いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。 作:大月秋野
――――二十年前の朝。
その日、ある村の一軒家に住む少女が、部屋で身支度を整えていた。
少女はパジャマから白のワンピースに着替えて、赤い
年は七歳くらいに見えた。
「カナミーーーー、そろそろ学校に行く時間よーーーー」
母親と思しき女性が部屋の外から声を掛ける。
「はーーーーいっ!」
カナミと呼ばれた少女が母親の声に慌てて返事する。
少女が部屋の壁に打ち付けられた時計を見ると、時刻は七時を回っていた。
(学校……行きたくないなぁ)
心の中でそう
(友達とうまく話せないし、勉強は難しいし、先生は怖いし、パパやママと会えないし……楽しい事なんて何もない)
学校生活に対する不満が湯水の
「学校なんて……無くなっちゃえばいいのに」
……そんな言葉が口を
(……願イヲ
突然少女の頭の中に何者かが語りかける声が聞こえた。しゃがれた老婆の声でエコーが掛かっており、あからさまに不気味だ。一声聞いただけで、童話に出てくる悪い魔女のイメージが湧く。白い粉を練るお菓子を食べて「イヒヒ」と笑っていそうだ。
「誰っ!?」
頭の中に響いた声に少女が驚く。慌てて部屋の中を見回して、声の主を探そうとする。けれどもいくら探しても老婆の姿は見当たらない。ただ壁の時計がカチカチ鳴る音が聞こえるだけだ。
(ソウ
老婆が
(モシアタシノ封印ヲ
少女に報酬を提示して取引を持ちかけた。自分が封印された本の
「どんな願いも……」
少女がその言葉を
◇ ◇ ◇
少女が向かった先……それは家から離れた場所にある小屋だった。長い間使われていなかったのか外壁はボロボロに
扉を開けて中に入ると、壊れた家具、使い物にならなくなった食器、読まなくなった本、それらが無造作に置かれている。
山のように積まれたガラクタを
本は
魔女が封印されたと思しき本を手に取って表紙を見ると、文字が書かれていた。
「本に封印されし
少女が声に出して文章を読み上げる。それは本を開けようとした者への警告文に他ならない。
文章は七歳の女の子でも読めるものだ。意味も理解できた。
そこに書かれた内容は魔女が恐ろしい存在である事を伝えていた。もし事実だとすれば、封印を解けば大変な事になる。少女は本を開けるべきかどうか躊躇した。
(ドウシタンダイ……本ヲ開カナイノカイ? ソコニ書カレテイル文章ハ、デタラメサ。善良ナ魔女デアルアタシヲ外ニ出サナイタメニ、嘘ヲ書イタンダ。オ願イダ、アタシノ言ウ事ヲ信ジテオクレ……)
封印を解こうとしない少女に、老婆が本を開くよう催促する。自分の言う事が正しい、本が間違っていると力説して、必死に本を開かせようとする。
(……学校ニ行キタクナインダロ?)
最後に念を押すように問いかけた。
「……ッ!!」
その言葉を聞いて少女がハッとなる。学校に行くのが嫌で
少女は一瞬躊躇したものの、
(ソノ指輪ヲ、左手ノ薬指ニ
老婆が指輪を嵌めるよう
少女は
「うっ……うああああああああーーーーーーーーっっ!!」
薬指に嵌めた指輪から電流が流れだす。電流は少女の全身を駆け巡り、体が裂けんばかりの激痛を与える。ショック死しかねないほどの激しい電流に少女が悲鳴を上げた。
少女の体が宙に浮いた後、何度も発光し、最後に白い光がドーム状に放たれる。
その光は村全体を一瞬にして呑み込んだ――――。
……光を目にした近隣の住民が村があった場所に向かうと、村は廃墟と化しており、そこにいたはずの住人は一人もいなくなっていたという。
◇ ◇ ◇
――――そして現在。
二十年前の惨劇があった村から東に一キロ離れた場所に、もう一つ村があった。
村の外れにある一軒家の居間で、三十代半ばになる夫婦と思しき男女が、テーブルを挟んで向き合ったままソファーに座っていた。
妻は暗い顔をしており、夫は気まずそうに天井を見ながら葉巻を吸う。あまり明るい話題では無さそうだ。
「貴方……あの子ったら、また一人で遊んでるの。ちゃんと他の子と遊ぶよう注意したのに……」
妻が重苦しい表情で口を開く。二人は娘の交友関係について話していた。
「しょうがないじゃないか……この村には、マイと同じ
夫が妻の言葉に反論する。娘が人とうまく付き合えない理由を説明し、彼女が一人でいるのを仕方のない事だと話す。他に打つ手が無いと諦めた様子だ。
「でもだからって、このままじゃ……私、あの子の事が心配なの。今はまだ七歳だから良いかもしれないけど、このまま誰とも話せないまま大人になるんじゃないかって……」
妻が娘の将来を不安視する。彼女がぼっちでコミュ
「……せめて誰か一人でも、気軽に話せる友達がいたら良いんだけど」
◇ ◇ ◇
夫婦が娘の将来について話した頃、当のマイは外で土いじりをしていた。
赤いエプロンドレスを着て、白いサンダルを履いて、茶色い髪をリボンでツインテールに結んだ少女マイ……彼女は地面に棒切れで絵を描いたり、泥をこねて人形を作ったり、アリの巣をぼーっと眺めたりする。そうして気ままな時間を過ごす。
少し離れた原っぱで、十歳くらいの少女数人が鬼ごっこをして遊んでいたが、マイは彼女達に混ざろうとはしない。声を掛け辛いのか、一人で遊ぶ。
「……一人でも
小声でボソッと
やがて鬼ごっこをやめた少女達が草むらに座って話を始める。マイは見つからないよう木の陰に隠れて、彼女達の話を盗み聞きする。何を話すのか興味があった。
「ねえ、知ってる? バルティナ村のお化けの話……」
最初の一人が口を開く。バルティナとは二十年前に惨劇があった村の名前だ。
「あそこ、もう人が住んでないんでしょ? それなのにあそこを通りかかった旅人が、七歳くらいの女の子が一人でいるのを見たって」
二人目の少女が、廃墟を通りかかった旅人が子供の姿を見た話を伝える。
「女の子を見た旅の人は、肌の色がおかしいって言ってた。幽霊かもしれないし、悪魔かもしれないって……近付かない方がいいね」
三人目の少女が、より具体的な旅人の証言を語る。子供の外見に違和感を覚えた事、それにより生きた人間ではないと推測した事……最後に廃墟に近付くべきではないと私見を付け加えた。
「魔王サマが村に来たら、お化けの事調べてもらおう。悪いお化けだったら、きっと退治してもらえる」
最初に口を開いた一人がザガートの事を話す。救世主の名声はこの村にも届いており、彼に幽霊の
話が終わると少女達は立ち上がり、徒歩で帰路に
ただ一人その場に残されたマイは、これまで聞いた話を頭の中で整理する。話の中に出てきた幽霊の子供に思いを
(私と同じ、七歳の女の子……どんなだろう)
真相を確かめたい気持ちがムクムクと湧き上がり、廃墟のある方角へと歩き出す。
◇ ◇ ◇
マイの住む村からバルティナまで一キロ離れていたが、子供の足でもそう時間が掛かる距離ではない。この辺一帯は危険な魔物がいないのか、特に襲われる事なくサクサク進む。やがて村があった廃墟に
村には数十件ほど家があったが、どれも屋根が吹き飛んで半壊している。風雨に
あたかも巨大な爆弾を落とされて全滅したように荒廃しており、長年ほったらかしにされた哀愁を漂わせた。
壁に
吹き抜ける風以外に物音は一切鳴らず、シーーンと静まり返っていたが、それがかえって何かが現れそうな不安を
(……やっぱり帰ろうか)
恐怖心が湧き上がったマイが自分の村に引き返そうと思い立った時……。
(……あれ?)
ふと何かが視界に入り、帰ろうとした足が止まる。
村の外れにある
その少女は
だがよく見ると青白い肌をしており、生きた人間の気配を全く感じさせない。血が通っていない皮膚は、腐敗こそしていないものの、ゾンビのようだ。彼女の姿を見た旅人が幽霊だと思うのも無理はない。
左手の薬指に赤い宝石の付いた指輪が
マイは一瞬躊躇したものの、せっかくここまで来たのだからと、少女に話しかける決心を固める。相手に気付かれないよう、そーっと近付く。
「あの……」
背後に回り込むと、恐る恐る声を掛けた。
「……ッ!!」
マイの存在に気付いた少女が驚いた顔をする。一瞬うろたえた表情した後、慌てて何処かに走り去ろうとする。
「待って!」
逃げようとした少女の右手をマイが
「つめたっ!」
想定外の肌の冷たさにビックリしたマイがうっかり手を離す。少女の肌はキンキンに冷えており、冷凍庫の中に数時間入れたマネキンに触れたような冷たさだ。そこに人肌の
マイの手が離れると、少女の足が止まる。逃げる事はやめたものの、振り返りもせず、背を向けたまま突っ立っている。背中から無言の圧力が伝わる。
「冷たいでしょ……だって私、もう死んでるんだもの」
やがて意を決したように口を開く。自分が生きた人間ではない事、それ
「……ごめん」
マイが申し訳なさそうな顔をして謝る。相手を不快にさせたかもしれないと思い、肩を縮こませて小さくなる。
「どうして謝るの?」
少女が胸の内に湧き上がった疑問をぶつける。彼女からすればマイの反応は意外なものだった。自分が死人である事を明かせば、相手は驚いて逃げると踏んだからだ。
だが今背後に立っている女の子は、少女が死人である事に全く驚かない。それどころか自分に非があるように謝る。マイの態度は少女にとってとても新鮮だった。
「私、貴方とお話がしたくてここに来たの……それなのに手が冷たくてビックリしちゃったから。でも私、貴方を怖がったり、嫌おうとした訳じゃないの。本当にただビックリしただけなの。だから気を悪くしないで、ね」
マイが村に来た用件を伝える。少女に対する敵意が無い事を説明して、誠心誠意を込めて相手の誤解を解こうとした。
「貴方……私が怖くないの?」
少女が後ろを振り返り、マイの顔をじーっと見ながら問いかける。自分が死人である事を恐れていないかどうか、念を押して確かめようとする。
「怖くないよ。だって怖い化け物だったら、話しかけたらいきなり逃げたりしないもん」
マイがあっけらかんとした表情で答える。少女が襲ってこなかった事実を口にして、邪悪な魔物ではない根拠とした。大人の視点であれば安全と判断するにはあまりに材料が不足していたが、マイにとってはそれで十分だった。
「……変な子」
マイの独特のノリに付いていけず、少女が
「エヘヘ……」
少女にけなされて、マイが舌を出して照れたように苦笑いする。自覚があったのか、変な子呼ばわりされても怒ったり悪びれたりしない。
「私、マイって言うの。ここから東に一キロ行ったとこにあるアマンダって村に住んでる。そこの村、私と同い年の子がいないから、私はずっと一人で遊んでた。そしたら貴方の
サッと表情を切り替えて自己紹介する。自分に同い年の友達がいない事を教えて、改めて村に来た目的を明かす。
「ねえ貴方……私とお友達になって!」
少女の手をギュッと握ると、相手の顔をじっと見ながら友達になるようお願いする。冷たい感触が伝わっても、今度ばかりは手を離さない。同じ失敗を繰り返すまいと心に決めたようにしっかり強く握る。
「……私なんかでいいの?」
少女が上目遣いで相手の方を見ながら問いかけた。顔をうつむかせたままオドオドしており、受け入れられる事への自信の無さ、不安に感じた思いが伝わる。電柱に隠れた猫のように
「うん! 私、貴方とお友達になりたいっ!」
マイが満面の笑みで疑問に答える。一切の迷いを感じさせない晴れやかな笑顔になりながら、少女の友達になりたい意思を強い口調で伝える。
「……私、カナミ。これからよろしくね」
マイの言葉を聞いて胸の内にあったモヤモヤが晴れたのか、少女が嬉しそうな笑顔になる。不安が消えてスッキリした表情になると、自己紹介しながらマイの手を握り返す。
「うん! カナミちゃん、よろしくねっ!」
少女の名を呼びながら、マイがまたも手を強く握る。同い年の友達が出来た感動に胸を
かくして二人の奇妙な友情がここに生まれる事となる。
……手から伝わる感触は相変わらず冷たかったが、マイにとってそれは不思議と心地よいものだった。