いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第23話 リザードマンの村へと

 湿地帯に足を踏み入れた一行は処女好きの魔物ユニコーンと遭遇する。

 パーティ内に処女がいなかったため、戦いは避けられない状況となる。

 見事ユニコーンを返り討ちにしたザガートであったが、一人でも処女がいれば殺さずに済んだ命に、(かす)かな後悔の念を抱く。

 

(許せ、ユニコーン……今はこうするより他に手が無かったのだ)

 

 哀れな死肉となった雄馬に心の中で()びる。

 せめて生命創造(クリエート・ライフ)の素材として有効活用してやろう……そう思い立った魔王が、馬の死肉が散乱した場所に近付こうとした時。

 

「……ムッ!?」

 

 何かに気付いて突然立ち止まる。敵の襲来を警戒するように周囲を見回した後、じっと息を潜めて状況を観察する。その場から一歩も動かない。

 

 次の瞬間、黒い影のような物体が男の視界に現れる。それは小さい犬のようにも、スライムのようにも見えたが、正確な姿は分からない。ザガートの目を(もっ)てしても追い切れない速さで動く。弾力あるグミのようにボヨンボヨン飛び跳ねたり、ズルズルと地を()うように移動したりする。

 

 黒い奇妙な物体は、馬の死肉が散乱した場所へと向かうと、辺りを掃除するようにサササッと動き回る。彼が通り抜けた地面にあった肉は()(れい)に片付けられており、泥土に付着した血痕すらも一滴残らず()き取られる。完全に馬が現れる前の状態へと戻る。

 馬の死体を回収すると、謎の物体は目にも止まらぬ速さで森の中へと去っていき、そのまま行方をくらます。

 

(一体何だったんだ、今のは……?)

 

 突然現れた謎の物体に、魔王が呆気(あっけ)に取られたまま棒立ちになる。一瞬何が起こったのか全く理解できず、相手の行為をただ見ているしかない。ようやく思考が冷静になった時、敵の姿はもう無い。

 

 まず間違いなく魔族であろうと思われる『それ』は、黒いスライムのように見えた。だが音速を超える速さの物体を認識できるザガートが、姿を正確に(とら)えられなかったのだ。とてもスライムの動きではない。

 周囲から規格外として扱われる男の力を(もっ)てしても、動きを目で負えない未知の存在に、ただただ驚くしかなかった。

 

「ザガート様っ!」

 

 魔王がボーッと突っ立っていると、ルシル達三人の少女がやってくる。ユニコーンを排除したため、戦いが終わったと判断する。

 レジーナとなずみがコケた時に付いた泥は、ルシルが持ち歩いていたタオルで()いたようだ。特に怪我をしている様子は無い。

 

「ザガート、どうかしたのか? 浮かない顔して……敵を倒したというのに、あまり嬉しそうじゃないな」

 

 思い詰めた表情の魔王を見て、レジーナが首を(かし)げて不思議がる。黒いスライムの存在に気付いていない。

 

「……トンビに油揚げをさらわれたようだ」

 

 ザガートが元いた世界で聞いた(ことわざ)を口にする。

 三人とも男の言っている意味がよく分からず、チンプンカンプンになる。

 

「分からないなら別に良い……先を急ぐぞ」

 

 男は少し不機嫌な顔になりながら一方的に話を打ち切ると、村のある方向へとズカズカ歩き出す。彼が何かに対して怒っている事は(はた)から見ても分かる。

 魔王はユニコーンの血肉を得体の知れない存在に横取りされた事に内心腹を立てていた。いつかこの借りを返さねばなるまい……そう思いを抱く。

 

 三人は何故魔王が(いら)()っているか分からず困惑したものの、黙って彼の後に付いていく。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 あれから(さら)に一キロほど歩いたものの、村に着く気配は無い。それでも一行は目的地を目指して歩き続ける。グチョグチョした湿地帯をものともせず、ひたすら歩く。

 ユニコーンと遭遇する前は愚痴を()れたり雑談に花を咲かせたりもしたが、今となってはそれも無い。魔王が無言のまま歩き続ける姿を見て、冗談を言える空気では無くなった。

 

 当のザガート本人も、少女達に気を遣わせた事を心の中で申し訳なく感じる。けれども掛ける言葉が見つからない。今はただ現状を打破するために、一刻も早く村に着くよう祈るしかない。

 

 四人が無言のまま歩き続けた時……。

 

「……ムッ!? 三人とも、そこで止まれッ!」

 

 魔王が突如足を止めて指示を出す。これ以上仲間を先に進ませないよう、右腕をサッと横に振る。

 少女達は彼の言葉に従ってその場に立ち止まる。

 

「また敵が現れたのか?」

 

 レジーナがそう問いかけた。

 

「……敵ではない」

 

 王女の疑問にザガートが言葉を返す。

 

 その直後、ザガート達から百メートルほど離れた地点。白い(もや)が立ち込めて遠くが見渡せない一帯から、ザッザッと音が鳴る。それは一行に近付いているのか、だんだん音が大きくなる。

 軍隊の行進のように聞こえる足音は、何かが向かって来ている事を直感的に悟らせた。

 

 十秒ほど経過した後、霧の中から謎の一団が姿を現す。総数にして四十人ほど、一瞬人間に見えたそれは、よく目を()らしてみるとヒト族でない事が分かる。

 

 そこに現れたのは、大人の男性より一回り大きな、二足歩行するトカゲの亜人だった。鍛え上げられた屈強な筋肉をしており、全身の(うろこ)は鋼鉄よりも硬い。

 彼らがリザードマンと呼ばれる魔物種族であろう事は想像に(かた)くない。

 

 先頭に立つ十人は軽装の鎧を身に(まと)って鉄の槍で武装しており、残りの三十人は何も着ていない。村を守る自警団のように思えた。

 

「お前達、こんな辺境の地に何をしに来た……魔族の手先か?」

 

 先頭に立つ一人が(いぶか)しげに問う。来訪者を歓迎しているようには到底見えない。それどころか、いつ襲いかかってきても不思議ではないようにピリピリしている。

 

(おい、彼らはヒト族を敵視しないんじゃなかったのか!? これでは話が違うッ!!)

 

 レジーナがリザードマンに聞こえないよう、魔王にひそひそと小声で(ささや)く。ムーア村の村長から聞いたのと全く異なる対応に困惑を隠し切れない。

 

(彼らは何かに(おび)えているのだろう……それで警戒心が強くなっている。最初に魔族の手先かどうか聞いてきた事が、その証拠だ)

 

 ザガートが王女にそっと耳打ちする。即座に一戦(まじ)えようとはせず、冷静に状況を分析する。

 湿地帯にユニコーンが現れた事、あるいは謎の黒いスライムの存在……そのどちらかが関係していると考えた。

 

(とは言ったものの、どう説明すれば納得してもらえるか……)

 

 魔王が気難しい表情になりながら、あれこれ考えた時……。

 

(ほこ)を収めよ……彼らは敵ではない」

 

 リザードマン達の後方から、そう言葉が発せられた。

 声の聞こえた方角に(みな)が振り返ると、一人の男が歩いてくる。

 

 杖を突いてゆっくりと歩く、子供くらいの背丈をした人物……魔道士のようなローブを羽織って、白い(ひげ)を生やしたトカゲの老人。

 

「……ジアラ長老ッ!!」

 

 老人の姿を目にして、リザードマンの若者が名を叫ぶ。

 その者こそ、彼らの中で一番の実力者に他ならない。

 

「彼らが敵でない……とは?」

 

 突如現れたリザードマンの長老が発した一言に、若者達が疑問を(てい)する。

 

 彼らからすれば、村に近付いて来るのは得体の知れない連中だ。しかも先頭に立つ人物は頭に(ツノ)を生やしており、一見して上級悪魔(アーク・デーモン)の風貌をしている。魔族を敵とみなした彼らが警戒するのも不思議ではない。

 だが彼らの中でただ一人長老だけが、ザガートが敵でないと判断する。若者達には長老の意図が読めず、真意を問わずにいられない。

 

「その者……いやこのお方こそ、我らをお救いになる人物……異世界から来た魔王様じゃ」

 

 長老がザガートの素性を他の者に教える。事前に外見的特徴を伝え聞いたのか、あるいは魔族とは異なる気配を察知したのか、目の前にいる人物が魔族と戦う救世主である事を見抜く。

 

「な、なんとっ!! それではこのお方が魔王救世主(ダークロード・メサイヤ)……オークの群れ十万を一瞬で焼き払い、最強竜バハムートを無傷で倒したという、伝説のッ!!」

 

 男が(ウワサ)の魔王であったと知らされて、リザードマン達が騒然となる。互いに顔を見合わせながら、どうしようと声に出してうろたえる。顔がみるみる青ざめていき、(ひたい)から冷や汗が止まらなくなる。

 (こころよ)く迎えるべき客人への対応を(あやま)ったのではないかと後悔の念が湧き上がる。

 

「そ、そうとは知らず無礼な真似をしてしまいましたッ! どうかお許しをッ!!」

 

 先頭にいた一人が慌てて土下座して謝り、他の者が後に続くように(ひざ)をつく。その場にいた全てのリザードマンが武器を捨てて平伏する。

 

「謝る必要など無い……頭を上げよ」

 

 ザガートは男達に土下座をやめるよう言う。何か事情があるのだろうと察して、広い心で彼らを許す。

 

「おお……」

「異世界の魔王……何と心優しきお方ッ!!」

 

 魔王の寛大さにリザードマン達が感激の言葉を漏らす。世界を滅ぼしかねない力を持ちながら、節度ある対応で(のぞ)んでくれた事に、なんて素晴らしいお方なんだと胸を打たれるものがあった。

 

「それより一つ気になる事がある……最初に魔族の手先かと、そう聞いてきたな? 何があったか教えてくれないか」

 

 ザガートが詳しい状況の説明を求める。彼らの警戒心の高まりをただ事ではないと考えて、そこに至った経緯を問う。

 

「分かりました。こんな所で立ち話も何ですから、村に案内します。そこでお話しましょう」

 

 リザードマンの一人がそう言って立ち上がると、村のある方角に向かって歩き出す。他の者達も一斉に彼の後に続く。ザガート達は兵団の最後尾に付いていく。

 

 数十人の大所帯となった一団が湿地帯をぞろぞろ歩く。魔王はここに来るまでにユニコーンとスライムに遭遇したが、今は何かが襲ってくる気配も無く、平和そのものだ。カエルがゲコゲコ歌い、(セミ)がミンミン鳴く音だけが聞こえる。

 一行はそのまま何事もなく順調に村へと進む。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 しばらく歩くと、リザードマンのものと思しき集落が見えてくる。

 周囲を森に(かこ)まれた、学校のグラウンドくらいの広さの平野に、彼らの一家が暮らせる大きさの(わら)で作った住居が三十ほど立つ。村の中央に(さら)に二回りほど大きな家があり、大人の集会所と思われた。

 

 兵団に案内されて村を歩きながら、ザガートは(かす)かな違和感を抱く。

 

(村にいるのは若い女性と子供、それに年老いた老人ばかり……男性はここにいる兵団で全部か? 村の大きさを考えれば、もっと人が()ても良いはずだが……)

 

 村の規模に総人口が()り合ってないのではないかと考える。よく見てみると空家になっている家も(いく)つかあり、明らかに以前より住人の数が減っている事が分かる。村の(すみ)には墓らしきものが立っているのが見えた。

 

 一行が村の中を歩いていると、魔王が村を訪れたと聞いたらしき住人達が、ザガートの姿を見て平伏する。両手を組んで必死に祈ったり、(ひたい)を地面に(こす)り付けたりする。

 どうか我らをお救い下さい……口々にそう叫ぶ。他に(すが)れるものが無いほど追い詰められた窮状が(うかが)える。

 

 ザガートはそんな彼らを内心()(びん)に感じた。何としても彼らの期待に応えねばなるまい……そう思いを抱く。

 ひとまず愛想笑いを浮かべながら元気に手を振る。魔王が好印象な反応を示した事に、村人達が嬉しそうにニッコリ笑う。これで村が救われると、そう確信したように……。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 一行は村の中央にある集会所と思しき建物へと案内される。中へ入ると地面に布製のシートが()かれており、その上に客人用の座布団が五つ置かれている。椅子やテーブルの類は置かれていない。天井にはランプが吊り下げられていたが、魔力により(あか)りを(とも)していたのか、湿度が高いにも関わらず煌々(こうこう)と燃えている。

 

「我らには椅子に座る習慣が御座(ござ)いませんので……何分(なにぶん)不便をお掛けしますが、どうか楽になさって下さい」

 

 長老ジアラはそう言って頭を下げると、座布団の一つにゆっくり腰掛ける。ザガート達は(くつ)を脱いでシートに上がると、各々(おのおの)が楽な姿勢で座布団に座る。他のリザードマン達はシートに胡座(あぐら)をかいてドカッと座る。

 

「さて……ではこれまでの経緯をお話しましょう」

 

 全員が座ったのを確認すると、長老が口を開く。

 

「貴方がたも知っておられるでしょうが、我らは魔物ではあっても『魔族』ではない……魔王軍に属しておらず、ヒト族を襲ったりしない。これまでヒト族と魔族の争いに巻き込まれぬよう、人里を離れたこの地でひっそりと暮らしていました。それでも迷い込む旅人がいれば手助けし、世界が滅亡の危機に(ひん)した時は、勇者に協力したりもしました」

 

 自分達がヒト族を敵視しない種族である事を教える。

 

 魔族は大魔王の力で生み出された魔法生物だが、魔物は天然で生まれた存在だ。人間が動物と魔物を分けて呼んだだけで、境界や定義すら曖昧(あいまい)だ。

 魔族は邪悪な心をインプットされた存在だが、魔物はそうではない。魔物が人を襲うとしても、それはスズメバチや(ヒグマ)が人を襲うのと同義で、大魔王による悪意ではない。

 むろん人を襲わない魔物もたくさんいる。彼らもその中の一つという事になる。

 

「そんなある日……二週間ほど前の事です。村にケセフと名乗る道化師風の男がやってきて、魔王軍に加わるよう(おど)しを掛けたのです。もし要求に従わなければ、大ケガをするぞ……と」

 

 魔王軍の幹部ケセフが、大魔王の使者として村を訪れた事を明かす。

 

「むろん我らは、そんな脅しには屈しないぞ! と声を荒らげて断りました。すると彼はそれなら仕方ないと意味深に笑い、大人しく引き上げたのです。その日はそれでカタが付きました。ですがその日を(さかい)に、スライムが村を襲うようになったのです」

 

 ケセフの誘いを断った事、それによって魔族の脅威に(さら)されるようになった事実を告げる。

 

「ケセフはザガート様によって倒されたと、風の(ウワサ)でお聞きしました。ですが魔族の攻撃が止む事はありません。彼らは我ら一族が魔王軍に加わらぬ限り、村を攻撃し続けるつもりのようです……」

 

 今もなお魔族の攻撃を受けている事を口にする。

 村の惨状を伝える長老の表情は暗い。一族の未来に悲嘆したようにガックリと肩を落とし、見るからにショボくれた顔になる。

 

「……お願いですッ! ザガート様ッ! どうか……どうかスライムを倒し、村を救って下さいッ! もはや我らの力ではどうにもならないのです! 貴方様にヤツを倒して頂くしか、我らが助かる道は無いのですッ!!」

 

 突如目をグワッと見開いた鬼の形相になると、地に(ひざ)をついて土下座する。何度も願いの言葉を叫びながら、深く頭を下げる。何としても訴えを聞いてもらおうと必死になる。

 

「ザガート様ッ!」

「どうか我らをお救い下さいッ!!」

 

 他のリザードマンも後に続くように(ひざまず)く。その場にいた全てのトカゲが、神に祈るように平伏する。次々に村を救って欲しい願いが口から飛び出す。

 その姿から、彼らがどれだけ深く追い詰められたかが痛いほどよく伝わる。

 

「フーーム……」

 

 長老の言葉を聞いてザガートはしばし思い悩む。()に落ちない部分があったのか、すぐには彼らの頼みを快諾しない。(あご)に手を当てて眉間(みけん)(しわ)を寄せると、あれこれ考える。

 

「リザードマンといえば、亜人の中では最強種族……スライム(ごと)きに手こずるとは思えんのだが?」

 

 やがて頭の中に湧き上がった疑問を口にする。

 

「おっしゃる通り、ただのスライムでしたら我らとて苦戦しません」

 

 一人のリザードマンが、魔王の疑問に答える。

 

「ですが……村を襲っているのは、ただのスライムなどではありませんッ! 触れたものを一瞬で溶かす強酸の体を持ち、大人のゾウを丸呑みにし、受けた傷は瞬時に再生する……高い知能を持った、恐ろしく残虐なスライムなのですッ!!」

 

 突如目をグワッと見開いて、化け物の恐ろしさを早口で並べ立てた。よほど必死に敵の脅威を伝えようとしたのか、口から大量の(つば)が飛ぶ。喋り終えると「ハァハァ」と息を切らす。思い出しただけで寒気がしたのか、体がブルブル震える。

 

「かつてこの近辺には、イリエワニ、大ナメクジ、キングコブラなど野生動物が生息していました。ですが彼らは皆スライムの(えさ)になってしまったのです。しかも餌を()るたびにスライムの体はどんどん大きくなる」

 

 別のもう一人が、湿地帯の原生動物が食べられた事を伝える。

 

(やはりあのスライムか……)

 

 ザガートはトカゲの話を聞きながら、馬の亡骸を回収した黒いスライムを思い出す。

 

 明らかにただのスライムとは格が違った。高い知能と戦闘能力を(あわ)せ持ったであろう謎の行動に、魔王軍の幹部ではないかという推測が頭に思い浮かんだ。

 今、村人から聞いた情報と照らし合わせた事によって、浮かび上がった仮説が正しかったと確信を抱く。

 

 最初にスライムと聞いた時点で黒いスライムの事だと気付けたものの、村人にイジワルな質問をぶつけたのは、確信を得るために情報を引き出したかったからだ。魔王は内心彼らに悪い事をしたなと思った。

 

 ふと小屋の入口にザガートが目をやると、いつからそこに()たのか、一人の少年が立っている。人間の子供くらいの背丈をした、幼いリザードマンだ。年は十歳くらいに見えた。

 少年は魔王の顔をじっと見つめたまま黙り込む。何か言いたそうに口をモゴモゴさせた。

 

「この子供は?」

 

 ルシルが少年の素性を問う。

 

「その子はジャンと言います。その子の父ゾルガは村一番の英雄でした。ですが彼もまた他の戦士達と一緒に戦い、スライムの餌食(えじき)になったのです。その子は、今は母親と二人で暮らしています。父を亡くした息子が不憫(ふびん)でなりません。まだこんなに幼いのに……」

 

 一人のリザードマンが、ルシルの疑問に答える。少年の置かれた境遇に深く同情して、悲しそうな顔をする。他の連中も同胞を殺された事に(いきどお)るように下を向いたまま歯(ぎし)りする。ウッウッと悲嘆に()れて泣き出す者もいた。

 

「………」

 

 男の話を聞いて、ザガートが思い詰めた表情になる。彼なりに少年を(あわ)れむ気持ちがあり、胸が痛んだ。何としても彼の無念を晴らさねばなるまいと使命感を抱く。

 座布団から立ち上がると、少年に向かって歩き出す。目の前に立つと、姿勢を低くして相手の顔をじっと見る。

 

「少年よ……ジャンと言ったな。安心しろ、お前の親父のカタキは俺が取ってやる」

 

 穏やかな眼差しを向けながら、少年の頭を優しく()でる。家族の仇討ちを果たす事を強い口調で約束する。魔王と恐れられた上級悪魔(アーク・デーモン)が、子供を愛する父親のような態度で接する姿は何とも頼もしい。

 

 ジャンもまた、魔王の言葉に安心したようにコクンと(うなず)く。言葉は発しないものの、表情が少しだけ明るくなる。

 

 二人のやりとりを、周囲の者が笑顔で見守っていた時……。

 

「た、大変だーーーーーーっ! ヤツが現れたぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」

 

 小屋の外にいた見張りが、大声で叫びながら慌てて駆け込む。

 彼の(しら)せを聞いて皆が一斉に外へ出ると、目の前に巨大な何かがいた。

 

 一行の前に現れたのは、大人のゾウより一回り大きな、黒いネバネバした液体……非常に粘性があり、糸を引いたそれは『生きた(もち)』にすら見えた。

 最初に湿地帯で見た時とは異なり、巨体であったためか動きは鈍い。ウネウネと不気味に全身をうねらせながら、ズルズルと地を()う。

 スライムと呼びはしたが、体は半透明に()けておらず、原油のように真っ黒だ。

 

 死肉を分解した(きん)が繁殖しているのか、強烈な腐敗臭が漂う。風に乗って流れてきたニオイを()いだだけで吐きそうになる。

 

 何処からか飛んできた一匹のハエが、スライムに()まった途端、ジュッと音が鳴って溶け出す。それだけで強酸性の液体である事が分かる。

 

「……デス・スライムッ!!」

 

 目の前に現れた『それ』を見て、ザガートが名を叫んだ。

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