いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第19話 ケセフの最後

「さて、ケセフよ……お前の部下は全員死んだぞ。これからどうするつもりだ? またバハムートが死んだ時のように逃げる気か? それとも(いさぎよ)く観念して死を選ぶか? まぁいずれにせよ、貴様がここで死ぬ事は確定した訳だが……」

 

 ()(ごま)を全て失って一人だけになった小男に、ザガートが冷たく言い放つ。降伏を許す気など()(じん)もなく、逃れられぬ死という残酷な事実を突き付けた。

 どのみち卑屈で嫌味ったらしい性格の小男など、配下にした所で満足行く働きをするとも思えなかった。

 

 下を向いたまま、相手の()(ぶん)を黙って聞いていたケセフであったが……。

 

「……クソが」

 

 ボソッと小声で(つぶや)く。プルプル震わせた顔は真っ赤に紅潮し、こめかみに血管がビキビキと浮き出て、眉間(みけん)(しわ)を寄せた阿修羅のような顔になる。

 ストレスではらわたが煮えくり返りそうになり、全身の血から炎が噴き出そうなほど熱くなる。

 

「よくも……よくもやってくれたなぁッ! 一度ならず二度までも俺様をコケにしやがってぇ! 許さん……絶対に許さねえぞッ! ズタズタに引き裂いて、なぶり殺しにしてやるッ! この魔王ヅラした、スカしたヤリチンのクソ野郎がぁぁぁぁぁあぼびゃろれらぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」

 

 胸の内に湧き上がった怒りを声に出してブチ()けた。正気を失ったあまり呂律(ろれつ)が回らなくなり、最後何を言っているのか分からなくなる。

 これまでの敬語をあさっての方向にぶん投げて、汚らしいチンピラ口調になる。

 

「俺様の本気を見せてやるッ!」

 

 そう叫ぶや(いな)や、服のポケットから紫の液体が入った一本の注射器を取り出す。それを一片の躊躇なく自分の首に突き刺す。中の液体がドクドクと(そそ)がれて(から)になると、針を引き抜いて注射器をポイッと捨てる。

 

「グオオオオオオッ……!!」

 

 それから数秒が経過すると、ケセフが声に出して苦しみ出す。突如その場にうずくまると、彼の体がドクンドクンと激しく脈打った後、全身の筋肉がムキムキに(ふく)れ上がる。体全体がどんどん大きくなっていき、着ていた服が破れて全裸になる。

 背丈が三メートルほどに達すると肉体の変化が止まる。それに(ともな)い痛みが治まったのか、男が丸めていた背筋をピンと伸ばす。

 

 全身は(こん)色をしたフサフサの毛で覆われており、手と足には鋭い(ツメ)を生やす。首から上は狼のようになっており、大きく裂けた口元にはギザギザの牙を生やす。屈強な体付きをしていたが、適度に引き締まっており、余分な肉が付いていない。

 (まさ)に絵本に出てくる『狼男』と呼ばれる怪物そのものの姿をしている。

 

「これが俺様が本気を出した姿……魔王軍十二将の一人、ウェアウルフッ!!」

 

 獣人の姿に化けたケセフが自己紹介する。怪物になっても理性は失われておらず、流暢な言葉を話す。

 

「この姿にだけはなりたくなかった……これに変身するたび、俺の寿命は大きく縮まる。何より直接戦うなんて俺の主義に反する。だが()(はや)なりふりなど構っていられんッ! 魔王ザガート、貴様は俺のプライドを(けが)したッ! その罪、貴様の血で(あがな)ってもらう! 俺は貴様を殺すためなら、手段を選びはしないッ!!」

 

 変身にはリスクが(ともな)う事、最後まで使いたくなかった手段であった事、その禁を侵してでも魔王を討つ決意を固めた事を宣言する。何としても仇敵を抹殺して汚名を(そそ)ぐのだと息巻く。

 

「俺の動き、貴様には到底見切れまいッ!」

 

 自信に満ちた台詞(セリフ)を吐くと、大地を強く蹴って走り出す。ザガートと一定の間合いを保ったまま、翻弄(ほんろう)するように周囲をグルグルと走り回る。

 

「ザガート様ッ!」

 

 心配でたまらなくなり、ルシルが思わず名を叫ぶ。

 狼男の走るスピードは常人には(とら)え切れないほど速く、少女達の視点では、ヒュンヒュンッと風を切る音が鳴りながら、青い影のような物体が瞬間移動しているだけだ。それが敵と知らなければ、何が起こっているかすら分からない。

 

 レジーナもなずみも、心配そうになりながら戦いを見守る。尋常(じんじょう)ならざる速さの敵を前にして、とても戦いに参加できる状況ではない。魔王の足を引っ張るのではないかとの懸念すら湧く。今はただ魔王の勝利を神に祈るしかない。

 

 当のザガートは相手のスピードに動揺せず、好きなようにさせる。表情に焦りの色は()(じん)もなく、首の後ろを気だるそうに手でボリボリ()く余裕すら見せた。

 全く敵を恐れていないようにも、抵抗を諦めたようにも受け取れる。

 

 ケセフはそんな魔王の姿を見て、彼が観念したと思い込む。

 左側面に回り込むと、相手に向かって一直線に駆け出す。

 

「さらばザガートッ! 不敗の伝説と共に散れぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーッッ!!」

 

 死を宣告する言葉を発すると、鋭い爪による貫手を放って敵を(くし)刺しにしようとした。

 だが狼男の手が触れる直前、魔王の姿がフッとワープしたように消える。

 

「ど……何処だ!?」

 

 ケセフが慌てて周囲を見回す。敵を見失った事に(にわ)かに焦りだす。

 

「……ここだ」

 

 そんな言葉が彼の背後から発せられた。狼男が急いで後ろを振り返ると、腰に手を当てて仁王立ちしたザガートが、目の前にデデーーンッと立つ。表情は余裕に満ちたドヤ顔を浮かべており、誇らしげに鼻息を吹かす。

 殺そうと思えばいつでも殺せたが、あえてそれをしなかった……そんな感情が伝わる。

 

「クソッ! い……今のはまぐれだ! そうに決まっているッ!!」

 

 ケセフが悔し(まぎ)れに台詞(セリフ)を吐きながら慌てて後退する。攻撃を避けられた現実に向き合おうとしない。

 狼男への変身は彼にとって渾身の切り札だ。それが通用しないとなれば、後は殺されるしか道が無くなる。到底受け入れられるものではない。

 

 ケセフは再度魔王から距離を取り、彼の周囲を走り回る。本気の力で走る事によって、さっきの倍の速さになる。これなら避けられないだろうという勝利への確信を胸に抱く。

 背後に回り込んで一旦足を止めると、魔王めがけて全速力で駆け出す。

 

「俺様の力、目に焼き付けて死ねぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーッッ!!」

 

 大声で叫びながら貫手による突きを繰り出し、男の心臓を貫こうと(こころ)みた。

 

 だがザガートは後ろを振り返りすらせず、サッと右に動いて相手の一撃を難なくかわす。その場で時計回りにクルッと回転して、全力の回し蹴りを放つ。

 (くつ)を履いた男の足が、突きをかわされて体勢を崩したケセフの後頭部にドガッと命中する。

 

「バッ……ドブゥルァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーッッ!!」

 

 頭を強く蹴られた狼男が、滑稽(こっけい)な奇声を発しながら正面に吹っ飛ぶ。大地をゴロゴロ転がって全身砂まみれになった挙句、だらんと大の字に倒れて意識を失う。数秒間ピクピクしたまま気絶したがすぐに目を覚まし、慌てて両足で立ち上がる。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 後ろを振り返りながら激しく息を切らす。体中にびっしりと汗が浮かんで、手足がガクガク震えだす。表情は疲労の色に染まり、老人のように背筋が曲がった前屈(まえかが)みになる。心臓がドクンドクンと鼓動し、動悸(どうき)()(まい)が止まらない。少しでも気を抜いたら意識を失いそうになる。

 

「今のがお前の本気か? だとしたら、期待外れも良い所だな……」

 

 疲労困憊(こんぱい)したケセフに、ザガートが冷徹な言葉を浴びせる。相手の希望を粉々に打ち砕いた悪魔のような笑みになる。

 

 ここに至って、両者の力の差がはっきり別れる事となる。もはや狼男には一ミリの勝機もありはしなかった。

 

「ハァ……ハァ……クソッ、何故だ! 何故俺の攻撃が当たらない! 貴様に俺の動きは見切れない(はず)なのにッ!!」

 

 ケセフが思わず声に出して問いかける。二度も攻撃をかわされた事にどうしても納得行かず、質問せずにいられない。

 

「フゥーーッ……」

 

 ザガートがやれやれと言いたげにため息をつく。いつまでも負けを認めない男の見苦しさに心底(あき)れたように頭を手でボリボリと()く。

 

「あの程度の速さに付いて来られないと、本気で思ったのか? 俺がその気になれば、今の貴様より十倍は速く動けるぞ」

 

 自分が音速を()えたスピードで動ける事を教える。顔を斜め上に向けたまま目だけ相手の方を見て、敵を見下すような視線を送る。

 彼の発言がでまかせでない事は、これまでの状況を(かんが)みれば明らかだ。

 

(クソッ! ダメだ……今更(いまさら)疑った訳じゃないが、やはりこいつは本当に異世界の魔王ッ! とても俺なんかが(かな)う相手じゃない! 正面からまともにぶつかり合って勝てる相手じゃない! このまま戦い続ければ、俺は間違いなく殺される! 殺されてしまうッ!!)

 

 圧倒的な力の差を思い知らされて、ケセフが深く落胆する。逃れられぬ死という現実を突き付けられて、恐怖と絶望で頭がおかしくなりかけた。口の中が急に酸っぱくなり、脳の血管がキューッと締め付けられた感覚を覚える。心臓をワシ(づか)みにされたような気がして、胸が苦しくなる。

 

(どうすれば……どうすればいい! どうすれば俺は生き残れる!? 何でも良い……俺が生きて帰れる方法を考えるんだッ!!)

 

 狼男の脳細胞がフル稼働する。この場を(しの)ぐために、どんな()(さい)な方法でも見つけようとする。

 精神的に追い詰められて冷静さを失いかけたケセフであったが、ふと周囲を見回すと、ルシル達三人の少女が視界に入る。

 

(……どんな手を使ってでも)

 

 そんな言葉が頭をよぎり、ニヤァッと口元を(ゆが)ませた。

 次の瞬間狼男が全速力で駆け出し、三人の背後に回り込む。少女のうち一人を捕まえると、再び全力でダッシュしてザガートの前に立つ。

 

 狼男はなずみを捕まえて盾にすると、首筋に(ツメ)を当てて人質にしようともくろむ。

 

「ザガートッ! この女の命が惜し……」

 

 そう言いかけた瞬間、ケセフの意識が途絶えた――――。

 

 

 

「……あ?」

 

 どれくらい時間が経過したか、男が目を覚ます。一瞬何が起こったか、全く理解できない。

 

 視界が横に九十度回転しており、顔が地べたに倒れている。体を動かそうとしても全く反応が無い。首から急激に力が失われていき、脳が冷える感覚を覚える。首から下に、ある(はず)のものが無い。

 

 視界の先に、首から上が無い自分が立っている。首の切断面から大量の血を噴きながら、糸が切れた人形のように倒れる。そこから少し離れた場所にザガートとなずみがいる。魔王の右手にはケセフのものと思しき血が付着する。

 

「人質の作戦など通用せん。俺の仲間を人質に取ろうとしたヤツは、その瞬間に首が胴体から離れている……」

 

 魔王は冷たく言い放つと、右手を水平にサッと振って、付着した血を払いのける。服のポケットからハンカチを取り出して目障りそうに手を()くと、何も無い空間に開いた次元の穴にゴミ箱代わりにポイッと捨てる。

 

 狼男は自分が置かれた状況をようやく理解する。少女を人質に取ろうとした瞬間、魔王に手刀で首を()ねられた事、それによって意識が飛んだ事、人質を奪還された事、逃れられない死という運命が迫っている事……それらの事実を。

 

「あ……あ……」

 

 首だけになったケセフが、何か言おうとして口をパクパクさせた。死にたくないという叫びか、魔王への命乞いかは分からない。だが思うように舌が回らず、あうあうと言葉にならない声しか出ない。そうこうしている間にもどんどん血が抜けていき、次第に意識が薄れてゆく。

 

 ザガートがケセフに向かってズカズカと歩く。地べたに転がった狼男の生首に片足をガッと乗せる。このまま待っていても失血死する相手に、あえて(とど)めを刺そうとする。

 

「これでお前のブサイクな(ツラ)を見なくて済むと思うと、清々(せいせい)する……」

 

 ここぞとばかりに侮蔑的な言葉を浴びせる。人質を取られた事に相当イラついたのか、ゴミを見るような視線を送る。

 

「二度と……俺の前に姿を見せるな」

 

 そう言うや(いな)や、足をグイッと下に押し込んで、男の顔面をグチャッと踏み(つぶ)す。

 ケセフは潰れたトマトのようになり、断末魔の悲鳴を発する間もなく息絶えた。相手が魔王でなければ数々の手柄を上げたはずの男の、それはあまりに(みじ)めな最期だった。

 

 敵を仕留めると、ザガートは再びなずみの方へと歩く。ポケットから別のハンカチを取り出すと、少女に付いたケセフの返り血を丁寧に()き取る。

 

「師匠……オイラ……」

 

 魔王に顔を拭かれながら、なずみが暗い表情をする。下を向いたまま落ち込んだように肩を落とす。

 うまく言葉が出なかったものの、人質に取られた事に、味方の足を引っ張ったのではないかと負い目を感じた様子だ。

 

「気にするな……お前は何の失態も犯してなどいない。あの状況では、誰が人質に取られてもおかしくなかった。三人の中で、たまたま選ばれたのがお前だった……たったそれだけの事だ」

 

 少女の心情を察して、ザガートが優しく言葉を掛ける。冷静に状況を分析し、彼女が責任を感じる気持ちを少しでも和らげようとした。

 

 二人がそうしたやりとりをしていると、何も無い空に魔力と思しき光が集まっていき、野球ボールくらいの大きさの、ガラスのような半透明の球体になる。

 青い光を放ちながらゆっくりと落下する『それ』をザガートが両手で受け止めると、牡羊(おひつじ)座の紋章が刻まれていた。

 

(これが大魔王の城に行く(ため)に必要な、十二の宝玉の一つという訳か……宝玉を託された幹部が死ぬたびに、こうして空に現れるようだ)

 

 ケセフの死によって現れた宝玉が旅の目的に必要な道具だと気付いて、魔王がサッと(ふところ)にしまう。

 

「おーーーーーーいっ!」

 

 魔族の大群が全滅したと確信して、それまで固く閉ざされていた城門が開け放たれる。そこから総勢一万の兵士が一気に駆け出し、ザガート達へと集まる。

 

「ザガート様、再びこの国を守って頂いた事に深く感謝します!」

「国王陛下も喜んでおられました!」

「ミノタウロス様も、よくぞご無事でっ!」

「姫様も元気そうで何よりですっ!」

「魔王軍の幹部ケセフは死んだッ! これでこの国の平和が(おびや)かされる事は無くなったでしょう!」

 

 (みな)が感激の言葉を口にする。一行を取り(かこ)んでワイワイと大きな声で騒ぐ。ある者は健闘ぶりを(たた)えるようにミノタウロスの体をペチペチと叩き、またある者は王女と祝福の言葉を()わす。国が滅びの危機を脱した事に、誰もが喜ぶ。

 

「だが、ハンスが……」

 

 一人の兵士が落ち込んだ様子で、城門の方を振り返る。視線の先に首を切られた男の死体が転がる。ボーパルバニーによる犠牲者が出た事を悔やむ。

 

「ハンスが死んだか……だが案ずる事は無い。俺がすぐに生き返らせる」

 

 兵士の死体を見たザガートが心配する必要は無い(むね)を告げる。

 

「我、魔王の名において命じるッ! (なんじ)の傷を(いや)し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術(リザレクション)ッ!!」

 

 蘇生の呪文を唱えると天から(まばゆ)い光が(そそ)がれて、遺体の傷がみるみる()えていく。傷が完全に(ふさ)がると、男がムクッと起き上がる。

 

「おお、生き返った……俺、生き返ったぞぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーッッ!! ヒャッホーーーーーーーーイ!!」

 

 ハンスが、辺り一帯に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。大の大人が子供のようにピョンピョン飛び跳ねてはしゃぐ。自分が生き返った嬉しさのあまり、()ても立ってもいられない。

 

「うおおおお! ハンスが生き返ったぞおおおお!」

「ハンスッ! ハンスッ!」

「心配させやがって、コノヤロウ!」

 

 数人の兵士が大騒ぎしながら彼の元へと集まる。一斉に男を取り囲んでもみくちゃにしたり、何度も名前を呼んだり、強く抱き合って泣いたりする。

 

「みんな……俺、この戦いが終わったら結婚して店をやろうと思うんだ」

「それは死ぬ前に言う台詞(セリフ)だ! 死んでから言ってどうする、バカヤロウ!」

 

 そんな会話が繰り広げられて、楽しそうに談笑する。戦友が死の(ふち)から生還した喜びを分かち合い、(みな)が笑顔になる。悲しい空気は一瞬にして吹き飛び、場が和やかなムードに包まれる。

 

(良かったな……ハンス)

 

 ザガートが心の中で(つぶや)きながらフッと笑う。悲劇を乗り越えられた事に心から満足したように穏やかな笑みになる。自分がいる限り、一人の犠牲者も出させはしない……そんな決意を胸に抱く。

 その場にいた兵士の何人かは、仲間が生き返った感謝の証として魔王に敬礼していた。

 

「……」

 

 場がお祝いムード一色に染まる中、なずみだけが浮かない顔をする。

 それに気付けたのはザガートただ一人だった。

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