「あなたには治療が必要でした!」
「あ、蘇れたのね…」
開口一番に言われたことは安静にでもなく過去形の言葉。もう生命活動に関することは無事に終わったらしい。
(婦長の心臓マッサージで死なないレベルの体ってなんなの?YAMA育ち?)
「ええ、あなたは治療され完治しました。しかし再発しないとは限らない。よって私との同棲生活を強く勧めます」
「結構です…治療ありがとうございました…」
そそくさと帰りたかったが、マウンティングポジションを取られているから動けない。
「やはり動けないのなら私の部屋にこのまま運んで看病します。もちろん拒否権はありません」
「拒否権のない状況にしているのは間違いなく他でもないあなたでは…?」
「なるほど、精神衛生上よろしくないのなら私の娘と共に看病をしましょう。私よりもより遺伝子上が近いためより患者に寄り添った治療ができるはずです」
やはり話は通じない。というか子供が作られていることに無関心なパターンもあるのか…
「ええと、あんまり自信はないけれどお父さんのために頑張ります!」
ナイチンゲールとの子供は完全に看護師の服装をしているもののカルテや聴診器を持っているし医者を志しているのかもしれない。…ドジっ子みたいなポンコツオーラも出てはいるけども。
「それでは病人を運びましょう。安心してください、規則正しい生活をすればあなたは必ず健康になるはずです」
「ちょっと動かないでねお父さん。やっぱり健康なんだね」
運ぶ際に拘束が説かれないと踏んだが、娘を傷つける可能性があるなら雑には動けない。どうにかしてナイチンゲールだけを気絶させないと。
(というか家族に感染する病気に対する備えをしていないのはどうなんだ…?)
「ん、載せたよ」
「了解しました。病人を運ぶにはやはり担架ですね」
若干狂化が薄れている気がしないでもないけど、俺が抵抗したら殴って昏倒させにくるだろう。
どうしたもんかな。
ナイチンゲールと娘に拉致されてついたのはマイルーム。ラウラが待機しているかも…なんてそんな甘い期待はしてはいけなかったようだ。
「そもそもこの部屋治療に向いてないのでは?」
「そこは心配しなくてよいです。この部屋は清潔に保たれており、なおかつ私たちが人を制限できる唯一の部屋です」
「お父さんを看病するのに最適だよ!…未来だったら私の部屋で看病してたけどね」
「未来の俺は病人になってるの?」
純粋に健康障害が心配だけれど、他の未来の話の中でそんな状態になっているなんて聞いてない。例外は二トクリスとか神霊との結婚だろうけど…
(他の生活の形がよくわからないんだよな。出会いがしらに殺されかけることのほうが多かったし)
もしかして病死する前に殺してしまおうみたいなノリなのか。そう考えると納得できる節もある。
「いいえ、そんなことはありません。生活における最大の脅威はあなたのことを思って行動する病人です。結婚するわけでもないのに夜ごとに訪ねて…!」
つかまれた手の腕が軋む。よほどのストレスだったに違いない。
(問題は骨折させてまで縛り付けようとしていることなんだけどな…)
死ななきゃ何とでもなりはするけど、それはそれとして痛いことは嫌いなのだ。
「お父さん、大丈夫?お母さんの勢い強くて疲れてない?」
「まあそりゃあ疲れてるけど、愚痴ったところで状況は変わらないだろ」
文句は腹の底にでもためておいてここから抜け出すときにだせばいいものである。
どうして今の状況を悪化させるような行動を自分から進んでしなければならないのだろうか。
「なるほど、それじゃお母さんを黙らせるね。お父さんはここから動かないこと」
ぶすり、と針が刺さって動けなくなる。言葉から考えるにおおかた麻酔かなにかでも注射したのだろう。
「待っててね?すぐに私のものにしてあげるから」
バーサーカーの子もバーサーカーですかそうですか。
バンと銃声が隣から聞こえた。
「終わったよお父さん。ほめてほめて!」
「お、おう。凄いな、さすが娘だ」
血みどろなのを隠そうともしない娘の頭をぽんぽんと撫でる。看護師の服は血塗れにしてはいけません。
「お願い、きいてもらってもいいかな…?」
「嫌な気配がするんだけど?断固として拒否するからな!」
躊躇なくマグナムを親の四肢に狙いを定めるのは頭のおかしいことだと考えるけど、まあ親のしていることに比べたらましである。
「…やっぱりお父さんを仕留めるにはこれじゃ力不足か。そもそも素手なのに銃をかわさないでよ」
「銃をぶっ放す方が頭おかしいと思うんだけど?」
「私は治療のためだからいいの。お母さんみたいに誰彼構わずに攻撃してないからいいんです」
違う、そうじゃない。
そんなことを言いたいが状況が許さない。こちらに向かって噴霧される薬品を避ける。
「お薬の時間だから大人しくしていてね♪」
「明らかに使用容量が超えているんだが?」
媚薬の類か、しびれ薬か。
いずれにしてもろくなものではあるまい。
「逃げないでよ、せっかくの親子の団らんなのに」
「やりゃあいいんだろ、やりゃあ…!」
後ろの壁を蹴って天井のランプに乗り、視界から姿を消しに行く。
「なるほど、さすがはお父さん。ですけどこれでチェックメイトです!」
当然逃げ場のない位置なのでアッパーカットを食らうが、そこはもう許容範囲として割り切るしかない。
「残念だったな」
殴りに跳躍したとき、娘の無防備になった首をそっと手で包む。
「抱きしめるのなら前からのほうがよかったんですけど!」
「お父さんくらいになると恥ずかしくて直視出来ないんだよ!」
背中からたたきつけられたならやばいけど、そんな判断ができるのなら母親から始末することはしないだろう。
脱力したのを見て、そっと首への圧力を減らす。
「よし、それじゃあ行くか」
いつまた起きて危害を加えられるかわからない。そんな理由から縛ったりもせずに早急に去っていくのだった。
「なるほど、つまりヤンデレになっているか毒されている可能性が高いと。娘にそんなもの見せるつもりもないので安心してくれ」
「だったらなんで俺のことを拘束する必要があるんですかね…?」
娘から廃人にされかけたので逃げたらアサシンの式に捕まった。普段からこんなにしゃべるとは思わないんだけど、それはそれとしてありだと思う。
「もともと夫婦だってのに離れてたオシオキだよ。ほら、もっと近づいてくれ」
というかなんで未来の子供がやってくるってだけで夫婦だと勘違いしてくるんだ。俺はまだ高校生だぞ?
(変な経験はまだ受け入れられるけれど結婚したとか言わんといてくれ…)
「まー、そこはそんなに気にするもんじゃあねえよ。オレと結婚したら娘はできないみたいだけど」
「なんでそんなことわかるんだよ。基本的には娘って生まれてくるんじゃないのか?」
「他の連中ならいざ知らず、オレには死が視えるんだぞ。お前からの愛を他に受け取る奴なんか許さないに決まってるさ」
「はえーかっこいい」
クールぶっているけどやっていることはなかなかやばい。果たしてこの重圧にラウラのお母さんはどう立ち回っていたのかが気になる。
「まあいい。ちょっとだけ他の女を殺してくるから少し待ってろよ」
「別に殺しに行く必要ないんじゃない?」
「いや、お前のことを他の奴が考えているだけで気が狂いそうなんだ。嫁のわがままくらいは笑って受け流してくれよ」
「なんでわざわざ決戦前に戦力を減らすようなことをしないといけないんだよ。終わった後ならまだ許されるだろうけどな…」
とはいえ、合理的な理由でヤンデレが止まるなんて甘い考えは期待してはいけない。
念には念を入れたいので抱きしめて引き留める。
「おいおい、いい年して甘えん坊かよ?オレに対してだけなら別にいいけどさ、他の所でそんな緩み切った顔するなよ」
頼られていることに対して多分喜びを覚えるだろうと踏んだが、その試みは成功した気がする。
具体的にはこちらに抱き着き返してきた。
「わかっているから、ちょっとだけいい?」
「いいぜ。こういうところは昔から変わってないんだな」
さて、問題はここからどうするかだ。密着状態になってしまった以上は眠らせることもできないし、かといってこの状態から離れてもスタンさせられなければまた止めるために抱き着かなきゃいけない。
(式の性格がもう少し理解できていればまだやりようはあったんだけどな…)
残念ながら俺は巡礼の祝祭での入手だからリアタイ勢でないし、空の境界も知らないからまったくわからない。
「ちょっと苦しいけど…ま、キスしようぜ。これくらいなら見られたってあいつにばれないだろ」
「あいつって誰?」
間違いなくラウラの母親だが、名前も言いたくないのだろうか。それとも単純に名前を出したのなら確実に気づいてしまうのか。
(もしそうなら獣に近いサーヴァントだから清姫とかの娘か…?でも、それだととてもではないけれど浮気なんて許すとは思えないし)
だけど今のところ一番可能性が高いのは清姫だし。
「ますたぁ?なにをやっているのですか?」
「違うんかい!」
「なぁ…違うってなんだ?もちろんオレと付き合っていることじゃあないよな?」
「何を言い放つと思えば、そんな戯言をいうとは。ますたぁは私との真の愛をやっと理解してくれたのです」
まずい、何をいっても修羅場が確定している。こういう時は逃げた方がいい。
(あ、抱き着いているから何やっても燃やされるルートですやん。なら式に味方して戦闘を手早く終わらせたほうがいいか?)
「そんなことしなくて結構です1わたしはあなたを救わなければならない!」
気絶させておいたはずの娘にシャーマン・スープレックスを決められ、もう一度意識が途切れる。
今日の悪夢は散々だ。
「大丈夫か、マスター」
医療の部屋に来たと思ったが、砂漠の世界にありそうな部屋に寝そべっている。どうやらここはゼノビアの部屋であるようだ。
「大丈夫だ、問題しかない」
「そうか、なら落ち着いて聞いてくれ」
明らかに後ろから迫ってくる武器の音に恐怖が沸き立つ。もしかして後ろから床もろとも砕くつもりか?
「その、あの、」
「なんか問題があったのか?」
にしてもどうも挙動不審である。まるで想定外のことが起きているのかのように。
俺は隣にいた娘と顔を見合わせる。どちらにしてもよくわからないな。
「いつ、夜這いしたんだ…?いや、別に嫌というほどでもないのだし、母としての覚悟もできているのですけど」
「細かいことはいいのです、お母さま。せっかくなので冷えたスイーツでも食べたいです」
「そうか…ならシミュレーションで砂漠に行くとしようか。すこし水を飲んでから動くが、命の危険があるから決して死なないように」
「うん。皆でおでかけできるのはとっても嬉しいです!」
優しい子供にそだっているものなんだなあ。ゼノビアとの娘は礼儀正しいし、結婚したらよりいいのかもしれない。
「なんで結婚とかしていないのにこうやって子供がいるんだろうか?」
「もう考えるのもめんどいしいいでしょ。怠惰に生きようよ、怠惰に」
でもなにかが違うんだよなあ。普通に子供がいるってことは結婚しているってことなのだろうし、ゼノビアの見た目がおかしいのはいつものことだし。
(待てよ、さすがに頭がおかしくなってるんじゃ…!)
後ろからなっていた音が聞こえない時点で異常だ。
妻への愛情で考えられなくなっているのは異常だ。
結婚していないのに子供がいるのも異常だ。
「すまん、落とし物をしたからとってくる」
誰なのかわからないが、こんな状況を仕込んだ犯人を捜さないと。
…全部が普通になる前に。