「こんにちは、マスター。今日は一日私と過ごしてくださいね?」
悪夢の三日目。その日は普段のスタートとは違い、マシュが近くにいるところから始まった。
ただ、普段のようにカルデアの部屋からではない。城、それも玉座の間。
「…おはよう、でいいよね?」
「そうですね。すいません、ちょっと混乱させてしまったみたいですね」
さて、どうやら今はイスに縛り付けられて監禁状態。普段みたいに自由に歩き回れる訳ではないみたいだ。
「で、これはどのような状況なの?」
「先輩の夢を運営をする側から『監禁しなさい!メカクレの人は最高さ!』って指示が来てたので…」
「だからこんな感じで守りをガッチガチに固めているわけか(おいあの海賊紳士なにやってんだ…)」
マシュのとなりにあるカレイドスコープや龍脈の山を考えると、宝具で可能な限りの防御バフを盛り続けていたのだろう。
…俺のカルデアにジャック以外に強化解除ができるサーヴァントがいないからな。
確かにそう考えると有効な手立てなのか。
「今回は私以外も自分のフィールドを作ることに長けている人たちが2人呼ばれています。先輩、どうかここで待機してください」
「そもそもわざわざ処刑台みたいに絡まらせてるのにか?」
もう既に鎖で繋がれて罪人の気分なんだけど。
「そ、それは…先輩の日頃の行いが問題なんです!毎日他の女性の方々と私の前で当てつけのように話して…!」
「ま、マシュ?」
「後輩であるから、と理由づけして思春期の女子に思わせぶりの態度を取ってきた罪は重いんです!」
「話を」
「ダメです!どうしてもというなら愛の霊薬を口移しで飲ませてください!」
話すことを一切拒まれてるならしょうがない。
残り2画しかない令呪を使うわけにもいかないし、ここで大人しく他のサーヴァントに攫われるのを待つとするか。
「ところで、先輩。アナさんやメドゥーサさんにあーんでクッキーを食べさせた、と聞いているのですが…本当ですか?」
「うん、そうだけど…」
「…許せません」
ダン。
明らかに強く盾が打ちつけられる。
「過ぎたこととはいえ、先輩はやはりどうしようもないクズです」
「流石に言いすぎじゃない!?俺そこまでクズじゃないと思うんだけど…」
「いえ、私という運命を共にした存在がありながら浮気をしたことです!」
容赦がない。果たしてなんでこんなに言われなきゃならないんだ?
一向にこちらと目を合わせないマシュの真意はよくわからない。ただ、ちらちらと見えているのは…困惑、でいいはず。
「罰として私の存在で上書きさせてもらいます!…その、どんなことをされても怒らないでくださいね」
「…どっちかに振り切ってくれよ」
せめて後輩キャラになるか支配系ヤンデレになるかぐらいは決めとけよ。
「し、仕方ないじゃないですか!直前にシナリオを知らされたので、ヤンデレのマニュアルが読み終わってなかったんです!」
「あんまり裏話みたいなのはしないでほしかったな…」
というか今までヤンデレっぽくなかったのは皆台本を読んでなかったのか?
気になるけれど、それはさておき。
「で、本当のマシュは何がやりたかったの?」
「そ、それは…恥ずかしいんですけど、いいですか…?」
「うん。少なくともかわいい後輩にはかっこいいところとか見せたいしね」
あんまり自分で迷いながらやられても頭が困惑するだけだしね。
どうせヤンデレになるなら自分のやりたいことをやってこそのヤンデレである。
「せ、先輩に私のご飯を食べていただきたいです!それに、あーんとか夫婦みたいな食事を…!」
「あーんを夫婦の食事と言うには謎だけど…まあ、それくらいなら全然一緒にやろう、ってなるよ?」
寧ろなぜその内容でヤンデレを名乗れると思ったんだろう。食事に異物混入がでてこないのが酷い。
「そしてあわよくば先輩と2人でデートを…!」
「思っきし普通の乙女の内容だね。ヤンデレをやるならもっと捻りを加えないと」
でもこうやってマシュに指導したらこのあとの夜が辛くなるだけなのでは…?
(どうせこのあと俺が関わることはないんだ、気にしないでおこう)
まあどうせこの夜だって長くは続かない。俺の持っている人数的に次来るとしても1週間くらい後。
「そうなると先輩を玉座で座らせる意味ってないのでは…?」
「やっと気づいた?まず真っ先に気づくべき場所じゃない?」
てかせめて監禁するならもっと守りやすいところにしとけよ。
キャメロット城に牢屋はないのか?
「すみません、先輩のそれは最初のほうに作ってしまったので…解除するのが難しいんです」
「もしかしてターンの概念とかないのか?」
「肯定です、先輩」
昨日のメドゥーサが石化させたときに気づいておくべきことだったか…結局あの状態からブーディカは動けてなかったもんな。
「だからここにいる限り先輩は安全です。私としても愛を確かめ合いたかったのですが…」
「動かなきゃいいんだよね?」
マシュがいいたいことはわかるので、大人しく待つことにする。
どうせこのあと誰かに拐われるだろうし。
「ちょっとご飯を用意してくるので待っていてくださいね!」
マシュがそういって部屋を出た直後、するっと下の空間が抜けた。
…これ、着地考えてるのかな?
「あ、マシュのバフが守ってくれたのか…」
ゴンゴンとぶつかりながらもやってきたのはピラミッド。
「ふむ、しっかりマミーが働いてくれたようで何よりです」
明らかにイヌビスの格好したニトクリスがいた。
ピラミッドだしそりゃそうだよな。
「イヌビスじゃなくてアヌビス神です!不敬ですよ、跪きなさい!」
「すいませんてした」
ニトクリスにメカクレ要素なんてない気もするけど、とりあえず確かに不敬なことをしたので土下座する。
あんな烈波パイセンと同じように扱って申し訳ない…
「ふむ、謝罪の意思はありますね…ならばよしとしましょう。偉大なるファラオに対してその顔をみせなさい、同盟者よ」
言われた通りに顔をあげようとするが、寒気がずしっと体にまとわりつく。
「何か体重いんだけど…」
「なんで重いのですか!?…と、普段なら
「うん、ドヤ顔したいのはわかったから速く解いてくれない?放置してたら死ねるよ?」
「ふむ、冥界の恐ろしさがわかっているようで何よりです…ですが、これを解くにはファラオである私からの尋問が終わってからです」
絶対これ死ぬ感じじゃん。エジプトではなんか心臓が罪の重さを量るとかなんとか言っていたけれど、そんなことができるとは思えない。
その前に死ぬだろ。
「ふむ、体の限界を迎えるのが先のようですか。余り体力に余裕がないですね」
「うるさい…お前らと一緒にするな…」
「それではしょうがありません。おにぎりを作りました、口を開けてください」
悪霊が体を持ち上げ、ぐいっと口を開かせる。逆さ吊りの状況にしてやらせることではないのでは…?
「本当なら自ら口を開けてもらうのが一番なのですが、仕方ありませんね」
「絶対それ口にさせることが目的だろ…!ヨモツヘグイなんてしたくねぇ…!」
「あら、博識ですねマスター。しかしもうどうしようもないのでは?」
ヨモツヘグイ。冥界で作られた食べ物または冥界で食事することで生者を閉じ込める方法。
「というかそもそも米じゃなくておかゆの方がよかっただろ…」
「そんなことを言って作り直させようとしているのはお見通しですよ。ファラオたる私に対して嘘をつく態度…不敬ですね」
ニトクリスは俺の喉に直接おにぎりをつっこんだ。当然のことだが、バカみたいに咳き込む。
結果、ニトクリスの作ったおにぎりを全て床にだしてしまう。
「…あれ?」
「飲み食いをさせたいならせめて横たわせたほうがよかっただろ。…そもそも逆さ吊りにしたのはなんでだよ?」
「罪人にはこうやって罪の重さを自覚してもらっていたのですが…」
「百歩譲ってそれがあってたとしてもさ…食べるにしては絶対向いてない姿勢だって気づかなかったの?」
「うぐっ」
ぐうの音が出ちゃってる時点で押して知るべき、である。
(それでもピンチなのには変わりないんだよな…)
マシュが異変に気づくにしては料理の時間もあるし、残る1人に関しては会えてない時点で来たことを知らない可能性もある。
そうこう悩んでいる内にニトクリスに食わされたらゲームエンドだし。
「ならば…!」
ニトクリスは体を拘束していた悪霊を全部消し、そのまま俺を抱きしめる。
「キスをすれば、私の配偶者として認められて冥界のものになりますよね…?」
「おい、やめろ…!」
「なっ、力がもとに戻っているなんて…!」
冷静に考えれば、ニトクリスの作った陣地を力ずくで壊した奴がいるはずだ。こんなことをしている暇なんてない。
「…ニトクリス、さっさと退避しろ!」
「え?え?」
困惑しているニトクリス。思いっきり上の方から攻撃がされてるのになんで余裕そうなのか。
「とりあえず上にマミーでも出して捕まっとけ…!」
言わずもがな、俺はこのまま激流で押し流された。英霊じゃないのに洪水に耐えられるわけないだろいい加減にしろ。
「全く、死にかけていては世話がありません、ね!」
洪水を起こした本神、トラロックが俺の体をすくい取ってくれた。
「やはりピラミッドは耐水性に難があります、ね」
「アフリカだから雨があんまり降らないしね…」
どうやら雨で砂が塊になって落ちていったらしい。
「キャメロット城では大きすぎますし、ピラミッドではこのように水ですぐに崩れ落ちてしまいます。やはりこの私こそがトラマカスキにふさわしい家と言えるでしょう」
「マウントのとり方よ…」
間違ってないのだろうけど、せめてもう少し自分のセールスポイントを言ってほしかった。
他の住居にネガキャンしかしない家なんて誰が住むんだよ。
「トラマカスキの機嫌に合わせた雨だって降らせられますし、恋人を家に招いたらムードに合わせた禁断の音楽を流します、よ?」
「それは間違いなくダメなポイントだよね?というか家としての領分を超えてない?」
「流行りに乗っているんですよ、最近は一人二役というのが当たり前なのでしょう?」
違う、そうじゃない。
ちなみに、現在いるところはアストラン・マイホーム。
絆を限界まで上げたバカである俺たからなのか、「モデルルームを見せてあげます、ね?」として避難させてもらった。
「もちろんトラマカスキが住むなら、この契約書にサインを。完璧で幸福な家である私が保証するので大丈夫です、ね?」
「家が勧めてくるマイホームなんてちょっと…」
「では今ならトラマカスキの大好きな炭酸水の機能もつけましょう」
もはや家がゴネて交渉しているって点でちょっとしたコメディである。
「それで騙されるわけないだろ!?」
「欲張りです、ね…そもそも理想のマイホームなのに頑なに首を振らないのは何でですか?」
「金がかかり過ぎでぼったくりを疑う」
「ぐふっ…」
当然の事実に打ちひしがれるトラロックだけど、何を今更感がある。
こんな高いところ高校生が買えるわけないだろ。
「では、私と結婚すれば無料ということにします。これなら嫁も手に入って一石二鳥です、ね?」
「得してるの結局トラロックだけでは…?」
ぐいぐい推してるけどやめてほしい。というか食事とかどうするつもりだろう。
「そういう細かくて都合の悪いことを言ってくるなら実力行使です。私の部屋でわからせてあげましょう」
「残念、時間切れだ」
ベッドの上まで連れて行かれそうになったが、体が光り始めた時点でもう遅い。
「くっ、トラマカスキをせっかく捕らえたのに…」
「また今度出直してこい。次があるかなんてわからないけど…」
こんなヤンデレに殺されかける展開なんてごめんだ。
水害起こされてたまるか。
「…逃がしませんから、ね?」
起きたけれど、外は季節外れの大雨が降っている。
「寝汗が気持ち悪い…」
さながら悲恋で別れた女性のような雨音に、身震いしたのは悪いことではない。
そう、思いたい。