車は、峠道を越え、舞鶴湾が見渡せる海岸沿いに差しかかった。
かつて数々の艦隊を送り出した鎮守府──今では、静かすぎるほど静かだった。
「到着いたしました、提督」
「……ああ、ありがとう。ついに来てしまったか……」
車のドアを開けて足を地に下ろす。
目の前に広がるのは、かつて栄光に包まれたとは思えないほどの、崩壊した鎮守府だった。
壁はボロボロ、瓦礫は散乱、桟橋は朽ち果て、倉庫のシャッターには「休止中」の張り紙。
「……これ、本当に運用中なんだよな?」
「大本営のデータベース上は“稼働状態”です。が、現場の実態までは誰も把握していなかったようです」
「稼働状態(物理的に)かよ……」
突然、倉庫の裏手から軽い爆発音がした。
「なっ!? 敵襲!?」
「ちがいます、これは……」
「ふわぁ~……んぁ? あ、やべ……また煙管燃やしすぎたぁ……」
ゆらりと現れたのは、ポニーテールの小柄な艦娘──夕張だった。
軍服は着てるが、袖まくりで顔は煤けている。
「あれ~? なんか偉そうなの来てる~? 新しい提督さん?」
「……うん、俺、今日からここに配属されたんだけど……」
「あー……そうなんだぁ。まぁ、とりあえず生きてるだけマシだよー? 私? 一応、艤装調整とかの担当の夕張です。なんか用?」
「なんか用って……まず俺の自己紹介より先に火の元確認してくれないか?」
「おっと、それはそうだね! また倉庫、穴あけるとこだった~。あはは~」
「…………この鎮守府、色んな意味で火薬庫だな」
「バルカン半島みたいにならなければいいですね」
「やめて?」
その時、廊下の向こうから小走りで駆けてくる足音。
「夕張さん! また勝手に火遊びしてるーっ!? ダメって言ったでしょー!」
姿を現したのは、元気そうな青髪の少女──陽炎型駆逐艦・浦風だった。
「お、あんたが新しい提督さんか? 浦風じゃ。よろしくね。あんた、ここの空気に負けずにがんばらんとね?」
「あ、ああ……よろしく頼む。っていうか、今の爆発って日常なのか?」
「まぁ、夕張さんの“日課”みたいなもんじゃけぇな。あの人は…………まぁちぃとばかし加減を知らんのよ」
「……なるほど。命は大事にしたい所存だ」
その後、やっとのことで司令室の扉を開けると、
そこには、誰よりも落ち着いた佇まいで座っていた一人の軽巡艦娘がいた。
「新任の提督、ですね。ごきげんよう。川内型軽巡・那珂です。……“元”アイドルですが、今はそういうの、やってません」
「うん、なんか……ごめん」
「いえ、気にしないでください。私もそろそろアイドルキャラを卒業しようかと思ってたところですし」
「……いや、なんか、すごく気まずいわ」
ヴァルキューレが横で小さく咳払い。
「提督、現時点で艦娘の稼働数は約6名。ただし、稼働状態にある者は実質3名程度。艤装の整備状況、居住区の衛生、物資の在庫……総じて、“再建不能レベル”の評価が妥当です」
「評価すんな!!!」
「事実を言ったまでです」
こうして俺は、火薬と自由を愛する夕張、方言の浦風、元アイドルの那珂、そして、静かに支えるヴァルキューレに囲まれて──
ボロボロの鎮守府で、新しい第一歩を踏み出すことになった。
最初に行った指示は、掃討任務でも、会議でもなかった。
「……とりあえず、掃除から始めるぞ。全員、雑巾持って集合だ」
おいおい!誰だよ舞鶴鎮守府をここまで悲惨にしたやつは!!
とりあえずすぐ下にあるであろう評価から一番上を押すんだ!そうだそこ!