朝霧の立ち込める鎮守府近海。
ヴァルキューレは仮設艤装を装備し、単独で海上を滑るように進んでいた。
水面を蹴る感覚。
艤装の重みは、ほとんど感じない。
(……これが、海)
ヴァルキューレは静かに目を細めた。
生まれて初めての感覚。
それなのに、まるで昔からここにいたかのような、妙な懐かしさを覚える。
艤装は体に吸い付くように馴染み、
操縦すら意識する必要がないほど自然だった。
(これが、私の戦い方……?)
ヴァルキューレは、速度を上げた。
その時。
ふと、海の向こうに“黒い影”が見えた。
ヴァルキューレは立ち止まり、警戒する。
現れたのは、軽巡クラスの深海棲艦。
だが、通常の個体とは違う──どこか、ふらふらと不安定な動きをしている。
ヴァルキューレの視線が、それを捉えた。
瞬間。
──深海棲艦が、「彼女を見た」。
明確に、意識を向けられた感覚。
(……見られている)
ヴァルキューレの背筋に、寒気が走った。
敵は、ヴァルキューレに向かって動き出した。
(戦う……!)
彼女は迷わず艤装を起動し、応戦体勢を取る。
初めての実戦。
だが、体は迷わなかった。
滑らかな加速。
ブレない砲撃ライン。
仮設艤装の限界を軽く超える動き。
ヴァルキューレは、まるで生まれつき戦闘のために作られたかのように、
自然に戦っていた。
砲撃をかわし、間合いを詰めた時。
深海棲艦が、ぐしゃぐしゃな声を漏らした。
「──アァ……ワレラ……カナシ……」
意味を成さない、しかし確かに「言葉」とわかる呻き声。
ヴァルキューレは、頭を押さえた。
胸の奥が、ズキズキと痛む。
(……なに、これ)
敵は、なおも彼女を見つめたまま──
ふっと、海中へと沈んで消えていった。
撤退。
追わなかった。
追えなかった。
ヴァルキューレは、
ただ海の上に、取り残された。
「…………」
鎮守府へ帰還すると、皆が歓声で迎えた。
「試験成功だねー!!」
「すごいにゃしぃー!」
「これからバリバリ働いてもらうからな!」
艦娘たちの賑やかな声。
だが、ヴァルキューレだけは、静かに空を見上げた。
(……私は、何者なんだろう)
胸の痛みは、まだ消えていなかった。
夜。
提督と夕張は、整備棟に集まっていた。
机の上には、ヴァルキューレの戦闘データとスキャン結果。
提督は腕を組み、低く呟く。
「仮設艤装じゃ、もう限界だな」
夕張も頷く。
「本気で戦うなら、専用の“正式艤装”を作らないと!」
提督は静かに頷いた。
「作るぞ。あいつのために、最高の艤装を」
「はいっ!!」
そして、夕張の目がキラリと輝いた。
「それなら提督……! せっかくほぼ全部の艦種に適性があるんですから──全部詰め込んじゃいましょう!!!」
ドン!!
机を叩く勢い。
「……お前、正気か?」
「潜水艦の潜航機能、駆逐艦の速力、巡洋艦の火力、戦艦の耐久、空母の航空機運用! オールインワン!!! 最強艤装!!!」
提督は顔を引きつらせた。
「バカ!! 全部載せたらお前、ヴァルキューレが動けなくなるだろ!!」
「きっと気合で乗り越えられます!!!」
「理論崩壊してるぞ!!!」
夕張はめちゃくちゃやる気だった。
タブレットに勢いよく超合体艤装案を描き始める。
提督はそれを必死で止めた。
「まず、落ち着け! いいか、まずは艦種ごとに個別に作ろう。な? 順番に、段階踏んで、な?」
「……しょ、しょうがないですねえ~」
夕張は渋々タブレットを消した。
それでも、その目は希望に満ちていた。
二人は机に向かって、
静かに、静かに設計を始めた。
これは、まだ始まりにすぎない。
彼女──ヴァルキューレという存在の、
本当の力を解き放つための、第一歩。
夜の整備棟に、青白い作業灯がぽつりと灯り続けていた。