万装の記憶消失の艦娘と新人提督。   作:snooze

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第十六話 取り戻した海にて

夜の海。

ただ波が静かに揺れているだけのはずの場所に、

重く、黒い気配が満ちていた。

 

艦娘たちの戦線から少し離れた、その海域。

ヴァルキューレと泊地棲鬼は、真正面から向かい合っていた。

 

誰もが、息を呑む。

 

泊地棲鬼は、黒煙を纏いながら、

深海の怨嗟をそのまま形にしたかのような姿で、無言のまま立っていた。

 

ヴァルキューレは、全艤装を展開し、

その瞳で、ただまっすぐに敵を見据えていた。

 

互いに、一歩も動かず──しかし、空気だけが、重く張りつめていく。

 

「これで終わり」

 

ヴァルキューレが、ふっと呟いた瞬間、

地を蹴り、海を割るように飛び出した。

 

泊地棲鬼もまた、まるで反射のように反応。

その巨体を信じられない速さで躍動させ、

巨大な艤装砲塔を振り上げた。

 

──ドォン!!

 

双方の砲撃が、ほぼ同時に炸裂。

轟音と爆煙が、夜空に弾ける。

 

空中で反転し、ヴァルキューレは戦艦モードの主砲を再装填。

同時に、左腕の補助砲でカウンターを放つ。

 

泊地棲鬼はそれを防御しながら、巨大な黒艤装を振り下ろしてくる。

 

ヴァルキューレの視界に、全てがスローモーションで映る。

 

それほどに、

ただ一発のミスも許されない戦いだった。

 

 

ズガァン──!!

 

 

ヴァルキューレの突撃が泊地棲鬼の胸部を直撃。

その巨体が一瞬だけ、仰け反った。

 

その時だった。

 

「……ナゼ、ワタシハ……タタカッテ……イル……」

 

低く、軋むような声。

 

「……カナシイ……ノニ……」

 

ヴァルキューレの動きが、一瞬止まる。

 

その声は、敵のものとは思えないほど、

──人間らしかった。

 

「……あなたは……」

 

問いかけかけたその時、

 

「──オマエハ……ワレラノ……コエヲ……ソウカ…ソウイウコトダッタノカ…」

 

その言葉の続きを、ヴァルキューレは聞き取れなかった。

 

泊地棲鬼の艤装が、暴走したかのように赤黒い光を放ち、

周囲の海が裂けるように波紋を走らせた。

 

海の中へ、静かに沈んでいく黒い艤装。

 

夜空には、再び静寂が訪れた。

 

「(勝った…)」

 

海面は静けさを取り戻し、その場に残されたのは、静かに漂うヴァルキューレの姿だけだった。

 

彼女の艤装はところどころ焦げ、装甲の一部は損傷している。

 

それでも、立っていた。

 

──まだ、意識はある。

 

「(消耗が激しい…形態変化は控え目にするべき…かな)」

 

 

 

「……敵艦隊、消失……!」

 

神通の通信が、提督の無線に届いた。

 

「みんな、無事か!?」

 

提督が叫ぶ。

 

「全員……生存してます!」

 

睦月が涙声で応える。

 

「長門と陸奥、飛龍と蒼龍も中破で踏みとどまってます!」

 

明石の報告に、提督は息を吐いた。

 

そして、誰よりも心配だった存在の名を呼ぶ。

 

「──ヴァルキューレは!?」

 

しばらくして、海の向こうから一つの影がゆっくりと戻ってきた。

 

艤装の噴射音。

波しぶき。

 

その姿を見た瞬間、

食堂で待機していた妖精さんたちが「ワー!!」と一斉に飛び上がった。

 

ヴァルキューレは、

ほとんど無言のまま、鎮守府の甲板に着地した。

 

「……ただいま、戻りました」

 

その声はいつも通りの冷静さだったが、

その目だけは、わずかに揺れていた。

 

すぐに夕張と明石が駆け寄ってくる。

 

「ヴァルキューレちゃん! ほんとに無事だったんですね!」

 

「よかった……!」

 

二人の声を聞きながら、

ヴァルキューレは静かに言った。

 

「艤装、問題なく稼働しました。すばらしい性能でした」

 

「う、嬉しいけど……顔が、あんまり嬉しそうじゃないよ?」

 

夕張が、そっと問いかける。

 

だが、ヴァルキューレは答えなかった。

 

 

その時、提督が近づいてくる。

 

「おかえり、ヴァルキューレ。……よくやった」

 

その言葉に、ヴァルキューレは初めて、

小さく、小さく頷いた。

 

「……でも」

 

彼女は言った。

 

「……泊地棲鬼は、最後、何かを伝えようとしていた気がします」

 

「私……彼女の声を、どこかで聞いたことがあるような、そんな気がしたんです」

 

提督は目を細め、静かに彼女を見つめた。

 

「……それは、思い出しかけてるんじゃないか?」

 

「君が、どこから来たのかを」

 

ヴァルキューレはその言葉に、少しだけ肩を震わせた。

 

 

夜。

 

ヴァルキューレは、一人、岸壁に立っていた。

 

遠くの海を見つめる。

 

耳を澄ます。

 

──聞こえるはずのない声が、

まだ、どこかで揺れている気がする。

 

「……ウミヘ……カエレ……」

 

風の中に混じったその声が、

彼女の中で、波紋のように広がっていた。

 

(……私は、誰?)

 

答えのない問いを、

彼女はただ、胸の奥にしまったまま、目を閉じた。

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