いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第44話 日本の妖怪を統べる王

 ギースを倒したザガートの前に、ケセフの弟カフカが姿を現す。傭兵に魔王抹殺を依頼した張本人である事実を明かす。黒いチーターの化け物を呼び出して魔王の処刑を命じたものの、チーターはいともたやすく返り討ちにされてしまう。

 

 配下の魔獣を倒された事にカフカが激高する。(ふところ)から黒いガラス球のような球体を取り出すと、恐ろしい悪魔が封印されている事を告げる。それを魔王にぶつけるつもりなのだと言う。

 地面に叩き付けられた球体が粉々に砕けて、悪魔の封印が解ける。

 

「なん……だと!?」

 

 視界に入り込んだ光景にザガートが驚きの言葉を発する。それもそのはず、醜悪な魔神のイメージからは程遠い、一人の若い女性が大地に寝そべっていたからだ。

 

 その女性、見た目は二十七歳くらいで、赤い『着物』と呼ばれる和服を着ている。胸元ははだけており、常に右肩を出して、腰の(おび)を緩めに縛ってだらしなく着崩している。脚の組み方や角度によって太腿(ふともも)がチラリと見えて、股間にフンドシらしき白い布を穿()いているのが見える。足には白い足袋(たび)を履いており、(さら)にその下に草履(ぞうり)を履く。

 性的にだらしなそうな服装は『花魁(おいらん)』と呼ばれる遊女を思わせる。

 

 東洋人のような肌色をしていたが、色が濃い目で、褐色肌との中間的な小麦色の肌だ。身長は百六十センチ程度で、全身の肉付きが良い。セクシーな抱き心地の良さを思わせる。

 黒髪のおかっぱ頭で日本人の顔付きをしていたが、頭に鬼の(ツノ)が生えて、口からは八重歯を(のぞ)かせていた。

 

「ふぁーーーーあっ……なんじゃ全く、騒々(そうぞう)しいのう。こちとら二百年ぶりの目覚めなんじゃ。もちっと静かに起こさぬか」

 

 鬼の女がけだるそうにあくびしながら目を覚ます。地べたに胡座(あぐら)をかいて座りながら「んーーっ」と上半身を伸ばし、眠たそうに(まぶた)(こす)った後、尻をボリボリと手で()きながらゆっくりと立ち上がる。

 カフカに切り札として呼ばれたというのに、全く緊張感が無い。とても魔王一行を皆殺しにする悪魔の姿とは思えない。

 

 老婆のような独特の喋り方をしており、見た目より相当長生きしているのが分かる。さながら『のじゃロリ』ならぬ『のじゃババア』と言った所か。

 

「貴様……何者だ?」

 

 ザガートが(いぶか)しげな表情で問いかける。素性の知れない相手を前にして警戒心を隠さない。

 

「フッフッフッ……よくぞ聞いてくれたのう」

 

 魔王の問いに女が不敵な笑みを浮かべる。よっぽど自分が何者か教えたくてウズウズしたようだ。

 

(わらわ)鬼姫(オニヒメ)……東の国の『鬼』族を()べる(おさ)にして、妖怪の王と恐れられし者じゃ」

 

 腰に手を当てて誇らしげなドヤ顔になりながら、ノリノリで自己紹介する。東洋における魔王のような存在であった事を明かす。

 

「かつて日本で暴れ回った時、モモタロウと名乗る(サムライ)(わらわ)を退治しに来よった。そしてヤツと妾は対決したのじゃ。勝負は互角じゃった……一進一退の攻防を繰り広げた末に、(われ)は負けて封印された。そして黒い球の中で二百年眠り続けておったという訳じゃ」

 

 桃太郎という人物と戦って敗れた事、それによって現在まで封印されていた事を教える。

 

(フーーム……俺が元いた世界の桃太郎に『鬼姫』などという人物はいなかったが、こっちの世界では違ったらしい)

 

 ザガートが(あご)に手を当てて小難しい表情になりながら、あれこれ考える。異世界の桃太郎が自分の知っている話と違う事について思いを()せた。

 

「オイ、何をゴチャゴチャと無駄話している! せっかく封印を解いてやったんだ! さっさとそいつを殺さないかッ!!」

 

 一向に戦いが始まらない事にカフカが(しび)れを切らす。ズカズカとガニ(また)で鬼姫に近寄っていくと、恩着せがましい言葉を吐いて魔王の抹殺を命じる。

 

「やかましい! 汚い(つら)で我に指図するでない、このブサイクピエロがッ!!」

 

 鬼姫は目をカッと見開いて大きな声で一(かつ)すると、道化師の(ほほ)を全力でバチーーンッ! とひっぱたく。肉を叩いたとても良い音が鳴る。

 

「へぶるぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」

 

 カフカが滑稽(こっけい)な奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。空中で(きり)()み回転した挙句地面に叩き付けられて、ゴムボールのように派手にバウンドする。最後は大の字に倒れたまま手足をピクピクさせた。強い力で叩かれた頬は風船のようにパンパンに()れ上がっている。もし殴られたのが並みの人間なら、首が()じ切れただろう。

 

「お主、妾を誰じゃと思うておる! 恐れ多くも、東の妖怪の王じゃぞ! 貴様(ごと)き三下が、おいそれとこき使(つこ)うていい相手なぞではないッ! どうせ貴様程度の力では、我を隷属させる(すべ)を持ち合わせておらぬのだろう……かくも自由の身となったからには、好きにやらせてもらうぞ」

 

 自分を高圧的な態度で従わせようとしたカフカを、鬼姫が大声で怒鳴り付ける。道化師の命令に従う意思が無い事を明確にする。封印を解かれた事に恩義を感じる様子は()(じん)もなく、自分の好きに生きるという。

 

「それで鬼姫とやら……ヤツの命令に従わぬというなら、お前はこれからどうする気だ?」

 

 ザガートが彼女の今後の方針について問う。

 

「……んっふっふっふっふーーーん」

 

 魔王の問いかけに鬼姫が意味ありげに(ふく)み笑いする。ニタァッといやらしい笑みを浮かべながらズカズカと魔王に近付いていき、全身を()めるような視線で眺める。

 

「ザガートとやら……お主の事は聞き及んでおるぞ。なんでも異世界から来た最強の魔王だそうじゃな。我は二百年眠っておったが、外の世界の事は夢で見ておったからのう」

 

 まじまじと相手を観察しながら、魔王について知っていた事を明かす。

 

「魔王よ……今から(わらわ)と勝負せい! 勝負に勝った方が相手の言う事をなんでも聞くという約束でなッ!!」

 

 自信満々に相手を指差しながら、仰天の発言が飛び出すのだった。

 

「俺と勝負……だと!?」

 

 魔王が一瞬我が耳を疑う。とても正気の言葉とは思えず、困惑せずにいられない。

 いくら鬼姫が強いと言っても、魔王からすれば完全に格下の相手だ。ネズミに勝って(いき)がったイエネコが、野生の虎に戦いを挑むようなものだ。

 互いの力量差を理解していないであろう女の発言はあまりに無謀だった。

 

(オーラの量を見る限り、鬼姫の強さはアスタロトのおよそ二倍……だが俺はヤツの二十倍ある。つまりこの女の強さは、俺の十分の一程度……という事になる)

 

 彼我(ひが)の戦力差について分析を行う。

 生物はそれぞれ強さに応じた量のオーラを発しており、それらは普通の人間には目視できないが、ザガートなら見る事が出来る。それによりアスタロトの何倍の強さか、大まかに判定する。

 

「……それでお前はもし勝負に勝ったら、俺に何をさせるつもりだ?」

 

 魔王はゴホンと(せき)払いをして平静を取り(つくろ)うと、一つの疑問をぶつける。勝ったら相手に言う事を聞かせる条件を提示した以上、何らかの(かな)えたい願いがあるだろうと考え、(じか)に聞いて確かめようとした。

 

「……知りたいのなら教えてやる。知っての通り、(わらわ)は東の国を荒らして回る『鬼』族の(おさ)じゃった。じゃが我は封印され、我以外の鬼は全員モモタロウに討ち取られた。この世に鬼は我一人だけになってしまったのじゃ……」

 

 魔王の疑問に鬼姫が答える。自分以外の鬼が死んでしまった事、(しゅ)としての存続が(あや)ぶまれた事を伝える。下を向いたまま深刻そうな(おも)()ちで語る彼女の様子からは、一族の未来を案じた身の上が(うかが)える。

 

「我は何としても一族を再興せねばならぬ。その(ため)には強い雄の子を(はら)み、鬼の子をたくさん産まねばならぬのじゃ……」

 

 思い直したように顔を上げると、滅亡を回避する打開案として、屈強な遺伝子を持つ男性とセックスする考えがあった事を明かす。

 

「魔王よ……もし(わらわ)が勝負に勝ったら、お主には我の婿(むこ)になってもらう。フッフッフッ……もしお主と我がズッコンバッコンすれば、さぞかし強い子が産まれるじゃろう。それによってかつての栄華を取り戻すのじゃ」

 

 魔王を自信満々に指差すと、先ほどの疑問への回答として、魔王との間に子を作る計画があった事を口にする。とても良いアイデアを思い付いたと言わんばかりに(ふく)み笑いしており、一族が再興した光景を思い描いてニタァッとなる。

 

「なっ……何ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいっっ!?」

 

 レジーナが驚きのあまり大きな言葉を発する。その声量はあまりに大きく、大地が揺れて、空気がビリビリと振動する。空を飛んでいたカラスの群れが空気の振動に驚き、慌てて反対方向へと逃げていく。

 これまで黙って話を聞いていた彼女であったが、鬼姫のあまりに突拍子もない発言に動揺せずにいられない。

 

「きっ……貴様、魔王とあんな事やこんな事をして、気持ちよくなってスッキリした挙句に子供を産むだと!? ふざけるなッ! そんな事、断じてさせてたまるかッ! そんなにオスの子種が欲しけりゃ、そこいらの男でも捕まえて好きなだけヤッてろ! この淫乱エロババアがッ!!」

 

 興奮した猛牛のように鼻息を荒くして顔を真っ赤にしながら猛抗議する。とても王女とは思えない汚い言葉を吐いて、鬼姫を徹底的にこき下ろす。見た目も性格も完全に()(じょ)のそれである相手に魔王を取られまいと激しく息巻く。

 

(あね)さんの言う通りッス! オイラの目が黒いうちは、師匠に指一本触れさせないッス!」

「抜けがけは許しません! ザガート様は私達のものです!!」

 

 なずみとルシルが後に続くように口を開く。王女の言葉に賛同し、いきなり現れた痴女に愛する者を奪われまいとする。

 

「かよわき人間のメスどもが、いっちょまえにしゃしゃり出るでない! 人間と悪魔が子を作るより、鬼と悪魔が子を作ったほうが良いに決まっておろう!!」

 

 鬼姫も負けてはいない。三人を前に一歩も引かず、理屈を並べ立てて反論する。人外である自分こそ魔王の子を産むに相応しいと主張する。

 

 一人と三人は互いに一歩も譲らず大きな声でギャーギャー(わめ)く。最後は議論にすらならない悪口の応酬になる。完全に魔王の意思を無視した(ののし)り合いになる。

 

「お前達、いい加減にしないか! このままでは(らち)が明かんッ!!」

 

 ザガートが両者の間に割って入る。自分そっちのけでケンカを始めた彼女達を止めようとした。三人は大人しく引き下がったものの、鬼姫は不満げにブツクサと文句を()れる。後ろを向いたまま、親に(しか)られた子供のようにほっぺたを(ふく)らませてむくれる。

 

 魔王は一旦場を収めると、鬼姫の方へと振り返り、冷静に口を開く。

 

「鬼姫よ……お前の考えは分かった。だが生憎(あいにく)とこちらも、お前の種馬になってやる気は毛頭ない。鬼族の未来とやらにも興味は無い。俺を従わせる事がお前の望みだというなら、こっちも全力で抵抗させてもらう」

 

 恰好(かっこう)を付けるようにマントを右手で開いて風にたなびかせると、鬼姫に従属する意思が無い事を明確にした。

 婿(むこ)になるという事は、相手が上の立場となって結婚するという事だ。一国の王になる事を目指す者にとっては到底受け入れ(がた)い話だ。

 遺伝子目当てのセックスを強要されるのも心象が良くない。それは魔王にとって極めて不本意な事だ。いくらくさそうな美女とセックスできるからといって、安易に喜べる話ではない。断る以外に選択肢など無かった。

 

「フフッ……最初(はな)から了承してもらえるなどとは思っておらん。むしろそうでなければ面白みが無い。精一杯、骨のある所を見せてもらわんとのう。力の強いオスを屈服させて、我が(しもべ)にする……そうであってこそ、強い鬼の子が産まれるのじゃからな」

 

 鬼姫が得意げに鼻息を吹かせながら強気な笑みを浮かべる。魔王が反骨心を見せてくれた事を心から喜ぶ。勝負に打ち勝って一族を繁栄させる光景を想像して胸を(おど)らせた。

 

 

 

 ……それまで床に倒れていたカフカがムクッと起き上がる。意識はハッキリしており、気絶したフリしたまま話を聞いていた彼だったが、戦いに巻き込まれぬよう崩れかけた神殿の壁にササッと身を隠す。

 

(……もうこの(さい)なんでもいい! とにかく魔王をブチのめしてくれ!!)

 

 鬼姫が勝ってくれるよう願いながら、戦いを見届けるのだった。

 

「悪いが手加減できぬぞ……どうせ殺してしまっても、後で生き返らせてやれば済む話なのじゃからな……フッフッフッ」

 

 鬼姫が邪悪な笑みを浮かべて殺意を()き出しにする。本気で戦った結果相手を殺す事になったとしても、何らかの手段で蘇生させる(むね)を伝える。

 彼女のすぐ(となり)に空間の裂け目が生じると、そこに手を突っ込んで、(さや)に収まった一振りの刀を取り出す。刀を抜くと鞘を地面に放り投げて、(つか)を両手で握って構える。鋭い刃が日光を反射してキラリと輝く。

 

「名刀マサムネ……これに並ぶ刀は五振りと存在しないと伝えられる、伝説の刀じゃ! その切れ味は腕の立つ者によって振るわれれば、アダマンタイトをも切り裂くという……元はモモタロウの愛刀じゃったが、封印される間際に(わらわ)が奪ってやった。それからは我の所有物じゃ。これをこの戦いで使わせてもらう」

 

 鬼姫が刀について詳細に教える。かの国において語り継がれし伝説の刀なのだという。それを武器として使う事を告げる。

 

()くぞ、魔王ッ! 我が腕の中で息絶えるがよいわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 死を宣告する言葉を発すると、正面の敵に向かって全速力で駆け出す。近接戦の間合いに入ると、刀を高く振り上げて魔王の(ひたい)めがけて全力で振り下ろそうとした。

 刃先が触れようとした瞬間、魔王の姿がワープしたようにフッと消える。刀は誰もいない床をガッと切り裂いて、石ころと砂が大量に飛び散る。

 

「!? ヤ……ヤツは何処じゃ!!」

 

 敵を見失った事に鬼姫が慌てふためく。予想を上回る相手の速さに動揺しながら左右をキョロキョロ見る。

 

「俺はここだ……」

 

 声が聞こえた方角に慌てて振り返ると、五メートル離れた女の背後に魔王が立つ。相手の攻撃に一切動じる事なく、腕組みしたまま余裕の表情で見下ろす。

 

「こっ……このぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 鬼姫が悔し(まぎ)れに大声で叫びながら走り出す。またも刀を縦に振って男に斬りかかろうとした。

 ザガートはサッと横に動いて相手の斬撃をかわす。大振りの一撃を空振った鬼姫がバランスを崩して前のめりに転びそうになる。

 

「フンッ!」

 

 魔王は(かつ)を入れるように鼻息を吹かすと、鬼姫の尻を全力でひっぱたく。尻を叩かれた衝撃で女の体がポーーンと前方に吹っ飛んでいく。

 

「のわぁぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!」

 

 鬼姫が驚くあまり滑稽(こっけい)な奇声を発する。受身を取れずうつ()せに地面に倒れると、両腕と両脚を伸ばした大の字のポーズになってしまう。魔王に叩かれた尻はパンパンに()れ上がっており、焼いた(もち)のようになる。

 刀は彼女の右手に握られたままであり、手元から離れてはいない。

 

「散々大口を叩いておいて、その程度とはな……これならギースの方がまだ骨があったぞ」

 

 ()(ざま)な格好を(さら)け出した鬼姫に魔王が侮蔑の言葉を浴びせる。先に戦った傭兵を引き合いに出して、女の情けなさに落胆の意を示す。

 

 地面に倒れていた鬼姫がゆっくりと上半身を起こす。両腕を支えにして二本の足で立ち上がると、相手の方へと向き直る。

 彼女の表情は怒りに満ちている。顔を真っ赤にして両肩をプルプル震わせると、目に涙が浮かんで今にも泣きそうになる。

 

「……よくも」

 

 ボソッと小声で(つぶや)く。

 

「よくも……よくも(わらわ)を侮辱してくれたなッ! 許さん! 絶対許さんぞ、貴様ッ! 我に(はじ)をかかせた事をあの世で後悔させてやる!!」

 

 腹の底から湧き上がる憤激を声に出してブチまけた。鬼族のプライドを(けが)された怒りのあまり全身の血管が煮えくり返り、爆発寸前になる。相手を一分一秒たりとも生かしておけない気持ちになる。

 

「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 気迫の(こも)った雄叫びを発すると、敵に向かって脱兎(だっと)の如く駆け出す。

 

「おりゃりゃりゃりゃーーーーーーーーっ!!」

 

 勇ましい掛け声と共に、両手で握った刀をブンブン振り回す。高速の連撃を放って相手をメッタ斬りにしようとする。

 ヤケクソ気味に振られた剣を魔王が紙一重でかわす。完全に相手の動きを見切っており、華麗にダンスを踊っているようにヒラヒラと避ける。一撃たりとも当たりはしない。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 やがて鬼姫の刀を振る腕が止まる。呼吸は乱れ、全身からブワッと汗が噴き出て、表情には疲労の色が浮かぶ。足がガクガク震えており、立っているのもやっとだ。体力が底を尽きたのが一目で分かる。

 

「そらっ」

 

 ザガートは小馬鹿にするように声を発すると、疲れて動けなくなった鬼姫の(ひたい)にデコピンを食らわす。バチィィーーーンッ! と小石が叩き付けられたような大きな音が鳴る。

 

「ぐああああああああっ!!」

 

 鬼姫が大きな悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ばされる。地面に叩き付けられてゴロゴロと転がっていった挙句、仰向けに倒れたまま動けなくなる。吹き飛ばされた拍子(ひょうし)に刀を手放してしまう。

 

「ううっ……」

 

 女が痛そうに声を漏らしながら(ひたい)を両手で押さえる。デコピンされた箇所は赤く()れており、かなりの激痛を負ったように見える。

 鬼族の王を軽く吹き飛ばしたデコピンの威力は凄まじいものだ。もし受けたのが普通のデーモンなら、首から上が千切(ちぎ)れてバラバラに消し飛んだだろう。

 

「お前に勝ち目など無い……いい加減、諦めて降参したらどうだ」

 

 倒れたまま起き上がらない女に魔王が降伏を勧める。力の差は歴然としており、戦いを続ける事の無意味さを説く。

 

「……まだじゃ」

 

 鬼姫がそう(つぶや)きながら体を起こす。痛みを()せ我慢するように涙目になりながらも、憎々しげな表情で魔王をキッと睨む。戦意は失われていない。

 

「我は東の国を()べる妖怪の王……鬼族の(おさ)なるぞッ! その我が、西洋の悪魔の王に負けるなどという事は、断じてあってはならぬ! 東の誇りにかけて……鬼族の誇りにかけて、貴様に負けてなどおられぬのじゃ!!」

 

 決して引き下がれないプライドがある事を口にして、気迫によって奮い立ったように二本の足で立ち上がる。怒りで闘志に火が()いたのか、表情がやる気で(みなぎ)っている。先ほどの疲れも完全に吹き飛ぶ。

 

 何か策を思い付いたのか、刀が落ちた場所に向かって全力で走り出す。床に落ちた刀をすかさず手で拾い上げる。

 

「これでも食らうがよいわ!!」

 

 そう叫ぶや(いな)や、手にした刀を魔王に向かって投げ付けた。

 

「フンッ!」

 

 魔王は余裕ありげに鼻息を吹かすと、飛んできた刀を水平チョップで弾く。カァァーーーンッ! と音を立てて弾かれた刀が宙を舞う。

 攻撃を防がれても鬼姫は慌てる様子が無い。それどころか意味深にニヤリと笑う。

 

 クルクル回転しながら地上から十メートルほど離れた上空を舞った刀が、ザガートの真上でピタリと止まる。刃を下に向けたまま垂直に落下する。自ら意思を持ったように魔王の脳天に突き刺さろうとする。

 

「ザガート様ぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 魔王が(くし)刺しにされそうになった光景を目にしてルシルが叫ぶ。

 鬼姫は自らの勝利を確信する。その瞬間――――。

 

 

 

 ザガートは正面を向いたまま、頭上に落下してきた刀の刃を素手で(つか)む。鬼姫の近くにある地面に向かって力任せに投げ付ける。床に叩き付けられた刀がカンカンッと音を立てて転がる。

 魔王は一連の出来事に全く動揺していない。最初からそう来ると読んでいたような落ち着いた対処ぶりだ。

 

「直接手を触れずに刀を操るとは、面白い術だ……だが不意打ちで殺されるような俺ではない」

 

 魔王が余裕に満ちた言葉を吐く。相手の能力に感心しながらも、奇襲では自分を殺せない事を説く。

 

「……」

 

 鬼姫は下を向いたまま男の言葉に反論しない。しばし物思いに(ふけ)るように黙り込んだが、やがて答えが見つかったように床に落ちた刀を拾い上げる。しばらく使わない事を決めたように刃を床に突き立てる。

 刀を手放すと、数歩前へと進む。

 

「……これまではほんの小手調べに過ぎん。我の本分は剣術ではなく魔法なのじゃからな……ここからが我の力の見せ所じゃ」

 

 今までの戦いが本気では無かった事、魔術においてこそ本領が発揮される事を告げる。

 

「鬼族の力……目に焼き付けて死ぬがいい!!」

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