いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第122話 こんな世界、知りたくなかった。

「……こうして町を離れてる間に二人が付き合ってた事を知らされた俺は、長年の恋心を打ち明けられないまま、()(ざま)な負け犬となって町を去ったのさ」

 

 アランが失恋した(けい)()を語り終える。自分の過去を振り返って滑稽(こっけい)だとあざ笑うように「ハハハッ……」と(かわ)いた半笑いの表情になる。

 傷心に(ひた)ってヤケクソになりながら自分を(ののし)る男の姿は見るからに(みじ)めだ。これが本当に世界を救った英雄の姿なのか、とザガートは嘆息を漏らさずにいられない。

 

「それで……それでお前は町を出て、そのまま魔竜王の討伐に向かったのかッ! たとえ世界を救ったとしても、彼女と結ばれる事など(かな)わないのだと知りながら!!」

 

 悲しい過去を知らされて魔王が声を震わせた。望みが叶わないと知って(なお)、過酷な戦いに身を投じたのかと問わずにいられない。

 

「ああ、行ったさ……魔竜王を討伐して、世界を救った。恋を失った俺には、もうそれしか残ってなかったから……」

 

 アランが魔王の問いに答える。もう自分には勇者の使命しか残されていなかった事、それを果たす(ため)に魔竜王を討伐した事実を語る。

 

「でも、駄目だった。魔竜王を倒しても、隕石が落下して結局世界は滅んだ。お前との戦いに敗れて世界を再生させる夢も(とん)()した。世界を救う事も叶わず、()れた女と結ばれる事も出来なかった俺は(ただ)の負け犬……勇者失格だ!! 何も()()げられなかった……俺は……俺は勇者なんかじゃない!! ウウッ……ウッ……ウワァァァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

 最後は両方の夢を果たせなかった自分を負け犬だと(ののし)り、大きな声で泣きだす。

 瞳から大粒の涙がボロボロと(こぼ)れだし、わんわんと声に出して泣く。誰に見られていようとなりふり構わず泣き続ける。いつまでも涙が()れる事なく、生まれたての赤子のように泣く。

 

(………)

 

 勇者がいつまでも泣く姿を見て、魔王は胸が痛んだ。彼を不幸な境遇へと追いやった運命に深い(いきどお)りを覚えた。何故彼がこのような目に()わねばならぬのだと心の中で何度も叫ぶ。彼の心を傷付けた者達を激しく呪う。

 それと同時に、何としても勇者の悲しみを取り除いてやらねばならない使命感に駆られた。どうすればそれが叶うのかすぐには思い付かなかったが、ひとまずポケットからハンカチを取り出して、涙を()いてやる事にした。

 

「……お前がどれだけ自分を卑下(ひげ)しようと、俺にとってお前は最高の勇者だ!!」

 

 勇者の(ほほ)を濡らす涙をハンカチで(ぬぐ)いながら、(なぐさ)めの言葉をかけた。

 

(………)

 

 魔王の言葉が胸に刺さったのか、勇者の涙が止まる。それまでわんわんと声に出して泣いていたのが、次第に声量が小さくなっていって、最後は声を出すのをやめて泣き()む。

 勇者はしばらく魔王に慰めの言葉を掛けられた事に驚いたような放心状態になったが、やがて気持ちが落ち着くと、魔王に言われた言葉を何度も心の中で反芻(はんすう)する。

 

 魔王が発した言葉はただの気休めだったかもしれない。

 だがどんな気休めの言葉だったとしても、それが相手を思いやって吐き出された言葉だという事が、勇者には分かっていた。

 それもそのはず、さっきの台詞(セリフ)を口にした時、魔王は全身をわなわなと震わせて声を震わせた涙声になっていたのだ。涙を流しこそしなかったものの、泣くのを必死に(こら)えようとしたようにウッウッと()(えつ)が漏れていた。涙が瞳から(こぼ)れ落ちずとも、心で泣いているのが相手に十二分に伝わったほどだ。

 

「ありがとうザガート……こんな俺なんかの為に泣いてくれて。誰かに泣かれるのが、こんなに嬉しい事だとは知らなかった。不思議だな……戦場で殺し合っただけの仲なのに、今は唯一(ゆいいつ)無二(むに)の友のように感じている」

 

 魔王が自分の境遇を深く悲しんた事実に、勇者が感激の言葉を漏らす。これまで胸の内に抱えていたモヤモヤが晴れてスッキリしたような、晴れやかな笑顔になる。

 

 自分の境遇を分かってくれる人がいた。その人が自分の為に泣いてくれた……彼にはそれだけで十分だった。他に何もいらなかった。

 最後は魔王に友のような感情が湧いた気持ちを素直に打ち明ける。

 

「お前が望むなら、今からだって友達(ダチ)になってやる」

 

 ザガートが勇者の友になってもいい意思を伝える。その表情は真剣で、口調には一切迷いが無い。

 

「ありがとう……こんな俺なんかの友達(ダチ)になってくれ……て……ゴホッゴホッ!!」

 

 アランがザガートの言葉に感謝しかけた瞬間、ゴホゴホと()き込んで口から真っ赤な血がトマトジュースのように(あふ)れだす。今まで流れた血は(すで)に致死量に近い。

 魔王に過去を語る為にこれまでどうにか持たせてきたが、勇者の命が尽きようとしている事が、その場にいる者に容易に感じ取れた。

 

 アランがふと空を見上げると、頭上に雲一つない青々とした空が広がっていた。太陽が燦々(さんさん)と照り付けていて、日光が顔に当たって(まぶ)しい。

 顔を真横に向けると、二羽の(はと)が何処かに飛んでいく姿が目に入る。バサバサバサと翼を羽ばたかせた音が耳に残る。

 

「ああ、なんて()(れい)な空だ……死ぬ前にもう一度、こんな景色が見られるなんて……」

 

 再び空を見上げると、視界に映り込んだ空の美しさに感慨(かんがい)を漏らす。

 空の青さも、照り付ける太陽も、飛んでいく鳩も、日常で見かける何て事ない風景だ。だがこれから死にゆく彼にとって、それらの景色はかけがえの無い、美しいもののように思えた。

 

「後悔ばかりの人生だったが、悪い最期じゃなかっ……た……」

 

 今にも消え入りそうにか(ぼそ)い声で(つぶや)くと、ガクッと力尽きて息絶えた。

 

 ……ハンカチで拭いてもなお(ほほ)は涙に濡れて真っ赤だったが、その表情は心から満たされて満足したように穏やかだった。

 

「……!!」

 

 勇者の死を目の当たりにして、魔王は思わず絶句した。

 うまく言葉で言い表せない感情が胸の内に湧き上がり、手足の震えが止まらなくなる。全身にドッと冷や汗のようなものが噴き出し、胸がきゅうっと締め付けられて息が詰まりそうになる。動悸(どうき)()(まい)がして吐き気を(もよお)す。

 

 自分が彼を殺したのだ。その自分が殺したはずの相手の死に、誰よりも自分がショックを受けていた。

 

「うっ……うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーッ!!」

 

 魔王は空を見上げると、胸の内に湧き上がる感情を天に向かってブチ()けたように大きな声で叫ぶ。最愛の子を失ったライオンのような咆哮(ほうこう)を上げる。「ウオーーーッ、オーーーッ、オーーッ」という叫び声が残響音となって荒野に響き渡る。(のど)()れんばかりに叫び続ける。

 ひとしきり叫び終わると、勇者の亡骸の前に(ひざ)を抱えて体育座りする。その姿勢のまま一歩も動こうとはしない。悲嘆に()れたように地べたに座りながら、男の死に顔をただじっと眺める。

 

 勇者の死に顔は()き物が取れてスッキリしたように安らかだ。これまで胸の内に抱えていた心の傷が(いや)されて天国に行けた事は、誰の目にも明らかだ。

 だが勇者のその満足そうな死に顔が、かえって魔王の胸を強く痛め付けた。

 

 魔王の心象が強く影響したのか、それまで青く晴れていた空が(またた)く間にどんよりした雲に覆われる。ゴロゴロと音が鳴って今にも雷が落ちそうになる。ひんやりと冷たい風が吹き抜けた瞬間、雨がザーザーと激しく降りだす。

 勇者の(ほほ)を雨の(しずく)がビチビチと打ち付ける。頬を(つた)って地面に(こぼ)れ落ちた水滴が、大地を水(びた)しにする。まるで泣く事が出来ない魔王の代わりに、天が泣いているかのようだ。

 

 

 

 魔王はどれだけ激しい雨が降ろうと、雨が()むまで数時間、その場から一歩も動こうとしなかった。服が雨でビチャビチャに濡れようと、大地が泥だらけになろうと、勇者の前にある地べたに座り続けた。

 

 ……まるで冷たい雨に打たれ続ける事で、勇者を救えなかった自分を責めているかのように。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 四つの空間に分断される前に一行が集まっていた荒野……そこに四人の女がいた。その者達は言うまでもなくザガートの仲間であるルシル、レジーナ、なずみ、鬼姫といういつもの面々だ。彼女達は他の二人の男より速いタイミングで現実空間に帰還していた。

 

 女達が魔王の帰還を待ち望みながらたわいもない話をしていると、荒野の何も無い空間に、人が通れる大きさの黒い横穴がドアのように開く。そこから一人の男がスタスタと歩いて出てくる。

 男が完全に出終わると穴は再び閉じていって、何も無い空間へと戻る。

 

「おお魔王よ、無事じゃったか! 心配しておったのだぞ!!」

 

 穴から出てきた男の姿を見て鬼姫が、いの一番に言葉を掛けた。

 

「ザガート様っ!」

「師匠ッ!!」

「やはり無事だったか!」

 

 他の女達がワンテンポ遅れて、魔王が戻ってきた事に歓喜する。愛する男が無事だった姿を見て深い安心感に包まれると、猛ダッシュで彼の元へと駆け寄っていき、(ねぎら)いの言葉を掛けようと周囲を取り(かこ)む。

 

「服が濡れてるじゃないか。一体どうしたんだ?」

 

 魔王の服がにわか雨に降られたように濡れてる事に気付いて、レジーナが問い(ただ)す。

 服が濡れているのは勇者の死に悲嘆した魔王が、数時間激しい雨に打たれ続けたからだが、女達には知る(よし)もない。

 

「何でもない……こんなもの、放っておけば数分と()たずに(かわ)く」

 

 ザガートが王女の疑問に()()なく答える。何かあったのではないかと(かん)()る彼女に、何も無かったと(つよ)がりの台詞(セリフ)を吐く。

 口調はかなり不機嫌で、胸の内に抱えたモヤモヤを隠し切れていない。それだけでも周囲に何かあったと思わせる材料として十分だったが、魔王が話したがらないので、女達は聞くに聞けない。

 

 魔王の言葉通り、服に染み付いた水分は一分と経たないうちに蒸発して、完全に乾いた状態になる。

 

「騎士の(あに)さんが、いつまで経っても戻って来ないッス」

 

 ブレイズがどれだけ待っても姿を現さない事をなずみが不安がる。

 

「心配する事は無い。ここでは数分の出来事だったとしても、向こうでは数日、あるいは数週間戦ってる場合もある……ここは気長に待つとしよう」

 

 ザガートが心配する必要は無い(むね)を伝える。現実空間と閉鎖空間で時間の流れが異なっており、不死騎王が長期戦にもつれ込んだのだろうと考えた。

 

 仲間の帰還を待つために三十分ほど取り()めのない雑談に花を咲かせていると、さっきと同じように何も無い空間に黒い横穴が開いて、そこから最後の一人である不死騎王が歩いて出てくる。

 

「ようやく戻ってきおったか。ずいぶんと待たせてくれたのう」

 

 帰還を果たした仲間に鬼姫が真っ先に声をかけた。長時間の待ちぼうけを食らわされた事実を、苦言を(てい)するように(あき)れた口調で言う。

 

狂戦士(バーサーカー)バルザック……恐ろしい敵だった。一朝一夕で殺せる相手ではなかった。あれほど打たれ強い猛者(もさ)と戦った事はこれまでに無く、この先も無いであろう』

 

 女の不満に不死騎王が言葉を返す。自分が担当を引き受けた相手がかなりの頑丈さだった事を伝えて、彼ほどの戦士は二度と現れないだろうと感慨(かんがい)深げに語る。

 

「じゃが、勝ったのであろう?」

 

 鬼姫が念を押すように問いかけた。

 

『ああ……勝った』

 

 ブレイズが女の問いに言葉少なげに答える。

 

「これで異世界の勇者パーティを全滅させて、私達が勝利を収めた……という事になる訳ですね」

 

 ルシルが相手のパーティに勝利した喜びを口にする。異世界の勇者同士の対決という構図にライバル意識を燃やしていたらしく、自軍の犠牲者を一人も出さずに勝てた満足感に(ひた)る。男連中が戦った相手と友情で結ばれた事など知る(よし)もない。

 

「……」

 

 仲間の言葉など気にも()めず、魔王は下を向いて辛気(しんき)臭い表情を浮かべたまま黙り込む。そのまま一言も(しゃべ)ろうとはしない。

 まるで大切な仲間を失ったように気落ちしており、とても勝利した者の姿とは思えない。

 

「何じゃ? さっきから様子が変じゃぞ。何か悩み事があるなら話してみい」

 

 明らかにただ事ではない雰囲気の魔王を見て、鬼姫が()(げん)そうに問いかけた。聞くのは野暮(やぼ)かもしれないと思いながらも、男の様子があまりに普通じゃないので、聞かずにいられない。

 

「別に大した事じゃない……話したくなったら、そのうち話す」

 

 ザガートが気にかける必要は無い(むね)を伝える。いずれ機会があれば話すが、今はまだその時ではないと言う。

 

「まあよい。男にだって人に話したくない秘密の一つや二つ、あるじゃろう」

 

 魔王の返答を聞いて、鬼姫がそれ以上聞くのをやめる。よほど言いたくなさげな男の心情を察して、ここは相手の意思を尊重すべきだと大人しく引き下がる。

 鬼姫が深く突っ込まなかったので、他のメンバーも彼女の方針に(なら)う事にした。パーティ内でもっとも押しの強い彼女が空気を読んだのに、自分達がそれを無視する訳にはいかない。

 

 ザガートはふと顔を上げて空を見上げると、何処か遠くを見るような目をしながら空の彼方を眺める。(はる)か彼方の空を飛ぶカラスの群れを視界に収めながら、勇者と()わした会話の内容を思い出す。勇者に言われた言葉、その一言一言が胸に刺さる。

 

(自分で殺しておきながら、殺した相手の過去を知って同情する……つくづく矛盾している)

 

 自分のこれまでの言動を(かえり)みて、矛盾した行いをしていると自分を責める。勇者の境遇に深い悲しみを抱きながら、その勇者を殺したのは自分なのだという事実が、鉄釘(てつくぎ)のように魔王の胸に突き刺さる。

 

(だが……だがそれでも、俺は……)

 

 魔王が心の中である言葉を口にしかけた時……。

 

「たたた、大変じゃぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーッ!!」

 

 異界の神ゼウスが大声で叫びながら、一行の元へと裸足(はだし)で駆け込んでくる。何やらただならぬ事態が起きたようで、見るからに尋常(じんじょう)ではない。

 

「いいい、一体どうしたんだ!?」

 

 禿(はげ)頭の老人が血相を変えて走ってきた姿を見て、レジーナが慌てて問い(ただ)す。あまりに老人の様子が普通では無かったため釣られてパニックに(おちい)ってしまい、詳細を聞く声が震えている。

 

「あ、あれを見るんじゃぁぁぁああああっ!!」

 

 ゼウスはそう叫ぶや(いな)や、空の彼方を指差した。

 

 

 

 ……旧約聖書に次のような記述がある。

 

 かみ食らういなごの残したものは、

 群がるいなごがこれを食い、

 群がるいなごの残したものは、

 とびいなごがこれを食い、

 とびいなごの残したものは、

 滅ぼすいなごがこれを食った。

(ヨエル書 第一章)

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