いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第29話 アーリマンの誤算

 町の中央にそびえ立つ、三階建ての大きな洋館……ホラー映画に出てきたら確実に舞台になってそうな建築物は、一目で領主が住む屋敷だと分かった。

 正門の前には初代領主と思しき銅像が建てられており、足元に文字の書かれた石碑が置かれている。

 

 屋敷の正面に(いし)(だたみ)の大きな広場があり、中央に噴水がある。噴水を取り(かこ)むようにベンチが置かれており、街の住人が座って休んだり、本を読んだり弁当を食べたりしている。彼らにとって(いこ)いの場のようだ。

 

 一行は広場に到着すると、馬から下りて屋敷へと歩き出す。馬は(さく)に繋がれて、広場にいた兵士が見張っている。

 

 大扉を開けて屋敷の中へ入ると、一人の男が早足で階段を下りてくる。

 その者は四十代から五十代に見える男性だが、老いを感じさせない精悍(せいかん)な顔付きをしている。オールバックの長髪は暗めの茶色で、(ひげ)は生やしていない。

 王侯貴族の服を着ていたが、引き締まった体格は日々の鍛錬を感じさせるものがあり、年中椅子に座っていた訳では無さそうだ。魔物が襲撃すれば、剣を手に取り鎧を着て、自ら戦場に(おもむ)く勇猛()(かん)な人物であるように思えた。

 

「おお、レジーナ王女殿下……それに異世界の魔王様ッ! よくぞ……よくぞ参られた! 貴方がたの到着を心よりお待ちしておりました!!」

 

 ハウザー卿であろうと思われる男は歓迎の挨拶(あいさつ)をして、一行を(こころよ)く出迎える。よほど彼らの来訪を待ち望んだのか、表情に満面の笑みが浮かぶ。

 

「お久しぶりです、ハウザー卿! (けい)も変わらぬ壮健ぶりで!!」

 

 レジーナが再会の感動を言葉にしながら、ガッチリ握手を交わす。しばらく会っていない旧友が無事だった事を心から喜ぶ。

 

「ハウザー様、ご命令通り、異世界の魔王様(がた)ご一行をお連れ(いた)しました」

 

 グスタフが使命の遂行を報告して頭を下げる。

 

「ウム……ご苦労であった」

 

 領主も(ねぎら)いの言葉を掛けて満足げに(うなず)く。

 

「積もる話もあるだろうが、急を(よう)するのだろう? 俺達をここに呼んだ(わけ)を聞かせてくれ」

 

 ザガートが早速(さっそく)用件を切り出す。理由を知らされずに連れて来られたため、すぐに本題に入ろうとする。

 

「分かりました。娘の部屋に案内しましょう」

 

 ハウザーは一礼(いちれい)すると背を向けて歩き出す。一行は黙って彼の後に付いていく。六人の大所帯がゾロゾロと屋敷の中を移動する。

 階段を進んで二階へと上がり、廊下の突き当たりにあるドアをノックしてから開けて中へ入る。

 娘の部屋と思しき一室は床にワインレッドの絨毯(じゅうたん)()かれてあり、中央にカーテン付きのベッドが置かれている。ベッドのすぐ(わき)に勉強用の机がある。

 

 中央のベッドに一人の少女が寝かされている。年は十二歳くらいで、長めの髪は金色に染まり、顔立ちは整っている。庶民離れした、フランス人形のような美貌がある。

 だが目を閉じて眠ったままウンウンと声に出してうなされており、目覚める気配が無い。熱を出しており、顔が赤く、呼吸は荒い。(ひたい)からは滝のように汗が流れ出る。不治の病に(かか)ったのか、虫の毒に(おか)されたのかは分からないが、かなり重病のようだ。

 

 娘の(そば)に、三十代から四十代に見える大人の女性がいる。貴族令嬢のドレスを(まと)い、長めの金髪は後髪が縦ロール、前髪がツインドリルになっている。胸が非常に大きく、体はムッチリしており、(くちびる)に赤い口紅を塗っている。年はそれなりだが、かなりの美貌を保った女性は領主の妻であろうと推測できたが、見た目だけなら一国の女王のような雰囲気すらあった。

 

 彼女は娘を心配そうな表情で見守り、額の汗をタオルで()く。あえて下々の者に任せず、付きっきりで看病したようだ。

 

「ノーラよ、異世界の魔王様をお連れしたぞ!」

 

 部屋に入るや(いな)や、ハウザーが大きな声で叫ぶ。

 彼の言葉を聞いて、ノーラという名で呼ばれた女性がベッドの(そば)から立ち上がり、領主に向かって駆け出す。

 

「ああ、貴方っ! これで……これでルカの病気が治るかもしれませんのねっ! この時をどれほど待ち()びた事でしょう……」

 

 感激の言葉を漏らしながら夫婦で抱き合う。最後はウッウッと声に出してむせび泣く。愛する娘が助かる希望で胸がいっぱいになる。よほど心労が重なったのか、女性の顔は少しやつれていた。

 

「その娘が、俺をここに呼んだ理由……という訳か」

 

 ザガートが一連のやりとりを見て状況を察する。

 寝たきりの少女、夫婦の会話……それらを(かんが)みれば、娘が不治の病に(おか)されており、魔王にそれを治して欲しくて呼んだ事は火を見るより明らかだ。

 

「ええ……我々の身に何があったか、お話しましょう」

 

 ハウザーが重苦しい表情で口を開く。

 

「一週間ほど前の事……魔王軍の手先を名乗る男が屋敷を訪れました。魔界大公爵アスタロトの部下だとか。彼は私にこう言いました。街の住人の命を生贄(いけにえ)として差し出せ、そうすればお前達家族の身の安全だけは保証してやる……と」

 

 魔族の使者が屋敷を訪れた事、邪悪な取引を持ちかけられた事を教える。

 

「無論そんな事できるかっ! と即答で断りました。そしたら彼は腹いせとばかりに、私の娘に呪いを掛けていったのです。魔王軍に逆らう者はこうなるのだ、と捨て台詞(ぜりふ)を吐いて……」

 

 相手の要求をはねのけた事、それによって娘が呪いを掛けられたと語る。

 

「それから娘はずっと眠ったままです。しかも日を追うごとに症状は重くなり、体は衰弱していく……古今東西の優れた医者、回復系の魔道士、有名な薬草を集めましたが、どれも効果がありません。(さら)に医者が言うには、このまま何の手も打てなければ、娘の命は二週間と持たないとの事」

 

 八方手を尽くしたものの、病気が治らない事、娘の命が長くない事を口にする。

 話が後半に差し掛かるに連れて、領主の声のトーンがどんどん暗くなる。下を向いたまま、眉間(みけん)(しわ)を寄せて、苦虫を噛み(つぶ)したような表情になる。娘の現状に苦悩したように両肩を震わせた。

 

「……お願いですッ! どうか……どうかルカの命を助けて下さいッ! 無礼は重々承知しておりますッ! けれど、もう貴方様に頼る以外、他に方法が無いのですッ! ルカに先立たれてしまったら、私は……私はッ!!」

 

 突如顔を上げて物凄い勢いで駆け寄っていくと、魔王の両肩を(つか)んで、娘の治療を嘆願する。よほど必死だったのか、目をグワッと見開いた阿修羅のような顔になる。最後はズルリと(すべ)り落ちるように床に(ひざ)をついて、声に出して泣き崩れる。

 大の大人が悲嘆に()れて泣く姿はいたたまれないものがあった。

 

「………」

 

 領主の話を聞かされて、ザガートはしばし黙り込む。これまで得た情報を頭の中で整理しながらあれこれ考える。

 

 領主は他に手が無いと言ったが、魔王軍の要求を()めば、娘の病気は治っただろう。敵は当然それを見越して呪いを掛けた(はず)だし、領主の頭に選択肢として浮かばなかったはずは無い。

 にも関わらず、領主は()えてそうしなかった。それは愛する娘を失おうとも、民を犠牲には出来ないという気高い心の表れだった。

 魔王は内心、彼の()(ぜん)とした対応に敬意を抱く。為政者(いせいしゃ)としてあるべき姿だと感心する。

 

 今回の事件が宝玉集めに関わっているとは断定できない。だが愛する娘の病気に苦悩する夫婦を放っておけない義憤に駆られた。罪なき者が悪人に苦しめられる事があってはならないと考えた。

 何より、困窮して自分を頼ってきた者を無下(むげ)にするのは救世主の名誉に傷が付く思いがあった。

 

「……出来るだけの事はしてみよう」

 

 そう言うと、少女が寝かされたベッドの方へと歩いていく。

 魔王が、高熱でうなされたまま眠る娘の顔を(のぞ)き込もうとした瞬間……。

 

「……ムッ!?」

 

 突如異変を察知して、慌てて後ろへと下がる。

 その直後、少女の頭上に半透明に()けた巨大な時計が浮かび上がる。立体映像か幻覚かは分からないが、直接手で触れる事が出来ない。

 時計の針は『九』を指していたが、そこから一時間進んで『十』を指す。

 すると少女の表情が一変して、「ウーッ、ウーッ」と声に出して苦しみ出す。

 

「娘が呪いを掛けられた時、頭上にこれが浮かび上がったのです! 時計は普段姿を隠していて、針が進む時だけ姿を表す! 針が進むたびに娘の病状は悪化する! ああ……もし時計の針が『十二』を指したら、その時ルカの命は尽きるでしょう!!」

 

 ハウザーが時計を指差しながら早口で説明する。娘の命を奪わんとする呪いを憎々しげな表情で(にら)む。

 

(これは……死の宣告ッ! 時間差で発動する、高等の即死系魔法ッ!!)

 

 時計の幻覚を目の当たりにして、ザガートが呪いの正体に気付く。

 それは病気や毒などという生温いものではなく、確実に少女を死へと追いやる恐ろしい力だった。並の術者の仕業ではない……そんな言葉が頭をよぎる。

 思った以上に厄介な敵のようだと男は考えた。

 

「フフフッ……」

 

 魔王が考え事をしていた時、部屋の(すみ)で小さな笑い声がした。他の連中には聞こえない、ゴキブリの足音ほどの小さな音だったが、魔王の聴覚を(もっ)てすれば(とら)えるのは容易だ。

 

「そこにいるのは誰だッ!」

 

 ザガートは反射的にそう叫びながら、机の上にあった鉛筆(えんぴつ)を手に取り、声が聞こえた方角に向かって投げる。

 部屋の隅へと飛んでいった鉛筆は何も無い空中でピタッと止まる。その直後、鉛筆を手で(つか)んだ何者かが、透明化を解除したようにスゥーーッと姿を表す。

 

 ワープしてきた訳ではない。その者は最初から、そこに立っていたのだ。

 

「クククッ……俺の居場所に気付くたぁ、なかなかやるじゃねえか……異世界の魔王サマよぉ」

 

 姿を現した男が不敵に笑う。透明化がバレた事に焦りを抱く様子は()(じん)もない。手にした鉛筆を窓の外にポイッと放り投げる。

 

 その者は二メートルの長身だが、猫背で()せ細った老人だった。不気味に目を赤く光らせており、ワシ鼻で、(ひげ)は生やしていない。

 高位の司祭のような法衣を(まと)っていたが、法衣は黒く染まっており、ドクロの首飾りをぶら下げている。山姥(やまんば)のように(つめ)を伸ばしており、グワッと開いた両手を正面に突き出す。

 見た目だけなら老人の不審者に思えなくもなかったが、これまでの流れから魔族の手先である事は明白だ。

 

「……お前がルカに呪いを掛けた張本人か」

 

 ザガートが相手を敵視する目で見ながら問い(ただ)す。

 魔王の問いに、老人がニヤリと口元を(ゆが)ませた。

 

如何(いか)にも……俺はアスタロト様の忠実な(しもべ)にして、即死魔法のスペシャリスト……アーリマン!!」

 

 自ら少女に呪いを掛けた張本人である事実を明かす。

 

「ああ、お前はッ! まさか……今までずっと、この部屋に潜んでいたというのか!?」

 

 男の姿を見てハウザーが狼狽(ろうばい)する。表情は一瞬にして青ざめて、背筋が凍ったように歯をガタガタと震わせた。

 無理もない。事もあろうに、呪いを掛けた張本人が娘の部屋にいたのだから。もし他に誰もいない二人きりの時があったのだとしたら、いつでも首を絞めて殺せたし、猥褻(わいせつ)な行為を働いても誰にも気付かれない事になる。その可能性を考えただけで領主は吐き気を(もよお)した。

 

「クククッ……安心しな。俺様だって、ずっと部屋にいるほど(ひま)じゃねえ。娘に変な事もしちゃいねえ。ただたまに屋敷を訪れて、テメエらが嘆き悲しむ姿を見て面白がっていただけさ」

 

 ハウザーの疑問に男が笑いながら答える。慌てふためく領主の姿を見て、心の底から楽しそうにニヤつく。

 

「さて、ハウザーさんよ……改めて聞くぜ。魔族の要求に従う気になったか? もしこのまま従わねえってんなら、アンタの娘はオダブツだぜ。全身の穴という穴から血を吹いて、体が焼けるような激痛に(さいな)まれて、もがき苦しみながら死ぬのさ。おっと、治そうだなんて無駄な考えはやめるんだな。この呪いは一旦発動したが最後、どんな術を使ったって解けやしねえんだからな……ヒッヒッヒッ……ヒャァーーーッハッハッハァッ!!」

 

 領主に改めて問いかける。要求を()まなければ娘が残酷な死に方をするのだと、生々しい表現で忠告する。呪いの効果に絶対の自信を抱きながら邪悪に高笑いした。

 

「ああっ、ルカ……」

 

 悲しみに打ちひしがれたノーラが、床に(ひざ)をついて泣き崩れる。両手で顔を覆ったままボロボロと大粒の涙を(あふ)れさせた。ウッウッという泣き声がよりいっそう悲壮感を増す。

 ハウザーは悲しむ妻の肩に手を掛けたものの(なぐさ)めの言葉が見つからず、下を向いたまま無念そうに目を(つむ)る事しか出来ない。グスタフは苦しむルカの汗をタオルで()いたものの、病状は悪化するばかりで、手の(ほどこ)しようがない。

 ルシル達三人は何も出来ず、ただ状況を見守るしかない。レジーナはもどかしさのあまり、血が出るほど強く下唇を噛む。

 

 少女の生存を絶望視する雰囲気が辺りに漂って、場の空気がどんよりと重くなる。部屋に吹き抜ける風が(にご)ったように汚れた心地がして、呼吸しただけで吐きそうになる。

 

 誰もがルカは助からないのだと確信を抱く。

 ……一人の男を除いては。

 

「呪いが解けないかどうか……試してみるか?」

 

 ザガートはそう口にすると、ベッドに向かってズカズカと歩く。今にも命が尽きようとする少女を眺めながら、何やら考え込んでいたが……。

 

「我、魔王の名において命じる……呪いよ消え去れッ! 解呪魔法(ディスペルマジック)ッ!!」

 

 右手を少女の頭上にかざして魔法の言葉を唱える。するとルカの体が金色の(まばゆ)い光に包まれた。

 時計の幻覚が少女の頭上に浮かび上がった後、蜃気楼(しんきろう)のように薄れて消えていき、それに(ともな)い少女の呼吸が落ち着く。「ウーッ、ウーッ」とうなされていたのが、「スゥ……スゥ……」と安らかになる。

 熱が急激に下がったのか肌の火照(ほて)りが治まり、滝のように流れていた汗が止まる。苦しみが緩和されたのか、表情がだいぶ楽になる。

 

 やがて全身を覆っていた光が消えた時……。

 

「ん……パパ、ママ……?」

 

 ルカがゆっくりと目を開ける。上半身を起こして眠たそうに(まぶた)(こす)った後、つぶらな瞳をパチクリさせながら周囲を見回す。一週間眠ったままであったせいか、すぐには状況を把握できない。

 

 少女は単に意識が目覚めただけでなく、消耗したはずの体力も全快していた。魔王が掛けた術は呪いを解くのみならず、スタミナまでも回復させたようだ。

 

「ああ……ルカ……ルカぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

「おお我が娘よッ! よくぞ……よくぞ元気になってくれた!!」

 

 ノーラとハウザーが感激の言葉を漏らす。娘の呪いが解けた喜びのあまり胸がはち切れそうになり、思わず大声で叫びながらベッドへ駆け出す。もう絶対に離さんとする勢いで二人してルカを強く抱き締めた。

 

「むぐぐ……パパ、ママ……苦しい」

 

 両親にぎゅうっと抱き締められて、ルカがジタバタと暴れる。だが最後は抵抗をやめて二人の抱擁(ほうよう)を受け入れた。目覚めた直後こそ事態を理解しなかったものの、親の反応を見て、自分を心配してくれた事を察する。

 

 夫婦がウッウッと嬉し涙を流し、娘は二人を優しく抱き返す。

 親子三人が抱き合う姿を、他の者は安心したように見つめていたが……。

 

「なななっ……何故だぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 アーリマンが突如大きな声で叫ぶ。少女の呪いが解けた事がよほどショックだったのか、この世の終わりが訪れたように顔面蒼白(そうはく)になる。(ひたい)からはとめどなく汗が流れ出し、わなわなと体の震えが止まらなくなる。(しま)いには涙と鼻水が顔中から(あふ)れ出す。

 

「何故だッ! 何故だッ! 何故なんだッ! どうしてだ! こんなのありえない! 絶対ありえない! これは何かの間違いだッ! こんな事、絶対に起こる(はず)がないんだぁぁぁぁぁあぼびゃろれらぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 発狂したように(わめ)きながら、両手で頭を激しく()(むし)る。「何故だ、何故だ」とうわ(ごと)のように口にする。最後は呂律(ろれつ)が回らなくなり、言葉にならない奇声を発する。

 完全に想定外の事態が起こったあまり、正気を失いかけた。

 

 それは彼にとって、決してあってはならない事だった。たとえ天地がひっくり返ろうとも破られる事など無いと確信したはずの術が、いともたやすく破られたのだ。しかも伝説の薬草を()りに山に登ったり、高名な賢者を呼んだりした訳ではなく、ただの風邪を治すような感覚で治されたのだから。

 

「ハァハァ……この魔術は上級僧侶(アーク・プリースト)であろうと、簡単には解けない呪い……それを何故こうもあっさりと……」

 

 叫び疲れて気持ちが落ち着いたのか、アーリマンが冷静さを取り戻す。激しく息を切らせながら、頭の中に湧き上がった疑問を口にする。渾身の術を破られた事にどうしても納得が行かず、声に出して問わずにいられない。

 

「俺をそこいらの冒険者と同列に扱われては困る……」

 

 ザガートが恰好(かっこう)を付けるようにマントを右手で開いて風にたなびかせた。男の疑問を「何を今更(いまさら)」と言いたげに鼻で笑う。

 

「アーリマンよッ! 俺の持つ力は、貴様らが仕える主君である大魔王アザトホースと同等であると、肝に(めい)じるがいい!!」

 

 正面に右手をかざすと、自らが大魔王に匹敵する存在である事を高らかに宣言して疑問への答えとした。

 

「ぬっ……抜かせぇぇぇぇええええええーーーーーーーーっっ!!」

 

 アーリマンが大声で叫んで激高する。目をグワッと見開いた阿修羅のような顔になり、(ひたい)に血管がビキビキと浮き出て、今にもプッツンしそうになる。

 (にっく)き相手が、心から敬愛する主君と同格である事実を受け入れられなかった。

 

「そこまで大口を叩くなら、証明してみせるがいいッ! ブブドラ、ボボドラ、ゼハムーチョカイネ……」

 

 そう叫ぶや(いな)や、怪しげな呪文を唱えだす。

 

「目覚めぬ眠りに落ちて、死へと(いざな)われよッ! 死の宣告ッ!!」

 

 最後は両手の人差し指を相手に向けて、技名らしき言葉を叫ぶ。すると指先から紫に輝く光線が放たれた。

 

(なんじ)より放たれし力、(じゅ)()となりて汝へと(かえ)らん……魔法反射(スペル・バウンド)ッ!!」

 

 ザガートが相手の行動に即座に反応する。両手で(いん)を結んで魔法を唱えると、半透明に青く光るガラス板のような結界が、彼を覆うように張り巡らされた。

 紫の光線は結界に触れると、飛んできた方角へと跳ね返されて、唱えた本人であるアーリマンに命中する。直後男の頭上に巨大な時計が浮かび上がる。

 

「何ィィ!? しまったぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

 

 術の効果を跳ね返された事に(じい)が慌てふためく。どうにかして死の運命から逃れようとしたものの、何の手立ても見つからない。

 そうこうしてる間に時計の針が進んで、『一』の時刻を指す。

 

(とき)よ、加速せよ……時間強化(クロック・ブースト)ッ!!」

 

 ザガートが間髪入れずに魔法を唱える。魔王の指先から放たれた赤色の光線がアーリマンに命中すると、時計の針が物凄い速さで進んでいき、あっという間に一周して『十二』を指す。それと同時にゴーン、ゴーンと大きな音が鳴る。

 

「ウッ……ウギャアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 針が一周した途端、アーリマンが天にも届かんばかりの悲鳴を発する。グルンと白目を()いて全身をプルプル震わせたかと思うと、体中の穴という穴から血をブシャーーッと噴き出させた。やがて血が出なくなると、崩れ落ちるように床に倒れる。

 

「ソンナ……馬鹿……ナ……」

 

 無念そうに言葉を吐くと、ガクッと力尽きて息絶えた。その直後、全身からシュウウッと白い蒸気のようなものが立ち(のぼ)り、体がみるみるうちに溶けていく。やがて衣服も肉も完全に消えて無くなり、骨だけになる。

 それは『死の宣告』の効果によるものと思われた。

 

(ルカをこんな姿にするつもりでいたとは……つくづくふざけた悪党だ)

 

 白骨化した死体を、ザガートが侮蔑するような目で見る。いたいけな少女を(むご)たらしい姿にしようとした男を心底軽蔑する。

 

「これが俺の下した罰だ……(おの)が犯した罪、せいぜいあの世で悔いるがいいッ!!」

 

 腹立たしげに吐き捨てると、骸骨の頭を力任せに足で踏み(つぶ)した。

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