「ふむ……ついに来たか」
ヴァルキューレが静かに差し出したのは、薄汚れた軍用封筒。
封蝋は古い帝国時代式。文字は潰れて読みづらいが、それでも内容は一目で分かる。
提督は封筒を受け取り、椅子にどっかと座って開封した。
数秒後――
「はァ~~~~~~~~ッ!!??」
鎮守府中に、提督の魂の悲鳴が響いた。
「『復旧状況報告書 第一様式』!? なんだこれ!? 書類8枚!? 手書き推奨って何!? PDF印刷なのに筆文字って何!?!?!?」
「提督、落ち着いてください。破ったら“公文書毀損”です」
「はああああああああああ!???」
書類にはこう書かれていた。
「舞鶴鎮守府における復旧状況を報告されたし」
「内容如何によっては廃止・他鎮守府への統合を検討」
「併せて監査官による実地査察を実施予定」
提督は額を押さえた。
「……つまり。ちゃんと“復旧してますよ~”って報告しないと、この鎮守府、なかったことにされるってことだな」
「はい。現在、舞鶴鎮守府は仮免許状態。正式な再稼働認定を受けていません」
「なんだよ仮免って。鎮守府にも自動車教習所システムあるのかよ……」
提督はゆっくり立ち上がった。
「よし……証明してやるよ。
ここは、ただの廃墟じゃない。
ここには、“生きてる艦隊”があるんだってことをな!」
「やったにゃしぃー! 提督、ちょっとカッコイイのにゃしぃ!」
「初めて見たかも……“本気モード”の提督」
「しっ! 今感動シーンだから静かにして!」
「静かにしないのも舞鶴流よ、提督!」
「お前らテンションがいつもバグってるよな!?」
「報告書だけじゃ、この鎮守府のことなんて伝わらない。艦娘たちが、何を思ってここで過ごしてるか――俺には、それを“そのままの言葉”で届けたい」
提督の言葉に、ヴァルキューレが小さく頷いた。
「“記録”にしましょう。言葉で、想いを。かつて封じられ、無視されてきた艦娘の“声”こそが、この鎮守府の財産です」
「……よし、やるか。記録証言会、開催だ!!」
「名前がちょっと物騒ですね……」
次々に証言用の収録部屋に呼ばれる艦娘たち。
機材は夕張が10分で作った「爆発しないかもしれない録音装置」である。
●睦月
「にゃしぃ~♪ 睦月はー、毎日がとっても楽しいですにゃしぃ!提督は優しいし、ごはんはおいしいし、曙ちゃんは起こしてくれるし! ゴン!って!」
「……曙、睦月を“ゴン”で起こしてるのか……?」
「……軽くよ。愛よ。愛情表現の一種よ」
「“うるさいクソ猫”って毎朝言ってますけど」
「やっぱ愛じゃねぇよそれ!!」
●浦風
「最初はホンマ、正直“ここ、終わっとる”って思うたんじゃけどなぁ。けど、なんやかんやで、毎日笑いよるし、腹も満ちよる。それでええんよ、ほんま。わしら、生きとるけえ」
「……ありがとう、浦風。お前のおかげで、毎日俺も、ちょっとだけマシな気がする」
「“ちょっとだけ”って言うとこがまた提督らしいのう」
●曙
「……こんなとこ、最初は絶対嫌だった。でも、ここに来て……なんか、ちょっとだけ、変わったかもしんない。クソ提督は相変わらずクソだけど、まぁ……“少しだけマシなクソ”にはなったと思う」
「評価されてるのかけなされてるのか分からん!! けど……ありがとう曙」
「礼なんか言うなバカ!!」
●那珂
「ここって、昔の那珂ちゃんだったら“地味!”って切り捨ててたと思う。でも今はね……皆が“ありがとう”って言ってくれるこの日常が、那珂ちゃんにとってのいちばんのステージかもって、思えてきたの」
「……那珂、それはお前にしかできないアイドルだよ」
「えっ、じゃあ提督、推し変ってことで?」
「最初から推してなかったけどな!!」
●由良
「少しずつ、少しずつですけど……みんなと“明日”の話ができるようになってきたんです。それが、どれだけすごいことかって……舞鶴に来て、ようやくわかりました」
「……由良、お前が言うと泣きたくなるんだよな」
「えっ、泣きます? タオル持ってきましょうか?」
「泣かん! けど、その気遣いが優しすぎて泣ける!」
夕張がこっそり設置した鎮守府のカメラが回る。
掃除中に転ぶ睦月
睦月を叱りながらも直してやる曙
那珂がマイク代わりにおたまを握って歌ってるのを浦風が制止
由良が皆にお茶を配り、ヴァルキューレが記録台帳を眺めて立つ姿
音楽もナレーションもない、ただの“舞鶴の一日”。
でもそこには、確かに“命”があった。
全員が見守る中、提督がカメラの前に立つ。
少し照れながら、でも力強く。
「俺たちは、まだ再建途中の鎮守府だ。設備はボロくて、艦隊はガタガタで、提督はちょっとポンコツだ。でもな、それでも――」
「ここには、笑える毎日がある。ここには、誰かを想って動く仲間がいる。ここには……生きてる鎮守府が、ちゃんとあるんだよ」
「だから、“ここにいた”ってこと、記録に残してやるよ」
「舞鶴鎮守府、再建中。……でも、心だけはもうとっくに、出来上がってるからな」
深夜。書類を綴じ、ランプの明かりを落とす。
ヴァルキューレは静かに、誰もいない記録室で呟く。
「……私のことも、記録される日が来るでしょうか。“ここにいた”って、私の声も、残るでしょうか」
彼女の手元に、小さく“証言用紙”が置かれていた。
まだ、何も書かれていないまま。