重厚な扉が、機械的な音を立てて閉じる。
ここは、横須賀鎮守府・作戦会議室。
厳格な防音処理が施されたこの部屋では、
いま舞鶴鎮守府での最新作戦記録――
ルンバ沖での泊地棲鬼との交戦映像が再生されていた。
モニターに映るのは、
深海棲艦の大群の中、
海を裂くように出現し、四形態を自在に切り替えて暴れ回る――
ヴァルキューレ。
それを黙って見つめる人物が一人。
椅子に浅く腰掛けた長身の男。
横須賀鎮守府の提督である。
その隣に立ち、静かに腕を組んでいるのは、秘書艦・長門。
「……なんだこれは」
映像が一旦止まったところで、提督が口を開いた。
「この波動、見たか。深海棲艦との戦闘時、彼女の艤装から観測されたエネルギー波……あれは完全に、混ざっている」
長門が頷く。
「はい。艦娘の核構造と、深海棲艦特有のエネルギー制御構造。本来、共存できるものではありません」
「だが、している。しかもあの身のこなし。駆逐から空母まで、艤装を切り替えての連続戦闘……」
提督はモニターに映るヴァルキューレの姿を見つめた。
「……舞鶴は、また異物を抱えたな」
「そうなります」
長門の声には、一抹の警戒が滲んでいた。
会議室の外。
訓練場では、横須賀の艦娘たちがそれぞれの任務に従事していた。
静かに走り込みをする妙高型の姉妹たち。
駆け回る島風を、冷たい視線で追う不知火。
艦載機整備の手伝いをしている翔鶴と赤城は、淡々と整備士妖精に指示を飛ばしている。
「赤城さん、次の出撃が早まりそうですね」
「ええ……またお弁当、二段重ねにしておいた方が良いかしら」
「いや、三段重ねで行きましょう」
穏やかだけれど、どこか鋭い会話。
横須賀には、“整っている静寂”があった。
混沌の舞鶴とは対照的に、ここは統制と強さが両立する鎮守府だった。
だがその静けさに、今、揺らぎが生まれようとしている。
作戦会議室。
長門がタブレットを操作し、情報を再確認する。
「ヴァルキューレ。登録なしの艦娘。正式な建造記録も配備記録も存在せず、艤装も試作兵装としか記されていない。なのに、エネルギー反応はA級戦力以上。泊地棲鬼を押し返すなど、正直“規格外”です」
「……あの泊地棲鬼も、異様だった。最後の発声。『還れ』『悲しい』……まるで“かつて人間だった”かのような言葉だったな」
「はい。ヴァルキューレとの交戦中にのみ、その言葉が出た。彼女の存在が、何かを刺激している可能性があります」
提督は腕を組んで沈黙する。
「長門」
「はい」
「……今後、舞鶴の動向を監視対象に加えろ。あの艦娘が、この戦争を“正しく進める存在”である保証は、どこにもない」
長門はわずかに頷いた。
「承知しました。そしてもし彼女が“敵”に傾く兆候があれば──」
「即応だ」
「了解」
部屋の温度が、わずかに下がった気がした。
横須賀の夕暮れ。
訓練を終えた艦娘たちがそれぞれの持ち場に戻っていく。
翔鶴が最後に空を見上げ、
小さく何かを呟いた。
「……誰かが、泣いているような気がする」
その言葉の意味を、誰も問わなかった。
けれど確かに、
この“海のどこか”で、
誰かがまだ、沈まぬ声を放っていた。