M-1グランプリ――ファイナリスト。
“ダブルエンジェル”
トリニティ総合学園から来た『下江コハル』と、同じくトリニティ総合学園の元ティーパーティー『聖園ミカ』。
立場が違いながらも同じトリニティで意気投合した彼女達は、結成一ヶ月という短さで決勝に進出!
二人は言う、M-1とは――“天国”である。
二人の天使の翼が織り成す掛け合いで観客を断頭台送りにする――昇天漫才がここにある!

彼女達の『青春の喜録(ブルーアーカイブ)』を、見届けろ。

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遅ればせながら今年のM-1を見て衝動書きしました。
自分もコントを書いてみたいという欲望から生まれた本作です。
この小説を書いた事に後悔は――アビドスの砂漠の一粒もありません。


M-1ファイナリスト『仲ダシアイスブレイク』

 漫才をしよう――そう言ったのは誰だったか。

 優勝者には景品をあげよう――そう言ったのは誰だったか。

 じゃあ優勝者には――先生と添い寝する権利をあげよう。

 それとあと、いっぱいのお金と名誉とか。

 

 そう言ったのは……紛れもなく、浦和ハナコであった――!!

 

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「ねぇコハルちゃん、私達も漫才をやってみない?」

 

「……えっ?」

 

 エデン条約の諸々があった少し後の日のこと、下江コハルは聖園ミカに旧校舎に呼び出され――そう告げられた。

 

 告げられたとは言っても、聖園ミカは自身に課せられた日課である草むしりを適当に熟しつつ、そう呟いただけだ。

 

 私じゃない誰かに言ったのか――そう下江コハルは思ったが、『コハルちゃん』という名前が現実逃避を許さなかった。

 

「漫才って……ハナコが言い出したあれ、ですか?」

 

 そう、恐らくは浦和ハナコが発案した漫才グランプリ――『M-1グランプリ』という催しについてだろう。

 

 それに優勝すれば、金や名誉に加えて――先生との添い寝の権利が得られるという、あのトンチキなイベントについて、聖園ミカは話しているのだ。

 

 しかし、あまりにもこのイベントは先生という一人の人権を軽視しすぎている――だが、このグランプリの開催に最も乗り気であったのは、なんと驚くことに先生であった。

 

 報酬である女子高生との添い寝も喜んで受け入れると言っていた――うわ、なんだかこの一文だと死刑になってもおかしくなさそうである。未成年淫行がギリギリ適応されそうなラインだ。

 

「うん、そうだよ☆」

 

 聖園ミカは、満面の笑みでそう言った。

 いやしかし……そう言われても、下江コハルの表情は依然として芳しくない。

 

 なぜ先生がこのイベントに乗り気なのか。

 その要因の一つに、先生がキヴォトスに来る前には、こういった番組が人気だったという背景があったそうだ。

 

 生憎と、現在キヴォトスにいる学生はスマホに首輪を付けられている生徒が多いため、テレビはそこまで見ないのが通例である。

 

 そこでテレビの復興を願い――テレビ放送局と、クロノス報道部と、後はお目付け役として浦和ハナコが参加した馬鹿みたいな闇鍋がこの企画である。

 

 正直、下江コハルには興味がなかった。

 無論、先生との添い寝に興味がないわけではないが、それはそれとして漫才は自分には出来ないという妙な確信があった。

 

 昔からあまり周りと馴染めず、マイナーなお笑い番組をちょこちょこ見ていた下江コハルではあるが、見ていたから漫才が出来るとは限らないのだ。

 

 見ているだけで、職人になれるのなら――天才になれるのなら――強者になれるのなら――覇者になれるのなら――猛者になれるのなら――そして、英雄になれるのなら、この世はきっと退屈だろう。

 

 下江コハルは、少し目を瞑ると、やはり。

 テレビの画面越しに――自分がそこに立つ、ビジョンが見えなかった。

 

「……多分、私じゃないほうがいいと思います」

 

 それは、やんわりとした否定の表れであった。

 聖園ミカは「ふぅん」と零すと、近くの水道で手を洗い始めた。今日は軍手を忘れたのか、素手で草むしりをしていたそうだ。

 

 …………本当に、『忘れた』のかは定かではないが。

 ハンドクリームのブランドにも拘る彼女が素手で草むしりをしている理由は、考えたくなかった。

 

「(やっぱり、本気で言ってなかったんだ……)」

 

 その様子を見て、下江コハルは何故か肩を落とした。

 断ってホッとしたはずなのに、少し寂しい気もした。

 

 そもそも、元とはいえティーパーティーの聖園ミカと自分ではあまりにも釣り合いが取れていない。

 

 一般生徒と言うには少し学力的に落ちぶれている下江コハルと、あの聖園ミカが漫才に興じるなど考えられないのだ。

 

「私は、コハルちゃんとなら絶対に勝てると思うんだけどな☆」

 

 洗った手をハンカチで拭い、聖園ミカは再びそう言った。

 どうやら、本気のようであった。聖園ミカは、本気で漫才をやろうとしているらしい。

 

「えっ、でも……あと少しで始まりますよ?」

 

 この大会の開催が宣言されたのは、三ヶ月も前だ。

 今の時点で、残り一ヶ月である。

 

 その間にネタを山ほど考えて、覚えて、人前で堂々と発表できるレベルまで引き上げなければならないのだ。

 

 おおよそ、無理であると確信させるのに十分であった。

 

「大丈夫☆ 私、ネタ書いてきたからさ☆」

 

 聖園ミカは鞄にポケットに折りたたんで入れていたルーズリーフを取り出した。

 クシャクシャになっていたが、ペンを走らせて頑張った痕跡がチラホラと散見される。

 

「えっと……」 

 

 どれどれと、下江コハルは怖いもの見たさで覗き込んだ。これでも自分はお笑いテレビをみて過ごした哀しき過去があるのだ。

 

 コハルが覗き込むと、そこには台詞の括弧の前に『コ』と『ミ』という言葉が置いてあった。

 俗に言う、台本形式という奴だ。

 

コ「どうもー」

ミ「私達ー?」

コ・ミ「“ダブルエンジェル(仮)”でーす!」

コ「私、最近ロールケーキの食べ過ぎやねん!」

ミ「そうなんか、それは可哀想やな」

コ「なんでやねん! もっと突っ込めや!」

ミ「しゃあないやんか――」

 

 こんな感じの台本が、その後も長々と続いていた。

 

 ……………………………………うん。

 言っちゃ悪いが、ハチャメチャに――つまらなかった。

 

 下江コハルは、今年に入ってから一番に絶句した。聖園ミカの台本はそれほど酷かった。

 確かに、聖園ミカはコントなど作れそうにない人物である。元ティーパーティーという立場は、大衆娯楽とは無縁の立ち位置にいるのだから。

 

「どうかな☆」

 

「……面白くはないですね」

 

 気づけば、下江コハルはそんな事を口にしていた。

 期待して聞いたのに、予想外の反応に驚愕したのか、聖園ミカは唖然とした――魂が抜けたような表情を浮かべていた。

 

 なるほど、いくらつまらない台本であっても、本人は真剣に考えたのだろう。

 世の中の創作とは、そんな事例ばっかだ。

 

 真剣にエンタメに向き合っても――映像に、文に、劇に、趣味に、競技に、画に一生懸命に打ち込んでも、それが報われるとは限らない。頑張っただけで報われる不確定要素の無い世界はやはり――退屈なのだろう。

 

 補習授業部に入り、勉強に打ち込んだ下江コハルにはその輪郭と片鱗を如実に捉えていた。

 ……もっとも、下江コハルが厳しい意見を告げた相手は――元ティーパーティーである。

 

「ああっ、いや。そういう意味ではなくて……!」

 

 その事に気付いた下江コハルは、驚きながらも訂正する。

 ……注釈を入れておくとしたら、“つまらない”という単語に別の意味はない。へりくだって謙遜する場合にも使うといえば使うが、少なくとも相手に使う単語ではない。

 

 つまり下江コハルの発言は――心の底からの、真意であった。

 

「……一応、何処か駄目だったか訊いてもいいかな★」

 

 語尾につく『☆』が『★』に――黒く変色するほど、聖園ミカはショックを受けていた。

 下江コハルはあたふたとしていたが、時間が経つにつれ、落ち着きを取り戻していった。

 

「……まず、なんで関西弁なんですか?」

 

「ん? だって漫才ってそういうものでしょ?」

 

 ……それは、少しパブリックイメージに引っ張られていないか?

 下江コハルは、そう思わざるを得なかった。

 最近の漫才師は関西以外の人も増えているのだし、何も自分達も関西弁にする必要はない。

 

 関西弁と言うより――『百鬼夜行弁』の方が正式な言い方だけれど。

 

「私達が関西弁に拘る必要はないと思います。寧ろ、たどたどしい関西弁が邪魔をして、漫才そのものに集中出来なくなる……と思います」

 

 今からネタ合わせを仮にするとして、関西弁のイントネーションを完璧に練習する時間はあまりにも惜しい。

 

 しかも、違和感がない関西弁にしたからと言って、それが面白さに繋がるとは限らないのだ。

 コハルは考えに考えて――。

 

「……あれ? もしかしてコハルちゃん、意外と乗り気だったり?」

 

「ひゃぁっ!? あ、いや。そんな事は――」

 

 いつの間にか、自分も漫才に出場する前提で話を進めていた事に驚く。

 冷静になれと自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻す。

 普通に考えて、自分が大勢の前に立って冷静でいられるわけがないのだ――考え直せ。

 

「……ねぇ、コハルちゃん」

 

「はい?」

 

 またもや慌てている内に、聖園ミカから声が掛かる。

 相手がミカさまであっても――次に何を言っても、コハルは『NO』と言おうと決心を固めたその時であった。

 

「――泣き落とし、してもいいかな?」

 

 聖園ミカは、下江コハルが決めあぐねている今がチャンスだと、踏んだのだろう。

 卑怯な“魔女”は、卑劣な“魔法”を使おうとしていた。

 

「…………はい」

 

 その予想外の問いかけに、下江コハルは思わず肯定の返事を返してしまった。

 泣き落としをするのに、許可は必要なのだろうか。

 

「私ってさ、ほら。色々やらかして皆に迷惑掛けちゃったじゃん?」

 

「……それは」

 

 確かに、聖園ミカの犯した事は到底許されないことなのかもしれない。

 許す許されないという次元を飄逸に乗り越え、もはやそれを通り越して罰の尺度を図るスケールまで達しているのかもしれない。

 

 幼稚な感情で幼馴染であるナギサを巻き込んだり、理由なしにゲヘナを嫌悪したり、殺人未遂だったり、アリウスに対しての軽挙妄動と言わざるを得ないな行動だったり。

 

 今、こうして草むしりだけで済んでいるのが不思議な立場、であるのだと思う。

 

 だが、聖園ミカは元はアリウスとの友好を願った生徒でもあるのだ。

 彼女を一言で表すのなら――ただ“無邪気”なのだと思う。

 

「トリニティ総合学園にも、たくさん迷惑掛けちゃったからね」

 

「……ミカさまは、悪く――」

 

 勿論、エデン条約のごたつきにおいて聖園ミカにも一因がある事は確かである。

 しかし、アリウス学園側についていたゲマトリア――ベアトリーチェが全ての糸を引いていたのだから、責任は感じれど、そこまで背負いこむ必要はないはずである。

 

 だから――『悪くない』とそう言おうとしたのだが、聖園ミカはそれに言葉を被せた。

 

「――いや、悪いのは私だよ。絶対に、私――何も考えないで、行動しちゃった私が一番悪いからさ」

 

 ……そう、なのだろう。

 大人であるベアトリーチェを除けば、生徒で最も責任があるのは、聖園ミカを除いて他ならない。

 

 それ以外の生徒は十把一絡げに、仕方が無いと言って差し支えないが、聖園ミカだけは別である。

 

「私はね――トリニティにさ、恩返しがしたいんだよね☆」

 

「恩、返し……ですか」

 

 彼女は、自身が受けた温情に報いようとしているのだろう。

 聖園ミカは、一歩ずつだが前へと進もうとしていた。

 

「優勝したら先生と添い寝の権利が得られるけど、優勝者にはその他にも色々と融通が利くのは知ってる?」

 

「ああ、はい。スポンサーの商品一年分と、優勝者の所属学園の支援金増額と――優勝賞金1000万円でしたっけ」

 

 支援金増額。

 これは、学園都市であり学校が国家の代わりを果たしている各学校にとって死活問題である。

 設備が設備である以上、必ず劣化して、やがて壊れる運命にある。今までは電卓を弾いてやりくりしていたその金額が増えたのならば、設備のリニューアル分に回せるのだ。

 

 それと――賞金。

 なんと1000万という大金である。支援金増額と合わせれば、大会を開催する側にも相当な負担が掛かっていそうだが、もちろんその日のテレビは全生徒が注目することになるので、自然とスポンサーも増えるのでトータルで言えばプラスだ。

 

 ……スポンサーの商品は、なんとも言えない。

 まだ判明していないというのもあるが、前者二つに比べれば霞むのも確かだ。

 

「私とコハルちゃんが優勝して、分け合って500万でしょ☆ その500万を――トリニティ総合学園に寄付しようと思ってるの☆」

 

 ……そうか。

 聖園ミカは自分なりに、今回の件の責任を取ろうとしているのか。

 

 下江コハルは、自分の惨めさに泣きそうであった。

 

 自分は大勢の前に出るのが恥ずかしいという理由で、聖園ミカの提案を断ろうとしたのだ。

 今、一番人前に出たくないのは――聖園ミカ本人に決まっているのに。

 

「……分かりました――ミカさまのコンビの話、受けます」

 

「ほんと? やったぁ☆」

 

 だから、今回は泣き落とされてやることにした。

 

 ただ。

 今から一生懸命にやったとして、勝ち上がるのは至難の業だろう。

 けれど――『Vanitas vanitatum et omnia vanitas.』。

 その努力が空しくとも、報われなかろうとも――だからといって、精進を諦める言い訳にはならないのだ。

 

 それを教えてくれたのは――補習授業部であった。

 

「……ミカさまに対して烏滸がましい話なのですが、条件をつけさせてもらっていいですか?」

 

 漫才をやるのならば。

 手を尽くし――筆舌にも尽くすべきだ。

 漫才とは、ベロで笑わせるものだから。

 下江コハルを、謎の勇気が背中を後押ししていた。

 

「うん、いいよ☆ なんでも言って☆ なんでも言い合える仲がコンビだもんね☆」

 

「じゃあ……ネタの台本は私が書かせてもらっていいですか?」

 

 下江コハルは、かなり大胆な提案をした。

 今こうして提案した瞬間も、心臓がバクバクと鼓動の演奏を止めない。

 

 それでも、今のままでは駄目だ。手にも筆舌にも――尽くしたとは言い難い。

 最初から負け戦だと覚悟してやるにしても、全力を出し切ったと言えない勝負は挑みたくなかった。

 

 ……ここで、精神力が強い生徒なら、「最初から負けるつもりで挑戦するな」と言うのだろうが――それは勇者の、強者の戯言である。

 

 負けを甘んじて受け入れて、それでも一矢報いようと藻掻くのが、下江コハルの想像する理想形である。

 

「うん、いいけど……大丈夫? 私から誘ったのに、なんか申し訳ない気がするけど……☆」

 

「大丈夫です。それと、私がツッコミでもいいですか?」

 

「……え? いいけど……なんで?」

 

 …………なんで、か。

 さっきの発言以上に、正直には言えない理由だった。

 勿論、『聖園ミカのキャラクター性』に注目させたいというのが一番の理由だ。

 

 コンビである以上、必ずしもどっちかは“じゃない方”になるという問題が発生する。そんな中で、聖園ミカの天然ボケというキャラクター性は、インパクト勝負で大きくリードできるのだ。

 

 ネタのクオリティで勝負は厳しいならば、自身は霞んでもいいから、聖園ミカという素材を最大限に活用するべきだ――下江コハルは、刹那でそこまでの考えに至ったが、やはり言い訳に過ぎない。

 

 下江コハルがツッコミにどうしても回りたいその理由、それは――。

 

「えっと……そのぉ……」

 

 聖園ミカのツッコミを受けたくない――!!!

 その一心であった。

 

 なんと聞いた所によると聖園ミカは、怪力である――そうだ。

 下江コハルも最近知ったことなのだが、聖園ミカは、壁をぶち抜くほどの怪力の持ち主らしい。

 

 『そうだ』『らしい』という曖昧な物言いになったのは、その噂が――正義実現委員会の間でふと浮かんできた噂であるためだ。

 

 だれが発祥元とかはなく、自然と示し合わせたように浮かんできた噂なのだ。

 まったく、女の子に対してなんて悪質な噂を流すんだ。不埒な輩め……別に、その噂を信じてるとか、決してそんなんではない。

 

 下江コハルは自らにそう言い聞かせた。

 

 流石に噂の域を出ないものだろうが――自然に放流された尾鰭の付いていない噂も、一度流れてしまえば深層心理に刷り込まれ、信じてしまうというものであろう。

 

「あっ、そう! そっちの方が面白くなる気がするからです!」

 

「ふーん☆ じゃあ、コハルちゃんに任せるね☆」

 

「……あ、はい!」

 

 深く追求されなくて助かった。

 下江コハルは、胸を撫で下ろした。

 本当の地獄がこれからだとも知らずに――!!

 

「もうコンビ名は決めているんだ☆」

 

「……え? 台本にあった通りに、ダブルエンジェルじゃないんですか?」

 

「違うよ☆」

 

 聖園ミカは勿体ぶったような表情を浮かべて、ニヤニヤとした。

 まるで、とっておきの秘策があるかのような顔だ。だからこそ下江コハルは一層心配だった。

 なるほど、心配事の九割は起こらないらしいが、それは逆説的に一割は起きる可能性を孕んでいるという事だ。

 

 そしてその一割を引いてしまうのが、下江コハルという人間である。

 

「コンビ名は――『仲ダシアイスブレイク』だよ☆」

 

「――えッ!?」

 

「ん?」

 

「えっ!?」

 

「ぬ☆」

 

 『ぬ☆』って何だよ!?

 ……とはツッコめなかった。

 

「因みに、それって、どんな、意味で………………?」

 

 恐る恐る、理由を訊きだしてみる。

 これで自分をからかっているだけなら、悪いがコンビの件は無しにしようとさえ思った。

 

「やっぱりお客さんを楽しませるのが一番じゃん☆

 だから――『私達とお客さんの仲だし、アイスブレイクはいらないよね☆』の“仲だし、アイスブレイク”の部分だよ☆」

 

「かふっ!?」

 

 下江コハルは吐血した。

 いつもの十八番――『エッチなのは駄目! 死刑!』を言えずに、更に吐血した。

 彼女のヘイローは三分タイマーよろしくチカチカと点滅までしていた。

 

「わ☆ 大丈夫、コハルちゃん!?」

 

 (なぜそこの部分を!?)――と下江コハルは思ったが、やはりツッコめずにいた。

 さっきツッコミを担当すると、言ったばかりであるのにも拘らず、容赦無いツッコミが出来なかった。

 

 聖園ミカには、そういった知識は無いのだろうか――いや、それにしても酷ぇ名前である。

 

 ともかく。

 下江コハルがツッコめなかった理由、それは――。

 

「(これ、私が指摘したらエッチな子だってバレる――!!)」

 

 これ指摘したらエッチな子だってバレるな……という、識者のジレンマであった。

 

 こうした“誰もが気付いているが、敢えて口にしたがらないこと”を英語の慣用句では『部屋の中の象』という。

 

 象が公共の部屋にいたら、誰もが気づくであろう。しかしその問題を、敢えて言葉にはしないのだ。だって、指摘したら問題が生じて、問題が生じたら解決に向けて動かなければならないから。

 

 つまり。

 淫靡な単語だという知識があるという事はイコールで、自身もエッチな子であるという事になる――!!

 

 ……いや、自分のコンビ名なんだから注意しろよ。

 下江コハルはアホの子だ。酷い言葉を投げかけてはいけない。扱い的にはヒヨコと同じなのである。

 

「で、どうかな☆」

 

「……うーん」

 

 これ、指摘したら聖園ミカも恥ずかしい思いをするのでは?

 そう思えば、尚更指摘は出来ない。だが、指摘をしなかったら、自分が“仲ダシアイスブレイク”というコンビ名で出なくてはいけなくなる。

 八方塞がり――ならば、十六の方向を歩めばいい。

 

「――ぴしゃり」

 

「ど、どうしたの……?」

 

 下江コハルはオノマトペを口にするほど、五臓六腑に電撃が奔り――妙案を思いついた。

 漫画でいうバカキャラというのは、ここぞという時に知能が上がるものである。

 

 『馬鹿だから分かんねぇけどよォ〜!』

 ガオン! 下江コハルの知能指数は今! 貧民時代へと戻っていた! 

 ……曲がりなりにもトリニティ総合学園に入学している彼女に、貧民時代など一秒もないが。

 

 とにかく、下江コハルは思いついたのだ。

 覇道闊歩にして百戦錬磨、無双無敵にして天上天下の奇策を――!!

 

「――いや、それでいきましょう!」

 

 それは、審査で落としてもらおうという浅ましい丸投げであった。

 恐らく、この名前は大会の審査基準に引っかかり、名前を変更するように言われるはずだ。

 MCを務める人だって、こんな名前を呼ぶのは恥ずかしく、嫌なはずだ。

 

 その時に、どちらも『えぇ〜? エッチな意味があるなんて知らなかった〜』としらを切れば良い。

 我ながら天才だ……下江コハルは、今日の帰りに高いアイスクリームを買うことに決めた。

 

「よし☆ じゃあこれから始まるんだね☆ 私達――『仲ダシアイスブレイク』のM-1人生が!」

 

「はい!」

 

 願わくば、その名前だけは終われ――!!

 そう思いながら二人は、今日の所は解散した。

 

 しかし……下江コハルは忘れていた。

 開催を宣言したのが――“浦和ハナコ”であるなら、MCは…その名前は……。

 一ヶ月後、下江コハルはこの時の自分を殺す――もとい、ヘイローを消さなかったことを、深く後悔した。

 

 ――帰り道。

 下江コハルは一人で部屋まで歩きながら、溜息を着く。

 

 学問でさえ、自分は出来ないのに――。

 答えがないお笑いなんて――。

 

 自分は笑わせるより、笑われる方が、似合ってるというのに――。

 彼女らしくない吐露は、そのままの下江コハルの精神状態を表していた。

 

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 下江コハルは、自身の部屋でノートとにらめっこをしていた。

 そのノートには、『お笑い必勝法』と油性ペンで大きく書かれていた。その文字の大きさは、彼女の勇み足を象徴していたのと同時に、対照的な白紙のページが彼女の無計画さを雄弁に語っていた。

 

「……あーもう! こんなの分からないわよ!」

 

 請け負ってしまった以上、責任は自分にある。

 それは勿論、承知の上であったし、今になって後悔をつらつらと綴るわけにはいかないことも分かっている。

 

「……お笑い、って何よ?」

 

 それは、原始的(プリミティブ)な疑問であった。フィジカルもフェティッシュも関係ない、お笑い業界そのものにハテナマークを添付する所業である。

 

「……うう」

 

 ノートにシャープペンシルの芯が少し擦れて――やはり少し擦れただけであった。

 ペンを動かす手は少し動いて――すぐに止まる。

 

「……駄目ね。まずは一回、分析から入りましょう」

 

 下江コハルは難題に対して、分析が出来るようになっていた。

 これは凄まじい進歩である。ついこの間までの彼女は、思いを素直に口にすることすら出来なかったのだから。

 

 自分は物事を俯瞰出来ている――自分は考えが柔軟な人間であると思い込んでいる人間こそ、窮屈なものはない。

 

 思い込みの次の段階――下江コハルは自身の思考パターンを把握する所まで、成長を遂げていた。

 

「……確か、サブスクで見れたわよね?」

 

 スマホを起動して、自身が『――自主規制――』を購読しているアプリを立ち上げる。

 

 すると、そのホーム画面に大きく『M-1』と書かれたタイトルが鎮座していた。

 下江コハルは何年分かを見通して、その度にノートに書き連ねていく。

 

『うちのオカンがね、好きな朝ごはんがあるらしいんやけど』

 

 から始まるコントは、優勝まで果たしたコンビのものだ。

 コハルは、そのコントで大爆笑をした思い出がある。

 

『あのー甘くてカリカリしてて、牛乳とかかけて食べるやつやって言うねんな』

 

『コーンフレークやないかい! その特徴はもう完全にコーンフレークやがな!』

 

 母親の好きな朝ご飯を忘れたというツカミから、段々と特徴を言わせていき、それがコーンフレークかコーンフレークじゃないか言い合うというフォーマットで漫才が進んでいくこのネタは、漫才として新たなスタイルを完成させた稀有な例だ。

 

「これを丸パクリするのは……駄目ね」

 

 これを真似て題材を変えてやれば、そこそこ良い所までは行けるだろう。

 だが、やはり駄目だ。

 

 審査員には恐らく先生もおり、『M-1』を毎回観ている先生からすれば、独創性がないとされ低い点数を付けられること間違いなしであろう。

 ……まぁ、それは決勝に行けたらの話であるが。

 だが、全力を出し切るといった手前、盗作漫才を披露するのは良心の呵責がある。

 

 ――次だ、次。

 次は共演者の信頼を得たいと相談した相方に対して、何故か高齢者の人材――シルバー人材センターを紹介するコントだ。

 

 面白いと思ったところには、メモをせねば。

 

『私は道に詳しいです――天気を予測できます――計算が得意です』

 

『AIに仕事を奪われた人たちだぁ……!』

 

『八法全書を書いております』

 

『六法全書の同人誌書いてる!?? 著作権の著作権を侵害してますけど……』

 

「……ふふっ」

 

 下江コハルは思わずニヤけてしまった。

 コンビの二人がストーリーや世界観に則ってキャラクターを演じる掛け合い――コント漫才だ。

 コント、というのは寸劇という意味があるらしく、つまりは『お芝居』だ。

 

 特にこの二人は世界観の形成や、巧みな言葉遊び、高度な掛け合いなどで観客を惹きつけている。

 

 ……ふむ、聖園ミカというキャラクター性を強調するのであれば、やはりコント形式の方が良いのだろうか……?

 

 下江コハルは集中し直し――今は分析だと、画面に向き直る。

 

「次よ」

 

 次のコントは、その年のファーストステージで最も評価が高かった漫才である。

 

 あらすじとしては。

 これからは国際交流が大事になると言い、留学生のホームステイ――ブラジルから来る『エンゾ』君の受け入れをする事になったが、あまりの緊張に黙って引っ越そうとする、奇想天外な設定から繰り出されるしゃべくり漫才だ。

 

 これは、その途中である。

 

『日本来て独りぼっちになるけど、エンゾは強いやつやから大丈夫や!!』

 

『なんでお前がそんなこと言えんねん!!』

 

『言えるわ!』

 

『ほんで人間みんな弱いねん!!』

 

『は?』

 

『弱いからこそ、人と関わり合っていくんが人間でありエンゾやろ! 名前の由来考えたらわかるやん! “素敵なご縁があるぞ”でエンゾや!』

 

『めちゃくちゃ日本語やんけ!』

 

「あはは!」

 

 ……日本? ブラジル?

 まあ、この世界には名古屋めしがあることだし、細かいことはいいだろう。

 ボケとツッコミが変幻自在に入れ替わるこの漫才は――関西を代表するしゃべくり漫才である。

 ……え? 最終決戦? その話はやめておこう。どう答えても角が立ちそうだ。

 

 下江コハルはその他にも――『町工場』、『つり革』、『合コン』、『あるなしクイズ』、『鳥人』と、優勝者のネタを漁っていき、その度にシャープペンシルの芯が白紙の大地を汚していく。

 

「……よしっ、こんな感じね!」

 

 漫才には――大きく三つに分けられる。

 しゃべくり漫才と、コント漫才と、システム漫才だ。

 

 しゃべくり漫才は、一つの大きな『テーマ』を決めて、それに対してボケを繰り出していく形式だ。

 

 ただぶっちゃけ、これをやるには技術的な壁が大きい。劇場で喉を鳴らし慣れた芸人でないと、そもそも声が届きにくかったり、そもそもの自力が高くないと上がったボルテージに客や審査員はついていけずに、どうしてもゴタゴタ感が生じて素直に笑えなくなる。

 

 聖園ミカに、下江コハルはああは言ったものの。

 従来の標準語に比べて、音が短く済む“関西弁”がしゃべくりのテンポの良さを後押ししている所もあるだろう。

 

 つまり私達は――舌一枚で笑わせるには技量が不足しすぎている。

 それが、結論である。

 

「これは、流石に無理ね……」

 

 下江コハルの考察を経た発言は、実感を多く含んであった。

 

 次にシステム漫才である。

 システム漫才とは、とあるフォーマット上でのみ行われる漫才だ。

 提示したテーマに対して話は進まず、繰り返し行われるネタによって笑いを誘う“天丼”的な漫才のことだ。

 

 例えば、『コーンフレーク』なんかはその代表例だろう。『コーンフレークか、コーンフレークでないか』という大テーマに対して、繰り返し“肯定と否定”をするという分かりやすいシステム漫才だ。

 

 漫才の風潮を否定して、分かりやすいフォーマットを作ったというのが、偉大と言われるべき箇所であろう。

 

 ここで大事なのは――残り一ヶ月の私達に、システム漫才のフォーマットを練る時間は無いという事だ。

 

「じゃあ……あと残ったのは……」

 

 ――コント漫才のみ、である。

 まぁ、想定通りだ。元々、そのつもりでもあった。

 

 大声が出やすくて、客にも審査員にも分かりやすいコント漫才は多くの優勝者を排出している。

 やるならば、これしかない。

 

 決勝に勝ち進むためには、まずはそこまでを突破しなければならない。

 過去の二回戦や、準々決勝などを見ていれば、そこまでの審査も厳しい事は一目瞭然だ。

 ……下江コハルは動悸がしてきた。心臓も、再びうるさくなり始める。

 しかし、勝ち上がるにはこれしかないのだろう。

 

 三ヶ月と、一ヶ月。

 全員がほぼほぼ素人だと言うことを踏まれば、さほど差はつかないように見える……が、短期間の中でも多くのコンビは仕上げてくるだろう。

 

 その中で、幼い頃から八年近くお笑いに触れていた下江コハルは、有利を取れると言っても過言ではない。

 

 しかし、面白い奴が面白い事をするのと、つまらない奴が面白い事をするのでは、受け入れられ方が違う。

 

 そりゃあ、笑わせる雰囲気という物を熟知している前者のほうが、得点は高いに決まっている。

 

 創作物全てに言えることだが、作品にはその人の人生を深く反映するものだ。

 では、下江コハルという人物は――どうだ?

 面白い人生でもなく、ビックリ人間でもなく、飛び抜けた強さを持っているわけでもない。

 

 今までの人生が醸し出す――その上澄みを掬え。

 

「私の持ち味、か――」

 

 下江コハルだけが。

 他より明確に優れている所、それは――。

 

「……想像力、だ」

 

 空想力であり――妄想力。

 これならば、誰にも負けないという自信があった。

 

 コント漫才は、いかにして自分の世界に引き込めるかが肝心だ。

 妄想力――その一点ならば、下江コハルはキヴォトスに敵なしだ。無敵であるともいえる。

 

「……うん、やるしかない……わよね?」

 

 幸いにも、今回審査員をやるであろう人物は、先生以外に各学園から一人ずつ収集すると言っていた。

 

 つまりは審査員も――素人だ。お笑いのノウハウ的な観点で評価はされにくいだろう。

 ならば――客と大差ない。

 

 じゃあ、勝率が高いのは、分かりやすく伝わりやすいコント漫才だ。

 ネタのクオリティよりも、ネタをやる人と観る人の心情をマッチさせる方向に優先するべきである。

 

 素人である自分達が気をつければいいのは、発声をしっかりすることのみだ。

 

「それが決まれば、肝心なネタは……」

 

 今日の正午に出たニュースでは、一回戦。二回戦。準々決勝。決勝。最終決戦という流れでやるらしい。

 

 コハルが観ていた番組では、三回戦があったのだが、キヴォトスでは人数的な問題でやらないのだろう。

 

 最低でも、ネタを五個創らねばならないのか。

 一個目のネタをブラッシュアップして使いまわしてもいいが、審査の判断基準的にそれはどうなのだろうか。

 

 不確定要素を排除するためには、やはり多くのネタを持っていたほうがいい。

 しかし、一個創るだけでも、下江コハルは四苦八苦しているというのに――五個。

 気が遠くなる数字だ。

 

「……こういうのは、目に付いた物を書き出していけばいいのよね……」

 

 下江コハルはセオリー通りに、身近なものからネタを創ることにした。

 

 お笑いには、『あるある』と『ないない』がある。

 あるあるは、親近感が湧くような共感性を全面にだした漫才であり。

 ないないは、大喜利的な要素が強い突飛な展開で笑わせる漫才である。

 

 コント形式で、観客を引き込むのであれば、絶対に『ないない』の方が面白くなるだろう。

 

 下江コハルは目に付く物を全てノートに書き出していく。

 

 『ペン』『紙』『カブトムシ』『手榴弾』『体操着』『羽』『マーカー』『ドロローサへの道』『ふせん』『制服』『秘密の皇帝』『スマホ』『参考書』――そして、自身の本棚に所狭しと雁首揃えてある『官能小説』。

 

 ……別に、小説以外のエッチなやつもあるけれど。

 電子書籍じゃなくて、紙で読む官能小説も中々に味わい深い。

 

「……はぁ。まぁ、学校に行けば思いつくでしょ」

 

 悩んだ末にコハルが出した結論は、明日の自分に丸投げする行為であった――だが、彼女は実際に成し遂げた。

 

 なんと、五日間で四つものネタを考えつき、推敲の段階までいったのだ。これは並の芸人を遥かに凌ぐ速さである。流石は下江コハルの妄想力である。一度ギアが回ったら、自分が死刑になるまで止まらない――とも言えた。

 

 この世に適当に書いた作品が売れることはないように、下江コハルもネタの創作を当然、めちゃくちゃ頑張った。

 

 目に映ったものをとにかく自身の世界――メモに書き取ったし、友達の発言の単語一つ一つにも気を遣った。

 

「……えっ!? カナさんとレイカちゃんってそんな関係なの!? お、女の子同士なのに……エッチなのは駄目! 死刑!(小声)」

 

 あまつさえは、一定の箇所で張り込みをしてヒソヒソと聞こえてくる噂話も一応全て把握した。

 やってることは完全に――いや、率直に言って不審者以外の何者でも無かった。

 コハルは、友人の水着徘徊女よりかはマシだという自負があったが、五十歩百歩である。

 

「これ、はつまらないか……こっちは……伝わりにくいよね。

 じゃあアレは……わわっ! えっ、エッチなのは駄目! 死刑!」

 

 学校とは打って変わって、夜は只管にネタ作りである。

 その間、勿論のこと下江コハルは何度も徹夜をしたし、元々低い学力が更に低く、元々秀でていない正義実現委員会の訓練が更に覚束なくなる――なんてことはなかった。

 

 寧ろ、いつもより好調であった。学業は、いつもは綺麗にノートを取ることを心がけているコハルだが、寝惚けて授業を受けていたからか、汚い字になっていた。訓練では、逆に極度の集中に入りすぎて、自我を失うこともあった。

 それでも――絶好調であった。

 

 これは説明せねばなるまい――いや……本当に説明が必要か?

 ……本筋にあんま関係ないけど……まぁ、いいか。

 

 読み飛ばしたければ、次の文の塊は読み飛ばしてくれ。

 始めに言っておけば、あまり面白い内容でもない。

 

■

 

 下江コハルは、文武両道ならぬ文武不平等とさえ評されるほど、あまり秀でた生徒ではない。

 しかし、この世に勉強が最初から出来るやつなどいないし、そこに秀でているも秀でていないもないのだ。

 

 下江コハルが真面目に授業を受けているのにも拘らず、あまり成績が上がらないのは、眼の前の問題に執着しすぎるためである。

 

 つまり下江コハルは――分からないことを分からないままにしておきたくないのだろう。

 

 それは彼女の美点とも取れるけど、学問において大切なことは――全体の把握である。

 

 全体図をアバウトに把握して、そこから自分の問題点を潰していけば、自ずと勉強、というか学問は出来るようになる――それは問題として出されている以上、解けない道理はないのだから。

 

 つまり眠気に襲われながらも、授業を通しで聞いていた彼女は、全体の雰囲気がそれとなく分かっていたのだ。

 

 そのため、いつもより授業理解度が高かった――という話である。

 

 問いと回答は、漫才的に言えば最高のコンビだろう。

 

■

 

 ……読み飛ばした? 

 

 要約すると、『下江コハルは全部に対していっつも力入り過ぎだよぉ〜、うへ〜』だ。

 過度な集中は、良くないぞ! って感じだ。

 

 では話を戻そう。

 下江コハルという人物のポテンシャルの話に――。

 

 つまり下江コハルは、漫才創作の才能があったのかもしれない。

 まぁ、クオリティは良くないとはいえ、創るスピードだけは本物である。

 バカでも笑わせられるのが漫才だ、的な事を誰かが言っていた。

 

 ……その割には、高学歴の芸人ってかなり多くないか?

 

 これは下江コハルの意見ではなく、砂嵐しか映らないアビドスのテレビでお笑いの番組を観ている砂狼シロコの意見であった。

 

「……よし!」

 

 下江コハルは、取り敢えず出来上がったネタを聖園ミカに見せに行こうと、その日の朝に決心した。

 自分が作ったネタを見てもらおうというのは小っ恥ずかしいが、実際はステージの上でやるのだ。

 これくらいで恥ずかしがってどうする。

 

 決心したコハルの隙を狙うかのように。

 その日に一悶着があることを、下江コハルはまだ知らない。

 

⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞

 

 ……一つ言わせてもらうとすれば、これに卑猥な意味はない。

 やましい意味は無いし、やらしい意味も無いし――決して、R指定でもないのだ。

 

 ……それでも口にするのも憚れるが――『仲ダシアイスブレイク』の結成から六日後の放課後、下江コハルと聖園ミカは旧校舎の裏側で会っていた。

 

 随分と早い再開である。

 M-1開催までの残りの日にちを鑑みれば、寧ろ遅いのであろうか。

 

 下江コハルは、ネタを聖園ミカに見せていた。

 

「コハルちゃん、これ……」

 

 ノートをコピーした紙を五枚、聖園ミカに渡した下江コハルは、今までに無いほど心臓が高鳴っていた。

 

 自作のコントの台本を見られるというのは、こんなにも恥ずかしいものなのか。

 

 下江コハルは、序盤で聖園ミカの台本を貶した事を激しく後悔した。

 ……それでも、評価は正当なものだったと確信しているが。

 

「んん……★」

 

 聖園ミカの反応は、芳しくなさそうだ。

 なんか『☆』が黒いし……。

 

 下江コハルの心臓が更に縮こまったのが、その小さな体躯に響く。

 聖園ミカはゆっくりと口を開きながらコハルを見て、下江コハルも上目遣いでじっと見つめ返した。

 

「コハルちゃん、これ――最高だよ!」

 

 聖園ミカは、表情を曲げて――へにゃりと笑った。

 下江コハルは、ようやく心臓が鳴り止み始めて、深い溜息を着いた。

 

「特にこのネタ――『官能小説』! これ、素人の私でも凄い完成度だって分かるよ☆」

 

 『官能小説』は、下江コハルが三本目に創ったネタであり、最高傑作と言って差し支えない完成度だった。

 

 決勝用に書き上げたネタなので、その称賛は素直に嬉しい。

 

「ほ……本当ですか?」

 

「うん☆ じゃあ早速ネタ合わせを――」

 

 ピロロロ。

 聖園ミカのスマホから着信音が鳴り響く。

 

 その着信相手を見ると――聖園ミカは「うげっ」という苦虫を噛み潰した顔をした。

 その人物は――『百合園セイア』と書かれていた。

 

「あのっ、ミカさまの用事があるなら、そっちを優先してもらって大丈夫です。私も、ちょっとコントの推敲をしたいので」

 

「…………うん。じゃあ、お言葉に甘えようかな☆ まったく、セイアちゃんが未来予知できなくなった事と、私がなんの関係があるのさ。……まぁ、行かないわけにはいかないんだけどね☆」

 

 聖園ミカと百合園セイアの間には、確執があった。

 しかし、それはかつての話であり、未だに聖園ミカの深層心理に刷り込まれた百合園セイアへの苦手意識は消えていないものの、お互いに歩み寄ろうと努力していた。

 

 そのチャンスを、コハルのせいで逃させたとなったら叱咤は免れないだろう。

 

「…………未来予知――かぁ」

 

 下江コハルはすぐに自身のメモ帳に『未来予知』とだけ書き留めて、聖園ミカを見送る。

 

「じゃあ、明日こそ☆ バイバイ☆ コハルちゃん☆」

 

「ああ、はい……」

 

 下江コハルは聖園ミカと別れて、旧校舎から出ようと一歩目を踏み出したその瞬間だった――。

 

「あっ! コハルちゃん! こんな所にいたんですか!」

 

 そこに居たのは。

 かつて補習授業部にて一緒になった少女であり、天性のお人好しであり、人脈の擬人化でもあり、そして――普通の少女、でもあった。

 

 因みに下江コハルは、彼女の事を普通だなんて思ったことはない。それどころか――『主人公』だと思ったことすらある。

 

 その彼女の名前は――『阿慈谷ヒフミ』。

 

「ひ、ヒフミ? どうしたの?」

 

 彼女は息を切らしながら、此方に走り寄ってきた。

 急用だろうか?

 

 しかし、阿慈谷ヒフミとは補習授業部との繋がりのみで、他に特筆すべき関係性はない。急を要する用など、あるものだろうか?

 

 もちろん、エデン条約の諸々において最も頼りになった友人であることは否定しないが、下江コハルは彼女の――阿慈谷ヒフミの大勢いる友人の『一人』でしかないのだ。

 

 それは、卑屈すぎるかもしれないが。

 しかし、真理である。

 

「きゅ、旧校舎にコハルちゃんが入っていくのが校舎の二階から見えて、急いでダッシュしてきたんです!」

 

「え、あ、そうなの……?」

 

 であれば、本当に重大な案件なのだろうか。

 下江コハルに手伝える範囲のものであれば、彼女一人でも事足りるだろうに。

 

「こ、こはっ、コハルちゃん!」

 

「ひゃい!?」

 

 彼女の剣幕に、下江コハルは怯えた。

 それだけ阿慈谷ヒフミが剣呑な雰囲気を纏っていたからである。

 阿慈谷ヒフミは少し迷ったように、唇が擦れ――そして大きく口を開いて告げた。

 

「わたっ、私と――コンビを組みませんか!」

 

 ……それは、M-1のコンビ結成のお誘いであった。

 下江コハルは俯いて、視線を横へと流す。

 そして、言いづらそうにヒフミに言う。

 

「……ごめん、私、ミカさまとコンビを組む事になってて……」 

 

「……あっ! そうですよね! もう後20日で大会が始まっちゃいますもんね!」

 

 お互いに、気まずい沈黙が流れた。

 友人が自分を誘ってくれたのに、それを断るというのは心に来るものがある。

 

 せめて、後もう少し早く誘ってくれていたら――いや、きっとその時は、色々と事情があると言ってやらなかっただろう。

 

 下江コハルが舞台に立とうと決心したのは、聖園ミカが誘ったからに他ならない。

 

「あはは……こーゆーのに強そうなハナコさんは、当日のプログラムを組まなきゃいけないからって、断られちゃって……じゃあ、私はアズサちゃんに頼んでみます!」

 

「……ええ、ごめんなさい」

 

「いえいえ、私が悪いんですから。ではまた明日!」

 

 気まずい空気も相まって、阿慈谷ヒフミは足早に走り去ろうとする。

 下江コハルの胸は、少しばかりの腐敗を伴って傷んだ。

 

 阿慈谷ヒフミは、幸いなことに友人が多い。だから、私が断っても大丈夫だろう――そう、素直に思えなかった。

 

「――待って! ヒフミ!」

 

「……はい? どうしました?」

 

 自分でも、無意識の内に阿慈谷ヒフミを呼び止めていたのは、下江コハル本人からしても衝撃だった。

 

 冷酷な現実から告げると、白洲アズサとコンビを結成したとして――彼女達は恐らく、勝ち上がれないだろう。

 

 いや、決して彼女たちのポテンシャルを侮っているわけではないし、ここぞという場面での阿慈谷ヒフミの勝負強さは、下江コハルもよく知る所だ。

 

 しかし、それでも――甘くはない。

 残り20日で開催をする大会に対しては、今からの結成は遅すぎる。

 

「えっと、その……ネタが完成したら、色々とアドバイス出来ると思うから……だから!」

 

「……あはは、えっと、どういうことですか?」

 

 下江コハルの訴えに、阿慈谷ヒフミはそう問い返した。

 特筆して問い返される内容ではなかったのにも拘らず、彼女はそう言った。

 

「え……?」

 

 困惑する下江コハルに、阿慈谷ヒフミは心底、不思議そうな表情を浮かべる。

 そして、事実を淡々と告げる。

 

「だって、優勝出来るのは――一組だけ、じゃないですか?」

 

「―――ッ!」

 

 下江コハルは、絶句した。

 『彼女達は恐らく、勝ち上がれないだろう』――なんて、馬鹿か、私は。

 

 さっきまでの自身の考えの愚かさを批判せずにはいられない。なぜなら、阿慈谷ヒフミのその眼は、確実に優勝を狙っている眼であったのだから――!!!

 

 決して、下江コハルのように負けを前提とした眼ではなく、勝利を狙いに行く眼であった。

 優勝できるのは、一組だけ。

 

 そうだ、ならば競争相手である自分が助言をするのは可笑しい。

 

 阿慈谷ヒフミは、一歩を乗り出して後ろを振り返る。

 そして、活発に告げた。

 

「一緒に決勝に行きましょうね! その時は、敵同士ですから!」

 

 ……敵。

 下江コハルが正義実現委員会の委員長である『剣先ツルギ』よりも相手に回したくない阿慈谷ヒフミと――敵同士、か。

 

 それも、いいかもしれないな、と思った。

 

「……そうね! 決勝で会いましょう!」

 

「はい!」

 

 二人は一悶着あり――それでいて、友情は燐光を失わず、更に強く輝いた。

 真の苦難はこれから起こる事を――彼女たちは知らない。

 

 

⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞

 

 あれから来る日も来る日も、ネタ合わせをした。

 驚くべきことに、聖園ミカの上達具合には目を見張る物があった。ネタは二回合わせたら完全に覚えるし、やはり他の二人に比べたらイメージがないと言うだけで、彼女もれっきとしたティーパーティーであった事を感じさせる。

 

 ……いや、彼女の後任はまだ決まっていないから、まだティーパーティー扱いなのだが、本人がそう扱われることを嫌がるので仕方ない。

 

 個人的に、出来ることはやったつもりだ。優勝は無理でも、せめてナイスアマチュア賞*1くらいは……いやいや! 勝つつもりでやらねば!

 

 下江コハルはそう思い直し、改めて周囲を見回す。

 

 下江コハルと聖園ミカは――ゲヘナ学園に来ていた。

 下江コハルも補習授業部のアレコレで、ゲヘナとは関係があったが、流石に本校の中にまで足を踏み入れるのは始めてだ。

 

 聖園ミカは大嫌いなゲヘナの領土に足を踏み込んだというのに、嫌な顔一つせずに、ニコニコと笑っていた。もしかしたら、それは必死に感情を抑えているだけなのかもしれないが、それでも下江コハルには有り難かった。

 

「ふぅ……緊張してきましたね」

 

「うん☆ ここからだもんね☆ でも、私達のネタを観てくれるってだけでも、嬉しいかな☆」

 

 聖園ミカは、ゲヘナ嫌いを発症することなく、寧ろ浮足立っていた。

 ゲヘナの生徒の好奇の眼に晒されながらでも、それは変わらなかった。

 

 下江コハルはそんな聖園ミカの反応を珍しがりながらも、本校の中へ足を踏み入れようとすると――ゲヘナの学生の一人に止められた。

 

「すいません。エントリーシートとエントリー料をお願いします」

 

「はいはーい☆」

 

 ……エントリー料?

 コハルは、フリーズした。

 

「……あ」

 

 下江コハルは暫く考えていると――思い出した。

 M-1は参加者から参加料を二千円徴収するのだった。ネタのことを考えっぱなしで、その事を忘れていた。

 聖園ミカが財布を取り出して二千円を出すのを、下江コハルは咄嗟に手で止めさせる。

 

「わ、私も半分出します!」

 

「ええ〜☆ 私が頼んだ事なんだから、ここは私に払わせてよ☆」

 

 聖園ミカは下江コハルの提案をあっさりと断った。

 いつもの下江コハルだったら、ここで引き下がっていただろう。

 しかし――今日の下江コハルは『いつもの』ではない。

 

「私は――ミカさまとのコンビですから!」

 

「……うん☆ じゃあ、悪いけどいいかな☆」

 

 聖園ミカは下江コハルの剣幕に折れて、諦めたように……どこか嬉しそうにそう言った。

 両者はお金を出し合って、聖園ミカは持参したエントリーシートを渡す。

 

「じゃあ、これ。お金とエントリーシート☆」

 

「はい。確かに。二千円とエントリーシートを拝領しました。はいはい、コンビ名は“仲ダ――はッ!??」

 

「にやり」

 

 下江コハルは、思わずオノマトペを言ってしまうほどにニヤけた。

 そうだろう、そんな名前の奴を審査員の前には出せないだろう。しかし、料金を受け取った手前、追い返すのは忍びないはず。改名しろと言え――改名しろと言えッ!

 

「……教室は二年生C組になります。頑張ってくださいね」

 

 予想に反して、あっさりとゲヘナの生徒はそう告げた。

 コハルは上げた口角を奈落へ突き落とされた気分だった。

 

「えっ!? 名前は!?」

 

「はい?」

 

 思わず身を乗り出して、そう問いかけてしまった程である。

 しかしゲヘナの生徒はとぼけた顔で、首を傾げる。

 

「いや……だから、名前については?」

 

「何も問題はないようですが……?」

 

 嘘つけ!

 『はッ!?』って動揺していたでしょうが!

 ――とは、下江コハルに言う度胸はないものの、それくらいは言ってやりたかった。

 

「じゃ、じゃあ改名を……」

 

 そうなれば次の策だ。

 この場で改名を申し出ればいいだろう。

 しかし、そんな希望的観測も刹那で打ち砕かれた。

 

「この大会の規則でエントリー後の改名は禁止となっております」

 

 嘘でしょ!?

 肩をがっくりと落とした下江コハルに、聖園ミカに「わーお☆ 大丈夫?」と心配されるが、その声も頭に入ってこない。

 

 ま、まずい。このままでは――コンビ名が“仲ダシアイスブレイク”になってしまう!!??

 

「……大丈夫です。先を急ぎましょう」

 

 下江コハルは徐々に集まってくる視線に耐えきれなくなり、力なく肯定した。

 全員を巻き込んで、『部屋の中の象』の『部屋』がどんどんと間取りが広くなっていくのが、手に取るように分かった。

 

 第一校舎の中は広く、様々な学園から来たであろう制服の生徒が沢山いた。

 今回、下江コハル達はエントリー順的な関係で審査場所がゲヘナ学園に決まったが、トリニティや百鬼夜行でも審査をしているらしい。

 

 もっと早く応募していれば、トリニティから動かずに済んだのであろうか。決まったことをうだうだと言っていても仕方が無い。

 

 ……あ、あれはアリウススクワッドの錠前サオリと……槌永ヒヨリ?

 珍しい人物もいたものだ。

 ……もしかしたら、阿慈谷ヒフミもここにいるのだろうか。

 

 さて、二年C組の教室前で待機をしつつ、何回かネタ合わせをしていると――奥から「エントリナンバー1715。入室をお願いします」という声が響いた。

 

 一回戦は審査員がその場で合否を判定する――つまり、ここで負ければそれで終わりだ。

 それを思うと、否応なしに手が震えてしまう。

 

「一回戦だね、頑張ろう☆」

 

「……はい」

 

 歯をカチカチと鳴らす下江コハルに、聖園ミカは横目にぽつっと呟く。

 

「……私、この闘いが終わったら結婚するんだ☆」

 

「えっ、縁起でもないからやめてください!」

 

 不謹慎な事を言いだした聖園ミカに思いっきりツッコミを入れると――自然と、手の震えはなくなっていた。

 

「ふふっ、アイスブレイクは出来たよね☆」

 

「……はい!」

 

 私達は教室に入り――審査員の“古関ウイ”と“銀鏡イオリ”と“間宵シグレ”三名と、その後ろに体操座りで観ている数名のゲヘナの観客を前に漫才をやりきり、満場一致で合格判定を貰った。

 

 一回戦を無事に突破した下江コハル達は、二週間後に控えている第二回戦に向けて、ネタの微調整をした。

 

 その間は立ち位置などの些細な場所の研究も怠らなかったし、他のトリニティ生徒にネタを見てもらったりもした。

 

 続く二回戦も合格し、準々決勝にも余裕の合格判定を貰った。

 そして――準決勝。

 下江コハルの人生を一変させる出来事が起こったのである。

 

⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞⎛ಲළ൭⎞

 

「……こんな大きい会場で準決勝ってやるんですね」

 

「そうだね☆ びっくりだよ☆」

 

 私達はD.U.地区に設置された巨大な吹き抜けの会場に足を運んでいた。

 準決勝とは、こんなにも大きな舞台でやるのだろうか。会場のセットだけで言うならば、本物と遜色ないようにさえ見えるクオリティだ。

 

「うぅ……口が乾燥してきた……」

 

「わ〜お☆ 大丈夫? 私の飲みかけで良ければ水飲む?」

 

「いただきます……」

 

 私とミカさまは、いつの間にか間接キスを気にしないくらいの関係になっていた。

 正直な話、かなり仲は縮まったと思う。それでも身分の違いと言うか、やんごとなき身分のミカさまとモブの私では、相当かけ離れてはいるけど……まぁ、間接キスを出来るというのは曲がりなりにも一つの基準となるだろう。

 

「……美味しい」

 

 水の喉越しは柔らかく、澄み渡った清涼感の中に柑橘類の匂いが鼻を通り抜ける。

 匂い付きの水……そういえばこれ、一本で三百円くらいした高級な水のブランドだ……。

 ティーパーティーは水にも気を使うのか……いや、名前通りに茶を飲めよって思ってしまうけど。

 

「うーん☆ それは良かった☆ ぎゅうぎゅうに詰められて待ってるお客さんの為にも、頑張らないとね☆」

 

「あ、はい……そうですね」

 

 さっき舞台裏に這入った時にちらっと見たが、会場には既に獣人やオートマタや生徒などが、五千はあるだろう席に窮屈そうに並べて座り、待機をしていた。

 これだけの人数が、私達のコントを見るのかと思うと背筋がゾッとする。

 

「もうすぐ、ですね」

 

「……うん☆」

 

 時刻は19時を回り――予定通りであるならば、もうすぐ開催時間である。逆に言えば、時間以外の全てを私達は知らされていない。

 

 『絶対に遅れるな』としか言われてないのだ。ここまで何も知らされないのはあまりに不自然だ。恐らく、従来のM-1には無い審査方法でも行うつもりなのだろうか。

 

 ……考えていても、答えは出ない。

 そもそも、お笑いに答えはない。

 

 道なき道を行くのがお笑いで。

 アウェイでもマイウェイを貫かなければならないのがお笑いだ。

 それさえ出来ないやつは、文字通り笑いものである。

 

 私達はステージ下で身じろぎもせずに待機していた。

 今踏みしめている円形の指定場所が上昇し、煙幕と同時にステージに登場する予定だ。これも、ついさっきに言われたばかりのことだ。

 

 直に、シューッという機械の駆動音が、私達を取り囲む。

 

 ……はぁ、心の準備なんて出来ていないというのに。

 まぁ、私に準備の時間があったとて、二の足を踏む時間にしかならないか。

 だけども、今だけは前に進める気がする。

 

 気の所為でも、気のお陰でも。

 どっちでも、いいや。

 

「……行きましょう」

 

「うん☆」

 

 徐々に上昇していく円形の板の上に乗っかった私達は、意を決して舞台に昇ると――そこには、さっき以上の観客が加わっている絶景があった。幾つものカメラ陣が構えて待機しているし、有名インフルエンサーもチラホラと見える。

 

 完全にステージに上がりきる前に、煙幕が私達の姿を隠す。

 そして徐々に晴れゆく煙と、同時に耳を衝く大声が入る。

 

「さあさあ! トリニティの問題児二人が、お笑い界に襲撃だぁ! 結成一ヶ月と短めながら、審査員の間じゃあ優勝候補とも名高いこのコンビが行き着く先は――死刑(デス・ペナルティ)のみ! ボケとツッコミの機関銃(マシンガン)でお笑い銃殺刑を、今日も執行するのか!」

 

 長々しい口上をハキハキと言い切ったと時を同じくして、今まで浴びたこともないような拍手喝采に大歓声が空に向かって放出される。

 

 私の舌に、更に重い思いが乗っかったような気がしてきた。胃も痛くなってきた。ヘイローもかち割れそうだ。

 

 司会者は、手元の紙を観ながら元気に叫び――舌を噛んだ。

 

「まずは一組目の“仲ダッ――えッ!? ……“仲ダシアイスブレイク”が上がってきましたぁ!」

 

 ……ほら、こうなるじゃんか。

 あの時に止めなかったゲヘナの生徒のせいで、今こうなってるんだ満足か?

 

 海で羽ばたいた蝶によって竜巻が起きる事を、何て言うんだっけ。……ああ、そうか、バタフライエフェクトか。

 

 トリニティの生徒は羽があるから蝶だとも、自分達の事を竜巻とも思っちゃいないが、この状況を鑑みるにそれくらい言ってもバチは当たらないだろう。

 

「おおっと! 申し遅れました。今回、準決勝の総合司会を務めます! 豊見コトリと申します!」

 

 司会を務める豊見コトリは、私達のコンビ名に多少躊躇しつつも、根性と矜持で読み上げてみせた。

 恥も外聞もなく立派に……いや、私達は恥さらしだけども。

 

「さて、説明から入りましょうか。従来とは違って、キヴォトス変則ルールの発動です!

 五名の審査員による評定が『六割』、現場にいる方やリアルタイムで中継される映像を通した視聴者投票が『四割』となる総合点数を競う――お笑い決闘戦が、準決勝のルールになります!

 十四組を残り、七名まで減らし、既にシード枠が一組、敗者復活組が一組の――計九組で決勝は行われます!」

 

 ……なるほど、中々にエグいことを考える。

 負けたらその時点で敗退の死闘(デスマッチ)……シード枠なるものがいるのも気になるが、今は目先のことに集中しなければ。

 

 敗者復活はあるが、それを経験する気はない。

 大丈夫だ、誰が相手であっても負けるつもりはない。

 豊見コトリが、頃合いを見て声を張り上げる。

 

「記念すべき初日のバトルカードは――“仲ダシアイスブレイク”と――こちらです!」

 

 先程の私達と同じように、徐々に円盤が上昇していき、私達の対戦相手のご尊顔がもう少しで垣間見えるし――相まみえる。

 

 相手の頭頂部が見せそうなほどの位置に来ると、袖の煙幕が発射され、相手の姿を包み隠す――その一瞬、私は幻覚が見えた。

 

 そう、幻だ。それ以外の何者だと言うんだ。目を抉り取ってもいい程にそう思えた。だから、それは違う。

 

 だって現実を直視したら――全てが虚しいと思ってしまうから。

 

「こちらも結成一ヶ月未満と期間は短めながら、準決勝まで上がってきた超期待のルーキーです! 起爆寸前、投擲される笑いの手榴弾が今日も炸裂なるか!? 奇想天外にて電光石火――爆破にて破顔!」

 

 煙が晴れ、吹き抜けから覗く月がちょうど彼女達の姿を照らした。

 儚く輝く黄金色と、泥中の蓮のように逞しく煌めく銀髪の少女達の姿は、見たくなかった。

 

「……うそでしょ」

 

「来ましたよ――コハルちゃん」

 

 その『主人公』の姿は、私の憧憬にそっくりで。

 端的に言えば、敵に回したくなかった。

 だって眼の前にいる彼女は――こんなにも普通ではなく異質だ。

 

「もう一組目は――“ステルス・ピーチ・エンド”の二人です!」

 

 “阿慈谷ヒフミ”と“白洲アズサ”。

 かつて補習授業部で苦難を、寝食を、絶望を、希望を共にした仲間が――今、私の敵となって立ちはだかっていた。

 

「この一日目で“仲ダシアイスブレイク”と“ステルス・ピーチ・エンド”のどちらかは――敗退となります!」

 

 その言葉は、私の舌に重く伸し掛かった。

 分かっていたことだ。最初から、そんなのは分かっていた――気になっていた。

 ミカさまの為なら、どんな相手だって蹴散らせるとさえ、思っていたのに。

 

『一緒に決勝に行きましょうね! その時は、敵同士ですから!』

 

『……そうね! 決勝で会いましょう!』

 

 よりにもよって――決勝ではなく、こんな残酷な形で決着を着けねばならないだなんて。

 私は、改心などしてなかった。ああは言っても、私の知らない所で負けていてくれと願っていたのかもしれない。

 

 ああ、私って――クソだ! こんな考えじゃ死刑になるのは私の方だ!

 

「さあ、先行を決めるルーレットが高速で回りだしました! 両者どちらかのマスに銃弾が当たった方から、先手となります! 今回の銃撃を担当するのは、彼女自身もM-1ファイナリストである“弁リヤ6800”のツッコミ担当――陸八魔アルさんです」

 

「どうも、いつもは便利屋を営んでるわ。陸八魔アルよ! 順番は最もフィジカルで、最もプリミティブで、そして最もフェティッシュなやり方で決めさせてもらうわ!」

 

 そして低くスナイパーライフルを構え、片目を細める。

 その場に居る誰もが、陸八魔アルの底冷えした殺気を肌で感じ――撃鉄は引き起こされた。

 鉛玉は、板を軽く貫通し、薬莢の音が静かに響く。

 

 豊見コトリは、その貫かれたルーレットを見て――高らかに宣言した。

 

「こ……これはッ!? 先行は――“ステルス・ピーチ・エンド”です!! では、十分後に“ステルス・ピーチ・エンド”の漫才を開始します!」

 

 ……どうやら、私達は後攻らしい。

 私はアズサとヒフミと目配せして力強く頷き、退散すると同時に、ミカさまの方を振り向く。

 

「……すいません、私達、ちょっと話があるのでいいですか?」

 

「もちろん☆ つもる話もあるだろうし☆ 特に、初日の組み合わせの全員がトリニティだなんて、流石に笑っちゃうね☆ ま、私だけ除け者みたいだし、話してきなよ☆」

 

 それはそうなのだろう。

 ミカさまを除いた私達は――全員が補習授業部なのだから。

 

 ミカさまと私達は、敵対したことがあった。それなのに、今はこうして対決する事になるのとは、運命とは分からないものだ。

 

「……そうですね。奇妙な運命……のようなものを私も感じています」

 

 運命がこの世にあるとしたら、それを仕組んでいる奴が居るとしたら、それはきっと意地悪な奴に違いない。

 

 私は踵を返し、“ステルス・ピーチ・エンド”の楽屋の前で、私達は再開した。

 

「……コハルちゃん。やっと会えましたね。決勝じゃありませんけど、それでもこうして闘えることが私は嬉しいです」

 

「ヒフミ……ごめん。白状すると、あなた達が勝ち上がってくるとは思って無かったわ。見くびっていた、のかもしれないわね」

 

 あの時に決勝に行くといった彼女の思いは本物で――それを実現させる力も彼女たちにはある。

 私はやはり、根本的に落ちぶれているのだろう。あの日に私が応じた言葉は、ただの方便だったのかもしれない。

 

 そう零した私にアズサは待ったを掛けた。

 

「実際、コハルの見立ては間違っていない。私達ではネタは完成すらさせることが出来なかった。ハナコが私達のネタ作りを監修してアドバイスや協力してくれたおかげだ」

 

「……そう、ハナコが」

 

 コンビとしては出れなくても、そりゃアドバイスする時間くらいはあるか。

 トリニティの叡智(エッチ)と呼ばれている浦和ハナコがネタ作りの補助をしたのなら、当然負け無しだろう。

 

 となれば――この勝負は、そ(・)う(・)なのか。

 

「今回の相手は――私以外の補習授業部、ってことね」

 

「……ああ、そうなるな」

 

 アズサは、少しだけ目を伏せる。

 私への負い目があるのだろうか。別に今のは皮肉のつもりで言ったわけじゃないのに、申し訳ない気分だ。

 

 ああ、そうだ。申し訳ない気分で沢山だ。

 ステージに上った時から、いや、あの日からか?

 もっと違う。

 私がミカさまとコンビを組んだ時から、分かっていたことなんだ。

 

「ヒフミ、アズサ……ごめん!」

 

 私は頭を下げてから、思い切り頭を振り上げて強い眼差しで見つめる。

 今の私のコンビは、ミカさまだから。

 言わなくてはならないのだ、事実を。

 

「あなた達は――決勝には行けない。この一戦は私達が制すから!」

 

「ふ、言うようになったな。それでこそコハルだ。実際、私もコハルと闘えると聞いてかなり高揚しているぞ。なんて言ったって、覚悟を決めたお前が一番強いことを、私達は知っているからな」

 

「はい! 私達だって負けるつもりはありません!」

 

「……うん!」

 

 それ以上の言葉は贅肉となり、蛇足でもあった。

 試合開始二分前、私達はステージ袖で待機していた。

 私がコントをするわけではないのに、心臓が早鐘を打つ。

 

「見て見てコハルちゃん! タイトルは“ロールケーキになれなかった鳥”だよ!」

 

 ミカさまは凡人には到底理解が及ばなさそうな独特の手遊びをしているようで緊張しているようには思えなかった。

 

 やはり、元ティーパーティだけはあって、人前に立つことを何とも思ってないのだろうか。……いや、案外、緊張を解すためにやっているのかもしれないな、と思う。

 

「……ミカさま」

 

「ん? どうしたの?」

 

 手遊びを止めて、ミカさまは首をコテンと傾げた。

 私は目を直視できずに、頬を少し染めながら、ポツリと呟いた。

 

「不躾かもしれないんですが、“ミカさん”って呼んでもいいですか?」

 

「……コハルちゃん!」

 

「うぶっ!?」

 

 ミカさんの胸が私の顔を覆う。

 分かっていたことだが、私の顔よりも胸が大きいのか……。

 地味にショックだ。ロールケーキを頬張れば、そうなれるのだろうか。

 

「私、ずっとそう言ってくれるの待ってたんだよ☆ コンビなのにさま付けは可笑しいもんね☆ 本当はミカちゃんって呼んで欲しいけど、まずは“さん”からでもいいかな☆」

 

 というかまずい……!

 おっぱ……胸の圧で本当に窒息しそうだ!

 少なくともそんな死因は嫌だなぁ。

 グリグリと押し付けられる頭を引き剥がし、他の事に注意を向けさせる。

 

「く……苦しいです。も、もう始まりますよ!」

 

「わわ、ごめん☆」

 

 豊見コトリが、設備さんが出した準備OKの合図を確認すると、客の方に向き直り大きく宣言する。

 

「大変長らくおまたせしました! それでは“ステルス・ピーチ・エンド”の入場です!」

 

 重厚な扉は音を開き。

 歓声が上がり。

 会場は煌めき。

 二人の姿が見え。

 出囃子が鳴り始め――「やっぱり最近は戦車を盗みたくなる季節だな」

 

「歩きながら物騒なこと喋らないでくださいよ!?」

 

 ……出囃子の途中だというのに、白洲アズサは歩きつつ、お構いなしに話し始めた。

 

 挨拶前に素早くツカミを入れる――過去のM-1でも見た手法だ。私たち素人同士の対決だと、まずツカミが重要だと踏んでいたが、これはしてやられたな。

 

 さっそく客は笑いの渦に包まれている。

 

 ……いや私達もやろうかとは考えたが、マイクから離れてツカミをしなければならないため、ハキハキとしててそれでなお、煩わしくならない程度の声量が肝心となる。

 

 そして普段から大きな声を出し慣れていない私達では、客にはハマりにくいだろう。

 私は素人がコレをやるのは無理だと判断したのだが……これは、確実に浦和ハナコの入れ知恵だろう。

 

 最初のやり取りだけで理解した。

 ヒフミ達は予想以上に想定以上で――それでも、私達に利があるという事を。

 

 三八マイク*2を挟んで、阿慈谷ヒフミと白洲アズサは息を合わせてペコリとお辞儀をした。

 

 

「はい、私達は“ステルス・ピーチ・エンド”と申します。よろしくお願いします!」

 

 

「こっちがツッコミ担当の阿慈谷ミズフミだ」

 

「違いますよ!?阿慈谷ヒフミに弱点を突ける阿慈谷ミズフミではないです!」

 

「そして私が鰯(いわし)アズサだ」

 

「それも違います!!白洲(シラス)が成長したら鰯になるとか、しょうもないですから……ああ、はい。私の相方は白洲アズサと申します。二人揃っての“ステルス・ピーチ・エンド”なので、名前だけでも覚えて帰ってください!」

 

 

「ところでヒフミ、芸術の秋ってあるだろう?」

 

「ああ、ありますね」

 

「あるだろう!!!??」

 

「だからそう言ってますよね!????」

 

「戦車を盗みたくなる季節って――いつだと思う?」

 

「季節ではなく、死ぬ方の死期の話してます!?戦車を盗むって……そんな具体的な季節、あるんですか――」

 

 

 それはハイテンポなやり取りに、微かな教養を混ぜた――私が出来ないと諦めた、純粋なしゃべくり漫才だった。

 

 準決勝に来るまでに、配信されている映像を見て、『お笑いって大体こんな感じね、了解了解〜』って理解したつもりになっている客の意表を衝く――予測不能のゲリラ漫才だ。

 

 正直な話、素人をここまで押し上げたハナコの助言力というか、審美眼は流石だと言わざるを得ないが――それを抜きにしても、喋りが上手い。

 

 配信の事も考えたら、キヴォトスの殆どの人が自分の一挙手一投足に注目しているようなものなのに、なんという胆力だ。

 

 ……これに加えて、トリニティ総合学園でも人脈が広いヒフミの友票を含めたら、負ける可能性だってある。

 

 二人の漫才が終盤に差し掛かった時、私はミカさんに告げた。

 

「ミカさん、ネタのことですが……」

 

「うん。さっき一通り打ち合わせしたから、私は全部覚えてるよ☆」

 

 私達は、全部のコントを暗記している。

 

 なのでその状況に応じて、人前でやるコントを変えているのだ。というのも、決勝で二番手以降になった時に、前の人とネタが被るのを防ぐためである。

 

 前の人が歌ネタで、私達も歌ネタをやったら、審査員的にも新鮮味がなくマンネリ感で点数が落ちるだろう。対策しておくに越したことはない。

 

「今回やるのは、確か『動物園デート』だよね? 変更する?」

 

 私は無言で頷き、肯定する。

 そして、言う。

 

「ええ――『官能小説』にしましょう」

 

「!? ……それって、決勝で使うネタだよね?」

 

 そうだ。

 このネタは私の中でも最高傑作だと言えるネタであり、コレ以外のネタは正直な話、自信がない。『官能小説』を切り札としたら、それ以外はランクが少し落ちる。

 

 決勝一発目でブチかまそうと思ってた渾身の一撃を……未だ使うまいとしたネタを――使うのは今だ。

 

「……はい」

 

「いいよ☆ 私はコハルちゃんに従うだけだから☆」

 

 M-1の決勝に進んだとして、ヒフミとアズサ以上の強敵はそう居ないだろう。

 私達の分水嶺は、ここだ。

 

 大事なのは――この一戦だ。この勝負は、私が乗り越えなければならない――巨大な壁であり試練なのだ。

 

 二人の漫才が終盤に差し掛かり、落とされる。

 

 

「あぁ、間違えたッ……!」

 

「えッ!? ど……どういうことですか!?」

 

 

「これはまだ、空が赤い頃のキヴォトスの話だった……」

 

「うあああ!?ホラー展開!??もういいです!」

 

「「どうもありがとうございました!」」

 

 

 二人の漫才が終わり、鼓膜が破れそうな程の拍手が会場を埋め尽くす。

 五分後、次は私達の番だ。

 

 この五分は一日が終わるに十分(じゅうぶん)な程の長さに感じたし、十分(じっぷん)そこらにしか感じなかったとも言えた。

 

「次は――“仲ダシアイスブレイク”の入場です!」

 

 

 扉が開き――マイクの前に立ち――コントをして――締めの挨拶をした。

 

 

 三十分後――視聴者投票の集計が終わり、全体の投票数に対する審査員の割合ポイントが付与された。

 

 “仲ダシアイスブレイク”と“ステルス・ピーチ・エンド”。

 両者の票差は僅差――たったの七万ポイント差だ。

 

「勝者は――“仲ダシアイスブレイク”です!!」

 

 勝ったのは――私達だった。

 ……勝ったのは、私達だ。

 勝つつもりでやり、実際に勝利を収めた。

 

 ステージ上では大喜びしたが、素直にその事実が喜べず、私は楽屋に入って項垂れていると――スマホに、一つの着信が入った。

 私は、その文言通りに従って――“ステルス・ピーチ・エンド”の楽屋に向かった。

 

「……失礼します」

 

 ガチャリとドアノブを回すと――そこには、泣き腫らしたであろうヒフミと、スンとした表情の白洲アズサが居た。

 

 私はなんだか居た堪れなくなって、目を背ける。

 だから、嫌だったんだよ――私は心のなかで、独りごちた。

 

「……ヒフミ」

 

 一等賞の夢を追うということは、誰かを蹴落としていかなくてはならないのだ。

 自分の欲望のために、誰かの夢を諦めさせなければならないのだ。

 

 トリニティ生徒の大半に応援されて送り出されただろうヒフミと、正義実現委員会の落ちこぼれの私。

 

 本来なら、順番は逆であった筈なのに――。

 

「――同情は、いりませんよ。ここに呼んだのは、寧ろコハルちゃんが心配だからです」

 

「ああ、ヒフミの言う通りだ。私達は持てる力を総動員して、正々堂々と闘って――負けたんだ。そこに怨嗟や後悔は銃弾の欠片ほども無い」

 

 そうキッパリ言い切ったヒフミとアズサに、私は驚愕の表情を隠せなかった。

 同情――してたのか、今の私は。

 親友を蹴落としておいて?

 

 本当に、自分のバカさに嫌気が差す。

 こういう時に言う台詞は、違うだろうに。

 

「――いい勝負だった!」

 

 私は白い歯を見せて、全力で笑った。

 ヒフミとアズサも、それに答えるように笑う。

 

「はい! あ、でもまだ負けてませんからね! 私達には敗者復活だってありますし!」

 

「コハルとの約束を違える気は無い。必ず決勝で会おう」

 

「……うん!」

 

 これでもう、勝つしかなくなったな。

 彼女達が敗者復活で蘇るのも、大いに望むところだ。

 私達には負ける気なんて、さらさら無いのだから。

 さて。お笑い学の補習を始めようか――。

 

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 あれから約二週間――決勝当日。

 私達は少し早くに楽屋に入り、衣装の調節をしていた。

 

「うぅ……わ、私、スーツ似合いませんよ……」

 

「そんなことないよ☆ めちゃくちゃ可愛いって☆」

 

 私達はいつもの格好ではなく、全身をスーツ姿に包んでいた。

 

 これはミカさんの『周囲との異質感とコンビの統一感を出そうよ☆』という提案であり、特に断る理由もなかったので承諾した。

 

 ミカさんのスーツは胸の辺りがパツパツなのに、私はスカスカだ……これが胸囲の差か。

 

 ……もっとも、そのスーツが私専用のオーダーメイドだとは思わなかったけれど。

 私は『ここでお金を使ってどうするんですか!?』とミカさんに言ったが、『どうせ優勝するからいいじゃん☆』と満面の笑みでニコニコしていた。

 

 また私の胃にプレッシャーが……。

 

 私のネクタイは、私の首から下腹部に向かって伸びている線を模したデザインで、自分の中身を覗かれているようで少し恥ずかしい気持ちがある。

 

 こんなとこまでオーダーメイドじゃなくていいんだよ。

 

「うん☆ 激かわだね☆ じゃあ行こっか☆」

 

「……はい」

 

 私達はファイナリスト専用の控室の扉を開けると――戦慄した。

 そこに居たのは――当たり前だが、あの準決勝を勝ち抜いたファイナリスト達だ。

 

“調月リオ”と“明星ヒマリ”――コンビ名『全チ全NO』

“錠前サオリ”と“槌永ヒヨリ”――コンビ名『兎+(バニタス)』

“陸八魔アル”と“浅黄ムツキ”――コンビ名『弁リヤ6800』

“砂狼シロコ”と“奥空アヤネ”――コンビ名『あっち向いて恋』

“才羽モモイ”と“才羽ミドリ”――コンビ名『電子姉妹(サイバーシスターズ)』

“池倉マリナ”と“安守ミノリ”――コンビ名『抗議(デモ)・抗議(デモ)・ダッテ』

 

 そして。

“下江コハル”と“聖園ミカ”――『仲ダシアイスブレイク』

 

 やはり、名だたるメンツが揃っている。

 残念ながら、シード枠と呼ばれたコンビはまだ姿を見せていないようだが、やはり意外性のある人物なのだろうか。

 

 プルルル。

 ネットニュースの通知が来たスマホを見ると、そこには敗者復活を勝ち抜いたコンビが記されていた。

 

“羽沼マコト”と“棗イロハ”――コンビ名『トンデモニウム・ソサエティー』

 

 なるほど、これは番狂わせだ。

 あそこで視聴者を味方につけて、復活を果たすとは。

 ……どうやらヒフミとアズサは、僅差で負けたらしい。

 

『さぁ、始まりましたM-1グランプリ――』

 

 番組が開始したらしく、司会の声が上部のスピーカーからポツポツと聞こえ始める。

 ……どうしよう。多分通例通りなら笑御籤(えみくじ)なるものを引いて、順番が決まるのだが――これが中々に曲者だ。

 

 コレのせいで心の準備――覚悟がまったくと言っていいほど出来なくなる。どうせ最終的には全員やるんだから、とかそんな次元の話じゃない。

 

 今なら、死刑囚の気持ちが鮮明に分かる。いつもの自分の口癖が今になってブーメランのように返ってきてしまっているのだ。

 

 ああ、多くは望まないからトップバッターは嫌だな。

 トップバッターはそれ以降の点数の基礎になってしまうため、点数が低く付きがちだ。私はトップーバッターで優勝してる組を殆ど知らない。

 

 ファーストペンギンが飛び込む海は、死海だ。

 

 しかし、最後のトリも嫌だな。

 厳密に言えば番組が開始したにも拘らず、姿を見せない『シード枠』がトリなのだろうが……その一個前は、正直インパクトで薄れるだろう。

 

 いや、こんなコンビ名はなるべくすぐに忘れて欲しいが――。

 

「記念すべきトップバッターは――『弁リヤ6800』です!!」

 

 ……ほっ、良かった。

 どうやらトップバッターは回避したみたいだ。

 

「ななな、なんですって〜〜ッ!??」

 

「あはは! 行くよアルちゃん! レッツゴー!」

 

 控室から勢いよく飛び出していった便利屋の二人は恙無く漫才をして――安定した高得点を獲得した。

 

 それから、私達が呼ばれるまで――CMも含めて長い時間が流れ、様々なコンビが呼ばれて控室を飛び出して行った。

 

 私達は、それを眺めていることしか出来なかった。

 

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「二人は言う――M-1とは、“喝采と嘲笑”である。類まれなる笑いの凶弾は、他のコンビを討ち果たす(+)か! この世の中に風刺を交えて弓を引く(−)事に、命を賭ける(×)漫才師! 彼女達の舌が回る(÷)時、会場は笑いに包まれる! “虚笑証明”――『兎+(バニタス)』の入場です!」

 

 ……………………なんか、ハナコ……ノリノリじゃない?

 もしかして……私達のコンビ名を呼ぶことに躊躇ないな、コイツ。

 

 ……仲ダシアイスブレイク、か。

 

 最低な名前だが、だからこそ私が背負うに相応しいのかも。

 そんなことを思ったりした。

 

 

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「二人は言う――M-1とは、“砂金”である。廃校となった学校を救うために――という哀しきアナザーストーリーは、優勝した後で! 今は何よりも、私達の漫才を楽しんで欲しい! 恋の駆け引き、目を逸らしたら負け。“オアシスリゾート”――『あっち向いて恋』の入場です!」

 

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「二人は言う――M-1とは、“オープンワールド”である。結成から十五年。双子にて無双。二倍の双眼で読み取る笑いの双曲線! 勝利のシナリオは既に執筆完了! 勝利のイラストはブラッシュアップ済み! “双子無双”――『電子姉妹(サイバーシスターズ)』の入場です!」

 

 

 

「そこでミドリにランプの魔人は告げたのさ!」

 

「おお! ランプの魔人はなんて言ったの? お姉ちゃん!」

 

「FATALITY…」

 

「もういいよ!」

 

「「二人合わせて、電子姉妹(サイバーシスターズ)でしたー!」」

 

 

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「まさかこの二人が手を組むなんて、誰が想像出来たでしょうか! ミレニアムの天才二人がタッグを組み、お笑いそのものを再定義、因数分解に微分積分の大判振る舞い! 緻密に練られた漫才は、ステージ上をバナッハ空間へと移項! 二人は言う――M-1とは『複素数』である。論理的でロンリー! ショーで掴む賞! “ロジカルラフ・メイカー”――『全チ善NO』の入場です!」

 

 

 

「それでですね、その自販機AIがこう言ったんですよ! 『ピピピッ……!! いやぁでも、やっぱ最近は頭までスッポリ入る低反発とか、全身を包み込む羽毛製の方が良いんじゃないスか?』ってね!」

 

「ちょっと待ってちょうだい! それはデカグラマトンじゃなくて デカマクラフトン(枕布団)よ!」

 

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 結局のところ、私達はシード枠の前座――最後になってしまった。

 笑御籤(えみくじ)で引かれるまでもなく、五分後に私達の漫才が始まってしまう。

 

 心臓が泣くほど痛い。脂汗が止まらない。瞳孔が震えている。

 やっぱり、覚悟しても怖いものは怖い。

 

『私たちの、青春の物語(ブルーアーカイブ)を!!』

 

「……ははっ」

 

 そうだ。それ(恐怖)がどうした。

 私は『主人公(ヒフミ)』を倒してこの場に立っているんだろ。

 ――だから、私は前に進める。

 

 ベロを回せ。

 脳を回せ。

 目を凝らせ。

 鼻を明かせ。

 背筋を伸ばせ。 

 

「……うん」

 

 パチン――指を鳴(な)らす。

 ……此処の音響がコレくらいなら、ステージでの声量は大体この五倍程度でいいか。

 

「あー、あー」

 

 あ・い・う・え・お――喉を慣(な)らす。

 よし、声はちゃんと出るな。体調管理も万全だ。

 

 最後に――気持ちを均(なら)す。

 私は、ミカさんの方を向いた。

 

「――相方って呼んでもいいですか?」

 

「……もちろん☆ コハルちゃん……私ね、コハルちゃんには感謝してるの☆」

 

「へっ?」

 

 突飛な事を言ってみたら、こちらも突飛な発言のオウム返しをされてしまった。

 ミカさんは私の頭を優しく撫でる。少しくすぐったいし、頭の羽を触られると不思議な気持ちになるのでやめてほしさもある。だが何故か、心地良かった。

 

「コハルちゃんのこと、一番の親友だって思ってるよ。

 私さ、こんな性格だから……『魔女』だから、今まで人を笑わせるなんて想像もしてなかった。 

 本当はね、優勝なんて夢物語だと思ってたんだよ。

 でも、コハルちゃんとネタ合わせをする内に、そんな感情は消えちゃった☆

 もし、私が魔女だとして――『人を笑顔にする魔法』があるなら、それを私は使ってみたい……かな☆」

 

 人を笑顔にする魔法――そんな魔法があったら、もっと世界は平和だろうな。

 私も、そんなミカさんの姿が見たい――側で見届けたいと思ってしまった。

 

「……私も最初は、いいところまで行ったら負けようって、負けてもいいやって思ってました。

 でも――今は負けたくないです!」

 

 ミカさんと拳を突き合わせて、ネクタイをキュッと閉める。

 もうクヨクヨするのは終わりだ。

 全身全霊全力全心――その先に、私達の存在を証明しなければならない。

 

「私達の勝利を――祈るね☆」

 

 私達は、一歩を踏み出して――部屋を出た。

 そこは異界であり、私達のホームだ。

 

「M-1グランプリ――ファイナリスト。トリニティ総合学園から来た『下江コハル』と、同じくトリニティ総合学園の元ティーパーティー『聖園ミカ』。立場が違いながらも同じトリニティで意気投合した彼女達は、結成一ヶ月という短さで決勝に進出!二人は言う、M-1とは――“天国”である。二人の天使の翼が織り成す掛け合いで観客を断頭台送りにする――昇天漫才がここにある! では……うふふ♡」

 

 

「“ダブルエンジェル”――『仲ダシアイスブレイク』の入場です!」

 

 

 前口上は、ここまでだ。

 さぁ、始めよう――私達の『青春の喜録(ブルーアーカイブ)』を!!

 

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「どうも~!」

 

 私達は、素早くセンターマイクまで移動し、ペコリと一礼をする。

 さぁ、ツカミだ――!!

 

「ゲヘナ学園は――殺します☆」

 

「キャアアアアアアアああああ!!??????」

 

 全力でミカさんの頭を叩く――このツカミの提案は、ミカさんのものだ。

 下手したらこのツカミで点数は地の底まで落ちるかもしれない――それを差し置いてでも、ここに破天荒なボケと振り回されるツッコミという共通認識を植え付けなければならない。

 

 クスリともしてない奴もいるが、過半数は笑っている。

 この笑いを見るに、そこそこ成功したと見ていいかもしれない。

 

 

「開始早々、何言ってるんですか!?? 折角の大舞台なんですし、真剣にやりましょうよ!」

 

 ここからはギャンブルだ。

 運を味方に――ではなく、運を敵に回してでもなお、私達がコント漫才を演りきれるか。

 私は小さく深呼吸を挟む。

 

 

「どうもー。私が『仲ダシアイスブレイク』の、アイスブレイク部分こと聖園ミカです☆」

 

 

「えっ!? じゃ、じゃあ私が『仲ダシアイスブレイク』の……なかっ、仲だッ― ―ああもう! エッチなのは駄目! 死刑! 下江コハルです! 宜しくお願いします!」

 

 ミカさんは軽い会釈で。

 私は深々と頭を下げた。

 ここの対比も、刷り込みの一部だ。

 

「なんか私達だけスーツで、ちょっと浮いてしまってるんですけど、温かい目で見てください」

 

「浮いてる?それって学校でのコハルちゃんみたいに?」

 

「言いすぎでしょ!?」

 

 

「まぁ、私達は天使二人の漫才ですから、浮くのも当然だよね☆」

 

 此処までがアイスブレイク――比較的長めだが、『全チ全NO』の超ロジカルシステム漫才の後ということを考慮しての結果だ。

 

「ああ……はい、そうですね。二人で『仲ダシアイスブレイク』と申します。名前だけでも覚えて帰ってくださいね!」

 

「じゃあ早速、ナポレオンフィッシュくらい賢そうなコハルちゃんに訊きたいんだけどね☆」

 

「よりにもよってバカそうな魚だ……! ナポレオンって名前にありますけど……別にあの魚、賢そうな見た目じゃないですよ?」

 

 今のは少し微妙だったか。

 ナポレオンフィッシュの知名度が低いのが悪いな、うん。

 

 

「――未来予知って、出来たらどう思いますか?」

 

「……未来予知、ですか。非現実過ぎて実感が湧かないですね……」

 

「なんと私の友達にね、未来予知が出来る子がいるんですよ☆」

 

「えっ!? そんな人がいるんですか!? でもいいじゃないですか、未来予知。未来が見えるって色々と便利そうですよね」

 

「それでね、私も未来予知できれば、きっと困ってる人を助けられると思うんです☆ 今日はその練習がしたいんだよね☆」

 

「困ってる人を助けてこそのトリニティ生徒ですからね!」

 

「はあ? 何言ってるの? 陰湿で卑怯な奴しかいないのがトリニティ総合学園に決まってるでしょ?」

 

「えっ、怖ぁ…… もしかして全部の学園を差別しようとしてます?」

 

「じゃあ私がコハルちゃんのとある一日を未来予知するね☆」

 

 私達のコント――その名は『未来予知』。

 

 あらすじ。

 未来予知の練習をしたいと言う聖園ミカは、とある日の下江コハルの一日を予言する。

 その一日は、果てしないほどの波乱が待ち受けていて……?

 

 という内容だ。ぶっちゃけ、決勝で使うには練度が足りないネタでもあるが、そこは割り切ろう。そうでもしなければ、ヒフミとの一戦は勝てなかった。

 

「あっ、はい。お願いします」

 

「――死ね」

 

「それ予知でもなんでもないですよね!???」

 

「じゃあ起動するね☆」

 

「……ん? 起動?」

 

「ピピピ……ガコン、ギシギシ……ズゴゴゴゴ……!」

 

「なんかアナログっぽい!? 超能力的なアレじゃなくて、機械が未来予知するんですか……!?」

 

「ピーピーピー!!! ジジジ! プスンプスン、カチカチ――エマージェンシー! エマージェンシー!」

 

「すっごい不安なんですけど!? 緊急事態(エマージェンシー)って言ってますよ!?」

 

「タスケテー! タスケテー!」

 

「うわ、日本語で助けを求めてきた!?」

 

「……ボキッ」

 

「ボキッ!? 今、絶対に取り返しが付かない音がしましたよ!? ……わ、私はあの機械を救えなかったのか……!」

 

「コハルちゃん、午前9時に起床」

 

「ああ、良かったぁ。ちゃんと未来予知は出来たみたいだ……ちょっと起きるのが遅いですね。休日かな?」

 

 

「四角い部屋を台形に掃く」

 

 

「掃除の仕方きもっ!? せめて丸く掃いてくださいよ!」

 

 

「……午後10時、就寝」

 

 

「え、終わった!??  私の一日これで終了!?  キモい掃除をして私の一日終わったんだけど!??」

 

 

「んん……? ごめん、コハルちゃん。もうちょっと良く視えてきそう……!」

 

「ああ、そうですよね。流石に休日にキショい掃除して終わりな訳がないですよね……では、お願いします」

 

 

「正午の12時――こっこれはッ!?」

 

 ここから物語は急変――。

 本格的にコント漫才へと移行する手筈だ。

 

 

「プルルルルル……カチッ! 『もしもしコハルちゃん!???』」

 

「あれ、ミカさん。どうかしましたか?」

 

「『ヤバイよ! 未来予知で視たんだけど、コハルちゃんがエッチなサイトを見たせいで暗殺者が来てる!』」

 

「武闘派のアダルトサイト!?? 最近のアダルトサイトってそんな物騒なんですか!? ますます広告ブロックが必要な世の中になってますけど……」

 

「……ま、まずいですよ。未来予知で何とか出来ませんか? そうだ、武器! 武器とか分かりませんか!?」

 

「視てみるね……なにっ! 気を付けて! ブォンブォンって釣り竿を振り回して来てるよ!!」

 

「えっと、多分だけど……私が引っ掛かったの、フィッシング詐欺じゃないか……!?」

 

 

「顔はナポレオンフィッシュに似てるね☆」

 

「馬鹿そうな暗殺者で助かったぁ……」

 

「コハルちゃん、十二時の方角から敵襲だよ……!」

 

「しょ、正面からくるタイプの暗殺者!?」

 

「3.14人……!」

 

「人数が円周率だ!?? 暗殺者は全員、文系だと思ってたのに……」

 

「四捨五入して――四人だよ!」

 

「なんで四捨五入できないのにしたんですか!?」

 

 

「来るよ――『アダルトサイト四天王』が、来るッ!」

 

「あ、アダルトサイト四天王……!??」

 

 ミカさんが表情をコロコロと変えて、四人分の四天王の虚像を演じる。

 

「『君の脳を解剖して……ふふふっ、研究に使わせてもらうよ』」

 

「『モルモットである君は、私の研究材料にすぎないのだよォ!』」

 

「『ふむ、なるべく心臓は傷つけずに解体しましょうか』」

 

「『オペしよう! オペさせてくれ! オペがまずは優先だ!』」

 

 

 

「えっ、四天王全員マッドサイエンティスト!? バランス悪っ! そこで統一感だすなよ!?」

 

 大きく笑いが起こった。

 良かった、四天王というワードは未だに現役か。

 ……三銃士にしなくてよかったと、つくづく思う。

 

「『私が“無免許医”の埼玉ショウコよ』」

 

「おおっ! かっこいい……! ブラックジャックみたいだ……!」

 

「『あたしが“闇医者”の岐阜メイコ』」

 

「……まぁ、闇医者っていうのは憧れちゃいますよね。ダークな感じがかっこいいですし」

 

「『我が“ヤブ医者”の山梨コズエです』」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「『どうした、ハードなアダルト動画を視聴した少女よ』」

 

「うわぁ最悪だ……履歴が漏れてる……えっと、全員、武器は『釣り竿』なんですよね?」

 

「『うん、そうだよ』」

 

「割とフランクだ…… じゃなくて、苗字がどれも海無し県なのが気になるんですけど!? いっつも何釣ってるんですか!?」

 

「『ここから先は……“医療ミス”の長野メイが通さないよ』」

 

「シンプルに手術が下手な人も居た……! 医師免許を取り上げられるべくして取り上げられた人だぁ……さっき、四天王の中でオペさせろって言ってたのに、普通に下手なのか……」

 

「『で、遺言はそれでいい? エグセキューションするね☆』」

 

 

「うわ、怖ッ!? 躊躇なく殺さないでくださいよ!  ……そうだった、この人達……これでも暗殺者だった。普通に怖い人達なんだった……こ、こんなの人権を侵害してますよ!」

 

「『……じんけん?』」

 

「え、生まれて初めて人権って聞きました?」

 

「『ていうか違法アップロードされたアダルト動画見てる奴が人権語るなよ。ふざけてんの? 権利を侵害しておいて、自分の身は守ろうとしてるとか馬鹿じゃないの?』」

 

「うああああ!? “医療ミス”の長野メイが口喧嘩強い! なんかヤダ! きっと今までも医療ミスを口先で誤魔化してきたんだろうな……」

 

 早口でまくし立て、言い終わると同時に大きく笑いがドッとあがる。

 正直ここはウケるか心配だったから、一安心だ。

 

「ミカさん! この状況はどうやって切り抜けたらいいですか!?」

 

「『私に任せて☆ まずは全身をT字にして!』」

 

「はい!」

 

「『そのまま、二回だけ首を前に振って!』」

 

「ぶん、ぶん。 こうですか!?」

 

「『後は尻でワープして、セーブしたらカセットを抜くだけだよ!』」

 

 

「何の話ですか!??」

 

「『うわぁ……こんな奴、殺す価値も無いわ』」

 

「私に呆れて帰っていった……!? 結果オーライですけど……なんか違う気が……」

 

「午後8時、疲れた身体を癒すため、コハルちゃんはサウナ付きの銭湯へ向かうよ☆」

 

「ああ。いいですね、サウナ。折角だし、ここもデモンストレーションしておきましょうか」

 

 その場で足踏みをして、手で暖簾を潜る動作をしてみせ、役に入り込む。

 

「ふぅ、やっぱり疲れを癒やすには銭湯よね。あれっ? ここってサウナもあるじゃない」

 

「ようこそ、ここの銭湯へ☆」

 

 引き戸を引いた先に居たのは……背筋を伸ばして正座の体勢を取ったミカさんであった。

 

「あっ、ここの銭湯を経営してる主人ですか。こんにちは!」

 

「ええ。私、ここの主人の、エビ・エシュフと申します☆」

 

 

「アビ・エシュフじゃなくて!? 魚介っぽい名前になってますけど……」

 

 

「ええ、旦那である海老江の妻として、この銭湯を切り盛りさせてもらってます☆」

 

「えっ、海老江主婦(エビ・エシュフ)!?  海老江さんの主婦だったんですか……!? 変なところで区切らないでくださいよ……!」

 

 

「ここのサウナへの入浴をご希望で?」

 

「あっ、はい。でもここのサウナって数が豊富で中々選べないんですよ。おすすめとかありますか?」

 

 

「でしたらこの、『電気椅子サウナ』がイチオシですよ☆」

 

「心電図が整っちゃーう! もういいわ!」

 

「「どうも、ありがとうございました!!」」

 

 

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 漫才が終わり、私達はステージ上、審査員の前で二人揃って待っていた。

 審査員は――“先生”と“小鳥遊ホシノ”と“天地ニヤ”と“剣先ツルギ”と“生塩ノア”と“百合園セイア”と――“空崎ヒナ”の七名。

 

 現在の一位は『全チ全NO』――『660点』

 現在の二位は『あっち向いて恋』――『655点』

 現在の三位は『トンデモニウム・ソサエティー』――『648点』

 

 私達が決勝に行くには、最低でも『648点』の壁を越えなければならない。後に控えているシード枠の事も考えれば、『655点』以上も狙って行きたいが……。

 

「では♡ ……ふふっ。『仲ダシアイスブレイク』のお二方は、どうでしたか?」

 

「……もう後悔はないですね。出し切りました」

 

「うん☆ 私も概ね同意かな☆」

 

「さぁ♡ それでは得点の発表です!」

 

 “先生”――『97』

 

 “小鳥遊ホシノ”――『94』

 

 “天地ニヤ”――『93』

 

 “剣先ツルギ”――『95』

 

 “生塩ノア”――『91』

 

 “百合園セイア”――『94』

 

 よし!

 ここまでの点数は『564』点、かなり順調だ――と思いかけて、私は硬直する。

 

 次の審査員――空崎ヒナは、ゲヘナのトップだ。

 

 私達のツカミは……ゲヘナとしての、彼女の機嫌を大きく損ねるものであった。……クソッ、明確な悪手だった。せめてツカミでも変えてれば……そう思わざるを得ない。

 

 機嫌を悪くした彼女が、もし『30』点でも付ければ……その時点で私達は――敗退だ。

 息を呑み、私は祈る。

 

 ミカさんは、至って自然体だ。

 

 最後の電光の板が回転するのが、厭に鮮明に目に映って――。

 

 “空崎ヒナ”――『97』

 

「……ほぇ?」

 

 理解が追いつかなかった。

 自分でも分かるくらい、気の抜けた声だったと思う。

 

 予想以上というか、嬉しい誤算と言うべきか、私は放心状態になった。

 ――ん? いや、待てよ。この点数を合計点に足せば……馬鹿な私でも分かるぞ。

 この点数は……!

 

「おお♡ ヒナさん、随分と高い点数ですね♡」

 

「ええ、初手でゲヘナに対する殺害予告は看過できないけど……まぁ、リカバリーが上手かったわね。

 あそこで、振り回されるツッコミと、自由奔放なボケの構図を作り出せたのは見事と言わざるを得ないわ――」

 

 その後、続くコントに対する講評も、上手く頭に入らなかった。

 呆然と、終わった後の後味を――味のなくなったガムの面影を求めて、噛み続けた。

 

 ハナコの横顔を見つめていると――彼女は、流し目で私に目配せした。

 その色気に、一瞬頭がボーっとする。

 

「ということは……『仲ダシアイスブレイク』――『661』点! 僅差で勝ち取りました! 只今の順位――『一位』です! 三位の『トンデモニウム・ソサエティー』は、ここで敗退となります♡」

 

「……え?」

 

「わーお☆ さ、コハルちゃん。一位の席に座りに行くよ!」

 

 ミカさんに手を引かれて、私は王者の椅子へと座りに行く。

 未だ、その実感を幻と思い込みながら。

 

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 一位になった。

 これが王者の椅子――ふかふかだ。

 

 しかし、油断は大敵だ。決勝一位がそのまま最終決戦を優勝するパターンは意外と少ない。

 この後には――シード枠の人物も残っている。

 

「さぁ、最後のシークレットシード枠、気になってる人も多いのでは無いですか♡」

 

 ……いやいや、おかしいだろ。まだ先生が帰ってきていないのに、シード枠の紹介を始める気か?

 

 ……よく見れば、先生が居た席には、タブレットがポツンと置かれている。

 急な出張の用事が入ったから、リモート参加か? 

 しかしそれも腑に落ちない。

 

 …………いや、いやいやいやいやいや!!!!!!

 そ(・)れ(・)はあるのか? だが、それしか考えられない。

 ……クソッ。だとしたら、最終決戦を勝ち抜くのは絶望的だ。

 

「お祭り運営委員会の代打として参加した――この人物を、知らない生徒はいない! シャーレの顧問であるこの人物と――まさかあの人物が漫才をするなんて! 聖人と怪人が紡ぐ大人への螺旋階段! 二人は言う――M-1とは『責任』である。さぁ、子供に対して大人がお笑いの教鞭を取った!  “先生”と“黒服”――『アダルトチルドレン』の入場です!」

 

 私は、その時に諦めてしまったのだろう。

 隣で顎に手を置き、神妙な顔をしているミカさんを置き去りにして、勝負を降りていたのかもしれない。

 

 でも、仕方が無いのだ。

 幼い頃からお笑いを見てきたというアドバンテージで、私が勝ち上がってこられたのなら、先生は――その年季が違う。

 

 予想通り、先生は私達を越えて一位となり、続く最終決戦――私達『仲ダシアイスブレイク』と『全チ全NO』には一票ずつ入り、その他は全て『アダルトチルドレン』に票が入り、結果的に優勝したのは『アダルトチルドレン』だった。

 

 私達のM-1は――ここで終わった。

 

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 私達は、トリニティへの帰路についていた。

 

 電車に乗ればもっと早く帰れたのかもしれないけど、ミカさんに「少し歩こう☆」と言われた為、私は今こうして歩いている。

 

 最終決戦に進んだ優勝者以外の私達コンビには、六十万が支給された。ミカさんと私ではんぶんこにして、三十万を獲得した。

 

 お金を稼ぐって、大変だなと思った。

 

「……あ、あそこの公園に行こっか☆」

 

「……はい」

 

 私達は、道中で目に付いた公園に入って、ベンチに腰掛けた。

 ミカさんは自販機で飲み物を買ってくると言って、席を外してしまった。

 

 少し深呼吸をして、辺りを見ると――電灯の微かな明かりが、誰もいないブランコや滑り台を照らしている。

 

「……きれい、だな」

 

 誰にも使われていない遊具は、月明かりを孕んで、優雅に光り輝いていた。

 それに見惚れていると――頬に、温かい感触が灯る。

 

「……ミカさん」

 

「コハルちゃん、おしるこ好きだったよね?」

 

「……はい」

 

 ミカさんは、私の隣に腰を降ろした。

 月下に佇むミカさんは、やはり美しかった。

 

 月下美人といって差し支えないだろう。

 いや、もはやこの美貌は月面の上に立っているのかもしれないな、なんて思った。

 

 私は、おしるこを手で弄りながら、下を見る。

 何を言えばいいか、分からなくて、自然と詭弁が口から出る。

 

「……知ってますか?

 二ヶ月後に、キヴォトス全域で大きなお祭りをするみたいですよ。

 多分、先生が獲得した優勝賞金で、ですよね。

 いやぁ、楽しみですよね。私がお金を持ってても、何の意味も無いですから。

 支援金もスポンサーの商品も、全部の学校に平等に分配されるらしいですしね!

 添い寝の権利はあの『黒服(?)』とかいう『人(?)』に取られちゃいましたけど、まぁどうでもいいですよね。

 というか、そもそも一ヶ月じゃ無理がありましたし。

 でも、良かった。

 このお祭りで、たくさんの人が笑顔になるって考えたら、私は…………私達は、だから、その、負けても仕方ないのかなって――」

 

 口をついて出るのは、やはり詭弁だらけだ。

 こんな事、思ってもないし言いたくもないのに。

 

 歯止めが効かない。回りだした歯車は、誰かが止めないと――だけど、この詭弁も私の一部だ。

 これも、本音だ。私には曝け出させてやらねばならない義務がある。

 ならばそれを止めるべきは私じゃなくて――。

 

「――コハルちゃん」

 

「……はい」

 

 ミカさんが、優しく諭す声でそう言った。

 

 私も、自然と背筋を伸ばしてしまう。

 背中の羽も、ピンと張ってしまった。

 ミカさんは、少し上を向く。

 

「私は、挑戦した事を後悔なんてしてないよ。

 だって、色々な事が学べたしね☆

 ゲヘナの生徒もトリニティの生徒も、関係ない――どっちも笑った顔が素敵で、そこに貴賎も優劣も無いんだよ。

 あるのは――笑顔だけ☆

 人を笑わせるっていうのが、ここまで晴れ晴れとした気持ちになるとは思わなかった☆

 こんな単純なこと、もっと早くに、気づくべきだったかな☆」

 

「……そう、ですか……」

 

 今回のこの一件で、ミカさんは成長したのだろう。

 私としても、それは素直に嬉しい。

 

 だから、別に勝てなくてもいいのだ。

 最初から、勝てなくたって悔しくない。だって私達は一歩前に成長したのだから。

 試合には負けたが――勝負には負けてない。

 そう、自分に思い込ませた。

 

「だからさ、コハルちゃん。

 我慢なんかしなくていい。

 その先の意味なんて追い求めなくていい。精神が強くなくたっていい。

 それを私達が乗り越えるには、まだ少しだけ時間が必要なだけ。

 だから『相方』の私に……私だけに教えて欲しいな、コハルちゃんの――本心を」

 

 本心。

 私の、本心。

 そんなもの、ない。

 それでも一生懸命絞り出してみると――ポツリポツリと言葉が溢れ出す。

 

「…………あ、わ、私。ミカさんに勝利をあげたくて……」

 

「……うん☆」

 

 こんなに弱い姿を、見せたくなかったのに。

 でもそうだ、私は弱いんだ。

 隠しても、取り繕っても、それは事実として鎮座している。

 

 ああ、駄目だ。涙が、溜まる。

 言葉だけでなく、涙も溢れ出しそうだ。

 

「で、でも……負けちゃって。

 ミカさんが……ミカさんの覚悟を、私は無駄にしたくなくて。

 一歩を踏み出す怖さは知ってるから、応援したくて……勝ちたいって、そう思って……ヒフミとアズサにも、勝つって言ったのに、負けて……う、ぅぅ……く、悔しくて。

 一生懸命頑張っても報われないことくらい、知ってたのに……何も知らない私に、何の取り柄も無い私に、それでも神様が最後にチャンスをくれたんだと思い込んじゃって……。

 でも、それはやっぱり思い込んでただけで……。

 やっぱり、私は……私は――勝ちたかった!! 何も出来ない私でも――誇れるものが欲しかった!!」

 

 ちゃんと言えた――私の本心。

 やっぱり、勝ちたかったんだ。

 

 誰にも見つけられない、誰にも侵害されない、ミカさんと自分の居場所を――秘密基地を見つけた気になったんだろう。

 

 でもやっぱり私は馬鹿で、落ちこぼれなのだ。

 考えなしの無謀だけが取り柄の――ただの劣等生だ。

 お笑いに、光を幻視した気になっていただけだ。

 

「……そうだね☆ 私も勝ちたかったよ。

 でもね、コハルちゃん。私は、今回の結果に満足してるよ。

 皆に知らしめる事が出来たからね。

 『どうだ、私の相方のコハルちゃんは凄いだろ』って、堂々と胸を張って言えたから☆

 ほら、そんなに泣いたら可愛い顔が台無しだよ☆」

 

「……は、はい」

 

 ミカさんの持参していたハンカチで目元を大きく拭われる。

 泣き腫らした眼は、それでも涙腺の残りの涙が頬を伝いそうになり――袖でそれを擦る。

 

「……ねぇ、コハルちゃん。空を――空を、見てごらん☆」

 

 ミカさんは、大きく空中に指を指してそう言った。

 涙が止み、目を擦ったせいか私の視界は少しばかりのボヤけと暗闇を経て、空へと視線をやった。

 

「空……を――」

 

 そこに広がっていたのは、息を呑む程の雄大な星空だった。

 黒みが差したコバルトブルー色の空は、静寂の中に神秘性を散りばめている。

 その神秘性を、人々は『星』と言い表し、その漂流に人は美を感じるのだろう。

 今まで、意識してもなかった――星というのは、こんなに美しいのか。

 

「じゃあ願い事、考えてね☆」

 

「えっ? 今日は流れ星でも降るんですか?」

 

 突然のもの言いに、私は驚いて問いかけた。

 質問されたミカさんは、何やら準備運動をしていて、眼をあちこちに動かして悩んでいるようだった。

 

 言い淀むというよりかは――適切な表現を探しているようだ。

 そして、口を開く。

 

「んー、降るというか――降(・)ら(・)せ(・)る(・)、かな☆」

 

「……え?」

 

 訊き返そうとしたが、ミカさんは拳を大きく握り、天に突き出し――そして掌を開く。

 その所作に美を感じた私は、思わず言葉を忘れた。

 

 聖園ミカの――ティーパーティーとしての威厳がそこにはあった。

 そりゃあ、この人の後継なんて見つかるはずもない。

 こんなに見る人を魅了する、最高の色気と威厳と無邪気さを併せ持つ人の後継なんて――。

 

 この星空の下だというのに、彼女は一等星よりもよく輝いていた。

 ミカさんはきっとこの暗澹とした空を照らす――無邪気な夜の希望なんだろう。

 そんな素敵な人が、私の『相方』だ。

 

「じゃあ――祈るね☆」

 

 祈り。

 ミカさんの右手が虚空を掴んだ次の瞬間――轟音と共に隕石が、空を駆けていく。

 私はその事実に面食らいながらも、急いで願い事を考える。

 

 流れ星って、二礼二拍手一礼とかいらないよな?

 一応、両手の皺をパチンと合わせて、呟く。

 

「「次回のM-1グランプリは優勝できますように――」」

 

 奇しくも――というより、コンビなんだから当然に。

 ミカさんと願い事の内容が被った私は、目を見合わせる。

 確か三回言わなきゃならない筈なのに、お互いに笑ってしまい、隕石はその間に通り過ぎてしまった。

 

「……あ」

 

「……ふふっ☆ 考えてることは同じだったね☆」

 

 願いを星に託した私達は、準備をして公園を離れる。

 おしるこを飲み干した私達は、公園を出てトリニティへの帰路に着くことにした。もう夜も遅いのだ。早く帰らなくてはならない。

 

 不思議と気持ちが晴れ晴れとしてる私に、ミカさんは何歩か前にちょいっと出て、可愛らしい動作で振り向いた。

 

「私、セイアちゃんに言われちゃってさ☆ 三十万っていう端金じゃ、トリニティに寄金できないらしいよ☆ 個人が学校に寄付するのは最低百万からなんだって! すごいよね☆」

 

「……はぁ、そうなんですか?」

 

 流石トリニティと言わざるを得ない。

 百万円から寄付可能とは、それはそれは見上げた根性だ。

 だったら赤い羽根募金的なあれも駄目なんじゃないかと思うが、そこはそういう催しだから仕方ないのだろう。

 

「だから、このお金が私達の出発金だね☆」

 

 笑顔で言ったミカさんに、私は同じくらいの笑顔を作った。

 遍く奇跡の出発点――それは、誰にどのタイミングで来るかも分からない不明確で不明瞭な代物だ。

 

 でも、私にとっての出発点は、多分ここだ。

 奇跡の軌跡は、常に私の側に居た。

 その名前を――『聖園ミカ』と呼ぶのだろう。

 

「……はい、これからですもんね」

 

 そうだ。

 挫けても、挫折しても――それでも人生は続く。

 前を向けない時だって、あるだろう。

 

 それでも――前を向かずとも、一歩は進める。

 人生の先のことなんて、前を向いても、前を向かなくとも、分からない。

 暗闇の中、手探りで歩んでいくしか無いのだ。

 

 それを『無謀』というのだろうし、それを『勇気』と呼ぶのかもしれない。

 

 けれど、歩いた道のりには名前が付く。

 私はそれを――こう呼ぶ。

 

「私達の――『青春の喜録(ブルーアーカイブ)』を!」

 

 未だ昏いこの空にだって、時間が来れば蒼く染まる。

 だったら――私達の物語はこれからだ。

 

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 あれから、十五年後――。

 私達は色々な所に漫才をして回り、手に入れた賞金を元に化粧品の会社を立ち上げた。

 ミカさんが社長で、私が秘書である。

 

 色々と振り回されることも多いが、上場企業の仲間入りをしたり、キヴォトスでも有数の企業に成長した。

 

 社長がミカさんという、割とちゃらんぽらんな事もあって代表取締役はヒフミに一任している。

 というか、この業績向上は殆どがヒフミの人脈が成した技である。

 

「さぁ! 第十六回M-1グランプリの審査員は錚々たるメンツが揃ってきています!

 第一回のチャンピオンである『アダルトチルドレン』の“黒服”さんと“先生”に加えて、現在キヴォトスで教師を務めている“小鳥遊ホシノ”さんも席に着き、なんと! キヴォトス総合理事であり、M-1の創始者でもある“浦和ハナコ”さんも審査員枠に参加した異例の今大会!」

 

「なんと! この方も来ていらっしゃいます!」

 

「今までのM-1史上、最も激戦と呼ばれている第二回M-1グランプリ――王(・)者(・)。

 キヴォトスの歴史で最高の漫才師と呼ばれた女性――“下江コハル”さんの入場です!」

 

 私の今は――今でも、たまにミカさんと漫才をしに行ったりする。

 私の人生が変わったあの日――今の私は、見守る側となった。

 

 青春は移り変わり、夏へ。そこから秋を越えて、いつかは冬になっていくのだろう。

 どれだけ四季は巡れど、私はあの日の青さを――あのコバルトブルーの星空を忘れることはないだろう。

 

 

*1:
M-1の予選一回戦目で、MCの記憶に特に残ったコンビに贈られる賞

*2:
中央に置かれているスタンドマイクの事




〜あとがき〜

 ……コントというより、口上がやりたかっただけじゃ。
 コハルちゃんかわいいですね。叡智です。
 読んでいただき、ありがとうございます。あとがきです。
 『誰だよ! この読後感を何処の馬の骨とも知らねぇ奴に渡してたまるか!』と思った方は、飛ばしていただいて構わないです。

■
 お笑いと小説って、ちょっと似てませんか?
 いや、似てませんよね。全くと言っていいほど、似通っていません。
 むしろ数あるエンタメの中でこれほど似てないものはありません。

 お笑いって、言葉を使って独自の間を使ってダイレクトに『表現』するもので、小説っていうのは文字を書き連ねはしますが最終的には読者の『想像』に任せるものです。
 だから似ているのは『共通要素』だと思います。

 言葉を喋るのも、文字を打つのも、画を描くのも、誰かを真似るのも、皆が出来る人間の基礎技能で――その発展が芸術だと考えると、なんだかワクワクしますよね。
 そういうつまらない話でした。
■

……もしかして、上の文章も読んでくれました?
ありがとうございます。

ここが面白かったとか、この表現が良かったとか、全体を通した一言とかを感想で教えてください!
全部読みます!
出来れば……そのぉ……ふふっ、下品なんですが……評価とかも……お願いします。

では、また〜。

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