いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第63話 お前を殺す理由

 魔王が状況を打開する(ため)に何らかの行動を起こそうと思い立った時……。

 

「……母さん」

 

 サトルが不意に小声で(つぶや)く。下を向いて泣き続けるのをやめると、顔を上げてゆっくりと立ち上がる。二本の足でしっかり大地に立つと、ガラス球に閉じ込められた母親をじっと見ながら、胸の奥底から絞り出したような小声で語りだす。

 

「ごめんよ、母さん……僕がバカだった。いつもいつもわがまま言って、困らせてばかりだった。本当は僕、気付いてたんだ。いつも母さんが僕の事を心配してくれてた事……それなのに(ひど)い事ばかり言って、本当にごめん」

 

 今まで迷惑かけた事を深く謝罪する。母親が自分の身を案じる行動してくれた事、にも関わらず、その気持ちに応えようとしなかった事……それらを申し訳なく感じた心情を(いつわ)らざる本音によって伝える。

 

「もう食べ物の好き嫌いしない……しいたけもたまねぎもちゃんと食べる……朝一人で起きられるようになる……学校の宿題ちゃんとやる……ちゃんと歯も磨く……お風呂が沸いたらすぐに入る……夜遅くまで遊んだりしない……だから……だから」

 

 下を向いて両肩をわなわなと震わせると、今にも泣きそうな涙声になりながら、これまでやらかしたわがままに対する反省の(べん)を述べる。今後は母親を困らせない生き方をすると(ちか)いを立てる。

 

「もうお母さんの事絶対いらないなんて言わないから……僕の前からいなくならないで、戻ってきてよぉっ!!」

 

 最後は顔を上げて悲しそうな表情になると、球体に閉じ込められた母親を見ながら、家に戻ってきて欲しい切実な思いを訴えた。

 

(クククッ……バカめ。あの女は眠らされているのだぞ。ションベンくさいガキがいくら()えた所で、声が届くはずが……)

 

 少年の必死の思いが(こも)った言葉を聞いても、ガストは歯牙(しが)にもかけない。昏睡状態にあるルミエラに声が聞こえるはずがないとタカを(くく)る。

 

(……ん?)

 

 それでも念の(ため)と思い、球体の方を見た悪魔が異変に気付く。

 ルミエラの体が(かす)かに動いたように見えた。よく見てみると体全体が小刻みに震えており、左の瞳から一粒(ひとつぶ)の涙が(こぼ)れ落ちた。

 魔力で眠らされた少年の母親……その彼女が全力で魔力に(あらが)って、起き上がろうとしていたのだ。

 

「……トル」

 

 やがて(わず)かではあったが口が動いて言葉が発せられた。

 

「サトル……サトルゥゥゥウウウウウーーーーーーッ!!」

 

 両目をグワッと見開くと、腹の底から絞り出したような大声で息子の名を叫ぶ。体育座りするのをやめて自力で起き上がろうとすると、彼女を閉じ込めていたガラスの壁にビシビシと亀裂が入り、ガシャーーーン! とあっけなく割れる。

 分厚いガラスのような硬さがあったはずの結界は、女が目覚めると内側からハンマーでぶっ叩いたかのように(もろ)かった。

 

「サトルーーーー!!」

 

 ルミエラは自力で結界を破るとすぐさま立ち上がり、離れた場所にいる息子に向かって全速力で駆け出す。数日間閉じ込められた事による疲労のようなものは感じられない。

 

「母さぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーん!!」

 

 サトルが数秒遅れて母親の元へと走り出す。母親の腰に抱き着くと、顔をうずめたまま大声で泣き出す。瞳から大粒の涙をボロボロと(あふ)れさせて、わんわんと生まれたての赤子のように泣き続ける。

 

「母さん、ごめんっ! ごめんよぉ! 僕……僕……」

 

 これまでしてきた事を何度も謝る。母親が目を覚ました喜びで胸がいっぱいになり、言葉がうまく出せない。

 

「サトル……貴方の言葉はちゃんと届いてましたよ。もう母さんは何処にも行ったりなんかしません……」

 

 ルミエラは身を(かが)めて愛する息子を両手で抱き締めると、泣き()ませようと何度も優しい言葉をかける。自分はもういなくならないと言い聞かせて、息子の不安を取り(のぞ)こうとした。

 

(クソッ! これは一体どういう事なんだ? こんな事はありえない……絶対あってはならない事だ!! 俺様の掛けた術は高等な魔術……それを親子の愛だの(きずな)だのという、取るに()らないものに破られるなどという事があっては!!)

 

 親子が抱き合う姿を遠巻きに眺めながらガストが(ひど)く困惑する。ルミエラに掛けた術が破られた事に冷静ではいられない。

 

 ガストは自身が掛けた術が魔王に破られる事は想定していた。魔王が破ったのなら仕方ないと自分に言い聞かせて、納得してやるぐらいの気持ちはあった。

 だがそうではない。悪魔の掛けた渾身の術は魔王の力によってではなく、ルミエラの思いの強さによって破られたのだ。それは彼にとって決して許せるものでは無かった。

 

 しばらく呆気(あっけ)に取られたまま黙り込んだガストであったが……。

 

「貴様らよくも……よくも俺のメンツを(つぶ)してくれたなッ! 許さん! 絶対に許さんぞ!! まどろっこしいマネをするのはもうやめだ! かくなる上は貴様らの両目を(えぐ)って、二度と日の光を(おが)めなくしてくれるわぁぁぁぁぁぁあああああああああッッ!!」

 

 やがて脳の血管がブチ切れんばかりに怒りだす。眉間(みけん)(しわ)を寄せた阿修羅のような顔になると、揺るぎない殺意に満ちた言葉が口から飛び出す。

 もはや一分一秒たりとも相手を生かしておけない気持ちにすらなり、親子のいる方角に向かってゴォーーーッと風を切る音を鳴らしながらすっ飛んでいく。悪魔としてのプライドを踏みにじられた気になり、なりふり構っていられなくなったようだ。

 

「うっ……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーっ!!」

 

 影の悪魔が物凄い剣幕で自分達に迫ってきた(ため)、親子が二人して悲鳴を上げる。どうにもならない状況に絶望して、死を覚悟しながら互いに強く抱き合う。

 

 ガストの指があと数秒で親子に届きかけた時、ザガートがワープしたように一瞬で駆け付けてガストの前に立ちはだかる。

 

「ふんっ!」

 

 (かつ)を入れるように一声発すると、右拳による全力のパンチを()り出す。ひらひらした旗のような物体である悪魔の顔面に、ダイヤモンドよりも硬い男の拳がボフッと音を立ててめり込んだ。

 

「なっ……げぼばぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」

 

 直後ガストが滑稽(こっけい)な奇声を発しながら慌てて数メートル後ろへと下がる。相手との距離を保って安全を確保すると、殴られた顔面をいたわるように両手で(さす)る。(うす)っぺらい紙のような物体ではあったが、痛覚はちゃんとあったようだ。

 

「……親子の仲を邪魔しようとするヤツは俺が許さん」

 

 ザガートが恰好(かっこう)を付けるようにマントを右手でバサッと開きながらガストに忠告する。いたいけな親子に手を出そうとした悪魔の所業を、卑怯者の取る行動だと心底見下す。

 

「日の光を拝めなくなるのは貴様の方だ……ガスト!!」

 

 影の悪魔の抹殺を高らかに宣言する。

 

「ゲヘナの火に焼かれて、消し(ずみ)となれッ! 火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 ザガートは間髪入れずガストに手のひらを向けて魔法の言葉を唱える。

 男の右手に炎が集まっていって圧縮されて(なし)くらいの大きさの火球が生まれると、正面にいる敵めがけて一直線に撃ち出された。

 

 煌々(こうこう)と燃えさかる灼熱の業火が触れようとした瞬間、亀が自分の甲羅に頭を引っ込めたかのように、ガストが鏡の中にサッと身を引っ込める。ガストが隠れた鏡に火球が直撃してバリーーーンッ! と音を立てて割れたものの、悪魔を倒した手応えが全く無い。

 

「なにっ!」

 

 攻撃魔法をいともたやすくかわされた事にザガートが一瞬たじろぐ。大した事ない悪魔だと思っただけにラクに倒せるだろうとタカを(くく)っていたが、それが裏切られた形となる。

 

「クククッ……バカめ。俺は鏡のある場所なら、何処だろうと隠れられる」

 

 ザガートを(あざ)笑う声が、迷宮全体に響き渡るエコーのように発せられた。声は特定の何処かから発せられたものではなく、音の発生源から敵の位置を割り出すのは困難だ。

 

「はらわたをブチ()けて死ぬがいい! 死光線(デス・ビーム)ッ!!」

 

 ガストの声が攻撃魔法を詠唱すると、無数ある鏡のうち一つが不気味な紫色に輝いて、魔力を圧縮した光線のようなものがザガートに向けて放たれた。

 魔王は自身めがけて発射された光線をサッと横に動いてかわす。空気を圧縮した気弾のようなものを手のひらに生成すると、無詠唱のまま鏡に向けて発射する。気弾が直撃すると鏡は音を立てて粉々に砕けたが、悪魔を仕留めた実感は無い。

 

死光線(デス・ビーム)ッ! 死光線ッ! 死光線ッ!」

 

 悪魔が早口で叫んで、異なる場所にある三つの鏡からレーザーがピュン、ピュピュンと立て続けに発射される。

 魔王はそれをダンスを踊るような動きで華麗にかわす。右手のひらに圧縮した気弾を鏡に向かって連続発射して、光線を撃ってきた鏡を正確に撃ち抜く。三つの鏡が壊されたが、やはり悪魔を倒した実感は湧かない。

 それどころか一度割れた鏡も、時間が()つとビデオを逆再生したように修復されていって、割れる前の状態へと戻る。

 

「フフフ……ハァーーーッハッハッハァッ! ザガートぉっ! お前には俺の居場所を見つけられまい!! だが俺はこの迷宮内なら、何処だろうと好きな場所からお前を攻撃できる!! じわじわとなぶり殺しにされて、恐怖と絶望を味わいながら死んでいくがいい!!」

 

 自身の勝利を確信したガストが(あご)が外れんばかりに高笑いする。これまでの流れから相手には自分を殺す手段が無いと確信して、敵を一方的になぶり殺しに出来る喜びに胸を(おど)らせた。

 

「……ほう」

 

 ガストの言葉を聞いてザガートがニタァッと口元を(ゆが)ませた。邪悪な悪魔のような笑みを浮かべて「クククッ」と声に出す。

 敵に追い詰められた焦りのようなものは感じられない。それどころか良からぬ(たくら)みを抱いたように笑ってすらいる。相手の能力に何らかの対抗手段がある事は明白だ。

 

 魔王は目を閉じて眉間(みけん)(しわ)を寄せた真剣な顔付きになると、右手の人差し指を(ひたい)に当てたまま数秒間黙り込む。その状態のまま意識を集中させたが……。

 

(……見つけたぞ!!)

 

 やがて目をグワッと見開くと、すぐさま無数ある鏡のうち一つの前まで猛ダッシュしていって、鏡に向かって貫手のようなものを放つ。魔王の手が触れても鏡は粉々に割れたりせず、手は泥の沼に突っ込んだようにズブズブと鏡の中へと入っていく。

 鏡の中で何かが指に触れた感触が得られると、魔王はそれをワシ(づか)みにして、間髪入れず外の空間へとグイッと引っ張っていく。

 

「ゲェーーーーッ!!」

 

 ザガートに頭を強く(つか)まれたガストが、悲鳴を上げながら鏡の外へと引きずり出された。

 ガストは手足をジタバタさせて暴れようとしたが、それでどうにかなるはずもなく、指で押さえ付けられた昆虫のようにもがくしかない。もはやこの悪魔が生きるか死ぬかの選択は、一人の男の判断に(ゆだ)ねられる形となった。

 

「鏡の中に逃げ込めば俺の目を(あざむ)けると思ったか? バカめ……俺の魔力を(もっ)てすれば、敵の居場所を突き止めるのなんて朝飯前だ」

 

 ザガートが自身の手に掴まれたまま暴れようとするガストを心底(あざけ)る。完全に優位な立場にあると思い上がった敵に、それが(あやま)りなのだという残酷な現実を突き付けた。

 

「さて、どうする? ガストよ。いくら鏡の中に逃げ込めるお前でも、こうして掴んでしまえば身動きが取れなくなる訳だが……」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら(いや)()ったらしく問いかける。

 魔王の指で掴まれたガストの頭がブスブスと(かす)かに燃えている。そこから()げ臭いニオイとともに白煙を立ち(のぼ)らせた。魔王が指先から魔力を送り込んで、悪魔の頭を火炎光弾(ファイヤー・ボルト)で焼き尽くそうとしているのだ。

 

「ま、待てザガートっ! 待ってくれ! ここは落ち着いて、世界平和について話し合おうじゃないか!!」

 

 自身の勝ち目の無さを悟ってガストが慌てて命()いする。(こと)ここに(いた)ってようやく力の差を思い知らされた形となり、その場(しの)ぎの言い訳をしてこの重大な局面を切り抜けようとする。

 

「お前は宝玉を集めて旅をしているんだろう? だが俺は宝玉なんか持っちゃいない! 俺を殺した所で得られるものなんか何も無いんだ!! ザガートっ! おおおお前は、理由も無く魔族を殺そうとするのか!?」

 

 魔王の旅の目的を指摘して、自分を殺す事には何の意味も無いと()く。相手を打算的に動く性分(しょうぶん)だと考えて、殺生(せっしょう)の無意味さを説けば見逃してもらえるだろうと、そう考えた。

 

「……理由ならある」

 

 ザガートが感情を押し殺した小声でボソッと(つぶや)く。あえて表情には出ないように抑えていたが、それでも発せられた言葉は明らかに怒気を(ふく)んでいた。

 

「お前のやった事が気に入らない……俺が貴様を殺す理由など、それだけで十分だ!!」

 

 すぐさまカッと目を見開いて死刑の宣告を(くだ)すと、手から()(れん)の炎を発生させて、手に握っていた影の悪魔を灼熱の業火で焼き尽くす。

 

「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 (またた)く間に全身を炎に包まれたガストが、天にも届かんばかりの絶叫を発する。太陽の中心温度に匹敵する業火に体を焼かれる痛みに悲鳴を上げてもがき苦しんだが、何の助かる(すべ)もなく体が焼け焦げて炭化していく。

 

「ク……クソ……コンナ(トコロ)……デ……」

 

 無念そうに言葉を吐くとガクッと事切れて息絶えた。彼を焼いた炎が鎮火すると体がサァーーーッと砂のように崩れ落ちていって、物言わぬ灰の山となる。

 魔王に全身を焼かれてゴミのように息絶える……それが人の心を食らいし者の末路となった。

 

(フン……あれだけの事をやらかしておいて、生き延びられると思ったのか? だとしたら思い違いも(はなは)だしい……)

 

 ガストの死に(ざま)を見届けながらザガートが小馬鹿にするように鼻息を吹かす。追い詰められて命乞いをした敵の往生(おうじょう)(ぎわ)の悪さを心底見下す。

 

「ガスト……あの世で貴様自身の絶望でも食らっているがいい!!」

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