いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

126 / 134
第126話 リンゴか、バナナか。

 仲間に別れの言葉を告げた魔王……最終決戦の地を目指して(いち)()進み続ける。

 敵地を目指して歩く間、魔物が襲ってくる気配は無い。元々アザトホース配下の魔族は大魔王の死とともに消滅したが、神が創造した怪物が待ち()せてもいない。ただ(かわ)いた風が吹き抜ける閑散(かんさん)とした荒野が何処までも続くだけだ。

 

 最終決戦前の異様な空気を感じたのか、ネズミや虫などの野生動物の姿すら見かけない。静寂に包まれた荒野を一人の男が黙々と歩き続ける姿は一抹(いちまつ)(さび)しさすら感じさせる。

 

 キャンプ地を離れた魔王が一時間ほど歩いていると、大きな(おか)が見えてくる。(さら)にその上に古代ギリシャ風の立派な神殿が建っているのが視界に入る。

 神殿は年代を感じさせる古代の建築物だったが、風雨に(さら)されて()ちたりしておらず、新築のようにピカピカしている。神のバリアで汚れから守られたのだろうか。

 

(歴代の勇者の亡骸が埋葬されたと言い(つた)えられる、ゴルゴダの丘……その上にそびえ立つ神の神殿、か)

 

 最終決戦の地を前にして、ザガートがその名を口にする。()の地に伝わる宗教的伝承に思いを()せた。

 しばらく物思いに(ふけ)るように神殿の外観をただボーッと眺めたが、それにも飽きるとズカズカと歩いていき、正面の入口から中へと入る。

 

 神殿の中はシーーンと静まり返っていて、人の気配を全く感じさせない。使いの者が出迎えに来たりもしなければ、醜悪な怪物が襲いかかってきたりもしない。あまりの静けさに、本当にここに神がいるのか疑いたくなるほどだ。

 

(てっきり武装した天使かワルキューレの大群が総出(そうで)で出迎えてくれると踏んでいたが……静かなものだな)

 

 敵の壮大な歓迎が無かった事に魔王が拍子(ひょうし)抜けする。天使の集団と戦うハメになると覚悟していただけに、予想が外れた形となる。

 確かに神は一対一での決闘を提案したが、そうならない事も想定していた。その心構えは()(ゆう)に終わった結果になる。

 

 ファンタジーのラストダンジョンといえば、多数の敵が待ち構えているのが定番だ。あまたのザコを()(くぐ)り、数体の中ボスを倒して、最後にラスボスと対面するのがお約束だ。実際アザトホースの城はそれに近い形を取っていた。

 だが真の最終ダンジョンといえる神の神殿においては、そうはならなかったようだ。あるいは大魔王サタンが悪魔の軍勢を(ひき)いて攻めてきたならば、神もそうしたかもしれない。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 ザガートが神殿の回廊を黙々と歩き続けていると、大きな鉄製の扉がドンッと目の前に立ち(ふさ)がる。かつて勇者アランが出入りしていた時には無かった代物(しろもの)だ。

 扉の左右に一つずつ配置された台座の上に(さら)が乗せられており、右の皿にはリンゴが、左の皿にはバナナが乗せられている。

 扉の(はる)か頭上にある空間に、大きな(かま)を手にした死神がいて、「ヒョッヒョッヒョ」と笑いながら円を描くように空を飛んでいた。

 

 ザガートが扉の前に立ち止まると、扉の中央にボヤァッと人間の顔のようなものが浮かび上がる。

 魔王の前に現れたその顔は、ツルツルのハゲ頭をした強面(こわもて)の中年男性のモノだ。肌は青色に染まっており、目はギョロリと見開かれて相手を(にら)む。見た事のない顔だが、生身の人間とはとても思えない。

 半透明に()けていた(ため)幽霊のような印象を見る者に与えるが、立体映像の(たぐい)の可能性もあった。

 

「魔王ザガート、よくここまで来た……(われ)はこの扉に宿りし魂。神ヤハヴェから(わか)たれた魂の欠片(かけら)にして、(なんじ)の知恵を試す為に送り込まれた者なり……」

 

 顔だけのハゲた中年男性が自己紹介する。自らを唯一神の分霊だと告げて、魔王の知識を試す試験官の役目を果たしに来たと教える。

 

「我は今から汝に一つの問いかけをする。汝が正しい答えを知る者ならば、(かぎ)を手にするであろう……だが間違った答えを選べば、死神の鎌が汝の首を即座に()ねる。くれぐれも心するがいい……」

 

 危険なクイズを出す事を予告して、心構えをするよう前もって忠告する。答えなければ先に進めないが、回答を間違えれば命を落とすリスクのある賭けなのだという。

 頭上を飛ぶ死神は、失敗した時に首を刎ねる処刑人であったようだ。

 

 魔王が承知したようにコクンと(うなず)くと、ハゲ頭の中年男性が問いの言葉を発する。

 

「アダムとイヴが口にしたと言い(つた)えられる知恵の果実は、リンゴかバナナか……答えよ!!」

 

 かつてエデンに植えられた木に()っていた果実が何であったかを問い(ただ)す。

 

「……」

 

 ザガートはしばし気難しい表情を浮かべて考え込んでいたが、やがて答えが決まると、左の皿に乗せられたバナナを手に取って、皮を()いてムシャムシャと食べる。途中ガリッと歯に何かが引っかかったので口からペッと吐き出すと、鉄製の鍵が出てきた。

 鍵を鍵穴に()し込んで横に回すと、カチッと音が鳴る。手で押すと扉がギギギッと音を立てて開く。死神は襲ってきたりしない。

 

「……何故リンゴを選ばなかった?」

 

 顔だけのハゲた中年男性が、ザガートの選択の理由を聞く。

 顔の番人は、多くの者が先述の問いにリンゴを選ぶだろうと考えた。世間では広くそうだと信じられているからだ。

 だがザガートは俗説とは異なるバナナを選択した。死神が襲ってこない所を見れば魔王の選択が正しかった事になるが、何故その答えに行き着いたか、当てずっぽうではない理由を聞きたかったようだ。

 

「ヤハヴェは古代の中東で信仰された神……(しか)るにエデンから流れる水はユーフラテス川へと繋がっていたと聖書には書かれてあり、その土地ではリンゴは決して育たない」

 

 魔王が番人の問いに答える。聖書に書かれた記述からエデンが中東の地にあると見抜いて、知恵の果実をリンゴだとする説は(あやま)りだと指摘する。二者択一である以上、リンゴが間違いであるならば、もう一方を選ぶのは自明の理となる。

 

「……その通りだ」

 

 顔だけの番人は目を閉じて下を向いて深刻そうな表情を浮かべると、ただ一言そう(つぶや)く。魔王の主張が正しいと認めると、役目を終えたようにスゥーーッと姿が薄れて消えていく。死神も顔と同時に姿を消して、神殿の中は再び元の静寂に包まれる。

 顔の態度は敗北を認めて悔しがったようにも、魔王の知恵の深さに感服したようにも見えた。

 

 ザガートはしばらく何もせずその場に立ち止まっていたが、何かが起こる気配も無いので扉の奥に広がる回廊に向かって歩き出す。

 

(バナナを食べたせいで楽園を追放された……冷静に考えれば、何ともおかしな話だ)

 

 かつてエデンで起こったであろう出来事を頭の中で想像して、その滑稽(こっけい)さに思いを馳せるのだった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 魔王が神殿の回廊を歩き続けていると、背後から彼を追いかけてくるらしい四つの足音が聞こえてくる。後ろを振り返ると、足音の主である四つの人影が回廊を猛スピードで走ってきていた。

 

「魔王ザガート、止まりなさい! それ以上先に進む事は許しません!!」

 

 四人の先頭にいた女が大きな声で叫ぶ。

 四つの人影は魔王から五メートルほど離れた場所まで来て立ち止まる。そのまま相手を牽制(けんせい)するように敵意に満ちた瞳で(にら)む。

 

 先頭にいたリーダー格と思しき女はウェーブが掛かった長めの金髪をしていて、二十代(なか)ばに見える絶世の美女だ。後ろに控えた三人は彼女より年下に見える若い少女だ。四人とも背中に鳥の翼を生やして頭上に()っかが浮かんでおり、一目で天使だと分かる。

 先頭の女は普段着らしい白い衣を着ていたが、後ろの三人は『戦乙女』と呼ばれる天界の女戦士の格好をして、手に槍を持っていた。

 

(大天使長ミカエルと、その配下の三人の天使……か)

 

 女達の姿を目にして、魔王が彼女達の素性を推測する。本人達が直接名乗った訳ではないが、今目の前に立つ四人の女こそが神に仕える著名な天使なのだろうと判断する。特に大天使ミカエルは彼女の像を崇敬する教会があった(ため)、外見的特徴から判断するのは容易だった。

 

「魔王ザガート……罪と冒涜(ぼうとく)で薄汚れた、(いつわ)りのメシアよッ! 今すぐこの場から立ち去りなさい! さもなくば、我ら四人の力を(もっ)て、貴方の悪しき魂を(めっ)します!!」

 

 ミカエルが魔王を偽のメシアと呼び、神殿から退去するよう命じる。勧告に従わなければ武力行使に出ると、強い口調で(おど)しを掛けた。

 

「ならば問おう、ミカエルよ……お前は神が全人類を皆殺しにしようとする今の状況を、正しい行いをしていると、そう考えているのか?」

 

 ザガートが大天使に質問をぶつける。命を奪うと脅しを掛けられてもひるんだりしない。

 神の忠実な(しもべ)である彼女に、主人の行いをどう感じているのか聞いて確かめようとする。

 

(しゅ)は決して判断を(あやま)らない……悩まない……(かえり)みない!! 主のなさる事はいつだって正しい!! ザガートッ! 貴方は自らを生み出した神である主のお考えが間違っていると、そう言いたいのですか!?」

 

 ミカエルが主人の判断を全肯定する。創造主である『主』の考えは常に正しいと力説して、魔王にそれに逆らうつもりなのかと問い(ただ)す。

 

「神の行いに一切疑いを抱かなければ、それは目を閉じ、耳を(ふさ)いで、都合の悪い事から目を(そむ)けようとしているのと何ら変わりない……」

 

 魔王が即座に言葉を返す。盲目的に信仰を抱き続ける行為の愚かさを指摘して、女の主張が間違っていると論理的な反論を行う。

 

「信仰を貫き通す事が、神の命令に絶対服従するのと同義であるならば、それは絶対的権力を持つ皇帝の奴隷になるのと何ら変わらないではないか」

 

 ミカエルが力説する神への忠誠が、地上の権力者を(あが)めるのと大差ない行為に過ぎないとダメ押しの一言を付け加えた。

 

「……ッ!!」

 

 魔王に正論をぶつけられてミカエルはぐうの()も出ない。論理的な誤りを指摘されて一言も言い返せず、ただ下を向いて押し黙るしかない。親に(しか)られた子供のように顔を真っ赤にして両肩をぷるぷる震わせた。

 

 いっそ会話を一方的に打ち切って、いきなり襲いかかってしまおうか……そんな考えが彼女の頭をよぎりかけた。

 

「もう良い……もう良いのだ、ミカエルよ」

 

 その時神殿全体に響き渡るほどの大きな声が発せられた。マイク()しに(しゃべ)ったような(くも)った音声をしていたが、それが神ヤハヴェが発したものである事は明白だ。

 

「私はそこにいる男と二人きりで話がしたい……そう告げた(はず)だ。お前達にその男を止めろと命じた覚えは無い。ここは大人しく引き下がるがいい」

 

 魔王に戦いを挑もうとした女の独断専行を(とが)める。あくまで魔王と一対一で対話する事が神の望みであり、それを反故(ほご)にしようとした(しもべ)に、(いさぎよ)く身を引くよう命じる。

 

「ですが……!!」

 

 ミカエルが(なお)も食い下がろうとする。神の決定に不満があったようで、たとえ主人の命令に逆らってでも魔王を押し(とど)めたい思いがあったようだ。

 

「お前達などよりも、その男に敗れた勇者の方が(はる)かに強い……お前達程度の力では千回挑戦したとしても、その男の(かかと)に噛み付く事すら出来ん。ライオンに逆らったネズミのようになぶり殺しにされるのがオチだ」

 

 神が言葉を続ける。かつて魔王に敗れた勇者を引き合いに出して、天使達の強さは彼に遠く及ばない事、それにより魔王に戦いを挑む事の無意味さを()く。

 

「お前達四人が魔王に殺される姿を見たくは無い……ここは大人しく引いてはもらえないか」

 

 最後に部下達の身を案じる一言を付け加えた。

 

「……」

 

 神に優しく言葉を掛けられて、ミカエルがしばし無言になる。これからどうすべきか迷ったように思い詰めた表情をしたが、やがて後ろを振り返ると合図を送るようにサッと右手を上げる。

 後ろに控えた三人の天使は上司の合図を受けてコクンと(うなず)くと、回廊を(もと)()た方角へと引き返す。ミカエルも彼女達の後に続いて歩き出し、魔王の前から姿を消す。部下が立ち去ったのを見届けて安心したのか、神の声も以後は発せられない。

 

 魔王はしばらく自分一人だけになった回廊にポツンと(たたず)んだが、再び神殿の奥を目指して歩き出す。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 回廊の終わりに近い場所まで来ると、玉座の間に通じるらしき大きな鉄製の扉がある。ギギギッと扉を開けて中へ入ると、部屋の中は真っ暗だった。

 

 ザガートが一歩足を踏み入れると、ポッと(あか)りが()く。

 部屋の中央にレッドカーペットが()かれていて、その左右に一対(いっつい)ずつ燭台が置かれている。燭台は部屋の奥に向かって一定の間隔を()けて並んでいて、ザガートが奥へと進むたびに一つずつ順番に点火されて、そのたびに部屋が少しずつ明るくなる。かつてアザトホースの城で見たのと同様の仕掛けだ。

 

 ザガートが部屋の奥に向かって歩き出すと、何処からか声が聞こえてきた。

 

「真の(えい)()とは、知識そのものを指すのではない……知への()くなき探究、あらゆる事に興味を持ち、どんな事でも知りたいと願う好奇心……それらが、その者の人生に必要な知識を与える」

 

 ヤハヴェのものと思しき声は、真の叡智とは何たるかについて語る。

 魔王に向かって語りかけるその言葉は、男の行動を制止する魔法の(たぐい)ではなく、単に薀蓄(うんちく)を語っているようだ。男の見識の深さを認めて、()えてそうしているようにも受け取れる。

 

「知への飽くなき探究なくしては、本を百冊読んだとしても、偉大な十人の賢人の話を聞いたとしても、真の叡智に辿(たど)り着く事は決して無い」

 

 好奇心が無ければ知識を求める行動そのものが意味を()さないのだと()く。

 

「……神の存在を信じぬ者が聖書を読んだとしても、神の偉大さを知る事は決して無いのと同じように」

 

 神の存在を信じない者にとって聖書は無価値であると(むす)んで話を終わらせた。

 

 声が自説を述べ終わるのとほぼ同時に最後の(あか)りが点火されて、それに(ともな)って部屋の中全体が明るく照らし出された。

 レッドカーペットが()かれた中央の一番奥に、王が座るための玉座が置かれてあり、そこに一人の男が座っている。背丈二メートルほどある、フルプレートの鎧を着て(たけ)の長いスカートを穿()いた、鉄仮面の騎士の男……魔王は彼の姿に見覚えがあった。

 

「……ヤハヴェ!!」

 

 男の姿を目にしてザガートがその名を口にする。

 玉座に座って(えら)そうにふんぞり返っているその男こそ、夢の中で魔王に無理難題を押し付けた人物であり、世界を破滅させようとする、神その人に他ならない。

 扉の試練を用意したり、先ほどミカエルに話しかけたりはしたが、彼自身はずっと玉座に座ったまま魔王が来るのを待ち続けていたようだ。

 

「待っていたぞ、ザガート……我が息子よ」

 

 神が自分の部屋を訪れた魔王に歓迎の挨拶(あいさつ)をする。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。