いきなり【最強】の魔力を持つ魔王に転生したら、俺が強すぎて異世界のヤツらがまるで相手にならない件。   作:大月秋野

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第84話 魔の島に巣食うモノ

 逃げたクラーケンを追って船旅を続けるザガート達……魔王が指差した方角へと(かじ)を取る。

 (すで)に敵の姿は見えなかったが、魔王が魔力の痕跡を辿(たど)っており、迷わず船は進む。

 十分ほど航海を続けると、視界の彼方に大きな島が見えてきた。

 

 地図に載っていないその島は灰色のゴツゴツした岩が天に向かって突き出したような形をしており、島というより一つの大きな岩だ。茶色の土は()(じん)も存在せず、草木は一本も生えていない。とても人の生存環境に(てき)さず、見るからに無人島と呼べるものだ。

 

 一箇所だけ海に面した場所に大穴が空いており、船はそこを目指す。大穴に近い岩場に接岸して止まると、波に流されないように(いかり)を下ろす。一行が上陸するための(なわ)梯子(ばしご)を用意する。

 

「ボルツ……俺が留守の間でも船が襲われないよう、これを置いていく」

 

 ザガートはそう口にすると、(ふところ)から木彫りの小さな熊を取り出して床に置く。

 

「船を移動させている間、それに魔力を吹き込んだ。それがあれば俺がいなくても船は敵に襲われずに済む。さすがにクラーケンの攻撃は防げないが、ザコの魔物であれば十分に対処可能だ」

 

 魔王が木彫りの熊の用途について説明する。領域結界(フィールド・バリア)と同様の魔力が吹き込んであり、魔王が不在でも船を守ってくれるという。見た目は何の力も持たないただの置き物だが、秘められた魔力は想像を(はる)かに超えるようだ。

 

「俺達は今からクラーケンの討伐に向かう。丸一日()っても戻らなければ、俺達に構わず港に引き返してくれ」

 

 今後の方針について指示を出す。万が一の事を考えて、船乗り達の安全を第一に優先する。

 

「ああ、了解した。だが必ず生きて戻ってきてくれよな」

 

 ボルツが魔王の言葉を了承しながらニコッと笑う。彼らに生還してもらいたい切実な気持ちを言葉で伝えた。

 船長の気遣いに魔王がコクンと(うなず)く。船乗り達の思いに応えるようにニッコリと微笑み返す。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 船から接岸した岩場に向かって(なわ)梯子(ばしご)が下ろされる。風はそれほど強くないため梯子が揺らされる事は無いが、一行は落ちないよう慎重に梯子を(くだ)る。一人ずつ順番に下りていって、六人全員が岩場に足を着ける。

 

 島に上陸すると、周囲を警戒するように見回しながらゆっくりと歩き出す。何処かに敵が潜んでいるかもしれないと考えて、臨戦態勢を(おこた)らない。

 

 だんだん大穴に近付いていくと、白骨死体が転がっているのが見えた。それも一人や二人ではない。ざっと見ただけでも五人分はあるようだ。近くの岩場に座礁した船の残骸らしきものがある。

 

「島に漂流した人の亡骸ッスかね?」

 

 なずみが死人の素性について思いを(めぐ)らす。

 

(わず)かだが、クラーケンの魔力が付着している……この島に連れて来られたんだろう」

 

 ザガートが骨の一本を拾い上げて、まじまじと眺めながら口を開く。骨に残っていた魔力の痕跡を感じ取り、アンモナイトの化け物にさらわれた犠牲者に違いないと推測を巡らす。

 

「あくまで推論だが……クラーケンは船を沈めても捕まえた船員をその場では殺さず、生きたまま島へと連れて帰り、その後で一人ずつ順番になぶり殺しにしていたんだろう。ここはそのための狩り場だったという訳だ」

 

 仮説だと前置きしながらも、沈められた船の船員が海中ではなく、この島で殺されたと考える。足元に転がっている白骨死体を、島に連れて来られた元船員だと結論付けた。

 

「殺しを娯楽として楽しむとは、悪趣味な(やから)じゃのう」

 

 クラーケンの所業を知らされて鬼姫が(まゆ)をしかめる。野生動物なら決して行わない知的でかつ無駄な行動を、いかにも魔族らしいやり口だと強く(いきどお)る。

 

「ですがそれが事実なら、この島の何処かにダンカンさんの遺品があるかもしれませんね」

 

 ルシルが敵の行動に(いち)()の望みを抱く。出航する前に出会った(おや)()に託された願いを果たせるかもしれないと前向きに考える。

 海中に没していたら捜索は困難を極めただろう。だが島に連れて来られたなら、島の何処かに彼の遺品があるかもしれないのだ。一行の胸に(かす)かな希望の光が湧く。

 

 一行は大穴に向かって足を進める。クラーケンの巣穴と思しき場所、その唯一の入口へと辿り着く。

 

 穴はとてつもない広さの大洞窟だった。巨大なタコが出入りする通路なだけあって、背丈六メートルの巨人がジャンプしても届かない高さに天井がある。横の広さもクジラが余裕で通れそうだ。洞窟の中央を大きな川が流れており、海まで繋がっている。川の左右に人が通れる幅の地面がある。

 

 洞窟はかなり奥深くまであるようで、中は暗くて見渡せない。日光も内部までは届かない。

 

「聖なる光よ、暗き場所を照らしたまえ……領域灯(エリア・ライト)ッ!!」

 

 魔王が正面に右手をかざして魔法の言葉を唱える。するとパーティ周辺と、そこから半径十メートルの範囲が明るく照らし出された。

 光は洞窟全体を照らすほどでは無かったが、敵の不意打ちに対する備えとして十分だ。

 

 一行は二手に分かれて川の両端にある地面を歩く。右の足場はブレイズを先頭にしてレジーナとなずみが後ろを歩き、左の足場はザガートが先頭となって鬼姫とルシルが後に続く。川はかなりの深さがあったため、対岸に渡る時だけザガートが魔法で目に見えないガラスの板を即席の橋代わりに()ける。

 

 一行は暗い洞窟の中をただひたすら歩く。クラーケンがいると(もく)される部屋を目指して奥へ奥へと進んでいく。数分ほど歩くと犠牲者と思しき数人の白骨死体が転がっていたが、遺品らしきものは見当たらない。

 洞窟は外から中に向かってビュウビュウと風が吹き抜けていたが、それが犠牲者の嘆きの声に聞こえて何とも不気味だ。肌を刺すひんやりした冷たい空気がより一掃恐ろしさを引き立てる。

 

 不穏な空気を感じながら彼らが歩き続けた時……。

 

「……ムッ!?」

 

 異変を察知したらしき魔王が突如足を止める。

 次の瞬間、中央を流れる川の奥底から『何か』が浮上して、ザバァーーーッと水面に姿を現す。最初の一体が現れると、次々に他の者達が姿を現して、その数はおよそ五十体ほどとなる。

 

 その者達は大人の男性より一回(ひとまわ)りほど大きかったが、人の形をしていた。だが全身は魚のような皮膚をしており、人間でない事は一目で分かる。手と足は河童(かっぱ)のような水かきになっており、背中から頭にかけて魚の背びれがある。顔の左右にエラがあり、そこで呼吸を行う。

 手には先端が(とんが)った金属製の(もり)を持っており、彼らの武器のようだ。特殊な金属で造られていたのか、水に濡れても()びた様子が無い。

 

「ギヨギヨギヨ……」

 

 半魚人と呼ぶに相応しい外見をした亜人種の化け物が、ザガート達を見て不気味に笑う。うまそうな獲物を前にして喜んだように舌なめずりする。とても友好的な者の取る態度ではない。

 

「……サハギン!!」

 

 半魚人の化け物を目にしてザガートがその名を呼ぶ。

 それは有名な海の魔物だった。上半身を水面から出して、下半身を水に()かせたまま、川をスゥーーッと滑るように移動する。

 

「ギヨヨォォォーーーーーーッ!」

 

 最初に現れた一体が奇声を発しながらザガートに襲いかかる。金属製の(もり)を相手に向かって突き出し、(くし)刺しにしようともくろむ。

 

「フンッ!」

 

 ザガートは少しもひるまず銛の先端を素手で(つか)む。そのまま銛を握っていたサハギンごと片手で持ち上げて、洞窟の岩壁に向かって放り投げた。ドガァッ! と大きな音が鳴り、洞窟全体が激しく揺れる。

 

「ギャアアアアアアアアッ!」

 

 壁に叩き付けられたサハギンが悲鳴を上げてのたうち回る。全身を強打した痛みのあまりジタバタともがき苦しんだが、やがてガクッと力尽きて息絶えた。

 

「ウォォォォオオオオオオーーーーーーーーッ!!」

 

 最初の一体がやられてもサハギン達は動揺しない。それどころか仲間をやられた事に激高したように目を血走らせて、眉間(みけん)(しわ)が寄った阿修羅のような顔になる。(ひたい)に血管がビキビキと浮き出て、息遣いが荒くなり、何としても敵を殺すのだという憎悪に満ちている。

 やがて彼らのうち一体が洞窟中に響かんばかりの咆哮(ほうこう)を上げると、全員が一斉に六人めがけて襲いかかる。

 

『ヌォォォォオオオオオオッッ!!』

 

 ブレイズと鬼姫が勇ましい雄叫びを上げながら両手で握った刀を振り回す。陸に上がろうとしたサハギンをズバズバと斬る。

 

火炎光矢(ファイヤー・アロー)ッ! 火炎光矢ッ! 火炎光矢ッ!」

 

 ルシルとザガートが火球を放って離れた場所にいる敵を攻撃する。魔王が放ったものは一撃で敵を火だるまにし、少女が放ったものは相手の顔面に命中して目潰しになる。

 レジーナは自分に迫ってきた(もり)をキンキンと剣で弾いて、なずみは彼女の後ろに隠れながらくないを投げる。

 

 サハギンの群れは統率された行動を取らず、自分の近くにいる相手に手当たり次第に襲いかかる。六人も自分に襲いかかってきた敵をひたすら返り討ちにする。敵も味方も全員がバラバラに行動するだけの無秩序な戦闘が繰り広げられた。

 

 戦いが始まって数分が()つと、サハギンの半数が討たれた状態になる。だが討たれたのと同数のサハギンが川底から上がってきて、最初と同じ数になる。敵の総数はかなりの規模らしく、倒してもすぐに増援が湧く。いくら倒してもキリが無い。

 

「みんな、()(かつ)に川に足を踏み入れるな! 水の上ではヤツらの方が圧倒的に有利だ!!」

 

 ザガートが相手の土俵に乗らないよう(くぎ)を刺す。膠着(こうちゃく)状態に(しび)れを切らした仲間が無茶な戦いをしないように忠告する。

 

「じゃがこのままでは槍でブスブスと刺されてしまうぞ! 魔王、お主なんとかせえ!!」

 

 鬼姫が半ギレ気味になりながら魔王の言葉に反論する。どれだけ敵を倒しても戦況が好転しない事にイライラを(つの)らせており、男に状況の打開案を求めた。

 

「……仕方あるまい」

 

 魔王がやれやれと言いたげにフゥーーッとため息を吐く。目を閉じて下を向くと、残念そうに首を左右に振る。出来ればこの手は使いたくなかった……そんな心情が顔に出る。

 一転して気持ちを切り替えたように顔を上げると、目をグワッと見開いて気迫に満ちた表情になる。

 

「地獄の魂よ……我が力となりて、全ての敵を呪い殺せ! 致死亡霊(デッドリー・レイス)ッ!!」

 

 正面に右手をかざして魔法の言葉を唱えた。すると彼の手のひらから紫の炎に包まれた人型の骸骨(スケルトン)が飛び出す。怨霊と思しきそれは空を泳ぐように飛んでいき、サハギンの一体に襲いかかる。

 

「ギャァァァァァァアアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」

 

 骸骨に触れられた瞬間、サハギンの口からこの世の終わりと思えるほどの絶叫が放たれた。全身が強酸を浴びたようにドロドロに溶けていき、肉も内蔵も残らず骨だけになる。

 骸骨は最初の一体を仕留めると次々に他の魔物に襲いかかる。骸骨に触れられた順に体が溶けて白骨死体になる。

 

「ギャアアアアアアアアッッ!!」

「ウギャァァァァアアアアアアーーーーーーーーッ!」

「ウボアアアアアアアーーーーーーーーッ!」

 

 洞窟内に断末魔の悲鳴が響き渡る。声は(いく)()にも重なり絶望のハーモニーを(かな)でる。魔物達は必死の抵抗を(こころ)みたものの、(もり)は亡霊を突き抜けてしまう。立ち向かおうとした者が先に死んだだけだ。魔界の神に祈るようにお(きょう)らしきものを唱えた者もいたが無意味だった。紫の骸骨は情け容赦なく彼らを死へと(いざな)う。

 

「ギヨヨッ!」

 

 勝ち目のなさを悟った残りのサハギンが水中に潜る。そのまま川底深くへと沈んでいく。さしもの骸骨も水の中までは追って来れないだろうと、そう考えた。

 

 だが彼らの期待を裏切るように骸骨が水の中に入る。暗い川底へと潜っていって姿が見えなくなって数秒が経過すると、ブクブクと大量の泡が水面に浮上する。水中で殺されたサハギンの悲鳴が空気となって漏れ出たのか。

 

 それから(さら)に数秒が経過すると、彼らと思しき白骨死体がプカァ……と水面に浮き上がる。殺された順番に上がっていったらしき死体は百体ほどで打ち止めとなり、その後はピタリと止む。敵を執拗(しつよう)に追い続ける骸骨が仕留め損なったとは到底考えられないので、全滅しただろうと判断できる。

 

「恐ろしい相手ではあったが……こうなると流石(さすが)に哀れだな」

 

 川を埋め尽くす白骨死体の山を眺めながらレジーナが小声で(つぶや)く。全身が溶ける苦痛を味わい無惨に殺された彼らに敵ながら(あわ)れみの念を抱く。

 

「ヤツらは今まで散々多くの人間を手にかけた……これでおあいこというものだ」

 

 ザガートがゴミを見るような目で白骨死体を眺めながら冷たく言い放つ。人間を襲う魔族に同情など不要と言わんばかりの態度を取る。種族単位で絶滅させられたとしても一ミリもかわいそうなどと思わない。

 道端の小石をどけるように眼前の敵を排除すると、再び洞窟の奥を目指して歩くのだった。

 

  ◇    ◇    ◇

 

 サハギンを返り討ちにした一行は再び洞窟の奥を目指して歩く。クラーケンのいる部屋を……あるいはダンカンの遺品の手がかりを探して、ただひたすらに進む。

 魔物の襲撃はサハギンに襲われた一度きりで、その後は襲ってくる気配がない。どうやらクラーケン以外で洞窟に()む魔物はサハギンだけだったらしく、先の戦いで全滅させたようだ。

 

 すっかり敵の気配が無くなった洞窟の中を数分ほど歩き続けた時……。

 

『……これは』

 

 右側の先頭を歩いていたブレイズがピタリと足を止める。何かを発見したようにその場にしゃがみ込む。

 

「何か見つけたのか?」

 

 対岸を歩いていたザガートが魔法で即席の橋を()けてブレイズの方へと渡る。(みな)が彼のいる場所へと集まる。

 

『……これを見てくれ』

 

 ブレイズがそう言いながら足元の壁を指差す。

 彼が指差した壁をよく見てみると、大地に面した穴がぽっかり()いていた。穴はそれほど大きくないが、大人の男性でも腹()いになればかろうじて通れるサイズだ。

 

「サハギン達の巣穴ッスかね?」

 

 なずみが穴の正体について推測する。

 

「いや……彼らは数分水に()かっていないと皮膚が干上(ひあ)がって死んでしまう。俺の見た所、この穴はかなり奥深くまで続いている。もし彼らが穴に入ろうとすれば、途中で命を落とすだろう」

 

 ザガートがなずみの推測を否定する。サハギンの生態、穴の奥深さ、それらから総合的に判断して、彼らの巣穴ではないと結論付けた。

 

「調べてみる価値はありそうですね」

 

 ルシルが穴の調査を提案する。皆が彼女の言葉にコクンと(うなず)く。今後の方針が決まると一人ずつ順番に穴に入る。

 

 一行は狭い穴の中を腹這いになったまま進む。六人がズルズルと地べたを這って移動する姿はあたかもイモムシのようだ。

 魔王が見抜いた通り穴はかなり奥深くまで続いており、水気が全く無い。サハギンが通ったら間違いなく死んでしまう場所だ。クラーケンの触手も奥までは届かない長さだ。

 

 およそ十分ほど進み続けると開けた空間へと行き着く。そこは人が十人入れるくらいの広さのほら穴だった。元からそこにあったのか、掘られて出来た穴かは分からない。外と繋がっていたのかすきま風がビュウビュウと吹き抜けていたが、角度によるものか雨水は入ってこない。

 

 ……ほら穴の(すみ)に白骨化した死体があった。地べたに座ったまま壁に背を持たれかかって死んでいる。着ている服はボロボロだったが、かろうじて船長の服だと分かる。死体の(そば)に燃料が切れたランプがあり、足元に小さな手帳と鉛筆(えんぴつ)が転がっていた。右手には金属製のロケットペンダントが大事そうに握られている。

 

「………」

 

 ザガートが無言のまま手帳を拾い上げて、声に出して読み上げる。

 

 

 

 △月×日

 島に連れて来られて一週間が()った。どうにか安全は確保したものの、(すで)に当初いた船員の半数がやられた。

 

 水も食料も残り少ない。このままでは俺達は全滅する。

 どうすればいい。どうすれば……。

 今後について話し合ったが、答えは出ない。

 

 

 ○月△日

 島からの脱出を(こころ)みた。壊れた船の残骸を繋ぎ合わせて、いかだを作った。

 だが島から出ようとした瞬間、クラーケンに()く手を(はば)まれた。

 俺達は慌てて引き返すしか無かった。ヤツは俺達を島から出さないつもりらしい。

 

 

 ○月□日

 皆で話し合った結果、クラーケンと戦うしかない結論に行き着く。

 この島で生きるにしろ、島から脱出するにしろ、ヤツを倒さなければ俺達は生き延びられない。

 武器をかき集めて、残された人員でヤツに戦いを挑む。危険な賭けだが、このまま野垂(のた)れ死ぬよりマシだ。

 

 

 ○月×日

 (つい)にヤツの弱点を見つけた。だが何もかも遅すぎた。

 船員はもう俺一人しか残ってない。とても俺一人の力じゃヤツに太刀打ちできない。

 もしこの日記を見た者がいたら、俺達の仇を取って欲しい。そうでないと死んでも死にきれない。

 

 ヤツの八本の足の中に一つだけ吸盤が生えてない足がある。そこがヤツの弱点だ。そこを狙え!

 

 

 ×月×日

 水も食料も底を尽きた。もう三日以上、何も口に入れてない。

 頭がボーーッとする。足もろくに動かない。

 視界がぼやける。鉛筆(えんぴつ)を持つ手が震えて字がうまく書けない。

 これを最後の日記にする。

 

 エリザ……ケン……この島に来てから一日たりとも、お前達の事を忘れた日は無かった。

 家に帰りたい。こんな所で死にたくない。でも、もう駄目だ。

 死ぬ前にもう一度だけ会いたかった。先に()く父さんをどうか許して欲しい。

 

 約束を守れない駄目な父さんでごめん。

 どうか俺の分まで生きてくれ。

 

 ――――ダンカン。

 

 

 

 ……日記はそこで終わっていた。

 

「………」

 

 ザガートが手記を読み終えると、場がシーーンと静まり返る。皆が重苦しい表情を浮かべて下を向いたまま黙り込む。船長の苦悩を知らされて胸が詰まる思いがして、何とも言えない気持ちになる。

 

 手帳に書かれていたのはクラーケンに船を沈められて、この島へと連れて来られた船長が書き残した日記に他ならない。過酷な状況へと追い込まれていく事への焦り……何としても島から生きて帰りたいと強く願う気持ち……(わず)かな希望すら打ち砕かれて、最後はただ家族に会いたいと願って死んでいく孤独……それらが嫌というほど伝わる。

 

「最後まで家族の待つ家に帰りたかったんスね……」

 

 なずみが今にも消え入りそうにか(ぼそ)い声で(つぶや)く。悲壮感に打ちのめされたあまり、目に涙を浮かべて今にも泣きそうになる。

 

 骸骨の手に握られたロケットペンダントを、ザガートが指を壊さないよう慎重に一本ずつ外して取り出す。(ふた)を開けてみると、中は懐中時計になっていた。既に()びて壊れている。

 時計の裏にはダンカン・アズールと名が刻まれている。

 

(日記ともども、彼の遺品になるだろう……)

 

 ザガートはこれでエリザとの約束を果たせると考え、手帳と懐中時計を大事そうに服のポケットにしまう。船長の冥福を祈るように数秒間手を合わせると、ほら穴の入口へと向きを変える。

 

「行こう……彼の死を無駄にしないためにも、クラーケンを倒さねばならん」

 

 モンスター討伐の意思を強い口調で表明する。手記に残された情報を生かす事こそ、彼への手向けになるだろう……そのように考えた。

 

「船長の……いや犠牲になった船員達全ての(かたき)討ちだ!!」

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