いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第8話 レジーナ、敗北する

「クッ……貴様ぁ」

 

 だらしない恰好(かっこう)で倒れたレジーナが、地面に両手をついて立ち上がる。自分に恥辱を味あわせた相手を敵意に満ちた瞳で(にら)む。

 

「よくも……よくもよくもよくも、公衆の面前で私に(はじ)をかかせてくれたなぁっ! 許さん! 絶対に許さんぞぉっ! この悪党がぁっ! 生きてここから出られると思うなっ!!」

 

 胸の内から湧き上がった怒りを声に出してブチ()けた。騎士の誇りを傷付けられた事に深く(いきどお)ったあまり、はらわたが煮えくり返り、脳の血管が爆発寸前になる。顔を真っ赤にして目に涙を浮かべて今にも泣きそうになりながら、両肩をプルプル震わせた。

 

「うああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 大きな声で叫ぶと、剣を手に取り敵に向かってドカドカと走り出す。むやみやたらに剣を振って、相手に斬りかかろうとした。

 もはや戦術もへったくれも無い、ただの力任せのヤケクソだ。怒り狂った猛牛の突進に等しい。そんな乱暴な斬撃が魔王を(とら)えられるはずも無く、ブンブン音を鳴らしながら振られた剣の刃先を、ザガートが剣筋を読み切って軽快にかわす。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 滑稽(こっけい)なやりとりが、時間にしておよそ十分近く続いた後、王女の息が上がる。

 表情に疲労の色が浮かび、(ひたい)から滝のように汗が流れ出し、剣を握る腕に力が入らない。手足がガクガク震えて、(ひざ)を曲げて姿勢を低くしてうなだれたまま、全身ぐったりさせた。

 

「レジーナ……お前の剣術は(かた)()まり過ぎている。実戦経験が無いのが丸分かりだ。そんな戦い方では、いくら鍛えた所でゴブリンの一匹すらまともに()れんぞ。もういい加減に諦めて、負けを認めたらどうだ」

 

 ザガートが王女の戦いぶりに苦言を(てい)した。相手の安い挑発に乗せられて無駄に体力を消耗した彼女に心底(あき)れたあまり、余裕ある大人の態度で忠告せずにいられない。

 

「……うるさい」

 

 レジーナが下を向いたままボソッと小声で(つぶや)く。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいっ! お前(ごと)きが、私に指図するなぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 狂ったように大声で(わめ)き散らすと、怒りで疲れが吹き飛んだのか、すぐに立ち上がって体勢を立て直す。完全に頭に血が(のぼ)って我を忘れている。敵であるはずの男にアドバイスを送られたのが、よほど気に入らなかったようだ。

 

「うああああああっ!」

 

 王女が雄叫びを発しながら、またも魔王に向かって走り出す。ヤケクソ気味に剣を縦に振って、相手をたたっ斬ろうとした。

 ザガートはサッと後ろに下がって、王女の一撃を難なくかわす。力任せに振られた剣は何も無い地面にドガッとぶつかり、その衝撃で砂(ぼこり)が舞い散る。

 

「ハァ……ハァ……クソッ! さっきから避けてばかりで()(きょう)だぞ! 貴様に少しでも武人として誇りがあったなら、正々堂々と大人しく私の剣を受けろっ!!」

 

 王女が激しく息を切らしながら無茶な要求を突き付けた。回避に専念する相手の戦いぶりに、なりふり構わずイチャモン付けて文句を()れる。

 

「フゥーーッ……」

 

 ザガートがとても気だるそうに溜息(ためいき)をついた。やれやれと言いたげに首を左右に振って、心の底から相手を見下した表情になる。王女の無茶苦茶な言いがかりに反論する気力も湧かない。

 

「良いだろう……ならば全力で俺を斬ってみせろ。それで貴様の気が晴れるというのならな」

 

 あえて挑発するような言葉を吐くと、一切の構えを解いたまま棒立ちになる。何か考えがあるのか、完全に王女の攻撃を受け切る気でいる。

 

(やった!)

 

 相手が無防備な姿になったのを前にして絶好の好機(チャンス)到来とみなし、レジーナが敵に向かって一気に駆け出す。

 

「魔王ザガート! 今度こそお命頂戴(ちょうだい)する! でぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」

 

 死を宣告する言葉を発すると、手にした剣を魔王の頭部めがけて全力で振り下ろそうとした――――。

 

 

 

 剣の刃先が魔王の頭に触れた瞬間、ギィィィインッ! とけたたましい金属音が鳴る。

 激しい電流のような振動が王女の腕にビリビリと伝わり、たまらず手を離してしまうと、剣が物凄い勢いで後方に弾き飛ばされて地面に転がった。

 

「なん……だと」

 

 一瞬何が起こったか全く分からず、王女がポカンと口を開けた。

 生身の男の頭に剣で斬りかかったら、まるで分厚いコンクリートの壁に激突したように弾かれたのだ。

 防御結界を張り(めぐ)らせた形跡すら無い。男はただ単純に肉の硬さで剣を弾いていた。その事実が到底受け入れられず、王女の思考が真っ白になる。

 

「俺の体はドラゴンの皮膚より硬い……たとえ砲弾の雨が降り注ごうと、無傷のまま歩いて突破できる。魔法の結界すら必要ない。王女よ……お前の剣の切れ味が今の十倍あったとしても、俺には(かす)り傷一つ付けられん。残念だったな」

 

 ザガートが自分の打たれ強さについて、自慢するように語る。想定通りに事が運んだ喜びで気を良くしたのか、フフンッと嬉しそうに鼻息を吹かせた。

 

「そん……な」

 

 男の言葉を聞いて王女が愕然(がくぜん)とした。この世の終わりを見たように青ざめた表情を浮かべながら、ガクッと(ひざ)をついてうなだれた。圧倒的な力の差を見せ付けられたあまり茫然(ぼうぜん)自失になる。

 事ここに至ってようやく勝ち目が無い事を悟り、完全に闘争心を失う。格上の相手に(すご)まれて(おび)えた、ただの小さな猫と化した。

 

「もうやめにしないか……我が娘よ」

 

 強い絶望に打ちのめされた王女を前にして、タルケンが口を開く。()(ざま)な醜態を(さら)し続けた娘の姿を見て、いたたまれない気持ちになる。

 

「これで分かっただろう……ザガート殿はお前を本気で相手になどしていない。彼がその気になれば、お前など開始から十秒足らずで(チリ)も残らず消し飛ばされていたのだからな」

 

 子供のわがままをたしなめる大人の口調で、無駄な戦いをやめるよう(くぎ)を刺した。

 

 国王からすれば、最初から結果の読めていた戦いだ。大魔王(アザトホース)と互角に渡り合えるかもしれない世界最強の男が、ゴブリンすらまともに斬った事の無い少女になど負ける(はず)が無かったのだから。

 せめて厳しい現実を教えてやる事で、おてんばで気の強い娘が、これに()りて反省してくれたら……そう願わずにいられない。

 

「ううっ……うっ……うわぁぁぁぁああああああん」

 

 レジーナが内股で地面にへたり込み、わんわんと声に出して泣く。騎士の誇りをかなぐり捨てて、イタズラして親に(しか)られた子供のようになる。

 二十二歳の体の大きな女性が大声で泣く姿は(あわ)れみすら感じさせた。

 

「私だって……私だって、毎日遊んで暮らしてた訳じゃない。私なりにこの国を守りたいと必死に頑張って……体を鍛えて、剣の腕を磨いたんだ。グスッ……それなのに……それなのに、どうして勝てないんだぁ……」

 

 自分は一生懸命やったのに、と泣き(ごと)を漏らす。

 世間知らずのお嬢様だったが、彼女なりに精一杯強くなろうと努力した。その努力を……これまで積み重ねてきたもの全てを一瞬にして否定された気になり、今までやってきた事全部ムダだったんじゃないかという思いに駆られて、激しい無力感に打ちのめされた。

 自分にとっての存在理由であった騎士の誇りをズタズタに(けが)されて、王女はただ泣く事しか出来ない。

 

「………」

 

 目の前で泣く王女の姿を見て、ザガートが困ったような顔をしながら頭を手でボリボリと()く。

 少しやり過ぎた、大人げない事をした……そんな後悔の念が湧き上がる。

 彼としては、王女の鼻っ柱をへし折ってやるかぐらいの軽い気持ちだった。まさか本気で泣き出すなどとは思っていなかった。

 圧倒的な力の差があるのを良い事に、かよわい女の心を深く傷付けたかもしれないと自分の軽率な行動を深く()じた。

 

「悪かった……公衆の面前で恥をかかせた事については謝る」

 

 謝罪の言葉を口にして、なだめるように王女の頭を優しく()でた。

 

「ううっ……馬鹿、やめろぉ」

 

 レジーナが泣きべそをかきながら男の手をサッと払いのける。敵であるはずの魔王に情けを掛けられた事への不快感をあらわにする。

 グスッグスッと音を立てて鼻水をすすり、男の方を恨めしそうにジト目で見ながら、ムスッとした子供のようにふてくされた。

 

 いつまでも泣き()まない王女に、ザガートはどう接するべきか頭の中で考えた。決闘の申し出を受けた身として、この事態を収拾する責任を負わなければならないと思い立つ。

 

(……仕方あるまい)

 

 どうすれば泣き止むか考えた(すえ)に、魔王は(つい)に一つの行動に出る。

 地べたに座る王女の背中に手を回し、グイッと自分の方に引き寄せて、両腕で抱き締めたまま彼女の(くちびる)にキスした。

 

「……ッ!!」

 

 突然ファーストキスを奪われた事にレジーナが困惑した。あまりの予想外すぎる展開に咄嗟(とっさ)の判断が出来ず、相手のなすがままにさせる。

 

 一連の光景を見ていた観衆が(にわ)かにざわつく。ルシルは思わず「ああっ」と叫んだ後、愛する人が自分以外の女に手を出した嫉妬(しっと)で涙目になり、タルケンも娘の唇が奪われた事にアワワと声に出して慌てふためく。大臣も全く想定外の方向に話が進んだ事にポカンと口を開けた。

 

 そんな観衆のざわめきも、王女の耳には入らない。

 

(何だこれは……何だこれは……何なんだ、これはッ!!)

 

 王女は混乱した。脳内がグチャグチャに()き回されて、正常な思考が働かない。

 今がどんな状況なのか、何が起こっているのか、それを考えようとすれば、すぐ頭が真っ白になる。

 

 互いの唇がねっとりと触れ合う感触、たくましい腕に抱かれて、鎧()しでも伝わる相手の体温、心臓の鼓動……全てが初めての体験だった。

 興奮した男の生暖かい鼻息がフンフンと顔に掛かり、(かす)かにくすぐったい。

 あまりにも衝撃的すぎる体験に、王女は夢を見ているんじゃないかと錯覚した。

 

 (なか)ばパニックに(おちい)りながら、相手の好きにやらせていたが……。

 

「ぶっ、無礼者ッ!! いきなり何をする!」

 

 ハッと正気に立ち返り、慌てて男を両手で突き飛ばす。互いの体が離れると、ハァハァと呼吸を荒くしながら、自分の唇を腕でゴシゴシと(ぬぐ)った。

 

「すまない……お前を泣き止ませるには、こうするより他に方法が思い付かなかった。美しい顔に涙は似合わないからな」

 

 ザガートが恥ずかしそうに顔を(そむ)けながら、いきなりキスした事を()びる。

 

「ばっ……馬鹿っ!」

 

 容姿について()められて、王女が顔を真っ赤にした。気恥ずかしさのあまり()ても立ってもいられず、城の廊下に向かって逃げるように駆け出す。そのまま決闘の場から出ていき、いつまで()っても戻って来なかった。

 

「……」

 

 王女が去った後、場内がシーーンと静まり返る。

 その場にいた誰もが、どう反応すれば良いか分からず、呆気(あっけ)に取られて棒立ちになる。

 あまりに急展開すぎる流れに付いていけなくなり、(はと)が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

 

「……ほれ、何をボサッと突っ立っとる! 勝負はこれで(しま)いじゃ! 分かったら、いつまでもこんな所におらんで、夕飯の()(たく)でも始めんかっ!!」

 

 タルケンが両手をパンパン叩きながら、大きな声で命じる。勝負の見届け人としてこの場を取り仕切り、事態の収拾を(はか)ろうとした。

 

「はっ!」

 

 国王の命を受けて、兵士や使用人が足早に城内に散っていく。決闘を見物するために中断していたそれぞれの仕事を再開する。

 

 勝負は無論ザガートが勝ったので彼を受け入れる方向に空気が固まり、大臣はバツが悪そうに何も言わずそそくさと退散する。

 タルケンは娘が働いた無礼を何度も謝り、ザガートはそんな彼に「謝罪は必要無い」と紳士的に接するが、ルシルは一人むくれた顔をしていた。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 その日の晩……王女の寝室にて。

 

「……」

 

 貴族令嬢のドレスに着替えたレジーナがベッドに腰掛けたまま、窓から見える外の景色を、(もの)()げな顔で眺める。そうしながら今日の出来事を回想する。

 

(……クソッ! あの男は一体何なんだ! やる事なす事、何もかもメチャクチャだ! どうかしてる! 非常識だ! 規格外だ! こっちの常識など、まるで通用しない!!)

 

 ザガートとのやり取りを思い起こして、彼の破天荒ぶりに腹を立てた。

 

(こっ……事もあろうに、私の唇を……)

 

 いきなりキスされた事を思い出して、顔を真っ赤にする。自分の唇を指でつーっとなぞると、唇が触れ合った感触が頭の中に(よみがえ)り、心臓がドキドキ高鳴る。全身の血流が激しくなり、胸がきゅうっと締め付けられる思いがした。

 

 彼女にとって、それはとても刺激的な体験だった。

 秘密の花園に土足で踏み入れられた事への怒りがあったのに、その反面、力ずくで奪い取ろうとする男のワイルドさに心を()かれたのだ。

 

 今まで誰も触ろうとさえしなかった高嶺の花を、男は空気を読まずに()んでいった。それを心の何処かで喜んでいる自分がいた。

 いけない事をした罪悪感にも似る。乙女の純潔を(けが)されたはずなのに、その事を嬉しいと感じている。

 彼女は知ってしまった。禁じられた遊びをする快感を。エデンの(その)にある、禁断の果実を食する事を。

 恋する女の(よろこ)びを――――。

 

 

 

 ……王女が物思いに(ふけ)ていると、ドアをノックして大臣が部屋へと入ってくる。

 

「ギド、こんな時間に呼び出して済まない。実は魔王の処遇について話が……」

 

 レジーナが早速(さっそく)話を切り出そうとした瞬間……。

 

「魔王ザガートヲ……殺セ」

 

 大臣がグッと顔を近付けて、ドスの利いた声で命じる。

 グワッと見開かれた瞳は不気味に赤い光を放ち、口は耳元まで裂けて、歯はギザギザしている。蛇のように長い舌をチロチロ動かしながら、ニヤリと邪悪に口元を(ゆが)ませた。声にはエコーが掛かっている。

 明らかに昼間の彼とは様子が違う。

 

「ハイ……(オオ)セノママニ」

 

 ギドの言葉を聞いた途端、王女の目が(うつ)ろになり、気の抜けた声で返事する。

 大臣から鋭利なナイフを手渡されると、フラフラとゾンビのような足取りで部屋から出ていく。正気を失っているのが一目で分かる。

 

「……コレデ奴モ、オシマイダ」

 

 王女の後ろ姿を見て、計略の成功を確信したギドがククッと声に出して笑う。

 

 ……ランプの(あか)りに照らされて、部屋の壁に映し出された大臣の影は、コウモリの羽が生えた悪魔(デーモン)の形をしていた。

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