いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第130話 最後の問いかけ

「……終わったようじゃな」

 

 ザガートが神殿の床を眺めていると、背後から彼に話しかける声が聞こえた。

 魔王が声に反応して後ろを振り返ると、いつからそこに()たのか、一人の老人が立っている。

 

「……ゼウスか」

 

 目の前に立つ老人の名をザガートが呼ぶ。

 サンタのような白い(ひげ)を生やし、白いローブを着て、魔法使いが使う木の杖を右手に持ったハゲ頭の老人こそ、魔王をこの世界に召喚した異界の神に他ならない。

 

「ああ、終わった……何もかも」

 

 魔王が少し疲れた顔しながら答える。戦いが終わった安心感からか、張り詰めていた緊張が解けて、それまで()まっていた疲れがドッと押し寄せる。急激に全身が気だるい感覚に襲われて、どよーーんと気分が重くなる。

 (もの)()げな表情を浮かべながら神殿の天井を眺める魔王の目は何処か(さび)しげだ。戦いに勝利した達成感からは(ほど)遠く、スッキリしないモヤモヤを抱えたであろう事が容易に伝わる。そのモヤモヤが勇者を救えなかった後悔によるものか、神との戦いに(むな)しさを感じてのものなのかは分からないが……。

 

「それで、アンタはこれからどうする。ヤハヴェが死んだ後、この世界の神にでもなるつもりか?」

 

 魔王は気持ちを切り替えたように(じい)の方を向くと、今後の方針について問い(ただ)す。ザガートが元いた第六世界だけでなく、神が不在となった第七世界の統治神になるつもりなのか、聞いて確かめようとする。

 

「ワシはただ、自分の世界が負のエネルギーの影響を受けるのを止めたかっただけじゃ……あやつを倒してこの世界を支配したかった訳ではないし、そうするつもりも無い」

 

 魔王の質問に爺が首を横に振る。あくまで自分の世界を守る(ため)に起こした行動であり、よその世界を侵略する意図が無かった事を明確にする。

 

「お前さんこそ、この世界の神になってはどうじゃ? 天界の会議で承認されて、晴れてこの世界の神になれれば、永遠の命と大きな力を得られる……そなたなら良き人類の導き手になれるじゃろう。オリンポスの神々からは反対する声も出ないと思う」

 

 魔王こそヤハヴェの代わりとなる、新たな統治神になってはどうかと提案を持ちかける。正式に神と認められた時の特典を教えて、男が神の(れつ)に加わる事への大きな期待を寄せた。

 

「俺は神になる気など無い……人の世の王として生き、王として死んでいく……その上で、俺の理想とする平和国家の実現を目指す。それだけだ」

 

 ザガートが爺の提案を即答で却下する。あくまで国家的な統治システムにおける()(せい)(しゃ)になりたい意思を明確にし、神として世界を統治や運営する行為には興味が無いと伝える。

 

「そうか……あえて命ある者として、限りある時間(とき)の中を生きるか。それも良かろう」

 

 魔王の返答を聞いてゼウスが残念そうに下を向く。男を神に出来なかった事への未練を(のぞ)かせたが、前向きでない相手を無理に誘っても仕方ないという考えがあり、やむなく引き下がる。

 

「アンタには世話になった……アンタのおかげで俺はこの世界に来る事が出来て、多くの仲間に出会い、多くの女に愛された……その事は感謝しても、しきれない」

 

 ザガートが自分を異世界転生させた行為に対して礼を言う。この世界に来てからの人生が彼にとって素晴らしいものであった事、それを与えてくれた事への感謝の気持ちを伝える。

 

「お礼を言いたいのは、こちらの方じゃ……もしそなたがおらなんだら、この世界が滅ぶだけに(とど)まらず、他の世界が甚大(じんだい)な被害を(こうむ)ったじゃろう……第八世界がそれで滅んだようにな。そなたはこの世界だけでなく、全ての世界を救った英雄なのじゃ」

 

 ゼウスが感謝された事に恐縮しながら頭を下げる。世界を救ったのはあくまで魔王自身の行いによるものだと強調して、困難な偉業を成し遂げた彼の英雄ぶりを心から称賛する。

 

「本当に……本当によくやってくれた。そなたはワシが見込んだ通りの男じゃった……」

 

 最後に使命を果たしてくれた事への感謝の気持ちを言葉で表す。

 

「さて、話したい事は全て話し終えた……ワシもそろそろ帰るとしようかの。これから天界の神殿に戻って、ヘスティア達に報告せなばならん事が山ほどあるでな」

 

 この場に来た用事を済ませると、神殿の入り口がある方角に向かってゆっくりと歩き出す。やらなければならない用事が山積みであると愚痴(ぐち)をこぼしながら歩き続けて、部屋の入り口近くまで来た所でピタッと足を止める。

 

「さらばじゃ、異世界の魔王……いや勇者よ。もう二度と会う事もあるまい。元気でな」

 

 後ろを振り返らないまま別れの挨拶(あいさつ)をすると、ヒュンッと瞬間移動したようにワープして姿を消した。

 

(さらばだ……俺に二度目の人生を歩ませてくれた、もう一人の神よ!!)

 

 ザガートは自分を異世界転生させた神の去りゆく姿を、感慨深げに見送った。

 

 もう二度と会う事は無いのだとしても、彼に受けた恩を一生忘れる事はあるまい……そう感謝の思いを胸に抱きながら。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 しばらく勝利の()(いん)(ひた)るように神殿内に(とど)まっていたザガートだったが、それにも飽きると神殿の入り口に向かってゆっくりと歩き出す。ヤハヴェの配下が仇討ちと称して襲ってくる気配は無く、ひっそりと静まり返った神殿内をただ黙々と歩く。そのまま玄関へと辿(たど)り着く。

 

 入り口から外へ出た魔王が頭上を見上げると、空を覆っていた暗雲は晴れていて、雲一つない青空が広がっていた。『隕石群落下(メテオ・スウォーム)』の準備動作である黒い雲が消え去った事は、神の魔力が消え()せて、世界から滅びの危機が去った事を意味する。

 

 ヤハヴェが死んだ時点では実感が湧かなかったが、魔王は本当に世界を救った救世主となったのだ。

 

「ザガート様ーーーーっ!」

 

 魔王が空を見上げたまま立ち止まっていると彼を呼ぶ声が聞こえた。声が発せられた方角に目をやると、荒野の彼方から四人の女が走ってくるのが視界に入る。

 四人の先頭を走っているのは男の名を呼んだルシルだ。レジーナ、なずみ、鬼姫が彼女の後に続く。ブレイズの姿は見当たらない。

 

 女達は空を覆っていた暗雲が晴れたのを見て、魔王が勝利したと確信してここまで走ってきたようだ。最愛の男が死ななかったと知って、()ても立ってもいられなくなったのだろう。

 

「魔王、お主(つい)にやりよったな! ヤハヴェを……この世界を創造した神を、遂に倒したのじゃろう!!」

 

 魔王の前まで来ると鬼姫が大はしゃぎで声をかける。男が名実ともに世界最強の存在となった事実を興奮気味に熱く語る。

 

「隕石を降らせようとした雲が晴れたッス! 師匠は正真正銘の、世界を救った英雄ッス!!」

 

 なずみが空を指差しながら大きな声で叫ぶ。世界を滅びの命運から救った男の活躍を手放しで称賛する。

 

「ブレイズが村人と宴会の準備を進めているぞ! 一刻も早くキャンプ地に帰って、勝利の祝杯をあげようじゃないか!!」

 

 レジーナが、この場にいない不死騎王が(うたげ)を開こうとしている事を伝える。今すぐにでも祝勝パーティを始めたくて体をウズウズさせた。

 

「お前達は先に戻っていてくれ……俺はもう少しの間だけここに残る。なに、心配する事は無い。一人で考える時間が欲しくなっただけだ。数分()ったら、すぐに後を追いかける……」

 

 ザガートは少し深刻そうな顔をしながら、女達に難民キャンプに戻っているよう言う。周囲に誰もいない空間で考え事をしたくなったのだと理由を伝える。

 表情は何処か(さび)しげで、声の調子は暗い。女達が戦勝ムードに()き立っているのとは大違いだ。

 

「仕方あるまい……だが魔王よ、いいオトコはあまり長くおなごを待たせるものでは無いぞ」

 

 鬼姫は一言だけ(くぎ)を刺すと、不満げな表情を浮かべながらも男の意を()み取って、のっしのしと難民キャンプがある方角に向かって歩き出す。

 鬼姫が男の言葉に従ったので、他の女達も彼女に(なら)って歩き始める。

 そうして四人の女達が男の前から去っていく。

 

 一人荒野に取り残されたザガートは目の前にそびえ立つ神殿を眺めながら、これまでの戦いを回想する。旅の中で起こった様々な出来事、出会った多くの仲間達、戦った強敵、楽しいイベント……それらが走馬灯のように浮かんでは消えていく。記憶が生み出した脳内映像が、頭の中をグルグルと駆け回る。

 

 ……思えば長い戦いだった。実際の期間は一年にも満たないものだったが、それでも数年は旅をしたと錯覚させるほど密度の濃い内容だった。一年()らずで一生分の働きをしたような、そんな疲労感があった。それがようやく終わりを迎えたのだという大きな達成感があった。

 

(本当に……本当に終わったんだな。何もかも……)

 

 改めて戦いを終えた満足感で満たされたザガート。

 心の(もや)が晴れてスッキリした彼が、キャンプ地がある方角に向かって歩き出そうと後ろを振り返った時……。

 

「……!?」

 

 視界に飛び込んだ光景に心臓が飛び出んばかりに驚く。

 それは彼にとって(にわ)かには信じ(がた)いものだった。

 

 

 

 魔王から数メートル離れた場所にある荒野の大地……そこに王が座る(ため)の玉座がドガッと置かれていて、一人の男が座っていたのだ。

 玉座に座っていた人物……それはさっきの戦いで死んだはずの、世界を創造した神ヤハヴェに他ならない。極大魔法を受けて死んだはずの神が、今目の前にいるのだ。

 

 ザガートは内心深く動揺しながら反射的に身構える。だがよく見てみると、神の姿は半透明に()けていて実体が無い。荒野を吹き抜ける冷たい風が、神の体をスゥーーッと通り抜ける。まるで立体映像を映し出したものか、はたまた幽霊であるかのようだ。

 

「人は愚かな生き物だ……いともたやすく罪を犯し、簡単に悪事を()す。一時(いっとき)の快楽に身を(ゆだ)ねて、良心も誇りも、(うじ)が湧いた肉のように腐っていく。常に他人を責めるばかりで、自分を(かえり)みようとはしない……」

 

 半透明に透けた神が、玉座に座ったまま魔王に語りかける。人間がどれだけ無価値で愚かな存在であるかを、(おとし)める言葉を並べ立てて力説する。

 

「ザガート……神ですら背負い切れなかった人の(ごう)を、お前は背負うつもりか?」

 

 人間の愚かさを力説した上で、人の業を背負う覚悟があるのかと問い(ただ)す。

 

「人が愚かである事など、とうに分かっているつもりだ。何故なら俺も彼らと同じ、一人の人間だからだ……」

 

 ザガートが神の主張に言葉を返す。相手が雄弁に語ってみせた人間の愚かさを、今更(いまさら)言われるまでもなく知っていた事だと()()なく答える。

 

「俺は人の業を背負うつもりも、裁くつもりも無い。同じ人間として、彼らと共に歩んでゆく……それだけだ」

 

 自分は人間を裁く立場にも無ければ、それをする考えも無い意思を明確に打ち出して、神への反論の言葉とした。

 

「……」

 

 魔王の主張に神は一切反論しない。一言も言い返さないまま石化でもしたかのように固まる。完全に沈黙を(つらぬ)き通した姿からは、相手の主張に一定の理解を示したようにも、反論できず押し黙ったようにも受け取れる。

 

 しばらく無言のまま押し黙っていた神であったが、数秒が経過するとスゥーーッと姿が薄れて消えていく。後には何も無い荒野の大地だけが残された。

 

(今のは幽霊か、俺自身の記憶が見せた幻か。それとも……)

 

 蜃気楼(しんきろう)のように消えた神の姿を見ながら、ザガートが相手の正体に思いを()せた。頭の中にあれこれ推測が浮かびはしたものの、どれも仮説の(いき)を出ない。

 神はひょっとして死んでいないのではないかという考えも頭の片隅(かたすみ)にはあったが、それを確かめる(すべ)もない。

 

 ただ不思議な事に、もし神が生きていたとしても、もう人類を滅ぼすような真似(まね)はしないだろうという予感めいたものが魔王の中にはあった。先ほど()わした会話のやりとりが、そう思わせたのかもしれない。

 

「師匠ーーーー! 何してるんスかっ! みんな待ちくたびれてるッスよーーーー!!」

 

 魔王がいつまで()っても来る気配が無いので、なずみが荒野の彼方から早く来るよう呼びかける。

 

「ああ……待ってろ。すぐ行く」

 

 魔王は女の呼びかけに答えると、神殿のある方角を一度だけ振り返ってから、キャンプ地に向かってスタスタと歩いていくのだった。

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