「…おはようございます、マスター」
メドゥーサ優しく起こされたかと思ったらヤンデレシャトーだった。二度寝しよ。
「ダメです、マスター。起きてください。起きないとこのまま襲われちゃいますよ」
「うん…起きるからちょっと退いてくれる?」
眠気で回っていない頭の中でそう指示を出したら素直に引いてくれる。すぐに引いてくれるサーヴァントなんてそんな居ないもんな。
とはいえ朝の支度がてら水で頭を冷やせば否応なしに目の前の存在が何なのかを確認する。
「よかった、アナか…」
呼びかけると小首を傾げながら挨拶してくる。かわいいからヨシ!
「はい、そうです。えっと…今日はグランドランサーとしてマスターのところに来た次第でして」
ペラっと紙をめくって確認しているけど果たして何をしにくるつもりなのだろうか。
「えっと、何するん?」
「地獄めぐりか町中でのデートか二人で百竜夜行です」
グランドっぽさの欠片もないのはさておき、地獄めぐりはまず却下。明らかに地雷しかなさそうなエレシュキガルのところへデートなんてしたくない。
町中でのデートは普通に問題なさそうにみえるがちょっと店員としてエウリュアレとかステンノが絡んできて喫茶店辺りで愛欲に溺れさせられそうだからやめておこう。
「せっかくだし百竜夜行にしようか。アナがいてくれるってことは二人でやる感じだろ?」
「勿論です。必要とあれば大きい方の私と母としての側面の強い私も呼べますけど…」
「やだ、普通にアナと二人でやりたい」
明らかに二人にやりたそうなのにそんな気を使わせることはできない。他のときとは違ってグランドランサーのお祝いみたいなオーラだし。
「…では、そのようにします。マスターはどの武器を?」
「ガンランス…じゃなくて操虫棍で」
まあ本当なら周囲に大して砲弾を撃てるガンランスのほうがいいのだけど、操虫棍のほうがアナとお揃いにしやすいからこっちにしよう。
「操虫棍、ですか。ではこちらに用意した虫を使ってください。ハルノスといいます」
「ん、ありがと」
いいことなのか悪いことなのかはわからないけど、ハルノスは自分の体によく馴染む。恐らくアナが用意してくれているから変に弄ったりとかはしなくてよいはず…
(まあ着替えたら戦場デートか…物騒なのになって申し訳ないなぁ…)
そう思いつつアイテムボックスから操虫棍用の装備を引っ張り出して装備する。
「わわっ、その…マスター?」
「どうしたんだ?」
別にそこまでおかしな動作はしていないのだけれど。もしかしてハルノスを潰しちゃったのかね。
「いえ、気にしないでください…」
なぜか顔が赤くなっている彼女を尻目に紫色の防具を全て着終えた。仕上げに暗殺者のようなローブを羽織る。
「お揃い…とまではちょっといかないけどこれで行こうか。変なところとかはないよな?」
「もちろんです。ご飯は作ってきましたけど食べますか…?」
「どんなのかはわかんないけど昼に食べようか。どうせ食べたあとに戦闘するなら昼がいい」
クエストそのものは普通に受けてくればいいのでまあいいや。日常で使ったことのない武器だから取り扱いは難しいけど、どうしたもんか。
(まあそんな難しくないだろうからいいかな…クエスト確認しておくか…)
大丈夫、ボク最強だから
メインターゲット 全てのモンスターの狩猟
サブターゲット 婚姻届の納品
依頼者:恋人を名乗る不審者
依頼文:なんでボクはカルデアの中にいないのさ!普通に考えて恋人を一番にグランドにするものだと思うんだけどね…ま、そんなことはいっか。ところでマスターはボクがどんなことしても許してくれるよね。実は二つ名の竜がなんでかわかんないけど檻から逃げ出しちゃってさ…それをなんとかして抑えてくれないかなーって。
わざと離したとかそんな嫌われるようなことをするわけないじゃん。別にマスターが危険になったらお姫さま抱っこして惚れさせようとかそんなんじゃないから。
サブターゲットも達成してくれると嬉しいな!
たとえば健やかなるときも病めるときも愛し愛され、
子供を作ったとしても妻であり恋人であるボクを最優先に考え、
死んだとしてもボクのために蘇ってくれる夫のいる家庭で、
愛し合っていることを再認識したいからね!
…ちなみにだけど。もしこのクエストをキミが見たなら受けないとどうなるかわかってるよね。なんせ最強の彼女からの依頼を受けなかったってことだから。
違約金:ハンターの一生
最後まで読み切った俺は帰りたい欲望に駆られる。最後に釘を刺されなかったら回れ右してメドゥーサに甘えたいくらいだ。
「微妙にたこシあやろうとしてんじゃねぇか…」
作るとしても森ニキの助言通り普通の女性となりたいと思うんだけどな。そんなことを言って傷つけるわけにもいかないので心のなかでしまっておく他ないけれど。
(まあ利用するだけ利用して捨てるって最悪な男のムーブなんだけどな)
ともあれ二つ名ということもあり慣れてない操虫棍を使うのも躊躇してしまいそうだが、それはまあ悪夢というべきなのか…今回のグランドランサーのお供として振る分には問題ない練度になるらしい。
「そもそも適当に振っても大丈夫なのか…?」
「そこはまあ、私の鎌もそうなので…」
なんとも不安な表情のアナと一緒に狩猟地へ向かう。…一度受けた依頼の違約金が身代なら躊躇うわけにはいかないのだ。
百竜夜行を止めるための場所─まあ、本来ならばやらなければならない止め方の定石が山ほどあるのだろう拠点。そこはもう既にボロボロであり、ところどころで鋭利なものに傷つけられた痕跡があった。
これではとてもじゃないが設備には期待できない。
(何やってんだこれ…)
「ああ、大方他のランサーがやけになったのでしょう。今日は私だけしか出れないようにしたので」
「そういうことね…ん?」
気になる発言ではあるがスルーしないと殺されそうなので目を瞑ろう。
「…ともかく、食事をどうぞ。魅了とかそういう変な効果はないことが確認しているので気にしないでください」
着いたときに渡されたサンドイッチには肉の歯ごたえが他とは違いかなり硬かった。普段食べてるのとはまた違うものの、変なものではない気がする。
「特に変な効果とかもついてないよな?」
「はい、強いてあるとしたらハルノスとの結び付きが強くなるくらいです。といっても龍属性の武器である以上、短期間だけしか効果がないと思いますけど」
持ってきた武器は切れ味が極端なバルファルク武器を二つ。確か紫色までいかないと弾かれるようなモンスターはいなかったはずだからこれでいい。
「まあないもんだと思って戦闘するよ。あってもなくとも困らないようにね」
曲がりなりにもアナと共闘するのだ。女子にかっこいいところを見せたい…というのはないにしても最低限一人で戦えるようにしておきたい。
「ん、ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末さまでした…とはいえもうそろそろ準備しないと間に合わないと思いますけど」
プレゼントボックスから必要なものを取り出す。長期戦用のそれには鬼人薬Gや強走薬など様々なものが入っている。
「にしてもこんなまとめ方するのかねぇ…」
そう、プレゼントボックス。普通にアイテムを取ろうとしたのになぜかプレゼントボックス。
どうせサンタのジャンヌ・リリィ辺りがやったのだろうけど、明らかに怪しい色の薬がちらほら入ってるのはなんでだろう。
『トナカイさんのお仕事のために用意しました!お酒だったりは皆からの贈り物です!』
「グランドのランサーに慣れなかったからって色んなもん送りすぎなんだよ…」
まあ出てこないからっていろいろと暴れすぎな気がする。焼きそばだったりはまだわかるけど…血とかスケール1/1のナンディーチョコとかはやめてほしい。つーかよくこんなの入ったな。
「マスターなら食べてくれるだろうってことですかね。…いらなければ処分しておきましょうか?」
「余りにもやばそうなら囮にでもするよ。…まあ、血はちょっと最終手段として持っておくのは躊躇うけどな」
ともあれ食えそうなものは無理矢理飲み込む。なお半分の時間はパールヴァティーの応援チョコを食べていたことを追記しておく。
…多すぎるんよ…
逢魔ヶ刻の夕方、やっとアナの望遠鏡で敵が見えるようになるまで接近した。当然ながら遠すぎて俺には見えない。
「あの…アオアシラって赤いんですか?」
見えたアナからの疑問は明らかにおかしかった。アオアシラは普通に青色の体毛であるはずだし、半端に赤くても血だと理解できるだろう。
「いや、赤じゃないけど…ごめん、嘘ついた」
アナの場所から覗いて確認すると明らかに赤かった。正確には紅色─つまり二つ名個体だ。
よくみると群れている奴らも二つ名だけ。しかも金冠サイズだろう。
(やけくそ調整やめろよ…)
『簡単に攻略されたら悔しいじゃないか!』
にやけて笑うメリュジーヌの顔が思い浮かぶが振りほどいてとっとと槍を構える。こうなったら少しくらいは陣形を考えたほうがいいだろう。もう既に百竜夜行は始まっているのだ。
「アナ、最低限でいいから敵の体を傷つけておいてもらってもいい?」
話の途中にもワイバーンをはたき落とす。というより今のうちにハルノスでモンスターエキスを回収しないと戦いづらい。
「……どれくらいですか」
「一番薄いとこでも武器の先端が入るくらい」
地面から跳躍して空へと体を投げ出し、ワイバーンを足場にして縦も横も切り裂く。狙いは首、最低でも翼。動き回れば回るほど銀色が赫灼色へと変化していく。
「小手先の妨害だけで大丈夫ですか?」
「問題ないはず。それが終わったらこじ開けるけど、狙えそうなら普通に殺して大丈夫」
罠とか仕掛けられないようにボロボロに壊されているこの戦場では遅延も何もできない。精々が足場に対する信頼がないから空中戦で殺すくらいだ。
「わかりました」
残骸のバリケードなど意にも介さない紫毒姫を相手にする。硬すぎるので足場にはちょうどいい。
目玉を貫く。空を飛んで邪魔をする翼を斬り裂いて地に落とす。
メドゥーサと戦っているからか、ともかくとして連携が凄くできている。まるで彼女の一部になったかのように。
(…いいや、関係ないか。俺は目の前の百鬼夜行をクリアしなきゃいけないのだから)
当然─
─この程度で終わるはずもなかった。
「マスター!?マスター!?」
「…致命傷だ、ほっとけ。その前にボス戦を終わらせようぜ?」
アナに反応するような余力はギリギリだ…だからといってこのままメドゥーサの方へと突っ込ませるつもりはない。
「オラァ!!」
体の中に突き刺さったものを叩き折り、両目を蹴って離脱する。限界までやったから腹から下の感覚はないが、まあメドゥーサならなんとかしてくれるだろう。
血まみれになる体。
体を貫通してなおも止まらない怪獣。
視界の端に映るアナ。
それら全てをどうでもいいと言わんばかりに視界が闇で覆われていく。
暗転した場所は、どこかの戦線で見たような。
どこか悲しい蛇の鳴き声が木霊した。
どこを間違えていただろうか。
「マスター、ご飯ですよ」
助けを求めなかったからだろうか。
自分のことを考えなかったからだろうか。
結果として俺とアナは生き残った。百龍夜行も崩壊した。代償は俺の片足だった。
酷く泣く彼女の言う通り片足は斬って止血され、今は単なる奴隷と変わらない。
(いや、奴隷のほうがまだマシなのかもしれないな)
常にメドゥーサからの愛を囁かれ続け、ソレに答えなければ彼女は病む。そうなるといよいよもってこちらに強く当たってくるのだ。
ハルペーでつけられた傷は癒えることのない傷。広がらず塞がらない─拷問には、ぴったりだった。
彼女のヒステリックに巻き込まれてしまえば、助かることはない。そして傷ついた姿をみて許しを請う彼女をまたなだめなければ殺されるのだ。
(生殺与奪の権を他人に握らせるな、だっけか…)
もはやアニメやらの記憶ももう殆ど霞がかっている。
どうしようもないほど、ズルズルと。
蛇に巻き付かれたように、逃げる
彼女の愛に、丸呑みになるのだろう。