いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第54話 魔王にケンカを売った男

 ギルボロスが倒された日の晩……魔王城での出来事。

 最新部にある玉座の間でアザトホースが眠るように目を閉じていると、何者かがドカドカと走る音が聞こえてきた。

 

「大魔王様、ご報告申し上げます! カフカ様に続いてギルボロス様までも、お敗れになられました!!」

 

 城の警備隊長オークロードが大扉を開けて部屋の中へと駆け込んでくる。大魔王の前まで来て(ひざ)をつくと、幹部が立て続けにやられた事を慌てて報告する。

 

 これでケセフから数えて魔王軍十二将のうち六将までがやられた事になる。幹部の半数が()たれたとあっては大事(おおごと)だ。男が慌てるのも無理はない。

 オークロードは一刻も早く対策を取らなければならないと考え、主君の判断を(あお)ごうとした。

 

「ソウ慌テルナ……(スデ)ニ次ノ手ハ打ッテアル」

 

 アザトホースがゆっくりと目を開けて言葉を発する。状況は把握しており、新たな計画を実行済みだという。

 部下が慌てているのとは真逆に、かなり落ち着き払っている。以前のように激昂するだろうと予想していた豚頭は、あまりの冷静な反応にかえって拍子(ひょうし)抜けしたほどだ。

 

「コノ(ケン)ハ、(ワレ)ニ任セヨ……オ前ハ安心シテ持チ場ニ戻レ」

 

 今回の作戦は自らが陣頭指揮を行う事を伝えて、城の警備に戻るよう命じる。

 

「……はっ!」

 

 豚頭は一瞬(いぶか)しげな表情をしたものの、表面上は納得したように了承の言葉を吐く。上司に「私に任せろ」と言われては、命令に従う他ない。すごすごと重い足取りで引き下がると、鉄の大扉を閉めて部屋から出ていく。

 

 部下が退出した後、部屋に一人残されたアザトホースが物思いに(ふけ)る。目を閉じて黙り込んだまま、これまでの出来事を回想する。

 

隻眼(セキガン)ノ傭兵、ギース……勝テハシナカッタガ、見事ナ戦イブリデアッタ。()エテ人間ノ戦士ヲブツケテミルノモ、一興カモシレン……フフフフフッ」

 

 再び目を開けると、かつて魔王と戦った傭兵の名を口にして不気味に笑う。彼の健闘ぶりに一目(いちもく)置いており、彼のような人間の戦士を刺客として差し向けたいと、そう考えていた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 カザーブ村を離れてゼタニアの町へと帰還した魔王一行……魔神を討伐した事を報告すべくギルド兼酒場へと向かう。

 酒場に足を踏み入れた途端、大きな歓声が一行を包み込む。

 中は大勢の冒険者で(あふ)れており、活気に満ちていた。

 

「おっ、救世主様のご帰還だぜっ!!」

 

 ザガート達の姿を見て、ドーバンが開口一番に言い放つ。彼の言葉を皮切りに、酒場の中にいた四十人ほどの冒険者が一行の周りに集まってくる。皆で取り(かこ)んでワイワイと声を掛けた。(すで)に魔神を討伐した事が街中に知れ渡っており、歓迎の準備をしたようだ。

 

「アンタ、あの魔神を討伐したんだって!? (すげ)えなッ!!」

「さすが魔王の姿をした勇者っ!」

「これで死んだ仲間も浮かばれる……」

 

 口々に祝いの言葉が飛び出す。強敵をやっつけた魔王の活躍ぶりを素直に称賛する。

 数々の仲間の命を奪った魔神は、冒険者にとって()むべき存在だった。宿願が討ち果たされた事は、彼らにとっても喜ばしい事だったのだ。

 何人かは仲間の仇が討てた事に感激するあまり、思わずむせび泣く。もう同じ悲劇が繰り返されまいと深く安堵する。

 

「なぁアンタ、ウチのギルドに入らねえか? 世界を救う勇者に匹敵する強さの冒険者なら、SS(ダブルエス)ランクに認定されるんだぜっ!!」

 

 ドーバンが誘いの話を持ちかける。魔王ほどの実力者なら好待遇を受ける事を約束して、興奮気味に鼻息を荒くさせた。

 

「ギルドに所属した冒険者は、依頼をこなすために遠出する事があったとしても、基本はそのギルドがある街を拠点に活動しなければならない……世界を救うために各地を放浪する必要がある勇者は、ギルドに加入しないのが(なら)わしだ。申し出は大変ありがたいが、気持ちだけ受け取らせて頂く」

 

 ザガートが男の誘いを丁重に断る。声をかけてくれた事に感謝しながらも、ギルドに加入できない事情があった事を詳しく説明する。

 

 もし街の地下にダンジョンが生まれて、そのダンジョンを攻略すれば世界を救えたなら、勇者はギルドに加入したままでも良かっただろう。だが生憎(あいにく)と、この世界においてはそうはならなかった。

 

「そうか……そういう事なら仕方ねえ。諦めるとするぜ」

 

 ドーバンが誘いを断られた事を残念がる。(かす)かに未練があったようにしょぼくれた顔をする。納得の行く理由を聞かされて相手の意思を尊重する事にしたものの、彼自身の中には割り切れない思いがあり、肩を深く落とす。

 

「ま、それでも魔神が倒された事は実にめでてえ! 今日は救世主様の活躍を祝して、宴会としゃれこもうぜ! 今日だけは俺様のおごりだ! 酒代タダにしてやるから、テメエら好きなだけ飲みやがれ!!」

 

 気持ちを切り替えて晴れやかな笑顔になると、祝勝会を行う事を宣言する。採算を度外視した特別サービスとして、今日だけは酒を無料で振舞う事に決めた。

 

「オオーーーーーッ!!」

 

 ドーバンの(いき)な計らいに冒険者達が歓声を上げた。好きなだけ飲めると聞いて大喜びし、次々に酒と料理を注文する。ウェイトレスがオーダーを取り、厨房にいたコックが調理に取り掛かる。冒険者達は料理が届くのを気長に待つ。

 

 皆が雑談に花を咲かせたり、ジョークを言い合ったりして、ワイワイガヤガヤと楽しそうに笑う。何人かは魔王や仲間に話しかけて、これまでの冒険話を聞く。赤の他人のような心の壁はなく、親しげに接する。彼らにとって魔王一行は魔物と戦う同志となった。

 

 酒場が魔王の勝利を祝うムード一色に染まった時……。

 

「俺は認めないからなッ!」

 

 ムードに水を差す声が何処からか発せられた。

 

 声が聞こえた方角に(みな)の視線が向けられると、酒場の(すみ)にあるテーブルを(かこ)んだ四つの椅子(いす)に、四人の男女がそれぞれ座る。言葉を発したのはそのうちの一人であり、他の三人はオロオロしている。

 

「エレナ! トール! マックス! それに……アドニスっ!!」

 

 ドーバンが冒険者パーティと思しき四人の名を呼ぶ。

 

 認めないと言葉を発したリーダー格の男がアドニスだ。全身タイツに軽装の鎧を(まと)ったような姿をした、赤毛の剣士だ。年齢は二十歳くらいに見えたが、顔にはまだ幼さが残る。

 

 顔の下半分を覆面で覆った忍者のような男がトールだ。アドニスより年下のようだが、見るからに冷静沈着な雰囲気を漂わせる。

 全身鎧をガッチリ着込んだ巨漢の大男がマックスだ。手には長めの鉄槍が握られている。いかにも敵の攻撃から仲間を守る盾役をやっていそうだ。年齢は二十代後半か。

 エレナはパーティの紅一点だ。白いフード付きのパーカーを着て、ミニスカートで、杖を装備している。髪はピンク色のセミロングで、年は十七歳くらいに見えた。身なりから察するに、恐らくヒーラーだろう。

 

「おいアドニス、認めないとは一体どういう事だ?」

 

 ドーバンが()(げん)そうな顔をする。お祭りムードに水を差す発言をした若者に真意を問い(ただ)す。

 

 アドニスは男の問いにすぐには答えず、椅子から立ち上がってズカズカと歩く。魔王の前に立つと、敵意に満ちた瞳で相手を(にら)む。

 

「言葉の通りさ……俺はこいつを勇者とは認めない!!」

 

 人差し指を向けて、魔王を救世主とは呼ばない事を宣言する。

 若者の行動に、酒場の中が(にわ)かにざわつく。それまであった明るい雰囲気は一瞬で吹き飛び、不穏な空気が漂う。皆の視線が若者に向けられたが、決して歓迎的とは呼べず何処か冷ややかだ。お祭りをぶち壊した彼を嘲笑しているようですらあった。

 

「何……何なの、あの人?」

 

 ルシルが(となり)にいた冒険者にひそひそと小声で話す。明らかに他の連中とは異なる態度を見せた若者の素性を聞こうとする。

 

「彼はアドニス……勇者に憧れて、勇者になる事を目指しているつもりの男さ。強さはまぁ……中級よりちょっと下くらいだ。あの四人はギルボロスに戦いを挑んで、命からがら逃げ帰ったパーティのうちの一つだ。ギースに命を狙われなかった事を思えば、勇者の素質が無い事くらい分かりそうなものだが……」

 

 男性冒険者の一人が女の疑問に答える。若者が勇者に憧れた事、冒険者としてのランクは決して高くない事、勇者殺しとして悪名高き傭兵ギースに、勇者候補と看做(みな)されなかった事などを教える。男の口調から察するに、あまり評判の良い人物では無さそうだ。

 

「なぁアドニス……もうその辺にしとけよ」

 

 椅子に座っていたトールが立ち上がり、若者の(そば)まで来て肩に手を掛ける。仲間の無謀な行いをやんわり(たしな)める。

 アドニスは仲間の忠告を無視するように、肩に乗せられた手を払う。

 

「俺達は一度敗れはしたものの、街に戻ってじっくり対策を()り、ギルボロスに再戦を挑んで勝利するつもりでいたッ! もう一度戦えば、間違いなく勝てる相手だった! そこにお前がしゃしゃり出て、獲物を横取りした! 村を救った名声も、村に伝わる伝説の刀も、本当は俺が手にするはずだったんだ! それをお前がかっさらっていった!!」

 

 魔王に手柄を横取りされたと主張し、その事に深い(いきどお)りを覚えたと明かす。周囲からチヤホヤされた相手への嫉妬(しっと)心を隠そうともしない。他人が勇者呼ばわりされてもてはやされたのを見て、対抗意識が芽生えたようだ。

 

「ザガート、俺と勝負しろ! もし俺が勝てば、お前が持ってるムラマサを頂く!!」

 

 事もあろうに魔王に決闘を申し込む。自分が勝ったら村長から受け取った刀を渡すよう命じる。

 

「フンッ……良いだろう。もし俺にパンチを一発でも当てられたら、刀はくれてやる」

 

 ザガートが小馬鹿にするように鼻息を吹かせながら、若者の誘いに乗る。完全に相手の実力を格下に見ており、力の差を埋めるハンデとして破格の条件を提示する。

 

「いくぞザガートッ! うおおおおおおおおっ!!」

 

 アドニスが大声で叫びながら魔王へと殴りかかる。まんまと安い挑発に乗せられたように、右手による全力のパンチを繰り出す。

 魔王はサッと横に動いて、相手の一撃を難なくかわす。彼からすれば、あまりの遅さに(ハエ)が止まったようなものだ。ビデオを十分の一の速度でスロー再生したに等しい。

 

「うっ……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 全力のパンチを避けられたアドニスが、間抜けな声を発しながら酒場の壁に激突する。そのまま勢いで壁をブチ抜いてしまい、壁の向こう側にある空間へと突き抜ける。

 酒場に面した表通りをアドニスがゴロゴロと前のめりに転がる。最後はケツを突き出した状態のままうつ伏せに倒れて、手足をピクピクさせた。

 

「なんだなんだッ! またいつものケンカか!?」

 

 建物の外にいた街の住人が突然の出来事に驚く。何しろ酒場の壁に穴が開いたと思ったら、そこから若い男が転がってきたのだ。パニックに(おちい)っても不思議じゃない。

 その場にいた何人かは「またか……」と(あき)れ顔で言う。どうやらこの街では冒険者同士のいざこざはそう珍しいものじゃないらしい。

 

 騒ぎを聞き付けて、街中の人間が集まってくる。酒場に面した表通りに黒山の人だかりが出来る。ケンカに巻き込まれないように距離を開けて、壁のようになる。酒場の前に闘技場のようなスペースが生まれる。

 

 酒場のドアが開いて、中から人がぞろぞろと出てくる。

 魔王一行、ドーバン、他の冒険者達、そしてアドニスの冒険仲間……彼らは()(ざま)な醜態を(さら)け出した若者に駆け寄るでもなく、ただじっと眺めていた。

 

「くそっ……こんなはずじゃ……」

 

 アドニスが悔しげに言葉を吐きながら起き上がる。一瞬意識を失いかけた彼であったが、気力によって自らを奮い立たせる。頭を左右に揺り動かして正気を取り戻すと、魔王の方を向いてゆっくりと立ち上がる。

 自分に(はじ)をかかせた相手を憎々しげな表情で(にら)む。何としても仕返ししてやらねば気が済まない憎悪に満ちており、とても話し合いで解決する雰囲気じゃない。

 

「……」

 

 ザガートが(あご)に手を当てて気難しい表情になる。どうやってこの場を収めるべきか思案する。無鉄砲な若者を力で殴り飛ばすのは簡単だが、それは最良の選択ではないと心の中で却下する。彼自身に力の差を知ってもらい、反省を(うなが)すのが一番だという思いがあった。

 

 穏便に解決する方法を探った魔王であったが、突然真横に空間の裂け目を生じさせると、そこから(さや)に収まった一振りの刀を取り出す。それを若者の足元にある地面へと放り投げた。

 

「……その刀を抜いてみろ」

 

 刀を拾って鞘から抜くよう命じる。

 

「何の真似だッ!!」

 

 魔王の意図が読めず、アドニスが声に出して怒りだす。彼からすれば全く(もっ)て意味不明な流れだ。魔王の所有物となったはずのムラマサを、いきなり目の前に差し出したのだから。

 

「その刀は自らの意思で持ち主を選ぶ……もしお前に資格があったなら、鞘から抜いても命を吸われる事は無い。もしそうなったら、その刀はお前にくれてやる」

 

 意図が読めず困惑するアドニスに、魔王が自分の考えを伝える。呪われた刀を扱えるかどうかテストを行い、合格したなら刀を(ゆず)り渡すという。

 これが魔王が思い付いた(もっと)も穏便な解決策だった。若者に刀を扱えまいとタカを(くく)ったようにも見えたが、仮に刀を奪われたとしても惜しくはないようにも感じ取れた。

 

「……ッ!!」

 

 魔王から突き付けられた挑戦に、若者が一瞬驚いた顔をする。相手の言う通りに刀を抜くべきかどうか思い悩む。あれだけ恋焦がれた宝だというのに、すぐには手が出せない。

 呪われた刀である事は重々(じゅうじゅう)承知しており、命を吸われるかもしれない恐怖が頭をよぎる。刀に認められる保証など何処にも無い。

 

(……ええい、ままよッ!)

 

 相手の挑戦に乗るべきかどうか迷ったアドニスであったが、啖呵(たんか)を切った手前引き下がれない思いがあり、(なか)ばヤケクソ気味に刀を拾い上げる。

 鞘から抜くと、宝石のような輝きを放つ刃が眼前に(さら)け出された。日光を反射してキラキラ光る氷のような鮮やかさは、周囲の人だかりもゴクリと息を()むほどだ。

 

「……()(れい)だ」

 

 あまりの美しさに若者が見とれた瞬間……。

 

「うっ……ぐああああああああっっ!!」

 

 突如悲鳴を上げて苦しみ出す。思わず刀を手放すと、地面に倒れてミミズのようにのたうち回りながら激しく(もだ)える。目を真っ赤に血走らせたまま全身の皮膚を指で()(むし)る。口からはブクブクと泡を吹く。このまま放っておいたら一分と持たずに発狂して死んでしまいそうだ。

 

 男の手から離れて地面に転がり落ちた刀の刃から、禍々(まがまが)しい紫のオーラが立ち(のぼ)る。その時刀から「クククッ」と不気味な笑い声が聞こえた。自分の弱さを(かえり)みない若者の無能ぶりを(あざ)笑ったようだ。

 

「アドニスっ!」

 

 人だかりの中にいたヒーラーのエレナが慌てて駆け寄る。一連の光景を黙って見ていた彼女であったが、仲間の生命に危機が迫ったとあってはそうも行かない。

 倒れた仲間の前まで来て(ひざ)をつくと、両手を当てて回復の呪文を唱える。

 

「……ううっ」

 

 水色の光に包まれると、痛みが(やわ)らいだのか男が苦しむのをやめる。最後は激痛から解放された安心感で全身をグッタリさせた。

 

「……これで分かっただろう。お前にこの刀を扱う資格は無い。資格が無いのに持っていても、宝の持ち(ぐさ)れになるだけだ。これは返してもらうぞ」

 

 力なく大地に横たわる若者を、ザガートが侮蔑の眼差しで見る。ほれ見た事かと言わんばかりに冷徹な言葉を浴びせる。カツカツと歩いていって地面に落ちた刀を拾い上げると、空間の裂け目にポイッと放り投げた。

 

「ぐっ……」

 

 アドニスが悔しげに歯(ぎし)りしながら起き上がる。相手を憎々しげな目付きでキッと睨んだものの、魔王の指摘は的を()ており、ぐうの()も出ない。

 男が周囲を見回すと、観衆の視線が彼に(そそ)がれる。ある者は(あき)れた顔をしており、またある者はため息を漏らす。「へへへっ」と声に出して笑う者もいた。

 反応は様々だが、誰もが公衆の面前で(はじ)(さら)した若者を心の中で笑っていた。

 

「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」

 

 アドニスが大声で叫びながら駆け出す。周囲の人ごみを力ずくでどかすと、侮蔑の眼差しから逃れるように表通りの彼方へと走り去る。

 

「アドニス、待って!」

「何処へ行くつもりだッ!!」

 

 三人の仲間が慌てて後を追う。若者が逃げた方角へと走っていく。そのままいつまで()っても戻らない。

 

 アドニスとその仲間達がいなくなり、場がシーーンと静まり返る。誰も一言も発しないまま黙り込んでいたが、騒ぎが収まったと知って、観衆が一人、また一人と離れていく。騒ぎを見るために集まった街の住人は全員元の生活に戻る。

 

 黒山の人だかりが解消されても、ザガートとその仲間達、ドーバン、そしてアドニスの仲間以外の冒険者連中はその場に(とど)まっていた。

 

「すまない……騒ぎを大きくした上に、酒場の壁を壊してしまった」

 

 ザガートが申し訳なさそうな顔をしてドーバンに謝る。当初想定したよりも大事(おおごと)になった事、若者のパンチを避けたせいで壁を破壊した事を深く()びる。

 

「いや……良いんだ。ケンカを吹っかけたのはアイツの方だし、壁を壊したのもアンタがやった事じゃねえ。修理代は後でアイツに払わせるよ。それよりこっちこそすまねえ。ウチのモンが迷惑かけちまってよ……」

 

 ドーバンが責任を感じる必要は無い(むね)を告げる。魔王に非が無い事を伝えて、今回の騒ぎの過失はアドニスにあると語る。自分のギルドに所属する冒険者がやらかした事に責任を感じて平謝りする。

 

 彼の言葉を聞いて魔王もそれなら、と納得する。双方が謝り終えて、一連の騒動が収束した空気が漂う。数人の冒険者が壁が壊れた後に散らばったゴミを片付けて、残りの連中は酒場に入って飲み直す。ドーバンも建物の中に入る。

 

「……」

 

 魔王はアドニスが去っていった方角をじっと眺める。騒動が片付いたというのに表情は晴れやかではない。何か胸にモヤモヤしたものを抱えたような思いつめた顔をする。

 

「どうしたのじゃ? 辛気臭い顔なんぞしおって」

 

 魔王が浮かない顔をしたのを見て、鬼姫が首を(かし)げた。

 

「いや……何でもない。気にしなくていい」

 

 魔王は仲間にそう伝えると、ズカズカと酒場へと入っていく。

 

(……本当にこれで全て解決したのか? あのアドニスという若者、何かしでかさなければ良いのだが……)

 

 仲間にああ言ったものの、魔王は胸の内に不安があった。それはアドニスの事だ。彼がこれで引き下がるとは思えず、何らかの事件を引き起こすのではないかという懸念を抱いた。

 けれども、じゃあ何をすれば彼の気が晴れるのか、その方法は思い付かなかった。

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