文した品を離れた町から取り寄せる商売も行っていた。割高なのは輸送費込みだからだ。

 

 勇者はそれでも時間に()きが出来ると、家の中で筋トレを始めたり、本を読んだりして時間を潰す。本は聖書、文学小説、歴史小説、哲学書と多岐に渡る。

 

 アランはその日、ベーコンとスクランブルエッグの(いた)め物と、チーズを乗せたトーストを食べ終わると、テーブルの前に置かれた椅子(いす)に座ったまま本を読み出す。

 

「私は裸で母の(たい)を出た。また裸でかしこに帰ろう。(しゅ)が与え、主が取られたのだ。主の御名(みな)はほむべきかな……」

 

 旧約聖書のヨブ記を音読していると、窓ガラスをコンコンッと叩く音が鳴る。

 アランが窓の方に目をやると、一羽のカラスが窓の外側に立って、催促(さいそく)するようにくちばしでガラスを突っついていた。

 

「エサの時間か……」

 

 アランはそう小声で(つぶや)くと、台所の(すみ)に置いてあった白い袋を取り出して部屋の外に出る。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 アランがドアを開けて家の外に出ると、庭をぐるっと(かこ)んだ(さく)の上に五羽のカラスが()まっている。カラス達は勇者が袋を持って出てきたのを見てソワソワし出したが、よく調教されているのかいきなり飛びかかったりはしない。

 

 勇者は袋の中に手を突っ込んで、カラスの(えさ)らしき物体を柵の前にある地面にバラ()く。カラスはようやく餌が出てきたのを喜んだように目の色を変えると、柵から降りて地面に撒き散らされた餌へと(むら)がる。くちばしでついばんで口の中へと放り込んで、ゴクンと飲み込む。

 

 勇者が袋から取り出したのは、魚肉ソーセージを包丁で(こま)()れにしたもののようだ。カラス達はそれをうまそうに食べる。ご()(そう)を食べてお腹いっぱいになると、そこら中を散歩するように走り回ったり、ピョンピョン跳ねて遊んだりする。一羽のカラスは(なつ)いたように勇者の肩に乗る。

 

 勇者は庭に置かれたベンチに座ってカラス達が遊ぶ姿をただボーーッと眺めたが、それにも飽きるとベンチにもたれかかったまま空を見上げる。空は白い雲に覆われていて晴天とは呼べない。冷たい風が吹き抜けて、雨が降りそうな気配がある。

 

「……俺は何をしてるんだ」

 

 ふとそんな言葉が口を()いて出た。自分の境遇に対する疑問が湯水の(ごと)く湧き出る。

 

(嫌な事から目を背けて、逃げ隠れるようにこんな所に移り住んで、一人で(さび)しく暮らす……世界を救ってまでやりたかった事が、これなのか?)

 

 自分の人生はこれで良いのかと自問自答する。誰に強制されたでもなく自分で選んだにも関わらず、本当にやりたかった事じゃないモヤモヤ感が(つの)りだす。どうしようもないイライラが、噴き出る穴が無いガスのように()まる。

 

 さりとて、どうすれば良いのか勇者には考えが浮かばない。最愛の人を力ずくで強奪する気にはなれないし、一国の王になって女をはべらせれば気が晴れるとも思えない。人間同士の争いで血を流す英雄になる気はさらさら無い。結局勇者としての良心に(しば)られた結果が、この辺境の地へと彼を追いやったのだ。

 

(ここでカラスの()付けをして一生を終えるのか……)

 

 自分の人生を悲観する考えが頭をよぎりかけた時、一陣の突風が吹き抜けた。

 

 周囲の気温が急激に下がり、外の空気が冷たくなったかと思うと、台風が直撃したような嵐が吹き荒れる。雨は降っていないものの、風の勢いは凄まじく、ビュオオオオッと大きな音が鳴って木がガサガサと激しく揺れる。

 森の動物達は安全な場所に避難しようとしたが、リスなどの小動物が風で飛ばされる。

 

「カァーーー!! カァーーー!!」

 

 異常事態を察知した五羽のカラスが、慌てて空へと飛び去る。

 明らかに普通の状況じゃない。何かが起ころうとしている。動物達が感じたであろう奇妙な違和感を、勇者も肌で感じていた。

 

 アランが空を見上げると、城より大きなメラメラと燃えさかる岩が地表に向かって落下していた。それは宇宙から降ってきたと思われる巨大な隕石だ。

 

 隕石は山を越えて、大陸の果てにある海がある方角へと落ちていく。海に激突したと思われるタイミングで大きな爆発が起こった瞬間、世界が白い閃光に()まれた。

 

「……ッ!!」

 

 白い光に包まれて、勇者の意識はそこで途絶えた――――。

 

 

 

「うわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 大きな声で叫んでベッドから起き上がる。辺りを見回すと、そこはミカエルに案内された神殿内にある寝室だった。時計の針は『六』を指しており、神殿の外は日が昇り始めている。

 アランはベッドで深く眠りに落ちたまま、過去の出来事を夢として見ていたのだ。

 

「ハァ……ハァ……夢か」

 

 勇者は夢から覚めた事を知って疲れた表情になる。この世の終わりを見たように憔悴(しょうすい)しきった顔しながら激しく息を切らしてうなだれる。シャツが汗でじっとり濡れていて、全身が猛烈な倦怠感に襲われる。長時間休息を取った事により疲れが取れた感覚は全く無い。

 

 この世界に来る前の記憶を追体験した夢の内容は、勇者にとっては悪夢としか呼べなかった。見たくないものを見せられた……そういう感覚があった。

 

「オイ、大変だアランっ! 魔王のヤツから果たし状が届きやがった!!」

 

 アランがベッドで上半身を起こした体勢のまま固まっていると、バルザックが大声で叫びながら部屋へと駆け込んでくる。右手に白い紙のようなものが握られていて、それを勇者に手渡す。

 勇者が手紙に書かれた文章に目を通すと、決闘の場所と日時が指定されていた。戦いに参加する魔王側のメンバーも記載されている。

 

「……他の二人を呼んできてくれ」

 

 アランは重苦しい表情を浮かべながら狂戦士に頼み事をすると、魔王の挑戦を受けたように手紙をクシャッと握り潰す。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 数時間後……太陽が昇ってすっかり外が明るくなった昼の時間帯。

 

 神殿の外に広がる閑散(かんさん)とした荒野に四人の男が立つ。先頭にリーダーであるアランが立っていて、他の三人が彼の後ろで横並びになっている。

 四人は魔王と戦った時と同じ服装になっている。戦闘の準備は万全という訳だ。

 

(すで)に話した通り、魔王が俺達に決闘状を送ってよこした。今から決闘の場所に指定された荒野へと向かう。今度は向こうが待ち伏せする番だ。何か(わな)が待ち構えているかもしれない。くれぐれも用心してくれ……」

 

 アランは後ろを振り返って仲間達を見回すと、これからの事について話す。敵側に何らかの備えがあるかもしれないと憶測を述べて、警戒して事に当たるよう(くぎ)を刺す。

 

「上等じゃねえか。前回より苦戦するってんなら、その方がよっぽど面白(おもしれ)ぇ。腕が鳴るぜ」

 

 勇者の言葉を聞いてバルザックがニタァッと口元を(ゆが)ませた。良からぬ(たくら)みをした悪魔のような邪悪な笑みを浮かべて、極上の獲物を前にしたようにペロリと舌なめずりする。激戦が味わえるかもしれない期待に胸を(おど)らせた。

 

「クワーーーーッ、クワーーーーッ」

 

 ザムザの右手に()まっている(タカ)が大きな声で鳴く。何と言ったかは分からない。アランの忠告を了解したように見えるし、バルザックの言葉に同意したようにも受け取れる。

 ザムザは相変わらず意思表明を鷹に任せるばかりで、本人は黙り込んだままだ。このような状況であったとしても、一言も喋らない。

 

「ここで負けたらクリムトの奴に顔向けできんわい」

 

 ツェデックが戦いへの意気込みを語る。旧知の友人の覚悟ある死を無駄にしないために、何としても魔王に勝利するのだと息巻く。

 

「そうだ、この戦いには絶対に負けられない。俺達は既に仲間を一人失っている……彼の死が無駄にならなかったと証明するために、この命に替えても魔王を討ち果たす!!」

 

 アランが老魔道士の言葉に同意して(うなず)く。魔王の首を討ち取る事こそ戦友の(とむら)いになると信じて、不退転の覚悟で戦いに(のぞ)む。

 

 決意表明が終わると、アランは戦場がある方角を向いて無言のまま歩き始める。ザッザッと音を立てて力強く歩く。表情には負けられない戦いに挑む強い意志が浮かぶ。

 他の三人が彼の後に続いてゆっくりと歩き出す。一言も言葉を()わさず、軍隊の行進のように歩く。そうして勇者パーティは決戦の場へと(おもむ)く。

 

 目的地へと向かう途中、勇者の脳裏に一人の女性の姿が浮かぶ。

 それは彼の想い人であるナターシャだ。

 

(もし魔王に勝ったとしても、彼女と結ばれないのは分かっている。それでも……)

 

 

 

 ――――それでももう一度世界を救えたら、自分の中で何かが変われる……そんな気がしたんだ。

 

 

 

 ……アランは(あわ)い期待を胸に抱きながら歩き続けた。

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