この調子でしばらくはやります。
舞鶴鎮守府──その名を聞いて、かつての海軍関係者は皆、口を揃えてこう言った。
「あそこは栄光だった」と。
整然とした白壁の本館、磨かれた艤装ドック、各地の艦娘たちが目標にした最前線の舞台。
だが今、その地に立った俺の目の前に広がっていたのは……幻想の崩れた“現実”だった。
瓦礫。破れた旗。傾いた桟橋。崩れた壁。
まるで戦後処理が放置されたまま数年経ったような有様。
「……ここが、舞鶴……」
呆然と立ち尽くす俺の隣で、ヴァルキューレが淡々と記録を取っている。
「被害状況、予想より深刻です。これは……戦後の都市遺構レベルかと」
「え、これマジで稼働中なんだよな?」
「はい、“書類上”は」
俺は思わず頭を抱えた。
さっそく逃げ出したくなったが、もう逃げ場はない。
これは俺が拾った現実。
ここから、始めるしかない。
「提督~、おそようございま~す……って、あっれぇ? マジで来ちゃった系?」
最初に姿を見せたのは、相変わらず実験用火薬の匂いを纏った夕張。
白衣の袖をまくり、顔は煤だらけ。どこからどう見ても爆発魔。
「やーだやだ、掃除? 爆薬成分落ちるからやだなぁ~(笑)」
「それ言うのやめろや!!!」
「おっ、こりゃうるさそうな新人が来たのお」
次に顔を出したのは、関西弁が心地いい、姉御肌の浦風。
タオルを肩にかけ、裸足で廊下を歩いてきた。
「しゃーないけぇ、うちらでやるしかないじゃろ? 提督さん、指示よろしくな」
「お、おう……よろしく」
「ふぁぁぁ……やっと来たんですね、提督」
のそのそと現れたのは、ツインテールにキラキラ笑顔を封印した那珂。
「私はもうアイドルじゃないんで、掃除ぐらいしかできませんけど……えへへ、頑張りますね?」
「……うん、なんかごめん」
「クソ提督、来たんだ。ようやく、ね」
「開口一番それやめろや!!」
毒舌といえばこの人、曙。腕組みしながらも、足元にはモップ。やる気は……微妙にありそう。
「べ、別に歓迎してるわけじゃないからな……ただ、掃除ぐらいはしとかないと、こっちも気持ち悪いし!」
「…………ツン90%、といったところでしょうか」
「ええと、あの……由良です。よろしくお願いしますね、提督さん」
ふわっと微笑んでやってきたのは、癒しオーラ満載の由良。
バケツとスポンジ、そしてお花模様のゴム手袋という本気装備。
「水場の掃除、任せてください♪」
「ママかよ……いや、助かるけど……」
「にゃしぃー! 睦月、雑巾振り回す準備できてまーす!」
最後に飛び出してきたのは、元気爆発系駆逐艦、睦月。
頭には三角巾、腰にはホウキと洗剤袋、まるでちびっこ戦隊のヒーローだ。
「やる気は一等賞なのにゃしぃ~!」
「よし! お前たち、戦闘準備だ!!」
「提督、それを言うなら“掃除”ですよ」
「戦場が変わっただけだ!!」
掃除を開始する前に、ヴァルキューレの案内で施設全体を視察することにした。
「提督、施設の状況を把握していただくのが先決です。
全体を巡ることで、再建の優先順位をつけることが可能となります」
「了解。……もう、どうせなら全部見せてくれ」
「地獄の始まりですね」
【1. 司令部棟】
「椅子に……キノコ生えてる……」
「これは“シロカビ”の一種かと。毒性は低いですが、胞子が肺に入ると──」
「やめろやめろやめろ!!!」
【2. 艦娘居住区】
「床が傾いてるし、窓割れてるし、ベッドが……なにこれ?」
「板です。布団は無く、寝具は畳のみ。健康への影響が懸念されます」
「曙があんな口になるのもわかるわ……」
「クソ提督、なんか言った?」
「いえなにも!!」
【3. 食堂・炊事場】
「見てください提督! 今日の食材は乾パン、乾パン、あと乾パンです!」
「にゃしぃ〜、おかわりも乾パンにゃしぃ!」
「冷蔵庫に“期限不明”って書いてある瓶があるんだけど……」
「それ、由良特製の“万能調味料”です。使用は自己責任で」
【4. 浴場】
「お湯、出ません」
「…………知ってた」
「浴槽にヒビがあり、サビ水が出ております。肌にやさしくありません」
「夕張、入ったことある?」
「うん、爆発しなかったから合格かなって~」
「合格基準ゆるすぎだろ!!」
【5. ドック】
「艤装整備施設……の、はずだった」
「電源未通電、オイル切れ、昇降装置故障中。いっそ解体の方が早いかもしれません」
「終わってる!!!」
【6. 倉庫類】
「夕張────ー!!!」
「ごめーん! また火薬と砂糖間違えたー!」
「燃えすぎだろ!? どっちにしろ爆発するじゃん!!」
【7. 通信室】
「稼働中の通信設備は……モールス信号のみです」
「現代戦でそれはレトロすぎるだろ!?」
「逆に、暗号解読不能で安全とも言えます」
「“逆に”って便利すぎだろお前ら!!」
【8. 医務室】
「ベッド1台、包帯2巻、謎の薬瓶数本」
「看護艦はいません」
「いないのかよ!! 誰が看るんだ!!」
「由良さん、実は救急資格持ってるんです♪」
「神か……」
【9. 訓練場】
「棒しか立ってない。的どこ行った」
「腐食で“溶けました”」
「物理的に溶けるのかよ!?」
【10. 会議室】
「天井崩れてる。会議できねぇ」
「議題は“上から降ってくる”状態ですね」
「黙れ名言製造機」
施設の全てを巡った後、俺は息を吐いた。
たった今、自分の戦場がどこにあるのかを知った気がする。
ここは、かつて栄光だった場所。
でも今は、ただの“廃墟”だ。
「……よし。直すぞ、全部」
「提督……?」
ヴァルキューレが、こちらを見る。
「マジでやる。ここを、もう一度“誇れる鎮守府”にする」
艦娘たちが、一斉にこちらを見る。
そして、小さく、けれど確かに……誰かが笑った。
※普通の家はこんなことにはならない…筈