いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第14話 ムーア村へと

 なずみと名乗るくノ一の少女を加えた一行は森の出口に向かって歩く。

 本来西も東も分からないほど同じ景色が続く樹海だったが、先頭を歩くザガートが探知の魔法を使っているのか、方角に迷う様子は無い。ある一点を目指してズカズカと歩く。

 

 やがて地平の彼方に木漏れ日が()して、森の中が明るくなる。前に進むほど植物の密集の度合いが減っていき、木と木の(すき)()から青空が見えてくる。

 視界の先にある光を目指して歩くと、一行は開けた空間へと出る。

 

「おおっ……!!」

 

 レジーナが感嘆の言葉を漏らす。樹海の外に出ると、すぐ目の前に大きな村があった。その村は森の中央にくり抜かれた穴のようにデンッと存在している。ヒルデブルク王タルケンが言っていたムーア村である事は想像に(かた)くない。

 

 ザガート達が(さく)(かこ)まれた村の入口に足を踏み入れると、村人の一人が驚いた顔をする。

 

「おおーーーーい! みんなぁーーーーっ! 魔王様が来たぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 号令でも掛けるように、村中に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。

 彼の声を聞いて、村のあちこちから次々に人が集まる。一行の前にあっという間に人だかりが出来る。

 村人達はザガートを見るや(いな)や、興奮気味に歓声を上げたり、(となり)にいる者とヒソヒソ話したりする。

 

「あれが魔王……」

「オークの大群十万を撃滅したという(ウワサ)の……」

「なんてイケメンなのかしら」

「森のスライムを全滅させたそうだ」

 

 そんな会話が聞こえてくる。

 村人達の中に魔王への恐れは()(じん)も無く、有名人を歓迎する空気に(あふ)れていた。

 

 (にわ)かにざわつく観衆の中から、一人の男が進み出る。

 

「辺境の村へと、よくぞ参られた……貴方がたの到着を心待ちにしておりましたぞ」

 

 ザガート達の前に立つと、そう言って挨拶(あいさつ)しながらペコリと頭を下げる。

 

 その男、年齢は六十歳くらいに見え、長身で()せ型の体格をしている。灰色に染まった髪は七三分けに整えてあり、鼻の下にチョビ(ひげ)を生やす。バーテンダーか執事が似合いそうな紳士的な雰囲気を漂わせた、落ち着いた男性だった。

 

「私はこの村の村長を(つと)めるゾシーと言います……以後お見知りおきを」

 

 男が丁寧な物言いで自己紹介する。この村で一番(えら)い人物なのだという。

 

「貴方様の(ウワサ)は大陸中に広まっております。なんでも世界を救う旅に出た、魔族と敵対する魔王だとか……村人達の中には貴方様を『魔王の姿をした勇者』だと考える者もおります。我々に協力できる事がありましたら、何なりとおっしゃって下さい。助力は惜しみません」

 

 ザガートの名声が世間に知れ渡った事、それにより村が歓迎ムード一色に染まった事を伝える。救世主への惜しみない援助を申し出た。

 

(オイ……いくらなんでも、話がサクサク進みすぎじゃないか!? 実はこの村長という男も、ギド同様に魔族が化けてるんじゃなかろうな!!)

 

 あまりに話がウマすぎると感じて、レジーナが慌てて魔王に耳打ちする。

 

(案ずるな……魔族が化けていたら、俺には一目で分かる。もし何か悪い(たくら)みをしていたら、その時は全力で対処する。殺気や悪意があれば見抜けるし、魔法で覆い隠しても俺は(だま)せん。だが俺が見る限り、彼から敵意は感じなかった)

 

 ザガートがヒソヒソと小声で王女に答える。村長が警戒に(あたい)する人物ではない事を伝える。

 

(そうか……なら良いのだが)

 

 王女がホッと一安心する。大臣の一件があり、疑心暗鬼にならずにいられない。

 だが大臣の正体を見破った魔王がそう言うなら大丈夫だろうと警戒を解く。

 

「話したい事は山ほどあるが……まずは宿を紹介してもらいたい。詳しい話はそれからだ」

 

 ザガートが早速(さっそく)村長に頼み事をする。大事な用件は後回しにして、まずは体を休める場所を確保するのが先決だと考えた。

 

「分かりました……この村一番の、お勧めの宿に案内しましょう。ささ、どうぞこちらへ」

 

 村長はそう言うと、そそくさと村の中へと歩き出す。ザガート達も彼の後に続く。

 魔王を見るために集まった人だかりは、数人がその場に残り、他の者は祭りが終わったように元いた場所へと帰っていく。

 

 村長に連れられた一行が村の中をぞろぞろ歩くと、通りかかった村人が手を振って見送ったり、歓迎の言葉を掛けたりする。中には手を合わせてナムナムと仏像に祈るように(おが)む老婆や、目をキラキラ輝かせて握手を求める子供もいた。

 

(ウワサ)が広まったのは分かるが……それにしても村人の歓待ぶりは只事(ただごと)じゃないな。何かあったのか?」

 

 ザガートがさすがに普通じゃないと感じて、歩きながら村長に問い質す。

 

「周辺の森にスライムが()み着きましてな……村の中までは入って来なかったものの、森を通ろうとする旅人を襲ったのです。我々も彼らにホトホト困り果てました。何度か討伐しようとしたり、冒険者を雇ってはみたものの、数は一向に減りません。それどころか、どんどん増えていく」

 

 魔王の問いにゾシーが答える。魔族の群れに悩まされていた事を明かす。

 

「ですがついさっき、遠くの森で爆発音と共に白煙が立ち(のぼ)るのを村の者が見たのです。恐らくスライムが火炎魔法で焼かれたのだろうと思い、一人が慌てて様子を見に行きました。すると(はる)か彼方で貴方様がスライムを全滅させた光景が目に入ったとの事……その者はすぐ村に戻って、一部始終を我らに伝えました」

 

 ザガートが戦う場面を目撃した村人がいる事実を教える。

 

「我らは歓喜しました。ああ、これでスライムに悩まされる事は無くなると……貴方は村を救った英雄です。(みな)がその事を喜んでいるのです」

 

 村を悩ませた障害が取り除かれた事、それにより感謝の念を抱いた事が歓待の理由であると語る。

 

「フム……そういう事なら納得しよう」

 

 村長の言葉に、ザガートが声に出して(うなず)く。特に理由なく歓迎されては不気味だと身構えたが、村人の心情を理解して好意に甘える事にした。

 かくして一行は道ゆく人に声を掛けられながら、宿屋を目指して歩くのだった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 ムーア村の村長ゾシーに案内された一行は、二階建ての大きな建物へと着く。

 村長が『村一番の宿』と呼んだそれは、歴史を感じさせる木造建築だが、手入れが行き届いたのか()ちてはおらず、古びた印象を与えない。

 宿の周囲は他の場所よりも気温が高く、建物の裏から白い湯気が上がっているのが見えた。

 

「……温泉が()き出ているようだな」

 

 ザガートがボソッと小声で(ひと)(ごと)を言う。

 

「ほう、お分かりになりますか。おっしゃる通り、ここは温泉宿です」

 

 魔王の観察眼に村長が感心しながら答える。

 

「千年の昔、ここは村も何も無い場所でした。ですがここを通りかかった商人が、地熱が高い場所を見つけて、掘ってみたら温泉が湧き出たのです。それで露天風呂を併設した宿屋を建てたら、あっという間に住人が集まってきて村が出来たのです」

 

 商人が露天風呂を作った事、それが村の成り立ちであった事実を教える。

 

「ここなら旅の疲れも()える事でしょう。ささ、どうぞ中へとお入り下さい。一週間程度の滞在でしたら、宿代は私が負担しましょう。スライム討伐の報酬だと思って下さって結構です」

 

 ゾシーはそう言って宿に泊まるよう(うなが)す。一行は村長に勧められるがまま建物の中へと入っていく。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 建物に入ると、玄関のすぐ(わき)にあるカウンターに、店主と思しき頭髪が禿()げ上がった五十代の小太りの男性がいる。(すで)に村長と話は付いているらしく、ニコニコしながら一行を迎える。

 

 ザガートは男と話をしながら宿の台帳に記入を行い、その間に三人は先に奥へと進んでいく。廊下の突き当たりに『男湯』『女湯』と書かれた木製の引き戸があり、戸を開けると中は脱衣所になっていた。

 

 なずみはさっさと服を脱いで裸になると、一番乗りと言わんばかりに駆け出す。

 脱衣所の奥にある戸をガラッと開けると、目の前に大きな露天風呂が広がる。ゴツゴツした天然の岩に(かこ)まれたそれは、二十人が入っても余裕がありそうなほど広いスペースだった。

 

「わぁーーーっ! 二人とも、見て下さい! 露天風呂ッスよ、露天風呂! オイラ、こんな大きいの見たの初めてッス!!」

 

 少女は興奮気味にはしゃぐと、大声で叫びながら風呂に向かってダイブする。ザッパァーーーンッ! と大きな音が鳴り、大量の水しぶきがビチビチと()ねる。

 

「コラ、なずみ! そんな大声ではしゃいだら、他の宿泊客に迷惑が掛かるだろうっ!」

 

 レジーナが慌てて年少の子供を(しか)る。常識ある大人の振る舞いをしようとする。

 

「へーきッスよ、へーきっ! ここに来るまでの間、他の宿泊客なんていなかったッス!」

 

 王女に怒られても、なずみは全く意に(かい)さない。気にせずプールのようにザブザブと泳ぎ始めてしまう。完全に興奮して舞い上がっている。

 彼女の言う通り、他に宿泊客の姿は見当たらない。スライムがいたせいで、しばらく村を訪れる旅人がいなかったのだ。

 

「全く……しょうがない子だ」

 

 レジーナはやれやれとため息をつくと、服を脱いで全裸になる。脱いだ服と鎧を脱衣所の(かご)に乗せて露天風呂の前に立つと、足からゆっくり湯船に()かる。

 ルシルも彼女の後に続いて全裸になり、眼鏡を外して風呂に入る。

 

 三人の若い女性が温泉に浸かる。

 なずみは最初こそはしゃいでいたが、泳ぎ疲れたのか顔だけ水面から出して、ドザエモンのようにプカーッと浮かんだまま流される。

 レジーナは心身共に(いや)されてリラックスしたのか、全身だらんとさせて大股開きで岩に腰掛けたまま、胸元まで湯に浸かる。微妙に『オヤジ臭さ』がある。

 ルシルは両脚を閉じたまま、おしとやかに座る。

 

 しばらく言葉を()わさぬまま風呂を堪能(たんのう)した三人だったが……。

 

「……」

 

 レジーナが()(けん)(しわ)を寄せて渋い表情しながら、ルシルの胸をじっと見る。王女の(となり)にいたなずみも同じようにする。

 ()れたての新鮮な野菜の品定めをするように、二人して真剣な顔付きになる。ムチムチした肉付きの良いオンナの体を眺めながら、王女の口から「ムムムッ」と声が漏れ出す。

 

「ふ、二人とも何ですかっ! 人の体をジロジロ見出したりなんかしてっ!」

 

 ルシルは急に恥ずかしくなり、慌てて自分の胸を両手で隠す。彼女の胸はたわわに(みの)った果実、あるいは肉のスライムと呼ぶべき質感があり、動いた衝撃で弾力あるグミのようにボヨンボヨンと揺れる。

 

「いや……何でもない。ただ急にメロンが二つ食べたくなっただけだ」

 

 レジーナが空を眺めながらすっとぼけた顔をする。

 

「オイラ、肉まんが食いたくなったッス!」

 

 なずみは食欲が湧き上がった事を告げる。

 

「もう、二人とも酷いっ! 人の体をメロンだの肉まんだのに例えたりなんかして! あんまりですっ!」

 

 ルシルが顔を真っ赤にして怒り出す。自分の体を食べ物に例えられた事に、馬鹿にされた気分になる。腹を立てたあまり、仕返しとばかりに風呂の湯を手でバシャバシャと跳ね飛ばして、相手に掛ける。

 

「うわっ! やめてくれルシルっ! 次からはサーロインステーキか、(とり)のもも肉に例えるから、どうか許して欲しい!」

 

 王女が慌てて弁解する。だがルシルの怒りが収まる事は無く、二人はお湯を掛けられ続けた――――。

 

 

 

 五分が経過した頃、ルシルがお湯を掛けるのをやめる。急に疲れたように黙り込んだ後、クスクスと小声で笑い出す。

 レジーナとなずみもつられたように笑う。三人の少女が「ウフフ」「アハハハハ」と大きな声で笑い、場が(なご)やかな雰囲気に包まれる。これまでの事を水に流す空気になる。

 

 そうして楽しそうに笑っていたが……。

 

「それにしてもザガートのヤツ……一体いつになったら、私達を(のぞ)きに来るんだっ!」

 

 レジーナが突然そんな事を口走る。二人は急に何を言い出すんだとビックリする。

 

「普通こういう冒険者パーティの女連中が風呂に入ったら、その仲間の若い殿方が覗きに来て、キャッキャウフフでラッキースケベな出来事が起こるものだろう! 城の本棚に置いてあった小説にそう書いてあったぞ! にも関わらず、いつまで()っても魔王が覗きに来ないじゃないかっ! これはどういう事だ!!」

 

 王女は本で読んだ定番のシチュエーションについて力説し、その通りにならない事に憤慨した。()(れん)()なイベントが起こると期待したのに、何も起こらなかった事にイラついたようだ。

 

「もうチンタラ待ってなどおれんッ! 向こうが来ないなら、こっちから敵地に攻め入るのみッ!!」

 

 覗きに来る気配の無い魔王に(しび)れを切らし、レジーナが露天風呂の一角にある岩壁によじ登ろうとする。岩の頂上を伝って男湯に行こうともくろむ。

 それほど急な斜面になっていない岩肌を、全裸の女性がガニ(また)になりながらゴリラのようにヒョイヒョイと登っていく。

 

「王女様、やめて下さい! はしたないです! うぶっ」

(あね)さん、やめるッス! これじゃ王女じゃなくて()(じょ)ッスよ!!」

 

 二人が慌てて仲間を止めようとする。暴れる王女の足を(つか)もうとして、顔を何度もゲシゲシと裸足(はだし)で踏まれた。

 

「止めるな二人ともッ! 私は何としてもザガートの魔剣ラグナロクを目に焼き付けると、そう心に誓ったのだ! その(ため)ならば、どんな危険も(いと)わない!!」

 

 王女が絶対に魔王のイチモツを(おが)むのだと息巻く。もはや王族としての誇りなど、あさっての方向にぶん投げたようだ。

 仲間の制止を振り払うと、岩壁の頂上に登り、サルのように移動しながら反対側へと移る。

 意気揚々と男湯のスペースに侵入したレジーナだったが……。

 

「なん……だと!?」

 

 目に映り込んだ光景に()(ぜん)となる。

 

 彼女が侵入に成功した時、男湯には誰も入っていなかった。ザガートのモノらしき銀色の毛がプカプカと浮かんでおり、入浴したらしき形跡はあったが、人の影も形も無かった。魔法で姿を消した訳ではなく、本当に誰もいなかったのだ。

 

 男は風呂に数分ほど浸かった後、さっさと上がっていた。彼の中に女湯を覗こうと思う気持ちなど一ミリも無かった。

 

「いっ……いないじゃないかぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 王女の絶叫が旅館内にこだまする。彼女の声は遠くの森まで響くほど大きく、それを聞いたカラスの群れは化け物の雄叫びか何かと勘違いし、ギャーギャー鳴きながら慌てて飛び去ったという。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 三人の女性は風呂から上がると、脱衣所に置かれた和風の浴衣(ゆかた)に着替える。

 床に(たたみ)()かれたニッポン的な客室へと通されると、木製のちゃぶ台に料理が乗せられていた。四人分の座布団が置かれていたが、魔王の姿は無い。

 

「まったく、ザガートのヤツ……女の裸を(のぞ)きに来ないとは、なんて男だっ!」

 

 座布団にドガッと胡座(あぐら)をかいて座るや(いな)や、レジーナが憤慨する。魔王に風呂を覗かれなかった事に心底腹を立てる。男のイチモツを見られなかった腹いせとばかりに、夕飯として出された揚げたてのジャンボフランクをムシャムシャと食べる。

 

(あね)さん、そんなに師匠のアレが見たかったんスか……ハハハッ」

 

 王女の発言になずみが苦笑いする。おかしな言動に(あき)れるあまり、(かわ)いた笑いが口から漏れ出す。(となり)にいたルシルも一緒に笑う。

 

「見たいに決まっているだろう! 何しろヤツはその魔神の(ごと)きアレを、私のアソコにブチ……ゴホン。と、とにかくっ! 私にはヤツのアレを見る権利がある!!」

 

 レジーナは下ネタを言いそうになり、慌てて(せき)払いすると、握り拳でちゃぶ台をドンッと叩きながら力説する。

 

「だいたいヤツはどうしたんだッ! 宿の入口で別れたきり、一度も私達の前に姿を見せないじゃないか! 三人のレディをほったらかしにするとは、ハーレム失格だぞ!!」

 

 一向に現れる気配が無いザガートに苦言を(てい)した。

 

「ザガート様なら風呂から上がった後、宿を出て村長の家に一人で向かったと……さっきそう店主に言われました。なんでも大事な用があるとか……」

 

 怒りが収まらないレジーナに、ルシルが魔王の所在を伝える。

 

「村長の家……だと!?」

 

  ◇    ◇    ◇

 

 外が深い闇に覆われて、村人が寝静まった真夜中……フクロウがホゥーホゥーと鳴く声が聞こえる。屈強な若者が松明(たいまつ)を持ちながら村の中を巡回しており、木製の物見(やぐら)に上がった一人が望遠鏡で遠くを見張る。

 

 村の(すみ)にある小さな一軒家……その中にある洋風の応接間らしき一室。

 木製の四角いテーブルの前に置かれた椅子に、ザガートが腕組みしながら座る。彼が一人で待っていると、村長が部屋へと入ってくる。

 

「どうも……お待たせしてすいません。何分(なにぶん)倉庫の奥にしまってあったので、見つけるのに時間が掛かりました」

 

 そう言って申し訳なさそうに頭を下げると、手に抱えていた何かをテーブルの上にドンッと置く。

 

 それは辞書のように大きな一冊の本だった。(ほこり)は払ってあったものの、それでも表紙は色あせて、紙質は古ぼけていて汚い。文字は(かす)れていたが、かろうじて読める。相当年季の入った書物である事が(うかが)える。

 

「これは、この村に古くから伝わるものです。村の歴史は王国よりも古い……王国の書物に(しる)されていない古代の歴史も、この本になら載っている」

 

 村長が、昔の出来事が書かれた本だと伝える。ページを開いてペラペラめくった後、めくる手を止めて、ある一点を指差す。

 

「書物によると、これまで二度世界を救ったとされる異世界から来た勇者は、いずれもある物を集めたと言います。十二星座の紋章が刻まれた宝玉(オーブ)……神が地上にもたらした物で、それを全て集めなければ、大魔王の城に辿(たど)り着けないと、この本に書かれています」

 

 十二の宝玉の存在に触れて、敵の城に向かう唯一の方法なのだと教える。

 

「過去の戦いでは、大魔王はそれが人の手に渡らないよう先に回収し、自分の部下に分け与えたようです。勇者は彼らを討伐して宝玉を集めたと……今回も恐らくそうなるでしょう」

 

 宝玉を集めるために、魔王軍の幹部と戦わなければならない可能性に言及する。

 

(フーーム……世界各地を旅して、敵をやっつけて、宝玉を集める……か。やはり世界を救うためには、一筋縄では行かないようだ)

 

 ザガートが(あご)に手を当てて眉間(みけん)(しわ)を寄せながら考え込む。村長から聞いた話を頭の中で整理し、これから()すべき事に思いを()せた。

 やるべき事がはっきりと見えた安心感と、それを面倒だと思う気持ちが交錯する。今いるのは(まぎ)れもなく現実の異世界だが、大魔王を倒すのはゲーム同様に手間の掛かる事だと自分を納得させた。

 

「それと、これからお話するのは今後の事なのですが……」

 

 村長はそう言って、ゆっくりと本を閉じる。

 

「スライムに包囲される前に村を通りかかった冒険者が口にしたのです。ここから南西に数キロ離れた場所に、地底深く掘られた大洞窟があると……そこは恐ろしい魔獣の住処(すみか)になっていたと、そう話していました」

 

 村の南西にあるという地下洞窟の存在について話す。

 

「もしそこに魔王軍の幹部がいるのであれば、宝玉の一つがあるやもしれませぬ」

 

 冒険の役に立つ品があるかもしれないと、推測を(まじ)えながら教えた。

 

「フム、ならば明日はその洞窟へと向かい……ムッ!?」

 

 そう言いかけたザガートが言葉を止める。

 急に黙り込んだと思ったら、突然窓をガラッと開けて、部屋の外をじっと眺める。視界の先には暗闇に包まれた森があるだけで、人の姿は無い。それでも男は静かに聞き耳を立てたり、クンクンと鼻を動かして空気のニオイを()いだりした。

 

「ザガート様、どうかなされましたか?」

 

 異変に気付いたらしき男の様子を見て、ゾシーが問いかける。

 

「村長……どうやら洞窟に向かう必要は無くなったようだ」

 

 ザガートが後ろを振り返らぬまま疑問に答える。

 

「明日の朝……この村に魔族の群れが攻め寄せてくる」

 

 ニタァッと口元を(ゆが)ませながら、小声で(つぶや)いた。自分から向かう手間が省けた事を喜ぶように、腕組みしながら満足げな笑みを浮かべる。

 

「ええっ!?」

 

 彼とは対照的に、魔族襲来の報を告げられた村長が顔面蒼白になる。あまりの驚きに声が裏返り、ひっくり返るように後ろにジャンプした。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 一方その頃……村から遠く離れた森の奥深く。

 ゴブリンの群れが目的地に向かって隊列を崩さずに歩く。木の根っこに足を取られて思うように先に進めず、移動に時間が掛かる。この分では村に着くまでに数時間は掛かるように見えた。

 

 ゴブリン達の後ろには四足歩行する巨大な化け物がおり、その背中に小さな男が乗る。集団の指揮官であろうと思われる小男が、一刻も早く戦いたい期待で体をウズウズさせる。

 

「待ってなさい、異世界の魔王ザガート……必ずやこのケセフ、貴方を血祭りに上げて、かつて受けた汚名を晴らして差し上げましょう。ホワーーーッハッハッハッハァッ!!」

 

 空に浮かぶ月を見上げて甲高い声で笑いながら、復讐を果たす事を誓うのだった。

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