いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第40話 ギースの過去

 ――――十年前。

 

 

 時計の針が十二時を過ぎた真夜中……草木も生えない(かわ)いた大地が無限に広がる荒野。肌を刺すような寒い風がビュウビュウと吹き抜けて、風に飛ばされた砂(ぼこり)が空に舞う。近くに人の住む村や町は見えない。地平の彼方まで()れた地面が続いているだけだ。

 

 寒々とした夜の荒野に、一人の男が立つ。三十代半ばに見える中年の男性だ。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 男が上半身を(かが)めたまま激しく息を切らす。表情には疲労の色が浮かび、(ひたい)からは滝のように汗が流れて、手足の震えが止まらない。

 左目を鋭い爪で(えぐ)られたようにザックリ切り裂かれて、そこからおびただしい量の血が流れだす。他に深手は負っていないが、身の危険を感じるにはそれだけで十分だ。

 

 男は十年前のギースに他ならない。顔付きは少しだけ若いが、服装に大きな変化は見られない。ボサボサの黒髪、濃い緑のバンダナ、黒のタンクトップに(こん)色のジーンズ、両足に金属製のブーツ、両腕にガントレットを()めている。鍛えられた褐色肌も今と変わらない。()いて違いを挙げるとすれば、全身の古傷が今より少ない事だ。

 

「グルルルルゥ……」

 

 男の前に『何か』がいる。猛獣の如き(うな)り声を発しながら、暗闇の中に赤く光る瞳で相手を(にら)む。

 動物のチーターより(ひと)(まわ)り大きな、ドーベルマンのような黒い犬の魔獣……ヘルハウンドという名で知られた怪物だ。合体してケルベロスになるのとは別の個体らしく、一匹しかいない。

 

 ヘルハウンドの周囲に、かつて人であったものが無数に転がる。喉笛(のどぶえ)を噛み千切(ちぎ)られたり、腹を()かれたりして、致命傷を負っている。数にしておよそ七人ほどになる。鎧は砕け、衣服は無惨に破られて、血痕が付着した剣と弓矢が大地に散らばっている。

 恐らくはヘルハウンドを討伐する(ため)に編成されたパーティであろうと思われた。それがギースを除いて全滅したのだ。

 

 今この場に生きて立っているのは、犬の魔獣と一人の男だけだ。だが男は左目をやられており、いつ殺されてもおかしくない状況に置かれている。

 

「クククッ……」

 

 不利な立場に立たされた傭兵を見て、魔獣が小さな声で笑う。ニタァッと口元を(ゆが)ませて、侮蔑を含んだいやらしい笑顔になる。

 一歩、また一歩と近付いて、相手を心理的に追い込もうとする。完全に敵を()めきった態度を取っており、(すで)に勝者になったつもりでいる。

 

 相手に距離を詰められて、ギースがジリジリと後ずさる。背後に(がけ)など無いが、それでも焦りが(つの)りだす。額の汗が止まらない。

 このままだと死を待つだけと分かっていてもどうにもならない。この場を切り抜ける方法を見つけようとしたが、良い考えが思い付かない。

 

(クソッタレ!! こんな所で……こんな所で死んでたまるかッ! まだ俺は何も成し遂げちゃいねえ! ここで死んだら、ケチで臆病なまま終わっちまう! それだけは絶対ゴメンだ! 片目なんざくれてやるッ! いっそ腕の一本や二本持ってかれようと、ヤツをブチ殺して生き延びてやる!!)

 

 胸の内に怒りが沸き立つ。自身に迫り来る死を直感した時、何としてもそれに屈するまいとする不屈の闘志が燃え上がり、男に闘争本能を取り戻させた。脳内麻薬が分泌されて恐怖心が薄れていき、痛みを恐れる感情が無くなる。たとえ犠牲を払ってでも敵の命を奪おうという発想が、冷静な思考として働く。

 

 ギースがふと足元に目をやると、二振りの剣が落ちている。他の仲間が使っていたもののようだが、刃こぼれしておらず、まだ使えそうだ。

 

(イチかバチか……試してみるか)

 

 男が心の中でそう(つぶや)いてニヤリと笑う。地面に落ちた剣を拾い上げると、それぞれの手に一振りずつ握って二刀流になる。何らかの方法を思い付いたのか、敵に向かってジリジリと接近しだす。

 

「ウーーッ……」

 

 ヘルハウンドが憎々しげな瞳で相手を睨む。敵を()(かく)するように低い声で(うな)る。表情がみるみる殺意に染まっていく。

 魔獣は内心腹を立てていた。精神的に追い込まれたはずの男が闘志を取り戻した事に、思い通りに事が運ばない(いら)()ちを覚える。貴様如きがやる気を取り戻した所で、我に勝てるものかっ! ……もし人語を発したならば、彼はそう言っただろう。

 

「グルルァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」

 

 やがて天にも届かんばかりの咆哮(ほうこう)を発すると、(しび)れを切らしたように敵に向かって駆け出す。一気に間合いを詰めて、相手の喉笛(のどぶえ)に噛み付こうとした。

 

「フンッ!」

 

 ギースは(かつ)を入れるように一声発すると、左手に握った剣を横()ぎに振って魔獣に斬りかかる。

 ヘルハウンドは大きく口を開けると、鋭い牙で刃をガブッと受け止める。そのまま(あご)に力を入れて剣を噛み砕こうとする。

 

「……そう来ると思ったぜ!」

 

 ギースが勝ち誇った台詞(セリフ)を吐いてニタァッと不気味な笑みを浮かべた。男が悪魔のような表情をした事に、ヘルハウンドは咄嗟(とっさ)の判断が間違っていたと気付かされる。男の態度は、今の状況が彼の望んだものであったと知るに十分だった。

 

「これでも……喰らいやがれぇぇぇぇええええええーーーーーーーーッッ!!」

 

 男は腹の底から絞り出したように大きな声で叫ぶと、右手に握った剣を逆手に持ち替えて、剣先を魔獣の(よこ)(くび)めがけて振り下ろす。ドシュウッと鈍い音が鳴り、ロングソードの刃が魔獣の(のど)を貫通する。傷口からボタッボタッと血が流れだし、地面に血(だま)りが出来る。

 

「……ッ!!」

 

 ヘルハウンドは一瞬全身をビクッと震わせると、目がぐるんと裏返って白目を()く。反射的に手足をバタつかせて暴れようとしたが、数秒と()たないうちに動きが止まる。断末魔の悲鳴を上げる間もなく、崩れ落ちるように地面に倒れて、ドスゥゥーーーンッと音を立てて全身を横たわらせた。

 

 男はまだ敵が生きているかもしれないと思い、注意深く観察する。だが魔獣はだらんと口を開けて寝転がったままピクリとも動かない。剣で何箇所か刺しても反応しない。傷口からはとめどなく血が(あふ)れており、それは致死量に達するものだ。

 目をグワッと見開いて男を憎々しげに睨み付けた表情のまま固まる。呼吸もしていない。

 一連の状況は魔獣が死んだ事を悟らせるには十分だった。

 

「ヒャッホーーーーイ!!」

 

 ヘルハウンドを仕留めた事を確信して、ギースが歓喜の言葉を漏らす。危機的状況を乗り越えられた嬉しさのあまり、片目を(えぐ)られた事も忘れてウサギのようにピョンピョン跳ね回る。鼻歌を(うた)いながら踊りたい気分にすらなる。

 

 生存は絶望的だった。一度は観念して死を受け入れかけた。そこから敵を倒して生き延びられた事に、大きな満足感が得られた。

 ケチで臆病でうだつが上がらなかったこれまでの人生と決別し、生まれ変わったような開放感が胸の内に広がる。失敗続きの自分とはオサラバするのだと、男は確信を抱く。

 

「ざまあみやがれ、このクソ犬がッ! 人間サマの力、()めんじゃねぇぇぇぇええええええーーーーーーーーッッ!!」

 

 男が犬の死体を見下ろしながら大きな声で叫ぶ。ウサ晴らしをするように、魔獣の顔面を足でガッガッと踏み付ける。

 傭兵の咆哮(ほうこう)は荒野に響き渡った後、シーーンと静まり返る。言葉を返す者はいない。冷たい風がビュウビュウと吹き抜けるだけだ。

 

 ……だが誰も聞いていなかったとしても、男にとってはその言葉が吐けただけで満足だった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 ――――そして現在。

 

 

 人の住む町から北に二キロほど離れた場所に、神殿跡地の廃墟があった。

 長い間風雨に(さら)されて()ち果てたのか、壁と天井は完全に無くなっており、折れた柱と床のタイル、段差を移動する階段があるだけだ。所々に壁が崩落したらしき瓦礫(がれき)が転がっている。入口らしき場所に建てられた槍を持った女神の像は、信仰が途絶えた事を象徴するように頭が吹き飛んでいる。

 

 哀愁すら漂わせる(さび)しげな廃墟に、一人の男が姿を現す。

 

「ここだな……町の連中が決闘に使うという、いわく付きの場所は」

 

 そう口にしながら、興味深そうに神殿をまじまじと眺める。

 男は魔王抹殺の使命を帯びてやってきたギースに他ならない。(あご)に手を当てて眉間(みけん)(しわ)を寄せたまま、注意深く周囲を観察する。

 神殿の間取り、柱や瓦礫の配置、遮蔽(しゃへい)物や段差により生じる死角……それらを頭の中に叩き込む。

 

(連中はゼタニアの町に向かっている……そこから二キロ離れたこの地を決闘場所に指定する。ヤツの性格が(ウワサ)通りなら、必ず誘いに乗る……そこを迎え撃つ!)

 

 今後について戦術を(めぐ)らす。ギースは魔王一行の足取りを調べて先回りしていた。決闘に指定する予定の場所を下調べして、用意周到に罠を張り巡らせて、待ち伏せする気でいた。この地が段差や障害物が多く、罠を設置する死角に恵まれた事は彼にとって好都合だ。

 

 荷物がぎっしり詰まった袋を背負いながら廃墟の中を散策する。村を出た時よりも袋の中身が大きくなっている。一度町に立ち寄って追加の物資を得たようだ。

 階段を上がった場所に建てられた、首が無い女神像の後ろをそっと(のぞ)き込む。

 

(ここならアレを隠すのにちょうど良さげだな……)

 

 心の中でそう(つぶや)いてニヤリと笑う。妙案を思い付いたのか、袋の中に手を突っ込んでゴソゴソ探した後、二つのものを取り出す。一つはボウガンを床に固定する台座のような器具、もう一つは『妖精の針』を()したレプリカらしき数十本の金属針を(ひも)で束ねたものだ。

 

 ギースは女神像の後ろの日陰に台座を設置すると、紐をほどいて一本の金属針を取り出す。それを矢の先端に取り付けてボウガンにつがえると、台座に固定する。最後にボウガン本体の側面にあるダイヤルのようなものを手で回す。

 

 男が手を離すと、ダイヤルがカチカチと音を立てて回りだす。それに(ともな)い、ボウガンが(ひと)りでにギギィーーーッと弓を引く。ダイヤルの()(もり)が赤い線に到達すると、ビュンッと矢を発射する。矢は射線の先にある柱に激突してキィンッと弾かれて地面に転がる。

 

「よし……注文通りだな」

 

 射撃の精度を確かめて、ギースが満足そうに(うなず)く。

 ボウガンは男が武器屋に頼んで作らせた特注品だ。直接手で引かずとも、ダイヤルで設定した時間後に自動で発射する仕組みになっている。

 人が発射すれば避けられる攻撃も、誰もいない方角から放たれれば避けられないだろう……男はそのように考えた。

 

(魔王は(しょ)(ぱな)から本気は出さねえから、いきなり殺される心配は()ぇ……その間、ヤツの注意を全力で引き付けるッ! 時間が迫ったら、『ティタンのメイス』で目的の場所に飛ばす! ヤツが来たと同時に矢が発射され、心臓を貫く! (はがね)より硬いドラゴンの皮膚を豆腐のように貫く『妖精の針』が、確実にヤツを仕留める!!)

 

 敵を抹殺する計画を頭の中で()る。貴重な品を使い捨ててまで行われる一大作戦だ。失敗は許されない。

 男は発射した矢の回収に向かうついでに、射線上にある床のタイルをじーっと眺める。その中の一つにナイフで小さな×(バツ)印を付ける。ここに魔王を誘い込むのだと決める。

 

 矢を回収すると、袋から雑誌くらいのサイズの薄い銅板を取り出す。黒一色に塗られたそれを指で触ると、鮮明な映像が映し出された。魔王のこれまでの戦いを記録したもので、魔族が幹部会議で見ていたのと同じ内容だ。

 

(あの後カフカに頼んで送ってもらった戦いの記録……これをしっかり目に焼き付ける!!)

 

 銅板の出所について思い起こしながら、動画に食い入るように見る。一時停止したり、スロー再生や巻き戻しして、同じ場面を何度も見直す。少しでも気になる箇所があればじっくり研究する。一瞬の(すき)も見逃さない。

 魔王の動き、(くせ)、速さ……それらを完全に頭の中に叩き込む。

 

 地面にドガッと胡座(あぐら)をかいて座ると、保存食として持ってきたビーフジャーキーとビスケットを袋から取り出す。それらをバリバリ(むさぼ)り食らい、ガラス(びん)に入った水をゴクゴク飲みながら動画を見る。

 (はた)から見ると廃墟で動画を見ているただのオッサンだが、本人は(いた)って真剣だ。

 

 ふと気が付くと、だいぶ日が落ちて辺りが暗くなりだす。空を飛ぶカラスの群れがカーカー鳴きながら何処かへと飛んでいく。動画に没頭しすぎて時間が()つのを忘れたらしい。

 

(まぁ、こんなモンで良いだろう)

 

 心の中でそう(つぶや)きながら、銅板を袋の中にしまう。

 今度は目を閉じたまま地べたに横たわる。魔王との戦いを脳内でシミュレートする。頭に叩き込んだ相手の動きを忠実に再現し、イメージ内で戦闘を行う。

 これまで得た記憶から相手が取り得る全ての行動を予測し、何十パターン、何百パターンもの展開を思い描く。自分が敗れたパターンを見つけては反省の材料とし、同じ失敗を繰り返さないようにする。

 

 自分が納得行く形に行き着くまで何度もイメージトレーニングする。それを二時間ほど行った後……。

 

「よし、完璧だッ! 俺の計画に狂いは()ぇ!!」

 

 目をグワッと見開いて立ち上がると、開口一番に叫ぶ。

 

「待ってろよザガート……テメェの首、必ずこのギース様が頂いてやる!!」

 

 日が落ちた空に向かって、大きな声で宣言するのだった。

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