いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第57話 デスナイト vs ザガート

 冷たい風がビュウビュウと吹き抜ける真夜中……ゼタニアの町から北に二キロ向かった先にある、神殿跡地の廃墟。

 かつてザガートとギースの決闘の舞台であった場所に、今一人の男が立つ。

 

 その者はサソリの甲殻をモチーフにした漆黒の鎧を(まと)っており、サソリの顔面を()したフルフェイスの(かぶと)を被っていた。ただ口元は開いており、それで鎧の中身が生身の人間であると分かる。

 右手には片手で振り回すロングソードのような剣が握られており、左手は鎧の篭手とは異なる、金属製の義手になっている。右の二の腕には黄金の輝きを放つ腕輪が()められている。マントは羽織(はお)っていない。

 

 見るからに暗黒騎士然とした異様な姿の男が、夜風に吹かれながら誰かを待ち続けていると、平原の彼方から人が歩いてくる。それも一人や二人ではない、総数にして十人を超える集団だ。

 集団は黒騎士から数メートル離れた場所まで来て足を止める。

 

「……メッセージは受け取ってもらえたようだな」

 

 集団の先頭にいた、頭に(ツノ)が生えた男に黒騎士が話しかける。犯行現場に残してきた血文字を、見てもらいたい相手にちゃんと見てもらえた事に深く安堵する。

 

「アドニス……なのか」

 

 集団を(ひき)いてきた男、魔王ザガートが黒騎士に問いかける。鎧の中身が(くだん)の人物なのかどうか、本人に聞いて確かめようとする。

 

「ああそうさ……いちいち(かぶと)を取らなくても、声を聞けば分かるだろ? 正真正銘、昼間アンタに(はじ)をかかされた男さ……他の誰でもない」

 

 黒騎士が魔王の問いに答える。血文字で名前を書いた通り、自分がアドニス本人であると明かす。あえて素顔は見せず、声によって()りすましでない証拠とした。口の部分を覆っていないのは、素の声を聞かせる(ため)とも受け取れた。

 

「アドニスっ! これは一体どういう事だ! 何を考えているッ!!」

 

 ドーバンが声を荒らげて問い(ただ)す。大それた悪事に手を染めた若者に理由(わけ)を聞こうとする。

 

「どうもこうもない……見ての通りさ。俺は大魔王の忠実な(しもべ)、デスナイトになった。悪魔に魂を売るのと引き換えに、魔王を倒せるだけの力を与えられた……たったそれだけだ」

 

 アドニスが(こと)()げに言い放つ。何を怒っているんだと言いたげに飄々(ひょうひょう)とした態度を取る。事の重大さをまるで理解してない。

 

(勇者に憧れた男が、大魔王の手下に成り下がるとは……悪い冗談だ)

 

 ザガートが思わず頭を抱え込んだ。若者の支離滅裂な行動に(あき)れるあまり、頭痛と吐き気を(もよお)す。悪い夢ならいっそ覚めて欲しいと願う。

 

 万が一ここで魔王に勝ったとして、人々が彼を勇者と認めるだろうか。冷静に考えればそうならない事は、子供でも分かる。

 彼はつまらないプライドの(ため)に……嫉妬(しっと)した相手を殺すために、たったそれだけの為に道を踏み外した。人々に尊敬される勇者となる道を、自らの手で閉ざした。本人はその事に気付きもしない。

 

「アドニス、お願いっ! もうやめてッ!!」

 

 エレナが男の名を呼びながら早足で駆け寄る。両肩を(つか)んでユサユサ揺らしながら、悪事をやめるよう必死に懇願する。瞳は涙で(うる)んでおり、今にも泣きそうだ。

 

「気安く俺に触るなッ!!」

 

 少女の説得も(むな)しく、アドニスが大声で怒鳴りながら平手打ちを放つ。バチィィーーーーンッ! と強い音を立てて(ほほ)をぶったたかれた少女が後ろに吹き飛ばされて、地面に倒れる。

 

「アドニス、女の顔を殴るとは気でも狂ったか! うおおおおおおおおっっ!!」

 

 仲間に暴力を振るわれた事にマックスが激昂する。獣のような雄叫びを上げると、感情の(おもむ)くままに黒騎士に向かって突進する。若者の腐った根性を叩き直そうと思い立ったようだ。

 

「ふんっ!」

 

 アドニスは小馬鹿にするように鼻息を吹かすと、右拳によるパンチを繰り出す。ドグォッと音を立てて腹に拳がめり込むと、男の体がフワリと宙に浮く。

 

「ぬおおおおおおっ!」

 

 悲鳴を上げた瞬間、マックスの体が凄まじい衝撃で弾き飛ばされた。墜落するように地面に激突すると、ゴムボールのように派手にバウンドする。最後は地面に倒れたまま動かなくなる。

 

「マックスっ!!」

 

 その場にいた数人の衛兵、冒険者、ザガートの仲間達がマックスに駆け寄る。ルシルはすぐに回復魔法を唱えて彼の傷を(いや)す。それほど深い傷では無かったようで、すぐに傷は癒えた。

 レジーナは黒騎士の暴虐な振る舞いに怒りを(こらえ)えきれなくなる。

 

「……アドニスっ! 罪なき衛兵を手にかけるだけでは()()らず、かつての仲間までも傷付けるとはッ! お前は本当に悪魔に魂を売り、人の情けまでも失ってしまったのか!?」

 

 仲間を何とも思わない行為を激しく糾弾(きゅうだん)した。

 

「フンッ……俺に仲間など必要ない。俺は最強になったんだ。真の強者に仲間は()らない。俺一人で十分だ」

 

 アドニスが王女の言葉を鼻で笑う。絶対強者となった自分に他人の力は必要ないと、自信に満ちた口調で言ってのける。

 

 彼の仲間に対する態度はあまりに辛辣(しんらつ)だ。これが素の性格だとしたら冷酷すぎるし、大きな力を得て思い上がったのだとしたら、あまりに小者だ。とても勇者と呼べる器じゃない。

 もしかしたら彼は本当に、大魔王に意識を乗っ取られたのではないか……そう思わせるほどだ。いっそそうであって欲しいと、その場にいた者は誰もが思わずにいられなかった。

 

「ううっ……」

 

 地面に倒れていたエレナが起き上がる。瞳からは大粒の涙がボロボロと(こぼ)れだし、グスッグスッと声に出して泣く。ぶたれた(ほほ)は赤く()れ上がる。

 かつての仲間に顔を叩かれて泣く少女の姿は見るからに痛ましい。体よりも心が深く傷付いた様子が一目見ただけで伝わる。

 

「大丈夫か、エレナ」

 

 トールが悲嘆に()れた少女を気遣う。自力では立ち上がれない彼女に肩を貸して助け起こすと、黒騎士から離れた場所へと連れて行く。ポケットからハンカチを取り出して涙をそっと(ぬぐ)う。

 

「……」

 

 そんな二人の姿を見て、ザガートは胸が激しく痛んだ。自分が若者を追い詰めたばかりに、このような事態を招いたのだと思い(いた)る。他の者が責めなくても、自分のした事に責任を感じる。一連の騒動は何としても自分が解決せねばならないと思いを抱く。

 

 魔王がふと振り返ると、アドニスが彼の方をじっと見ていた。極上の獲物を見つけた獣のようにニタァッと口元を(ゆが)ませた。一刻も早く戦いたくてウズウズしたようだ。

 

「さぁてと……(くだ)らん茶番はそろそろ終わりにしようか、魔王。俺がアンタを倒す……ニセの勇者であるアンタを倒して、俺が本物の勇者になる。今まで散々俺を見下してきた連中に、俺が本物なんだと認めさせてやるッ!!」

 

 長い前振りの打ち切りを提案し、魔王を倒して自分が勇者になるのだと強い口調で語る。

 男の()(ぶん)を黙って聞いていた魔王だったが……。

 

「……たとえどれだけ力を得ようと、人に情けを掛けられぬ者を勇者などとは呼べん……その事を教えてやる、若僧ッ!!」

 

 目をグワッと見開いて持論を述べると、若者の根性を叩き直す事を大声で宣言するのだった。

 

「行くぞザガート……うおおおおおおっ!」

 

 アドニスが先手を打つように自ら仕掛ける。正面に向かって全力でダッシュすると、右手に握った剣を魔王めがけて振り下ろそうとする。

 

「フンッ!」

 

 ザガートが直立不動のまま残像を残して高速移動し、アドニスから数メートル離れた場所へと後退する。相手と一定の距離を保ったまま魔法攻撃しようと頭の中で考えていたが……。

 

「!?」

 

 魔王が次の行動に移ろうとした(せつ)()、彼の前にアドニスがワープしたように突然姿を現す。間髪入れず剣を横()ぎに振って魔王を一刀両断しようとする。

 魔王は予想外の出来事に驚いたために一瞬反応が遅れてしまい、今度ばかりは回避行動が間に合わない。

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟(とっさ)に両腕を盾にして防御の体勢を取る。横一閃(いっせん)に振られた剣が両腕にガッと音を立ててぶつかると、魔王の体に強い衝撃が加わって、大地に両足をついたままズザザザァーーーーッと後ろに押されていく。

 (さいわ)いにと言うべきか、魔王の両腕は(はがね)よりも硬く、刃を受けた事による傷は付いていない。

 

(……どういう事だ)

 

 だが魔王は心中穏やかではない。深手は負わなかったものの、それでも相手が自身の想定より速く動けた事に到底納得が行かない。

 魔王は常人の百倍以上の速さで動ける。相手は速度強化(スピード・ブースト)で十倍速くなったとしても、せいぜい反応が間に合うのがやっとだ。攻撃を当てるなんて事は普通では考えられない。

 アドニスは大魔王の力で身体能力を強化されたのか? もしそれで魔王と同等の強さを手に入れたのだとしたら、恐ろしい話だ。

 

(……確かめなければなるまい)

 

 ザガートがそう思いを()せる。このまま考えていても仕方がなく、自身の中に湧き上がった仮説を実証するためには行動を起こすしかないと結論付ける。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれッ! 火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。男の手のひらに魔力の炎が集まっていき、圧縮されて一つの火球になる。火球は正面にいるアドニスめがけて撃ち出された。

 轟轟(ごうごう)と燃えさかる火の玉はグングン加速していき、やがて音速を超える速さになる。常人ではとても見てからでは回避が間に合わない速度だ。

 

 アドニスは自身に向けて放たれた火球を、サッと横に動いてあっさりとかわす。火球は彼の背後にある地面に落下して、音を立てて爆発する。

 

(……やはりそうだッ! 間違いない! 今のヤツは……アドニスは、俺とほぼ同じ速さで動けるッ!!)

 

 若者が自らの放った一撃を避けた動作を見て、ザガートが確信を抱く。これまで抱いた違和感に対し、もしやと頭の中に浮かんだ仮説が実証される形となった。その事に対する驚きの感情を隠し切れず、表情となって表に出る。

 

「フフフッ……流石(さすが)のお前も冷静ではいられまい」

 

 魔王の驚いた顔を見て、アドニスが上機嫌になる。相手に一杯食わせられた喜びで口元をニヤつかせた。

 

「教えてやろう……俺の右腕に()められた黄金の腕輪、これは『神速の腕輪』と呼ばれる伝説の宝具ッ! デスナイトの証たるデモンズメイル共々、大魔王から与えられた品々の一つッ! これを身に付けた者は、常に目の前にいる敵の最高速度と同じ速さで動き回れるようになるッ!!」

 

 一連の出来事について真相を語る。右腕に嵌めた腕輪の効力により、魔王と同じ速さで動けるようになった事実を教える。あえて自信満々に種明かしする口ぶりからは、知られても対策の取られようがない余裕が(うかが)える。

 

 事実、同じ速さで動けるという事は、ザガートが速度強化(スピード・ブースト)をしても全く意味がない。かといって同じ速さの相手から力ずくで腕輪を引き()がすなど、現実的な考えとは呼べない。男が余裕の態度を取るのも納得の行く話だ。

 

「ザガート……これで貴様は、最大の強みの一つを失った事になるッ!」

 

 アドニスが歓喜に満ちた表情で叫ぶ。魔王が速さにおいて優位性を失ったと自信満々に告げると、前方にダッシュして一気に間合いを詰める。速さが同じなら不用意に飛び込んでも簡単には反撃されないだろうと確信を抱く。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーッッ!!」

 

 腹の底から絞り出したような大声で叫ぶと、それまで片手で握っていた一振りの剣を両手に持ち替えて、縦横無尽に振り回す。ブンブンと音を立てて振られた剣が魔王へと襲いかかる。

 

 魔王はさっきと同様に両腕を盾にして防御の体勢を取る。黒騎士の剣が男の腕に触れると、ギィンッ! と硬い何かにぶつかったような音が鳴る。男の腕はダイヤモンドの壁よりも堅牢で、簡単には傷が付かない。それでも黒騎士は剣を振り続けた。

 ギンギンギンギンギンッ、と剣がぶつかった音が楽器の演奏のように鳴り、そのたびに魔王の体が少しずつ後ろに押される。

 

 魔王は防御の体勢のまま、チャンスを(うかが)うようにじっと耐える。

 

(やれやれ……速さが同じになっただけで、ここまで力の差が埋まるとはな)

 

 相手の攻撃を受け続けたまま、物思いに(ふけ)る。本来格下の相手に防戦一方になっている現状を深く嘆く。

 

 あくまで同じになったのは速さだけだ。大魔王に肉体を強化されたとはいえ、攻撃力は同じになっていない。現に黒騎士の一撃は魔王に(かす)り傷すら負わせられない。

 それでも速さという強みをたった一つ失っただけで、楽勝ムードは消し飛び、魔王は相手を()めてかかれる余裕を失った。

 これは本腰を入れなければなるまい……そう思いを抱く。

 

 黒騎士の斬撃は数分ほど続いたが、疲れが出始めたのか、ほんの一瞬だけ次の剣を振るうまでのタイミングが遅れた。

 魔王はその一瞬の(すき)を見逃さない。

 

「フンッ!」

 

 (かつ)を入れるように鼻息を吹かすと、相手の腹に渾身のヤクザキックを叩き込む。(くつ)を履いた男の足裏がドグォッと音を立てて腹にめり込む。

 

「のっ……ぐわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーッッ!!」

 

 アドニスが奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。予想外の反撃に受身が取れず地べたに叩き付けられると、横向きにゴロゴロと転がる。最後はだらしなく大の字に寝転がる。

 剣は右手に握られたままであり、手元から離れていない。その事は見事と言うべきか。

 

 地べたに倒れたまま起き上がらないアドニスを、ザガートが腕組みしたまま眺める。表情に余裕の笑みを浮かべており、相手を見下すように「フフンッ」と鼻で笑う。

 

「アドニス……俺とここまでやれるようになった事は()めてやる」

 

 想定を(はる)かに上回る健闘ぶりを見せた若者に賛辞の言葉を送る。

 

「だが……同じ速さになった程度で勝てるほど、俺は甘くはない!!」

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