いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。 作:大月秋野
冷たい風がビュウビュウと吹き抜ける真夜中……ゼタニアの町から北に二キロ向かった先にある、神殿跡地の廃墟。
かつてザガートとギースの決闘の舞台であった場所に、今一人の男が立つ。
その者はサソリの甲殻をモチーフにした漆黒の鎧を
右手には片手で振り回すロングソードのような剣が握られており、左手は鎧の篭手とは異なる、金属製の義手になっている。右の二の腕には黄金の輝きを放つ腕輪が
見るからに暗黒騎士然とした異様な姿の男が、夜風に吹かれながら誰かを待ち続けていると、平原の彼方から人が歩いてくる。それも一人や二人ではない、総数にして十人を超える集団だ。
集団は黒騎士から数メートル離れた場所まで来て足を止める。
「……メッセージは受け取ってもらえたようだな」
集団の先頭にいた、頭に
「アドニス……なのか」
集団を
「ああそうさ……いちいち
黒騎士が魔王の問いに答える。血文字で名前を書いた通り、自分がアドニス本人であると明かす。あえて素顔は見せず、声によって
「アドニスっ! これは一体どういう事だ! 何を考えているッ!!」
ドーバンが声を荒らげて問い
「どうもこうもない……見ての通りさ。俺は大魔王の忠実な
アドニスが
(勇者に憧れた男が、大魔王の手下に成り下がるとは……悪い冗談だ)
ザガートが思わず頭を抱え込んだ。若者の支離滅裂な行動に
万が一ここで魔王に勝ったとして、人々が彼を勇者と認めるだろうか。冷静に考えればそうならない事は、子供でも分かる。
彼はつまらないプライドの
「アドニス、お願いっ! もうやめてッ!!」
エレナが男の名を呼びながら早足で駆け寄る。両肩を
「気安く俺に触るなッ!!」
少女の説得も
「アドニス、女の顔を殴るとは気でも狂ったか! うおおおおおおおおっっ!!」
仲間に暴力を振るわれた事にマックスが激昂する。獣のような雄叫びを上げると、感情の
「ふんっ!」
アドニスは小馬鹿にするように鼻息を吹かすと、右拳によるパンチを繰り出す。ドグォッと音を立てて腹に拳がめり込むと、男の体がフワリと宙に浮く。
「ぬおおおおおおっ!」
悲鳴を上げた瞬間、マックスの体が凄まじい衝撃で弾き飛ばされた。墜落するように地面に激突すると、ゴムボールのように派手にバウンドする。最後は地面に倒れたまま動かなくなる。
「マックスっ!!」
その場にいた数人の衛兵、冒険者、ザガートの仲間達がマックスに駆け寄る。ルシルはすぐに回復魔法を唱えて彼の傷を
レジーナは黒騎士の暴虐な振る舞いに怒りを
「……アドニスっ! 罪なき衛兵を手にかけるだけでは
仲間を何とも思わない行為を激しく
「フンッ……俺に仲間など必要ない。俺は最強になったんだ。真の強者に仲間は
アドニスが王女の言葉を鼻で笑う。絶対強者となった自分に他人の力は必要ないと、自信に満ちた口調で言ってのける。
彼の仲間に対する態度はあまりに
もしかしたら彼は本当に、大魔王に意識を乗っ取られたのではないか……そう思わせるほどだ。いっそそうであって欲しいと、その場にいた者は誰もが思わずにいられなかった。
「ううっ……」
地面に倒れていたエレナが起き上がる。瞳からは大粒の涙がボロボロと
かつての仲間に顔を叩かれて泣く少女の姿は見るからに痛ましい。体よりも心が深く傷付いた様子が一目見ただけで伝わる。
「大丈夫か、エレナ」
トールが悲嘆に
「……」
そんな二人の姿を見て、ザガートは胸が激しく痛んだ。自分が若者を追い詰めたばかりに、このような事態を招いたのだと思い
魔王がふと振り返ると、アドニスが彼の方をじっと見ていた。極上の獲物を見つけた獣のようにニタァッと口元を
「さぁてと……
長い前振りの打ち切りを提案し、魔王を倒して自分が勇者になるのだと強い口調で語る。
男の
「……たとえどれだけ力を得ようと、人に情けを掛けられぬ者を勇者などとは呼べん……その事を教えてやる、若僧ッ!!」
目をグワッと見開いて持論を述べると、若者の根性を叩き直す事を大声で宣言するのだった。
「行くぞザガート……うおおおおおおっ!」
アドニスが先手を打つように自ら仕掛ける。正面に向かって全力でダッシュすると、右手に握った剣を魔王めがけて振り下ろそうとする。
「フンッ!」
ザガートが直立不動のまま残像を残して高速移動し、アドニスから数メートル離れた場所へと後退する。相手と一定の距離を保ったまま魔法攻撃しようと頭の中で考えていたが……。
「!?」
魔王が次の行動に移ろうとした
魔王は予想外の出来事に驚いたために一瞬反応が遅れてしまい、今度ばかりは回避行動が間に合わない。
「ぐっ!」
(……どういう事だ)
だが魔王は心中穏やかではない。深手は負わなかったものの、それでも相手が自身の想定より速く動けた事に到底納得が行かない。
魔王は常人の百倍以上の速さで動ける。相手は
アドニスは大魔王の力で身体能力を強化されたのか? もしそれで魔王と同等の強さを手に入れたのだとしたら、恐ろしい話だ。
(……確かめなければなるまい)
ザガートがそう思いを
「ゲヘナの火に焼かれて、消し
正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。男の手のひらに魔力の炎が集まっていき、圧縮されて一つの火球になる。火球は正面にいるアドニスめがけて撃ち出された。
アドニスは自身に向けて放たれた火球を、サッと横に動いてあっさりとかわす。火球は彼の背後にある地面に落下して、音を立てて爆発する。
(……やはりそうだッ! 間違いない! 今のヤツは……アドニスは、俺とほぼ同じ速さで動けるッ!!)
若者が自らの放った一撃を避けた動作を見て、ザガートが確信を抱く。これまで抱いた違和感に対し、もしやと頭の中に浮かんだ仮説が実証される形となった。その事に対する驚きの感情を隠し切れず、表情となって表に出る。
「フフフッ……
魔王の驚いた顔を見て、アドニスが上機嫌になる。相手に一杯食わせられた喜びで口元をニヤつかせた。
「教えてやろう……俺の右腕に
一連の出来事について真相を語る。右腕に嵌めた腕輪の効力により、魔王と同じ速さで動けるようになった事実を教える。あえて自信満々に種明かしする口ぶりからは、知られても対策の取られようがない余裕が
事実、同じ速さで動けるという事は、ザガートが
「ザガート……これで貴様は、最大の強みの一つを失った事になるッ!」
アドニスが歓喜に満ちた表情で叫ぶ。魔王が速さにおいて優位性を失ったと自信満々に告げると、前方にダッシュして一気に間合いを詰める。速さが同じなら不用意に飛び込んでも簡単には反撃されないだろうと確信を抱く。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーッッ!!」
腹の底から絞り出したような大声で叫ぶと、それまで片手で握っていた一振りの剣を両手に持ち替えて、縦横無尽に振り回す。ブンブンと音を立てて振られた剣が魔王へと襲いかかる。
魔王はさっきと同様に両腕を盾にして防御の体勢を取る。黒騎士の剣が男の腕に触れると、ギィンッ! と硬い何かにぶつかったような音が鳴る。男の腕はダイヤモンドの壁よりも堅牢で、簡単には傷が付かない。それでも黒騎士は剣を振り続けた。
ギンギンギンギンギンッ、と剣がぶつかった音が楽器の演奏のように鳴り、そのたびに魔王の体が少しずつ後ろに押される。
魔王は防御の体勢のまま、チャンスを
(やれやれ……速さが同じになっただけで、ここまで力の差が埋まるとはな)
相手の攻撃を受け続けたまま、物思いに
あくまで同じになったのは速さだけだ。大魔王に肉体を強化されたとはいえ、攻撃力は同じになっていない。現に黒騎士の一撃は魔王に
それでも速さという強みをたった一つ失っただけで、楽勝ムードは消し飛び、魔王は相手を
これは本腰を入れなければなるまい……そう思いを抱く。
黒騎士の斬撃は数分ほど続いたが、疲れが出始めたのか、ほんの一瞬だけ次の剣を振るうまでのタイミングが遅れた。
魔王はその一瞬の
「フンッ!」
「のっ……ぐわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーッッ!!」
アドニスが奇声を発しながら豪快に吹き飛ぶ。予想外の反撃に受身が取れず地べたに叩き付けられると、横向きにゴロゴロと転がる。最後はだらしなく大の字に寝転がる。
剣は右手に握られたままであり、手元から離れていない。その事は見事と言うべきか。
地べたに倒れたまま起き上がらないアドニスを、ザガートが腕組みしたまま眺める。表情に余裕の笑みを浮かべており、相手を見下すように「フフンッ」と鼻で笑う。
「アドニス……俺とここまでやれるようになった事は
想定を
「だが……同じ速さになった程度で勝てるほど、俺は甘くはない!!」