いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第4話 竜王バハムート

 ザガートが敵を仕留めた余韻に(ひた)っていると……。

 

「ホッホッホッ、なかなかおやりになりますねぇ」

 

 何者かがそう言って拍手しながら物陰から姿を表す。

 トランプのジョーカーのような赤いピエロの服を着て、白塗りのメイクをした、()せ細った猫背の中年男性だ。いやらしい目付きをしてニタァッと笑い、妙にねっとりした(しゃべ)り方をする。

 如何(いか)にも性格の悪そうな人物である事が伝わる。村の住人とは到底思えない。

 

「私は魔界の道化師ケセフ……魔王軍の幹部にして、大魔王様の側近が一人。この村を侵略する魔族の総指揮官兼参謀を任されております」

 

 ケセフと名乗る道化師風の男が、頭を下げて自己紹介する。

 その男、村を襲撃した魔物を統括(とうかつ)する立場であったらしく、ミノタウロスより階級が上である事が(うかが)えた。見るからに弱そうなナリをしていたが、真の実力は底知れない。

 

「それでケセフとやら……一体何の用だ? 俺の力に恐れを()して、降伏する気にでもなったか?」

 

 ザガートが皮肉を交えつつ男の真意を問う。油断のならない人物だと警戒し、鋭い目付きで()(かく)するように相手を(にら)む。むろん本気で降伏するなどとは毛ほども考えていない。

 

「ホッホッホッ、ご冗談を……我が主君はアザトホース様お一人。貴方にお仕えする気など()(じん)もありません」

 

 ケセフが魔王のジョークを笑い飛ばして主君への忠義を示す。

 

「ザガート……異世界から来た魔王だと言いましたね? 確かに貴方の実力は本物だ。それだけ高い魔力があれば、どこぞの世界で魔王だったとしても不思議は無い」

 

 これまでの戦いから(かんが)みて、ザガートが異界の魔王だという発言に一定の信頼を置く。ゴブリンやオークのような油断はしない。

 

「……ですがッ! 今まで見せた実力程度では、アザトホース様には遠く及ばないッ! せいぜい魔王軍の上級幹部に(れっ)せられるのが精一杯! この世界で魔王を名乗る事は到底(かな)いませんよッ!!」

 

 突然クワッと(けわ)しい表情になると、ザガートが王になれない見解を早口で述べた。よほど必死だったのか、喋るたびに口から大量の(つば)が飛び、途中で声が裏返りそうになる。

 

「貴方が魔王に相応しくないという事、今ここで証明してみせましょう! アブドーラガンダーラ、ボルボルギルヘム、ガルガンゾーア……フェムブフ!!」

 

 話を終えると両手を組んで人差し指を垂直に立てて、何やら怪しげな呪文を唱え出す。それは召喚の呪文だったらしく、詠唱が終わると彼の前にある地面に円形の魔法陣が浮き出て、そこから巨大な何かが姿を現す。

 

 現れたのは古代の恐竜ティラノサウルスより大きな、二足歩行するタイプのドラゴン……全身は純黒に染まっており、体格は幾分(いくぶん)スマートで、背中にコウモリのような翼を生やす。瞳を邪悪に赤く光らせており、歯を剥き出しにしてニヤリと笑う。

 人型に近い外見、感情表現豊かそうな顔は、知能の高さを(うかが)わせた。

 

「大魔王様に次ぐ実力を誇る、魔界最強のドラゴン……竜王バハムートッ! 魔王軍における地位はナンバー2(ツー)! その気になれば彼一人で世界全てを燃やし尽くせる、恐ろしい力の持ち主ッ! この者に勝ちでもしない限り、貴方を真の魔王とは認めませんよッ!!」

 

 ケセフが召喚した竜の正体を明かす。よほど竜の強さに自信があるのか、腰に手を当ててふんぞり返った誇らしげなドヤ顔になる。

 

「魔王ノ名ヲ(カタ)ル、不届キ者……虚空ノ彼方ニ消エ去レイッ! カァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」

 

 そう叫ぶや(いな)や、ドラゴンが大きく口を開けて灼熱のブレスを吐く。太陽の中心温度に匹敵する炎の嵐が吹き荒れて、ザガートを一瞬で()み込む。痛みを感じる(ひま)すら無かったのか、悲鳴も上がらない。

 男を包んだ炎は轟々(ごうごう)と音を立てて燃えさかり、いつまで()っても鎮火しない。

 

「ザッ……ザガート様ぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

 

 男が炎で焼かれたのを見て、ルシルが悲痛な声で叫ぶ。目にうっすらと涙が浮かんで、今にも泣きそうになる。魔王が殺された事実に胸を激しく打ちのめされて、絶望の奈落へと突き落とされた。

 

「も……もうおしまいじゃあ」

 

 村の長老と思しき年老いた白髪の男性が、顔面蒼白(そうはく)になる。村を救う唯一の希望が失われた事に深く落胆して、ガクッと(ひざ)をついてうなだれた。

 

「ああ……」

「もうダメだ……」

 

 他の村人達も同様に失意に呑まれて、次々に悲しむ言葉を口にする。ザガートならやってくれるはずと心の何処かで期待したからこそ、それが裏切られて心がへし折られた気持ちになる。もう自分達は魔族に皆殺しにされるしか無いと考えた。

 

「ヒヒヒッ……竜王バハムートが吐く灼熱の炎は、宇宙最硬物質アダマンタイトを(あめ)のように融解させ、あらゆる魔法障壁を貫通するッ! この一撃に耐えられるのは世界でただ一人、アザトホース様のみッ! ザガートよ! これで貴方が(いつわ)りの魔王だと証明されたようですねぇっ! ホワーーーッハッハッハァッ!!」

 

 ケセフが悲嘆した村人に追い打ちを掛けようと、大きな声で笑う。ドラゴンのブレスの威力を自慢するように解説して、それに耐えられなかったザガートを大いに(ののし)った。

 主君以外に魔王が存在する事を許せない思いがあり、敵を倒せた事に心から気を良くした。あまりに激しく笑いすぎて、(あご)が外れそうになる。

 

 

 

 ケセフが勝利の喜びに(ひた)っていると……。

 

「ほう……ではこの炎に耐えたら、本物の魔王として認めてもらえる訳だな?」

 

 それに水を差すように、何処からか言葉が発せられた。

 

「なっ……何ィィ!?」

 

 ザガートらしき男の声を聞いて、ケセフが一瞬にして青ざめた。勝利の余韻は完全に吹き飛び、心臓がバクバクして(どう)()()(まい)が止まらなくなる。男が生きていた可能性に胸が激しくざわついた。

 

 声が聞こえた方角に道化師が振り返ると、煌々(こうこう)と燃えさかっていた炎が急速に鎮火する。やがて炎が完全に消えてなくなると、そこにザガートが立っていた。五体満足で、負傷した様子が全く無い。

 

「きっ……貴様、ザガートッ!!」

 

 男の姿を目にして、ケセフが激しく動揺する。

 

「うっ、嘘だ……そんなの嘘だッ! 絶対嘘だッ! バハムートの炎は宇宙最強ッ! それに耐える者がいたなんて、そんな事、絶対にあっちゃいけないんだぁぁぁぁあああああッ! うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」

 

 男がドラゴンの炎に打ち勝てた事実が到底受け入れられず、(のど)が割れんばかりの大声で絶叫した。表情からは余裕の色が消え失せて、(ひたい)からは滝のように汗が流れて、体の震えが止まらなくなる。「嘘だ、嘘だ」とうわ言のように(わめ)きながら、両手で頭を何度も()(むし)る。パニックに(おちい)って正気を失ったかのようだ。

 

「馬鹿ナ……」

 

 バハムートもまた、ザガートが無事だった事に驚く。ケセフほど慌てふためいてはいないものの、それでも困惑の色を隠せない。

 

 男は服の表面が(かす)かに焦げていたが、被害はそれだけだ。体にはかすり傷一つ負っていない。それどころか余裕を見せ付けるようにフフンッと鼻で笑う。とても灼熱のブレスを浴びたと思えないほどだ。

 

「バハムートよ……貴様の炎、なかなかの威力だったぞ。もし喰らったのが並みの冒険者なら、(チリ)も残らず消し飛んだだろう。貴様もまた魔王に(あたい)する実力の持ち主であると認めよう。だが残念だったな……それだけの力量があっても、まだ俺には届かん」

 

 ザガートが自分を焼いた炎の威力を()める。竜王の実力の高さに素直に感心し、敵ながら称賛の言葉を送る。それと同時に、やはりそれでも自分を殺せないのだとこの上なく残酷な事実を突き付けた。

 

「竜王バハムート……貴様の強さに敬意を表し、我が最大威力の一撃を(もっ)てお相手しよう! 俺にこの魔法を使わせた事を、誇りに思いながら死ぬがいいッ!!」

 

 全力の一撃を放つ事を宣言し、両手のひらを相手に向けて魔法を唱える構えを取る。

 

()ぜよッ! (なんじ)の身に宿りし力、外へ向かう風とならん!」

 

 詠唱の言葉を口にすると、男の手のひらに魔力が集まっていき、青白い光を放つ光弾になる。光弾は次第に大きくなっていき、やがてダチョウの卵くらいの大きさになる。

 

「……絶対圧縮爆裂(アブソリュート・ディスラプト)ッ!!」

 

 魔法名を叫ぶと手のひらにあった光球が正面に向けて放たれる。光球はグングン加速して音速を超える速さに到達すると、ドラゴンめがけて一直線に飛んでいく。

 

 ザガートの攻撃魔法と思しき『それ』が体に触れた途端……。

 

「グッ……ウガァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」

 

 バハムートが声を上げて苦しみ出す。凄まじい痛みに襲われたのか、地面に倒れて激しくのたうち回りながら、体中を両手の爪で何度も()(むし)る。魔法の効果によるものか、全身の皮膚が沸騰したようにボコボコと泡立つ。

 ドラゴンの体が(まばゆ)く光ったかと思うと、次の瞬間針を刺した風船のようにバァンッ! と音を立てて破裂して木っ端微塵に吹き飛んだ。

 黒焦げの肉片が雨のように降り注いで、彼の明確な死を印象付ける。

 

「ひぃぃぃぃ! バハムートが……バハムートがやられたぁっ!!」

 

 頼みの(つな)のドラゴンがやられた事に、ケセフが情けない悲鳴を漏らす。目からは涙がボロボロと(あふ)れ出し、鼻から大量の鼻水が出て、オモチャを取られた子供のような泣きベソになる。ザガートを挑発した余裕は完全に失い、心が恐怖に支配される。

 

「いっ……嫌だ……死にたくないッ! 俺はまだ、死にたくないんだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーッッ!!」

 

 戦意を喪失すると、大声で泣き言を(わめ)きながら村の出口に向かって走り出す。

 

「逃がさんッ!」

 

 ケセフに追い打ちを掛けようと、ザガートが魔力を凝縮した光線を指から発射する。

 だが(すで)に転移魔法を唱えていたのか、光線が触れようとした瞬間道化師の姿がフッと消えた。

 

(逃げられたか……フンッ、まあ良い。あの程度の小者、生かしておいたとて今後の禍根にはなるまい)

 

 ザガートは敵を取り逃がした事を悔しがりつつ、大きな損失には繋がらないと自分に言い聞かせた。

 

「……」

 

 ルシルを含む大勢の村人は、男が竜を倒して魔王軍を退散させた光景を、呆気(あっけ)に取られて眺める。あまりの出来事に思考が追い付かず、自分達が助かったと理解するのに時間を(よう)した。

 

「……魔王」

 

 一連の光景を見ていた村人の一人が、ふいにそう口にした。

 

「魔王だ……」

「本物の魔王……」

「魔王が村を救った……」

 

 後に続くように、他の住人たちも驚きの言葉を発する。自分達が助かった喜びと、魔王に命を救われた戸惑いとが複雑に入り混じって、何とも言えない心境になる。

 本来村を救った英雄を歓待すべき所だが、魔王が敵か味方か判断できず、どうすればいいか分からないと立ち往生する。

 

(そろそろ頃合(ころあい)だな……)

 

 (にわ)かにざわつく村人を眺めながら物思いに(ふけ)たザガートだったが、彼らに自分は敵ではないと教えるには絶好の機会だと悟る。

 

「聞け、村人達よッ! 俺の名はザガート……異世界から来た魔王なり!!」

 

 彼らの前に立つと、自分が異界の来訪者だと大きな声で告げる。

 

「アザトホースの目的は貴様ら人類を根絶やしにする事……だが俺は違うッ! 俺の望みは世界の救済者となる事ッ! お前達人類を救う……その(ため)に俺は異世界からやって来た!!」

 

 大魔王と自分が異なる思想を持っており、決して(あい)()れるものではない事を明確に教える。

 

「俺が(ほっ)するものはただ一つ……英雄の名声のみッ! 世界の救済者となった俺を神のごとく(あが)め、無限の信仰を(ささ)げる……ただそれだけを願うッ! 秩序の破壊や混沌を望むのでもなければ、重税を()したり、悪政を行ったりもしないと約束しよう!!」

 

 自分の望みが名声を得る事であり、それさえ(かな)えば、決して人々の害になる行為を行わない事を誓う。

 

(なんじ)らには今、二つの選択が与えられた! 俺を救世主と(あが)め、その存在を受け入れるか、悪魔と(ののし)り、村から追い出すか、そのどちらかだッ! むろん後者の選択をした場合、今後どのような化け物が現れようと、俺の助けは得られない事をご理解頂きたい! 諸君らが懸命な選択を選ぶ事を望む!!」

 

 最後に重大な選択を突き付けて話を終わらせた。

 魔王にとって一世一代の大バクチだ。成功すれば人々の尊敬を得られるし、失敗すれば非難を浴びる事は間違いない。だが圧倒的な力を見せ付けた彼らに敵でないとアピールするチャンスは今しかないと考えた。

 

「………」

 

 男が話を終えると、村人が互いに顔を合わせてボソボソと小声で話す。魔王の要求に従うべきかどうか皆で相談する。だが簡単には結論が出ない。

 

 村人は誰しも心の中では彼の存在を受け入れるべきだと考えた。もし魔王が助けなかったら、オークの襲撃で皆殺しにされた事は目に見えていた。その事が、彼の助けが得られなければ、この先生き延びられない事を明確に悟らせた。

 

 異界の魔王を名乗る男を信用する事への不安もあったが、魔族に殺されるよりはマシと考えた。だがこんな大事な話を今この場で決めて良いのかと誰もがオロオロする。

 早く結論を出さなければ相手の機嫌を(そこ)ねるかもしれないと思いつつ、意見が一つにまとまらない。

 

 村人があたふたしていると、彼らの中から一人の老人が前に進み出た。

 

「ワシの名はテラジ……ギレネス村の村長をしております。そこのルシルはワシの孫ですじゃ」

 

 村のまとめ役と思しき、杖をついた白髪の老人が自己紹介する。ルシルの祖父だという。

 

「ワシらは今まで何度も神に祈ったが、神は救いの手を差し伸べてはくださらなんだ……もしこのまま何の助けも得られなければ、ワシらは魔族に殺されるしか無くなる」

 

 自分達が神に見捨てられた事を、悲しげな表情で伝える。

 老人が口にした『神』という存在が、ザガートが元いた世界の神ゼウスなのか、それともこの世界に別の神がいるかはまだ分からない。

 

「魔王様……もうワシらには、貴方様にすがるより他に生きる道が無いんじゃ。どうか……どうか世界の救済者となって、ワシらを導いて下され」

 

 そう言うや否や、地に(ひざ)をついて土下座する。

 

「魔王様……」

「どうか……どうか我らをお助け下さい」

「もう神様なんか、アテにならねえだ……」

 

 他の村人が後に続くように(ひざまず)く。皆が一斉にザガートの方を向きながら大地にひれ()して、地面に両手をついてお願いする。ルシルも慌てて同じようにする。

 ある一人が神への失望を口にした。救済をもたらさない神に祈るのはまっぴらごめんで、自分達を救ってくれるなら、それが魔王だろうと構わないという切実な思いが伝わる。

 

「……よろしい。では村人達よ。我に信仰を捧げた証として、早速(さっそく)(なんじ)らに(ほう)()を取らそう」

 

 村人が服従の意を示した事にザガートが気を良くした。すぐさま信仰の対価として恩恵を与える事を告げる。

 

「我、魔王の名において命じるッ! (なんじ)の傷を(いや)し、魂をあるべき場所へと呼び戻さん……蘇生術(リザレクション)ッ!!」

 

 両腕を左右に広げて天を仰ぐようなポーズを取ると、魔法の言葉を唱える。

 すると天から白い光が流星の(ごと)く降り注いで、オークの襲撃で負わされた村人の傷が急速に()えていく。

 それだけではない。完全に(とど)めを刺された村人の体が凄まじい速さで修復されていき、一度は抜けた魂が戻って、死者が生き返る。

 

 村の建物は三分の一ほど壊されたままだが、住人は一人の被害も出ない状態へと戻る。

 

「ああっ! 貴方……貴方ぁーーっ!」

「とうちゃーーん!」

「おおっ……ミナっ! トーマっ! 父ちゃん生き返ったぞ!!」

 

 父親が生き返った喜びで家族が抱き合う。

 他の住人達も大切な家族や友人が(よみがえ)ったり、体の傷が治った事に深く感激する。村中が歓喜の声で沸き立ち、お祭りのような騒ぎになる。

 

「魔王様、本当にありがとうございます!」

「魔王様こそ真の勇者だっ!」

「魔王様、バンザーーイ!」

「ザガート様、バンザーーイ!」

 

 感謝や歓迎の言葉を口にしながら、村人が一斉に魔王の元へと集まる。最後は感極まって、皆で彼を胴上げした。もはや村人にとっては、彼こそが救いの神だった。

 

「勇者じゃ……ワシらの待ち望んだ勇者が、(つい)に異世界から降臨なされたのじゃ」

 

 村長テラジは救世主が現れたと確信して涙を流す。

 

 ザガートは村人のテンションの高さに一瞬困惑したものの、内心満更(まんざら)ではなく、フフンッと嬉しそうに鼻で笑う。大きな歓声に包まれて、英雄としてもてはやされた満足感に(ひた)る。

 

 人助けも悪くない……内心そう思った。

 暴力で人を支配するのは簡単だ。その方がよほど魔王らしい。

 だが今、大魔王の恐怖に(おび)える哀れな民に救いの手を差し伸べて、彼らに救世主として(あが)められる事こそ、自分が本当にやりたかった事ではないか……ザガートはそのように考えた。

 

 人々が自分を『魔王の姿をした勇者』と認識するなら、あえてそれに乗っかるのも良いかもしれないとさえ思った。

 

「……」

 

 ルシルは村人の態度の変わりように付いていけず、ポカンと口を開けたまま棒立ちになる。観衆の輪から離れた場所に一人取り残されていた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 一方その頃――――。

 

 魔王城と思しき禍々(まがまが)しい建物……その最深部にある玉座の間。

 ケセフが、目の前にある『何か』に向かって(ひざまず)く。表情に焦りの色が浮かび、下を向いたままガタガタ震える。失態を(とが)められる恐怖で冷や汗が止まらない。

 

 彼の両脇に、目だけが赤く光る怪しげな人影がズラッと並び立つ。

 

「……それでおめおめと逃げ帰ったという訳か」

 

 魔王軍の幹部と思しき者の一人が、()(べつ)の言葉を吐く。

 

「村の一つも攻め落とせんとは……」

「バハムートまで連れておきながら……」

「情けない……」

「魔族の(つら)汚しが……」

 

 他の連中が後に続くように声に出して(ののし)る。手柄を立てられずに帰還した同僚を心から見下す。仲間を気遣う優しさは毛ほども感じられない。

 

「グッ……」

 

 当のケセフは苦虫を噛み(つぶ)したような表情を浮かべながらも、仲間の悪口に一切反論しない。ここで敵の強さを雄弁に語ってみせた所で、許される訳が無いと思い、黙って彼らの言葉に聞き入るしかない。

 

「ヌゥゥ……」

 

 ケセフの前にいる『何か』が低い(うな)り声を発する。

 

 (くじら)より大きな、フワフワと宙に浮かぶピンク色のミートボールのような肉塊……それに無数の触手と目玉が生えた不気味な物体こそ、『(はく)()の魔王』と恐れられたアザトホースに他ならない。

 触手は常にユラユラと(うごめ)いており、目玉は全方位をギロリと(にら)む。言葉を発したのに、何処に口があるかも分からない。

 

「異世界ノ魔王、ザガート……我ガ領域ヲ(オカ)ス愚カ者……」

 

 人語を話すのに不慣れなのか、アザトホースがたどたどしい(しゃべ)り方をする。それでも自分の縄張りを荒らされた事に(いきどお)るのが十分に伝わる。

 

「……殺セッ! (カナラ)ズヤ彼奴(キャツ)ヲ亡キ者トシ、ソノ亡骸ヲ我ニ捧ゲヨッ! 見事ソレヲ成シ遂ゲタ者ニハ、望ミノ褒美ヲ取ラソウゾ!!」

 

 ザガートの抹殺を部下に命じて、そのための報酬を約束する。

 

「オオーーーーーーッ!!」

 

 魔王城が、手柄を立てんとする魔族の歓声に包まれた。褒美を約束された事に士気はこの上なく上がり、何としても敵を討ち果たさんと意気揚々になる。

 

「ケセフ……敵ノ強サヲ知ラナカッタ事ヲ(カンガ)ミテ、今回ハオ(トガ)メ無シトスル。次コソ必ズ奴ヲ仕留メルノダ……良イナ」

 

 大魔王が、部下の失態を寛大な心で見逃す。未知の敵に敗れた事を仕方ないとしながらも、二度の失敗は許さないと(くぎ)を刺す。

 

「ははーーーーっ!」

 

 ケセフが上司の温情に深く感謝して頭を下げる。何度も床に(ひたい)(こす)りつけて土下座しながら、自分に(はじ)をかかせたザガートへの復讐を心に誓うのだった。

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