いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第43話 放たれた矢

 ティタンのメイスの力によって、ある場所へと運ばれた魔王……そこはギースが『妖精の針』で標的を(くし)刺しにすると決めた場所だ。

 敵の狙いが読めず焦る魔王だが、足元の床に付けられた×(バツ)印にも、女神像の裏に設置されたボウガンにも気付かない。そうこうしている間に矢の発射時間が迫る。

 

(3……2……1……今だッ!!)

 

 傭兵がカウントダウンを終えた瞬間、ボウガンから矢が発射された。ビュウッと音を立てて放たれた矢の速度は非常に速く、着弾に一秒も掛からない。

 矢の発射音に気付いてザガートが慌てて振り向いた瞬間、魔王のシルエットに矢が重なってドシュッと肉が刺された音が鳴る。トマトのように赤い血がボタッ……ボタッ……と(したた)り落ちる。

 

 魔王は傭兵に背を向けたままピクリとも動かない。倒れるでもなく、悲鳴を上げるでもなく、刺されたポーズのまま映像を一時停止したように固まる。生きているのか死んだのか判別が付かない。

 ルシル達は戦いを見届けながら一言も発しない。本来魔王が死んだかもしれない状況に悲鳴を発するべき所だが、真剣に見入ったあまり言葉が出ない。目をグワッと開いて一連の光景を凝視したまま、ゴクリと(つば)を飲む。

 

 誰も一歩も動かないまま、数秒が経過する。辺りはシーーンと静まり返り、場の空気が(にわ)かに重くなる。ヒュウッと冷たい風が吹き抜けて、砂(ぼこり)が空に舞う。この静けさを破ってはいけない雰囲気があり、何とも言えない異様な緊張感が漂う。

 

 

 

(やった……(つい)に魔王を仕留めたぞ!!)

 

 ギースが勝利を確信したのも(つか)の間……。

 

「クククッ……」

 

 魔王が沈黙を破ろうとするように言葉を発する。それと同時に傭兵の方へゆっくりと振り返り、真実を見せる。

 

 ……ザガートは右腕を盾にして心臓を(かば)っていた。矢は右腕に深く突き刺さり血が流れ出たものの、向こう(がわ)へと突き抜けるまでには至らず、腕に刺さった状態のまま止まる。

 矢の発射音に気付いた瞬間、咄嗟(とっさ)に急所をガードしたのだ。それが間に合う形となった。

 

 矢を引き抜くと、傷口はみるみるうちに(ふさ)がっていく。二度と敵に使われないよう、矢の先端を手で握り(つぶ)す。

 

「フフフッ……フハハハハッ……ハァーーーッハッハッハァッ!!」

 

 魔王が興奮気味に高笑いする。最初は声を押し殺すように、徐々に声量を上げていき、最後は大きな声を出す、いわゆる『三段笑い』をする。

 これまで見た事が無いほど歓喜に満ちた表情をしている。人生で味わった事が無い喜びを得たように恍惚(こうこつ)としている。

 死なずに済んだ事を喜んでいるように見えたが、そうではない。

 

「よくぞ……よくぞ俺をここまで追い込んだッ! ()めて(つか)わす! この世界に来てから俺に血を流させたのは、お前が初めてだ! ボウガンの速さが今の二倍あったら、俺は心臓を貫かれていただろう!!」

 

 傭兵の健闘ぶりを称賛する言葉が口を()いて出た。男の実力の高さを認めて、死の恐怖を与えてくれた事に尊敬の念すら湧く。

 

 魔王の中にあったのは男への恨みではない。むしろ逆だ。

 魔王は予想を(くつがえ)す男の戦いぶりに、ただただ感激した。ある種の感動すら覚えた。仲間にしたいとさえ感じた。

 

「……なんてこった」

 

 ギースが残念そうに言葉を吐く。喜ぶ魔王とは対照的に、落胆したようにため息を漏らす。失意の奈落へと突き落とされて、ガクッと(ひざ)をついてうなだれる。ここまでやっても仕留めきれないのかと深く絶望する思いに(とら)われた。

 

 魔王の反応速度が想定通りなら殺せる(はず)だった。カフカから送られた映像が能力の全てなら、そうなる計算だった。結局魔王はこれまで一度も本気を出していなかった事になる。それが男の計算を狂わせた。

 

「もうオシマイだ……アンタを殺す手段は一つも無くなった。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

 地面に両手をついて下を向いたまま自暴自棄になる。手札を失った事を伝えて、戦意を喪失した素振りを見せる。

 

 男がやる気を失った姿を見て、ザガートがズカズカと歩いていく。彼の前に立ち、声を掛けようとした瞬間……。

 

「……なぁんて、言うとでも思ったか!!」

 

 ギースが大声で叫びながら顔を上げてニヤリと笑う。右腕に()めたガントレットの(こう)に仕込んであったロングソードの刃がシュッと飛び出すと、パンチを()り出すような仕草でそれを魔王の心臓に突き刺そうとした。

 

「……そう来るだろうと思った」

 

 相手の狙いが読めていたように魔王がサッと横に動いてかわす。攻撃を空振って(すき)(さら)け出した男の顔面に全力の裏拳を叩き込む。

 

「バッ……ドブルゥゥゥゥァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 傭兵が滑稽(こっけい)な奇声を発しながらゴミのように吹き飛ぶ。強い衝撃で地面に激突すると、豪快に大地を(えぐ)り上げながら何十メートルも押されて、大量の砂(ぼこり)を巻き上げた。最後は地面に体が半分めり込んだまま手足をピクピクさせた。

 殴られた衝撃で全身血まみれになり、あちこち骨が砕けている。立ち上がる力さえ残っていないのが一目で分かる。

 今度ばかりは演技でなく本当に重傷を負っていた。それどころか何の治療も(ほどこ)さなければ、数分と()たないうちに命を落としそうだ。

 

 (さら)に五分が経過した事により、これまで持続していたハイパードリンクによる全能力十倍強化の効果が切れて、男を包んでいた金色のオーラが消えてなくなる。その事も勝敗が決したと思わせるのに拍車を掛けた。

 

 ザガートは倒れた傭兵に向かって歩いていく。彼の前に立つと、腕組みしたまま勝ち誇ったように相手を見下ろす。服従しろと言いたげな視線を向ける。

 

「今度こそ本当にオシマイだ……(ねん)()の納め時っつうヤツか? へへ……だが(わる)かぁねえ」

 

 ギースが観念した言葉を吐く。息も絶えだえになり、(うつ)ろな目をしながらも満足げにニッコリ笑う。完全に死を受け入れた男の顔になる。

 

「……お前は殺すには惜しい男だ。俺とここまでやり合えた相手を他に知らない。もしこの先俺と互角に渡り合える勇者が現れなければ、お前を最強の人間と認定しても良いほどだ」

 

 ザガートがギースの健闘ぶりを()(たた)える。自分を追い詰めた男の実力を高く評価して、最大限称賛する言葉を送る。

 

「降伏しろ……そうすれば部下として取り立ててやらん事も無い」

 

 厚遇する意思を伝えて、仲間に加わるよう(うなが)す。

 

「魔王サンよぉ、馬鹿言っちゃいけねえ……俺はアンタを殺すために雇われたんだ。その俺が勝負に負けたからハイ降参しますなんて、そんなダッセェ真似(まね)できっかよ」

 

 傭兵が魔王の誘いを即答で断る。何を馬鹿げた事をと言いたげに一笑に()す。魔王の部下になる考えは一ミリも持ち合わせていない事を伝える。

 

「そうか……だがどうするつもりだ? 部下にならないと言うなら、俺も自分を殺そうとした相手を生かしておくほどお(ひと)()しではない。ここで命を失ってしまっても構わないのか? まだやり残した事があるんじゃないか」

 

 魔王が(なお)も問いかける。死んでも後悔しないかと確かめるように念を押す。

 

「死ぬ覚悟なら……とっくに出来てる」

 

 ギースがそう口にしてニッと笑う。欠けた奥歯に埋め込んであった小石のようなものをベロで取り出して、力任せにガリッと噛み砕く。次の瞬間……。

 

 

 

 男の体が一瞬(まばゆ)い光を放った後、大きな音を立てて爆発する。その爆発の威力は凄まじく、大地が激しく揺れて、周囲の瓦礫(がれき)を吹き飛ばすほどの突風が巻き起こる。天に向かって巨大な炎が噴き上がり、男の姿は何処にも見当たらない。

 

「なっ……何だとぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 突然の出来事にレジーナが声に出して驚く。予想外の結末に動揺せずにいられない。

 ルシルもなずみも、こわばった表情のまま固まる。大きな爆発を前にして言葉も出ない。

 

 ザガートは爆風に()まれても手傷を負わなかったが、それでも精神的ショックは計り知れない。何が起こったのか全く分からず、状況を理解するのに時間が掛かった。

 

 一瞬、男が爆発に(まぎ)れて逃げた可能性を疑った。だが彼と同質量の黒く焦げた肉片が飛び散っており、その考えを瞬時に否定する。あれだけ深手を負っていながら巨大な肉を用意して逃げ去るなど到底不可能な所業だ。

 

(他人に服従して生き長らえるより、誇りある死を選んだという訳か……)

 

 傭兵の死を確信して深く残念がる。才能ある人物を仲間に出来なかった事に、欲しいものが手に入らないモヤモヤを抱く。蘇生術(リザレクション)生命創造(クリエート・ライフ)を使う手もあったが、()えてそれをしない。彼が自らの意思で服従しなければ満足しない思いがあった。

 

 ザガートは衣服のポケットに手を突っ込んで、一枚のコインを取り出す。ギースが戦いが始まる前に捨てたのを拾い上げたものだ。

 

「……(さん)()の川の渡し(ちん)に使うがいい」

 

 そう口にすると、男が死んだ地点に向かってコインを放り投げる。

 

 ……コインはころころと地面を転がっていき、表を上に向けて倒れた。

 

「ホッホッホッ……やはり彼では駄目だったようですねぇ」

 

 ザガートが轟轟(ごうごう)と燃えさかる炎を前に茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていると、炎の中から何者かが姿を現す。

 

 その者はトランプのジョーカーのようなピエロの格好をしていた。声も、顔も、口調も、仕草も、何もかもケセフに(うり)二つだ。ただし着ている服の色が違う。

 ケセフが赤い服を着ていたのに対して、彼は緑色の服を着ていた。それで別人だと分かる。

 

「貴様……何者だ」

 

 ザガートが敵視するような目で相手を(にら)む。まず間違いなく魔族の手先であろうと思われる人物を前にして警戒せずにいられない。

 

「ホッホッホッ……お初お目に掛かります、異世界の魔王。私はカフカ……貴方に殺されたケセフの弟にして、魔王軍十二将の一人。大方(おおかた)想像が付くでしょうが、私がギースに貴方の抹殺を依頼しました」

 

 道化師が自らの素性を明かす。ケセフと血の繋がりがある事、魔王軍の幹部だという事、ギースの依頼主である事実……それらを包み隠さず教える。

 

「ギースは素晴らしい戦士でした。それは認めましょう。ですが彼の力を(もっ)てしても、貴方を殺せなかった……何とも惜しい話です」

 

 傭兵の実力に一定の評価を下して、魔王を仕留められなかった事を深く残念がる。

 期待通りの成果が出なかった事を(ののし)ったりはしない。先の戦いをこの目で見て、「彼は十分よくやった」という思いに駆られたようだ。

 彼に殺せない相手なら、他の誰を雇っても殺せはしない……そう感じさせる結果となった。

 

「それで頼みの(つな)のギースが死んで、お前はどうするつもりだ? すいません、参りましたと土下座して謝りにでも来たか」

 

 ザガートが小馬鹿にするように問う。本気でそうする(わけ)がないと分かった上で、わざと(あお)るような言葉をぶつける。

 

「ホッホッホッ……ご冗談を。手札は常に複数枚用意しておくものです。兄もそうしたでしょう? 私も同じですよ。貴方を殺す手段は一つだけではないという事です」

 

 魔王のジョークをカフカが笑い飛ばす。相手の挑発に乗せられてマジギレしたりしない。ギース以外にも魔王にぶつけるカードを用意していた事を告げる。

 

「暗黒魔獣よ……出てきなさいッ!」

 

 そう言いながら合図を送るように指をパチンと鳴らす。

 

「……グルルルゥゥゥ」

 

 道化師の合図を受けて、炎の中から巨大な何かが(うな)り声を発しながら姿を現す。

 

 ……それは大人のライオンより一回(ひとまわ)り大きな、黒いチーターの化け物だった。全身の筋肉は引き締まっており、見るからに俊敏そうな(たい)()をしている。瞳は不気味に赤く光り、前足の(ツメ)は剣のように鋭い。魔王を睨み付けたまま「ウウーーッ」と言葉を発して敵意を()き出しにする。

 黒い大きな獣が四足歩行する姿は、かつてのケルベロスを彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「恐るべき魔界の獣……その名も『黒の追跡者(ブラック・ストーカー)』ッ! 性格は獰猛(どうもう)にして残忍、一度狙った獲物を殺すまで永久に追いかけ回す事から、そう名付けられました。魔王軍の幹部ではありませんが、戦闘能力は生前のケルベロスに引けを取りませんよ」

 

 カフカが魔獣の詳しい説明を行う。以前ザガート達が戦った三つ首の獣と同等の強さを持つ事を雄弁に語る。

 

「さあ、我が忠実な(しもべ)よッ! そこにいる異世界の魔王を八つ裂きにしてしまいなさい!!」

「グルルゥゥゥゥァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」

 

 魔王を指差して処刑を命じる。カフカの命を受けて、チーターの化け物がけたたましい咆哮(ほうこう)を上げながら脱兎(だっと)の如く走りだす。五メートルほど離れた間合いに立つと、大きく口を開けて高く飛び上がり、魔王めがけて急降下する。そのまま相手の喉笛(のどぶえ)に噛み付こうとした。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれ……火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 魔王が敵に手のひらを向けて攻撃魔法を唱える。魔王の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかる(なし)くらいの大きさの火球が放たれてチーターを直撃する。

 

「ウギャアアアアアアアアッ!!」

 

 一瞬にして地獄の炎に包まれたチーターが、この世の終わりと思えるほどの絶叫を発する。火球が激突した衝撃で後ろに吹き飛ばされて地面に叩き付けられると、痛みから逃れようとするように体をのたうち回らせたが、数秒と()たないうちに黒焦げの焼死体になる。

 死体は完全に炭化しており、ボロボロと崩れ落ちて灰になる。一陣の突風が吹き抜けると風に飛ばされて散っていった。

 

 ザガートは敵が跡形もなく消えた光景をじっと眺めた後、カフカの方へと振り返る。

 

「ケルベロスに引けを取らないから……何だと言うのだ?」

 

 ゴミを見るような目で相手を見ながら、冷たい口調で言い放つ。大した強さじゃない敵を差し向けてきた道化師を心から(さげす)むような態度だ。

 魔王は三つ首獣に苦戦などしていない。その三つ首獣と同じ強さだと言われても、彼にとっては何でもない話だった。

 

 魔王に正論をぶつけられて、反論できず押し黙るカフカだったが……。

 

「……クソが」

 

 そんな言葉が口を()いて出た。下を向いて両肩をプルプル震わせながら、顔がみるみるうちに紅潮する。(ひたい)に血管がビキビキ浮き出ており、今にもブチ切れそうになる。配下の魔物を瞬殺された事がよほど腹に()えかねたようだ。

 

「よくも……よくも俺様をコケにしてくれたなぁっ! 許さねえ……絶対(ぜってえ)許さねえぞッ! このすかしたイケメン野郎がッ! お前ら全員、皆殺しにしてやる! 二度と生意気な口が聞けないよう、じわじわとなぶり殺してやる! 万が一ギースが失敗した時のために取っておいた、真の切り札でなッ!!」

 

 顔を上げてグワッと目を見開いた阿修羅のような顔になると、聞くに()えない罵詈雑言を早口で(わめ)き散らす。頭に血が(のぼ)って冷静さを失ったあまり、口から大量の(つば)が飛ぶ。これまであった余裕は失われて、完全にチンピラの物言いになる。

 最後の手札を残してあった事を告げると、(ふところ)から黒いガラス球のような球体を取り出す。

 

「この中には恐ろしい悪魔が封印されている! アスタロトを()える力を持つ、日本の妖怪を()べる邪悪な魔王がなッ! 今からそいつの封印を解き放つ! お前らはここで死ぬんだッ! そいつに殺されてな! ヒャァーーーッハッハッハァッ!!」

 

 黒い球体が何なのかを詳細に明かす。凶悪な魔神が封印されている事を伝えて、それをザガート達にぶつけるつもりでいた事を教える。彼らが残忍に殺される姿を想像して、心の底から嬉しそうに高笑いした。

 

 話を終えるとカフカは球体を勢いよく地面に叩き付ける。球体がガラスのような音を立てて割れた瞬間、カッと(まばゆ)い光が放たれて辺り一帯が見えなくなる。光が収まって視界が開けてくると、球体が割れた場所に『何か』がいた。

 

「なん……だと!?」

 

 目に入り込んだ光景にザガートが驚きの言葉を発する。予想外の展開に動揺を隠しきれない。

 

 そこに一人の若い少女……いや大人の女性が寝そべっていた。

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