万装の記憶消失の艦娘と新人提督。   作:snooze

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第六話 舞鶴の空に、もう一度

埃まみれの記録室の一隅。

新任提督は、灯りの下で一冊の厚い記録簿を開いた。

 

背表紙には、薄れて読みにくい字でこう記されている。

 

『舞鶴鎮守府 行動記録・提督報告文書(非公開)』

 

「……今の舞鶴からは、想像もできないな」

 

重い表紙をめくると、

黄ばみかけたページの中から、過去の光景があふれ出すように広がっていった。

 

そして──

 

 

 

 

視点切替:五年前、舞鶴鎮守府 “絶頂期”

 

海は青く、空は高く澄みわたっていた。

 

桟橋には整列した艦娘たちの姿。

全員が同じ方向を見つめ、整然と礼を取る。

その奥、司令部のバルコニーには、一人の男が腕を組んで立っていた。

 

“前任提督”。

冷静沈着。成果第一主義。容赦なし。

人は彼をこう呼んだ──「鉄の指揮官」。

 

「第三艦隊、出撃準備整いました!」

 

「今日中に敵制圧、残存艦は現地処理。損耗は構わん。撃破を優先せよ」

 

「……了解」

 

報告に応じたのは、白い髪の軽巡艦娘。

頬に小さな絆創膏。目元に疲れが滲んでいる。

 

それでも、命令には逆らわなかった。

逆らうという選択肢が、最初から存在しない鎮守府だったから。

 

桟橋の傍らで、控えの駆逐艦がぽつりと呟く。

 

「また今日も、出ずっぱりか……休み、いつだったっけ?」

 

「二ヶ月前の半日」

 

「……はは。そうだっけ」

 

互いに笑い合うでもなく、ただ日常の延長線でそれを受け入れていた。

 

それが、かつての舞鶴だった。

 

 

だが、一度狂い始めた歯車が、元に戻ることはそうそうない。

やがて、数字に異変が現れる。

 

艤装整備の記録が空白になる

 

精神診断報告が「問題なし」のテンプレートで埋まる

 

損耗率が、出撃ごとに静かに上昇

 

艦娘たちは――

声を失い始めた。

 

いや、「声を上げることをやめた」のだ。

 

そんな中で、ひとつの事件が起きた。

 

『駆逐艦 浜風、任務中に艤装暴走。民間施設に損壊。責任は艦娘にありとする』

『艦娘 浜風、除籍・解体処理』

 

これが、引き金だった。

 

静かだった鎮守府に、

それでも、ほんのわずかな“ひび”が走り始めた。

 

 

 

一人の艦娘が、こっそりと“日報”を外部に送りつけた。

 

「見てほしい。私たちは、“戦ってる”んじゃない。ただ、“使われている”だけだ」

 

その日報は、民間ネットワークに流出。

爆発的な拡散とともに、ついに大本営が重い腰を上げることになる。

 

そして──

 

 

 

抜き打ち監査、記録没収、司令官拘束、鎮守府封鎖。

あれほど誇りだった舞鶴鎮守府は、一夜にして“廃墟”となった。

 

多くの艦娘が解体処理を命じられ、

生き残った者たちは他所へ散り散りになった。

 

それはまるで、

“輝きすぎた星が燃え尽きる”ような、静かな終わりだった。

 

提督は記録を閉じ、静かに深く息を吐いた。

 

「……全部、知ってたわけじゃないんだな」

 

後ろから、そっと気配が近づく。

 

「提督……?」

 

ヴァルキューレだった。

 

彼女は、提督の隣に静かに腰を下ろすと、ぽつりと言った。

 

「私には、そのような、鎮守府で活動をしていた記録がありません」

 

「……え?」

 

「気がついた時には、海の上にいました。

名前も、艦種も、使命もわからず……

ただ、波に揺られていただけです」

 

彼女の表情に、悲しみはなかった。

それでも、どこか遠いものを見ているような眼差しだった。

 

「……怖くはなかったのか?」

 

「怖いという感情そのものも、よくわからなかった。ただ……あなたに拾われたとき、初めて“あたたかい”という感覚を知りました」

 

提督は、しばらく何も言えなかった。

 

やがて、彼は言った。

 

「君の記憶がどうあろうと、関係ない。君がここにいる限り、俺は――“ヴァルキューレ”という艦娘を、信じてる」

 

ヴァルキューレが、初めて少しだけ微笑んだ。

 

「ありがとうございます、提督。それだけで、私はもう……十分です」

 

月の光が差し込む記録室。

その穏やかな空間で、過去を知った提督と、

過去を持たない艦娘は――

“今”という時間を、確かに共有していた。

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