いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

24 / 134
第24話 デス・スライムの脅威

「師匠ッ! 何かヤツの事を知ってるんスか!?」

 

 ザガートが黒いスライムの名を口にしたため、なずみが詳細を問う。

 

「ああ……スライムは捕食した相手の能力を取り込む。ある一つの個体が、成長限界に達するまで進化を遂げた姿……それがデス・スライムッ!!」

 

 少女の問いに魔王が答える。敵が如何(いか)に恐ろしい存在であるかを分かりやすく教える。

 

 相手の実力を脅威に感じたのか、男の(ひたい)から汗が流れる。表情がいつになく真剣になる。普段からは想像も付かない魔王の余裕を失った態度は、デス・スライムと呼ばれた魔物がどれほど凶悪かが伝わる。

 

(俺が元いた世界の神話に語り()がれた、伝承上の怪物……それがまさか、こんな形で会う事になろうとは)

 

 仲間に早口で説明しながら、魔物の知識の情報源について思いを()せた。架空の存在だと認識した相手が実在した事に、(ひそ)かな驚きを隠せない。

 

「ギショショショショ……俺ヲ知ッテイルトハ、光栄ダナ……異世界ノ魔王ッ!!」

 

 突如黒い液体から不気味な声が発せられた。六十代から七十代の男性のような、しゃがれた老人の声をしており、狡猾(こうかつ)にして老獪(ろうかい)なイメージを与える。他では聞いた事も無いような特徴的な笑い方をする。

 スライムの一部がグニョグニョと変形して人の姿へと変わり、上半身だけの、ハゲ頭のマッチョな裸の男性になる。黒一色に染まっていて眼球は存在しない。

 

(アラタ)メテ、名乗ラセテ頂ク……俺ハ、デス・スライムッ!! 魔王軍十二将ノ一人ニシテ、コノ村ノ侵略ヲ任サレタ身……」

 

 男性の口の部分がパクパク動いて自己紹介する。ケセフと並ぶ魔王軍の上級幹部である事を教える。

 高度な知能を(ゆう)し、人間の言葉を話すのは、これまで捕食したヒト族やリザードマンの知恵を取り込んだからだろうとザガートは考えた。

 

「リザードマン(ドモ)ガ魔王軍ニ加ワラヌ限リ、俺ハコノ村ヲ攻撃シ続ケルッ! ジワジワト痛メ付ケテ、絶望ヲ味アワセテ、ナブリ(ゴロ)シニシテヤルッ! 貴様ラハ俺ノ(エサ)ダッ! 永遠ニ俺ヲ楽シマセル玩具(オモチャ)トシテ、(モテアソ)バレル運命ニアルダッ! ギショーーーーッショッショッショッ! ギーーロギロギロッ!!」

 

 スライムが挑発的な言葉を吐いて、邪悪に高笑いした。一気に彼らを絶滅させるのではなく、少しずつ遊ぶように殺していく事で、楽しみを長く持続させる狙いがあったと明かす。

 性格の悪さが(うかが)える言動からは、もはやトカゲ一族を降伏させる事よりも、彼らが苦しむ姿を見る事が主目的であるように思えた。

 

「この野郎ッ! よくも……よくも俺達の同胞をッ! 許さねえッ!!」

 

 彼らの誇りを(けが)すような言動に、一人の若いリザードマンが烈火の(ごと)く怒り出す。目を真っ赤に血走らせて、両肩をわなわなと震わせて激昂する。一本の槍を手にすると、感情の(おもむ)くままに全速力で駆け出す。

 

「俺達は貴様のオモチャじゃねえ!」

「ここで貴様を返り討ちにしてやるッ!」

「うぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 他の者達も後に続くように一斉に飛び出す。十人ほどの屈強な男が、槍を手にしながら仲間の(かたき)を取らんと敵に向かって走っていく。

 

「待てッ! 不用意にヤツに近付くなッ!!」

 

 ザガートが慌てて警告を発する。敵の策に気付いたのか、まんまと安い挑発に乗せられた彼らを止めようとした。だが時(すで)に遅かった――――。

 

 

 

「ギショショショショ……体ガ()ケル苦シミヲ味ワイナガラ、アノ世ヘ行ケェッ! 硫酸濃霧(アシッドレイ・ミスト)ッ!!」

 

 技名らしき言葉を叫ぶと、スライムの人型部分の口が大きく開いて、そこから黒い霧状のガスが一気に吐き出される。

 彼に襲いかかろうとした十人のリザードマンは、霧のブレスを避ける間もなく喰らってしまう。

 

「ギャァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」

 

 先頭にいた一人が、この世の終わりと思えるほどの絶叫を発した。霧のブレスをまともに受けた彼の体が、熱した(あめ)細工のように溶け出す。

 スライムの一部と思しき酸の威力は凄まじく、男は十秒と経たないうちに肉も内蔵も溶け出し、骨だけになる。

 

「ギャアアアアアアッ!」

「ウガアアアアッ!!」

「ボグワァァァアアアアアーーーーッッ!!」

 

 他の男達も酸の霧から逃れられず、ドロドロに溶け出す。彼らの断末魔の悲鳴がこだまして、辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

 ……悲鳴が鳴り()んだ時、彼らが立っていた場所には十人分の白骨死体が転がっていた。

 

「ギッショッショッショッショッ! 全身ガ酸ノ(カタマリ)デアル俺ニ近接戦ヲ挑ムナド、自殺行為ニ(ヒト)シイ! ソレヲ理解スル脳ミソヲ持チ合ワセヌトハ、何ト頭ノ悪イ連中ヨッ! ギーーロギロギロッ!!」

 

 リザードマンの死体を眺めながら、スライムが嬉しそうに大笑いした。よほど敵を殺せた事が快感だったのか、表情は(ゆが)んだ笑顔に染まり、相手を小馬鹿にするように上半身をクネクネと動かす。

 黒い裸のハゲのオッサンが、身体をくねらせて喜ぶ姿は、見る者に不快感を与える。

 

(……だから不用意に近付くなと言ったのだ)

 

 リザードマンが殺された光景を目にして、ザガートが思わず頭を抱え込んだ。

 仲間の忠告に従っていれば死なずに済んだかもしれない。にも関わらず頭に血が(のぼ)って冷静に判断できなかった彼らの行動を深く嘆く。

 

 それでも魔王は彼らを責めようとは考えない。家族を奪われた悲しみを思えば、敵の挑発に乗せられるのは仕方のない事だと自分に言い聞かせた。

 

「ギショショショショ……異世界ノ魔王ッ! 次ハ貴様ガ、アノ世ヘト行ク番ダッ! コノ俺自ラ貴様ヲ取リ込ンデ、我ガ体ノ一部トシテクレヨウ!!」

 

 リザードマンの群れを仕留めると、スライムはザガートの方へと向き直る。魔王を体内に取り込み、自らの血肉に変える事を声高に宣言する。

 

「死ネェェェェエエエエエエーーーーーーッッ!!」

 

 死を宣告する言葉を発すると、黒い津波のような形状へと姿を変えながら突進する。全身を上下に激しくうねらせながら、ザザーーッと波の音を立てて移動する。霧のブレスを吐くのではなく、(じか)に体当りして相手を()み込もうとした。

 

 彼の動きは人間の走りよりも数段速かったが、それでも極小サイズの時と違って十分に目で追える速さだ。彼が鈍重な巨体で挑んでくれた事は魔王にとって(さいわ)いだった。

 

「フンッ!!」

 

 ザガートは余裕ありげに鼻息を吹かすと、正面に高くジャンプする。スライムの頭上を飛び越えて背後に着地すると、間髪入れず呪文の詠唱に入る。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれッ! 火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 魔法の言葉を唱えると、魔王の指先から煌々(こうこう)と燃え盛る(なし)くらいの大きさの火球が放たれた。火球はスライムの体に触れると、火が()いたダイナマイトのように爆発する。

 

「ギャアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 巨大な炎に包まれたスライムが、天にも届かんばかりの悲鳴を上げる。爆発の威力は凄まじく、スライムは身体が左半分、丸々吹き飛んだ状態になる。

 炎はすぐに鎮火したものの、体が吹き飛んだ断面から白煙を立ち(のぼ)らせた。痛みがまだ残っているのか、人型の顔が大きく表情を(ゆが)ませた。

 

 敵に深手を負わせられたと、確信を抱く魔王であったが……。

 

「……ナァンテナ」

 

 スライムがそう口にしてニヤリと笑う。爆発によって周囲に飛び散った彼の体が、黒い霧となって空に舞い上がり、傷口へと集まってみるみる体を修復していく。彼の体が(またた)く間に攻撃を受ける前の状態に戻る。

 

「ギショショショショッ! 残念ダッタナァ、異世界ノ魔王ッ! ソノ程度ノ攻撃デハ、俺ハ殺セン! (タシ)カニ()ミノ術者デハ無イヨウダガ、ソレデモ貴様ニ俺ヲ殺ス事ナド、出来ヤシナイノダッ! ギーーロギロギロッ!!」

 

 傷を完治させたスライムが大きな声で笑う。自らの勝利を確信した嬉しさのあまり饒舌(じょうぜつ)になり、口から大量の(つば)が飛ぶ。相手をぬか喜びさせられた事に心から満足して、体をくねらせて踊りだす。

 

「ならば……試してみるか?」

 

 ザガートが意味深に言葉を返す。一撃で仕留められなかった事に焦りを抱く様子は無い。それどころか何か考えがあるように口元を(ゆが)ませた。

 

()ぜよッ! (なんじ)の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」

 

 今度は敵に両手のひらを向けながら魔法の言葉を唱えると、魔王の手のひらに青白い光が集まっていく。光は次第に大きくなっていき、ダチョウの卵くらいの大きさになる。

 

「……絶対圧縮爆裂(アブソリュート・ディスラプト)ッ!!」

 

 大きな声で呪文名を叫ぶと、手のひらにあった光弾が敵に向けて放たれた。

 

 魔王の攻撃魔法と思しき『それ』が触れた途端、スライムの体が内部から赤く光り出す。ドクンドクンと心臓の鼓動のような音が鳴る。

 沸騰したマグマのようにバケモノの体がボコボコと泡立ち、急激に熱が上昇したのか、全身が水蒸気となって蒸発しだす。

 

「ナッ!? ソンナ馬鹿……ナ……グワァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 必死に抵抗しようともがいた瞬間、スライムの体が、針を刺した風船のようにバァンッ! と音を立てて破裂した。周囲に飛び散ったスライムの破片も、粒子状に分解されて大気へと散っていき、(チリ)も残らず消滅する。

 熱で焼かれた前回と異なり、原子レベルの崩壊を引き起こしたのか、再生する気配も無い。

 

 以前バハムートを仕留めたのと同じ、最大火力の一撃……それによってスライムを殺したと確信を抱くザガートであったが……。

 

「……ムッ!?」

 

 次の瞬間、ある異変に気付く。

 視界の(すみ)の方に、子犬くらいの大きさの黒いスライムがいた。それはユニコーンを倒した直後に湿地帯で見かけたのと同じサイズだ。

 

「逃がさんッ!」

 

 魔王は咄嗟(とっさ)に指先から魔力を凝縮した光線を撃ち出したが、スライムはそれをサッと横に動いてかわす。直後目にも止まらぬ速さで地を()って移動すると、森の中へとジャンプして、ザザザッと音を立てて逃げ去った。

 まるでメタルスライムと呼ばれた怪物のように……。

 

(クソッ……逃げられたッ! 最小サイズになると、あそこまで速く動けるとはッ! 最強呪文を使っても仕留め切れなかった……まんまとしてやられたッ! 完全に戦略ミスだ! 俺の失態だッ!!)

 

 敵を取り逃がしたと知って、魔王が()(だん)()を踏んで悔しがる。想定を(はる)かに上回る相手の素早さ、初見でそれに気付けず、対策を(おこた)った自分の浅はかさに、割れんばかりの勢いで歯(ぎし)りした。

 

「やったぁっ! (つい)にスライムが死んだぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」

「ヒャッホーーーーーーイ!!」

「俺たちの勝利だッ!!」

 

 生き残ったリザードマン達が歓声を上げた。村が救われた嬉しさのあまり、ピョンピョン飛び跳ねたり、ワイワイ声に出してはしゃぐ。ルシル達はそんな彼らを見てニッコリ笑う。

 

 誰もが完全にスライムは倒されたと思い込む。極小スライムと魔王の一瞬の攻防に、全く気が付いていない。

 

「おいザガート、何をそんな辛気臭い顔してるんだ? せっかく敵を倒したんだから、もっと喜べ」

 

 一人浮かない顔をする魔王の背中を、レジーナがバンバンッと手で叩く。

 

「……倒してなどいない」

 

 ザガートがボソッと小声で(つぶや)く。

 

「ヤツは体が爆発する直前、本体であるコアを分離させた。俺はそれに気付いてヤツを仕留めようとしたが、まんまと逃げられた……ヤツは死んでなどいない。体の大半を失いこそしたが、(えさ)を食べて元の大きさに戻ったら、また村に攻めてくるだろう」

 

 スライムを仕留め(そこ)なった事、いずれ村を襲来するだろうという憶測を、重苦しい口調で伝える。彼の表情は真剣そのものであり、言っている言葉が真実である事を、その場にいる者に分からせた。

 

「そんなぁーーー」

 

 リザードマン達が間の抜けた返事をする。口々に「ああ……」と残念そうにため息を漏らす。村が救われた喜びは一瞬にして冷めて、深い失望感に(さいな)まれた。

 残酷な事実を突き付けられて、それを信じたくない気持ち、だが受け入れざるを得ない現状に、頭を抱え込んだ。

 

「……せめて敵を倒せなかった()びをせねばなるまい」

 

 ザガートはそう言いながら、スライムの餌食(えじき)となった白骨死体がある方へと向く。

 

「我、魔王の名において命じるッ! (なんじ)の傷を(いや)し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術(リザレクション)ッ!!」

 

 天を(あお)ぐように両腕を左右に大きく広げると、魔法の言葉を唱える。

 天から光が差し込んで白骨死体を(まばゆ)く照らすと、溶かされた体がみるみるうちに再生していき、一度は抜けた魂が戻って、リザードマンがむくっと起き上がる。

 スライムに殺された十人は全員生き返り、一人の犠牲者も出ない状態となる。

 

「ああ……生きてるッ! 俺、生き返ったぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!!」

 

 最初に生き返った一人が大きな歓声を上げた。完全に死んだものとばかり思っていた自分が現世に(とど)まれた感動に胸が(おど)りだす。

 

「やったぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!」

「生き返ったああああああっ!!」

 

 他のリザードマンも次々に歓喜の言葉を漏らす。村人同士が互いに抱き合って、同胞が生き返った喜びを分かち合う。最後は感激のあまりウッウッと泣く。

 

 最初こそスライムを倒せなかった事実に落胆したものの、それでも仲間が生き返った事は、彼らにとって何物にも代え難い喜びがあった。

 

「で……ではザガート様ッ! ひょっとして、今まで殺された仲間も全員生き返らせられるのでは!?」

 

 一人のリザードマンがそんな言葉を吐く。死者を(よみがえ)らせる奇跡をもたらした魔王ならば、過去の犠牲者達も生き返らせられるのではないかと希望を抱く。

 他の村人も彼の言葉を聞いて「オオッ」と叫ぶ。父親を殺された少年ジャンも、父が戻ってくるのではないかと期待に目を輝かせた。

 

「残念ながら……それは無理だ」

 

 ザガートが重苦しい表情になりながら答える。村人の期待に応えられない無力感に打ちのめされて、ガックリと肩を落とす。

 

蘇生術(リザレクション)で呼び戻せるのは、死後十二時間を経過しない魂のみ……それを過ぎると肉体と魂の繋がりが切れて、蘇生魔法では呼び戻せなくなる。生命創造(クリエート・ライフ)を使えば体だけは修復できるが、中身は別人になってしまう」

 

 過去に殺された死者まで(さかのぼ)って生き返らせられる訳ではない事、これまで使用した魔族を生き返らせる術が、本人を生き返らせられるものではない事を伝えた。

 

「……すまない」

 

 最後は申し訳なさそうに頭を下げて謝る。表情には苦悩の色が浮かび、声は今にも消え入りそうにか細い。世界を滅ぼす力を持った魔王が、見るからにしょぼくれた顔をしている姿は何とも哀れだ。

 

「……」

 

 魔王の話を聞かされて村人達は何とも言えない表情になる。(あわ)い期待が一瞬で裏切られたショックのあまり、村がシーーンと静まり返った。

 

 彼らの中に魔王を責める気持ちなどありはしない。むしろこれまでの事を思えば、魔王に感謝したい思いすらあった。逆に自分達が過度な期待を寄せてしまい、英雄に辛い思いをさせたのではないかと後悔の念すら抱く。

 

 誰もが掛ける言葉が見つからず、無言のまま黙り込む。

 村が(にわ)かに重苦しい空気に包まれた時、それを破ろうとするように、リザードマンの長老ジアラが前に進み出た。

 

「貴方様がお謝りになる事など、何も御座(ござ)いませぬ……どうかお気になさりませぬよう」

 

 村を代表する立場として、魔王を責める意思が無い事を伝える。

 

「そうだそうだ」

「魔王様はよくやってくれた」

「アンタが謝らなきゃいけない事なんて、何もねえ」

 

 他の村人達が、彼の言葉に賛同する。村のために尽力した英雄に(ねぎら)いの言葉を掛けて、精神的に立ち直らせようとした。

 

 彼らの言葉を聞いて、ザガートの表情に笑顔が戻る。他者に過度な期待を背負わせまいとする村人の健気な態度に、心を救われた気がした。そんな彼らだからこそ助けねばなるまいと、より一層思いを強くする。

 

「……」

 

 ただジャン少年だけは言葉を発しない。重苦しい表情を浮かべて下を向いたまま黙り込む。他の村人に笑顔が戻る中、彼だけが暗い顔でいる。

 

 ザガートは一瞬どうすべきか悩んだ後、ゆっくりと歩き出す。少年の前に立つと、その場にしゃがんで顔を(のぞ)き込む。

 

「約束を果たせず、すまない」

 

 父の(かたき)を取れなかった事を深く()びる。

 

「……お兄ちゃんは悪くないよ」

 

 ジャンは今にも消え入りそうにか細い声で(つぶや)くと、魔王に背を向けて、トボトボと歩き出す。彼の家と思しき小屋の中へと入っていき、そのまま出てこなかった。

 (とし)()も行かぬ少年の去りゆく姿は何とも(さび)しげだ。父親が生き返らない事に深く落胆した様子が(うかが)える。

 

 少年は責めの言葉を発しなかった。だが胸の内では精一杯我慢したであろう態度が、ザガートには(かえ)って痛ましかった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 戦いから数時間が経過……外の景色がすっかり暗くなった真夜中。

 村から数キロほど離れた湿地帯では(セミ)がミンミン鳴いて、鳥がホゥーホゥーとさえずる声が、合唱のように鳴り響く。

 

 月明かりに照らされて、川沿()いに並ぶように座っていたカエルの群れが、彼らの演奏に合わせて歌を(うた)おうとしていた。

 

「ゲッ……!!」

 

 歌が始まろうとした瞬間、黒い影のような物体がカエルに飛びかかる。その奇妙な『何か』は最初に一匹を飲み込んだ後、次々と他のカエルに襲いかかる。数十匹いたはずのカエルは十秒と()たない内に食べ尽くされる。

 

 数十匹のカエルを飲み込んだ黒い物体が、モゾモゾと体を動かした後少しだけ大きくなる。

 

「ギショショショショ……コレデ勝ッタト思ウナヨ、異世界ノ魔王……次コソハ必ズ、貴様ヲ食ッテヤル……」

 

 スライムはそう口にすると、いなくなったカエルの代わりでも(つと)めるように、ギーーロギロと歌うのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。