ライン方面従軍記 作:鬱展開/曇らせ好き
「さて新兵の諸君。十分歩いて身体も温まってきたことだろう。これから実戦に入る」
早速少尉は志願組の2人を含めた私達にそう言い放った。
魔導任務ではないとしても、前線任務ならば十分実戦の範疇なのだと思っていたのだが、少尉にとっては比喩なしに"
むしろ、これまでを実戦と言わずに何と言うんでしょうかと文句を言いたくもなったけれど、どうせろくな事にはならない。流石にそれぐらいはこの状況でもわかる。ファーストコンタクトがああだったのだから。
「……どうかしたかね諸君?まさか、既に実戦だとでも思っていたのか?まだ生きた敵兵にすら会っていないだろう」
確かに、と少し納得してしまった。これまでの時点で泣きそうに(というより実際とっくに泣いてしまった)なっているのに、こんなものは序の口らしい。
……こんな事を言われるなんて、表情が少し変わっていたのだろうか?目を向けられていたような気がする。でも、他の伍長らも私と同じ気持ちだとは思う。流石に気のせいだろう。
「此処から先では対歩兵戦闘が予測される。何、相手は魔導師や戦車ではない。さらには、入り組んだ塹壕内では銃撃の猶予も無いだろう。であれば、術式を用いることができる我らに利がある」
初戦闘前に、緊張し過ぎないように少し安心させようとしてくれているのだろうか?でも、少尉のことだから何か裏があるのではないかと邪推してしまう。
「そう、戦場に
「ぇ……、は、はい少尉殿。ご配慮いただきあ、ありがとうございます」
いや、わざわざ名指しで聞いてくれているということは、私に本当に配慮してくれていたのだろう。少尉も人間なのだから、常に裏があるとは限らないはずだ。
セレブリャコーフ伍長が目を丸くしながら向けてきたが、同輩のことを聞かされていないのだろうか。まあ、私も他の伍長らの事を簡単な自己紹介程度しか知らないのだけれど。
そして、あといくつかの注意事項を聞いたのち、再び移動を開始した。
「足音などからするに、この先に1班ほどの歩兵が居る。合図で総員奇襲せよ。速度を活かせ」
ついに、この目で「敵」を目の当たりにする時が来たようだ。
先ほどまでの帝国陣地に向けられた爆撃や砲撃と異なり、明確に「私」を明確に殺そうとしてくる敵。
そして、私が生き残るために殺さねばならない敵。
殺人への抵抗が全く無い訳では無い。むしろ、先ほど見た死体のようなものを作り出すのだから、眼の前で命が失われていく状況を見物することになるだろう。
だが、それよりも生き残るためには仕方がないという気持ちのほうが強い。少なくとも今は。
魔術師の中で私だけ、身を守ることが出来ないということによる不安感が、月日を経ることによりあまりにも巨大すぎる死への恐怖という形に洗練されてしまっている。ほとんどの夜は考えすぎてよく眠れず、寝不足になっているのが普通になっているぐらいに(もちろん昨夜も例外でない)。
殺されないためには、先に殺すしか無い。正直実感があまり湧いていないが、頭の中ではそれを理解できているつもりだ。
それに、義務とはいえ、今の私は軍人だ。軍人が軍人を殺すこと自体には何もおかしな点はない。あるとすれば、そのような状況に陥る事自体がおかしいといえる。
「うあぁアッ!!」
少尉からの合図があり、一斉に曲がり角から飛び出す。
術式で身体機能を向上させ、一般的な歩兵では不可能な速度で敵歩兵に肉薄する。
「なっ……」
数メートルの距離を一瞬で縮める。相手は気づくと同時に銃を構えようとしていたようだったが、手遅れだった。術式を用いることのできる魔導師は、通常の歩兵とは比較にならない速度で動けるということ程度は、訓練で身についているし、理解もしている。
その時には既に懐に入り込んでいた。その勢いのまま、前に構えた銃剣を相手の胸に突き刺す。
「がっ!?」
反射的に声を上げたところで、銃剣を素早く引き抜き相手の銃を叩き落とす。そして最後に、流れるようにして喉を掻っ切る。振り抜いたのとほぼ同時に、苦悶の表情を浮かべながら敵歩兵が膝をつく。
あまりにもあっけない、初めての「殺人」だった。
すぐさま、周りに目を向ける。志願組は既に敵を排除しており、少尉は言うまでもない。セレブリャコーフ伍長は体格差を術式で補いきれていなかったためかまだ格闘中だったが、ちょうど今、少尉がその敵を真っ二つにしたところだった。
……私が
「各員、損害は無いか?……無さそうだな。今日、これまで諸君らが経験したことはただの"定期便"だ。敵の大規模攻勢などというわけではない。配属された以上、これが諸君らの日常となる」
「ぇ――」
驚愕の声が出そうになった…というより、出てしまったのかもしれない。私とセレブリャコーフ伍長の方に、少尉の目線が移動した気がする。
「どう思おうが、理不尽に感じようが、この事実は変わりはしない。さて、まだ一安心できる状況ではないぞ?遠足は帰るまでが遠足だ」
こんなのが日常だったら、安心できる状況なんて、一体いつなのでしょうか――と言いたくもなったが、ここで初めて、ずっと胸の中にあった不安感が薄まっていることに気づいた。
先程からずっと、付近での爆発音がない。両陣営とも、
そして地上の脅威は、たった今排除した。
――つまり、今、この瞬間。この瞬間だけは、私の命を脅かすものは無くなったのだ。
そのことに気がついて、
……ほんの少しだけ、私に生きる希望が湧いたような気がした。
「生き残ったか、両伍長。……上出来だ」
数時間の戦場を耐え抜き、なんとか帝国の陣地に帰ってくることが出来た。「定期便」は既に届け終わったのか、砲火の量は明らかに少なくなっていた。
もう流石に安全だと脳が判断したとたん、私は初めて殺した兵士のように膝から崩れ落ちた。この私でも、生きて帰ってくることが出来た。今度こそ安心感が湧き上がってくる。涙さえ出てきた。
結局、あれから幾度か命の危機を感じる時があった。…一瞬だけ生きる希望が湧いたような気がしたのは、本当に気のせいだったらしい。
冷静に考えると、いくら魔術師だからといっても、防殻が使えなければ銃弾一発、砲弾一発で死に至ることには変わりない。あのときは高揚感でその部分に気づいていなかったが。
精神の限界を今度こそ迎え、倒れ込んでいる私とセレブリャコーフ伍長に対して、少尉が続けて語りかけてくる。
「悲惨だったな。戦争が悲惨なのはいい事だ」
「戦争なんてものを好きになる人間が増えずに済む」
これが日常だと言っておきながら、これが"悲惨"であることは否定しなかった。
私には悲惨なことがいいとは思えない。死や痛みは純粋に恐ろしいし、悲惨でない戦争であればそれらも遠くかけ離れたものになると思う。
だからだろうか。
好きになる人間が
いや、どちらにしろ私が絶望しながら従軍しているという事実は変わらない。私には関係のないことだ。それに、無駄にそういう事を聞く気力ももう残っていない。
「さて、セレブリャコーフ伍長、ウェーバー伍長。通例であれば、貴官らがツーマンセルとなるのだが…、今の様子を見るに難しそうだな。他の理由もあるのだが」
「特例となるが、明日からわたしを含めたスリーマンセルだ」
「は、はい!」
「…はい少尉殿」
明日以降のことが決まったようだが、もう何も考えたくない。反射的に返事だけはしておく。
無言のまま集積地に戻り、割り当てられたテントに入った瞬間、着替えもせずに、そこまで柔らかくもないベッドに倒れ込んだ。
「うぇ、ウェーバーさん!?」
同室のセレブリャコーフ伍長のそんな声も後ろから聞こえたが、特に返事はしなかった。彼女も疲れているんだろうし、私もそうなんだと察してほしい。
そしてこの日はそのまま眠りについた。身体も精神も、休養を必要としていた。
ベッドに倒れた直後は眠れるかどうか、疑問に思っていた。あれだけの出来事があったのだ。目を閉じると、今日の
いつの間にか、翌朝になっていた。
目覚めたという感覚は、ある。その一方で、眠る前のことは覚えていなかった。一体私はいつ頃眠ることが出来たのだろうか?
ベッドに倒れ込んでからの記憶がまるで思い出せない。眠った…というよりは、緊張の糸が切れ、ほとんど気絶してしまったんだろう。
――眼の下の隈は、少しだけ薄くなっていた。
元々前話とつなげていましたが、文字数が合わせて8000文字だったんでいったん区切ってみましたが別にどっちでもよかったですかね
このあとの展開はまだ未定なので今度こそ失踪します