いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第61話 ミディアン村

 とある辺境の村に建つ木造の一軒屋……その台所にて。

 

「お母さんのバカっ! どうしていつもいつもカレーにたまねぎ入れちゃうの! 僕がたまねぎ嫌いだって知ってる(くせ)に!!」

 

 一人の少年が母親に向かって大きな声で怒鳴り、カレーライスに嫌いなおかずが入っていた事に文句を()れていた。

 

 部屋の中にいるのは母と子の二人だけだ。父親の姿は見えない。

 少年は背格好と目鼻立ちからして七歳くらいに見える。

 

「サトル……好き嫌いばかりしてると、体の大きな大人になれませんよ」

 

 三十代(なか)ばくらいに見える母親が、息子のわがままをやんわりと(しか)る。

 母親はおっとりした口調と性格をしていて、気が強いタイプでは無さそうだ。容姿は美人だが、常に疲れた表情をしていて何処か(はかな)げでもある。

 

「体が大きくなったって、意味ないやい! あれだけ強かった父さんだって、熊に食べられちゃったんだ!!」

 

 サトルと呼ばれた少年が母親の()(ぶん)に反論する。父親が猛獣に襲われて命を落とした事実を述べて、好き嫌いを無くす事の無意味さを()く。

 

「お母さんなんて大嫌いだっ! いなくなっちゃえ!!」

 

 大きな声で叫ぶと、食事に手を付けずに台所から出ていく。そのまま自分の部屋に駆け込んでドアを閉めて鍵をかける。

 

「サトル……」

 

 台所に一人ポツンと(たたず)んだ母親が悲しみに満ちた顔をする。

 息子に言う事を聞かせられない自分の無力感に打ちのめされた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

「………」

 

 サトルは自分の部屋に駆け込むと、うつ伏せにベッドに寝転んで枕に顔をうずめる。そのまま数分間何もせずにじっとする。

 

「母さんなんて……」

 

 ボソッと小声で(つぶや)く。自分は悪くない、悪いのは相手だと言いたげに、言い争った原因を一方的に相手のせいにする。(いら)()ちをぶつける八つ当たりに(ひと)しい。

 

「母さんなんて……いなくなっちゃえばいいんだ」

 

 そんな言葉が口を()いて出た。

 

 

 

 その瞬間、部屋の中が一面真っ暗な闇で覆われた。

 明かりを()けてあったはずなのに、光が全く存在しないのだ。まるで黒い鉄の箱に閉じ込められてしまったかのように……。

 

「母親がいなくなればいい……そう言ったな?」

 

 この異様な状況に少年が戸惑っていると、暗闇の中から声が発せられた。

 

「誰っ!?」

 

 話しかけられた事に驚いて、少年が慌てて声がした方角を振り返る。けれども視界は完全な闇に覆われていて、声の主の姿を見る事は出来ない。

 

 サトルに話しかけた声は大人の男性のものであったが、ねっとりした喋り方をしていて独特のいやらしさがある。子供を(だま)す詐欺師のような雰囲気を漂わせていて、声だけでも邪悪な存在だと分かる。

 

「お前の望み、(かな)えてやろう……母親をこの世から消してやる。もう二度とこっちの世界に戻ってくる事は無い。お前がそれを望んだのだからな……フハハハハッ」

 

 声の主が(なお)も語りかける。少年の願いを叶える事を口にして、大きな声で不気味に笑う。

 

 話を終えると部屋を覆っていた闇が消えて、室内が急に明るくなる。壁に打ち付けられた時計が何事も無かったようにカチッカチッと音を鳴らし、ランプの(あか)りが部屋の中を明るく照らす。怪しい者の声はもう聞こえてこない。

 

「今のは一体……」

 

 怪しい男の気配が消えて、(ひと)り部屋に取り残されたサトルがポカーーンと大きく口を開ける。あまりにおかしな出来事だったため脳の計算が追い付かず、頭が真っ白になる。

 

 自分は夢でも見たんじゃないか。そんな考えが頭をよぎった時……。

 

「キャーーーーーッ!!」

 

 台所から母親の悲鳴が聞こえて、皿がガシャーーーン! と割れた音が鳴る。

 

「母さん!?」

 

 母親の身に危険が迫ったと感じて、サトルが血相を変える。慌ててベッドから起き上がり、台所に向かって全速力で駆け出す。母親とケンカした事実は一瞬で頭から吹き飛んだ。

 

「……!!」

 

 サトルが台所に着くと、母親の姿は影も形も無くなっていた。

 母親が驚いた拍子(ひょうし)にひっくり返したのか、カレーライスを乗せた(さら)が床に落ちて割れていたが、本人の姿は何処にも見当たらない。まるで煙になって消えてしまったかのようだ。

 

 室内を荒らされた形跡は無い。サトルは悲鳴を聞いた時泥棒が入ったかもと考えたが、それにしては台所の様子は随分(ずいぶん)落ち着いている。異変を感じさせるのは床にぶちまけられたカレー皿だけだ。

 

 何より驚くべきは、建物のドアも窓も施錠されたままであり、泥棒が入ってきた形跡も、母親が出ていった形跡も全く無い事だ。つまり誰も出入りしていないのに、母親が忽然(こつぜん)と姿を消した事になる。

 

「母さん……どこ」

 

 (ひと)り台所に取り残されたサトルが(さび)しそうに(つぶや)く。人ごみの中で母親とはぐれて迷子になった心境になり、急に心細い気持ちになる。孤独の感情が津波のように押し寄せてきて胸がいっぱいになる。

 このまま永遠に彼女と会えないかもしれない……そう思った瞬間、目にうっすらと涙が浮かんだ。

 

 

 

 ……台所の(すみ)に置かれた鏡が「クククッ」とネズミの吐息程度の小さな声で笑った事に、少年は気付く(はず)もない。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 アドニスがデスナイトとなった事件を解決させたザガート達はゼタニアの町を後にする。

 宝玉の()()が記された地図を頼りに、次なる目的地を目指して西へ西へと歩き続ける。

 

 西へと向かった一行の前に巨大な森が立ち(ふさ)がったが、そのまま()(かい)する事なく突き進む。

 木と木の間にあった一本の道を、彼らが進み続けた時……。

 

「グァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーッ!」

 

 森中に響かんばかりの雄叫びを上げながら、一頭の猛獣が茂みから飛び出してきた。

 

 一行の前に現れたのは背丈四メートルほどもあるオスの(ヒグマ)だ。全身の毛は暗めの茶色に染まっており、前足の(ツメ)は刃のように鋭い。魔王達を(よど)みない殺意に満ちた瞳で(にら)み、「ウウーーッ」と()(かく)するように(うな)り声を発する。口からはダラダラと(よだれ)()らし、目をギラギラ輝かせる。

 

 熊の様子は完全に一行を『(えさ)』とみなした者の取る態度だ。人間に対する恐れなど()(じん)も無い。

 

「ブレードベアッ! この近辺を通りかかる旅人を襲って食べるという熊の猛獣!!」

 

 茂みから出てきた巨大な熊についてレジーナが解説する。この土地では知られた魔獣だったらしく、これまで多くの旅人を餌食(えじき)にしてきた事を皆に伝える。

 

 熊は真っ先に捕食すべき対象とみなしたのか、女達には目もくれず魔王めがけて一目散に走る。四足歩行でドスンドスンと脱兎(だっと)のごとく駆けていく。

 

「グアアアアアアーーーーーーッ!!」

 

 近接戦の間合いに入ると、大きく口を開けて相手の喉笛(のどぶえ)に噛み付こうとした。

 

「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 魔王が正面に手のひらをかざして攻撃魔法を唱える。

 男の手から魔力を圧縮した火球が放たれると、熊の体が一瞬にして巨大な炎の餌食(えじき)となる。

 

「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」

 

 猛獣の口からこの世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれた。魔法を食らった衝撃で後ろに吹っ飛んで地べたに叩き付けられると、全身を焼かれる痛みから逃れようとするようにジタバタとのたうち回る。数秒が経過してピクリとも動かなくなると、全身がサァーーーッと砂のように崩れ落ちていって、灰の山となる。一陣の突風が吹き抜けると、風に飛ばされて空に散っていった。

 

「ムッ!? しまった……()(かつ)な事をした」

 

 魔獣の死に(ざま)を見届けて、ザガートが唐突に自らの失態を嘆く。

 

「どうしたザガート。何がしまったんだ?」

 

 魔王が何の失態を犯したのかが分からず、王女が首を(かし)げた。

 

「火力を調整すべきだった……うまくいけば新鮮な熊の肉が食べられたかもしれないのにな」

 

 魔王が発言の真意を伝える。魔法の威力を弱めれば相手を炭化せずに焼いた肉が食べられたかもしれない事、それをせずフルパワーで攻撃魔法を撃った事、新鮮な熊の肉を食べるチャンスをフイにしてしまった事……それらの心情を説明する。

 

「いや……いらんわ!!」

 

 本気とも冗談とも付かない魔王の言葉に王女が即座にツッコんだ。

 今までそんな素振りを全く見せなかったのに、急に魔物食に目覚めた男の発言に疑念を抱かずにいられない。

 

 二人の会話のやりとりを聞いてなずみとルシルはクスクスと笑い、鬼姫は顔をニヤつかせる。そうして一行は微笑ましく会話しながら次なる目的地を目指すのだった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 道中で襲ってきた熊を返り討ちにした一行は次なる目的地を目指して進み続ける。大きな森を抜けると開けた平原へと行き当たり、そこを進んでいく。

 

 何も無い平原を一時間ほど歩き続けると、一つの村が見えてきた。見た目の規模から考えると人口は数百人ほどいるように思われ、限界集落と呼ぶほどではない。

 

「地図に書かれた宝玉がある場所まではまだ数日は掛かりそうじゃ。今夜は野宿せず、あの村に泊まっていこうではないか」

 

 鬼姫が村を指差しながら今後の方針について意見を述べた。

 彼女の意見に反対する者はおらず、皆が同意して(うなず)く。

 考えがまとまると一行は村を目指して歩いていく。

 

 村を(おお)う木造の(さく)、その唯一の入口に辿(たど)り着いた一行だったが、誰も彼らを出迎えようとはしない。それどころか魔物の侵入を見張る衛兵が一人も立っておらず、村の入口周辺に全く人の気配が感じられない。

 

「妙じゃな……この村の住人は全員、何処かへ姿を消してしまったのか?」

 

 シーーンと静まり返る村を眺めながら鬼姫が首を(かし)げた。魔物に滅ぼされた形跡が無いのに人の気配が全くしない光景に違和感を覚えずにはいられない。

 

「あっ、見て下さいッス! あそこに人がたくさん集まってるッス!!」

 

 なずみが(はる)か遠くを指差しながら大きな声で皆に伝える。

 彼女が指差した方角……村の中央に村人が集まる(ため)の広場があり、そこに無数の人だかりが出来ていた。彼らは何やらざわついており、一見して只事(ただごと)ではない様子が伝わる。

 村の入口周辺に人の気配が無かったのは、住人全員が中央の広場に集まっていたからというのが真相のようだ。

 

 いずれにせよこのままでは情報収集もままならない(ため)、一行は黒山の人だかりへと近付いていく。

 

「これは一体何の騒ぎだ?」

 

 五人の先頭にいたザガートが一人の老人に声をかけた。

 

「ああっ! 貴方様はもしや、ゼタニアの町を救ったという(ウワサ)の救世主様では!? もしそうなら、ミディアン村へようこそおいで下さいました! 私はこの村の村長を任されている、バロノーアと言う者です!!」

 

 魔王に話しかけられた老人が恐縮しながら頭を下げる。頭に(ツノ)を生やした男を一目で噂の救世主だと見抜いて、挨拶(あいさつ)ついでに自らの素性を明かす。

 

「村を訪れた皆様をお迎えする準備が出来ておらず、このような形での挨拶となった事をどうかお許し下さい……今我々は大きな問題を抱えていて、外から人が来たかどうか確かめている余裕が無かったのです」

 

 バロノーアと名乗った老人が申し訳なさそうに肩を(ちぢ)こませる。自分達が今危機的状況に置かれている事、それゆえに来訪者を出迎える余裕が残されていなかった事……それらの事実を述べて、魔王一行を出迎えられなかった事を深く謝罪する。

 

「何があったのか話してみろ」

 

 村を襲った災難について魔王が詳細を問い(ただ)す。

 

 魔王の問いに村長はコクンと(うなず)くと、他の村人にサッと手を振って合図を送る。

 しばらくすると人だかりの中心にいたらしき一人の少年が魔王達の元へと連れて来られた。

 

「この子は?」

 

 ルシルが少年の素性を聞く。

 

「この子はサトルと言います。以前は両親と三人で暮らしていたのですが、不幸にも父親が魔物に襲われて命を落としました。それからは母と子、二人で暮らしていたのですが……数日前、彼の母ルミエラまでもが突然行方(ゆくえ)をくらましたのです!!」

 

 村長が少年の素性について語りだす。少年の父親が魔物の餌食(えじき)になった事、それに続いて今度は母親が姿を消した事……それらの事実を()(もん)に満ちた表情で伝える。

 

「この子の証言が正しければ、ルミエラは窓も戸も開けずに煙のようにいなくなったとの事……しかも彼女が消える直前、何者かがサトルに彼女をさらうと予告したそうです。我々はそれを聞いて、ルミエラを連れ去ったのは悪魔の仕業に違いないと考えました。以前にも似たような事件があったと、村の古き言い伝えにあったからです」

 

 母親がいなくなった経緯(いきさつ)についてサトルが語った事、かつて同じような状況が村であった事、それらを判断材料として悪魔の仕業だと結論付けた事を述べる。

 

「我々は彼女が何処かに捕まっているかもしれないと思い、八方(はっぽう)手を尽くして(さが)しました。ですがいくら捜しても見つからない……(すで)に彼女がいなくなってから丸三日が()った。もう彼女は魔物の(えさ)になったのではないか……そう言い出す者もおり、捜索を諦める声も出始めている」

 

 村中総出(そうで)になってルミエラの行方(ゆくえ)を捜した事、大規模な捜索を行ったにも関わらず()()かりが得られなかった事、日数の経過により彼女の生存を諦める声が出始めた事……それらの過酷な現状を伝える。

 

「私はこの子が()(びん)でなりません……父親に加えて母親までも失ったとなれば、この子は天涯孤独の身となる。たとえ引き取り手が見つかったとしても、親を失った心の傷は一生()える事は無いでしょう」

 

 サトルの両肩に手を乗せると、少年の()(すえ)を案じて、いたたまれない気持ちになった事を伝えて話を終わらせた。

 

「………」

 

 村長の話が終わると、場の空気がどよーーんと重くなる。誰も一言も話さないまま苦虫を噛み(つぶ)した表情になる。(みな)が重苦しい表情を浮かべて下を向いたまま両肩を震わせた。

 この村に少年の母親を見捨てようなどと言い出す者は一人もいない。皆が少年の境遇に(あわ)れみを抱いて、何としても力になってやりたい思いを抱く。にも関わらず八方(はっぽう)手を尽くしても母親が見つからず、少年の力になれない無力感が彼らの胸を強く打ちのめした。

 

「お母さん……うっうっ」

 

 ルミエラを救えない空気が場に漂って、サトルが声に出して泣き出す。瞳から大粒の涙を(あふ)れさせて、()(えつ)を漏らして泣く。いつまでも涙が枯れる事なく泣き続ける。

 目の前で少年が泣いても、村人は(なぐさ)めの言葉を掛けられない。母親を見つけられない自分達がどんな言葉を掛けようと気休めにもならないという思いがあった。

 

「どうするのじゃ、魔王よ。この件は宝玉集めとは何の関係も無いようじゃが……」

 

 村人達の話を聞き終えて、鬼姫が彼らに聞こえないくらいの小声で魔王にそっと耳打ちする。この事件に首を突っ込んでも得られるものが無いと前置きした上で、それでも関わるかどうかの意思確認を行う。

 

(宝玉集めとは何の関係も無い……か)

 

 鬼姫の言葉を聞いて魔王が一瞬思い悩んだ顔をする。何の報酬も得られない人助けをして良いものかと彼女が懸念を抱くのは(もっと)もだと考えた。

 

(……何の成果も得られなかったとしても、目の前で泣く子供を放ってはおけまい)

 

 けれどもすぐに少年の力になってやるべきだと冷静に思い直す。ここで自分達には関係ないと言い捨てて立ち去れば村人の顰蹙(ひんしゅく)を買い、救世主の名声に傷が付く。鬼姫はまだしも、他の三人の女が嫌な顔をするのは火を見るより明らかだ。

 何より目の前で困って泣いている子供を見捨てれば、自分で自分を許せなくなる思いが彼の中にあった。

 

「サトルと言ったな。お前の母親がいなくなった場所まで案内しろ」

 

 今後の方針が決まると早速(さっそく)少年に事件現場までの道案内を頼む。

 

「えっ!? それじゃあ……」

 

 魔王の言葉を聞いてサトルが急にピタリと泣き()む。涙で濡れた顔を(そで)でゴシゴシ拭いて()(れい)にすると、顔を上げて相手の顔をじっと見ながら、母親が見つかる期待で目をらんらん輝かせた。

 

「ああ……お前の母親を、必ず俺が見つけ出してやる!!」

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