「…またこの夢か」
昨日の夜、どうやら俺は同じような夢を見ていたらしい。
モルガン、ジャック、ハクノ先輩。
3人がどうやらヤンデレとやらになっていたが、俺がやることは昨日と変わらず生き残ればいいだけのことだ。
「また同じ場所でのスタートか…」
前回のように部屋から出ないでサーヴァントを待っていてもいいが…それだとちょっとつまらないか。
「…バカだな、本当に」
一歩でも間違えれば自分の命がなくなるかもしれない環境だとわかっているけれど、好奇心は抑えきれない。
少し迷った後、俺は自分の部屋から出た。
「あ、マスターじゃん。そんなキョロキョロしながら出てどうしたの?」
「!?…なんだ、ブーディカか」
「なんだ、って…お姉さんに対してそんな意識しないでいいんだよ?」
後ろから声をかけられてびっくりしたが、そこにいたのはブーディカだった。変に高レアとか来られると対処法に困るけど…この場合なら適当に過ごしていれば終わるかな?
「まあちょっと昨日から疲れててさ。ストレス解消として料理でも作ろうと思ってたんだけど…」
「だけど?」
「ちょっとレシピとか味も不安でさ。手伝ってもらってもいいかな?」
「…うん!お姉さんに任せなさい!」
キッチン組のブーディカなら安心して料理を手伝ってもらえる。
どうせ明日は家庭科の調理実習で料理を作らなきゃいけなかったしな。
予行演習にはちょうどいいだろう。
「それで、何を作ろうと思ってたの?」
「チョコチップクッキー。もうそろそろホワイトデーでお返しもしなくちゃだし、先に試作しておこうかなって」
「ちゃんと返してくれるつもりだったの!?…そっか、そうだよね…ちゃんと返してもらわないと、だよね」
「うん。まずは小麦粉、砂糖、あとは牛乳とか?」
「小麦粉じゃなくて薄力粉。卵やバターも忘れちゃダメだよ、マスター」
カルデアのキッチンはクッキーミックス粉など完成された市販品というものはほとんどなく、食材を探すのにも一苦労した。
「ふぅ…ありがと、ブーディカ」
「いいっていいって!こんなときに役立てないとエミヤから怒られちゃうしね」
さて、そうと決まれば早速調理である。
「あ、マスター。電動機器をちゃんと使わないと大変だよ?」
「そうなの?あんまり作らないから知らなくて…」
「…しょうがないなあ。お姉さんの言う通りに作ってよ?」
にっこりと笑っているが、その目は一切笑っていない。
「…はい、終了!あとはオーブンで焼いて冷ますのを待てばいいよ」
「疲れた…」
ブーディカに教えられながら作ってみたけれど、全然上手に作れた気がしない。むしろ燃えて焦げる未来が見える。
「焦げるとか生焼けになったりとか…そんな心配はしなくてもいいんだよ?」
「え?」
「お姉さんの指示に従ういい子だったからね。料理漫画でみるベタなミスはしてないし…うん、大丈夫」
ぽんぽんと頭を撫で始めるブーディカ。ちょっと恥ずかしいんですけども…
「あたしにもっと甘えてもいいんだからね。ほら、マスターが背伸びしてるのを見ると、つい甘やかしたくなっちゃってさ…」
「俺は娘でもなんでもないですからね?それに恐れ多いですし…」
「もー、今さらそんな恥ずかしがらなくていいんだよ?昔はブーディカさんブーディカさんって寄ってきてくれたのに…もしかして恥ずかしいの?」
「…恥ずかしいですよ」
いい加減カルデアのサーヴァントは自分の行動が一々やばいことを自覚してほしい。
それに人妻とか倫理的にダメだろう。
「人妻とか気にしてるんだったら夫婦になっちゃう?君専用の人妻だよ?」
「何言ってくるんですかブーディカさん!?」
「いやー、ごめんね。君はからかいがいのあること考えているから、つい」
「…しれっと人の思考を読まないでもらいますか?」
声に出してないことに気づかないでほしい。…ヤンデレとか関わらないで怖いんだけど。
「マスターと長い付き合いだしね。別に今日会った他の人もそんな感じだよ?」
「となると…」
今日のサーヴァントがかなり前からいる奴らだとすると…考えたくないなぁ…
チーン。
「オーブンが焼き上がったね。ほら、確認しようよ」
「そうだよな。…おっ、ちゃんと焼き上がってるみたいでよかった…」
しっかり小麦色に焼けているみたいでよかった。あとは冷ましてから飾り付ければいいだけだ。
「ふふっ、ちゃんと作れたみたいでよかったね。…最初に食べてもいい?」
「うん、どうぞ。クッキー作るのなんて初めてだからなぁ…」
「マスターの初めて、いただくね?」
「言い方もう少しなんとかしてよ…」
こちらに口を開けて待っているブーディカ。食べさせろってことか…
まあ、手伝ってくれたしそのお礼としてならいいか。
「んっ…うん、ちょっと熱いけどちゃんと美味しくできてるね。マスターにも食べさせてあげるよ」
「ヤケドしたくないんで遠慮しとくよ。まあ、ちょっと待ってね」
「そうだね。じゃあお姉さんが淹れた紅茶でも飲む?」
「飲まないです!」
ハクノ先輩から盛られたこともあってちょっと気が引ける。他の人が誰なのかはわからないけれど、何であってもろくなことにはならないだろう。
しゅんと悲しそうな表情をみせてきたけれど、ここはぐっと抑えて我慢だ。
情に絆されて死ぬのはごめんである。
「釣れないなぁ…自分で淹れたお茶なら飲むとか?」
「少なくとも攫われたりしそうだしね…俺からしてみたらどちらにせよ油断できない、ってこと」
さっきからチラチラと食堂前で動く小さな影もあるし、隙を見せることはあまりしたくない。
「そうですね、私としてもマスターがふにゃふにゃに溶けていたところは嫌いです」
「!?…あ、メドゥーサか」
するっと排気口から出てきたのはライダーの方のメドゥーサ。忍び方がスパイと言われてもなんら違和感がない。
「大丈夫、マスター!?」
「あなたは動かないでください」
「なっ…!」
そのまま流れるように石化の魔眼でブーディカを停止させる。こちらをその勢いのまま見てこなかったのはありがたいことだけど、それでも殺される可能性があるだけで体にぐっと力がこもる。
「それで、俺に何の用事で来たんだ?変なことをするんだったら追い出すからね?」
「いえ、クッキーでも頂こうかと。マスターにバレンタインを贈った以上、私にも食べる権利はありますよね?」
「そうだけど…」
メドゥーサは大きすぎるので、必然的に俺は見上げる姿勢になる。
「マスター、せっかくなのであーんしてください」
その状態で口を開けてここに入れるように指で示している。カップルにしか見えない状態では他に見られたときに言い訳が聞かないので別のことにしてほしいんだが。
「はぁ…子供じゃないんだし自分で食べてくれよ」
「嫌です。マスターのときに私はちゃんと口移しをしました。本来なら同じように渡してくれると願っていたのですが…不可能ですので妥協しているのですよ」
…なんか途端に必死になってきたなぁ。早口で喋って急かしてくる理由をだいたい理解できてるからこそそう言えるわけだが。
「はいはい、圧かけなくてもちゃんとやってあげるから座ってくれ。…まったく、なんでこんなことをしなくちゃならないんだか」
「マスターだからですよ。私が魔力不足にならないようにちゃんと供給してください」
「…食べ物じゃなくてもいいよね?というか魔力は問題ないでしょ」
サーヴァントを現界させる以上、魔力はカルデアから供給されている。
「…いいから速くやってください!この状態で待つのは恥ずかしいんです!」
顔を赤くしてこちらに訴えかけてくるメドゥーサ。待ってるだけならまだかわいいけれど、もしこっちに攻撃してきたらたまったもんじゃない。
「はい、どうぞ」
大人しくクッキーを運ぶと、メドゥーサは待ってましたとばかりにまるっと俺の指ごと口の中に入れる。
「んぅ…」
「離してくれ…というか抜けないんだが!?」
「蛇ですから」
「説明になってない!?」
こんなギャグみたいなことをされているが、この感じだと間違いなく血も追加で吸っているのだろう。
「くそっ、誰か助けてくれ!」
「………ぷはっ。そんな気にしなくてよいのに」
やっと離してくれたメドゥーサ。が、予想に反して血は吸っていないようで安心した。
「では、もう1回お願いします」
「それは流石にしないよ?今の行動ふり返って同じことするわけないじゃん」
「では飲み物をください。なければマスターの唾液で」
話が通じない…ま、ブーディカが淹れてた紅茶があるしいいか。あわよくばキスしようとしてるあたり本当にあざとい。
「はい、紅茶だ。流石にこれは自分で飲めよ?」
「ええ、もちろんです…おや、クッキーと合うようないい後味です…ね…」
すーすーと机につっぷし始めたメドゥーサ。この速さは明らかに睡眠薬だ。
「…危なかった…」
予想とは違っていたけど、結果として飲まなくて正解だった。
食べられてないクッキーを持ち運びやすいように包装する。
「あ、食器とか片付けないと…」
こうやってちょっとでも放置すると食べ物の残りカスが取れなくなるんだよな。
べとべとした手もなんか嫌だし、一緒に洗うか。
充分に片付けてから、起こさないようにそっと食堂を抜け出した。
「あ、マスター。居たんですね」
「メドゥーサか。…いや、アナって呼ぶべきか?」
「…じゃあ、アナって呼んでください」
食堂の場所からちらちら見えていたのはランサーのメドゥーサ…アナだった。確かに小さいし、始めたての頃からずっといるサーヴァント。
「…他の人って消えましたか?ああいえ、私が気にしているのはマスターの安全なので決して殺したいとかじゃ」
「わかってるって。アナが優しいのはわかってるから」
猫耳フードの下からアナの頭をなでなでする。高さ的にちょうどよく撫でられる。
「…むぅ。そうやって人の気持ちがわかったような傲慢な振る舞いがあるから人間は嫌いなんです」
「まぁまぁ。それで殆ど動けないから安心していいと思うよ」
むしろ俺からしてみたらアナを安全の為に動けなくしたいんだけど。
アナちゃんかわいいし別にいいけど。
「とりあえず私の部屋に行きましょう。…どうせ時間なんてあと少ししかないんです、ワガママぐらい付き合ってください」
「ん、了解」
不死殺しの鎌などの武器を持ってないし、警戒しないでもよさそうなアナに付き合うのもいいだろう。
アナのマイルームは石造りで統一されており、邪魔にならないように武器やタンスなどが端に置かれていた。
最低限足の踏み場が安全だしいいだろう。
「鎖とか散らかっててよくないと思いますけど…」
「ううん、全然。ちゃんと整理整頓されてるからいいと思うよ」
どうやらアナが過ごしていた場所のようだけど、なぜか似つかわしくないキングベッドが置かれている。
「これって…」
「姉さま達が来たときのためです。マスターと一緒に寝たいとか…そういうのでもありますけど」
さらっと言われたけどシンプルに嬉しい。アナに押し倒されたりしたら抵抗もできないだろうし…
「そういえばクッキー作ってたんだ。食べる?」
1回話題をそらしておく。そっち方面に持ってかれたらナニされるかたまったもんじゃない。
「…どうしても、というなら貰ってあげます」
「ガン見しながら言われても説得力ないよ?はい、どうぞ」
もともとアナが食堂前にいたのもクッキーの甘い匂いだろうし。
「あ、あの…」
「どうしたんだ?」
「…ライダーの私にやってくれてたこと、私にもしてくれますか?」
「別にいいよ?」
アナは子供だしね。…そこ、ロリコンとか思ってんじゃねぇよ。
「はい、ちゃんと口開けて」
「えっ?あっ、はい」
残ったクッキーを慎重にアナの口に入れる。ライダーのメドゥーサと同じように指を食べられたら困るからな。
「ちゃんと噛んでね?」
「もちろんです…」
今日は久しぶり楽に終わりそうでよかった…
「待ってください、マスター。まだ、お返しできてないです…!」
キラキラと光り始めた俺だが、アナから呼び止められる。ヤンデレには見えないからなぁ…
どっちかといえば従姉妹に絡まれてる感じが近いだろうか。
「別にいいよ、アナちゃんからはもう充分にもらってるし…今後も高難易度でよろしくね?」
「…選ばれたなら、ちゃんとやりますよ」
「あ、危ねえ…」
その翌日の高難易度。アナのお陰で序盤の山場を越えることができた。
─マスター。
そんな幻聴が聞こえるようになったけれど、気にすることはなかった。
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