いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第25話 死者の呼び声

 スライムの襲撃から一夜明けた翌日……その日は朝からザーザーと激しい雨が降り、外の地面がビチャビチャに濡れる。雨音に混じって(セミ)がミンミンと鳴く声が聞こえる。

 湿度の高い空気が(さら)にジメッとして、不快度指数が増す。ただ気温が下がったせいか、外から流れる風はヒンヤリしていた。

 

 空は真っ白い雲に覆われており、太陽は全く見えない。しばらく雨が()む気配も無い。

 

「……」

 

 リザードマンの少年ジャンは(わら)小屋の片(すみ)にて、(ひざ)を抱えたまま体育座りする。

 少年の表情は暗い。まだ父親が生き返らなかったショックから立ち直れていないようだ。

 

 少年が落ち込んだ顔をしていると、誰かが小屋の中へと入ってくる。

 白いエプロンを着て手におたまを持った、大人のリザードマン……服を着ていなければ外見だけでは性別を判断できないが、恐らく少年の母親だろうと思われた。

 

「またこんな所にいたのね……ジャン。そろそろ昼ご飯の()(たく)するから、家に帰りなさい」

 

 いつまでも悲嘆に()れている息子に帰宅するよう(うなが)す。息子が無言のままコクンと(うなず)くと、一足先に小屋から出ていく。

 

 母親の後に続いて無人の小屋から出たジャンが、家に帰ろうと歩き出した時……。

 

(ジャン……聞こえるか、ジャン)

 

 何者かが少年に呼びかける声が聞こえた。謎の声に驚いた少年が慌てて周囲を見回したが、声の主らしき人物の姿は見当たらない。(あい)も変わらず雨がザーザー降っているだけだ。

 母親は後ろを振り返らずズカズカと歩く。雨音でかき消されたのか、謎の声が彼女の耳に届いた様子は無い。

 

 突然の出来事に少年が呆気(あっけ)に取られていると、謎の声が(なお)も語りかける。

 

(俺だよ……お前の父、ゾルガだよ)

 

 自分が死んだはずの少年の父親だと主張する。

 

(父さんに会いたいだろう……南の森においで。そこで待ってる……)

 

 少年に行き先を指定して、一方的に話を打ち切る。以後は話しかけたりしない。

 

「……」

 

 声が途絶えた後、ジャンは無言のままボーッと突っ立っていた。あまりに突拍子も無い出来事に、正気を取り戻すのに時間が掛かった。ハッと我に立ち返ると、これまでの事象を頭の中で整理する。

 

 冷静に考えればおかしな話だ。ザガートをして生き返らないとまで言わしめた人物が、さも生きているかのように話しかけてきたのだから。少年に魔王のような知性があれば、敵の罠かもしれないと疑う所だ。

 

 だが父の死に打ちひしがれた少年にとって、謎の声の誘いはとても魅力的に思えた。怪しいと分かっていても(あらが)えない、悪魔の誘惑に等しい。声の主が何者か確かめたい好奇心も湧いた。

 

 気が付いた時、少年の足は南の森に向かってフラフラと歩いていた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 謎の声が少年に呼びかけた頃、そこから十軒ほど離れた小屋の中。

 ザガートが布のシートにドガッと胡座(あぐら)をかいて座りながら、何やら手作業を行っている。

 ルシル達三人は彼の邪魔をしちゃいけないと思い、一切口出しせずに作業を見守る。

 

 シートの上に一枚の紙が()かれており、(さら)にその上に黒い粘土(ねんど)の塊、一本の細長い(ひも)、金属の針が置かれている。

 

 ザガートは粘土を指でこねてイクラのような玉を作ると、針をブスッと刺して小さい穴を通す。そうして穴の()いた玉が出来上がると、新たな玉の制作に取り掛かる。一つ、また一つと玉が完成していき、最終的に三十個近くになる。

 

 玉を作る作業を終えると、今度は玉に空けた穴に、細長い紐を通す。

 一つずつ順番に紐を通していき、最終的に全ての玉が一本の紐で繋がれたそれは、『数珠(じゅず)』と呼ばれる東洋の首飾りによく似ていた。

 

 ザガートが数珠を作り終えると、作業を見守っていたレジーナが口を開く。

 

「一体何を作っていたんだ? まさか路銀が尽きて、(つい)に内職に手を出したか。ハハハッ」

 

 魔王が何をしていたのか真意が(つか)めず、冗談交じりに笑いながら問いかけた。

 

「……そうだ」

 

 王女の冗談に、男が深刻そうに一言(つぶや)く。彼の表情は真剣そのものであり、とても冗談を言っているように聞こえない。

 

 本当に魔王が内職を始めたなどとは夢にも思わず、王女は背筋が凍る思いがした。表情はみるみる青ざめて、歯がガタガタと震えだす。

 

「ななな、何という事だッ! ま、まさか本当に……路銀が尽きてしまったというのか!? う……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーっっ!!」

 

 深いショックを受けたあまり、村中に響かんばかりの大きな声で(わめ)き散らす。これからどうすれば良いんだ、と頭を抱え込んだ。そんな事実知りたくなかった、聞くんじゃなかった、と後悔の念に駆られる。

 

「ザガート様ッ! 路銀を稼ぐためなら私、体でも何でも売ります!」

「師匠ッ! 困った事があったら何でも相談乗るッスよ!!」

 

 二人のやりとりを聞いていたルシルとなずみが魔王に詰め寄る。旅の資金が尽きたと本気で思い込み、必死に解決策を提示しようとした。

 

「三人とも、おおお落ち着けッ! 内職を始めたというのは冗談だッ! ちょっとお前達をからかってみただけだ! 旅の資金は尽きてなどいないッ! 金にはまだ余裕があるッ! もし万が一金が尽きたとしても、愛する女に体を売らせるようなマネはせんッ!!」

 

 魔王が早口で慌てて釈明する。王女に言った言葉は冗談だった事、金銭には余裕がある事、彼女達が金の心配をする必要は無い事などを、逐一(ちくいち)説明した。

 魔王にしてみれば、ほんのちょっとからかっただけのつもりだった。まさか本気にされるなどとは思わず、イタズラ心を起こした事を後悔した。

 

「なぁーーんだぁーー、本気でビックリしたんだぞ。まったく、一時はどうなる事かと」

「ザガート様、人が悪いです。もう」

「師匠は真顔で冗談言うから、心臓に悪いッス」

 

 三人が口々に安堵の言葉を漏らす。表情は晴れやかになり、金銭の不安が払拭された事にホッと一安心する。

 

「それで、本当は何を作ってたんだ?」

 

 レジーナが改めて男がしていた作業について問う。

 

「これはスライムを倒すために必要な……」

 

 ザガートが三人に見せびらかすように数珠を掲げて、用途を説明しようとした時……。

 

「ジャンがッ! ジャンが何処にもいないのッ!」

 

 少年の母親が大声で叫びながら、慌てて彼らのいる小屋へと駆け込んで来た。

 

「あの子ったら、私がちょっと目を離した(すき)に……ああっ」

 

 母親が悲嘆に()れて泣き出す。(ひざ)をついて両手で顔を覆ったまま、ウッウッと声に出して泣く。手で覆った顔から、大粒の涙がボロボロと(あふ)れ出す。

 自分のせいで子供が死ぬかもしれないと責任を感じる。夫に続いて息子まで失ったら、もう生きていられないと深く絶望する。

 

「奥さん、最後に息子と別れた場所まで案内しろッ! 息子の居場所は俺が突き止めるッ!!」

 

 ザガートが少年の母親に強い口調で道案内を頼む。ジャンを見つける事を約束して、少しでも不安を和らげようとした。

 しばらく泣き続けた母親だったが、魔王の言葉で冷静さを取り戻して泣き()むと、すぐに立ち上がって小屋の外へと歩き出す。魔王と仲間達は彼女の後に付いていく。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 小屋を出て十軒ほど歩いた母親が、ピタッと足を止める。

 

「ここです……ちょっと前まで、息子はこの小屋にいました」

 

 そう言って、一つの小屋を指差す。

 ザガート達は母親が指差した小屋の中へと入る。

 

 誰もいない小屋の中を一行が探索する。何か痕跡が残っていないか念入りに調べる。

 魔王は(あご)に手を当てて思い詰めた表情をしながら、ある一点を凝視していたが……。

 

「……ムッ!」

 

 突如何かに気付いたように言葉を発すると、ズカズカと歩き出す。先ほど見つめていた場所の前に来てしゃがむと、何かを手で拾い上げる。

 魔王が拾ったもの……それは少年のものと思しき、動物の体毛だった。

 

 ザガートは少年の毛を握り締めたまま、意識を集中するように目を閉じる。

 

「生命の(ひと)欠片(かけら)よ、(あるじ)の位置を我に示せ……探知魔法(オブジェクトサーチ)ッ!!」

 

 魔法の言葉を唱えると、手に魔力を注ぎ込む。すると手の中にある物体が(まばゆ)い光を放ち、魔王の脳内に映像のようなものが流れ込む。

 

「……(つか)んだぞッ! ジャンは南の森にいるッ!!」

 

 目をグワッと見開いて、少年の行き先を告げた。

 

「奥さん、アンタはここに残っててくれ! 息子は俺が必ず助けるッ! もうこれ以上家族を失わせるようなマネはしないッ!!」

 

 ザガートはすぐさま小屋の外に出ると、母親に村に残るよう指示を出す。少年が向かったと思われる森を目指して全速力で走り出した。

 

 ルシル達三人も急いで彼の後を追う。母親は大人しく指示に従い、その場に残る。

 

「ああ、貴方……どうか……どうかあの子をお守り下さい」

 

 (ひざ)をついて両手を合わせると、息子が無事でいるよう夫の霊に祈った。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 日の光が一切差し込まない、暗い森の中……ザーザーと雨が降る音だけが鳴る。木の葉が水滴をビチビチと弾丸のように弾いて、地面がグチョグチョに濡れて沼地のようになる。

 動物の気配は無く、遠くでカラスがカーカーと鳴く声が聞こえるだけだ。それが(かえ)って不気味な雰囲気を漂わせる。

 

 (ひと)()のない森を、リザードマンの少年が歩く。

 

(こっちだよ……こっちにおいで……)

 

 謎の声に導かれるがまま、声が聞こえる方角を目指してただ歩く。暗い森の中を、奥へ奥へと進んでいく。方向感覚を狂わされてもおかしくないほど同じ景色が続いたが、声に向かって歩いたため特に迷ったりはしない。

 

 数キロほど歩いただろうか。声が急にピタリと止む。

 少年の視界の(はる)か彼方に、人影のようなものが立つ。暗い森の中だったため、遠くからではハッキリとは姿が見えない。

 少年が早足で近付いていくと、次第に目視で確認できるようになる。

 

「ああっ……」

 

 そこに立っていた人物を目にして、ジャンが驚きの声を漏らす。

 声の主であろうと思われるその男こそ、ジャンの死んだはずの父親ゾルガに他ならない。

 

「ジャン、父さんの言う事を素直に聞いて、ここまで来たんだな。(えら)いぞ。ずっと父さんに会いたかっただろう……俺も会いたかった」

 

 ゾルガが再会の喜びを口にする。指示に従って自分の元まで辿(たど)り着いた息子を()める。

 息子を見る父の目は優しく、表情は穏やかだ。とても死人のそれとは思えず、本当に生き返ったのではないかすら思わせる。

 

「とっ……父ちゃぁぁぁぁああああああーーーーーーんっ!!」

 

 ジャンがたまらずに大きな声で叫ぶ。亡き父と再会できた嬉しさのあまり、胸がはち切れそうになる。目に大粒の涙が浮かんで、今にも泣きそうになる。

 感動を分かち合いたい気持ちになり、父に向かって全速力で駆け出す。

 

「……うっ!」

 

 だが二メートルほどの距離まで近付いた所で、少年の足が止まる。

 これまで()いだ事が無いような強烈な悪臭を感じたからだ。それはネズミが徘徊する下水道のようなゴミ()めのニオイ、あるいは卵か肉が完全に腐り切ったような腐敗臭だ。一気に吸い込んだら吐き気を(もよお)しそうになる。

 

 そのような悪臭が、目の前にいる父から放たれていた。無意識に足が止まっても不思議じゃない。

 あまりの臭さに少年が鼻をつまむ。

 

「父ちゃん……何でそんなに臭いの?」

 

 思わずそんな言葉が口を()いて出た。

 

「何故俺が臭いのか……だって?」

 

 少年の言葉を聞いた途端、ゾルガがニタァッと口元を(ゆが)ませた。表情は邪悪な笑みに染まり、目は獲物を見る獣のようにギラギラと輝く。大きく裂けた口からはダラダラと(よだれ)()らす。

 優しい父親という雰囲気は完全に消え失せて、目の前にいる子供を眺めながら、おいしそうに舌なめずりする悪鬼へと変貌する。

 

 完全に(えさ)を見るような目で相手を見る。どう考えても、愛する息子に向けたそれではない。

 

 直後ゾルガの体が黒一色に染まり、ブヨブヨと不気味に(うごめ)いた後、熱したロウソクのように溶け出す。彼が溶けた地面から、ネバネバした黒い液体のようなものが、ゆっくりとせり上がる。

 

「何故ナラ……俺ハ、スライムダカラサ」

 

 完全に姿を現した黒い液体が、そう口にする。

 それはつい先日リザードマンの村を襲ったデス・スライムに他ならない。雨に濡れて柔らかくなった地面に身を隠していたようだ。まだ以前の大きさに戻るのに餌の量が足りていないのか、昨日の戦いより一回り小さくなっている。

 

「ああっ……あっ……」

 

 父だと思っていた相手が父の仇だと知らされて、ジャンが深く絶望する。表情は一瞬にして青ざめて、歯がガタガタと震えだす。胸がきゅーっと締め付けられた感覚がして、息が苦しくなる。脳の血管がドクンドクンと激しく動いて、意識を失いかけた。

 敵に騙された事実に、目の前が真っ暗になった気がした。

 

 スライムの一部がグニョニョと動いて、前回同様に上半身裸のハゲのおっさんになる。口の部分がパクパク動いて言葉を(しゃべ)りだす。

 

「俺ハ食ッタ相手ノ記憶ト能力ヲ取リ込ム……貴様ノ父ノ姿ニ化ケテ、口調ト声色ヲ真似ルノナンテ、オ手ノ物ダ……」

 

 ゾルガの記憶を取り込んだ事、それによって彼の姿に化けていた事実を明かす。

 

「ソレニ気付カズ、コンナ所マデ、ノコノコトヤッテ来ルトハ、馬鹿ナ小僧ダ。ギショショショ……マサカ本気デ、父ガ生キ返ッタト信ジテイタノカ? ダトシタラ、笑ワセル……」

 

 演技に騙されて(ひと)()のない場所へと誘い出された少年を声に出して(あざ)笑う。少年の父を思う気持ちを利用した卑劣な行いと呼ぶしかない。

 

「父ニ会イタカッタノダロウ? ダッタラ会ワセテヤルヨ……アノ世デナァッ!!」

 

 そう叫ぶや(いな)や、口を開けるように全身を大きく広げて、少年に向かって前進する。スゥーーッと地面を(すべ)るように移動して、相手を飲み込もうとした。

 

「うっ……うわあああああああっ!!」

 

 ジャンは森中に響かんばかりの悲鳴を発すると、スライムに背を向けて全速力で逃げ出す。何としても追い付かれまいと必死だったが、少年の努力を嘲笑うようにスライムがじわじわと距離を詰めていく。敵の移動速度の方が圧倒的に速い。

 

「助けて、父ちゃんぁぁぁぁああああああーーーーーーんッ!!」

 

 ジャンがたまらずに目を(つむ)りながら大きな声で叫ぶ。助けが来る事を神に祈る。

 その祈りも(むな)しく、化け物の伸ばした触手が少年に触れようとした瞬間……。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれッ! 火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 呪文の詠唱と共に、何処からか火球が放たれる。

 火球が触れるとスライムの上の右半分が轟音と共に爆発して、粉々に消し飛ぶ。

 

「グアアアアアアーーーーッ!」

 

 身体が焼ける痛みにスライムが悲鳴を上げる。慌てて傷口を再生させたものの、それでも激痛の記憶が残っているのか、人型部分の表情が大きく(ゆが)む。敵の襲来を警戒して咄嗟(とっさ)に後退する。

 

 ジャンがポカンと口を開けると、呪文の発動主と思しき男が駆け付ける。彼の後を追って三人の少女が走ってくる。

 

「……間に合ったようだな」

 

 男が安堵の表情を浮かべながら、優しく言葉を掛けた。

 

「キッ、貴様……ザガートッ!!」

 

 男の姿を目にして、スライムが名を叫ぶ。

 その男こそ、ジャンを救出するために追いかけてきた魔王に他ならない。

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