いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第51話 ギルボロス vs ザガート

 ギルボロスと名乗るグレーターデビルに立ち向かう鬼姫だったが、力の差は大きく開いており、全く歯が立たない。(つい)には渾身の大技である『影鰐(かげわに)』までも防がれてしまう。

 彼女が絞め殺されそうになった時、何者かが魔神の脇腹に飛び蹴りを食らわせる。魔神は豪快に吹っ飛び、その手から離れた女を何者かがキャッチする。

 

 彼女を助けた人物こそ、魔王ザガートに他ならない。山頂でグレーターデーモンを片付けた後、転移魔法で村に駆け付けたのだ。

 

「ザガート様っ!」

 

 魔王が飛んできた方角から、三人の少女が遅れてやってくる。彼女達も転移魔法で一緒に来ていた。

 三人が合流すると、ザガートは回復魔法で鬼姫の傷を(いや)す。傷が癒えると彼女を地面に下ろす。

 

「……俺が合流するまでよく持ち(こた)えた」

 

 重苦しい表情を浮かべて(ねぎら)いの言葉を掛けた。口数は少ないが、鬼姫の健闘ぶりに対する感謝の念と、敵の策にまんまと乗せられた自身の不甲斐(ふがい)なさに責任を感じた心情が(うかが)える。

 

「そんな顔せずともよい……それより敵は恐ろしい力を持った魔神じゃ。くれぐれも気を抜くでないぞ」

 

 鬼姫が責任を感じる必要は無い(むね)を告げる。敵の恐ろしさを伝えて、油断しないよう忠告する。

 魔王が女の言葉に「分かった」と言いたげにコクンと(うなず)く。東の妖怪の王たる仲間が苦戦した以上、ただならぬ相手である事は最初から理解していた。

 

 一行が言葉を()わしていた時、うつ伏せに倒れていたギルボロスがムクッと起き上がる。一瞬何が起こったのか状況を理解できず、うろたえたように周囲をキョロキョロ見回したが、魔王の姿を視界に(とら)えると、彼に蹴られた事を即座に把握する。

 冷静さを取り戻すと、一行に向かってドスンドスンと歩きだす。魔王から数メートル離れた場所まで来て立ち止まる。

 脇腹を蹴られた事によるダメージは全く無いようだ。

 

「異世界ノ魔王……(アラタ)メテ自己紹介サセテ(イタダ)ク。ワシハ、ギルボロス……魔王軍最強ノグレーターデビルニシテ、バハムートニ()グ魔界ナンバー『(スリー)』ノ地位ニアル者」

 

 宣戦布告するように名乗りを上げる。鬼姫に名乗った時と違い、今度は魔王軍内における自らの序列を教える。

 

(最強の魔神ギルボロス……確かに凄い魔力だ。鬼姫ですらアスタロトの二倍あるのに、こいつは十倍……つまり鬼姫の五倍の強さという事になる。冒険者では歯が立たないのも道理だ。何しろこいつに勝てるだけの強さがあれば、世界を救う勇者になるのも夢ではないのだからな……)

 

 魔神の強さにザガートが驚嘆する。直接対峙するまで実感が湧かなかったが、いざこうして目の前に立つと、その魔力の高さに驚きを禁じえない。

 アスタロトの十倍という事は、二十倍であるザガートやアザトホースの半分程度の強さという事になる。彼が今の二倍強くなっただけで、大魔王と肩を並べてしまうのだ。彼が如何(いか)に化け物じみた存在かが分かる。

 

「ギルボロスとか言ったな……俺の仲間を傷付けた(むく)いを受けてもらう。挨拶(あいさつ)代わりに受け取れ」

 

 敵の予想外の強さに一瞬驚いた魔王だったが、それでも自分より実力は下だと冷静に思い直す。自らの中に湧き上がった懸念を打ち消すように前に一歩踏み出すと、正面に右手をかざして魔力を集中させる。魔王の手のひらに炎が集まっていき、凝縮されて一つの塊になる。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれ……火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 魔法の言葉を唱えると、手のひらにあった火球が正面に撃ち出された。火球は目にも止まらぬ速さで魔神めがけて飛んでいく。いくら()の者が強かろうと、直撃すれば間違いなく致命傷になる一撃だ。

 

「我、魔神ノ名ニオイテ命ジル。精霊ノ光ヨ、(スベ)テノ魔法ヲ消シ去リタマエ……絶対魔法防御(アンチ・マジック・シェル)ッ!!」

 

 火球が眼前まで迫った時、ギルボロスが両手を組んで人差し指を垂直に立てて、呪文の詠唱を行う。すると彼を中心として虹色に輝く結界がドーム状に張り(めぐ)らされた。

 魔神に届きかけた火球は虹色の結界に触れた途端、風で吹き飛ばされたようにバラバラになる。粒子状に分解された(チリ)になり、跡形もなく消え()せていく。

 

「何ッ!?」

 

 攻撃魔法を無効化された光景にザガートが驚きの言葉を発する。予想外の展開に動揺を隠し切れない。

 

絶対魔法防御(アンチ・マジック・シェル)……蘇生術(リザレクション)と並ぶ、光属性の最上位階魔法。それをまさか魔界のデーモンが唱えるとは……(もっと)も、俺もあまり人の事は言えないが)

 

 醜悪なる闇の魔神が最上級の光魔法を唱える、その組み合わせに意外性を感じる。最後は自分も似たような事をするので、そう珍しくもないのだろうと思い直す。

 

「だがギルボロスよ……その魔法は術者自身の魔力をも無力化する(もろ)()の剣。一切魔法が使えなくなった状態で、この俺にどう立ち向かうというのだ?」

 

 魔法の特性を述べて、戦術の(あやま)りを指摘する。

 

 絶対魔法防御(アンチ・マジック・シェル)彼我(ひが)の魔力差に関係なく、あらゆる魔法を無効化する無敵の結界だ。だがそれは術者自身にも適用される。

 魔神はザガートの魔力を封じるのと引き換えに、自身も全ての魔法を使えなくなる捨て身の戦法を取ったのだ。

 

「グフフッ……何モ心配スル必要ハ無イ」

 

 ギルボロスが口からダラダラと(よだれ)()らしながら不気味に笑う。良からぬ(たくら)みをしたようないやらしい笑みを浮かべると、何かしらの備えがあるらしい事を伝える。

 

「ワシノ取ッテオキヲ、見セテヤル」

 

 そう言いながら、合図を送るように指をパチンッと鳴らす。

 次の瞬間、空の彼方からヒュゥゥゥウウウウウッと音が鳴り、巨大な何かが飛んでくる。それは蛇のようにも、(サソリ)のようにも見えたが、遠くからではハッキリとは姿が見えない。

 巨大な何かはギルボロスの真横にある大地に、ドスゥゥーーーンッと音を立てて着地する。その衝撃で辺り一帯が激しく揺れた。

 

 飛んできた何かは魔神のサイズに合わせた鋼鉄製の鎖だ。鎖の先端にはトゲの生えた鉄球が付いており、ぶん回して相手に叩き付ける武器のようだ。

 それは創作作品において『モーニングスター』と呼ばれる武器のうち、鎖で振り回すタイプのものと思われた。恐らく目視で確認できないほど遠くの場所に魔神の仲間がいて、合図を送られたため武器をよこしたのだろう。

 

「魔法ガ使エナクナッテモ、ワシニハ、コレガアル……コレマデ幾人モノ冒険者ノ血ヲ吸ッテキタ、ワシノ必殺武器。今回同様、魔法ヲ使エナクナッタ状態ニシテ、コレヲブン(マワ)シテ、何人モノ魔術師ヲ(ホフ)ッテキタノダ……オ前モ、ソウナル」

 

 魔神が鉄球について説明を行う。これまで何人もの冒険者を屠ってきたお気に入りである事、互いに魔法を使えなくした状態に持ち込んで、鉄球で命を奪うのは彼の常套(じょうとう)手段であった事、それらを包み隠さず教える。

 話を終えると、地面に落ちた鎖を両手で拾い上げる。鉄球が付いてない方の鎖を左手で(つか)んだまま、右手で鉄球がぶら下がった鎖を持ち上げて、ブンブン振り回す。回転の速度が徐々に増していき、最後はプロペラのように高速で回転する。

 

「死ネ、ザガート! 脳ミソブチ()ケテ、ブザマニ(イキ)()エルガイイ!!」

 

 死を宣告する言葉を発すると、鎖の先端に付いた鉄球を魔王めがけて振り下ろす。

 重さ数百キロは超えるだろう鉄の塊が、男の頭上に落下する。男は避けようともしない。相手の技を受け切る気でいたのか、その場から一歩も動こうとしない。

 やがてドガァッと大きな音が鳴り、鉄球の下敷きになってしまう。

 

「ざっ……ザガート様ぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 ルシルが悲痛な声で叫ぶ。男が鉄球の餌食(えじき)になった光景を見て、目に涙を浮かべずにいられない。深い悲しみに()まれて、ガクッと(ひざ)をついてうなだれた。

 他の仲間達も無念そうな表情を浮かべて下を向く。魔王が倒された事に心底落胆する。重苦しい空気が場に漂う。

 

 鉄球は大地にめり込んでおり、地面に亀裂が走る。魔王は影も形も見えない。鉄球に押し(つぶ)されてペシャンコになったのか、地中に埋まったのかは分からない。だが魔王の生存を信じる者は誰もいない。(みな)が彼は死んだと確信を抱く。

 

「グフフ……グッファッファッファッファ! (ツイ)ニ魔王ハ死ンダ! ワシガ殺シテヤッタ! コレマデ散々魔王軍ヲ苦シメテキタ()マワシキ勇者ノヨウナ男ヲ、ワシノ手デ殺シテヤッタノダ! ブワーーーッファッファッファッ!!」

 

 ギルボロスが勝利の喜びに満ちた高笑いをした時……。

 

 

 

 地面に落ちていた鉄球がひょいっと持ち上がる。最初は地面と数センチの(すき)()しか離れていなかったが、ゆっくりと少しずつ上に上がっていく。

 一瞬鉄球が(ひと)りでに浮き上がったようにも見えたが、そんな訳はなく、鉄球の真下に一人の男がいる。その男は無論の事、鉄球の下敷きになったはずのザガートだ。

 

「こんなものがお前の切り札なのか? 確かに並みの冒険者なら殺せたかもしれないが、俺には(かす)り傷すら負わせられなかったぞ」

 

 魔王が侮蔑に満ちた言葉を吐く。相手を見下すような視線を向けたまま「フフンッ」と得意げに鼻息を吹かす。

 魔王はあろう事か、鉄球を右手だけで持ち上げていた。全く(りき)んでいる様子がなく、表情には余裕の笑みが浮かぶ。鉄球で殴られた事によるダメージは全く無い。彼自身は無傷でも、彼が立っていた地面が崩れて地中に埋まったようだ。

 

「ふんっ!」

 

 (かつ)を入れるように一声発すると、右手に持っていた鉄球を力任せに放り投げた。

 鉄球は男の姿からは想像も付かないほど凄まじい力で投げられており、まるで星と同じ大きさの巨人に投げられたかのように、放物線を描いて飛んでいく。

 鎖を握っていたギルボロスは、鉄球の勢いに引っ張られて宙に浮き上がり、そのまま一緒に飛んでいく。

 

「ヌゥゥゥゥゥゥォォォォォォオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!」

 

 突然の出来事に困惑した魔神が絶叫する。うっかり鎖から手を離してしまい、空高く投げ出されると、垂直に落下して強い衝撃で地面に叩き付けられた。

 落下の衝撃で大地が激しく揺れて、大量の砂(ぼこり)が舞い上がる。魔神はうつ伏せに地べたに倒れたまま、手足をだらんと伸ばして大の字になる。

 

「ギルボロス……貴様はケセフと同じ間違いを犯した。それは俺が魔法が得意なだけの男だと思い違いをした事だ」

 

 ()(ざま)な醜態を(さら)け出した魔神を眺めながら、ザガートが勝ち誇ったように言う。肉弾戦なら勝てると思い込んだ敵に、その認識が(あやま)りだった事を指摘する。

 

「俺が魔法においてだけでなく、肉弾戦においても最強である事を教えてやる!!」

 

 肉弾戦で敵を(ほふ)る事を高らかに宣言する。

 

「マサムネ、お前に意思があるなら来い! 今だけでいい……俺のモノになれ!!」

 

 ザガートが大声で叫びながら、刀が落ちた方角に右手を伸ばす。

 すると彼の呼びかけに応えたのか、地面に落ちた刀が自ら意思を持つように(ひと)りでに浮き上がり、魔王がいた場所へと飛んでいく。

 魔王は刀の(つか)をガシッと(つか)むと、両手で握り直して構える。日本刀の扱いに心得があるのか、刀を構えた姿は非常に(さま)になっている。

 

 鬼姫には一瞬、魔王の姿がかつて対峙した桃太郎と重なって見えた。

 

「グヌゥゥゥ……」

 

 地面に倒れたギルボロスが(うな)り声を発しながら起き上がる。両腕を支えにして上半身を起こすと、二本の足でゆっくり立ち上がって体勢を立て直す。

 魔王の方へと向き直ると、ギリギリと割れんばかりの勢いで歯(ぎし)りする。「フゥーーッ、フゥーーッ」と興奮した猛牛のように鼻息が荒くなり、みるみるうちに顔面が紅潮する。はらわたが煮えくり返り、爆発寸前になる。

 

「ヨクモ……ヨクモヤッテクレタナァッ! (ユル)サンッ! 絶対ニ許サンゾ、コノ(クソ)ッタレイケメン魔王メガッ! コノワシニ屈辱ヲ(アジ)アワセタ罪、ソノ命デ(アガナ)ッテモラウワァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 胸の内に湧き上がった怒りを声に出してぶちまけた。眉間(みけん)(しわ)を寄せて目をグワッと開いた阿修羅のような顔になる。二度も土を付けられた事に対する恨みは凄まじく、相手を一分一秒たりとも生かしておけない気持ちになる。

 魔神の怒号は大地を揺るがし、空気がビリビリと振動し、山を二つ超えた遠くの町までも届く。空を飛んでいたカラスの群れが異変を察知して、慌てて飛び去る。

 

 ギルボロスは地面に叩き付けられても全く傷を負わなかったが、プライドを深く傷付けられた事への精神的ダメージは(はか)り知れない。最強の魔神としての誇りを踏み(にじ)られた事は彼にとって到底許せるものでは無かった。

 

「殺ス! 何トシテモ殺ス! コノワシノ手デ、貴様ヲ殺シテヤルゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウーーーーーーーーッッ!!」

 

 大声で(わめ)き散らすと、魔王めがけて早足で駆け出す。両腕を左右に大きく開いたポーズのまま、ドスドスと音を立てて走る。自慢の怪力で相手を抱き締めようとしたか、首を絞めて殺そうと思い立ったようだ。

 完全に頭に血が(のぼ)って怒りで我を忘れており、無策のまま突っ込んでいく。返り討ちに()うかもしれない考えは頭の片隅にも無い。

 

 近接戦の間合いに入ると、グワッと開いた両手を相手の首へと伸ばす。魔神の指先が触れようとした瞬間、ザガートの姿がワープしたようにフッと消える。

 

「!? ド……ドコダ!!」

 

 敵の姿を見失った事にギルボロスが慌てふためく。咄嗟(とっさ)に後ろを振り返ると、彼から数メートル離れた背後に刀を振り下ろした構えのザガートがいる。その構えのまま動こうとしない。

 魔王が何かしたのは明らかだが、何をしたのかは分からない。刀を振ったにも関わらず、魔神には傷一つ付いていない。状況だけ見ると、ただワープして逃げたようにも感じ取れた。

 

「フッ……フフン! ナンダ、(オドロ)カセオッテ! タダノ、コケオドシカ!?」

 

 魔神が冷や汗をかきながら必死に強がる。自身の体に何ともなかった事に深く安堵すると、再び魔王に向かって歩き出す。相手を(つか)もうと右手を伸ばした瞬間――――。

 

 

 

 魔神の右手首に、ブレスレットのような赤い線がピッと入る。そこが切断面となり、線が通った箇所から先の右手がズルリと(すべ)るように落下して、ゴトリと地面に落ちる。

 

「……ア?」

 

 魔神は一瞬何が起こったのか分からない。手首から先にあるはずのものが無い。それから数秒遅れて、切断面から真っ赤な血が噴水のように噴き出し、傷口がビリビリと激しく痛みだす。

 

「ギャ……ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!! ワワワ、ワシノ手ガ、ワシノ手ガァァァァアアアアアアッ!!」

 

 手首から湧き上がる痛みにギルボロスが悲鳴を上げる。右手を失ったショックのあまりパニックに(おちい)ってしまい、大声で(わめ)きながらその場でクルクル回ったり、手足をジタバタさせたりして、狂ったように踊りだす。とても正気を(たも)ってなどいられず、完全に頭がおかしくなる。

 

「俺が貴様の右手を切り落とした……と言っても、そのザマではまともに聞いちゃいないだろうが」

 

 ザガートが真相を明かしながら魔神の方へと振り返る。斜め上を向いたまま目だけ相手の方を見て、ゴミを見るような視線を向ける。

 魔王が手に握っていた刀の刃には赤い血が付着しており、ボタッボタッと地面に(こぼ)れ落ちる。男が目にも止まらぬ速さで斬りかかり、魔神の右手を切り落とした事は疑いようがない状況だ。

 

「これで終わりにさせてもらう……ギルボロス!!」

 

 魔王はそう言うや(いな)や、前方に向かって駆け出す。ヒュンッと音が鳴ると、残像で姿がぼやけた黒い影のような物体になる。そのまま一直線に進んでいく。相手の(ふところ)に飛び込むと、ヒュン、ヒュヒュンッと音を鳴らしながら、魔神の周囲を縦横無尽に飛び回る。軽快に動く(さま)は黒いイタチのようにも、カラスのようにも見えた。

 

 やがて魔神から数メートル離れた背後にザガートがスタッと着地する。またも刀を振り下ろした構えを取っている。

 一瞬の沈黙の後、魔神の体に刀で斬られた(あと)らしき赤い線が入る。最初は一本だけだったのが、ピッピピッと音が鳴るたびに一本、また一本と増えていき、最後は体中の(いた)る所に線が走った状態になる。

 

「グッ……ウギャァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」

 

 断末魔の悲鳴を上げた瞬間、ギルボロスの体がバラバラに崩れていき、(こま)()れの肉片になる。後に残されたのはトマトのような赤い血(だま)りと、かつて彼であったモノが無惨に転がるだけだ。

 

「グレーターデビル……ギルボロス。お前は確かに強かった。バハムートに次ぐ魔界第三位の実力というのも(うなず)けるほどにな……だが俺の敵ではない」

 

 相手の死に(ざま)を眺めながら、ザガートが勝ち誇ったように言う。それなりの実力を見せた魔神の強さに一目(いちもく)置きながらも、それでも自分の方が格上だと得意げな表情で語る。

 (つゆ)を払うように刀をサッと横に振ると、刃に付着した血がビシャァッと大地に飛び散る。それによって刀が()(れい)になる。

 

 魔神が死ぬと、彼がいた場所の真上にある空に青い光が集まっていく。それはやがて一つの宝玉へと変わっていき、ゆっくり降下していって魔王の手元に収まる。

 (まばゆ)い光を放つガラスのような半透明の球体に、乙女座の紋章が刻まれていた。それは大魔王の城に行くために必要な十二の宝玉の一つだ。今回六つめを入手した事になる。

 

「………」

 

 その場にいた者達はポカンと口を開けて、呆気(あっけ)に取られていた。

 後ろで控えた村人達も、駆け付けた三人の少女も、助けられた当の鬼姫も、心底驚く。凄まじい力を持つはずの魔神が、こうもあっさり(ほふ)られた光景に驚愕せずにいられない。本当に倍程度の違いしかないのか疑いたくなるほど、力の差が大きく開いていた。そのあまりに圧倒的すぎる勝ち方は、完全に予想を(くつがえ)すものとなった。

 

 しばらく誰も一言も発しないまま茫然(ぼうぜん)と立っていたが……。

 

「うっ……うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」

 

 やがて村人の一人が感極まったあまり大きな声で叫ぶ。彼の声を聞いて、他の村人がハッと我に返る。村が救われた事を実感すると、胸の内に喜びの感情がじわじわと湧き上がる。

 

「村が救われた……村が救われたんだ!」

「俺達助かったんだ!」

「ヒャッホーーーイ!!」

 

 思い思いの言葉を口にすると、魔王に向かって一斉に駆け出す。

 

「アンタのおかげで村は救われたんだ! 本当にありがとう!」

「アンタこそ、世界を救う勇者様だっ!」

「ありがてえ……本当にありがてえ」

 

 (みな)で救世主を取り(かこ)むと、感謝の気持ちを伝えながら体をベタベタ触ったり、ガッチリ握手を()わしたりする。最後は感動のあまりむせび泣く。

 

「本当に感謝しなければならないのは、俺ではなく鬼姫の方だ。もし彼女が持ち(こた)えなければ、俺が駆け付けた時には村人は皆殺しにされていただろう……」

 

 ザガートが仲間への感謝を(うなが)す。()えて自分の手柄を謙遜(けんそん)し、彼女こそ称賛されるべき英雄だと伝える。

 

「おお、そうでしたな!」

 

 魔王の言葉を聞いて、彼に殺到した村人の半数が鬼姫の方へと向かう。皆で輪になって彼女を囲む。

 

「アンタも、村を守るためによく戦ってくれた!」

「姉ちゃん、アンタも十分強かったぜ!」

「魔神に勝てなかったからって、気にするこたぁ()ぇ」

 

 村人のために尽力した彼女の労を(ねぎら)う。命を救われた事に深く感謝する。

 魔神に力が及ばなかった事を擁護する言葉が飛び出す。力不足を責めたりはせず、彼女が責任を感じないように配慮する。

 

「……」

 

 それでも鬼姫の表情は暗い。村人に優しく言葉を掛けられてもあまり嬉しそうにせず、下を向いたまま黙っている。魔神に勝てなかった事に落ち込んだのが一目で分かる。

 

 ザガートはそんな彼女の姿を、ただ遠くからじっと眺めていた。

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