ライン方面従軍記   作:鬱展開/曇らせ好き

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今回から主人公視点です。
前話あとがきの通り、漫画版準拠です。


ラインの護りI

 

 

「『白銀』 ターニャ・デグレチャフ魔導少尉です。よろしく戦友諸君」

 

 

中隊長に小隊長の紹介のためと、待機を命ぜられてから小一時間後。

皆緊張している中現れた上官は、私の半分ほどの身長の幼女だった。

 

その言葉が発せられて、一瞬場が静まり返った。それは、そうだ。

二つ名持ちが部隊員となるだけなら「あれがかの白銀か…」などと、ざわつきもするだろう。

 

しかし現実はどう見ても年下の女の子。目を疑うのもわけはない。

 

私もてっきり、南方とかから派遣された上官が来ると――

 

「クルスト・フォン・バルホフ伍長、イーダル=シュタイン幼年C大隊第一中隊より参りましたっ!!」

「ハラルド・フォン・ヴィスト伍長、同じくイーダル=シュタイン幼年C大隊第一中隊より着任いたしました」

 

その声が聞こえてはっとした。いけない。あっけにとられていた。

私も自己紹介をしなければ……

 

ちらと私と同じく女性魔導師の、隣のセレブリャコーフ伍長を見やる。彼女も小隊長の容姿に釘付けになっていて、私の視線に気づいている様子はない。

 

「ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長、イーダル=シュタイン幼年D大隊第三中隊出身であります」

 

それでも特に間は空くことは無かった。

彼女も私と同じく、D大隊(徴募組)だという。それでも私とは出来が違う。立ち位置が逆だったら、催促されてしまうぐらいには不自然な静寂が場を包んでいたんじゃないか?

 

 

「イ、イングリット・ウェーバー伍長…です。カ…カールーエ*1幼年D大隊第三中隊…から参上しました」

 

第一声がうまく出ず、少し詰まってしまった。どう言おうか迷い、変な言い方になってないだろうか?

 

見た目にそぐわない鋭い目つき。

今言わなければならないことは言い切ったはずなのに、「たったそれだけか?」と詰められているような錯覚を覚える。

本当にそう言われたらどうすればいいか全くわからない。ただただ、緊張感で心臓の鼓動が早まっていく。

 

 

「貴官らの義務に対する誠意に敬意を示そう。セレブリャコーフ伍長、そしてウェーバー伍長」

 

少尉から発せられた次の言葉は、叱責の言葉や疑義の言葉ではなかった。

 

褒められた?言葉通り尊敬された?それとも徴募組であることを皮肉られた?

いや、最後のものは無いか。私がひねくれているだけ…だと思う。

 

「そして好き好んで志願した両名」

「志願したのだ、間違っても徴募組の両名より先に死ぬなよ」

 

 

 

少尉は何を言っているのだろうか。

 

皮肉のようなことを言われたのは、迷いなく返答した2人の志願組。

緊張感を持たせるため?でも私にはすでに緊張感と自信を併せ持っているように見えたのだけど。

 

ひとまず、私から矛先は逃れたと安心――

 

「一言言っておく」

「帝国は無能な士官候補生を養う余裕などない。それは害悪ですらある」

「祖国に詰め寄り軍衣を纏った以上は相応の貢献を為せ」

「為せぬ無能なれば…死ね」

 

――できなかった。

 

私を含め、新人は皆呆気にとられ、今度こそ静寂が場を支配した。

私のときに止まらなくて良かった…なんて、言っていられるような場面ではない。

 

 

要するに、少尉は「私の足を引っ張ってくれるなよ」と言っているのだろう。そして引っ張るぐらいなら邪魔だから死ね、と。

 

無能な魔導師を養う余裕などないというのは事実なのだとしても、本当に余裕がないのならば、そのような無能ですら使わざるを得ないのではないかと思う。実際、()()のある私すら…というより、単純に卒業直後の新兵が前線に送られているわけだし。

……卒業前じゃないだけマシ、というわけなんだろうか。

 

 

「さて諸君」

 

誰もが(もちろん志願組を含めて)返答できない中、少尉は中隊長と少し確認を取ったあと、語り始めた。

 

「速やかな装備点検の後、野戦装備にて集合。そこらを散歩でもして、親睦を深めようではないか」

 

その言葉を聞いて、身体が固まる。

とうとうこの時が本当に来てしまったのか、と。この期に及んで私の脳は、「夢なら早く覚めてほしい。何かが起きて、行かなくてよくならないかな」と考えている。

 

 

しかし、胸の奥に走る悍ましい感覚。夢では感じたことのない、言葉に言い表せない気持ち悪さとこの場の空気感が、これは現実なのだと私の理性に働きかけている。

 

「ああ、心配しなくてもいい。言葉通り、"散歩"をするだけだ。流石のわたしも、初めから魔導師としての任務をさせようとは思っていない」

私の方を向きながら(本当にそのつもりだったかはわからないが)、少尉はそう言った。

 

……その言葉を聞いて、少し安心した。他の伍長らも少しは緊張が解れたんじゃないだろうか?

魔導師として問題のある私をどうするのかも、元々決めていたのかもしれない。待たされている間に、説明や今後の方針も決めていたのだろう。私には、こんな問題児をどうすればいいのか皆目検討もつかない。

 

ただの問題の先送りだとは少し思ってはいるけど、今は今のことを考えよう。

私の方に軽く目を向けてきたセレブリャコーフ伍長とともに、少し顔をほころばせた。

 

 

 

……もちろん、この恐ろしい少尉の言葉を真に受けた私は、一瞬で後悔する羽目になる。

 

 

 

 


 

 

 

帝国西方方面 共和国国境

ライン戦線防御陣地

 

「総員弾着注意!!口を空けておけ―!!」

「次弾装填急げ―!!もたもたしてると爆撃機が来るぞー!!」

 

 

神よ。懺悔いたします。戦場(しかも最前線)だというのに、少しでも安心した私が間違っていました。

 

少尉の言っていた散歩は確かに、敵地浸透のような魔導任務ではなかった。空を飛ぶことも無いし、術式を使うこともない。歩いている、という意味では確かに"散歩"だった。

……最前線の塹壕内の、という部分を除いて。

 

術式は防殻術式を含め、特に使う必要は無いと任務直前に通達があった……が。

まさか、()の方に合わせてくれるとは思わなかった。

 

「両伍長走れ!次はここらに落ちるぞ!塹壕内でも、至近弾をもらったら如何に魔導師とて圧死だ!」

 

後ろから、少尉の急かす声が聞こえる。そんな事を言われても、先程までとは比較にならない恐怖を直に浴びさせられ、身体が強張っている。泣き言を言っているわけでは無いけれど、訓練の時の全力疾走のようには走ることが出来ない。

 

「しょっ、少尉殿、も、申し訳、あっ、ありませ、」

「口を動かせる余裕があるのは結構だが、それよりも先に足を動かせ!」

 

辺り一面に爆発音(と微かに聞こえる怒号)が鳴り響く。

その中でも、少尉は集積地に居たときと同じ……ではないが、焦っている様子や恐怖を感じている様子などまるで無い。

 

「はっ、はい少尉殿、しっ、しかし…」

「砲撃や爆撃が怖くて身体が言うことを聞かないとでも言うつもりか?ああ、痛みが怖いのであれば痛覚遮断術式を用いておくと良い。ウェーバー伍長でもできるだろう。まあ、そうすると腕が吹き飛んでいても気づかないかもしれないがな」

 

……少尉にはお見通しのようだ。私はそれ以上言葉を続けるのをやめ、黙って再び前進をすることにした。泣き言を言っているつもりは無かったが、言い訳をしようとしていた時点で今にも逃げたしたい気持ちが表面に出てしまっていたようだ。

 

 

ただ、魔導の関係ないここでなら、「自分だけできない」ものを忘れさせられる。

幼年学校にいた3年間、一度も防殻術式を"私だけ"使えなかったという事実を。

 

この場において、私は余裕がある(らしい)分だけマシな方だと無理やり認識し(思い込み)、私の後ろにはかの「白銀」がいらっしゃるから大丈夫だ、と自分自身を鼓舞する。

 

私の前には同じく徴募組のセレブリャコーフ伍長がいるが、先程からなんとか進めてはいるものの、少尉の言葉に返事ができない程に余裕がなさそうだ。私よりも細そうな身体なのだから、体力的にも、精神的にも辛いのだろう。少なくとも、体力面では比較的優秀な私の身体に感謝を覚える。

だが、他の志願組の2人はそのようなことを言われることは今のところ無い。こういうところが志願組と徴募組の違いなのだろう。

 

 

「あっ」

前からその声が聞こえたと思ったら、すぐに人が倒れる音がした。一瞬頭が真っ白になりかけたが、すぐ起き上がろうとしているところを見るに、セレブリャコーフ伍長がただ転んだだけだったようだ。

 

――が。

 

「あぁっ!あ!!あぁあ、ああ!!」

 

すぐさま、起き上がった伍長の絶叫が響いた。

 

何事かと、冷や汗が流れるのを感じながらも再度警戒を深め、伍長が向く先に私も視線を向ける。

その先には、塹壕の木板の色とは程遠い、真っ赤な色の液体。その未だ流れ出ている元を辿っていくと、気味の悪い管のようなものや、私達の服と同じ色が見える。一番上にあるべきはずのものは、千切れたように無くなっている。

 

 

一単語で言うならば、ただの"死体"と化した兵士が有った。

 

 

「セレブリャコーフ伍長。みっともなく騒ぐな。……これが戦場だ。有意義な()()任務になったな」

 

そう少尉は言うが、これを初めて見て冷静で居られる人間というものは居るのだろうか?

未だ滴り落ちている血が、この人がつい先程まで生きていたということを示している。鳴り響いていた爆音のうちの一つが、この付近での爆発だったのだろう。

 

 

もしかすると、このような姿になっていたのは私の方だったのではないか?

どこで、誰が最期を迎えてもおかしくない。そのような場所に居るのだ、私の生命は今日で終わりなのかもしれないのだ、と頭の中で結び付けられてしまう。

私が常々感じていた、「死」というものが、もう目の前にあるのだ、と。

 

「……ッ」

()()の開始まで薄々感じていた不安感などとは比較にならず、胃の奥から何かが込み上げ、喉の奥が焼かれるような痛みを感じる。喉より上までは来なかったのは、今日は食欲が全くわかず、ほとんど何も食べられていなかったからかもしれない。

 

「わたしも初めから無反応でいられるとは期待していない。だが、何度もこのような醜態を晒す者は兵士とは呼べない。ウェーバー伍長、貴官は多少は余裕があるだろう?何か言ってやったらどうだ?」

 

は、はい少尉殿。

 

「……ウェーバー伍長。爆音で鼓膜がやられたか?まだそれほどまでに近い着弾は無かったはずだが」

「は、はい。い、いいえ少尉殿…聞こえております」

 

しっかりと言葉に発したつもりだったが、微かに空気が漏れるだけで、声になっていなかったようだ。私は、恐ろしいものに直面したときには泣き叫ぶのではなく、何もできなくなるタイプだったみたいだ。

……もちろん、知る状況になどなりたくはなかった。

 

「そうか、ならいい。さて諸君。比較的安全な所で、この空気感にも慣れてきただろう」

「此処から先では敵歩兵が浸透し始めていると推測される。敵はわたしの様には待ってはくれないぞ?心せよ」

 

その言葉を聞いて、固唾をのんだ。精神的も、私達の声帯(実際に声に出したのはセレブリャコーフ伍長だけだが)も悲鳴を上げているのに、まだ絶望はこれかららしい。

 

涙が込み上げてくる。一週間前…とまでの贅沢は言わないが、昨日のこの時間に戻りたい。

そして、この場所ではないどこかに逃げ出したかった。家に帰り、数年前の静かな暮らしに戻りたかった。

 

 

 

――せめて、私の命はどうかお助けください。普段から信心深いわけではないんだけれど、このときばかりは、心の中で真摯に神に祈った。

 

 

 

 

*1
独自設定




2週間ぐらいかけてちまちま書いていたので、すぐに矛盾点が出ていたらすいません
というか既に主人公ちゃんの性格がぶれているような気もしているし、書いている途中で展開を普通に初期のイメージから変えてます
最初に自分語りシーン入れようかと思ってましたが、そうするとなんか展開がグダグダするような気もしたんですよね

あと一話につき何文字ぐらいがいいんですかね?読む側としては多ければ多いほどいいような気もする一方で、しおりとかを考えると途中で区切る方がいいような気もする

とりあえず一日ほど失踪予定です
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