グランド。冠位。まあ、どんな呼び名にしても選ばれた特別であるということは変わらない。
脳内に聞こえてくるそれを無理やり振り払って出口のある扉へと駆けだす。こんな場所、地獄になるに決まってる。
絶対いきなり変なことをし始めたらろくなことにならない。説明がなかったとかじゃない。誰からのとかも考える前に廊下を曲がる。
冠位なんてもう終わった後なのに何やってんだこいつ。ついでに場面が明らかに暗いのはなんでだ…?
明らかに宝具の匂い。魔力の充填音が聞こえた以上、それは間違いなく迎撃しなくてはならない。
刀で迎撃できると思えないその奔流。魔力のソレには到底かなわないとわかっていても挑むしか道がない。
そして吹き飛ばされてオルタのところで膝枕をさせてもらっているマスターです。…下にいなしたら一回転する斬撃なんて避けれなかったよ…
「…というわけで私をグランドにしろ、マスター」
「そもそも俺のカルデアのセイバー的にオルタ一択なんだが?」
もし仮に他にも冠位適正があったとしても一番使っていたのはオルタだからな。
絆礼装を集めるのが面倒なのもあったけど。
「まあだとしても、だ。この前すり抜けたアイツもいるし、配布のアーツもいる。先にこの悪夢内でマスターを保護することのほうが先決だった」
「だったらあんなぶっ飛ばさなくていいじゃんけ…」
「どうなったとしてもお前を愛することには変わりないからな。上下関係を教え込むのにも使って何が悪い?」
暴君としてなのか、それともオルタの性格的なものなのか。どちらにせよ確実に余計な工程である。
「にしたって大丈夫?ちゃんと戦える?」
「…横バフなど関係ない。マスターとの絆でねじ伏せてやる」
「立派な心がけのことで…あくまで今回だってそんな戦闘に向いてないんだからな?」
しかも今日使えるのは全てカルデアの廊下なら振り回す以前に抜刀しづらい武器の太刀。セイバーだからとか以前に練気ゲージ溜めないといけないのは辛くない?
「廊下じゃ振り回すのには横幅が足りないからなぁ…」
「全て私に任せておけ。私は既に黒王の道を通った、故に我が儘程度無理にでも通してみせよう」
「…じゃあ、頼むわ。そういや他の剣鯖…特に男はどうしたんだ?」
「獅子心王にお願いして蹴散らしてもらった。私一人で誅伐できるほど彼らは弱くあるまい」
「最低限の宝具レベルはあるからいいじゃん…あれ、ちょっと待て…」
確かそういえばリチャードって星出しに関しては一番セイバーで上じゃなかったっけ…てことは…
「もしかして確定クリティカル?」
「その通りだ、マスター。だが私のモノであるからにはこれくらいできなくては困ると言うべきなのか?」
サンタの時にもっていたずた袋をこちらによこし、ついでと言わんばかりに頬にキスをする。
「今は臣下ではなくもっと別の関係だがな…ほら、妻というものはもっと夫に甘えるべきだろう?」
「そこら辺まで徹底してるのか…」
今回は絶対に覚悟ガンギマリしかいなさそうだ…そりゃ実質的な結婚のプロポーズみたいなものだからな。こんだけ必死にならないと他に取られるかもしれないと思っているのだろう。
「まあ、まだ王としての側面を捨てられていないからやめておこう。全てが終わった後にただのアルトリア・オルタとしてマスターと
「そこまで考えなくていいから…頼むからおとなしく悪夢を過ごさせてくれよ…」
「悪夢の時点で諦めるのだな。…まあ、どうしても言うのなら今から斬って捨てるだけだが」
「誰か助けてくれぇ…」
そんなことを言ったからなのか、目の前から受けるオーラが変わる。黒かった殺意のようなものではなく、単なる一般人のような、そんなオーラ。
天国か、楽園か。
どちらにせよ、この世界は明らかにさっきと違った。柔らかな花の世界。
苛烈な世界を見たあとには、異質である世界。
振り返ればその中にあったのは舗装された道。どこか王道と呼べるような堂々たる花道は、まるで誰かのために整えられた場所なのだろう。
遥か彼方から光が見える。太陽が朝になって皆を照らすように。宝具なのは理解した。それでも体が動かなかった。
絶望からではない。それならとうに歩みを止めて死んでいる。
悲しみからではない。この涙をどうして悲しみとできようか。
では何か。
希望である。ただそんな大それたものではない。カラカラに乾いた喉が飲み物を欲するかのような単純な祈り。
えっへん!てくてく、コテッ。
こんなのが腹ペコ王にならないでほしい。いや、なったことが正史ではあるんだろうけれども。
せめてもっと少女っぽくあれよ。
「というわけでどうでしょうマスターさん!リリィをグランドにしていただけませんか?」
そんなこんなで花畑。平和に過ごすための草原のようにも見えるけれど、マーリンが見せる幻術か何かだろう。
「う〜ん…でも全然戦闘向きではないじゃん。どっちかというとグランドセイバーには向いてないんじゃない?」
正直なところ、火力についても弱そう…とまでは言わないけど少し物足りない。初期登録のキャンペーンキャラなのもあるし、リリィ本人としての能力もちょっと低い。
「なにを!私はマスターさんと張り合えるくらいには成長したんですよ!!?」
「そもそもそんなに成長したってマスターと張り合えるくらいのステータスなら弱いに決まってるじゃん」
「それはマスターがおかしいんですよ?普通に戦闘して負けるなんてありえないじゃないですか!」
憤慨してプンプンと剣を振り回す動作もまだ幼い。なんだ、グランドヒーラーにでもなるつもりなのかな?
「それならまだナイチンゲールになってもらったほうがいいじゃないですか。私はマスターさんに戴冠させてもらいたいんです!」
「…その心は?」
「
絶対にルビが違う。つっこみどころが多いのはX師匠直伝か。
「…まぁいい。それならまずは剣の修業からやってやるよ。安心しろ、太刀だからって手加減しなくていいから」
ここなら手に持っている太刀だって思う存分に使える。他のセイバーに追いつかれても困るし、決着をつけるとしよう。
「待ってくださいよぉ、マスターさん!!」
刀を構えたところでリリィの叫びを聞く。違和感はすぐにわかった。ゆらりゆらりとこの世界の端から黒い煙が
…これは…炎か…?
どんなキャラかはわからない。が、太刀が血の色で赤くなった時点で異常事態であることは理解した。
「最初っからクライマックスかよ…!?」
血の匂い。鳴り響く足音。騎士であれと願った戦場では既にない。
「畜生、クソッタレが…!」
こちらへと狙うその剣を砕き、この戦場から離脱する。騎士でないと罵られるようとどうでもいい。明らかにこの異常地帯から抜け出すほうが先だ。
前から来る曲射を払う。前から突き出される槍を横にいなす。始めての戦場だという癖して、まるで騎士のように逃げている。
しかしそれだけであの騎士からは逃れられないだろうと悟る。名前もわからない、かの騎士が持つその光からは逃げられない。
紅い光が上から覆い尽くすように兵士を飲み込む。自分の味方諸共殺すその苛烈な力は一人が持ってよい力ではない。
…考えてみればアルトリアが2回。それに執着しているであろう騎士がでてこないなんてことはありえないのだ。
すなわち、モードレッド。
「ったく、マスター。オレのモノなのにどっか行こうとするんじゃねぇよ」
当然なんだがその程度で逃げられるのならば最優のセイバークラスとは呼ばれない。昔ながらの縄でつかまってしまった。
「モーさんに捕まるなら本望とか言いそうなやつもいるんだけどな…」
モーさんにそこまで入れ込んでいるような人に一人くらいは心当たりがあるが、最近は全く連絡が取れてない。
山本、見てるなら変わってくれ。今ならモーさんが合法的に犯してくれるぞ。
「グランドクラスになったからよ、マスターにカムランの丘を見せることができるようになったんだ!ほれ、この騎士の首なんか綺麗だろう?」
ドサッと置かれたのはアルトリアの生首。明らかに首の傷跡が焼けているのをみるに、クラレントで刺し殺されたのだろう。
…そんなことを考える余力はあるが、そもそも非日常に耐えられるほど常人のSAN値は高くない。
「………」
「おーい、マスター?やっぱり喜びだったり驚きで動けなくなっちまうのはしょうがねぇよなあ。これもマスターがオレのことをちゃんと見てくれたおかげだぜ?」
もはや何かに反応できるほどの気力もない。ヤンデレに支配されることの恐ろしさを俺は知ることがどうしてもできなかった。
「オレさ、父上に仕えることには何にも嫌なこととは思えなかったんだ。だって憧れの騎士王の中だぜ?あの時代に生きてたそこら中のガキだって望んでたさ」
隣に物が落ちた音。何気なしにそちらを見ると、まだ幼さが残る死体が剣に貫かれて死んでいた。
でもさ、と彼女は続ける。こちらの見えている景色なんて日常茶飯事でさもこちらも慣れているだろうと言わんばかりに。
「なーんか足りなかったんだ。家族?確かにオレの家はおかしかったが他人に文句言われるような筋合いはないな。そもそもブリテンじゃ丁寧に育てられるだけましさ」
頭の中に凄惨なものが浮かんでくる。口減らし、子供を喰らう、あるいはそれにすら群がる飢えた野犬。
「じゃあ戦闘?いやいや、それこそナンセンスだ。あんな時代だから殺し合いなんてそこいらにゴロゴロ転がってたし、騎士まがいのなり損ないもたくさんいた」
手に暖かい液体が溢れる感覚がある。誰も知らない血の泉の傍の木で寝ている気がした。
何もかも違う。違うと言い張りたいのに別の記憶が邪魔をする。オレはモードレッドではないのに。
「じゃあ何が足りなかったか、って考えると…【愛】なんだよ」
愛。考えてみればモードレッドは愛なるものはもらっていない。言われてみれば撫でられた覚えもないし、褒められたこともない。
「マスター。お前だけがオレに愛をくれたんだ。ご飯をくれて、一緒にいてくれて、何も求めなくてもキスしてくれた。たかだか2年間の付き合いだって…そんなこととか言わなくてもいいくらいにお前とオレは愛し合っているんだ」
「…違う」
「あぁ、そうかもな」
弱々しく出てきた否定の言葉は、意外なことにモードレッドから肯定された。なにをしたい?なにをやらせたい?
「ごめん、マスター。マスターが愛しているとかそんなもんはどうでもいいんだ。オレは、お前が好きだ。お前を愛する。…でも、マスターがオレ以外からの愛をもらうということが凄く嫌で気持ち悪い。だからこうやって小細工をした」
小細工。どんなものかはわかりきっていてもどうしようもない。恐らくは固有結界─だがその効力は明らかにオレの記憶にまで及んでおり、殆どモードレッドへの同情とそれ以上の自分自身からの抗いが残っている程度。そしてモードレッドがやろうとしていることは容易いのだろう。
「この世界ってのはどうやら特殊でな。ブリテンの時代を相手に追体験させ続けられるらしい。グランドのオレが持つ能力としては最低だが、結構使い勝手もいいから気に入っているんだよ」
モードレッドからの愛というのは純然たる独占欲というべきものばかりなのか、確実に相手を自分の思い通りに動かしたいという行動が多かった。
なぜ?
「母上譲りの執着心だけは受け継いでいったからな…ほれ、お前が執着するものは全部オレだ。それ以外には認めないし認めたとしても壊す」
どんな記憶もごちゃまぜになってくる。生きているのか死んでいるのかもおぼろげな記憶になってくる。
「諦めろよ、マスター」
「幸せになろうぜ?」
うちのバゲ子はアーチャーの方です。断じてオチにモードレッドを使いたかったから封印したとかモードレッドを見つけるまでいい感じのオチを見つけられなかったとかではありません。