いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。 作:大月秋野
――――十年前。
時計の針が十二時を過ぎた真夜中……草木も生えない
寒々とした夜の荒野に、一人の男が立つ。三十代半ばに見える中年の男性だ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
男が上半身を
左目を鋭い爪で
男は十年前のギースに他ならない。顔付きは少しだけ若いが、服装に大きな変化は見られない。ボサボサの黒髪、濃い緑のバンダナ、黒のタンクトップに
「グルルルルゥ……」
男の前に『何か』がいる。猛獣の如き
動物のチーターより
ヘルハウンドの周囲に、かつて人であったものが無数に転がる。
恐らくはヘルハウンドを討伐する
今この場に生きて立っているのは、犬の魔獣と一人の男だけだ。だが男は左目をやられており、いつ殺されてもおかしくない状況に置かれている。
「クククッ……」
不利な立場に立たされた傭兵を見て、魔獣が小さな声で笑う。ニタァッと口元を
一歩、また一歩と近付いて、相手を心理的に追い込もうとする。完全に敵を
相手に距離を詰められて、ギースがジリジリと後ずさる。背後に
このままだと死を待つだけと分かっていてもどうにもならない。この場を切り抜ける方法を見つけようとしたが、良い考えが思い付かない。
(クソッタレ!! こんな所で……こんな所で死んでたまるかッ! まだ俺は何も成し遂げちゃいねえ! ここで死んだら、ケチで臆病なまま終わっちまう! それだけは絶対ゴメンだ! 片目なんざくれてやるッ! いっそ腕の一本や二本持ってかれようと、ヤツをブチ殺して生き延びてやる!!)
胸の内に怒りが沸き立つ。自身に迫り来る死を直感した時、何としてもそれに屈するまいとする不屈の闘志が燃え上がり、男に闘争本能を取り戻させた。脳内麻薬が分泌されて恐怖心が薄れていき、痛みを恐れる感情が無くなる。たとえ犠牲を払ってでも敵の命を奪おうという発想が、冷静な思考として働く。
ギースがふと足元に目をやると、二振りの剣が落ちている。他の仲間が使っていたもののようだが、刃こぼれしておらず、まだ使えそうだ。
(イチかバチか……試してみるか)
男が心の中でそう
「ウーーッ……」
ヘルハウンドが憎々しげな瞳で相手を睨む。敵を
魔獣は内心腹を立てていた。精神的に追い込まれたはずの男が闘志を取り戻した事に、思い通りに事が運ばない
「グルルァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」
やがて天にも届かんばかりの
「フンッ!」
ギースは
ヘルハウンドは大きく口を開けると、鋭い牙で刃をガブッと受け止める。そのまま
「……そう来ると思ったぜ!」
ギースが勝ち誇った
「これでも……喰らいやがれぇぇぇぇええええええーーーーーーーーッッ!!」
男は腹の底から絞り出したように大きな声で叫ぶと、右手に握った剣を逆手に持ち替えて、剣先を魔獣の
「……ッ!!」
ヘルハウンドは一瞬全身をビクッと震わせると、目がぐるんと裏返って白目を
男はまだ敵が生きているかもしれないと思い、注意深く観察する。だが魔獣はだらんと口を開けて寝転がったままピクリとも動かない。剣で何箇所か刺しても反応しない。傷口からはとめどなく血が
目をグワッと見開いて男を憎々しげに睨み付けた表情のまま固まる。呼吸もしていない。
一連の状況は魔獣が死んだ事を悟らせるには十分だった。
「ヒャッホーーーーイ!!」
ヘルハウンドを仕留めた事を確信して、ギースが歓喜の言葉を漏らす。危機的状況を乗り越えられた嬉しさのあまり、片目を
生存は絶望的だった。一度は観念して死を受け入れかけた。そこから敵を倒して生き延びられた事に、大きな満足感が得られた。
ケチで臆病でうだつが上がらなかったこれまでの人生と決別し、生まれ変わったような開放感が胸の内に広がる。失敗続きの自分とはオサラバするのだと、男は確信を抱く。
「ざまあみやがれ、このクソ犬がッ! 人間サマの力、
男が犬の死体を見下ろしながら大きな声で叫ぶ。ウサ晴らしをするように、魔獣の顔面を足でガッガッと踏み付ける。
傭兵の
……だが誰も聞いていなかったとしても、男にとってはその言葉が吐けただけで満足だった。
◇ ◇ ◇
――――そして現在。
人の住む町から北に二キロほど離れた場所に、神殿跡地の廃墟があった。
長い間風雨に
哀愁すら漂わせる
「ここだな……町の連中が決闘に使うという、いわく付きの場所は」
そう口にしながら、興味深そうに神殿をまじまじと眺める。
男は魔王抹殺の使命を帯びてやってきたギースに他ならない。
神殿の間取り、柱や瓦礫の配置、
(連中はゼタニアの町に向かっている……そこから二キロ離れたこの地を決闘場所に指定する。ヤツの性格が
今後について戦術を
荷物がぎっしり詰まった袋を背負いながら廃墟の中を散策する。村を出た時よりも袋の中身が大きくなっている。一度町に立ち寄って追加の物資を得たようだ。
階段を上がった場所に建てられた、首が無い女神像の後ろをそっと
(ここならアレを隠すのにちょうど良さげだな……)
心の中でそう
ギースは女神像の後ろの日陰に台座を設置すると、紐をほどいて一本の金属針を取り出す。それを矢の先端に取り付けてボウガンにつがえると、台座に固定する。最後にボウガン本体の側面にあるダイヤルのようなものを手で回す。
男が手を離すと、ダイヤルがカチカチと音を立てて回りだす。それに
「よし……注文通りだな」
射撃の精度を確かめて、ギースが満足そうに
ボウガンは男が武器屋に頼んで作らせた特注品だ。直接手で引かずとも、ダイヤルで設定した時間後に自動で発射する仕組みになっている。
人が発射すれば避けられる攻撃も、誰もいない方角から放たれれば避けられないだろう……男はそのように考えた。
(魔王は
敵を抹殺する計画を頭の中で
男は発射した矢の回収に向かうついでに、射線上にある床のタイルをじーっと眺める。その中の一つにナイフで小さな
矢を回収すると、袋から雑誌くらいのサイズの薄い銅板を取り出す。黒一色に塗られたそれを指で触ると、鮮明な映像が映し出された。魔王のこれまでの戦いを記録したもので、魔族が幹部会議で見ていたのと同じ内容だ。
(あの後カフカに頼んで送ってもらった戦いの記録……これをしっかり目に焼き付ける!!)
銅板の出所について思い起こしながら、動画に食い入るように見る。一時停止したり、スロー再生や巻き戻しして、同じ場面を何度も見直す。少しでも気になる箇所があればじっくり研究する。一瞬の
魔王の動き、
地面にドガッと
ふと気が付くと、だいぶ日が落ちて辺りが暗くなりだす。空を飛ぶカラスの群れがカーカー鳴きながら何処かへと飛んでいく。動画に没頭しすぎて時間が
(まぁ、こんなモンで良いだろう)
心の中でそう
今度は目を閉じたまま地べたに横たわる。魔王との戦いを脳内でシミュレートする。頭に叩き込んだ相手の動きを忠実に再現し、イメージ内で戦闘を行う。
これまで得た記憶から相手が取り得る全ての行動を予測し、何十パターン、何百パターンもの展開を思い描く。自分が敗れたパターンを見つけては反省の材料とし、同じ失敗を繰り返さないようにする。
自分が納得行く形に行き着くまで何度もイメージトレーニングする。それを二時間ほど行った後……。
「よし、完璧だッ! 俺の計画に狂いは
目をグワッと見開いて立ち上がると、開口一番に叫ぶ。
「待ってろよザガート……テメェの首、必ずこのギース様が頂いてやる!!」
日が落ちた空に向かって、大きな声で宣言するのだった。