いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第36話 ただ一人の生存者

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 魔王から命からがら逃げ延びたガンビーノが激しく息を切らす。一旦立ち止まって後ろを振り返ると、随分(ずいぶん)遠くまで逃げてきたらしく、一行の姿は見えない。後を追ってくる様子も無い。あの場を切り抜けた事に、まずはホッと一安心する。

 走った疲れを(いや)そうと立ったまま休憩していると、九人の部下達が遅れてやって来る。

 

「待ってくだせえ、お(かしら)ぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

 

 大声で叫びながら全力疾走して首領の元へと追い付く。

 

「ハァハァ……ようやく追い付きやしたぜ、お頭っ!」

「俺達を置き去りにしたまま逃げるなんて、(ひで)えじゃねえですかっ!」

「今回ばかりは見損ないやしたぜっ!」

 

 彼らは息を切らせながらガンビーノに激しく詰め寄る。仲間を見捨てて自分だけ助かろうとした事に猛抗議する。

 

「う、うるせえっ! こっちだって必死だったんだ! しょうがねえだろ!!」

 

 ガンビーノが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。逆ギレ気味に自分の判断を正当化する。

 そこまで平然と開き直られては反論の余地も無く、部下達もやむなく首領を責めるのをやめる。

 

「俺達、もう(わる)さできねえのかな……」

 

 部下の一人がボソッと小声で(つぶや)く。

 他の連中が彼に続くように「はぁーーっ」とため息を漏らす。

 (にわ)かに場の空気が重苦しくなる。誰もが下を向いたまま悲しげな表情になる。

 

 魔王に言われた台詞(セリフ)が岩のように重くのしかかる。もし彼の言葉が真実なら、盗賊達は悪事を働いた瞬間に死んでしまうのだ。それは死刑宣告に等しい。

 鳥が空を飛び、魚が水を泳ぐように、彼らにとって悪事を働くのは『当たり前の事』だった。他の手段で生きる考えなど()(じん)も無かった。

 そんな彼らが悪事を禁止されるなど、鳥が翼をもがれたようなものだ。

 

「な、なんだテメエらっ! ヤツの言う事を()に受けてんのか!? あ、あんなの口からでまかせに決まってらぁっ! 特定の条件でしか発動しない即死魔法なんて、そんなのある訳ねえ! 吸わされたのは、きっとただの海苔(のり)だ! 俺は盗みをやめたりなんかしねえからなっ! ガハハハハッ!!」

 

 ガンビーノが(よど)んだ空気を吹き飛ばそうと、大きな声で叫ぶ。魔王の警告を信じるに(あたい)しない虚言だと決め付けて、部下達を元気付けようとした。最後は大物ぶりを見せ付けるように豪快に笑い飛ばす。

 

「そ……そうですよねっ! さすがお頭、そうでなくっちゃ!」

「俺達、何処までもアンタに付いていきやすぜっ!」

今更(いまさら)俺達の生き方を変える必要なんてねえ!」

 

 子分達が首領の言葉で元気を取り戻す。胸の内に抱えていた(もや)が晴れてスッキリしたような満面の笑みになる。心の不安が取り除かれた嬉しさのあまり、大地が割れんばかりの歓声を上げた。魔王の警告に一切(ひる)まない首領の(きも)っ玉のでかさに心底()れ込む。

 

 ……ガンビーノの態度は単なる現実逃避の強がりであったが、子分達はそれに気付きもしない。

 

「さて、これからどうしたものか」

 

 連中が今後について考えながら、辺りを見回していると……。

 

 

 

「フッフフッフ、フーーーン」

 

 山道から大きく外れた草むらで、一人の少女が呑気(のんき)に鼻歌を(うた)いながら花を()んでいた。盗賊の一団がすぐ近くにいる事に気付きもしない。

 誰かが(そば)にいる様子も無い。こんな人里離れた山中に、本当に彼女一人でいる。

 

 十三歳くらいに見える少女は腰まで伸びた長めの金髪で、()んだ瞳は青く、肌は雪のように白い。赤い布地にフリルのレースが付いたエプロンドレスを着て、左手に(かご)をぶら下げている。籠にはこれまで摘み取った草花が積まれている。

 首からは青い宝石のペンダントをぶら下げている。あまり値打ちがあるようには見えない。

 

「ローズマリーは病気に効くって、ばっちゃが言ってた……」

 

 少女が薬草の名を口にしながら植物採集を行っていると……。

 

「ヒャッホーーーーイ!!」

 

 盗賊達が奇声を発したまま、ズザザァーーッと山の斜面を(すべ)り降りる。平地に降り立つと、(またた)く間に十人で少女を取り(かこ)む。

 

「へっへっへっ……」

 

 彼らはいやらしい笑みを浮かべながら声に出して笑う。目はギラギラしており、蛇のようにペロリと舌なめずりする。口からはダラダラと(よだれ)()らし、手の指先をムカデのようにワキワキ動かす。

 腹を()かせた獣のような目で少女を見る。完全に彼女を犯す気でいる。

 魔王に言われた事などすっかり忘れてしまったかのようだ。

 

「あああっ……あっ……」

 

 屈強な男達に囲まれて、少女が顔を引きつらせた。表情はみるみるうちに青ざめて、手足の震えが止まらない。今すぐ逃げ出そうにも、足に力が入らない。蛇に(にら)まれた(カエル)のようになる。

 

「お頭、この女どうしやす?」

 

 恐怖で体が動かない少女を眺めながら、子分の一人が処遇を問う。いきなり襲いかかったりせず、首領の判断を仰ぐ。

 

「そうだな……奴隷商に売り飛ばしてもいいが、はした()にするのも悪かぁねえ。とりあえず一発ヤッてから決めるとするか。おっと、十人がかりでやったら一発どころじゃ済まねえな。ハハハハハッ」

 

 ガンビーノが冗談とも本気とも付かない言葉を発して楽しそうに笑う。性欲を満たせる期待に胸を(ふく)らませて、すっかり上機嫌になる。ムラムラした事をアピールするように腰をシュッシュッと前後に振る。

 少女を犯す方針が決まり、十人の男がジリジリと彼女に近寄る。一歩、また一歩と距離を詰める。少女と数メートルしか離れていない場所まで来る。

 誰か一人が飛びかかれば、それをきっかけに他の九人が一斉に飛びかかる状態だ。そうなれば彼女は屈強な男達の餌食(えじき)になってしまう。

 

「いやぁ……」

 

 少女の心が深い悲しみに染まる。目にうっすらと涙が浮かび、今にも泣きそうになる。

 男達に服を脱がされて、エッチな事をされて、赤子を(はら)まされる姿を想像して、()(まい)と吐き気を(もよお)す。それだけでなく、この先もずっと彼らに飼われて、一生死ぬまで彼らの性欲を満たす道具として酷使され続ける未来が頭をよぎり、目の前が真っ暗になる。

 

 もしこの場にナイフがあったら、いっそ死んだ方がマシだと叫んで自害しただろう。だが生憎(あいにく)とそんなものは無い。舌を()み切っても、現実の人間は死んだりしない。

 

 年端(としは)も行かぬ若い娘が、護衛も付けず危険な場所に足を踏み入れたらどうなるか……彼女はそれを強く思い知った。

 

「いっ……いやぁぁぁあああああっ! 誰か、誰か助けてぇぇぇぇええええええーーーーーーっっ!!」

 

 絶望に打ちひしがれた少女が、(わら)にもすがる思いで助けを呼んだ瞬間……。

 

「ウッ……ウギャァァァアアアアアアッッ!!」

 

 彼女に襲いかかろうとした盗賊の一人が、突如声に出して苦しみ出す。

 地べたに転がってミミズのようにのたうち回りながら、両手の指で体中を激しく()(むし)る。口からブクブクと泡を噴いて、白目を()いて、全身をピクピクさせた。

 

 少女も、他の盗賊連中も、状況を把握できない。

 何が起こったのか全く分からないまま、男が苦しむ(さま)を眺めるしかない。

 

(こっ……これはまさか!?)

 

 ガンビーノの脳裏を恐ろしい想像がよぎった、その時。

 

 

 

 男の体がボンッ! と音を立てて破裂する。肉も内蔵も一瞬で吹き飛び、真っ赤な血に染まった大地にバラバラの骨だけが残る。

 

「ギャアアアアアッ!」

「ウギャアアアアアアアッ!」

「ボグアアアアアアアアッ!!」

 

 他の盗賊達が後に続くように苦しみ出す。悲鳴を上げてのたうち回った後、叫んだ順番にボンッボンッと音を立てて爆発する。まるで彼らの体内に小型爆弾が仕掛けられており、それを一斉に起爆させたかのようだ。

 

「お頭……助け……て……」

 

 最後に残った二人のうち一人が、苦悶に満ちた言葉を吐きながら弾け飛ぶ。死の間際に見せた表情は、無責任な言動で部下を死に追いやった首領を恨んでいるように見えた。

 

「あああっ……」

 

 ガンビーノの表情が一瞬にして青ざめた。部下が全員死んで自分だけが残った状況に、何が起こったかを即座に理解する。

 むろん部下が死んだとなれば、次は彼の番だ。逃れられる道理は無い。今更(いまさら)後悔しても、もう取り返しが付かない。

 

「い、いやだ……俺は死にたくねえ! 死にたくねえよぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーっっ!!」

 

 何かから逃げるように大声で叫びながら何処かに向かって走り出したものの、それで助かる(はず)もなく、男の体が針を刺した風船のように割れて粉々に吹き飛ぶ。

 かくして盗賊達は最初の一人が襲いかかろうとした瞬間から一分と()たないうちに全滅する。後に残されたのは十人分の骨と、鉄臭いニオイを漂わせたトマトジュースだけだ。

 

「………」

 

 少女は(はと)が豆鉄砲を食らったような顔して、ポカンと口を開ける。あまりに突拍子も無さすぎて、凄惨な光景を目の当たりにしたのに、恐怖の感情すら湧かない。

 男達が死んだのは魔王の術の効果が発動したからだが、それを知らない彼女からすれば、全く(もっ)て理解不能だ。夢でも見ているんじゃないかとさえ疑う。

 

 神の奇跡か、はたまた悪魔の仕業か……ただいずれにせよ、少女が助かった事実に変わりは無い。その事にまずはホッと一安心する。

 たとえ悪魔の仕業だったとしても、屈強な男達の(なぐさ)みものになるより幾分(いくぶん)マシという考えがあった。

 

「……!?」

 

 少女が助かった事に安堵したのも(つか)()、ドスンッドスンッと大きな地響きが鳴り、辺り一帯の大地が激しく揺れた。何かとてつもなく巨大なものが近付いているのが容易に分かり、少女は新たな危機が訪れた事を予感する。

 

 このままではいけないと思い、周囲を見回すと、少し離れた場所に人一人(ひとり)が身を隠すのにちょうど良い大きさの岩があった。彼女はそれを天恵だと思い、ササッと岩陰に隠れる。

 

 それから数秒が経過した後、足音の主である巨大な何かが山を駆け上がってくる。それは平地に辿(たど)り着くと、男達の死体があった場所へ向かう。

 

 少女が岩陰から顔を出して(のぞ)き見すると、巨大な何かは大人のライオンより(ふた)(まわ)りほど大きな、黒い犬の化け物だった。一つの胴体に三つの頭を持つそれは、ケルベロスという名で知られた魔獣だ。

 彼は上司から命を受けて、ザガートを追ってここまでやって来ていた。その途中で血の臭いに引かれて寄り道したという訳だ。

 

 ケルベロスは堪能(たんのう)するように血の臭いを()いだ後、大きく口を開ける。すると白骨死体から白い(もや)のようなものが立ち(のぼ)り、魔獣の口に吸い込まれていく。それが口の中に入ると、魔獣は()(しゃく)するようにモグモグ動かす。

 

(魂を……食らってる!!)

 

 一連の光景を目にして、少女が深く戦慄した。断定できる根拠は無いが、彼女にはそう思えて仕方がない。

 生者の肉を食らうだけでは飽き足らず、死者の魂までも食らう魔獣の貪欲さに、背筋が凍る思いがした。魔獣の餌食(えじき)になれば、死後の安息すら得られはしないのだ。

 

 魔獣は男達の魂を食い終えると、岩のある方角に向かって歩き出す。聞き耳を立てたり、クンクンと鼻を動かして風の(にお)いを嗅いだりして、人の気配を探ろうとする。もし少女の存在に気付けば、襲いかかる事は明白だ。

 

(おじいちゃん、助けて……ッ!!)

 

 少女は再び岩陰に隠れると、ペンダントを強く握り締めながら、祖父に言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 ナージャや……そのペンダントはワシが行き倒れたエルフを助けた時、お礼として(もら)ったものじゃ。

 それを身に付けていれば、魔族に気配を悟られず安全に旅が出来るという。

 それをお前にやる。その身に危険が迫った時、ペンダントがお前を守るじゃろう。

 

 

 

 祖父の言葉……それは少女の身に付けたペンダントが、魔獣の襲撃から身を守るというものだった。

 祖父の言葉を信じて、少女がペンダントを強く握る。目を(つむ)ったまま、念を送るように青い宝石に祈りを(ささ)げる。すると願いを聞き届けたのか、宝石が(まばゆ)く輝き出す。邪悪な力から守ろうとするように、少女の体を青い光で包み込む。

 

 ケルベロスは(つい)に少女の真横まで来たが、そのまま何事も無かったかのように通り過ぎる。周囲をキョロキョロ見回したり、少女のいる方角をじっと見たが、全く反応しない。

 明らかに視界に入った角度だというのに、人の存在に気付いた様子が無い。

 少女の姿も、少女を包み込んだ光も、全く見えてないようだ。それどころか彼女から届くはずの(にお)いも、(かす)かな呼吸音も、魔獣には探知できていない。

 

 少女の存在に気付くために必要な情報、その全てがペンダントの力によって遮断されていた。魔獣にとってそこには『誰もいない』のだ。

 

 しばらくその場に(とど)まっていたケルベロスだったが、突然何かに反応したようにビクッと動いて振り返る。山頂のある方角を、物思いに(ふけ)たようにじっと眺める。

 

「ウォォォオオオオオーーーーーーーーンッ」

 

 天に向かって(ひと)()えすると、山の斜面を猛ダッシュで駆け上がる。山道へと登ると、そのまま山頂を目指して一直線に走っていった。

 魔獣が向かった方角、それは魔王がいた場所だ。彼は風に乗って流れてきた(かす)かな(にお)いを感じ取り、本来の獲物を仕留めようと思い立ったのだ。

 

「助か……った」

 

 魔獣が去った後、少女がガクッと地べたにへたり込む。緊張感が解けて脱力しきってしまい、しばらく立ち上がれそうにない。それでも今はようやく訪れた安心感に(ひた)ろうと考える。もう彼女を(おびや)かす存在など、何もありはしないのだから。

 

 ふと空を見上げると、数羽の小鳥が飛んでいる。そのうち一羽が少女の肩に()まり、チュンチュンと鳴く。それは平和の到来を象徴するかのようだった。

 

 かくしてナージャという少女は、この惨劇におけるただ一人の生存者となった。

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