いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第38話 ケルベロスとの戦い(後編)

 ケルベロスが死ぬと、三人の少女が魔王に向かって駆け出す。

 

「ザガート様、やりましたねっ!」

「さすがだな、ザガート!!」

「師匠、(つい)にやったッスね!」

 

 ルシル、レジーナ、なずみが思い思いの言葉を吐く。敵を仕留めた男の活躍を心から喜ぶ。作戦勝ちした思慮深さに尊敬の念を抱く。

 ザガートも少女達に()められて、満更(まんざら)でも無さそうにニッコリ笑う。

 

 戦いの緊張が解けて、和気藹々(あいあい)としたムードが漂い始めた時……。

 

「……ムッ!?」

 

 異変を感じた魔王が、慌てて後ろを振り返る。ケルベロスが死んだ場所に目をやると、空に散ったはずの粒子が自ら意思を持ったように動き回り、大地に降り(そそ)ぐ。魔獣の肉体と同質量の灰が降り積もった後、突然火が()いて燃え出す。

 

 毒々しい紫に光る炎は激しく燃え上がった後、何かの形を取っていく。

 

「……ケルベロス!!」

 

 炎の姿を目にして、ザガートが思わずそう口にした。

 ケルベロスがさっきいた場所、そこに彼の形をした紫の炎が立っていたのだ。

 かつて肉で構成された体はメラメラと燃えさかる暗黒の炎へと変わっており、より神話の『地獄の番犬』らしさを強調させるものとなっている。瞳は邪悪に赤い光を放ち、少女達を見つめたままいやらしそうにニタァッと笑う。

 

 一連の事象は、死んだはずのケルベロスが新たな姿となって(よみがえ)った事を悟らせるには十分だった。

 

「我ハ、亡霊(ファントム)ケルベロス……魔王軍十二将ガ一人ナリ」

 

 復活を遂げたケルベロスが自ら名乗る。名前に『亡霊(ファントム)』と付ける事で不死属性を得て蘇った事を強調し、魔王軍の幹部の一人であった事を明かす。

 これまで獣のような(うな)り声しか発しなかった彼だったが、復活後はまるで知性を得たように流暢に喋りだす。

 

 当初彼が魔王軍の幹部かどうかは、ザガートが「そうかもしれない」と思っただけで、明確な判断材料が無かった。もしかしたら、ただ地図で×(バツ)印を付けた場所の近辺にいただけの、野良(ノラ)の魔獣かもしれなかった。

 だが彼自身がそう名乗った事で、彼を倒せば四つ目の宝玉が手に入る事が確定的となった。

 

「蒼天ハ暗黒ニ()マリ、世界ハ地獄ヘト()()エラレン……死ノ世界(デッド・ワールド)ッ!!」

 

 名乗りを終えるとケルベロスが呪文らしき言葉を唱える。すると天がゴロゴロと(かみなり)のような音を発した後、(またた)く間に暗雲に包まれて、太陽の光が一切()さなくなる。彼が立っていた場所を中心として、半径二百メートルの大地がグズグズに腐りだして、生えていた植物が秒速で()れていく。辺り一帯に腐敗臭が漂い始め、空気を吸っただけで吐き気を(もよお)しそうだ。

 

 腐った大地の(すき)()から、青白く光る火の玉のようなものが無数に湧き出る。それらは()を引きながら四方八方へと飛び回る。

 よく見ると火の玉の中心に人間の顔が浮き出ており、恨めしそうな表情をしている。「オロローーンッ」と声に出して悲しげに泣く。ブツブツと聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で、怨嗟(えんさ)の言葉を吐く。

 

 一目で悪霊だと分かるその物体は、ザガート達を見ると生者に嫉妬(しっと)したように襲いかかろうとした。

 

「精霊の力よ、我を守りたまえ……魔法障壁(マジック・バリア)ッ!!」

 

 ルシルが咄嗟(とっさ)に両手で(いん)を結んで魔法の言葉を唱える。彼女を中心として、半透明に青く光るバリアのようなものがドーム状に張り(めぐ)らされた。

 

「みんな、早くっ! この中に入って!!」

 

 バリアの中に退避するよう仲間に(うなが)す。彼女の指示に従い、ザガート、レジーナ、なずみがササッと結界の内部に身を隠す。

 悪霊の群れは障壁を破ろうと(こころ)みたものの、光の壁はダイヤモンドのように分厚く、水槽にぶつかった金魚のように弾かれる。何度も諦めずに突進したが、障壁はビクともしない。

 彼らの力ではバリアを破れそうにない。その事にルシルがホッと一安心する。

 

「これは……ッ!!」

 

 一連の光景を目にして、レジーナが驚きの言葉を口にする。

 明らかにケルベロスが唱えた魔法について知っている者の取る態度だ。

 

(あね)さん、この変な術の事、何か知ってるんスか!?」

 

 王女の反応が気になり、なずみが術について聞いてみた。

 

「ああ、城の本棚にある書物に書かれていた。魔力により特殊な領域(フィールド)を形成し、術者の周囲の空間を地獄へと変える、最上位階の範囲即死魔法……死の世界(デッド・ワールド)ッ!!」

 

 仲間の問いに王女が答える。古代の書物で得た知識から、ケルベロスが唱えた魔法の詳細な説明を行う。

 

「地獄の大地からは悪霊スペクターが無限に湧き出るッ! スペクターに触れられた者は即座に命を落とし、ゾンビとなって(よみがえ)る! ゾンビに襲われた者は新たなゾンビとなり、術の効果が続く限り、彼らは永久に増えていく! かつて(えい)()を誇った巨大帝国が、この呪文一つ唱えただけで滅亡に追いやられたと、(いにしえ)の書物にはある!!」

 

 魔法の恐ろしさを早口で語りだす。術の危険性を伝えようと必死になったあまり、口から大量の(つば)が飛ぶ。途中ハァハァと息が上がり、(ひたい)から汗が流れ出し、顔が真っ赤になる。

 

「だが何よりも恐るべきは、並みの即死魔法に耐性を持つミノタウロスですら、スペクターに触れられれば命を落とす事だ!!」

 

 最後に術の威力の高さについて、説明を付け加えた。

 ミノタウロスは致死風(デッドリー・エア)に無傷で耐えられる強靭な肉体の持ち主だ。その彼が命を落とすという話からも、この『死の世界(デッド・ワールド)』という術が最高ランクの即死魔法である事が十二分に伝わる。

 

「……ソノ通リダ。ヨクゾ俺ノ()ワリニ(ハナ)シテクレタ」

 

 王女の説明が終わると、ケルベロスが嬉しそうにニタァッと笑う。自分に代わって術の特性を話してくれた彼女に「手間が省けた」と敵ながら感謝し、(ねぎら)いの言葉を掛けた。

 

「俺ガ()カヌ限リ、術ノ効果ハ永久ニ続クッ! 魔法障壁(マジック・バリア)ハドレダケ術者ノ魔力ガ高クテモ、(カナラ)ズ五分デ効果ガ切レル! ソウナレバ、オ前達ハスペクターノ餌食(エジキ)トナル! モハヤ逃レル(スベ)ハ無イ! オ前達全員、ココデ生ケル(シカバネ)トナルノダ! ハァーーーッハッハッハァッ!!」

 

 ルシルの張ったバリアが永久に効果を持続するものではないと指摘し、彼女達が死の運命から逃れられないと自信満々に叫ぶ。最後は自分の勝利が確定的となった歓喜のあまり、山中に響かんばかりの大声で高笑いした。

 

「くっ……」

 

 ケルベロスの言葉に、ルシルが苦虫を噛み(つぶ)した表情をする。魔獣の指摘は的を()ており、一言も言い返せない。ただ相手の()(ぶん)を黙って聞き入れるしかない。

 レジーナもなずみも顔をうつむかせたまま悔しげに下唇を噛む。ルシルが言い返せない以上、自分達に反論の余地など無いという思いに駆られた。

 

 一瞬、バリアの外に出て敵を攻撃する考えが頭をよぎったが、スペクターの集中砲火を避けられるとは思えない。霊体となった魔獣に攻撃が通用する保証も無い。とても現実的な打開案とは呼べず、脳内で却下される。

 

 ルシルも、レジーナも、なずみも、ケルベロスも、その場にいた誰もが勝敗は決したと思い込む。ただ一人の男を除いては……。

 

「フンッ……俺を生ける(しかばね)に出来るというなら、やってみせるがいい」

 

 ザガートが恰好(かっこう)を付けるようにマントを右手で開いて風にたなびかせた。魔獣の発言を一笑に()すと、正面に向かってズカズカと歩き出す。そのままバリアの外に出ようとした。

 

「おいザガート、何をする気だッ! おかしなマネをするのはやめろ! いくらお前でも、結界の外に出たら死ぬぞ!!」

 

 正気とは思えない魔王の行動に王女が血相を変える。大声で叫びながら慌てて止めようとしたが、魔王は仲間の忠告を無視して結界の外に出る。

 男が攻撃可能範囲に姿を現すと、全てのスペクターが一斉に彼の方へと集まっていく。(えさ)に群がるピラニアのように大きく口を開けて噛み付こうとした。

 

 数え切れないほどの悪霊に()まれた男の姿を見て、ケルベロスがニタァッと笑う。魔王が悪霊の餌食(えじき)になった事を少しも疑わない。

 

「……!?」

 

 だが次の瞬間目にした光景に、魔獣は心臓が飛び出んばかりの勢いで驚く。

 

 

 

 犬の視界に映り込んだもの……それはスペクターに触れられたまま平然と立つ男の姿だった。

 悪霊は男の命を奪おうと執拗(しつよう)に襲いかかったものの、何度体に触っても命を奪う事が出来ない。お化け屋敷の立体映像のようにスッスッと通り抜けてしまう。触れられたら死ぬという王女の話が真実なのか疑いたくなる。

 

 最上位階の即死魔法であるはずの『死の世界(デッド・ワールド)』が、男には全く効いていない。それはケルベロスにとって到底受け入れがたいものだ。

 

「ふんっ!」

 

 ザガートは(かつ)を入れるように一声発すると、握った右拳を高々と振り上げて、地面に向かって振り下ろす。そのまま地獄の大地を全力で殴り付けた。

 拳が叩き付けられると、地を裂くような轟音と共に山全体が激しく揺れた。すると天を覆っていた暗雲が急速に晴れていき、美しい青空が()み渡る。

 腐った大地は治癒魔法でも掛けられたように元に戻っていき、枯れた草花が瞬時に生き返る。周囲に漂っていた腐敗臭は消えて無くなり、()(れい)な山の空気になる。

 

「オオッ……」

 

 太陽の光が()し込むと、スペクターの群れは口惜しそうに(うめ)き声を漏らしながら、(チリ)も残らず消滅していく。新鮮な山の大地から新たに悪霊が湧き出る事も無い。

 

 一連の光景は魔獣が張り(めぐ)らせた領域(フィールド)が消失し、地獄世界では無くなった事を容易に悟らせた。

 

「バッ……馬鹿ナ!?」

 

 術の効果が消された事にケルベロスが(にわ)かに慌てふためく。あまりに予想外の出来事が起こってしまい、頭の中がグチャグチャになり、体の震えが止まらなくなる。霊体だというのに冷や汗を()きそうな勢いだ。

 即死魔法が効かないだけでも驚きなのに、男は事も無げに地獄結界を破ったのだ。とても信じられるものでは無かった。

 

 魔獣が動揺していると、ザガートが腕組みしながら彼の方へと歩いていく。完全に勝ち誇ったドヤ顔になっており、(えら)そうにふんぞり返りながらのっしのしと歩く。

 

「スペクターに触れられた程度で俺が死ぬと、本気で思ったのか? だとしたら随分(ずいぶん)()められたものだな……」

 

 勝者の余裕に満ちた言葉を吐く。最初からこうなる事が分かっていたと言わんばかりの態度を取る。ルシル達からすれば脅威に感じる呪文も、魔王にとっては子供の児戯(じぎ)に等しい。焦りを抱く要素など一ミリも無い。

 

「ケルベロス……俺の本当の強さを思い知るがいい!!」

 

 自らの強さを見せ付ける事を強い口調で宣言する。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれ……火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 敵に手のひらを向けて攻撃魔法を唱えると、魔王の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかる(なし)くらいの大きさの火球が魔獣めがけて放たれた。

 火球は上級の悪魔が一撃死するほどの威力だ。魔王はこれで勝敗が決したと思った。

 

 だが男の予想に反し、火球は魔獣の体に触れると、そのままスゥッと通り抜けてしまう。犬の背後にある虚空へと飛んでいき、ボンッと音を立てて消失する。

 

「何ッ!?」

 

 ザガートが一瞬驚いた顔をする。眉間(みけん)(しわ)が寄り、無意識のうちに下唇を噛む。

 想定と異なる結末になった事に困惑したあまり、(あや)うく取り乱しそうになり、冷静さを保つのに必死だった。

 

 魔王が呆気(あっけ)に取られていると、男の動揺した姿を見てケルベロスがニヤリとほくそ笑む。敵に一杯食わせた喜びで胸が(おど)り出す。

 

「フハハハハハハハハァッ! 霊体トナッタ俺ニハ、アラユル攻撃ガ通ジナイ! 物理攻撃モ、属性魔法モ、(スベ)テダッ! ドンナ攻撃ダロウト、俺ノ体ヲ風ノヨウニ通リ抜ケル!!」

 

 敵を(あざけ)るように大きな声で笑う。優位に立った嬉しさのあまり、自らの特性をベラベラと喋りだす。あらゆる攻撃に対して無敵になった事を明かす。

 

「唯一ノ例外ハ、悪霊ヲ浄化スル(チカラ)ヲ持ッタ光魔法ノミ! ダガ、ザガートッ! 魔王デアル貴様ニ、光属性ハ(アツカ)エマイ! (スナワ)チ、貴様ニ俺ヲ殺ス手段ハ無イ! コノ戦イハ、最初カラ俺ノ勝チニ決マッテイタノダ!!」

 

 光魔法だけが唯一自分に通用する手段だと教える。相手を(あお)るように挑発的な言葉を浴びせた。

 ()えて自分を殺す方法を口にしたのは、魔王には『それ』が出来ないと踏んだからだ。それしか無いと分かっていても、それが出来ないもどかしさを味あわせて、悔しがらせてやろうという思惑があった。

 

「フフフッ……そうか。光魔法なら通用するのか」

 

 だが魔獣の思惑に反し、ザガートがニタァッと笑う。表情は悪魔のように邪悪な笑みに染まり、不気味に口元を(ゆが)ませた。下を向いたまま「クククッ」と声に出して笑った後、顔を上げて氷のような眼差しを相手に向ける。ギラギラした狼のような瞳は、敵に対する(よど)みなき殺意に溢れる。

 

 敵を倒せないもどかしさを抱く素振りは()(じん)もない。それどころか、悪い(たくら)みを胸に抱いたような邪悪さすら漂わせる。何らかの解決策を見つけたであろう事は一目瞭然だ。

 

「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊(ターン・アンデッド)ッ!!」

 

 敵に手のひらを向けて魔法の言葉を唱える。直後魔王の手のひらから(まばゆ)い輝きを放つ光線が発射された。光線は手のひらよりも大きくなり、近未来のSFに出てくる極太レーザーのように太くなる。

 

 一直線に放たれた光線が命中すると、ケルベロスの体が巨大なオーラのような光に包まれる。すると彼の体を構成する炎が、消化器を噴射されたように鎮火していく。

 

「グッ……ウガァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」

 

 浄化の光で焼かれる苦しみに、ケルベロスが悲痛な声で叫ぶ。全身を引き裂かれるような激痛を味わったのか、体を何度も地面に打ち付けて激しくのたうち回る。目をグワッと見開いて、口からは(よだれ)()らして発狂寸前になる。霊体だという事を忘れてしまいそうだ。

 痛みから逃れようとするように、ミミズのように全身をくねらせて(もだ)える。無論そんな事で魔法の効果が切れる(はず)もなく、彼の体はどんどん分解されていき、最後は首から上だけが残る。

 

「何故……何故魔王デアルオ前ガ、光属性ノ魔法……ヲ……」

 

 口惜しそうに言葉を吐くと、最後に残った頭も分解されて(チリ)も残らず消滅する。

 魔獣を浄化すると、彼を包んでいた光が役目を終えたように消えて無くなる。

 

 ザガート達はまた敵が復活するかもしれないと思い、しばらく様子を見たが、今度ばかりは何も起こりそうに無い。魔獣が立っていた場所にただ草が生えた地面があるだけだ。風がヒューーッと通り抜けて草をカサカサと揺らす音は、戦いが終わった事を否応(いやおう)なく悟らせた。

 

 (さら)にそれから数秒が経過すると、魔獣が死んだ地点の頭上に青い光が集まっていく。光は凝縮されて一つの宝玉を形作ると、ゆっくり落下していって魔王の手元に収まる。(まばゆ)い光を放つガラスのような半透明の球体に、(かに)座の紋章が刻まれていた。

 それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉のうちの一つだ。今回四つめを入手した事になる。

 

(たわけめ……そもそも蘇生術(リザレクション)が光属性の最上位階魔法だというのに、それを使える俺が不死破壊(ターン・アンデッド)を使えない道理が何処にある? 人語を(かい)した所で、しょせん犬は犬か……)

 

 ザガートはケルベロスの判断の甘さを心の中で指摘すると、手のひらに収まった宝玉をサッと(ふところ)にしまう。敗北を招く結果となった敵の愚かさをありったけの言葉で侮辱した。

 

 宝玉を手にしたザガート達一行が、山の(ふもと)へ下りようとした時……。

 

「……ムッ!?」

 

 異変を感じた魔王が慌てて足を止める。一行が後ろを振り返ると、ケルベロスが死んだ地点に、白い玉のような光がボワァッと浮き上がる。それは次第に大きくなっていって魔獣と同じ大きさまで(ふく)れ上がった後、バァンッ! と音を立てて破裂する。そして百を超える数の小さな光に分裂した。

 

 中心に人間の顔が浮き上がったその光は、霊体であろうと思われたがスペクターのような邪悪さは感じられない。しばらくフワフワと現世に(とど)まるように浮かんでいたが、魔王を見て感謝したようにニッコリ笑うと、成仏したように天へと昇っていく。

 

(そうか……ケルベロスに殺された者は、肉だけでなく魂までも捕食される。今までヤツの体の一部となり、現世に(しば)り付けられていた者が、ようやくあの世に旅立てたというのか)

 

 ザガートは一連の光景を目にして、何が起こったかを即座に理解した。魔獣の(えさ)となり、永遠に(みにく)い化け物の血肉になり続ける責め()を負った者達が、その苦しみから解放された事を心から喜ぶ。死後十二時間が経過したため蘇生させる事は(かな)わなかったものの、それでも彼らに感謝された事に内心満更(まんざら)でもない気持ちになる。

 

 ザガートが満足感に(ひた)っていた時、天に昇っていた無数の魂のうち一つが、魔王めがけてすっ飛んでくる。成仏するのを慌てて取りやめたような挙動不審さがあり、落ち着きなくジグザグと飛び回る。

 明らかに他とは違う動きをするその魂は、魔王の前まで来て止まると、ゆっくりと口を開く。

 

「ザガートォォ……俺はまだ半日()っちゃいねえ。お願いだぁ……俺を生き返らせてくれぇ」

 

 野太い男の声で情けない言葉を漏らす。魔王はその男の声に聞き覚えがあった。

 

 光の中心に浮かび上がる男の顔……虎のような(ひげ)を生やした、むさ苦しい中年男の(つら)構えは、(まぎ)れもなく盗賊ガンビーノのものだ。ザガートに即死魔法を掛けられて慌てて逃げ去った彼であったが、ケルベロスの血肉に成り果てていた。

 

 最初は顔だけだったガンビーノの霊は、半透明に()けた上半身の人型へと姿を変える。下半身はフェードアウトしたように消えたままだ。

 

(フーーム……)

 

 ザガートは男の頼みを聞いてしばし思い悩む。もし彼が悪事を働こうとした(ため)に死んだのではなく、反省したにも関わらずケルベロスに襲われて食われたのだとしたら、(あわ)れむ余地はあると考えた。

 

 生き返らせてやってもいいか……一瞬そんな言葉が頭をよぎりかけた時。

 

「お(かしら)ぁーーっ……」

 

 ガンビーノの後ろにいた九つの魂が、恨めしそうに名を呼びながら彼の方へとやってくる。一緒にケルベロスに食われた彼の子分であろうと思われた。

 

「お頭、ズルいですよ……いつもアンタばっか抜け駆けしようとして」

「俺達が死んだのはアンタのせいだ」

「アンタがあの女を犯そうなんて言い出すから、俺達は体が砕けたんだ」

「俺達はアンタを絶対に許さねえ……」

 

 口々に不満の言葉を吐く。即死魔法が発動する引き金となった首領の無責任さに心底嫌気が刺し、この事態を招いた責任を取らせようとした。

 部下達が首領を問い詰めた会話によって、彼らが悪事を働こうとした(ため)に死んだ事実も明白となる。

 

「いや……あの……その……」

 

 ガンビーノがみっともなく言い訳しながら後ろを振り返ると、魔王がゴミを見るような眼差しを向ける。約束を破った彼らに愛想を()かしたようにため息をつく。

 

()せろ……二度と俺の前に顔を見せるな」

 

 ザガートは腹立たしげに吐き捨てると、ハエを追い払おうとするように手をシッシッと振る。男の頼みを聞き入れる気が無くなった事は火を見るより明らかだ。

 

「………」

 

 ガンビーノは魔王の言葉に反論できず黙り込む。悪事がバレた以上、とても食い下がれそうにない。どうしても生き返る事を諦めきれず、しばらくその場に(とど)まっていたが、最後は観念して魔王の(そば)から離れていく。

 ガックリ肩を落としてショボくれたまま天へと昇っていく男の後ろ姿は何とも哀れだ。これが散々悪事を働いた者の末路なのか……そう思わせるものがあった。

 

 彼の子分達も後を追うように天へと昇っていき、その場にいた全ての魂が成仏する。後には太陽が燦々(さんさん)と照り付ける山の大地が広がっていた。

 

「いつまでもこんな所に()ても仕方がない……先を急ぐぞ」

 

 ザガートはそっけなく口にすると、スタスタと早足で歩き出す。見るからに不機嫌そうな顔をしており、一連の出来事に(いら)()ちを覚えた事は一目瞭然だ。

 一刻も早くこの場から立ち去りたい……そんな心情が読み取れた。

 

「あ……ああ」

 

 レジーナ達はそんな魔王に掛ける言葉が見つからず、黙って彼の後についていく。それぞれ思う所はあったが、男の怒りを(しず)められるとは思えず、ただ歩き続けるしかない。

 

 四つめの宝玉を手に入れたにも関わらず、一行にとっては何ともスッキリしない一日となった。

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