バルバレに戻ると、私はライアス特務部MMトリオンの仮設事務所に向かった。信天翁への物資搬送業務を終えた旨を、上司であり雇い主のメイに報告するためだ。
すると、仕事の愚痴を言う間もなく、事務所に入るや否や、大爆笑で迎えられた。開口一番に笑うとは、どういった了見か。頭のネジが緩んでいるどころか、そもそも存在しないのかも知れない。
一しきり笑った後に、真意のほどは定かではないが、メイが私の帰還をねぎらった。
「無事で何より。信天翁は息災だったかね」
「あんな風体じゃ、元気かどうかも分かりゃしない。そもそも言っていることすら分からんのだからな。吃驚したよ」
信天翁という字面から同郷かと思いきや、いざ会ってみれば言葉が通じなかったのだから、酷く面食らった――とメイに告げた。
「そりゃ偽名だもの」
「何でまた?」
「さあ?」
「本名は?」
「さあ?」
真実に知らないのか、とぼけているだけなのか判然としない笑顔で、メイが応えた。メイの気質を考えると、後者のような気がするが。
あれこれと煩悶していると、メイが顔を寄せて――ファフロツキーズ――と言った。例によって聞いたこともない言葉だ。
「FAll FROm The Skies――の文字を取って、『Fafrotskies(ファフロツキーズ)』って言ってね。文字通り空からの落し物って意味の造語さね」
「空からって言うと、隕石とかか」
「お粗末な想像力だね。空から隕石ってだけじゃ常識の範囲じゃないか。もっと突飛なもんだよ。魚とかさ」
「何で魚が空から」
「だから突飛だって言ってんじゃん。そういう常識外れのモノが、空から降ってくる現象を、ファフロツキーズって言うの」
何となく理解した私は、嗚呼と無意味に息を漏らした。
「先般、フォンウ(鳳舞)が降ってきたことがあったな。あれも、それか」
「あったあった。広い意味では、そうだね」
フォンウ――緑鳳舞(リュウ・フォンウ)とは、MMトリオン専属ハンターを務める同僚にして、私の幼馴染だ。私とメイを引き合わせた張本人でもある。
そのフォンウが、ねぐらの屋根を突き破って落下してきたことがあった。数日前のことである。
「アルコールと間違えて、燃料でも呑んだのか、アイツは」
「単純な話だ」
メイの説明によると、フォンウ飛来の経緯とは、したたかに酔っ払った挙句、道行くハンターと喧嘩をおっ始めた末に、ハンマーでかち上げられたことによるのだとか。途轍もない豪腕が振るうハンマーだったようで、鋭い弧を描いて高く舞い上がったとのこと。原因を知ってみれば、いかにも間抜けな話である。落下地点が私の寝床だったことが残念でならない。
「それにしても、あれは傑作だった」
思い出し笑いに、メイが破顔した。
反対に私は渋面になった。フォンウが落下してきた時、私は久方ぶりの女を堪能している真っ最中だったからだ。半裸で女と繋がったままの私を一瞥するだに、赤ら顔をさらに紅潮させて刀を振り回したのだから堪ったものではない。抜けば玉散る氷の刃――という訳ではないが、付き合いが長いとは言え、ただの幼馴染の女に玉を散らされてはタマったもんではない。幸いにも酒に飲まれた太刀筋ははなはだ鈍く、ほうほうのていで逃げ出して助かりはしたが。
メイが、にやにやと嫌らしい笑みを寄越した。苦い記憶に顔をしかめる私のことが、たいそう愉快らしい。
私は、強引に話を戻すことにした。
「で、そのファフロ何たらが、どうしたっていうんだ」
「信天翁って名前の由来だからさ」
「何だ、知っているんじゃないか。さっきは、とぼけておいて」
「さっきは偽名を用いる理由を問われたから、さあと応えただけ。名前の意味を知らぬとは、一度も言ってなかろ」
閉口する私を余所に、信天翁と呼ばれる鳥がいてな、とメイが講釈を垂れ始めた。信天翁という呼び名には、餌となる魚をみずから獲ろうとはせず、空から降ってくることを信じて疑わない老人のような鳥、という意味合いが込められているのだそうな。すこぶる動きが緩慢な鳥であり、狩猟が容易なために、羽毛目当てに乱獲されているのだとか。
別名をアホウドリという、とメイが説明を締めた。
「まさか同僚を阿呆とは呼べんだろ」
「しょっちゅう私は阿呆呼ばわりされているんだが」
「修の字は特別だよ」
「そんな特別は願い下げだ」
遠い神域を望む信天翁の姿は、確かに空から魚が降ってくるのを待つだけのアホウドリを彷彿とさせた。では、天を信じて何を待っているのだろうか。
ふと気付けば、メイの妖しい視線が、私の双眸を射抜いていた。
「信天翁ってのは、フォンウの故郷あたりでの呼び方。アホウドリは修の字、お前さんの故郷あたり。どっちも東の方。で、ここら辺じゃね、アルバトロスって言うんだよ」
「アルバトロスね。何だかいかついな」
小馬鹿にした意味合いの強い信天翁、アホウドリという呼び方に対し、アルバトロスという名に厳しい響きを覚えた。地域の差異が、言葉の違いに表れているのだろうか。
はたと信天翁の言葉が、頭を過ぎった。