いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第72話 死霊の盆踊り

 ワルプルギスを倒した魔王一行は次なる宝玉を求めて旅を続けていた。宝玉のありかが書かれた地図を頼りに、八つめの宝玉があると推測された山に足を踏み入れる。

 

 山は非常に大きかったが、それほど(けわ)しいものではなく、徒歩で登れる傾斜だ。広大な森が広がっていたが、木と木の間に人が通れる広さの山道がある。

 

 一行が宝玉があると推測された場所を目指して歩き続けた時……。

 

「ここから先に進んじゃダメっ!」

 

 何者かがそう叫びながら、山道(わき)の茂みから飛び出してくる。

 一瞬敵が現れたかもしれないと警戒して一行が身構える。

 

 一行の前に現れたもの……それは背中に蝶の羽を生やした手のひらサイズの少女、『妖精(フェアリー)』と呼ばれる存在だった。長い髪は金髪でウェーブが掛かっており、鎖骨を露出した緑の服はミニスカートになっている。足には長靴のような(たけ)の長いブーツを履く。外見年齢は十五歳くらいに見えた。

 

「妖精か……先に進むなとは、どういう事だ?」

 

 ザガートが発言の真意を問う。相手が危険な存在ではないと知り警戒を解く。他の仲間達も現れたのが敵でなかった事に深く安堵する。

 

「私はプリム……この山に住む妖精。他にも仲間がいるけど、ここから離れた場所にいる。私はいつもここに隠れてて、山を通ろうとする旅人がいたら注意してあげるの」

 

 妖精がまず手始めに自己紹介する。山に住む一族であった事、旅人に忠告する役目を(にな)っていた事を明かす。

 

「この道をまっすぐ進むと、廃墟となった城が見えてくる……そこは絶対入っちゃダメ! あそこにはブレイズという不死(アンデッド)の黒騎士がいる。もし戦いを挑めば、確実に殺されちゃう!!」

 

 山道の奥に古城があった事、そこが危険な場所であった事を教える。恐ろしい騎士がいた事実を伝えて、足を踏み入れないよう忠告する。

 

「不死の黒騎士ブレイズ……もしや!?」

 

 その名を耳にしてレジーナが真っ先に驚く。

 

(あね)さん、何か心当たりがあるんスか!?」

 

 王女が明らかに知っているらしき反応を見せたため、なずみが問いかける。

 

「城の本棚にある書物に書かれていた……不滅の黒騎士ブレイズ・アングラウス! 黒き鎧を(まと)いし最強の幽霊戦士(ゴーストファイター)ッ! 不死騎王(アンデッド・ロード)と呼ばれ恐れられた、伝説の男の名!!」

 

 王女が書物から得た知識を(もと)に解説を始める。黒騎士が伝説に名を()せた存在であったと語る。

 

「ヤツはかつて東の国から大陸に渡った(サムライ)だったらしいが、無限の強さを求めた(すえ)に異界の邪神ハデスと契約し、完全なる不死の存在となった……それから千年、仕えるべき主君が現れるのを廃墟となった城で待ち続けた……そう言い伝えにはある」

 

 黒騎士がニッポンの出身であった事、ハデスと契約して生身の肉体を捨てた事、長い間廃墟の城に()続けた事……それらの伝承を明かす。

 

「ヤツは何人(なんびと)にも(くっ)しない……魔王軍に属していないし、大魔王が生み出した魔法生物でもない。かつて世界を救った勇者ですら彼を服従させられず、仲間にするのを諦めたとある。いわばヤツの存在そのものが、独立した不死(アンデッド)の魔王のようなものだ」

 

 黒騎士が魔族とは異なる存在であった事、勇者ですら仕えるべき(あるじ)と認められなかった事を口にして話を終わらせた。

 

 どれほど強いかは戦ってみなければ分からないが、王女の話を聞く限りではザガートやアザトホースに匹敵する大物と思わせる貫禄があった。妖精が戦いを挑めば殺されると警告を発したのも(うなず)ける話だ。

 

「姐さん、よく分かったッス」

「さすがレジペディア。おかげで助かる」

 

 なずみとザガートが解説してくれた王女に感謝する。

 

「そうか……ハハッ、照れるな。ってか……レジペディアって何だ!!」

 

 レジーナは()められた事を素直に喜びながらも、聞き慣れない名で呼ばれた事に慌ててツッコミを入れた。

 

「何日か前、魔王軍の幹部が部下を(ひき)いて城に攻め入ったわ。でも返り討ちに()ったみたい……部下が急いで城から逃げていく姿を見たもの」

 

 王女の話が終わると、妖精プリムが再び口を開く。古城に魔族の幹部が攻め入って黒騎士に倒されたであろう事を伝える。

 

「フゥーーム……」

 

 妖精の話を聞いて、ザガートが思わず声に出して(うな)る。眉間(みけん)(しわ)を寄せて気難しい表情になりながらあれこれ考える。

 

(恐らくこの山にあった八つめの宝玉は、城を攻めたという魔族の幹部が持っていたものだ。そいつが騎士に敗れたとすれば、宝玉は騎士の手に渡ったかもしれない)

 

 宝玉の所在について思いを(めぐ)らす。黒騎士が危険な存在だと知らされながらも、大魔王の城に行くために会う事は避けられないと結論付けた。

 

「プリムよ……忠告してくれた事には感謝する。だが俺達の旅に必要な宝が、ブレイズの手に渡ってしまった可能性が高い。戦うにしろ戦わないにしろ、一度会っておく必要がある」

 

 やがて考えがまとまると、思い立ったように口を開く。情報提供に対する感謝の念を伝えながらも、それでも()むに止まれぬ事情により前に進まなければならないと話す。

 

「それに(すで)に知っているだろうが、俺は異世界の魔王……いずれこの世界の魔王アザトホースと戦わねばならぬ身。ヤツより強いというのでもない限り、戦いを恐れはしない」

 

 黒騎士が大魔王よりは弱いだろうと考えて、そうであれば恐れる必要はないと私見を付け加えた。

 

「そう……そこまで言うなら、もう止めないわ。私は見送る事しか出来ないけど、貴方達の無事を祈ってる。死なないでね」

 

 魔王の言葉を聞いてプリムが諦めた口調になる。一行を城に向かわせないよう説得するのを断念し、せめて彼らが命を落とさないよう願う。

 

 話が終わると一行は再び山道を歩き出す。八つめの宝玉を黒騎士が持っているだろうと考えて、彼がいる城を目指す。時折(ときおり)足を止めて後ろを振り返り、プリムに手を振る。旅に有益な情報をくれた少女に感謝の意を示す。

 

 プリムはその場に残り、笑顔で手を振って彼らを見送る。危険な死地へと向かう一行の無事を祈る。

 

(……それに)

 

 一行の姿が完全に見えなくなると、ふと心の中に思いを抱く。

 

(それにもしかしたら……貴方達だったら、彼が長年求め続けた『仕えるべき主君』になれるかもしれない。ううん、きっとなるって、そう願ってる。だって彼は……ブレイズはいつか望みが叶うと信じて、千年待ち続けた。それなのにいつまで()っても夢が叶わなかったら、あまりに悲しすぎるもの……)

 

 彼らならば、騎士が待ち続けた千年の(とき)を終わらせられるかもしれない……そう(あわ)い期待をせずにいられなかった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 妖精プリムと別れた一行は八つめの宝玉がある古城を目指して進む。緑の景色が何処までも広がる森の中をひたすら歩く。時折(ときおり)野生動物の姿を見かけたが、魔物が襲ってくる気配はない。

 木々の隙間から木漏れ日が()し込むのが見えて、前に進むほど木の密集度合いが下がっていく。前方に青い空が見えると、やがて開けた空間に出る。

 

 森の出口に行き当たると、目の前に大きな城がそびえ立つ。プリムが言っていた古城である事は疑いようがない。外壁はボロボロに()ちており、(こけ)がびっしり生えている。大地に生えたボーボーの雑草が千年の歳月を感じさせる。

 辺りはシーーンと静まり返っており、人の気配は感じられない。それがより不気味さを増す。

 

「ここがヤツのいる城か……」

 

 廃墟となった城を眺めながらザガートが口にする。じっくりと()めるような視線で見ながら、これからどうすべきか考える。

 

「いきなり火炎光弾(ファイヤー・ボルト)を撃ったりしないのか? ガルアードの塔を壊した時みたいに……」

 

 レジーナがニヤニヤしながら言葉を掛ける。以前ダンジョンに入らず外側から破壊した話を持ち出して魔王をからかう。

 

「……お望みとあらば、そうしてやる」

 

 ザガートが王女の言葉に乗っかるように右手を前方に差し出す。

 

「ま、待て! 今のは冗談だッ! ほんのちょっとからかっただけだ! お願いだから、もう二度とあんな真似はしないでくれ! 後生だ! 頼む!!」

 

 魔王が本気で実行に移す素振りを見せたため王女が慌てて止めに入る。男の腕にしがみ付いたまま、無茶な行動をやめるよう懇願する。

 

「分かった。ならやめよう」

 

 魔王が王女の言葉に素直に従う。正面に掲げた右手をサッと下に降ろす。

 男が提案を聞き入れた事に王女がホッと一安心する。前回のような事にならなくて本当に良かったと胸を()で下ろす。

 

(もっとも……王女が止めに入らずとも、本気で火炎光弾(ファイヤー・ボルト)を撃つ気はなかった。正直、ガルアードの塔を壊した判断は失敗だった。アスタロトが死ななかったから良かったものの、もし死んでいたら宝玉が瓦礫(がれき)に埋まり、掘り出すのに手間が掛かっただろう。少なくとも宝玉を手に入れる事を目的とした洞窟では、二度とあんな無茶はすまい)

 

 ザガートが、最初から城を壊すつもりが無かった考えを胸中に抱く。過去の自分がやらかした行動を間違いだったと内心深く反省する。

 

(ちまちまと洞窟に足を運ぶのは魔王らしくないと思っていた。だが自分の目で見なければ確かめられない情報もある。今後判断は慎重に行わねばなるまい)

 

 力押しだけでは解決しない出来事もあると、そう結論付けた。

 

「そうと決まったら、いつまでもこんな所におっても仕方あるまい。さっさと城に入ろうではないか」

 

 魔王が城を壊す気がないのを見て、鬼姫が城内に進むよう提案する。

 (みな)が彼女の言葉に従い、開けた城門に向かって歩き出す。

 

 城の入口に近付いていくと、黒い何かが周囲を見張るように徘徊しているのが見えた。

 大人のライオンより一回(ひとまわ)り大きな、黒いチーターの怪物……それはかつてカフカが連れていた『黒の追跡者(ブラック・ストーカー)』と呼ばれる魔獣と同種族のようだ。番犬ならぬ番猫(ばんびょう)といった所か。

 

 チーターは魔王の姿を目にすると、真っ先に倒すべき獲物と見定めたように走っていく。

 

「グルルゥゥゥゥァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」

 

 大きく口を開けてジャンプし、鋭い牙で相手の喉笛(のどぶえ)に噛み付こうとした。

 

「ゲヘナの火に焼かれて消し炭となれ……火炎光弾(ファイヤー・ボルト)ッ!!」

 

 ザガートが相手に手のひらを向けて攻撃魔法を唱える。男の手のひらから煌々(こうこう)と燃えさかる(なし)くらいの大きさの火球が放たれて魔獣を直撃する。天にも届かんばかりの巨大な炎が噴き上がり、魔獣の体が一瞬にして炎に()まれた。

 

「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーッ!」

 

 全身を灼熱の業火で焼かれる痛みにチーターが悲鳴を上げた。火球が直撃した衝撃で後ろに吹っ飛んで地面に叩き付けられると、火だるまになりながらジタバタと体を激しくのたうち回らせる。十秒と()たないうちに黒焦げの焼死体になると、ボロボロと崩れて跡形もなく消え失せた。

 

「この程度では肩慣らしにもならん……先を急ぐぞ」

 

 ザガートが魔獣の死を侮辱するように吐き捨てた。氷のように冷徹な眼差しで「フンッ」と鼻息を吹かすと、城内に向かってズカズカと歩く。他の仲間達も彼の後に続く。

 

(敵を殺す時だけは、如何(いか)にも魔王っぽいんじゃよなぁ……)

 

 スイッチが入ったような態度の切り替えぶりに鬼姫が妙な気分になる。他人に対する気遣いと、敵に対する情け容赦のなさ、二つの性格を(あわ)せ持つ魔王を異質に感じる。それが彼の魅力なのだと分かってはいても。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 一階の大広間に辿(たど)り着くと、鉄製の大きな宝箱がデンッと一つだけ置かれていた。敵の姿は見当たらない。

 部屋の中央に開けろと言わんばかりに箱が置かれた構図は見るからに怪しい。熟練の冒険者なら真っ先に罠の可能性を疑う所だ。

 

「わぁ師匠! 宝ッスよ、宝っ! きっといいモノが入ってるッス!」

 

 なずみが興奮気味に鼻息を荒くしながら箱の前まで走っていく。罠が仕掛けられているとは微塵も考えておらず、さっさと(ふた)を開けようとする。

 

「待て、なずみッ! その箱に触るなッ!!」

 

 ザガートが強い口調で警告を発する。男の言葉に驚いた少女の体がビクッと震えて、箱を開けようとした手が止まる。

 魔王はズカズカと歩いていって箱の前に立つと、疑うような眼差しでじーっと眺めていたが……。

 

「フンッ!」

 

 (かつ)を入れるように一声発すると、ドガァッ! と右足で思いっきり蹴飛ばす。

 物凄い力で蹴られた箱が吹っ飛んでいって床をゴロゴロ転がり、強い衝撃で壁に叩き付けられた。

 

「おんどりゃあ! テメエら、よくも俺様を蹴飛ばしてくれたなッ!!」

 

 鉄の箱がいきなり人間の言葉を話す。自力で魔王の方に向き直ると、蹴られた事に激昂しながらピョンピョン跳ねる。(ふた)の部分が口であったらしく、パカパカと開閉する。よく見ると蓋の内側に鋭い牙がズラッと生えていた。

 

「うわあ! た、宝箱が喋ったッス!!」

 

 鉄の箱がまるで自分の意思を持ったように喋りだした事になずみが驚く。

 

「宝箱に擬態した魔物……ミミックだ。もし不用意に開けていたら、頭からバックリ食われて、バリバリと骨まで噛み砕かれていた。ヤツは冒険者の肉が大好物だからな」

 

 ザガートが生きた箱について解説する。敵が化けていた事を瞬時に見抜いて、自分が止めなければ少女が(えさ)になっていた可能性を指摘する。

 

「ここで待っていれば、誰かが開けに来ると踏んでいたが……まさか蹴られるとは夢にも思わなかった」

 

 ミミックが獲物を待ち構えていた事を明かし、正体を見破られた事を深く残念がる。

 

「だがまあ良い……こうなったらそこの頭に(ツノ)が生えたお前ッ! お前から真っ先に始末してやる!!」

 

 不意打ちに失敗してもめげずに、魔王を仕留める事を宣言する。

 

「全身の血を抜かれて息絶えるがいいッ! 全体死(トータル・デス)ッ!!」

 

 死を宣告する言葉を発して攻撃魔法を唱える。

 ミミックの開いた口から紫に輝く光線が、魔王に向けて放たれた。

 

(なんじ)より放たれし力、(じゅ)()となりて汝へと(かえ)らん……魔法反射(スペル・バウンド)ッ!!」

 

 ザガートが両手で(いん)を結んで魔法の言葉を唱える。半透明に青く光るガラス板のような結界が、彼を覆うように張り(めぐ)らされた。

 紫の光線は魔法の結界に触れると、飛んできた方角へと跳ね返された。そのまま魔法の唱え主であるミミックに命中する。

 

 箱型の魔物が紫の光線を受けると、彼の頭上に巨大な(かま)を持った死神が出現する。ボロボロのローブを羽織った上半身だけの骸骨が、宙に浮いたままニヤリと笑う。

 

「カッ!!」

 

 掛け声を発すると、手にした鎌を真下にいる魔物めがけて振り下ろす。ザシュッと肉が切り裂かれたような音が辺り一帯に鳴り響く。

 

「ギャアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 縦一閃(いっせん)に切り裂かれたミミックが断末魔の悲鳴を発する。ザックリ斬られた傷口から真っ赤な血を噴水のように噴き上げたが、やがて数秒が()つと一滴の血も流れなくなり、ピクリとも動かなくなる。詠唱の言葉通りに全身の血を抜かれて息絶えたようだ。

 

 一仕事終えた死神は満足したようにケタケタと歯を動かして笑うと、うっすらと姿が薄れて消えていく。

 

(即死魔法のスペシャリストである俺に即死魔法で挑んだのが、そもそもの間違いだ……)

 

 ザガートは血まみれになった宝箱の死体を眺めながら、敵の戦術の(あやま)りを指摘するのだった。

 

「もう城内に敵はいないようだな。よし、先に進もう!」

 

 大広間に敵の姿が見当たらないため、すっかり油断しきったレジーナが意気揚々と前に一歩踏み出す。

 

「待てっ!」

 

 ザガートが警告の言葉を発しながら、慌てて王女の右腕をガッと(つか)む。

 (すで)に歩き始めていた王女は強い力で引き止められて、(あや)うくバランスを崩してコケそうになる。

 

「何だ、急に!!」

 

 引き止められた事にビックリしながら後ろを振り返る。

 

「聞こえないのか? この音が……」

 

 敵の気配を察知したらしきザガートが真剣な顔付きになる。そっと息を潜めたような小声になる。

 

「何も聞こえな……」

 

 王女がそう言いかけた時、ズルッ……ズルッ……と奇妙な音が何処からか鳴り出す。それは雨で水浸しになった動物の死骸を床に引きずったまま歩くような音だ。最初は小さかったが、だんだん大きくなる。

 しかも音が聞こえた方角は一つではない。大広間へと通じる回廊、その至る所から聞こえた。

 

 やがて音が大きくなると、回廊の入口に人影らしきものが立っているのが見えた。

 

「……ああっ!!」

 

 人影の姿を目にしてルシルが悲痛な声で叫ぶ。

 

 そこにいたのは腐敗が進行し、全身の皮膚がドロドロに溶けた、動く全裸の死体……ゾンビと呼ばれる怪物だ。頭頂部は禿()げ上がっていて、目の部分はポッカリ空洞になっていて、歯は全て抜け落ちている。ポカンと口を開けた表情は埴輪(はにわ)のようだ。

 全身は暗めの茶色に染まり、雨に濡れた泥のように体の表面が溶けていたため、一見すると泥人形のようにも見える。ただ強烈な腐敗臭が漂ったためゾンビだと分かる。

 

 自分の意思を持っていたカナミと異なり、完全に心を無くした、ただの動く死体だ。

 

 ゾンビは一体や二体どころの話でなく、(ゆう)に三百体を超える数が大広間へと集まってきた。一行は完全に彼らに包囲された形だ。

 

「さっきの戦いの騒ぎを聞き付けて集まってきたようだ……」

 

 ザガートが苦虫を噛み(つぶ)した表情になる。敵を招き寄せてしまった失態を深く悔いる。

 

 ゾンビ達は走れないらしく、非常に歩くのが遅い。足を引きずったままノロノロと進む。だが確実に一行へと近付いており、このまま何の手も打たなければ彼らの(えさ)になるのは明白だ。

 

「業火よ放て……火炎光矢(ファイヤー・アロー)ッ!!」

 

 ルシルが先手を打つように攻撃魔法を唱える。集団の先頭にいた一体めがけて火球を放つ。

 

「ウアアアアアアアアッッ!!」

 

 火球が直撃したゾンビが地面に倒れてのたうち回る。全身を炎に包まれたままもがき苦しんだが、すぐに動かなくなる。

 だが先頭の一体がやられてもゾンビ達は(もの)()じしない。恐怖心という概念がないらしく、歩みを止めたりしない。

 

火炎光矢(ファイヤー・アロー)ッ! 火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ!」

 

 ルシルが攻撃魔法を連続発射する。低威力の一撃でも確実に仕留められるため、威力を増すための詠唱を省略し、数に任せた戦術に切り替える。

 ゾンビは一体、また一体とやられたが、何分(なにぶん)数が多すぎる。いくら倒してもキリがない。ルシルがハイペースで倒し続けても、それを上回る速さで敵が進軍する。このままでは津波のように押し寄せる死体の群れに数の暴力で押し負けてしまう。

 

「私達も行くぞ! うおおおおおおっ!!」

 

 レジーナが気勢を上げながら敵に向かって駆け出す。両手で握った一振りの剣を縦横無尽に振り回して、ゾンビの群れをズバズバと切り裂く。

 鬼姫となずみも彼女の後に続いて、手にした武器で一体ずつ敵を片付けていく。

 そうして四人の女が戦った時、ゾンビ達の背後から何かが飛んでくるのが見えた。

 

「何だ!?」

 

 ゾンビとの戦闘の最中に何かがスゥッと視界を横切った事にレジーナが驚く。

 鳥か、コウモリか、はたまた妖怪の一反木綿(いったんもめん)か……一瞬見ただけでは何が通ったのかよく分からない。

 

 部屋の中を飛んでいた物体をよく見てみると、半透明に()けた上半身だけの骸骨だった。青白い炎のオーラを(まと)っており、動くたびにスゥーーッと()を引く。邪悪な笑みを浮かべており、「ヒョヒョヒョッ」と声に出して笑う。

 

「あ……あれはゴースト! 西洋の幽霊の化け物ッス!!」

 

 なずみが空を飛んでいた魔物の名を口にする。それはゾンビと並ぶ有名な不死(アンデッド)モンスターだ。

 

 ゴーストの群れは全部で二十体ほどおり、大広間の天井を好き勝手に飛んで遊ぶ。時折(ときおり)地上に降りてきて、少女達をからかうように周囲をウネウネと飛び回る。

 ゴーストはスペクターと違って触れられても害は無いが、ゾンビとの戦いの最中に視界を横切られるだけでも集中力を()がれる。まるでアンデッド仲間である彼らを援護しているようだ。

 

「ええい、西洋のお化けどもッ! こっちに来るでない! 我は……我は東の妖怪の王じゃぞ!!」

 

 鬼姫がヤケクソ気味に刀をブンブン振りながら大声で叫ぶ。いくら彼女でもゾンビにたかられるのは嫌らしく、表情に(おび)えの色が浮かび、今にも泣きそうな涙目になる。当たりもしないのにゴーストを必死に刀で斬ろうとする。

 

「魔王よッ! さっきから見てばかりおらんで、お主も戦わぬか! お主が本気を出せば、この程度の連中など一網打尽じゃろう!!」

 

 後ろで見ているだけで戦おうとしない魔王に苦言を(てい)した。彼の力ならば一瞬で不死軍団を排除できると考えて、それをやろうとしない事に心底(いら)()つ。

 

(フム……彼女の言う事も一理ある。仲間に戦闘経験を積ませるつもりでいたが、さすがにこの数を相手にしては、そんな悠長な事を言ってられなくなった)

 

 魔王が鬼姫の言葉に同意するように(うなず)く。もはや仲間に任せていられる状況ではなくなり、自分の手を汚さねばなるまいと重い腰を上げる。

 

「悪しき魂よ……聖なる光に焼かれて浄化せよッ! 不死破壊(ターン・アンデッド)ッ!!」

 

 正面に手のひらをかざして魔法の言葉を唱える。魔王の手のひらから金色に輝く極太レーザーのような光が発射された。男は(さら)にレーザーを発射し続けたまま横に一回転し、大広間にいる全てのアンデッドに浄化の光を照射する。

 

「アアアアアアアアッッ!!」

「ウワァァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!」

「オオオオオオッ……」

 

 (まばゆ)い光を当てられたアンデッド達が口々に大きな声で叫ぶ。ある者は苦痛にもがいたように絶叫し、またある者は満足したように喜びの声を漏らす。大広間に彼らの断末魔の悲鳴が幾重(いくえ)にも重なり、地獄のハーモニーとなって鳴り響く。

 ゾンビもゴーストも粒子状に分解されて(チリ)になり、サラサラと風に流されて散っていく。後には死体一つ残らない。

 さっきまで魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)の巣窟であったはずの大広間は、魔王が呪文一つ唱えただけで元の静寂を取り戻す。

 

「これでこの城にいたアンデッドは全て片付いたのか?」

 

 戦いが終わると、レジーナが念を押すように問いかけた。

 

「いや……まだ一人残っている」

 

 ザガートは小声でそう(つぶや)くと、大広間の中央最奥にある大扉に向かってズカズカと歩く。目的を見定めたように行動に迷いがない。

 

 魔王の言っていた一人というのが不死騎王(アンデッド・ロード)ブレイズを指すのは誰の目にも明らかだ。四人の女達は発言の意図を()み取り、黙って彼の後に付いていく。

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