「提督。緊急通信です」
夜の静けさを破ったのは、ヴァルキューレの落ち着いた声だった。
彼女が手にする通信文には、断続的に乱れた符号が並んでいる。
提督は眉をひそめた。
「発信源は?」
「近海第七哨戒ルート。発信者は、駆逐艦“天霧”。救難信号です」
「……天霧、か」
一度派遣されてから消息を絶っていた、若い艦娘の名前。
提督は立ち上がった。
「出るぞ。舞鶴艦隊、準備!」
「出撃メンバーは、浦風、曙、由良、睦月。後方支援は夕張……」
提督が指示を出し終えたその時。
ヴァルキューレが静かに一歩前へ出た。
「提督、私も出撃を志願します」
その声音に、提督は少しだけ目を細めた。
「……ヴァルキューレ」
彼は苦しそうに言った。
「君は、艤装を持っていない」
「……え?」
ヴァルキューレの瞳が、驚愕に染まった。
「君を拾った時からだ。艤装を持たない艦娘なんて……俺も初めて見た。今の君じゃ、戦場に立ったら無力だ」
ヴァルキューレは言葉を失った。
自分は──戦えない。
それが、こんなにも痛いものだとは思わなかった。
「……私は」
震える声。
「分かってる。でも、俺は、君を失うわけにはいかない。今は、ここで、みんなを支えてくれ」
提督の言葉に、ヴァルキューレは震える拳を握りしめた。
悔しさと、情けなさと、
それでもここにいたいという願いを込めて。
「──了解しました。提督」
かろうじて、そう答えた。
「舞鶴艦隊、出撃!」
提督の号令のもと、艦娘たちが桟橋から飛び出していく。
浦風が槍を掲げ、
曙が無言で銃を構え、
由良が支援機材を背負い、
そして睦月は──
「にゃしぃ────!!」
全力で転んだ。
「転ぶなぁー!! 睦月──!!」
曙が半泣きで引きずり上げる。
そんな光景を、ヴァルキューレは遠くからじっと見つめた。
「……どうか、皆、無事で」
彼女は小さく祈った。
「ここが、救難信号の座標じゃ」
浦風が地図を確認する。
しかし、海は不気味なほど静かだった。
「波もない……風も、動かない……」
由良が呟く。
「にゃ、にゃしぃ……」
睦月も、耳を伏せるように小さくなる。
曙が銃を構え直し、低く警告した。
「……来る!」
その声と同時に。
──海面を割って、何かが浮かび上がった。
現れたのは、小型ながら異様な気配を放つ深海棲艦。
偵察クラスの個体だが、空気を一変させるほどの存在感だった。
「睦月、下がれ! 由良、支援! 浦風、正面維持!」
提督の指示が無線から飛び、
ヴァルキューレが迅速に通信を支援する。
由良が索敵機を飛ばし、漂流する影を発見する。
「天霧、発見! 状態は……意識微弱!」
浦風と曙が深海棲艦を引き付ける。
その隙に、睦月が全力でロープを投げた。
「天霧、確保!!」
「全員、撤退!」
提督の指示に従い、艦娘たちは一斉に撤収を開始した。
深海棲艦の追撃を振り切りながら、
必死に、必死に、天霧を抱えて海を走った。
「ただいま──ー!!!」
桟橋に駆け込んできた艦娘たち。
由良が天霧を抱きかかえ、
睦月が涙目で天霧に縋る。
「天霧ちゃん、生きてたにゃしぃ~~!」
「……助かった、のか」
天霧はかすかに笑った。
「助かったよ、バカども」
曙がそっぽを向きながら吐き捨てた。
一息ついた後、ヴァルキューレは突如、夕張の元へ直行した。
「夕張さん」
「な、なに……? 顔、怖いよ?」
「艤装を。今すぐ作ってください」
「無理無理無理無理!!」
夕張が全力で首を振った。
「艤装ってそんな簡単に作れるもんじゃないから!? 第一、基礎データもないのにどうやって!?」
「私を今すぐスキャンしてください。細胞レベルで」
「細胞レベル!? MRIか!!」
遠くで提督が叫ぶ。
「やめろ! 本当にやったらお前、艤装じゃなくて病院送りだ!!」
艦娘たちは爆笑し、
夕張は泣きそうになりながら訴えた。
「うう~、今から艤装作るとか無理だけど……がんばるよぉ~~!」
ヴァルキューレはピシッと敬礼した。
「ありがとうございます。完成を楽しみにしています」
司令室で通信記録を整理しながら、
ヴァルキューレは、胸の奥にざわつくものを感じていた。
(あの、深海棲艦……)
初めて見るはずの存在。
けれど――
(どこか……知っている気がした)
彼女はそっと、自分の胸に手を当てた。
何もないはずのそこに、微かな痛みが走った。