万装の記憶消失の艦娘と新人提督。   作:snooze

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第九話 沈黙の海が動く時

「提督。緊急通信です」

 

 夜の静けさを破ったのは、ヴァルキューレの落ち着いた声だった。

 彼女が手にする通信文には、断続的に乱れた符号が並んでいる。

 

 提督は眉をひそめた。

 

「発信源は?」

 

「近海第七哨戒ルート。発信者は、駆逐艦“天霧”。救難信号です」

 

「……天霧、か」

 

 一度派遣されてから消息を絶っていた、若い艦娘の名前。

 提督は立ち上がった。

 

「出るぞ。舞鶴艦隊、準備!」

 

「出撃メンバーは、浦風、曙、由良、睦月。後方支援は夕張……」

 

 提督が指示を出し終えたその時。

 ヴァルキューレが静かに一歩前へ出た。

 

「提督、私も出撃を志願します」

 

 その声音に、提督は少しだけ目を細めた。

 

「……ヴァルキューレ」

 

 彼は苦しそうに言った。

 

「君は、艤装を持っていない」

 

「……え?」

 

 ヴァルキューレの瞳が、驚愕に染まった。

 

「君を拾った時からだ。艤装を持たない艦娘なんて……俺も初めて見た。今の君じゃ、戦場に立ったら無力だ」

 

 ヴァルキューレは言葉を失った。

 

 自分は──戦えない。

 

 それが、こんなにも痛いものだとは思わなかった。

 

「……私は」

 

 震える声。

 

「分かってる。でも、俺は、君を失うわけにはいかない。今は、ここで、みんなを支えてくれ」

 

 提督の言葉に、ヴァルキューレは震える拳を握りしめた。

 

 悔しさと、情けなさと、

 それでもここにいたいという願いを込めて。

 

「──了解しました。提督」

 

 かろうじて、そう答えた。

 

「舞鶴艦隊、出撃!」

 

 提督の号令のもと、艦娘たちが桟橋から飛び出していく。

 

 浦風が槍を掲げ、

 曙が無言で銃を構え、

 由良が支援機材を背負い、

 そして睦月は──

 

「にゃしぃ────!!」

 

 全力で転んだ。

 

「転ぶなぁー!! 睦月──!!」

 

 曙が半泣きで引きずり上げる。

 

 そんな光景を、ヴァルキューレは遠くからじっと見つめた。

 

「……どうか、皆、無事で」

 

 彼女は小さく祈った。

 

「ここが、救難信号の座標じゃ」

 

 浦風が地図を確認する。

 しかし、海は不気味なほど静かだった。

 

「波もない……風も、動かない……」

 

 由良が呟く。

 

「にゃ、にゃしぃ……」

 

 睦月も、耳を伏せるように小さくなる。

 

 曙が銃を構え直し、低く警告した。

 

「……来る!」

 

 その声と同時に。

 

 ──海面を割って、何かが浮かび上がった。

 

 

 現れたのは、小型ながら異様な気配を放つ深海棲艦。

 偵察クラスの個体だが、空気を一変させるほどの存在感だった。

 

「睦月、下がれ! 由良、支援! 浦風、正面維持!」

 

 提督の指示が無線から飛び、

 ヴァルキューレが迅速に通信を支援する。

 

 由良が索敵機を飛ばし、漂流する影を発見する。

 

「天霧、発見! 状態は……意識微弱!」

 

 浦風と曙が深海棲艦を引き付ける。

 その隙に、睦月が全力でロープを投げた。

 

「天霧、確保!!」

 

「全員、撤退!」

 

 提督の指示に従い、艦娘たちは一斉に撤収を開始した。

 

 深海棲艦の追撃を振り切りながら、

 必死に、必死に、天霧を抱えて海を走った。

 

「ただいま──ー!!!」

 

 桟橋に駆け込んできた艦娘たち。

 

 由良が天霧を抱きかかえ、

 睦月が涙目で天霧に縋る。

 

「天霧ちゃん、生きてたにゃしぃ~~!」

 

「……助かった、のか」

 

 天霧はかすかに笑った。

 

「助かったよ、バカども」

 

 曙がそっぽを向きながら吐き捨てた。

 

 一息ついた後、ヴァルキューレは突如、夕張の元へ直行した。

 

「夕張さん」

 

「な、なに……? 顔、怖いよ?」

 

「艤装を。今すぐ作ってください」

 

「無理無理無理無理!!」

 

 夕張が全力で首を振った。

 

「艤装ってそんな簡単に作れるもんじゃないから!? 第一、基礎データもないのにどうやって!?」

 

「私を今すぐスキャンしてください。細胞レベルで」

 

「細胞レベル!? MRIか!!」

 

 遠くで提督が叫ぶ。

 

「やめろ! 本当にやったらお前、艤装じゃなくて病院送りだ!!」

 

 艦娘たちは爆笑し、

 夕張は泣きそうになりながら訴えた。

 

「うう~、今から艤装作るとか無理だけど……がんばるよぉ~~!」

 

 ヴァルキューレはピシッと敬礼した。

 

「ありがとうございます。完成を楽しみにしています」

 

司令室で通信記録を整理しながら、

ヴァルキューレは、胸の奥にざわつくものを感じていた。

 

(あの、深海棲艦……)

 

初めて見るはずの存在。

けれど――

 

(どこか……知っている気がした)

 

彼女はそっと、自分の胸に手を当てた。

 

何もないはずのそこに、微かな痛みが走った。

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